第 5 回 白梅子ども学講座
世界の子ども政策から学ぶ 2
子ども学科 首藤 美香子
1. 企画の意図
近年の国際調査では,子どものウェルビーイン グ・発達・学習を保障する包括的な子ども政策の 実現は,子どもの問題解決に資するだけではな く,出生率の増加,女性の労働力参加による経済 の持続的発展,ジェンダーの公正,子どもの貧困 の削減と予防,マイノリティの教育改善と社会的 インクルージョンの促進などの社会問題の解決に 寄与し,また国際的な競争力をもつ有能な人材の 育成にもつながることが示唆されている。した がって,「子ども」の視点から教育・福祉・労働・
財政政策等を見直し,「子どもの幸せのために」
それらを効率よく位置づけて体系的に行うための ガバナンスの研究は,学際性豊かな子ども学の新 たな可能性を切り拓くものとなることが期待され る。
このような問題意識に基づき,2010 年度より 白梅子ども学講座では,「世界の子ども政策から 学ぶ」と題し,今まで子ども研究の射程に入って こなかった「政策」という観点から,子どもの育 ちを取り巻く現状と問題点を比較検証し,国際的 な視野のもとで子ども学の境地を開拓しようと試 みた。
第一回目となった 2010 年度の「世界の子ども 政策から学ぶ」では,東アジア,イギリス,アメ リカ,北イタリア,ドイツの政策動向に焦点をあ てた。そこでは,知識詰め込み型の成果主義を重 んじる子育ての伝統に抗しながら,国際間の競争 著しいグローバル社会に適応する新しい「学力」
の獲得を掲げる国の矛盾,財政危機を克服するた めに民間活力を活用しつつも,国や所管団体が法 制化や質基準の責任を持ち保育・教育・福祉サー
ビスの平等性と公正さを目指そうとする意欲的だ が脆弱さも孕む取り組み,「子どもの声」に耳を 傾け「子どもの幸せを第一に考える」ことこそが 社会改革の一歩となるとの信念を抱き,子育て・
家族支援を地域再生の手立てとする独創的な制度 を打ち立てた市民の努力,社会的教育学の伝統で 醸成されてきた「育つ」「育てる」という概念を 政策の新機軸することで独自性を発揮しようとす る国など,各国の子ども政策の眼目を専門家から 学術的に分析していただいた。
そこで,2011 年度も引き続き,世界の保育・
教育改革の動向を検証し,日本の子ども政策と子 ども学の未来を探った。今まで日本では専門家以 外に,「子どもの育ちをいかに保障するか」とい う観点から,総合的かつリアルタイムで政策のあ り方が紹介される機会の少なかったスウェーデ ン,ロシア,オランダ,香港に注目した。詳細は 以下の通りである。
2. 実施日,テーマ,講師,講演内容
① 10 月 29 日(土)14:00 〜 16:00
「スウェーデンにおける子ども・青少年行政 の統合―恊働のストラテジーとその実践―」
澤野由紀子
聖心女子大学文学部教育学科教授 スウェーデンの子育てといえば,両親に保障さ れている育児休暇や保育をはじめとする子育て支 援の制度が充実しており,「ゆったり」「のびのび」
と皆が子育てを楽しんでいる国というイメージが 強いが,2011 年には 943 万人となった全人口の うち 19%が難民・移民など外国に背景をもつ人々
報 告
となり,スウェーデンの子ども・青少年と子育て をめぐる状況にも変化が生じてきている。
スウェーデンにおける子ども・青少年行政の統 合は,1959 年の国王からのコミューン(市町村 に相当)に対する勅令によって,異なる行政部門 が協働で子ども・青少年行政に取り組むための体 制を地域レベルで築くことが奨励されたことに端 を発する。1971 年には学校教育,社会福祉(保育,
幼児教育を含む)および警察を所管する 3 つの国 の行政機関(庁)によって,協働のための共通の 指針が定められた。また 1990 年の国連子どもの 権利条約批准後,93 年には初の子どもオンブズ マンを任命し,ストックホルムに子どもオンブズ マン事務局が開設された。子どもの権利条約の導 入に関しては,すべての省庁が積極的に取り入れ ることとされ,専門職やコミューン職員の研修も 行われている。さらに,政府の決定はすべて,子 どもにどのような影響があるかというインパクト 分析を行うことが義務づけられている点で画期的 といえる。
1990 年代後半になると,知識社会への移行に 伴い生涯学習を促進するという考えのもと,社会 福祉担当省庁の所管であった保育・幼児教育と 学童保育が,教育行政担当省庁へ移管された。
さらに 2000 年代に入ると,児童虐待,性的虐待 など平等社会スウェーデンでは従来ほとんど存在 しないとされていた危機的状況に瀕している子ど も・青少年の問題がクローズアップされるように なり,子どもの権利がさらに重視されるようにな る。2002 年には子どもオンブズマンの権限が強 化され,各省庁,コミューンおよびレーンの行政 当局に対し,子どもの権利条約遵守のためにどの ような活動を行っているか情報提供を求めること ができるようになった。さらに 2003 年には国会 の決定により,学校教育法,社会福祉法,保健・
医療法等を改正し,子ども・青少年行政の取り組 みのための協働の義務を強化することになり,こ れにより,国,地方の各レベルで,特に弱い立場 にある子ども・青少年を対象とする支援の充実が
図られた。さらに 2007 年にはこうした協働を推 進するためのナショナル・ストラテジーが作成さ れた。
本講座では,2000 年以降の子ども・青少年統 合行政の展開について,その背景となっている諸 問題,国,地方の各レベルでの具体的対応策とし ての異なる行政部門の協働による取り組み,その 効果と問題点などを中心に紹介した。
② 11 月 26 日(土)14:00 〜 16:00
「体制転換後のロシアにおける保育改革―家 庭養育の重視と市場主義化―」
村知稔三
青山学院女子短期大学子ども学科教授 20 世紀といえば,もちろん 1901 年に始まり,
2000 年 に 終 わ っ た 世 紀 で あ る。 た だ, 現 代 史 を学ぶ者は,この時代の変化の内実を重視し,
1971 〜 1991 年を指して「短い 20 世紀」と呼ぶ ことがある。もとより 1917 年はロシアで「社会 主義」を掲げる革命が起こった年であり,1991 年は,そのロシアを中心に結成されたソビエト連 邦が解体された年である。
このように,私たちが経験した最も近い過去に はロシアの影響が比較的に大きかった。
しかし,「去る者は日日に疎い」というように,
ソ連が解体し,それに伴い新しく誕生したロシア が資本主義に体制を転換してから 20 年も経つと,
隣国に対する日本人の関心は低下しがちである。
その間にロシアでは大きな変化が生じてきてい る。すなわち,政治・経済・社会・人口などの動 向をみると,「破壊・混乱・低下・減少」の 1990 年代から 「建設・安定・上昇・増加」 の 2000 年 代(2000 〜 2009 年)へと推移し,さらに新しい 10 年間がスタートしている。他方,保育の世界 にはこうした動きに沿った側面と異なる側面とが みられる。
今回の講座では,「出生率と死亡率」 「乳幼児総 数」 「保育の制度とニーズ」 といった問題からロ
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シアの乳幼児と保育をめぐる状況について紹介し た。それは,改革に直面している日本の保育界に も何らかの示唆やヒントを与えてくれるものと なった。
③ 12 月 10 日(土)14:00 〜 16:00
「オランダモデルの内実―子育ての伝統と女 性の就労促進―」
松浦真理
京都華頂大学現代家政学部現代家政学科 准教授
オランダはわが国と江戸時代から交流を続けて いる国であるが,意外にも,1980 年代以降の種々 の諸施策によって注目を集めるようになってきた 国である。すなわち,ワークシェア導入による経 済危機からの脱却,尊厳死法案の可決,緩やかな 麻薬対策などへの注目である。昨今の欧州の経 済危機の中でも女性の労働力参加率は依然 70%
程度であり,失業率は EU27 ヶ国平均(9.7%,
2010 年)の半分以下(4.5%)に留まっている。
保育・教育に目を向けると,憲法で保障されて いる「教育の自由」に支えられた柔軟な教育政策 や 1985 年以降進められてきた幼・小連携につい て関心が高まっている他,ユニセフ報告による「先 進国で子どもが一番幸せな国」として注目されて いる。
このような,一見「先進的な」諸施策からは,
この国が柱状化社会システムの伝統に基づいて,
ジェンダー秩序を維持してきたことは見えてこな い。日本同様「母性神話」の強いこの国で,前述 のような女性の高い労働力参加率を得ることがで きた一つの背景が,2000 年以降の子育て支援策 の急速な拡充であり,量だけでなく質の向上にも 力が入れられてきた点にある。2005 年以降は市 場原理を導入する形にその施策は変更されたが,
国は質保証のための基準を作成し,これまで以上 に費用面で親をサポートするなどアクセスの平等 性は比較的維持されている。また,子育て支援の
主管庁が社会雇用省から教育文化科学省に移った ことで,子どもへの教育的配慮の視点での保育の 質向上と保育士養成の質向上が期待されている。
このように展開されているオランダの子育て 支援施策であるが,忘れてはならないのが,就 労している女性の大多数がパートタイム就労で あり,施策が拡充したからといってフルタイム への移行が進んでいるわけではないという点で ある。4 歳未満の子どもの利用率が最も高いの は一日 4 時間程度の保育を行うプレイグループ
(Peuterspeelzaal)であり,また,親戚や友人に よるケアの割合も高く,「子どもの養育の第一責 任者は親である。(他人まかせにはできない。)」
という従来からのこの国の子育て観の現れと見る ことができる。このような子育て観に基づくワー ク・ライフバランスを支えているのがこの国の就 労施策であり,子育て施策だと言えるのではない だろうか。そして親のゆとりをもった働き方と社 会の在り方が「先進国で一番幸せな子ども」を育 てていると言えるのではないだろうか。
今回は,以上のような流れで,社会民主主義と 保守主義と自由主義が「混在」し,ジェンダー秩 序を維持し続けているオランダ社会の子育て施策 の動向と現状を概説し,保育施設や学校における 保育・教育内容にも触れながら,「オランダモデ ル」から日本社会にどのような示唆が得られるの か考察した。
④ 1 月 21 日(土)14:00 〜 16:00
「中国返還後の香港における言語政策―幼児 期の英語教育をめぐって」
大和洋子
香港大学比較教育研究センター准研究員 香港は 1997 年 7 月 1 日に,英国領から中華人 民共和国へ返還された。150 余年にわたる英国領 香港総督府による統治から,中華人民共和国香港 特別行政府の統治となったが,50 年間はそれま での政治経済体系の維持が約束されている。早い
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もので,2012 年 7 月で返還 15 周年を迎えること になる。中国へ返還されたと言っても香港と中国 の間には境界線が存在し,中国人が大陸と香港間 を自由に行き来できる訳ではないが,香港で生活 する中国人の数は明らかに増えている。
返還翌年の 1998 年 9 月に,教育的配慮から「母 語教育政策」が導入され,「両文三語(中国語と 英語で読み書きができ,標準中国語,広東語,英 語が使える)」が提唱された。しかし教育現場の 混乱,経済・産業界の反発,子を持つ親の動揺と いう三つ巴の葛藤が生じた。そのため有識者から 成る言語政策評価委員会を立ち上げ,教育成果の モニタリング,政策の評価とその調整を実施して いる。この分野の研究では蓄積のある香港の教育 改革を観察することで,日本の幼児期における英 語熱,及び小学校英語導入への示唆が多々得られ ると思われる。
本講座では,まず香港の歴史的背景,数字だけ では分からない,捉え難い香港人の実態,香港の 言語政策について生活言語,行政言語,そして 教育言語の側面から補足説明し,教育システム すなわち時代とともに変わる教育制度(Not the Education System but Systems )を概観した。
その上で,就学前教育の最近の動きとして 1)幼 保一体化へ,2)就学前教育施設の園長・教員の 資格アップグレード研修基金,3)就学前教育・
保育施設における教育・保育言語,4)就学前教 育へのバウチャー制導入と保育費補助政策の観点 から紹介し,また香港固有の少子化問題を出生率 と出生率に隠れた数字と新移民から分析し,最終 的に香港は今後どのような方向に向かうのか,多 文化共生社会の香港における英語へのこだわりに ついて紹介した。
⑤ 2 月 25 日(土)14:00 〜 16:00
「日本の子ども政策の現状と課題」
無藤 隆
白梅学園大学大学院教授
本講座の最終回として,子ども政策の国際的動 向が日本にどのような示唆を与えているか,整理 した。
1)2000 年代に入り,OECD の動向が強く影響 するようになった。アジア圏(特に韓国,中国,
台湾など)の幼児教育の拡大が参考にされてい る。その中で,日本の保育・幼児教育への公費負 担の割合の低さが明らかになった。
2)幼児期の教育のその後に与える影響の重要性 が強調されるようになった。また格差の是正にお ける幼児期の教育の意義が明らかになってきた。
3)保育者・教師のあり方の国際的な検討が進ん できている。日本の保育者の待遇の低さや研修の 不十分さが問題となってきている。とはいえ,国 際的には様々なレベルが混在している段階であ る。
4)幼児教育と乳幼児保育の統合が進んできてい る。また,その公的支援や負担が拡大してきてい る。
以上をふまえて,改めて日本の子ども政策の現 状と課題を概観してみる。
幼児教育と乳幼児保育の統合は喫緊の課題とい えるが,その実現をはばむ要因としては次のこと が挙げられる。中央省庁における厚生労働省と文 部科学省の分断,幼保の分断はその伝統の違いと ともに行政の枠組みや対応の違いであること,公 私の違い,資格・免許の違いと待遇の違い,があ り,結果としてそういった幼保や公私の違いは,
それらの間の徒な対立を時に生み出し,地域のす べての子どものための保育・幼児教育という理念 の実現を困難にしているといえる。
今日進められようとしている「幼保一体化の新 システムの構想とは,幼稚園と保育所を一体とし た「総合施設(仮称)」の設置を目指すもので,
補助金の統合を行い,市町村での一括した配分を 行おうとするものである。この「総合施設」は学 校教育法上の学校教育施設であり,同時に,児 童福祉法上の児童福祉施設となる。学校教育上 は 3 歳以上,1 日数時間の保育を行うが,児童福
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祉上は,乳児から長時間の保育が可能となる。こ こで旧来の幼稚園と保育所は一部に残る可能性が ある。また,それは認可施設と指定施設とに分け るとされる。認可施設がその地域の中核的な保育 を担い,原則として,社会福祉法人・学校法人と する。指定施設は幅広く指定することが可能であ り,認可施設以外のその他の,現在の認証保育所 や無認可保育施設の一部も入りうる。なお,地域 型保育事業を拡充することも新システムのねらい のひとつである。たとえば,家庭型保育や派遣型 保育,また小規模(20 人以下)保育所などが該 当する。さらに,自治体においては,保育の計画 を立て,量的な保育の充足を計画的に進めること が企図されている。自治体の助言監督権限を強化 し,質の確保を可能にする一方,国また自治体に おいて,子ども・子育て会議を設置して,行政を 補完し,確実な遂行を可能にする。
新システムの本格実施には 1 兆円ほどの支出が 必要だと提案されており,税と社会保障の一体改 革の中で実施されるという。自治体において財源 を確保する厳しさは年々増しているが,保護者に とってとりわけ乳幼児期の保育・幼児教育の費用 負担は,民間の施設に通わせる場合,大きいこと も事実である。それは少子化の要因の一つでもあ ると推測されている。保護者負担の全般的な軽減 と公平性・透明性の確保が急務であろう。
今後最も重要になってくる課題は,教育の充実 である。幼稚園・保育所ともに幼児教育の質の充 実が求められているが,時に幼児教育の方法や中 身が,幼稚園教育要領・保育所保育指針の精神に 照らして,必ずしも幼児期に相応しい形になって いない場合も見られ,改善が求められる。また,
質の充実のために何より必要なことは研修の拡充 である。幼保ともに,全体的な講習の拡大ととも に,実地の研修を進めていくことが肝要である。
さらに資格や研修の高度化・長期化が必要とな る。教育の質の改善・向上のためには専門的な関 わりが不可欠であるのは言うまでもなく,かつ現 場の実情に即した評価や支援のあり方を検討する
ことも急務といえよう。
3. 講座を終えて
以上,2011 年度の「世界の子ども政策から学 ぶ 2」では,スウェーデン,ロシア,オランダ,
香港に焦点をあてた。
手厚い社会保障制度だけでなく,民主主義の理 念を教育の柱として社会・文化の多様性と異質の 他者への寛容を説いている点でひとつの理想とさ れてきたスウェーデンで,近年顕在化する児童虐 待,貧困・格差の問題,移民排斥運動に対応する ために,子ども・青少年を対象とする教育・医療・
福祉・警察行政の統合が進められ,「子どもの権 利」保障が制度的に推し進められていることは,
この国の先見性を示す大きな発見であったといえ る。また,共産主義政権が崩壊して 20 年後とな るロシアでは,体制転換直後の混乱より生じた負 の遺産が子どもの成長・発達と生活の側面におい て少なからず世代間を超えて継承されおり,人口 動態のいびつな構造や急速に普及する市場主義経 済が,旧来の家族関係,家庭養育と施設保育のあ り方に,資本主義諸国の歴史的経験とは異なる課 題をもたらしていることが明らかとされた。ここ では,社会変動と世代の関係性に着目した子ども 研究の新たな可能性が示されたものといえよう。
一方,ワークシェアリングの導入により,生活 の質を低下させることなく女性の就労と家庭養育 の両立を可能とし,「子どもの幸福度」世界第一 位(UNICEF)と称されるオランダの保育・教育 制度および子ども観・女性観は,他国でも導入で きる優れたモデルとなるのか,聴衆の関心は高い ものであったが,「子育ての責任は母親」という 伝統的なジェンダーに対する考え方を前近代的と 否定し去ることなく,「中庸」を美徳にバランス 良く多様な価値観を認め合う多民族の背景をもつ 国ならではの心性に依拠するとされたのは意外で あった。さらに「香港人」としてのアイデンティ ティの確立と中国人として雄飛することを期待さ れる返還後の香港において,幼児期からの多言語
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教育ではどのような戦略が取られているのか,現 場の教育実践等が具体的な場面から紹介され,英 語学習が子どものお稽古事として人気が高く小学 校でも必修化されている日本で何か参考にならな いか興味深かったが,就学前は母語教育こそ重要 という確実なデータが示され,説得力があった。
最後に,本学子ども学研究所所長・無藤隆が二 年間にわたる講座を総括した。新システムへの移 行が本格化しようとするなかで,本講座で紹介し た他国の知見と経験を制度改革にどう生かすこと ができるのか,日本の現状と課題に即した解決の 方向性が示唆された。
二年間,「子ども学講座」では,「子ども政策」
という観点から国際比較を試みてきたが,この取 り組みは,各国の子ども政策を,教育・福祉・医 療・労働等のガバナンスのあり方についての批判 的検証を促し,また乳幼児のケアと教育,および ジェンターに対する自国の社会通念や文化的規範 に対する認識の相対化をもたらした点では貴重な 経験といえると自負する。しかし,残念ながらそ の意義は,講座を受講した一部の熱心な研究者,
保育者,学生に留まるもので,学内はもとより学 外へと浸透する可能性は少なかった。
企画の主旨であった,子どものウェルビーイン グ・発達・学習を保証する包括的な子ども政策の 実現が,子どもの問題解決に資するだけではな く,出生率の増加,女性の労働力参加による経済 の持続的発展,ジェンダーの公正,子どもの貧困 の削減と予防,マイノリティの教育改善と社会的 インクルージョンの促進といった,社会問題の解 決にも大きく寄与することものであるという認識 が,一般はもとより研究者の間でもまだまだ理解 され難い実情が明白となった。子どもの問題解決 に資するとされる子ども支援の職業的専門家の育 成に力に傾斜せざるを得ない子ども学の実態が,
改めて浮き彫りになったといえようか。
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