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子どもを浴びていく 内 山 勝 也

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Academic year: 2021

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子どもを浴びていく

内 山 勝 也

「なぜ自分は教師を続けているのだろう」本校に赴任して以来、そんなことをふと考えるようになっ た。それまではただがむしゃらに子どもに向き合ってきた。それが悪いことだとは今も思っていない。

しかし、そのがむしゃらさは、自分に向いたものだったのかもしれないという疑いをもち始めた時か ら「自分は教師を演じているのではないか」と、自らの心の内を見っめるようになっていった。それ は子どもをどう見て、子どもから何を感じていこうとしているのかという教師としての永遠の課題を、

突き詰めていく作業でもある。そこに魅力を感じられるようになったからこそ、自分は教師を続けて いるのかもしれない。紛れもなく「教師おこし」が私を揺さぶってきたのだ。

1.闘われない

平成12年4月、ひときわ元気のいい声が学校中にあふれていた。入学したばかりの「あした」(一 年生の学年名)の子どもたちの声である。本校に赴任したばかりの私は、そんなあしたの子どもたち の担任となった。一年生と言えば、まずは学校生活に慣れることが大切である。そんな固定観念が当 時の私の中には大きかった。そのため学年主任に「子どもたちとやりたいことをやっていいよ」と言 われても、そんなこと思いもっかないというのが正直な気持ちであった。しかし、こうした考え方で 子どもたちと向き合おうとすると、関わりは自分本位なものになる。してはいけないことを伝えたり、

子どもたちのやることすべてに口を出したり……。子どもが安心して生活できるようにするという名 目のもと、学校とはこういうところなのだと言うことを、知らず知らずのうちに強制している自分が いた。そうすることに何の疑問ももたないままで……。

当時、研究室では先輩教官と、時間があれば子どもの話をしていた。クラスの子どもの表れを実に 楽しそうに話す先輩教官の姿を見ていて、私にはそんな余裕などないと心の中で思っていた。自由奔 放に振る舞うあしたの子どもたちの姿が、自分にとっては目に余るものとして映っていたのだ。教師 おこしを少なからず理解しているつもりでいた私は、この先輩と話す時間が、実は非常に苦しいもの だった。なぜならそうした本心を語ることができなかったからだ。子どもをそんな風に見ているのか と問われるのが怖かったのである。そんな日々がしばらく続いた。

ある日の放課後、私が子どもの日記を読んでいる傍らで、いっものように先輩教官が子どもの話を していた。その話の中での、ある先輩教官の言葉が大いに私を揺さぶることになる。「教師として大 切なのは、自分が子どもたちにしていることに疑問をもってみること。例えば、席に着かせるのは子

どものためというより、実は教師のやりやすさのためではないかというように……」まさに脳天を打 ち砕かれた気分だこた。その当時の自分がその言葉通りだったからである。いや、教師になってから これまで、子どもたちにしてきたことに疑問をもったことなどなかった。今思えば、それは教師とい う鎧をつけた自分が子どもの前にいっも立っていたと言うことなのだろう。この日以来、私は子ども に関われなくなった。むやみに関わってしまうことが、実は教師のやりやすさを求めていることにな るのではと、いっも頭の中で考えるようになってしまったからだ。教師が関わらなければ、子どもた ちは当然のようにやりたい放題……。「これでいいんだよな」と思いながらも、どこか疑問を感じ続 けている自分……。これが私にとっての「教師おこし」の始まりだったのだ。

2.先生は気づかないの?

関わらない、いや関われないことは、教師にとって苦しいことである。自分が何のためにそこにい るのかわからなくなってしまうからである。それは、教師を続けている意味を自分に問い続けている ことになるのだろう。しかし、答えは見っからない。ただ、苦しさの中で日々を過ごしている、そん な毎日だった。

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そんな私の苦悩をよそに、子どもたちはと言えば実に伸び伸びと学校生活を楽しんでいるように見 える。その中でも0男君、S男君、U男君、W男君の4人は、一際目立っていた。その姿はまさに自 由奔放。授業中であろうが、自分たちの興味を引くものがあれば、教室を飛び出していってしまった

り、お互いの思いがぶつかり合えば、取っ組み合いのけんかを始めたり……。クラスの中では手のか かる存在と誰もが思うであろう4人組。しかし私にとって、彼らとの日々は実に貴重なものだった。

関われない私に、それでいいのかと疑問を投げかけてくれる、そんな存在だったのだ。

忘れられない出来事がある。一年生も半ばを過ぎたある日のことだ。昼休みが終わり、子どもたち と教室掃除を始めた時、数人の女の子が教室に飛び込んでくるなり「U男君たちが東館でけんかをし ている!」と私に向かって叫んだ。「またか……」と思いながらも、けんかの現場へ行ってみると、

U男君とW男君が脱み合っている。その周りには0男君とS男君の姿もある。とりあえずけんかの原 因を尋ねてみたのだが、二人ともすごい目つきで脱み合っているだけで、何も答えようとはしない。

0男君たちもよくわからないと言う。これまでの自分なら、ここでいかにも教師らしく自分の考えを 伝え、事を納めようとしていただろう。しかし、それもできない。関わることで自分を押しっけてし まうことになるのが怖かったのだ。睨み合う二人の傍らで私もまた、自分の心と脱み合っていた。ど うにもならない時間が流れていく。突然、U男君がW男君に殴りかかった。思わずU男君を後ろから 捕まえた私は「そんなに気に入らないなら、これからは一緒にいるな!」と怒鳴ってしまった。きっ と、これが私の本心だったのだろう。思うように闘われない苛立ちを彼らにぶつけていたのかもしれ ない。しかし、次の瞬間、彼らの姿に私は大きく揺さぶられることになった。それまでW男君を腕み 付けていU男君が急に私の方をふり返り、目に涙をためてこう訴えたのだ。「そんなのいやだ。だっ てW男君とは友達だもん!」私は一瞬、彼が何を言おうとしているのかわからなかった。さっきまで あれだけ脱み合っていたのに、殴りかかろうとまでしていたのに、友達だなんて・‥′‥。呆気にとられ ている私をよそに、U男君とW男君は肩を組み、教室へと戻っていく。すかさず0男君とS男君も後 を追い、二人の横で肩を組む。「俺たちはずっと友達だ!」と叫びながら4人の猛者たちは何事もな かったかのように廊下を歩いていった。

その後ろ姿を見ながら、私は自分がとても小さ い人間のように思えてならなかった。U男君の言 葉は「僕たちは友連なんだよ。今までの僕たちを 見ていて、そんなことにも気がつかないの?」と 私に訴えているように感じられた。実に正直な思

いを私にぶつけてきているのだ。それに比べ私は、

関われないことを理由に子どもに対して正面から ぶつかっていこうとしていない、子どもを感じよ うとしていない。そのことを彼らから突きつけら れている感じがしていた。4人との営みは、頑な になっていた私の心を少しずっ揺さぶってくれる

ものだった。 <あしたの子どもたちと>

3.いつもうるさい!

あしたの子どもたちとの営みは、私にとっ七、教師という鎧を一つずっ剥がされていくような日々 ギった。それは時に苦しくもあり、時に心地よくもある。

二年生も終わりに近づいた12月のある日、子どもたちはクリスマス会の計画を話し合っていた。

子どもたちの発案による企画は、それまでほとんどなかった。子どもたちからそういう声が上がらな かったのである。いや、上がらなかったというよりは、上げさせない雰囲気を私が作り出していたの かもしれない。だからこそ、クリスマス会をやろうという声が子どもたちの中から上がった時には、

私自身うれしかった。ここにきて、やっと子どもたちも自分の思いを清々と出せるようになったのは、

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私の子どもたちに対する向き合い方が多少なりとも変わってきたからだろうと、勝手に思い込んでい たのである。さて、話し合いの方はなかなか思うように進まない。司会のQ子さんが何をやるのか決 めようと必死で呼びかけるのだが、自分のやりたいことを訴え続けたり、多数決でドッジボールをや

ることになっても「そんなのやりたくない」と文句を言う子がいたりで、どうにもまとまった意見に はならない。私はと言えば、そんな子どもたちの様子をうれしいような楽しいような気持ちで見てい た。これほどまでに自分たちの思いをぶつけ合っている子どもたちの姿をそれまで見たことがなかっ たからだ。Q子さんが「先生、何とかしてよ」と助けを求めてきても「自分たちで決めないと意味が ないんじゃないの?」と半ば無責任とも思える言葉で切り返していた。

紆余曲折を繰り返し、何とかプログラムが決まった。内容はドッジボールをやり、その後にビデオ を観るというものである。これで一安心とQ子さんも話し合いを閉じようとしたその時、一人の女の 子が手を挙げ、ビデオについて不満を訴えた。やっぱり自分は観たくないと言うのである。みんなで 決めたことだからとQ子さんが説得するが、聞き入れようとはせず、ついには泣き始めてしまった。

このことに端を発し、また教室中が騒然となっていく。困り果てたQ子さんが私のところにやってき て、再度「何とかして」と助けを求めてきた。.ここまで子どもたちに任せてきた手前、私が出ていく ことはどうかとも思ったが、やや無責任すぎたかなと感じていた私は、子どもたちの前に立ち「せっ かく楽しいことを決めているんだから、楽しく相談したら?」「もっとみんなが納得できるいい方法 はないかな?」などと話し始めた。その時である。突然Ⅴ子さんが私に向かって「先生は黙ってて!

いっもうるさい!自分たちでやってるんだから、余計なことは言わないで!」と怒鳴ったのである。

Ⅴ子さんのこの言葉に、私もついかっとなり「だったら自分たちで決めてみろ!」と言い放ち、教室 を出てしまった。廊下をうろうろと歩き回りながら、少しずっ冷静になっていく自分。するとⅤ子さ んの言った「いっもうるさい!」という言葉が重くのしかかってきた。「子どもたちはそんな風に感 じていたのか」とそれまでの自分をふり返ってしまう。子どもの思いに自分なりに寄り添ってきたっ もりだったのに、まだまだだったようだ。そのことをⅤ子さんに突きつけられた。しばらくして、教 室をそっと覗いてみる。するとⅤ子さんが黒板の前に立って、みんなに「もう文句なしだからね」と 話している。どうやら私がいない間に、彼女が中心となり今一度話し合いをしたようだ。どの子も真 剣な顔でⅤ子さんの方を見ている。「この子たちは確実に成長しているんだ」そう思ったら、ふっと

うれしさがこみ上げてきた。教室に入ると、Ⅴ子さんか自信満々の顔で「全部決まったよ」と私に一 言。「はい、わかりました」としか言えない自分を改めて感じさせてくれた子どもたちに感謝である。

4.「ひかり」の子どもたちと共に

教師というのは、新しい出会いを繰り返す中で自分自身を見っめ、磨いていくものなのだろう。あ したの子どもたちと別れ、新たに「ひかり」(五年生の学年名)の子どもたちの担任となったのは、

本校に赴任し3年目の春を迎えた時のことだった。

実に居心地が悪い。新しい子どもたちと出会った時は、誰もがそう感じるの浸ろうか。少なくとも ひかりの子たちとの営みは、私にとって居心地の悪さからのスタートだった。子どもの姿をじっくり と見ていこう、感じていこうとすればするほど、子どもたちとの間に距離を感じてしまう自分。それ でも、何とかこのクラスの一員になろうと自分の居場所を探す日々……。そんな時、自分に声をかけ てくる子どもたちに救われる。気遣うのではなく、ごく自然に私に対して自分をぶつけてくる子ども

たち。そうした子どもたちの姿を感じる中で私もまた、自分を正直に子どもたちにぶつけていくよう になっていった。改めて思う。こうした居心地の悪さを感じることが、実は子どもとの営みにとって 大切なことなのだろう。それは自分が、子どもたちの中にどう身を置いていこうとしているのかを、

絶えず模索していくことなのだ。今思えば、私はひかりの子どもたちとの営みの中で、教師としてで はなく一人の人として子どもたちの中に身を置いている時間が長かったように思う。何気ない日常の 中で子どもと共にいる時も、ふと自分が教師であることを忘れてしまう瞬間がある。子どもの目線で とよく言うが、それとは少し違う感覚を味わっているのである。人としてのつながりを子どもとの間

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に強く感じてしまうとでもいうのだろうか。「子どもを浴びる」と、ある先輩教官が表現していたが、

私はひかりの子どもたちとの営みの中で、絶えずその瞬間の子どもたちを浴び続けてきたと言っても いいだろう。

最後の運動会。六年生にとってはまさに晴れ舞台である。子どもたちの意気込みも前年度とはひと 味違う。それは彼らと2年目の営みを迎えていた私も同じだと思っていた。最後は優勝で決めたいと いう思いをどこかでもっていたのだ。新年度が始まり、すぐに子どもたちは運動会への取り組みを始 めた。応援団の結成、種目の選手決定、そして練習……。ほとんどが子どもたちの力で進められでい く。私が口を挟む余地などこれっぽっちもない。それだけ強い意気込みで臨んでいるのだと改めて感 じずにはいられなかった。しかし、そんな子どもたちの姿を見ているうちに、ふと気づいたことがあ る。それは、子どもたちの中にある意気込みとは、勝っことだけでなく、一生忘れない心に残るもの にしたいというものではないかということだ。

本番を間近に控えたある日の応援練習でのことである。それまで何度も練習を繰り返し、自分たち がやりたい応援を創ってきた子どもたち。誰もがその内容に納得しているのだろうと私は思っていた。

しかし、ひとしきり練習を終え、最後に団員であるP子さんが「何か意見がある人?」と投げかける と、次から次へとこうした方がいいという意見が出てくる。それだけ思い入れが強いんだなぁなどと のん気に構えていると、急にP子さんが私の

ところにやってきて「先生、みんなの意見を 聞いて、もう少し変えようと思うから、この まま練習を続けさせて!」と言う。そのあま りに真剣な表情を見た瞬間「この子たちは今 を生きているんだな」と思わずにはいられな かった。優勝という二文字はあくまでも目標 であり、子どもたちは今、この時をお互いの 心に刻んでいるのだ。そう考えたら、私にで きることは「納得いくまでやれよ」と心の中 で思うことしかない。再び教室中に応援の声 が響き渡る中で、私は存分にその瞬間の子ど もたちを浴びていた。

いよいよ本番。団長であるM男君をはじめ、

<やりきった!最後の運動会>

どの子の顔も輝いている。必死で太鼓を叩く音、団長 に呼応する団員たちのエール、あらん限りの声で歌う応援歌、どれもが私の心に強くL深く響いてくる。

私にとって、結果などどうでもよくなっていた。この子たちの姿が、声が、私にとっては何にも代え 難いものなのだ。総合では昨年に引き続きの3位。しかし、子どもたちの表情の何と晴れ晴れしたこ とか。閉会式が終わり、応援席に引き上げる時、B男君が私に言った言葉が忘れられない。「先生、

やりたいことができたから、俺は十分満足してるよ」

5.人として

私は、これからも人として子どもたちを全身で浴びていきたいと思っている。まずはそれが、教師 であることの出発点だと考えるようになったからだ。何気ない子どもの表情や言葉、表れをその時、

その瞬間に感じていく、そしてそこから、その子をまるごと感じていく……。子どもの魅力を存分に 味わっていくことで、人は教師として子どもの中に身を置くことができるのだと思う。それは、本校 で出会った多くの子どもたちから、私が教えられたことなのだ。

「先生、そんな力まないで自分たちを見ていてよ」そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。「わ かってい為よ。でもなぁ……」まだまだ、私には脱ぎ捨てなければならないものがあるようだ。これ からも続いていくのだろう。「教師おこし」という「自分おこし」の毎日が……。

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参照

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