早稲田大学大学院国際情報通信研究科
博 士 論 文 概 要
論 文 題 目
申 請 者
劉 茜懿
LIU Qianyi
国際情報通信学専攻 メディア芸術研究Ⅱ
2014 年 7 月
中国古代思想のポストモダン的視覚表現 に関する研究
Research on the Post-Modernist Visual Expression of Classical Chinese Thought
論文概論
高度に発達した情報通信技術は、社会システムだけではなく芸術分野にも大きな影響を与 えつつある。20世紀の半ばに登場したメディアアート(Media Art)はその代表的な例であろ う。 メディアアートは芸術表現に新しい技術的発明を利用する、或は新たな技術的発明に よって誕生した芸術表現の総称であり、今では表現芸術の一分野として広く社会に認知さ れている。メディア・アーティストは、時代の先端技術を取込む事によってより高度な表現 を追求し、今では哲学的な思想や思考の高度に抽象化された表現も行われるようになった。
一方、西欧文明を基盤とする現代社会においてはその発展に伴って人々の行動様式や思 考形態の西洋化が進み、それによって世界各地に古くから伝わる独特の伝統文化や思想が失 われつつあるとの指摘がある。中国現代社会においてもまた、古代から伝わる思想を学びこ れを精神的な支えとして生きていると考える人々も少なくないが、実際のところ社会におい てはまるでその思想が持つエネルギーも現代社会とはまるで歯車が噛み合っていないよう に感じられるのである。そこで中国古代思想を現代人の視点から再度見つめ直し、それを作 品に託して創作したいと考えた。ここで私が再考の源としたのがポストモダンである。ポス トモダンとは一般に20世紀中頃に起きた現代美術の行詰まりに対して起きた芸術運動を指 す。ここでは、その中から反美学や反合理主義的な思考の要素を抽出し、中国古代思想の再 構築を目指す芸術表現に応用するという意味で用いた。そしてメディアアートという表現手 段を用いて古代中国思想をポストモダン的に解釈した作品を制作・発表することにより、現 代社会が抱える様々な問題に取り組む際の解決の手掛りになるのではないかと考えた。本論 文は、上記の思考に基づいて制作した一連のメディアアート作品(『小格系列』、『天籟籟』、
『地籟籟』)について、それらの創作意図、背景、制作過程を述べると共に、当該分野にお ける作品の位置付けや公開、展示についてまとめたものである。
以下に各章についての説明を記す。
第一章「序論」においては、修士•博士課程において創作した一連の作品のコンセプトで ある中国古代思想へのポストモダン的視覚表現の挑戦的精神、および作品制作において用い た表現や構成の方法について述べた。また本論文全体の構成についてもここで述べている。
第二章「創作に示唆を与えた先駆者とその作品」では、本研究における一連の作品制作の 背景となった先行例として、抽象と具象表現、表現とメディアの関係、芸術における地域性、
ポストモダンの発想などに触れながら、関連する過去のメディア芸術作品とその作家および 大きな影響を与えた批評家について言及し、それらの表現手法や思想と自らの作品との関係 性について述べた。
第三章「平面作品『小格系列』の創作」においては、三部作の第一作目である平面作品の 創作に関して述べた。本作は漫画構成の表現を変容して創作した作品である。作品制作にお いては、イタリア新表現主義運動の具象的な表現法やイメージが持つ喚起力を強調した画風
との融合によってメタファー的画面描写法を取入れることによって、中国古代思想における 宇宙観「天円地方」のポストモダン的な表現を試みた経緯について述べた。そして本作品の 形状が小さく区切られた四角形のコマに画面を描いてある事に言及し、これがこの宇宙観を 意識した配置であることを述べた。天は円く地は方形であるというこの古代中国人の宇宙 観は、易経や陰陽など多くの哲学・思想に影響を与えている。そして論文では、これが本作 品全体を貫くコンセプトであることを述べた。次に表現形式として本作品が映画のモンター ジュ表現に強く影響を受けたことを述べた後、その制作プロセスと展示形式およびその結果 としての批評家による本作品への評価に関してまとめた。
第四章「アニメーション作品『天籟籟』の創作」においては、次作であるアニメーション 映像作品の創作について述べた。論文では最初にこの作品の基本コンセプトとなった荘子の 思想論『斉物論』に触れ、その中で荘子の著名な言葉である「天籟」の再構築について述べ た。本作品のタイトルにも使用されたこの言葉の意味は、「自然界で最も美しい音」と解釈 されるが、作品においてはこれを「無限に鳴り続く雑音」と批判的な解釈を加えることで現 代的な「天籟籟」という概念の構築を試みている。そして本作の表現方法として、中国古代 思想と現代を生きる人間の苦痛や感情を対比させるために、コラージュやメタファー的な映 像表現法を用いたことを述べた。次の作品の制作プロセスにおいては、本作の視覚構成で用 いたシンボリックな表現の意味とそこで3次元コンピュータ・グラフィックス(CG)が果たし た役割に触れ、これによって「天籟」という架空の夢を追い求める空間の表現が実現したこ とを述べた。最後に作品の表現形式と展示形態および展示の結果得られた批評家からの評価 に関してまとめた。
第五章「インスタレーション作品『地籟籟』の創作」においては、三作目の作品であるイ ンスタレーション作品の創作ついて述べた。論文では作品の基本コンセプトとして前作同様 に荘子の思想論『斉物論』で語られた地籟に触れ、その新たな展開について述べた。作品に おいては荘子の概念と、それとは全く異なる南の島のヴィジュアルモチーフを対比させて空 間の視覚表現を行っている。その制作プロセスにおいては、通常の映像作品とは異なって、
展示とその場を含むインスタレーションが重要な要素となることを述べた上で、映像と展示 環境を一体化した作品として定義する事により、地籟の意味である「地が奏でる音」を感じ 取ってもらう試みを述べた。そして表現手法として、本作品の映像制作の中でアクリル版に 手描きで描かれた静止画像によるストップモーション・アニメーションとCGを融合した独特 の視覚表現を構築したことを述べた。こうした様々な映像技法と展示空間との融合を展開さ せながら、荘子の思想を再構築することによって、映像インスタレーションとしての本作品 が構成されていることを加えた。最後に、前二作と同様に作品の展示形態および展示の結果 得られた批評家からの評価に関してまとめた。
第六章「結論」は最終章として、中国古代思想への対峙的姿勢とそのポストモダン的視覚 表現の意味を分析し、今後の新しい創作への展開を述べた。また情報通信技術と芸術の相互 関係において情報通信技術の発達によるメディアアートの今後の新しい展開として、表現方 法と表現形式の多様化について、私見を述べた。また今後の作品展開として『人籟籟』のコ ンセプトの発展、また新しいヴィジュアル表現と創作の可能性についても述べた。最後の考 察においては、本論で述べた三作の創作のまとめと、そこから得た知見を通して未来に繋が る表現、それを応用した新しいメディアアート作品の可能性について述べた。