現代アメリカにおけるソーシャルメディアから広が るフェミニスト・ムーブメント
著者 井口 裕紀子
学位名 博士(アメリカ研究)
学位授与機関 同志社大学
学位授与年月日 2020‑03‑21
学位授与番号 34310甲第1070号
URL http://doi.org/10.14988/00001591
博士論文
現代アメリカにおけるソーシャルメディアから広がる フェミニスト・ムーブメント
同志社大学院グローバル・スタディーズ研究科 グローバル・スタディーズ専攻 博士課程(後期課程)
井口 裕紀子
(4I151101)
目 次
第一章 オンライン・フェミニズム 背景とアプローチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第一節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第二節 ポスト・フェミニズム時代のアメリカとオンライン・フェミニズム・・・・・・3 第三節 方法論:インターセクショナリティと参加型政治・・・・・・・・・・・・・・7 1)インターセクショナリティ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
2)参加型政治・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
第二章 オンライン・フェミニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 第一節 第三波フェミニズムとインターネット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 第二節 インターネットと参加型文化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 第三節 ソーシャルメディアと第四波フェミニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・22
第三章 オンラインで活躍するフェミニスト・グループ・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 第一節 フェミニスト・グループのオンライン使用概観・・・・・・・・・・・・・・・29 第二節 情報提供型グループとマイクロ・ポリティックス型グループ・・・・・・・・・35 1)情報提供型のフェミニスト・グループ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 2)マイクロ・ポリティックス型・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 第三節 視覚化するフェミニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52 1)インスタグラム・フェミニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52 2)ゲリラ・ガールズ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56 3)ボディ・ポジティブ運動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
第四章 ハッシュタグで繋がるフェミニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63 第一節 ハッシュタグ・フェミニズムと参加型政治・・・・・・・・・・・・・・・・・63 第二節 フェミニスト・パフォーマンスと文化創造・・・・・・・・・・・・・・・・・71 第三節 ハッシュタグ・フェミニズムとインターセクショナリティ・・・・・・・・・・74 第四節 ハッシュタグ・フェミニズムが広げる男性参加・・・・・・・・・・・・・・・81
第五章 ウィメンズマーチにおけるソーシャルメディアとクラフティヴィズム・・・・・・・・85 第一節 ウィメンズマーチとソーシャルメディア・・・・・・・・・・・・・・・・・・86 第二節 クラフティヴィズムとしてのプシーハット・プロジェクト・・・・・・・・・・95
終章 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
別添資料 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・142
謝辞
1
第一章 オンライン・フェミニズム-背景とアプローチ
第一節 はじめに
オンライン・フェミニズムは、ソーシャルメディアやブログ、掲示板といったオンライ ン・メディアを用いて行なわれるフェミニスト・ムーブメントであり、インターネットを 用いたコミュニケーションを通じて、即時に地域や国境を越えた女性たちが繋がることを 可能にしている。よく知られている例では、アメリカのドナルド・トランプ(Donald Trump)
大統領就任式直後に行われた大規模なデモ行進である「ウィメンズマーチ(Women’s
March)」やセクシャル・ハラスメントを告発する「#ミートゥー(#MeToo)」といった
運動がある。現在、インターネットを使ったフェミニスト活動は、大小含め、世界的な広 がりをみせており、もはや、インターネットの重要性を無視してフェミニズムを語ること はできなくなってきている。本論文は、ポスト・フェミニズム言説が台頭する1980年以後のアメリカで、オンラ イン上に広がるフェミニスト・ムーブメントに注目し、現代のフェミニズムにおいて、ソ ーシャルメディアはどのような役割を持ち、フェミニズムはソーシャルメディアとの関わ りのなかでどのように変化しているのかを考察するものである。近年のフェミニズム研究 において、ソーシャルメディアの発達が新しいフェミニズム「第四波フェミニズム」を構 築していると見る論者は多く、ソーシャルメディアが持つ発信力、拡散力、動員力が運動 を発展させるものとして、期待を込めて語られている。ソーシャルメディアが自己表現や コミュニケーションを促進させることを指摘する論者もいるが1、フェミニズムがどのよう に変化しているかという点について、総合的な立場から考察したものはこれまで出されて いない。
1 Jennifer Baumgardner, F’em! Goo Goo, GAGA, and Some Thoughts on Balls, (New York: Seal Press, 2011);
Ealasaid Munro. “Feminism: A fourth wave?” The Political Studies Association. August 23, 2013. Accessed September 6, 2018, http://www.psa.ac.uk/insight-plus/feminism/fourth-wave.
2
本稿では、オンライン活動によって展開している今日のフェミニスト運動を観察し、政 治学者、フェミニスト・アクティヴィストであるキャシー・コーエン(Cathy J. Cohen)と 教育政治研究者のジョセフ・カーネ(
Joseph Kahne
)が提唱した「参加型政治(Participatory Politics)」の理論と、近年のフェミニズムにおいて重要とされている「インターセクショ
ナリティ(Intersectionality)」という概念を用い、ソーシャルメディアがどのようにフェミ ニズムを変容させているかを考察する。オンライン・テクノロジーは、日に日に進化を続け、流動的、横断的で、予測不可能だ がオープンな空間を生み出している。この変化の激しい空間で展開されるフェミニズムを、
オンラインで実際に活動を行っている具体的な運動を観察することによって、その始まり から発展の道のり、運動の特徴や活動のプロセスなどを総合的に理解することは、現在の アメリカのフェミニズムのあり方や方向性を理解するために重要である。
ソーシャルメディアは、日常を生きる個人ひとりひとりが能動的主体(アクティブ・エー ジェント)としてそれぞれの立場で発信することを可能にしている。また、ソーシャルメ ディアというツールが、インターセクショナリティという思想原理と結びついた時、従来 のフェミニズムでは難しいとされていた異なったアイデンティティやカテゴリーなどの枠 組みを超えて人々がつながることも可能にした。さらに、広範囲な情報の拡散や共有が瞬 時になされるようになったことによって、一つの投稿が、多様な人々を動員する「ウィメ ンズマーチ」のような大きな運動を作り出すこともできるようになった。今日のフェミニ ズムは、複雑なアイデンティティが交差する場としての個人性と、そのような個人性を持 った人々の多様性の両面を重視し、絶えず新しい運動を作り出す流動的な「文化」を創出 していると考える。
この議論を進めるにあたり、まずこの章では、研究の背景と方法論について述べる。
3
第二節 ポスト・フェミニズム時代のアメリカとオンライン・フェミニズム
オンライン・フェミニズムは、ポスト・フェミニズム2言説が広く一般に流通する社会的 風潮を背景に始まった。ポスト・フェミニズムは、女性の地位向上がある程度達成された ことで「フェミニズムは不要」とする1980年以後のアメリカ社会を指す言葉である。
これは一見、女性の社会進出を評価するかに見えるが、ジャーナリストのスーザン・ファ ルーディ(
Susan Faludi
)がいうように、実際には「マスコミや大衆文化が作り出した神話3」でしかない。つまり、ポスト・フェミニズムは、1970年頃から力を発揮していた第 二波フェミニズムに対する「バックラッシュ」を含んでおり、女性の伝統的な性役割を強 調しようとする社会的勢力が、女性たちを不幸にした元凶は、フェミニズムであるという 風潮を作り出した。そして、フェミニストやフェミニズムに「男嫌い」、「攻撃的」、「時 代遅れ」といったイメージをおしつけることで、女性たちをフェミニズムから切り離そう として作り出した言説である。ファルーディは、このポスト・フェミニズム言説こそが今 日のアメリカの女性が直面している問題だという。
実際、ポスト・フェミニズム言説が生み出したフェミニストに対する偏見は、大きな影 響力を持っていた。ユーゴブ(YouGov)が2013年に行なった調査では、成人の男女1 000人にインタビューを行ったところ、フェミニストという言葉にネガティブなイメー ジを持った人が37%に昇った。さらに、フェミニストをポジティブな言葉だと答えた人 は26%と、この数字を下回る結果であり、良い意味と悪い意味の両方が備わっていると 考えた人は、29%という結果が出ている4。男女平等を支持し、女性の権利を主張してき
2 ポスト・フェミニズムについては、本論文で議論するようなフェミニズムの終焉を意味する言説 の他にも、多様な定義が存在する。たとえば、英文学者である竹村和子は、第二波フェミニズム後、
フェミニスト理論は多様な批評理論との結びつきによって深化したことにより、「ポストフェミニ ズム」というフェミニズムの新段階にあると捉えている。この他にも、第三波フェミニズムが第一 波フェミニズムや第二波フェミニズムと呼ばれるほどの社会改革を行っていないという理由から、
第二波フェミニズム以後のフェミニズムをポスト・フェミニズムと呼ぶ場合もある。
3 スーザン・ファルーディ、井上由紀子、加藤真樹子訳『バックラッシュ-逆襲される女たち』新 潮社、1994年、15頁。
4 “Omnibus Poll” YouGov, April 11, 2013, Accessed April 30, 2014,
4
たアメリカの著名人さえも、自らがフェミニストであることを否定する発言を行っている。
例えば、歌手のレディー・ガガ(Lady Gaga)は、自分は男性を愛しているからという理由 で56、また、アメリカの女性最高裁判事であったサンドラ・デイ・オコナー(
Sandra Day O’
Conner)は、デモに参加したことがないという理由で自身がフェミニストであることを否
定した7。現代のアメリカでは、女性の大学卒業率や就職率が向上し、政治や社会において重要な ポストを得る機会も増えたことから、女性たちを取り巻く環境は、以前に比べて変化して いると見ることができる。しかしながら、今でも男女の間には、収入格差やセクシュアル・
ハラスメントなど、多くの性差別が存在する8。そのため、フェミニズムは過去のものとす る言説と、自らの経験にずれを感じる女性たちは多い。そして、アンチ・フェミニズムの 風潮が強いアメリカ社会において、あえてフェミニストを名乗り、今こそフェミニズムが 必要だと主張する個人たちがグループを作り、活動するようになっている9。
このような女性たちの活動を支えたのは、1990年以降に誕生した「第三波フェミニ ズム」であり、このフェミニズムは、第二波フェミニズムの功績により、女性の社会的そ
http://big.assets.huffingtonpost.com/toplines_gender_0411122013.pdf.
5 “10 Celebrities Who Say They Aren’t Feminists” Huffington Post, December 17, 2013, Accessed June 1, 2014, http://huffingtonpost.com/2013/12/17/feminist-celebrities_n_4460416.html.
6 レディー・ガガは、フェミニストであることを否定した2009年から1年後の2010年、フ ェミニズムに対する見解を変え、自らをフェミニストと認識するようになったと述べている。彼女 は、多くの人々がありのままの自分を愛せるように「ボディ・レボリューション(Body Revolution)」 と呼ばれる活動を行っており、この活動については第三章で述べる。
Kira Cochrane, “Is Lady Gaga a feminist icon?,” Gardian, September 17, 2010, Accessed December 12, 2015, https://www.theguardian.com/music/2010/sep/17/lady-gaga-feminist-icon.
7 Deborah Soloman, “Questions for Sandra Day O’Connor- Case Closed- Interview,” New York Times, March 22, 2009, Accessed November 3, 2014, http://www.nytimes.com/2009/03/22/magazine/22wwin-q4-t.html.
8 ジャーナリストのサラ・レイノルズ(Sarah Reynolds)によると、アメリカ国勢調査局が2017 年に公開したデータをもとに算出すると、男性に1ドル支払われるにつき、女性は80セント以下 しか稼げないという。また、15歳から44歳までは男女ともに賃金の引き上げが行われるのに対 し、45歳以降は男性の収入が増え続ける一方で、女性の賃金は下がり始め、更なる賃金格差が生 まれていると考えられている。
Sarah Reynolds, “Understanding the Gender Pay Gap in America,” Salary, February 8, 2019, Accessed July 22, 2019. https://www.salary.com/blog/understanding-the-gender-pay-gap/.
9 井口裕紀子「自分らしさを求めて−ミュージカル『ウィキッド』と参加型ファン・カルチャーとポ ストフェミニズム時代を生きる女性ファンたち」(同志社大学修士論文, 2015)
5
して政治的進出がある程度当たり前のこととなったアメリカ社会の中で育った人々が担い 手となっている。1970年代の第二波フェミニズムと比較すると第三波フェミニズムの 特徴は、関心が文化的領域へと移行したこと10、多様性の重要性を強調すること、個人性 を尊重することであるが11 インターネットはこれらの特徴を実現するための格好の道具 となった。
初期のオンライン・フェミニズムでは、NOW(National Organization of Women)のよう な団体のホームページ、個人やグループのブログ、オンライン掲示板といったものが活動 の場の中心であった。2000年以降には、次々と誕生したフェイスブック(Facebook)
やツイッター(Twitter)、インスタグラム(Instagram)といった
SNS(ソーシャル・ネッ
トワーキング・サービス)12などが使われるようになり、それらのソーシャルメディアを 通じて展開するフェミニスト活動が多様化し、今までにも増して活発化している。そのよ うな動きを受けて、ソーシャルメディアによって展開されるフェミニズムは、第三波フェ ミニズムに続く新しい波、「第四波フェミニズム13」として位置付けられるようになって いる。第四波フェミニズムについて、ジャーナリストのアントニア・ゼルビシアス(Antonia
Zerbisias)は、ここ数年で最も有力なプラットフォームはソーシャルメディアであり、「デ
ジタルな第四波フェミニズム」が到来したと語り14、フェミニズム研究者のへスター・ベ アー(Hester Baer)は、「デジタルプラットフォームは、フェミニストのアイディアを広10 第三波フェミニズムでは、従来のフェミニズムにおいてあまりスポットを浴びていなかった文化 的領域で起きる問題にフォーカスを当てている。これは、第二波フェミニズムの目標のひとつであ った女性たちの社会的、政治的進出がある程度達成されたこともひとつだが、バックラッシュによ って、映画や音楽、広告といったポピュラーカルチャーにおける女性たちへの抑圧や暴力の表象が 際立つようになったこともある。
11 田中東子『メディア文化とジェンダーの政治学―第三波フェミニズムの視点から』世界思想社、
2013.
12 SNSは、ソーシャルメディアの一つであり、ユーザー間でのコミュニケーションを目的とした
メディアを指す。本論文が議論するソーシャルメディアは、SNS以外にもブログ、オンライン掲示 板、動画共有サイト、画像共有サイトといった多様な目的に合わせたメディアを含んでいる。
13 第四波フェミニズムについては、第二章で説明する。
14 Antonia Zerbisias, “Feminism’s fourth wave is the shitlist,” Now, September 16, 2015, Accessed March 2, 2019, http://Cart8.shopserve.jp.
6
く普及させ、ジェンダーや性差別についての新たな会話の方法を形作り、様々な人々との 繋がりの中で、クリエイティブな抗議運動を作り出す大きな可能性を持っている15。」と 述べている。
このように、第四波フェミニズムの論者たちは、ソーシャルメディアという新たなメデ ィアが持つコミュニティ構築や情報共有、拡散といった機能がフェミニズムの発展に果た す役割を強調し、第四波フェミニズムの新しさを「ソーシャルメディアを使ったフェミニ ズム」と定義する16。しかし、本研究では、より一歩突っ込んで、ソーシャルメディアが 運動のコミュニケーション形態を変化させていることが、今日のフェミニズムにとってど のような意味を持つのか、フェミニズムの内容はどのように変化したのかといった問題に ついて考えたい。
15 Hester Baer, “Redoing feminism: digital activism, body politics, and neoliberalism,” Feminist Media Studies, 2016, Vol.16: 18.
16 Anita Harris, “Young Women, Late Modern Politics, and the Participatory Possibilities of Online Culture,”
Journal of Youth Studies, Volume 11, 2008: 481-495; Jessalyn Marie, Keller, “Girls’ Blogging Communities, Feminist Activism and Participatory Politics,” Information, Communication & Society, Volume 15, 2012:
429-447; Nickie Charles and Khursheed Wadia, “New British Feminism, UK Feminista and Young Women’s Activism,” Feminist Theory, August 23, 2017.
7
第三節 方法論:インターセクショナリティと参加型政治
まず、ソーシャルメディアを使ったフェミニストたちの活動、広がり、繋がり、行動を 把握するために、オンラインを中心に活動を行なう様々なフェミニスト・グループのうち 300グループをインターネット上で観察し、その目的、活動、主張や参加者の属性など を仔細に記録、リストや図の形に視覚化し、それらの内容については言語化した。そのよ うなデータをもとに、現代のフェミニズムにおいてソーシャルメディアはどのような役割 を持つのか、そしてフェミニズムそのものはどのように変化しているのかを、「インター セクショナリティ」と「参加型政治」の2つの視点から考察した。
1)インターセクショナリティ
「インターセクショナリティ」とは、ジェンダー研究者であるキンバリー・クレンショー
(Kimberly Crenshaw)によって提唱されたものであり、抑圧や差別、暴力といった問題は、
ひとつの要因によって形成されるものではなく、ジェンダー、人種、民族、階級といった 多様な要因が複合的に交差する中で起きるとする概念である17。従来、個人の抱える問題 は人種、ジェンダー、階級などの特定のアイデンティティ・グループのものとして捉えら れてきた。インターセクショナリティは、個人が遭遇する差別は、多様なアイデンティテ ィが交差したところに生まれるものとし、個々人の独自の経験を重要とする。この考え方 は、第二波フェミニズムにおいて白人中産階級の女性を主流とし、マイノリティの女性た ちが周縁化されていたことに対するブラック・フェミニストたちによる批判から誕生し、
多様性を重んじる第三波フェミニズムに移行して行く中で重要視されるようになった。イ ンターセクショナリティという概念は、現代のフェミニズムにおける重要なキーワードと なっており、研究者だけではなく、運動に携わる人々にも行動目標として認識されている。
特にソーシャルメディアの機能であるハッシュタグを使って展開される「ハッシュタグ・
17 Kimberly Crenshaw, “Demarginalizing the Intersection of Race and Sex: A Black Feminist Critique of Anti-Discrimination Doctrine, Feminist Theory and Anti-Racist Politics,” The University of Chicago Legal Forum, 140: Vol.1989, Article 8, 1989.
8
フェミニズム18」は、多様な差異の交差点としての個人を重視し、それぞれ異なった個人 が広く繋がることを可能にしている。
2)参加型政治
インターネットが人々の生活に浸透し始めた頃、メディア研究では、パーソナル・コン ピューターやスマートフォンといったニュー・メディアが、テレビや本、ラジオといった オールド・メディアをいずれかは押しやってしまうという悲観論19が横行していた。それ に対して、メディア研究者であるヘンリー・ジェンキンス(Henry Jenkins)は、実際には、
多くの人々は、オールド・メディアとニュー・メディアを自分の欲望のままに使い分けて おり、現代の社会には「コンバージェンス・カルチャー(Convergence Culture)」が作られ ているとし、メディアと人々の関係性について以下のように述べた20。
コンバージェンス(収束)という言葉が意味するものは、複数のメディアプラッ トフォームを交差するコンテンツの流れ、複数のメディア企業間の協力、そして自 分が欲するエンターテインメントの体験を求めてどこにでも向かっていこうとする メディア・オーディエンスによる遊戯的なふるまいである21。
ジェンキンスは、コンバージェンス・カルチャーでの人々の活動を理解する上で、彼が 提唱した「参加型文化(Participatory Culture)22」という概念を重要としている。この概念 は、それまで受動的と考えられていたメディア・オーディエンスたちを能動性、主体性、
18 ハッシュタグ・フェミニズムについては第四章にて考察を行う。
19 例えば、ニコラス・ネグロポンテ(Nicholas Negroponte)は、オールド・メディアを「受動的(passive)」、 ニュー・メディアを「対話的(interactive)」と捉えることで、この2つを対比し、将来はブロード・
キャストにまつわるメディアが崩壊していくと予測している。
Nicholas Negroponte, Being Digital (New York: Vintage Books, 1996), 54.
20 Henry Jenkins, Textual Poachers (New York: Routledge), 17.
21 Henry Jenkins, Convergence Culture: Where Old and New Media Collide (New York: New York University Press,) 2.
22 参加型文化とは、ファンを文化的テクストから新たなものを生み出すプロデューサーと捉え、フ ァン同士が互いの創造性を用いて、恊働しあうことにより、作り出される文化である。
9
創造性を持つアクティブ・エージェントとし、彼らの活動が新しい文化を創造すると捉え る見方である。参加型文化では主に、ポピュラーカルチャーのファンたちに着目していた が、近年、この「参加型」という概念は、オンラインで組織される社会運動を分析する上 でも有用であると考えられるようになっている。
キャシー・コーエンとジョセフ・カーネは、社会運動の分析方法として、「参加型政治」
の重要性について強調している。彼らは参加型政治について、個人とグループが相互に作 用し合い、社会的関心となっている問題に発言し、社会に影響を及ぼすピア・ベース23な 政治的行為を意味すると述べている24。
参加型政治は、参加者たちによる5つの活動-調査、対話とフィードバック、循環、生 産、動員-が働くことで成り立つものである。参加型政治において最初の活動となる「調 査」は、参加者たちによる情報収集を意味する。参加者たちは、まず彼らが関心を持つ政 治に関する情報を得る必要がある。そのため、彼らは、主流の権力やエリートと考えられ ている政府機関、ニュース番組、新聞が報道する内容を収集する。しかし、これらの主流 勢力が与える情報を鵜呑みにするのではなく、インターネットに流れる他の情報ソースも 辿り、情報の信憑性を常に分析しようとする。
2つ目の活動である「対話とフィードバック」は、その言葉の通り、参加者が自らの視 点を表明し、他者とのコミュニケーションの中で、政治的問題に関する対話とフィードバ ックを行うことである。既成の運動のように、グループのリーダーの意思を伝達するので はなく、参加者たちが主導し、参加者同士のコミュニケーションを図り、ボトムアップす るかたちで大規模な運動へと発展させていく。
3つ目の活動である「循環」は、「調査」を通して取り込んだ情報や、「対話とフィー ドバック」を通じて得た自らの意見を、幅広いオーディエンスと共有することである。特
23 コーエンとカーネによると、ピア・ベースとは形式にとらわれた制度や身分の違いによって導か れるものではなく、同じような社会的関心を基に集結することを意味する。
24 Cathy J. Cohen and Joseph Kahne, “Participatory Politics: New Media and Youth Political Action,” Youth&
Participatory Politics (2014): vi, 3-4, Accessed August 2, 2017,
https://ypp.dmlcentral.net/sites/default/files/publications/Participatory_Politics_Report.pdf#search=%27partici patory+politics+new+media+and+youth+political+action%27
10
に、今日ソーシャルメディアが持つ拡散や共有の機能は、この活動を大きく支えている。
参加者たちは、クリックするだけで高速に情報や意見を共有でき、インターネットが普及 する以前の運動よりも簡単に「循環」が可能となった。
4つ目の活動「生産」は、主流勢力が作り出した情報に対して、異なる視点を紹介する 新しいコンテンツを生み出す市民の力を指す。参加者たちは自らの意見を構築する中で、
その意見を表明するために、オリジナル・コンテンツを作り出している。例えば、ブログ やエッセイといった執筆活動や、映像、写真、イラストといったヴィジュアル・アートで ある。
そして、5つ目の活動「動員」は、社会変革のための集団的行動を作ることを意味する。
参加者たちの市民的、政治的目標を達成するためには、署名活動やデモ行進、草の根運動 といった集団的行動が必要となる。そのため、コミュニティや参加者が持つネットワーク を駆使し、参加者同士やグループ間での団結や連携を図ろうとする。
これら5つの活動は、常に対等の力で動いているかどうかということは重要ではなく、
各運動がそれぞれの目的によって重きを置く活動は異なるが、なんらかの形でこの5つが 相互に働き合うことが、参加型政治を構成するためには重要である。
参加型政治という運動形成を理解するための理論とインターセクショナリティという思 想的コンセプトという二つの視点から、考察を進めることは、現在のフェミニズムのあり かたを総体的に理解するために必要だと考えている。
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論文の構成は、以下の通りである。第二章では、オンライン・フェミニズムがどのようにして形成されたかを知るために、
フェミニズムとテクノロジーの出会いから、第三波フェミニズムの中で誕生したインター ネットを使ったフェミニスト運動、そしてソーシャルメディアの頻用によって新しく出現 したとされる第四波フェミニズムまでの発達の経緯をたどる。
第三章では、現在オンラインで活動を行う300のフェミニスト・グループへの観察を 通して、これらのグループが実際にはどのようなソーシャルメディアを用いて、どのよう な活動を行っているのか、そしてオンラインに作られたフェミニストたちの世界はどのよ うなものであるかを概観する。観察を行ったグループは、グループが創設された時期や規 模、活動目的、ソーシャルメディアを使った運動戦略、メディア、他のコミュニティとの 繋がり方といった点で多様である。そのため、これらのグループを大まかに「情報提供型 グループ」と「マイクロ・ポリティックス型グループ」の2つに分け、実際の運動の具体 例を提示し、考察する。
第四章は、第四波フェミニズムを特徴付けるハッシュタグ・フェミニズムに焦点を当てる。
ここでは、ハッシュタグを使った運動の具体的な事例を、インターセクショナリティと参 加型政治の観点から考察し、個人が日常を生きる中で経験する性差別やミソジニーをソー シャルメディア特有の機能であるハッシュタグ25を使って発言し、多様な属性を持った 人々が、特定の問題意識のもとに集まり、アイデンティティや国境といった従来の枠組み を超えた人々との連携を生み出していることを明らかにする。
第五章は、21世紀における最大規模のフェミニスト運動となった「ウィメンズマーチ」
を取り上げる。特に、このマーチがどのように多様な関心、多様な参加者をむすびつけ、
大きな運動として発展していったのかを、ソーシャルメディアというオンラインの世界で の交流と運動のシンボルとなった「プシーハット・プロジェクト(The Pussyhat Project)」
25 ハッシュタグとは、発信するコンテンツのキーワードやテーマをカテゴリー化する自己表現のツ ールであり、情報の取得や発信、同じような興味、関心を持つ人々とのコミュニケーションを図る ことができるソーシャルメディアの機能である。
12
というオフラインで展開したクラフティヴィズム26との結びつきという観点から考察す る。
最終章では、現代のフェミニズムはソーシャルメディアとインターセクショナリティと の関わりの中でどのような新しい文化を作り出しているのか、そしてどのような課題を抱 え、どのような方向に向かっているのか、これまでの議論を総括する。
26 クラフティヴィズムとは、クラフトを用いたアクティヴィズムを意味する。
13
第二章 オンライン・フェミニズム
第一節 第三波フェミニズムとインターネット
アメリカのフェミニズムの歴史は、19世紀半ばから今日まで、おおよそ3つに分けて 語られてきたのであるが、19世紀半ばから20世紀初頭にかけての婦人参政権運動であ る第一波フェミニズム、1960年代から台頭した「個人的なことは政治的なこと(
The personal is political)」というスローガンのもとに女性の自由と平等を求めた第二波フェミ
ニズムと、それに対するバックラッシュを経て、第三波フェミニズムは生まれてきた。第二波フェミニズムは、べディ・フリーダン(Bety Freedan)の著書『女らしさの神話(原 題:Feminine Mistique)』で語られた「名前のない問題27」に象徴されるように、女性たち にとって「普遍的」な幸福であると考えられてきた家庭の中で、苦悩するアメリカの中産 階級の女性たちの問題が中心となった。そして、女性の「働く権利」の主張や大学進学、
また家父長制や男性中心主義社会への批判、生殖や中絶の自己決定権に関する議論や中絶 合法化への運動が行なわれた。
第三波フェミニズムは、1990年代から始まったものであり、第二波フェミニズムが 掲げた政治や経済の場面における女性進出といった目標をある程度達成したこともあり、
ポピュラーカルチャーやサブカルチャーといった文化領域におけるジェンダー表象や差 別、レイプやハラスメント、セクシャル・マイノリティたちの権利などに関する問題提起 をすることを特徴とする。
「第三波」という言葉が用いられるようになったのは、ジャーナリストであるレベッカ・
ウォーカー(Rebecca Walker)28が、アニタ・ヒル(Anita Hill)事件(1991年)につい
27 ベティ・フリーダンは中産階級の女性たちが、家庭における主婦、妻、母といったジェンダー役 割によって不幸になっているにも関わらず、この問題は長年語られず、社会に埋もれていた「名前 のない問題」であったとしている。
28 レベッカ・ウォーカーの母親であるアリス・ウォーカー(Alice Walker)は、第二波フェミニズ ムで活躍したフェミニストである。アリス・ウォーカーは、作家としても活動しており、1982 年に出版し、黒人姉妹の人生を描いた『カラーパープル(Color Purple)』は彼女の代表作である。
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て「第三波になる(Becoming the Third Wave)」という論説をフェミニスト雑誌『ミズ(Ms.)』
に投稿したことに機を発する。アニタ・ヒル事件とは、当時アメリカ連邦最高裁判事の黒 人候補者であったクレランス・トーマス(
Clarence Thomas
)に対し、トーマスの部下であ った黒人女性のアニタ・ヒルがセクシャル・ハラスメント被害を訴えたもので、この様子 はテレビで中継されたことにより、アメリカ国内で大きな話題となった29。この事件を受 け、ウォーカーは論説の中で、第二波フェミニズムを超える第三波フェミニズムの必要性 を以下のように提起した。私はこの論説を全ての女性、特に私と同じ世代を生きる女性たちへの願いとし て書いている。トーマスの公聴会は、私たちの戦いがまだ終わっていないことを 思い出させ、女性の経験を蔑ろにしたことは、女性たちを怒りへと突き動かした。
その怒りを政治力に変えよう。私たちを無視するなら、彼を支持する必要はない。
男性とセックスしたり、一緒に食事したりする必要はない。私たちの身体や生活 をコントロールするために自由を奪うのなら、彼らを大切にする必要はない。私 はポスト・フェミニストではない、第三波(フェミニスト)だ30。
第三波フェミニズムは、前述したように、ポピュラーカルチャーやサブカルチャーとい った文化領域におけるジェンダー表象や性差別、レイプ、セクシャル・ハラスメントなど に関する問題提起をすることがひとつの特徴となっている。そして、1990年代からア
この作品は1985年に映画化、2005年にはミュージカル化され、長年の間アメリカで人気を 集める作品である。
29 アニタ・ヒル事件では、最高裁判事候補のクレランス・トーマスが告発されたことに加え、それ まで沈黙されていたプライベートな空間で行われるセクシャル・ハラスメントの問題についてアニ タ・ヒルが大衆に暴露したことに、アメリカ人たちは大きな関心を寄せた。そして、2018年に は、この事件が再びアメリカで話題となる。この年、トーマスと同じように最高裁判事候補となっ たブレット・カバノー(Brett Kavanaugh)は、過去のセクシャル・ハラスメント事件の告発を受 けたことで、アメリカのトップ・ニュースとなった。カバノーは最終的に最高裁判事に就任したが、
2つの事件が非常に酷似していること、30年近く経ってもセクシャル・ハラスメントに対する 人々の反応が変わらないことに対し、多くのフェミニストたちが怒りを露わにした。
30 Rebecca Walker, “Becoming the Third Wave,’” Ms, 11, no.2 (2): 39-41.(筆者訳)
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メリカ社会に普及したインターネットは、フェミニストたちがこのような問題を扱うため の最適なツールとなった。
第三波フェミニズムにおいてインターネットが重要なテーマとなったのは、テクノロジー とフェミニズムについて最初に言及したダナ・ハラウェイ(Donna J. Haraway)の著書『サイ ボーグ宣言(A Cyborg Manifesto)』に機を発する。このなかで、ハラウェイは、テクノロジ ーが機械と人間との違いをあいまいにするのと同じように、ジェンダー概念も廃れさせる と述べた。31 これを受けて、第三波フェミニズムでは、インターネットを始め、仮想空間、
サイボーグといったテクノロジーに関する様々なテーマをフェミニズムと結びつける「サ イバーフェミニズム(Cyber Feminism)」という言葉も使われるようになった。こうして、
テクノロジーとフェミニズムの関係が議論される中、当時目覚ましい発達をしていたイン ターネットとその役割が注目されるようになる。
例えば、ラドヒカ・ガジャラ(
Radhika Gajjala
)とアナプラナ・マミディプディ(Annapurana Mamidipudi)は、サイバーフェミニズムについて、以下のように述べている。
サイバーフェミニズムにはいくつかのアプローチが存在するが、サイバーフェミ ニストたちは自らをエンパワーするために、インターネット技術を管理し、適切に 使用すべきであるという信念を共有している。インターネットが経済的に恵まれな い個人やコミュニティをエンパワーできるという考えは、科学的、技術的な進歩が 人間の苦痛を軽減し、物質的で感情的な人生の質をよりよいものへとかえる機会を 与えるという考えに基づいている32。
サイバーフェミニズムが新たなジェンダー・アイデンティティやジェンダーレスな世界 を作り出すという議論は、ハラウェイ以外にも、オンラインゲームの一つである
MUD
(マ31 ダナ・ハラウェイ『サイボーグ・フェミニズム』巽孝之、小谷真理訳 『サイボーグ・フェミニ ズム【増補版】』(水声社、1991年)。
32 Radhika Gajjala and Annapurana Mamidipudi, “Cyberfeminism, Technology, and International
‘Development’,” Gender and Development, Vol.7, No.2 (July 1999): 8-16. (筆者訳)
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ルチ・ユーザー・ダンジョン)33に関するシェリー・タークル(Sherry Turkle)の研究があ る。タークルによれば、このゲームのユーザーは、ゲーム開始時に名前や性別といったア イデンティティを選択でき、本来の性別とは異なる振る舞いも可能であることから、既存 の社会的境界や性別二元論を無視したユートピア空間を作り出しているという34。
これらの例でわかるように、第三波フェミニズムにおいては、インターネットがもたら すジェンダー観の変化、エンパワーメント、情報操作伝達技術やコミュニケーションのあ り方などが議論された。なかでも、インターネットがもたらす新しい形のコミュニティ形 成は、フェミニズムを新しい地平に引き上げるという期待を込めて語られるようになった。
また、前述のように1990年以後のフェミニズム研究は、ジェンダーと文化の問題に 注目し、映画やドラマ、音楽といったポピュラーカルチャーにおけるメディアイメージが 女性のあり方を規定するものとするものが多い。それらは、当時人気のあったカルチュラ ル・スタディーズ理論の影響を受けたこともあり、メディアイメージによって人々のジェ ンダー観がいかにコントロールされ、既存のジェンダー概念を自明のものとしているかを 暴き出すことを目的とするものが大半を占める。しかし、メディアとイメージを扱った研 究の多くが、女性オーディエンスを受動的なものと捉えていた。運動のツールとしてフェ ミニズムが求めたのは、インターネット・メディアと能動性を持つ多様な女性が関わりあ う「参加型文化」の形成である。
33 MUDとは、複数の人がオンライン上に集い、テキストを使った会話を楽しみながら、プレイす
ることが可能なゲームである。(MUDが登場する前は、「個人対コンピューター」対戦が主流であ った。)
34 Sherry Turkle, Life in the Screen: Identity in the Age of the Internet, (New York: Simon& Schuster, 1995,) :8.
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第二節 インターネットと参加型文化インターネットと女性を理解するためには、メディア研究者のヘンリー・ジェンキンス が行った『スタートレック(Star Trek)35』の女性ファンたちの研究が参考になるであろう。
ジェンキンスは、女性ファンたちが『スタートレック』の既成のストーリーや設定に逆ら う作品 (例えば、本来は友人関係や敵対関係にある男性のキャラクター同士があたかも恋 愛関係であるかのような二次創作小説36)をインターネット上にあげ、ファン同士が交流 する様子に注目した。女性ファンたちは、能動的にメディアに関わることにより、既成の 枠を超えて自分たちが満足できるものへとテクストを作り変えており、そこから自己解放 の喜びを得るとともに、それぞれが作った作品を通して生まれる他のファンたちとのコミ ュニケーションの中で、個としての孤立からコミュニティ参加への道筋を作り出している。
このことから、ジェンキンスは女性ファンたちがオンライン上に作り出す「参加型文化」
の重要性を強調した37。
インターネットを使って運動を展開するフェミニスト活動の多くは、ジェンキンスのいう ような「参加型文化」を形成している。ソーシャルメディアが登場する前の第三波フェミ ニズムの初期に生まれた「ライオット・ガール(Riot Grrrl)」でさえも「参加型」の活動 を展開していた。ライオット・ガールとは、もともとはアンダーグラウンドで活躍したシ アトルの女性パンクロック・グループであり、彼女たちは音楽活動やライブにおけるファ
35 『スタートレック』は1966年からアメリカで放映されたテレビ・ドラマであり、2009年 にもリメイク映画が作られるほど、現在も人気のSFシリーズである。この作品のファンは「トレ ッキー(Trekkie)」と呼ばれているが、この名前には熱狂的、話が通じない、暗いといったネガテ ィブなイメージが付随している。しかし、メディア研究者たちは、従来受動的な存在と考えられた ファンを、文化的テクストから新たなものを生み出すプロデューサーと捉えたことで、トレッキー が生み出す文化に関する研究も多く行っている。
36 このようなファン・フィクションは、「スラッシュ(Slash)」と呼ばれる。スラッシュは男性の同 性愛が描かれる作品をさし、女性同士の場合は「フェム・スラッシュ(Femme Slash)」と呼ばれる。
主に、ジェンダー研究者やメディア研究者、カルチュラル・スタディーズ研究者らがスラッシュに 注目し、それぞれの視点から研究を行っている。
37 Henry Jenkins, Textual Poachers (New York: Routledge, 1991), 185-222.
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ンとの交流を通じて、女性たちに対する暴力やレイプへの抗議、女性の政治的、社会的、
経済的地位の向上を訴えていた。
図2―1:ジンに掲載された記事
出典:ガーディアン紙38
上図(図2
―
1)は、ライオット・ガールの先駆者であったパンクロック・バンドのビ キニ ・キル(Bikini Kill)39のファンが出版していた手作りの小冊子「ジン(Zine)」の1 ページである。ライオット・ガールの女性ファンたちは、当初このような紙媒体で出版し ていたジンを通して女性たちのコミュニティを構築していた。しかし、アメリカ社会にデ38 Olivia Laing, “The art and politics of riot grrrl- in pictures,” Guardian, Jun 30, 2013, Accessed May 10, 2019, https://www.theguardian.com/music/gallery/2013/jun/30/punk-music.
39 ビキニ・キルが多くの女性たちに支持されたのは、フェミニスト的な内容の歌詞にある。このバ ンドは1990年に結成され、1997年には解散しているが、2020年には、22年ぶりにメ ンバーが集い、アメリカで再結成ツアーを行う予定である。
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ジタル・メディアが普及するに伴い、ホームページ、ブログ、オンライン掲示板というよ うなオンライン空間へと活動範囲を広げていった。
ジンにまつわる少女たちの文化に関する研究は多いが40、なかでも、アリスン・ピープ マイヤー(Alison Piepmire)は、「少女と女性たちによって制作される『ジン』は、彼女たち の文化的体験を包含するもの(談話、メディアの表現、イデオロギー、ステレオタイプ、
さらに身体の一部)を表現し、自分たちのアイデンティティ、コミュニティ、そしてそれ らを説明するための言説を構築する場である41」と述べている。「ジン」のような創造性 を用いた自己表現、既存社会への反抗、コミュニティ構築を可能にする参加型メディアは、
ライオット・ガールのみならず、第三章で取り上げる「ゲリラ・ガール(Guellila Girl)」
などがあり、女性たちによって作られた抵抗の場となっている。
前述したように、第三波フェミニズムにおけるインターネット利用は、主にホームペー ジやブログ、オンライン掲示板といったものであったが、その後登場したソーシャルメデ ィアは、オンライン上のフェミニスト運動をより大きく促進させた。ソーシャルメディア は、多様な個人が、それぞれの日常で経験する不平等や差別、暴力に対して、個人が持つ 問題を広範囲の人々と即時に共有することを容易にした。また、特定のグループに参加せ ずとも、自分の日常からジェンダーやセクシュアリティに関する問題を発見し、それを主 張し、共有することを可能にしている。
アメリカのニューヨーク市から2005年に誕生したフェミニスト・グループ「ホラバ ック!(Hollaback!)」は、その先駆けであり、ストリート・ハラスメントの撲滅を目的と して運動を展開させている。この運動では、フェイスブックやツイッターに参加者たちか ら被害経験を投稿してもらうことに加え、独自のスマートフォンアプリを作り、被害を受 けたその瞬間を写真付きで投稿することができるようにしている。現在、「ホラバック!」
は、25カ国62都市12カ国語を対象に、ストリート・ハラスメントの情報や事例を収
40 Kristen Schilt and Elke Zobl, ‘Connecting the Dots Riot Grrrls, Ladyfests and the International Grrrl Zine Network’, Anita Harris (ed), Next Wave Culture: Feminism, Subculture, Activism, (London: Routledge, 2008), 171-192.
41 アリスン・ピープルマイヤー『ガール・ジン「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』
野中モモ訳(太田出版、2011年)、 18頁。
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集、提供し、啓蒙活動を行なっている。「ホラバック!」のオーガナイザーの一人である エミリー・メイ(Emily May)は、ストリート・ハラスメントに対するフェミニストたち の活動は、1920年代から存在するが、現代の活動との違いは、被害を受けたその時に 情報を拡散できるソーシャルメディアの力にあると述べている42。実際、「ホラバック!」
のスマートフォンアプリでは、アメリカ各地に存在する参加者たちの情報が行き交うだけ でなく、ニューヨーク市に被害届と被害記録を提出することも可能である。
また、「ホラバック!」は、2014年10月27日に、ロブ・ブリス(
Rob Bliss
)に よって制作された動画「女性としてニューヨークを10時間歩くこと(10 Hours of Walkingin NYC as a Woman)」をユーチューブ(YouTube)に投稿し、2018年9月の段階まで
に、動画の再生回数は約4700万回数を上回っている。この動画は、その題名通り、女 性がニューヨーク市内を歩き、その間に、どれだけ道ゆく男性たちに、性差別発言や行為 を受けるかを見せるもので、ストリート・ハラスメントの実態を描いている43。そのほか、2001年に創設され、ダイナミックで包括的なフェミニスト・コミュニテ ィの育成を目指す「フェミニステ(Feministe)44」、若者たちのよって組織され、反人種 差別とジェンダー正義を掲げた活動を行う「スパーク・ムーブメント(Spark Movement)45」、
社会変化を目指す若者たちによって作成され、若いフェミニスト向けにメディア・プラッ トフォームを提供する「エフ・ボム(F-bomb)46」など、インターネット上に展開するフ ェミニストたちの空間は日に日に広がり、活力を増してきている。
このようにオンライン・フェミニズムが広がっていく動きに呼応して、研究者の間でもフ ェミニズムにおけるソーシャルメディアの重要性についての議論が始まる。例えば、20 12年6月7日にアメリカのバーナード・カレッジ付設のジェンダー研究所(The Barnard
42 Kate Torgovnick, “Stories for Hollaback,” TEDBlog, December 1, 2012, Accessed September 7, 2018, https://blog.ted.com/tag/hollaback/.
43Bethonie Butler, “The story behind that’ 10 hours of walking in NYC’ viral street harassment video,” The Washington Post, October 29, 2014, Accessed August 25, 2019,
https://www.washingtonpost.com/blogs/she-the-people/wp/2014/10/29/the-story-behind-that-10-hours-of-wal king-in-nyc-viral-street-harassment-video/?noredirect=on&utm_term=.a85810c54441.
44 Feministe, Accessed July 11, 2015, https://feministe.us/blog/.
45 Spark Movement, Accessed July 11, 2015, http://sparksummit.com.
46 F-Bomb, Accessed July 11, 2015, http://thefbomb.org.
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Center for Research on Women)主催で開催された「フェミの未来:オンライン革命
(「#FemFuture: Online Revolution」)」というシンポジウムでは、オンラインでフェミニ スト活動を行うアクティヴィストたち47とジェンダー研究者が一堂に会し、オンラインに おけるフェミニズムと政治参加の問題が議論された。シンポジウムの参加者であるコート ニー・マーティン(Courtney Martin)とヴァネッサ・ヴァレンティ(Vanessa Valenti)48は、
このシンポジウムに関するレポートで以下のように述べている。
フェミニスト・ブログやオンラインでの組織化(オンラインでの署名運動を含 む)、ソーシャルメディア・キャンペーンの爆発的増加は、まとまりがなかった 若い女性たち、ソートリーダー49、草の根の活動家がフェミニズムの捉え方を変 え、日常における最も重要な問題について話し合うことを可能にしている。 多 くの人は、フェミニスト・ブログを21世紀バージョンのコンシャスネス・レイ ジングと呼んでいる。今日、オンラインにおけるフェミニストの世界は、現代の フェミニズム運動のコミュニケーションの場となり、その制度化が急進化し、挑 戦し続ける無尽蔵の力を発揮している50。
マーティンとヴァレンティは、女性たちが自分の経験を語り、オンライン上にのせると いう動きは、もともとオンライン掲示板における女性たちの会話が原点にあるという。近 年ではこのような「会話」の場が、ブログやホームページといった従来のプラットフォー ムから、ツイッター、フェイスブック、タンブラーなどに移行した。そして、「フェミの
47 このシンポジウムには19グループが参加し、その中には先述したフェミニステ、スパーク・ム ーブメント、「エフ・ボム」、「ホラバック!」、また第三章で取り上げる「フェミニスティング
(Feministing)」が含まれている。
48 ヴァネッサ・ヴァナレンティはフェミニスト・グループ「フェミニスティング」の創設者である。
このグループの活動については、第三章で述べる。
49 「思考的リーダー」とも呼ばれ、ある分野におけて、最先端であり、リーダーシップを発揮しる 先駆者、第一人者を指す言葉である。
50 Courtney E. Martin and Vanessa Valenti, “#Femfuture: Online Revolution,” Barnard Center Research on Women, Volume 8, (April 2013), Accessed February 22, 2017,
http://bcrw.barnard.edu/publications/femfuture-online-revolution/.(筆者訳)
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未来:オンライン革命」の報告書では、ホームページやブログといった従来のオンライン・
メディアに加え、ソーシャルメディアで展開する数多くのフェミニスト・ムーブメントを
「オンライン・フェミニズム」と総称している。
第三節 ソーシャルメディアと第四波フェミニズム
近年、多くのフェミニスト・ムーブメントが、ソーシャルメディアとの繋がりの中で誕 生し、発展していることを受けて、第三波フェミニズムに続く新たな波「第四波フェミニ ズム」について議論されている。第四波フェミニズムに関する多くの先行研究は、第三波 フェミニズムと第四波フェミニズムを分けるものとしては、担い手の世代交代とフェミニ ストの活動のソーシャルメディア化にあると述べている。
例えば、ジャーナリストのジェニファー・ボームガードナー(Jennifer Baumgardner)は、
第四波フェミニズムに関する議論の中で、フェミニズムとソーシャルメディアの関係性に ついて初めて言及したとされている。ボームガードナーは、第四波フェミニズムの始まり を、2008年に行われたバラク・オバマ(Barak Obama)とヒラリー・クリントン(Hilary
Clinton)による大統領候補指名争いにあるとした。彼女によるとこの頃からソーシャルメ
ディアを用いた若者たちによる政治介入が盛んになり、インターネットに慣れ親しみ、前 時代とは異なるジェンダー観や多様なセクシュアリティのあり方を知る人々が担う現在の フェミニズムは、第三波と呼ばれているフェミニズムとは一線を引くべきだと言っている5152。実際の数字を見てみると、ボームガードナーが言うように、アメリカ社会におけるソ ーシャルメディアの利用者数は、2008年頃から急増している。ピュー・リサーチ・セ
51 ボームガードナーは、フェミニズムの歴史を「波」によって分けることについての批判に対し、
新しい波の到来を知ることは、長いフェミニズムの歴史を語り継ぐためのロードマップとして有用 であると述べている。
52 Jennifer Baumgardner, F’em! Goo Goo, GAGA, and Some Thoughts on Balls, (New York: Seal Press, 2011,) 243-252.
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ンター(Pew Research Center)の調査によれば、2006年頃にはあらゆる年代で約10%
未満であったソーシャルメディアの利用者、特に18歳から29歳の若者層が、2010 年にかけて80%まで増えている(図2
―
2)。24
図2―2:アメリカの成人を対象としたソーシャルメディア使用率に関する調査
出典:ピュー・リサーチ・センター53
ボームガードナーの他にも、第四波フェミニズムの識者たちの中には、第四波フェミニ ズムは第三波フェミニズムとは異なる世代が担い手となっていると指摘するものも多い54。
53 Lee Rainie, “Social Media Use Has Grown Dramatically,” Pew Research Center, March 27, 2018, Accessed January 21, 2019,
http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/03/27/americans-complicated-feelings-about-social-media-in-an-e ra-of-privacy-concerns/ft_18-03-23_socialmediaprivacy/.
54 Constance Grady, “The waves of feminism, why people keep fighting over them, explained,” Vox, July 20, 2018, Accessed December 3, 2018,
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ドミニカ・コワルスカ(Dominika Kowalska)は、現代のフェミニズム・ムーブメントの担 い手について、第三波フェミニズムの担い手とされる「ジェネレーション
X
(Generation X)55」と呼ばれる世代に続く、「ミレニアル世代(
Millennials
)56」や「ジェネレーションZ57」 世代が活躍していると主張する58。このようなインターネットと密接な関わりを持つ現代 の若者たちは、他者とのコミュニケーションやコミュニティ構築に関して、前世代の人々 とは異なる価値観を持っているとされる。彼らは、多種多様な情報が全て無料で、瞬時に して得られる状況にあり、ソーシャルメディアに慣れ親しんだことで、遠方に暮らす友人 のみならず、実際に会ったことはない世界の人々と交流することに抵抗が少ない。また、「フェミニスティング(Feministing)」というオンライン・グループの創設者で 編集者でもあるジェシカ・ヴァレンティ(Jessica Valenti)59は、世代によって問題意識の持ち 方も変化していると指摘する。彼女は、ニューヨーク・タイムズ紙のインタビュー記事の 中で、自らを第四波フェミニストと称し、第三波フェミニストと呼ばれる人々は自分たち よりも20歳以上も年上であり、オンラインによる第四波フェミニズムとは関心事が違っ ていると述べている60。
その一方で、第四波フェミニズムが第三波フェミニズムの担い手からの「世代交代」に よって定義されることを否定する意見もある。ジャーナリストのキラ・コクレーン(Kira
https://www.vox.com/2018/3/20/16955588/feminism-waves-explained-first-second-third-fourth.
Ealasaid Munro. “Feminism: A fourth wave?” The Political Studies Association. August 23, 2013. Accessed September 6, 2018.
http://www.psa.ac.uk/insight-plus/feminism/fourth-wave.
55 ジェネレーションXとは、1960年代から1970年代に生まれ、第二波フェミニズムで活躍したフェミニス トたちの子世代の人々を指す言葉である。この世代の特徴は、第二波フェミニズムの功績により、女性の 大学進学や就職、社会的地位の向上がある程度当たり前となった社会を生きていることとされる。
56 ミレニアル世代は、1981年から1996年の間に生まれた人々のことを指す。特に、ミレニアル世代に ついては、2016年のアメリカ大統領選挙において、民主党下院議員のバーニー・サンダース
(Bernie Sanders)と共に、「バーニー旋風」を生み出した世代と考えられ、ソーシャルメディアを 使った政治運動を行ったことでも知られている。
57 ジェネレーションZは、1996年以後に生まれたミレニアル世代の次世代の人々を指す言葉である。
58 Dominika Kowalska, “The Fourth Wave of American Feminism: Ideas, Activism, Social Media,”
(ph.D.Diss., University of Warsa, 2018)
59 前述したヴァネッサ・ヴァレンティは、ジェシカ・ヴァレンティの妹であり、フェミニスティン グの共同創設者である。
60 Deborah Solomon, “Fourth-Wave Feminism,” New York Times Magazine, Nov 13, 2009, Accessed October 29, 2018, https://www.nytimes.com/2009/11/15/magazine/15fob-q4-t.html.