キーワード:発展途上国,多国籍企業,国際化
はじめに
1.LDC 多国籍企業に関する先行研究 1-1.初期の LDC 多国籍企業論
1-2.戦略的資産獲得型投資と LDC 多国籍 企業
1-3.ネットワーク能力の活用と LDC 多国 籍企業
2.タイ CP グループの事例
2-1 CP グループの国際事業展開 2-2 今後の方向性
おわりに
はじめに
グローバリゼーションが進展する現代におい て,数多くの多国籍企業が誕生し,世界中の市 場へと拡大していった。これらの多国籍企業は 欧米や日本をはじめとする先進国を出自とした 企業である。その一方で発展途上国は魅力的な 投資受入国とみなされ,多くの多国籍企業が発 展途上国へと国際事業展開を行ってきた。ま た,
Hymer[
1976]
,Vernon[
1966]
をはじめとする多国籍企業の国際化についての初期の研究に おいても,多国籍企業は先進国で誕生し,その 後,発展途上国へと国際事業展開を行うことが 前提とされている。
このような状況に対して,2000年代以降,大 きな変化が生じている。それは先進国を投資本 国とする多国籍企業だけではなく,これまで投 資受入国とみなされてきた発展途上国から多国 籍企業が出現しているという事実である(1)。東 アジア(
NIEs
,中国,インド,ASEAN
諸国)やラテンアメリカ,アフリカ(2)を投資本国とす る多国籍企業がいくつも誕生し,国際事業展開 を行っているが,これらの多国籍企業について 既存の研究では説明することが難しい。発展途 上国を出自とする多国籍企業(以下,
LDC
多 国籍企業と呼称)が国際化を果たす要因は何な のか。また,これまで研究対象として取り上げ られることの少なかった,LDC
多国籍企業に 関する既存研究が改めて検討されるべきではな いか(3)。本論文では以上の問題意識を踏まえ,LDC
多国籍企業の国際化にフォーカスし,既 存理論のサーベイを行う。さらにASEAN
を代 表とするタイの多国籍企業の事例を取り上げ,今後の方向性について検討を行う。
*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程3年(指導教員 長谷川信次)
論 文
発展途上国の多国籍企業に関する一考察
-タイCPグループの事例に基づいて-
柳 田 志 学
*1. LDC 多国籍企業に関する先行研究
1-1. 初期の LDC 多国籍企業論
LDC
多国籍企業に関する研究が本格的に行 われたのは1980年代以降である。1970年代後半 から1980年代前半においてLDC
多国籍企業へ の関心が高まり,幾つかの研究が行われた。本 項ではこの時代における代表的な研究としてWells[
1983]
とLall[
1983]
を取り上げる。その上 で,これらの先行研究の特徴とその限界につい て検討する。
Wells[
1983]
はVernon[
1966]
の プ ロ ダ ク ト サ イクル論を応用しながら,LDC
多国籍企業に ついて論じた(4)。Wells
が述べるLDC
多国籍企 業の特性とは,先進国で広く普及した技術を輸 入し,それらの技術を本国の経済的特殊条件に 適応するよう改良し,その改良した技術を自国 より下位の発展途上国へと投資することである とした。さらにWells
はLDC
多国籍企業が優位 性を構築する特徴として次の3点があるとして いる。1.先進国と比較して労働集約的な小規模生産 技術を構築。
2.発展途上国の現地で調達する原材料でも生 産できるような生産技術を構築。
3.顧客との信頼関係から生じる市場へのアク セス能力によって競争優位性を構築。
ま た,
Wells
と 同 様 に,Lall[
1983]
もLDC
多国籍企業の特徴について議論するととも に,優位性構築の条件として以下の3点が あるとしている。1.先進国で広く普及した技術に,わずかな (
minor
)イノベーションを加える。2.小規模生産技術に関するイノベーションを
行う。
3.発展途上国の市場・環境に適するような製 品を開発する。
これら2つの先行研究は,それまでの先進国 を出自とする多国籍企業に終始していた議論か ら,
LDC
多国籍企業の重要性を検討した点に 大きな貢献がある。しかしWells
とLall
の研究 には幾つかの限界がある。それは両者が分析の 対象としているLDC
多国籍企業が「自国より 下位の国へと進出すること」を前提としている 点である。それゆえ両者が検討した優位性の特 徴についても,LDC
多国籍企業が先進国へ進 出するという視点は考慮されていない。とこ ろが昨今のLDC
多国籍企業の中には,自国よ り下位の国のみならず,自国より上位の国へ と進出する事例が見られる。すなわち,Lall
とWells
のLDC
多国籍企業は「なぜ自国より上位 の国(先進国)へと進出するのか」という問い に対して答えることができないのである。そ こで次項では,自国よりも上位の国・地域へ進 出するLDC
多国籍企業に関する研究を取り上 げる。1-2. 戦略的資産獲得型投資と LDC 多国籍 企業
Lall
とWells
の研究以降,LDC
多国籍企業を 対象とした研究はほとんど行われていない。こ の分野における研究が再び注目されたのは1990 年代後半以降のことである。本項では,この時 代において代表的なMakino, Lau, and Yeh[
2002]
の先行研究を取り上げる。
Makino
らは,NIE
s(新興工業経済地域)を投資本国とする多国籍企業を対象に実証分析 を行った。具体的には1996年に台湾の政府統計
局が台湾の企業に対して行った調査から328社 のデータを用いて分析と考察を行っている。そ の中で,
NIE
sを出自とする多国籍企業が国際 化を図る(対外直接投資(FDI
)を行う)動機 を以下の3つのタイプに分類した。①市場獲得型(
Market-seeking
)FDI
②資源(労働力)獲得型(
Resource(labor)-
seeking
)FDI
③戦略的資産獲得型(
Strategic asset-seeking
)FDI
① の 市 場 獲 得 型(
Market-seeking
)FDI
は,進出先の市場を獲得することを目的とした
FDI
の形態である。この場合は市場規模の大きな 国(たとえばインド,中国など)へと進出する ことが多い。また,②の資源(労働力)獲得型(
Resource(labor)-seeking
)FDI
は, 安 価 な 資 源 と労働力の獲得を目的としたFDI
の形態であ る。この場合は自国よりも経済発展水準が低い 国へと進出することが多い。さらに③の戦略的 資産獲得型(Strategic asset-seeking
)FDI
は,戦 略的資産(技術,販売,経営のノウハウなど)の獲得を目的とした
FDI
の形態である。この 場合は進出先の経済発展水準がより高い国(地 域)へ進出することが多い。
Makino
らは,これらのタイプのうち,LDC
多国籍企業にとって最も重要なFDI
が③の戦 略的資産獲得型FDI
だと述べている。すなわ ち戦略的資産獲得型FDI
によって,NIE
sの企 業は自国より上位の国(先進国)へと国際化を 図る動機につながる,としている(図1)。
Makino
ら が 行 っ た 研 究 は, 前 項 のLall
やWells
の研究において議論しきれなかった「なぜ自国より上位の国(先進国)へと進出するの か」という問いについて検討を試みている点に
図1 NIEsの企業が国際化を図る動機
出所)Makino, Lau, and Yeh(2002)
大きな貢献がある。しかし,この研究において も幾つかの限界を指摘する必要がある。1つ 目は分析に用いたデータの今日的妥当性であ る。同研究で用いたデータは台湾の政府統計局 が1996年に調査したものを用いている。そのた め2000年代以降に出現している
LDC
多国籍企 業についても同様の結果が得られるとは言い難 い。2つ目は研究対象地域の限界である。同研 究で対象とされたのはNIE
sである台湾のみ であり,同時期にそれ以外の周辺国ないし地域(たとえば
ASEAN
など)を投資本国として活 動していた多国籍企業においても適用可能なモ デルであるのかどうか明確にされていない。そ こで次項ではASEAN
を投資本国とする多国籍 企業の先行研究について取り上げる。1-3. ネットワーク能力の活用と LDC 多国 籍企業
1990年代から2000年代にかけて,
NIE
sのみならず,
ASEAN
諸国においても企業が海外事業展開を行っている。本項では,
ASEAN
の中 でもとりわけタイを投資本国とする多国籍企 業を対象に分析したPananond
の先行研究を取 り上げる(5)。Pananond
は前項のMakino
らが述Advanced (Upstream)
Level of economic development
advancedLess (Downstream)
Small
Market Size Small LDCs
Market-seeking (standard goods)
Large Large LDCs (e.g.,China, India) Asian
NIEs
DCs
Strategic asset- seeking Market-seeking (differentiated goods)
Resource (labor)-seeking
べた戦略的資産獲得型(
Strategic asset-seeking
)FDI
とは異なる考察を試みている。すなわち発 展途上国の企業が国際化を図る際に重要とな る要素はネットワーク能力であると述べてい る(6)。ネットワーク能力とは様々な取引相手の 補完的な資源を利用し,自社の利益に転換する 能力のことである。Pananond
はネットワーク 能力の具体的な内容を①社会的・文化的つなが り,②中国(系)企業においてみられる「クア ンシ(guanxi
)」であると定義した。クアンシ とは中国の文化において特徴的な行動様式のこ とであり,たとえば個人間の贈与,会食,自宅 へ招待する,といった信頼関係に基づく様式の ことである。さらに発展途上国の国内制度が未 発達である場合,企業はネットワーク関係へと 依存すると指摘しており,この能力は技術など の企業特殊的な所有優位を持たないLDC
企業 にとって重要な競争優位になると指摘してい る。その上でPananond
は事例研究としてタイ を代表する多国籍企業のCP
グループとサイア ムセメントを取り上げ,国際化の要因について 分析を試みている。2. タイ CP グループの事例
2-1. CP グループの国際事業展開
本項では前項で取り上げた
Pananond
の先行 研究を元に,タイを投資本国とする多国籍企 業,CP
グループの現状と問題点を取り上げる(7)。CP
グループは1921年に設立された華人系の 企業であり,アグリビジネスを主たる事業とし たコングロマリット企業である。設立当時は野 菜の種を輸入販売する目的で設立した小さな会 社だった。同社は1970年代前半にブロイラー 事業へと進出した。しかしCP
グループはこの当時,ブロイラー事業を単独で行う技術を保有 していなかった。そのため欧米のアーバーエー カー社をはじめとする数社と合弁事業を行い,
日本の三菱商事から冷凍技術や生産工程のノウ ハウを習得した。すなわち技術を持ち得なかっ た
CP
グループは既存の技術と国内の生産諸要 素・経営諸資源を結びつけ,ブロイラー事業の 大手へと成長した。
CP
グループはブロイラー事業を開始した同 時期に,海外事業展開を行った。1969年にイン ドネシアで飼育工場を設立し,1974年に香港,1976年にシンガポール,1977年に台湾とマレー シア,1979年に中国へと進出し,1992年までに トルコ,アメリカなど10カ国へと進出した。
さらに同社は主要事業のアグリビジネスにとど まらず,1990年代には政府や有力政治家との親 密な関係を活かして,通信や二輪車事業へと多 角化を図った。1997年には中国で100社以上の 子会社を経営し,中国における最大の多国籍企 業として活動を行ったのである。
しかし順調に国際事業展開を行っていた
CP
グループは,1997年のアジア通貨危機後に一変 することとなった。多くの事業は経営難に陥 り,そして同社はコンサルタント会社のマッキ ンゼー・アンド・カンパニー指導のもと,事業 再編を行った。その結果,主力事業をアグリビ ジネス(ブロイラー,肥料,養殖エビなど)と 電気通信事業の2つに絞り込むという抜本的な 改革を行った。また,海外事業においても主力 のアグリビジネスは米国からの撤退を余儀なく され,通貨危機後の主な投資先は中国と東アジ ア諸国のみにとどまることとなった(表1)。
Pananond
はCP
グループが国際化を果たした 要因の一つに,政府や政治家たちと幅広い人脈関係を持っていたことを指摘している(8)。すな わち先進国の多国籍企業が技術の蓄積により優 位性を保有して国際化を果たしたのに対し,同 社が国際化を果たした契機は技術以外の諸要因
(たとえば企業同士のネットワーク関係と個人 的人間関係,贈収賄など)に基づく能力を構築 したことにあった。しかし,これらの能力は先 進国の多国籍企業が保有する高い技術力のよう な,持続可能な優位性ではなかった。自国や投 資受入国の政治的,経済的な変化には脆く,そ の脆弱性を露呈することとなった契機が1997年 の通貨危機であった。
CP
グループは通貨危機 後に政府との密接な関係をはじめとするネット ワーク能力を失い,海外事業活動の縮小を余儀 なくされたのである。
Pananond
はCP
グループが国際事業展開を 行った契機と,通貨危機後に海外事業活動を縮 小した要因を探るために,図3の分析モデルを 用いた。このモデルに基づいて,先進国を投資 本国とする多国籍企業とタイを投資本国とする多国籍企業の特徴を分類し,両者の保有する 優位性について比較検討を行った。
図3によると,タイを投資本国とする多国 籍企業は,先進国を投資本国とする多国籍企 業と異なる優位性を源泉として国際化を図っ てきた。すなわち先進国の多国籍企業が保有 する高い技術力に依拠した優位性ではなく,
ネットワーク能力に依存した優位性を元に国 際化を図ったのである(9)。しかしネットワー ク能力に依存した成長は1997年の通貨危機に
事業分野 商社
アグリビジネス
水産 小売 二輪車 通信 不動産 石油化学
進出国 日本,韓国,香港,
マレーシア,シンガポール,
インド,ミャンマー,チリ,
中国,ベルギー,米国,
UAE,南アフリカ,ベトナム
インドネシア,香港,台湾,マレーシア,
シンガポール,中国,トルコ,米国,ベト ナム,ミャンマー,カンボジア,インド インド,台湾,中国
中国 中国 中国,米国 中国 なし
先進国
日本,韓国,香港,マレーシア,シンガ ポール,インド,ミャンマー,チリ,中 国,ベルギーv米国,UAE,南アフリカ,
ベトナム,トルコ,ドイツ,スイス,英 国,フランス,イタリア
インドネシア,香港,台湾,マレーシア,
シンガポール,中国,トルコ,ベトナム,
ミャンマー,カンボジア,インド インド,台湾,中国,マレーシア,ベト ナム
中国,台湾 中国 中国 中国,香港 中国
欧州へ 進出
米国からの 撤退 事業拡大 事業拡大 工場建設・事業拡大
米国からの撤退 事業縮小 事業拡大
通貨危機前( 〜1997) 通貨危機後(1997〜) 事業の変遷
→
→
→
→
→
→
→
→
出所)Pananond (2007, 2010),末廣(1991),CPグループHPより
表1 CPグループの海外事業展開
先進国(従来)
の多国籍企業
タイの 多国籍企業
技術力
ネットワーク能力 高い低い
低い 高い
出所)Pananond(2004)より
図3 タイ多国籍企業の特徴
より,限界と脆弱性が露呈することとなった。
CP
グループの事例のように,タイの多国籍企 業は図3の右下の象限に位置している以上,今 後の成長は困難であるとPananond
は指摘して いる。
2-2. 今後の方向性
前項までの先行研究に基づき,タイ多国籍企 業は今後どのような方向性を模索するべきだろ うか。本項では若干の考察を試みる。
CP
グループの事例に見られるように,これ までタイを投資本国とする多国籍企業は,政府 との密接な関係や個人的な人間関係を重視する ネットワーク能力の向上に努めてきた(すな わち図4の右下の象限に位置してきた)。この ネットワーク能力を優位性として,1990年代ま で積極的に海外事業展開を行ってきた。しかし 通貨危機後の事業再編により,これまで優位性 の源泉であったネットワーク能力では成長が困 難である。主力事業のアグリビジネス部門は国 際事業を縮小せざるを得ない状況に陥ってい る。今後はネットワーク能力への依存から脱却 する必要がある。それと同時に,これまでCP
グループが怠ってきた技術力の向上に努める(すなわち右下の象限から左上へと移行する)
ことで,再び国際事業活動を拡大する契機とな るのではないだろうか。
おわりに
本論文では,
LDC
多国籍企業の国際化につ いて,先行研究のサーベイを行うとともに若干 の考察を試みた。これまで多国籍企業の研究と いえば,もっぱら先進国を投資本国とする多国 籍企業を対象に行われてきた。これに対して,LDC
多国籍企業の存在とその事業活動が注目 され始めたのは2000年代以降のことである(10)。 それゆえLDC
多国籍企業の国際化については,理論的にも実証的にも研究の蓄積は乏しい。
こうした状況を踏まえ,本論文は
LDC
多国 籍企業の先行研究を再検討した。また,図4に 示した今後の方向性はタイを投資本国とする多 国籍企業に限定されたものではない。ネット ワーク能力に依存した多国籍企業は発展途上国 において数多く存在しており,フィリピンやイ ンドネシアを投資本国とする多くのASEAN
諸 国の多国籍企業についても同様のことが言える(11)。これらの多国籍企業が
CP
グループと同様 の状況に陥らないために,LDC
多国籍企業は ネットワーク能力へ依存するのではなく,技術 力を保有した上で国際化を図ることが求められ る。本論文には幾つかの課題がある。第一は,分 析対象が東アジア(
NIE
s,ASEAN
)地域に 限定されている点である。近年,南米やアフリ カ地域を投資本国とする多国籍企業も誕生して おり,これらの多国籍企業の国際化については 検討していない。第二は,本論文は先行研究の 再検討を主軸に据えているため,独自の分析枠 組みの提示とデータに基づく実証研究にまでネットワーク能力
低い 高い
技術力 高い低い
先進国(従来)
の多国籍企業
タイの 多国籍企業
(現在)
多国籍企業タイの
(将来)
出所)Pananond(2004)より著者加筆
図4 タイ多国籍企業の方向性
至っていない。これらについては今後の研究課 題としたい。
〔投稿受理日2010.11.20/掲載決定日2011.1.27〕
注
⑴ たとえばUNCTADの世界投資報告書[2006]に おいて,アジア諸国(中国,インド,ASEAN諸国 など)やラテンアメリカなどを出自とする多国籍 企業の存在と重要性について詳細に議論されてい る。
⑵ たとえばファーストフード店を主要事業とする ナンドス(Nandos),鉱業を主要事業とするアン グロゴールド(AngloGold),資源化学企業のSasol
(サソール)などが活動を行っている[Luo 2007; UNCTAD 2006]。
⑶ 華人ネットワーク論やファミリービジネス論に 依拠した研究は数多く行われている(星野 2004;
末廣2006)が,LDC企業が国際化を果たす要因が すべて華人ネットワーク論で説明できるわけでは ない。ところがそれ以外の視点から論じられた研 究は少ない。
⑷ Wellsは1964社の海外子会社と,発展途上国を
投資本国とする企業によって設立された支店によ る膨大なデータを元にLDC多国籍企業の重要性に ついて議論を行った。たとえば1967年以降のイン ドネシアにおいて,(石油鉱業を除いた)全ての 海外投資計画のうちLDC多国籍企業からの投資は 31 %を占めている。
⑸ Pananond[2007, 2010]
⑹ UNCTADの世界投資報告書[2006: 150-152]にお いても,ネットワーク能力について同様の指摘が なされている。ネットワーク能力はLDC多国籍企 業の競争優位に重要な貢献をしており,たとえば 競争優位の4分の3は,技術などの企業特殊的な 所有優位によるものではなく,ネットワーク関係 や文化的類似性など複数の資源を利用し,組み合 わせた能力によるものであると述べている。
(7) 2000年代以降,タイの一次産品における海外FDI 比率は依然として高く,2000年代以降もその比率 は増加している[Pananond, 2010]。一次産品を主要 事業とするCPグループは現在もタイの経済成長に おいて重要な役割を担っており,今後はさらなる
国際事業展開を模索することが求められる。
⑻ Jones[2007 343-349]
⑼ LDC多国籍企業がネットワーク能力に依存せざ るを得ない理由として,制度上の欠陥(Institutional Void)が指摘されている[磯部他2010]。ここでの 制度とは人間の相互作用を形成する,人間によっ て開発された制約のこと[North, 1990]であり,① 経済的制度(経済的取引を支援する経済基盤,物 理的な支援環境,人的な支援環境,技術的な支援 環境),②政治的制度(税率や関税,投資規制,外 国からの出資規制,保護政策,外貨管理,知的所 有権,法律,官僚制度など),③社会的制度(特 定集団の構成員が繰り返し相互に関係・交流する ことによって生み出される規範や価値観。正義,
ハラスメントと暴力,汚職・腐敗など)である。
ASEANではレントシーキングなどの汚職(社会的
制度)の問題が指摘されている。そのためASEAN を投資本国とする企業が国際化を図る際は,これ らの制度問題に留意する必要がある。
⑽ 日本でLDC多国籍企業を対象とした研究はほ とんど注目されていない。その一方で海外では 徐々にこの分野の研究が注目されつつある。たと えば2011年6月24日から6月28日に日本で初の Academic of International Businessの 国 際 大 会 開 催 が予定されている。当日は11のセッションが行わ れる予定であり,そのうち1つが「発展途上国を 投資本国とする多国籍企業(Developing Country Multinational Companies)」をテーマとして実施さ れる予定である。
⑾ たとえばインドネシアのサリム・グループ,
フィリピンのサン・ミゲル,ジョリビーなど,華 人系資本の企業が周辺諸国へと積極的に国際化を 図っている。
参考文献
Aivaro Cuervo-Cazurra and Mehmet Genc (2008) Transforming disadvantages into advantages: developing- country MNEs in the least developed countries Journal of International Business Studies, 39, 957-979.
Brown. R. A. (1998) Overseas Chinese Investments in China-patterns of Growth, Diversification and Finance:
The Case of Charoen Pokphand , China Quartely, 155: 610-36.
江夏健一,長谷川信次,長谷川礼編(2008)『国際ビ
ジネス理論』中央出版社。
江夏健一監修(1994)『発展途上国の多国籍企業』国 際書院。
Geoffrey Jones(2005) Multinational and Global Capitalism: from the Nineteenth to the Twenty First Century , Oxford University press,(安室憲一,
梅野巨利訳(2007)『国際経営講義』有斐閣。)
長谷川信次(1998)『多国籍企業の内部化理論と戦略 提携』同文舘出版。
―――――(2000)「国際経営の理論」『国際経営論 への招待』有斐閣,pp.62-79 。
星野妙子編(2002)『発展途上国の企業とグローバリ ゼーション』アジア経済研究所。
星野妙子編(2004)『ファミリービジネスの経営と革 新』アジア経済研究所。
Hymer, S.H. (1976), The International Operations of
National Firms (宮崎義一編訳(1979)『多国籍企業
論』岩波書店)
磯 部 剛 彦, 牧 野 茂 史, ク リ ス テ ィ ー ヌ・ チ ャ ン
(2010)『国境と企業』東洋経済新報社。
Lall, S. (ed) (1993). Transnational Corporations and Economic Development, London: Routledge.
増田耕太郎(2007)「途上国企業の対外直接投資と多 国籍化」『国際貿易と投資』季刊70号,国際貿易投 資研究所
舛山誠一(2002)「アジアの多国籍企業」『国際経営 論への招待』有斐閣,pp.279-299 。
North,C.N.(1990),Institutions,Institutional Change and Economic Performance.New York:Cambridge(竹 下 公 視訳(1994)『制度・制度変化・経済成果』晃洋書 房。)
Pananond. P. (2004a) Thai Multinationals after the crisis:
Trends and prospects ASEAN Economic Bulletin 21 (1), 106-126.
Pananond. P. (2004b) The making of Thai multinationals:
a comparative study of Thailand's CP and Siam Cement groups. Journal of Asian Business 17 (3), 41-70. Pananond. P. (2007) The changing dynamics of Thai
multinationals after the Asian economic crisis Journal of International Management, 13, 356-375.
Pananond. P. (2010) Thai multinationals: Entering the big league Ravi Ramamurti and Jitendra V. Singh (eds.) Emerging Multinationals in Emerging Markets.
Cambridge: Cambridge University Press, 312-351
Philip Kotler, Hermawan Kartajaya, and Hooi Den Huan, Think ASEAN! RethinkingMarketing toward ASEAN Community 2015, McGrow-Hill,2007
(洞口治夫,山田郁夫訳(2007)『ASEANマーケ ティング:成功企業の地域戦略とグローバル価値 創造』マクロウヒルエデュケーション。)
Roy Y J Chua, Michael W Morris and Paul Ingram (2009) Guanxi vs networking: Distinctive configurations of affect- and cognition-based trust in the networks of Chinese vs American managers Journal of International Business Studies, 40, 490-508
Shige Makino, Chung-Ming Lau, & Rhy-Song Yeh (2002) Asset-exploitation versus asset-seeking Implications for location choice of foreign direct
investment from newly industrialized economies Journal of International Business Studies, 33, 3, 403-421 末廣昭(2000)『キャッチアップ型工業化論−アジア
経済の軌跡と展望』名古屋大学出版会。
―――(2003)『進化する多国籍企業』岩波書店。
―――(2006)『ファミリービジネス論−後発工業化 の担い手』名古屋大学出版会。
丹野勲(2010)『アジアフロンティア地域の制度と国 際経営―CLMVT(カンボジア・ラオス・ミャ ンマー・ベトナム・タイ)と中国の制度と経営環 境』文眞堂。
手島茂樹(2008)『発展途上国からの直接投資―発 展途上国を基盤とした多国籍企業―』国際貿易投 資研究所
UNCTAD (2006). FDI from Developing and Transition Economies: Implications for Development. New York:
United Nations.
Vernon, R. (1966), 'International Investment and international Trade in the Product Cycle'. Quarterly Journal of Economics, 80, 190-207.
―――― (1979), The Product Cycle Hypothesis in a New International Environment , Oxford Bulletin of Economics and Statistics, 41, 255-267.
Wells, L. T. (1983). Third world multinationals. Cambridge, MA: MIT Press.
Wells, L. T. (1998). Multinationals and the developing countries. Journal of International Business Studies, 29(1): 101-114.
Yadong Luo and Rosalie L Tung (2007) International expansion of emerging market enterprises: A springboard
perspective Journal of International Business Studies, 38, 481-498.