は じ め に 肺癌に対する肺切除術において,術後肺炎は時に重 篤な経過をたどり治療に難渋することがある.肺癌術 後の呼吸器感染症の発生率は2~20%とされ,これら の患者の致死率は22~67%と高い1-5).肺癌患者は, 喫煙歴や併存する慢性気管支炎,慢性閉塞性肺疾患, 他の全身合併症など肺炎の危険因子を持つことが多く, その術後管理において肺炎は重要な問題である6). 今回,我々は肺癌術後肺炎の要因と病態,発症時の 培養検体採取法と抗菌薬選択について考察すべく,当 科で経験した肺癌術後肺炎症例の臨床経過について retrospectiveに検討したので報告する. 対象と方法 2001年1月から2009年12月までに当科において非小 細胞肺癌に対して肺切除術(部分切除のみを除く)を 施行した症例は836例であった.このうち術後肺炎を 発症した23例(2.8%)を対象とし,患者背景,画像所 見,痰培養結果,治療法,臨床経過について ret rospec-tiveに検討した. 術後肺炎は,胸部 X線検査での透過性の低下や浸潤 影の出現とともに,発熱や咳嗽・喀痰の増加などの臨 床症状,血液生化学検査値として白血球数(正常値: 3,500~8,500/mm3)や CRP値(正常値:0.3 mg/dl 未満)の上昇を総合的に判断し,肺炎と診断した(胸 部 CTで間質性肺炎と診断された症例は除外した). 当科では現在,術後の抗菌薬として基本的にはセファ ゾリン(CEZ)またはセフォチアム(CTM)を用いて おり,肺切除症例の周術期肺炎予防として,術前7日 間トリフローによる呼吸訓練とネブライザー吸入を施 行している.一方,術後早期の気管支鏡を用いたトイ 原 著
肺癌切除術後肺炎についての臨床的検討
木村
亨
*1*2,竹内 幸康
*1,船越 康信
*1大瀬 尚子
*1,楠本 英則
*1,前田
元
*1 要 旨 肺癌切除術後の肺炎は時に重篤な経過をたどり治療に難渋する.術後肺炎の病態と管理方法を考察する目的で, 2001~2009年の非小細胞肺癌に対する肺切除術836例中,術後肺炎23例(2.8%)を対象に臨床経過,画像所見,痰培 養結果等につき retrospectiveに検討した.肺炎発症は術後6.8±3.4(Mean±SD)日目で,胸部 X線の異常影は左肺 全摘除術後1例と両側肺に認めた2例を除き,術側肺に認めた.肺炎発症時の胸部 CT施行17例中13例(76.5%)で 術側残存肺の尾側や背側に肺炎像を認めた.挿管・人工呼吸管理を要した9例(9/23,39.1%)中4例(4 /23,17.4%)が死亡した.自己喀出痰提出12例中,病原微生物検出4例(33.3%),気管内採痰12例中,口腔内常在 菌のみ4例(33.3%),培養陰性1例(8.3%),病原微生物検出7例(58.3%)であった.痰培養病原微生物検出例で 重症化しやすい傾向があった.肺癌切除術後肺炎の要因に術後排痰不良と不顕性誤嚥が挙げられ,発症時の積極的な 下気道検体採取が重要と考えられた. 索引用語:肺癌,肺切除術,術後肺炎,喀痰培養lungcancer,lungresection,postoperativepneumonia,sputum culture
*1国立病院機構刀根山病院 呼吸器外科 *2現:近畿大学医学部奈良病院 呼吸器外科 原稿受付 2010年6月21日 原稿採択 2010年8月11日 本論文の要旨は第27回日本呼吸器外科学会総会(2010年5 月14日,仙台)にて発表した.
レットや去痰剤内服,理学療法は臨床症状や理学所見 により明らかな排痰不良を認める場合を除き,routine には施行していない.
有意差検定は StatViewforWindowsVersion5.0を用 いて Fisherの直接確率検定法で行い,p<0.05を統計 学的有意差ありとした. 結 果 平均年齢は70.0±7.6(44~83)(Mean±SD(range)) 歳,男性21例,女性2例であった.喫煙歴は20例にみ られ,喫煙者における喫煙指数は平均65.6±28.3(25 ~144)Pack-Yearであった.術前呼吸器合併症では, 肺気腫を含む慢性閉塞性肺疾患が9例,陳旧性肺結核 3例,気管支喘息1例,間質性肺炎4例であった.免 疫能に関与する合併症は糖尿病4例で,術前化学放射 線療法施行例は2例であった.術式は上葉切除7例, 下葉切除12例,中下葉切除2例,区域切除1例,全摘 1例で,葉切除症例においては中下葉切除を含む下葉 切除が有意に多かった(p=0.011).手術時間は281± 68(175~464)分,出血量は285±287(50~1,160)ml であった.組織型は腺癌9例,扁平上皮癌10例,その 他4例であり,同期間の当院での手術症例における割 合では腺癌症例に比して扁平上皮癌症例が有意に多 かった(p=0.015)(Table1). 術前の呼吸機能は,1秒量:2,240±578(1,380~ 3,420)ml,1秒率:71±11(44~91)%,%肺活量: 107±18(58~133)%,%DLCO:80±23(42~127) %で,切除後の残存亜区域数から算出した予測術後1 秒量は1,628±499(910~2,931)mlであった. 術後に使用した抗生剤は CEZが3例,CTM が15例, フロモキセフが4例,セフタジジム/クリンダマイシ ン併用が1例で,いずれも1日2回で,術中から開始 し,2~3日間投与した. 術後肺炎の発症時期は術後6.8±3.4(2~16)日目 であった(Fig.1).術後に反回神経麻痺による明らか な嗄声を認めた症例はなかった.胸部 X線の異常陰影 は,左肺全摘除術後の1例と両側肺に認めた2例を除 き,術側肺に認めた.肺炎発症時に胸部 CTを施行し た17例のうち,13例(76.5%)では術側残存肺葉の尾 側や背側を中心として肺炎像を認めた(Fig.2). 自己喀出痰を提出した12例中,口腔内常在菌のみが 8 例(66.7%),病 原 微 生 物 を 検 出 し た の は 4 例 (33.3%)であった.気管内採痰(気管支鏡または気 管カニューレを使用したもの)を施行した12例中,口 腔内常在菌のみが4例(33.3%),培養陰性が1例 (8.3%),病原微生物検出7例(58.3%)であった.気 管内からの検体で病原微生物検出が多く検出されたが, 有意差は認められなかった(p=0.414)(Fig.3).こ Table1 PatientCharacteristics
Operation 70.0±7.6 (years) Age 20 Open (44−83) 3 VATS 21 Male Gender 2 Female Right 57.1±34.7
Smokinghabit(pack-years)
5 UL (0−144) 2 MLL 3 Never 9 LL 14 Former Left 6 Currentsmoker 2 UL 4 LL 9 Ad
Pathology
1 P 10 Sq 281±68 Time(min) 4 Other (175−464) 8 IA p-Stage 285±287 Bloodloss(ml) 11 IB (50−1160) 4 IIB
Ad:adenocarcinoma,Sq:squamouscellcarcinoma,VATS:video-assistedthoracoscopicsurgery, UL:upperlobectomy,MLL:middlelowerlobectomy,LL:lowerlobectomy,P:pneumonectomy.
こで口腔内常在菌とは,a-Streptococcus,c-Strept ococ-cus,Neisseriasp.や諸嫌気性菌を意味する.検出され た 病 原 微 生 物 は,Methicillin-resistantstaphylococcus aureus(MRSA)4例,Serratiamarcescens3例,Ent ero-coccusfaecalis2例,Candidasp.2例,Streptococcus pneumoniae1例,Haemophilusinfluenzae1例,St aph-ylococcushaemolyticus1 例,Stenotrophomonasmalt o-philia1例であった.また,検鏡にてグラム陰性球菌 の貪食像を認めたが培養で分離せず,嫌気性菌による 肺炎と考えられたものが1例であった. 肺炎診断後,初期治療に使用された抗菌薬はカルバ ペネム系12例,ペニシリン系6例,セフェム系4例, バンコマイシン(VCM)1例であった.軽快退院した のは19例(82.6%)で,これらの症例における抗菌薬 の延べ投与日数は13.7±9.4(5~34)日,解熱までは 11.3±10.5(0~40)日,白血球数正常化までは12.4 ±8.9(0~35)日であった.挿管・人工呼吸管理を要 した9例(39.1%)中4例(17.4%)が死亡した.死 亡に至った原因は呼吸不全が2例,急性心筋梗塞が1 例,出血性脳梗塞が1例であった.死亡や人工呼吸管 理を要する等重症化を来たした9例の内訳は,痰培養 にて口腔内常在菌のみとされた8例中2例(25%)と 病原微生物を検出した10例中7例(70%)で,病原微 生物を検出した症例において重症化例が多かったが有 1 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ≧10 Dead Alive Postoperative day N um be r of pa tie nt s
Fig.1 Diagnosisofpostoperativepneumoniainpatientsafterlungresection.
意差は認められなかった(p=0.153)(Fig.4).病原 微生物を検出した症例のうち,広域抗菌薬を継続した 3例と感受性に基づき抗菌薬を追加した1例,感受性 に基づき抗菌薬を変更した3例(全例 VCM へ変更) は生存していたが,痰培養から得られた Candidasp. に対して抗真菌薬単剤へ変更した1例,下気道検体か ら Serratiamarcescensと MRSAを分離するも抗真菌薬 単剤へ変更した1例,下気道検体から MRSAを検出し VCMを追加した1例が死亡した. 考 察 これまで術後肺炎の予測因子や原因菌の発症前診断 を目的として,術前・術中の気管内や切除肺から採痰・ 培養を行い術前・術中の気管内における病原微生物の colonizationの有無を評価する研究が行われてきたが, 術後肺炎発症時の培養結果との関連性について一定の 見解はない1,6,7).一方で Sokら8)は,術後3日間の喀 痰と術後肺炎の病原菌とが類似していることを示し, 気道の汚染が麻酔操作ではなく,むしろ術後の不顕性 誤嚥や食道逆流などによるものであるとしている.今 回の検討で,痰培養の結果において下気道検体からも 口腔内常在菌を認めた例が存在していたことは,検体 採取時の contaminationだけでなく,肺癌手術後急性 期の不顕性誤嚥の潜在性を示唆するものと考えられる. 術後鎮痛による早期の理学療法が術後の呼吸器合併 症を予防すると言われている9).術後の排痰は,横隔 膜を含む呼吸筋の運動不全や麻酔による気道上皮の線 毛運動低下により障害されることが知られている10). 今回の検討でも,胸部 CT所見で肺炎を来たした部位 が術側残存肺葉の尾側に多かったことから,痰喀出不 良の環境下で気道分泌物が下気道末梢に流れ込んだ可 能性が示唆された.また,下葉切除例に肺炎発症例が 多かったことは,胸腔内の残存肺容量の減少と術後急 性期におけるより多くの airspaceの残存が咳嗽運動 による胸腔内圧の変化を術側残存肺に伝えにくくし, 排痰不良を惹起しているものと思われた. 術後肺炎の発症時期について,Raduら11)は5日以 内にほとんどが発症するとしているが,胸部 X線像や 発熱・炎症所見などが術後変化によるものか判断が困 難な術当日から術後2日目までの発症例が多く含まれ Intubation
(Including deceased cases) Without intubation (All surviving cases) 2
4 6 8 10
Normal flora / Negative Positive Results of culture N um be r of pa tie nt s p=0.153 2/8 2/8 (2 (255%)%) 7/10 (70%)7/10 (70%) 2/8 (25%) 7/10 (70%)
Fig.4 Resultsofcultureandclinicalcourseofpneumonia. 2 4 6 8 10 12 Positive Negative Normal flora
Sputum Endotracheal specimen
N um be r of pa tie nt s p=0.414 4/12 (33%) 4/12 (33%) 7/12 (58%)7/12 (58%) 4/12 (33%) 7/12 (58%)
ており,今回の検討(平均6.8日)を含め参考に止めて おくべきと思われる.当科では術後2ないし3日間の 予防的抗菌薬投与を行っているが,投与している CEZ や CTM は創部感染の予防が主目的であり必ずしも肺 炎には有効でない11,12).抗菌薬投与と痰培養結果との 関係について,Blotら13)は院内肺炎の検討で,先行す る抗菌薬の変更・追加が72時間以上前であれば,発症 時に採取した下気道検体の培養が陰性であることで肺 炎の存在をほぼ否定できるとしている.このことから, 術後2日目までの抗菌薬投与が術後5日目以降に発症 する肺炎における下気道検体の培養結果に影響を与え る可能性は低く,検体採取の意義はあると考えられる. 坂本ら14)は,肝切除術症例における術後肺炎の検討で, 肺炎発症時にはグラム染色における好中球の細菌貪食 像が起因性の証明に有用であるとしている.今回の検 討で,喀痰および下気道検体から病原微生物を検出し た症例において重症化しやすい傾向にあったことから, 痰の検鏡・培養は適切な抗菌薬選択・継続・変更など の治療方針決定に重要であると考えられた.院内肺炎 診療ガイドライン15)にもあるように,院内肺炎の原因 病原体を検出するためには病状の許す限り下気道から 得られた検体を検査することが原則である.今回の検 討では症例数も少なく,喀痰と下気道検体で病原微生 物検出に有意差は認めなかったが,前述のように術後 肺炎の要因の一つとして排痰不良が挙げられることを 考慮すると,口腔内常在菌が検出された際の起因性を 評価する意味でも,自己喀出痰に留まらず気管支鏡検 査等による積極的な下気道検体の採取は有用と思われ る. 術後肺炎と診断した時点で治療開始時の抗菌薬には, Empirictherapyとして広域抗菌薬を選択するべきで ある15).気管支鏡を用いた吸痰,ネブライザー吸入や 去痰剤の使用,理学療法等による排痰促進も病態を考 えれば不可欠と思われる.今回,少数例での ret rospec-tiveな検討のため培養結果で病原微生物が検出された 際の感受性に基づいた狭域抗菌薬への変更の意義につ いては充分な検討ができなかったが,抗菌薬開始前に 採取した下気道検体からも有意な病原微生物が検出さ れない場合の de-escalationの際には,不顕性誤嚥の要 素を考慮した抗菌薬選択が有用と考えている. 結 語 肺癌切除術後肺炎は,その要因として術後の排痰不 良と不顕性誤嚥が挙げられることが示唆された.発症 時には,Empirictherapy開始後の治療方針決定のため に抗菌薬投与前の積極的な下気道検体採取を考慮すべ きと思われた. 謝 辞 本稿を終えるにあたり,御助言・御指導頂いた近畿 大学医学部奈良病院呼吸器外科 塩野裕之先生に深謝 致します. 文 献
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Postoperativepneumoniaaftersurgeryforlungcancer:
Clinicalanalysisof23cases
ToruKimura*1*2,YukiyasuTakeuchi*1,YasunobuFunakoshi*1,NaokoOhse*1
HidenoriKusumoto*1,HajimeMaeda*1
*1DepartmentofGeneralThoracicSurgery,ToneyamaNationalHospital
*2DepartmentofGeneralThoracicSurgery,KinkiUniversitySchoolofMedicineNaraHospital
Postoperative pneumonia is sometimes a life-threatening complication ofsurgery for lung cancer.We retrospectivelyreviewedpatientswhodevelopedpostoperativepneumoniaaftersurgeryforlungcancerinorderto assesstheclinical,microbiological,andtherapeuticfeaturesofthiscomplication.Between2001and2009,836patients underwentpulmonaryresectionforlungcancerinourhospital.Postoperativepneumoniadevelopedin23patients (2.8%).Diagnosesofpneumoniawereperformedonpostoperativeday6.8±3.4(mean±SD).Plainchestradiography revealedabnormalshadowsontheoperativesidein20patients;2patientshadbilateralpneumoniaand1underwent pneumonectomy.Computedtomographywasperformedin17patients,and,amongthem,13patients(76.5%)had infiltrativeshadowsinthecaudalordorsalportionoftheoperativesideofthelung.Ninepatients(39.1%)were intubatedinordertoperform mechanicalventilation,and4ofthem died.Sputum cultureswereperformedin12 patients,andpathogenicmicroorganismswereisolatedin4(33.3%).Theculturingofendotrachealspecimenswas carriedoutin12patients;amongthem,normalfloraoftheoralcavitywasisolatedin4patients(33.3%),no microorganismswereidentifiedin1patient(8.3%),andpathogenicmicroorganismswereisolatedin7patients (58.3%).Thepatientswhosespecimenstestedpositiveforpathogenicmicroorganismstendedtodevelopsevere pneumonia.Weconcludethattheinsufficientdrainageofrespiratorytractsecretionsandsilentaspirationafterlung surgeryareassociatedwiththedevelopmentofpostoperativepneumonia.Further,obtainingandanalyzinglower respiratorytractsecretionsisanimportantstepinthemanagementofpostoperativepneumonia.