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マルクス『経済学批判要綱』における「流通費用」について

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(1)

マル クス『経済学批判要綱』におけ る「

流通費用」について

は じ め に マル クスが 「資本の流通過程」を 「資本一般

の うちには じめて体系的に位置付けた 『経済学批 判要綱』 において,それが基本的にいかな る理論 領域を もつべ きもの とされ ていたかについては, すでにわれわれは 「プラ

」 の検討を通 じて明 ら かに してきた(1)0 すなわ ち,マル クスは まず流通過程を生産過程 に対す る補足的媒介過程 としてとらえ,資本の生 産物 としてのW′のG′へ の実現過程に局限 して とらえ る視点に もとづいて,生産過程での価値増 殖過程に対す る 「価値喪失過程」 として把握 した うえで,資本の価値増殖に とって流通時間-0に す ることを資本の もつ本性であるとす る視点か ら 「流通費用」 の問題を解明 していたのであった。 他面マル クスは前者 とは異なる視点,すなわち 生産過程を包摂 した資本の措定す る流通 としての 「資本 の流通」を展開す る論理に もとづき,流通 と生産 との統一過程た る 「総過程」的流通過程を 前提 とし,生産過程におけ るもの とは異な る資本 区分,す なわち 「固定資本」・「流動資本」 とい う 資本区分を行ないつつ 「資本の回転」 の問題を論 じていた。 しか もこの性格 の異な る流通過程論の 内容が単に併存 していた とい うのではな く,む し ろ前者 の過程は後者 の 「総過程」 としての資本の 総体的運動過程 の一過程 をなす ものとして資本の 措定す る流通を説 くうえでの理論的前提をな して いたのであった。 ところで,『要綱』におけ る 「資本の流通過程」 のこうした内容構成か らみ て,その理論上の特質 を摘出す るとすれば,それは形態的視点を ともな った流通過程論 とも言え る 「資本循環論」が欠如 してい るとい う点であろ う。 とすれば, 『要綱』 段階 では,流通形態 としての資本が生産過程をそ の形式 の うちに包摂す ることに よって生ず る形態 的特質 を多相的に明かにす るところの 「資本の流 通過程」 の本来的課題 の設定 も,したがってまた

その解明-の道 も,方法的に当初か ら閉ざされ て いた もの とい ってよいであろ う。 それ と同時に, こうした理論的枠組 の うちに展開 された個 々の概 念 も当然にその理論上の制約を体現 した もの とし て展開 され ざるをえない もの としてあ るとい うこ とが予想 され る。 そ こで本小稿では, こうした 『要綱』におけ る 「資本の流通過程」 の理論的枠組 の うち, まず も って明 らかに された 「流通費用」論はいかな る理 論内容を有 してい るものであ るかを,主 としてマ ル クスの叙述を フォ p-す ることを中心に して明 らかに し,その意義 と限界を究明 してお こう。 こ の意味か らして本小稿は前二稿のいわば補論にあ た るものであ る。 (1)この点については,拙稿 :マルクス F経 済学 批 判要綱』における 「プラン」 と 「資本の流 通 過 程」(1),(2)(F長野大 学 紀要』 6号,8号)を 参照されたい。 1 マル クスは,1857年12月中旬頃か ら1858年1月 22日のあいだに書いた ノ- トⅠⅤの15べ -ジ で, 周知の次のよ うな 「資本の生産過程」か ら 「資本 の流通過程」- の移行規定を与えていた。 「さて,すでにわれわれは, どのよ うに し て ヽヽヽヽヽヽ 価値増殖過程を通 じて資本が 1)その価値を交 換 自体 (すなわち生きた労働 との交換)に よっ て維持 し,2)増加 し,剰余価値をつ くりだ して きたかを見てきた。い まや生産過程 と価値増殖 過程 の統一 の結果 として過程の生産物すなわち 資本 自体が現われ るのであ るが ,生産物 として は資本は,資本がその前提であ った ところの過 程か ら出てきてい るのであ り,- また価値 で あ る生産物 として出てきてい る。言いかえ るなヽヽ ら価値それ 自体が この過 程の生産物 として, し ヽヽヽヽヽヽヽ か もよ り大 きな価値 として現われ る。 ・--さし - 41

(2)

-あた り措定 され,税7f-・してい るものは,一定の (観念的な)価額 の商品であ る。 だか らわれわ れはい まや,資本が資本 として措定 され る過程 の第三の側面に くることになる

.

」(K.Marx,

Grundrisseder Kritik der Politischen Okonomie,1857-1858,DietzVerlag,1953. S.305-306.高木幸二郎監訳 『経 済 学 批 判 要 綱』大月書店,Ⅰ.329-330頁。以下本書の引 用 べ -ジにつ い て は,Gr.S .305-306,訳.ll. 329「330頁 と略記す る。) ここでマル クスが言 うところの 「資本が資本 と して指定 され る過 程の第三の側面」 とは,言 うま で もな く, 「単純 な流通」 としての第一の側面 と 「価値増殖過程」 としての第二の側面に対 して, 「生産過程 と価値増殖過程の統一の結果 としての 過程の生産物」た るW′のG′-の実現過程を意味 す るものにはかな らない。 とい うことは,マル ク スは 「資本の流通過程」を考察す るに際 して,そ れを当初か ら資本の運動 としての

G-W

t

m

P-W′- G

′の うちの r本来的流 通 過 程」た る

W′- G

′の過 程に局限 した,いわば実現流通 論的見地に立 って解明しよ うとしていた もの とい ってよいであろ う(2)0 (2)この実現流通論的な見地は単に F要 綱』に のみ 見られた見解ではなく,のちの著作 で あ る F剰 余(n値学説史』

,

F直接的生産過程の諸結果J, F資本論』第1巻的版に至るまで継承されたもの である.ところが

,

F望i本論』第2版ではこの点 が削除されていることは周知のとおりである。こ うしたマルクスの 「資本の流通過程」の研究経給 を トレースしつつその理論的意義とI,li非 を 明 ら かにすることがわれわれの課題なのであるが,こ の点についてはすでに拙稿 :マルクス F経済学批 判要綱』における 「プラン」と 「資本の流 通 過 程」(1)の江(8)(「長野大学紀要」第6号,42- 3 べ-ジ)でふれておいたので参,HI'3.されたい。 ところで,マル クスが こうした方法的視点か ら 「資本の流通過程」を とらえ る限 り,その展開内 容は,当然,資本の生産物た る

W

′が流通過程を 経過す るなかでいかな る変容を きたす ことにな る か とい うことにな らざるなえ なか った。 この点に ついてマル クスは次のよ うに言 う。 ヽヽヽ 「・・・・・・そ こで厳勧 こ考察すれば,資本の価値増 ヽヽヽ 殖過程-そ して貨幣は価値増殖過程を通 じてはヽヽヽヽ じめ て資本 とな る-ヽヽ は,同時にその価値喪失 過程 (EntwertullgSprOZeβ),その貨幣資格 喪失 (demonetisation)として4'現れ る. し か も二つの面か ら,第一に,資本が,絶対的労 働時間を増加す ることな く,生産 力の増大を通 じて相対的必要労働相 ht】を減少 させ るか ぎ りで は,資本はそれ 自身の生産費用- 資本が一定 煩 の商品 として前提 されていたか ぎ り≪- >, を切下げ,その交換価値を切下げ る。-ヽヽヽすな わち現存す る資本の一部は,それを再生産す る ことのできる生産費用 の減少を通 じてたえず価 値喪失 してい くが, これは,資本に対象化 され てい る労働の減少を通 じてではな くて, この一 定の生産物の うちに 自己を対象化す るのに現に 必要 な生きた労働の減 少 を 通 じ て で あ る。 ヽヽヽヽ 配布す る資本の この不断の価値喪失は,ここで の問題 ではな い。 ---こ こ で と りあ げ るヽヽヽヽ 価値喪失 とは,資本が貨幣の形態か ら商品の形ヽヽヽヽヽ 態に移行 してい ること,実現 され るべ き一定の 価格を もつ生産物の形態に移行 してい ることにヽヽ かんす る価値喪失であ る。価値 としての資本は, 貨幣 として存在 していた。い まや資本は,生産物 として存在 し,そ して観念的にだけ価格 としてヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 存在す るが, しか し,価値その もの としては存ヽヽ 在 しない。 資本が 自己を増殖 し,すなわち仙値 として自己を維持 し倍加 してい くためには,ま ず貨幣の形態か ら使用 価 値 (原 料-用 具-労 賃)の形態に移行 しなければな らな い で あ ろ う。 しか しそれに よって資本は価値 と し て の ヽヽ 形態を失 うことであろ う。 そ して新たに一般的 富の この形態を生みだすために,い まやあ らた めて流通にふみい らねばならない

」 (Gr.S 306,訳.T

l

.330-331頁). み られ るよ うに,マル クスは まず 「資本の価値 増殖過程」は 「同時にその価値喪失過程

「その 貨幣資格喪失」過程 として とらえ, しか もそれは 「二つ の面」で顕現す るもの としてとらえ るO そ の まず第一は

,

「生産過程を通 じての資本の価値 喪 失」 (Gr.S.251,訳.Ⅰ.382),す な わ ち 「生産 力の増大を通 じて相対的必要労働時間を減

(3)

少 させ る」 とい う面 として,いいかえれば

,

「生 産費用の減少」を通じて行なわれ る 「価値喪失」 とい う側面 として顕現す るが,しか しこの側面は 「資本の流通過程」を考察対象 とす る 「ここでの 問題では ない」 とす る

「ここでの問題」は 「資 本が貨幣の形態か ら商品の形態に移行してい るこ と,実現 され るべき一定の価格を もつ生産物の形 態に移行 してい ることにかんす る価値喪失」であ るとす るのであ る。 とい うことは,マル クスは価 値増殖過程た る生産過程に対 して,流 通 過 程 を W′- G′の実現過程 としてとらえ,しか もそ の 過程が 「価値喪失」過程であ るとしてとらえてい た ことを意味す るものにはかならない。 それでは,こ うした 「価値喪失」過程 としての 理論的枠組 の うちに とらえ られた 「資本の流通過 程」は具体的にいかなる内容のもとに展開されて い るであろ うか。 さらに この点を明らか に し よ

2

マル クスは まず資本流通の 「二つの契機」 とし て 「生 産 過 程 と流通その もの」 (Gr.S.416, 訳.Ⅰ.453貢) とがあ るとし,そ して前者の契 校 においては 「資本が生産過程の部面内にどの くら い滞留す るかは,生産過程の技術学的諸条件にか かってお り,この局面内での滞留は- その継続 期間は,生産の種炉,生産の対象等に応 じて異なっ ているにちがいない とはいえ- 生産力の発展 と 直接に一致す る」 (Gr.S.417,訳.Ⅱ.453頁) としなが ら,しか し 「生産過程の局面におけ る資 本の滞留期間はそれ 自体流通の-契 機 と な る」ヽヽヽ

,

「ここではわれわれは まだ多数の資本に か か わ りあわない」 ので 「この契鞍は ここでの問題に 属 さ な

」 (Gr.S.417,釈.Ⅱ.454頁) と し て,方法的に 「資本一般」の問題か ら捨象 した上 で 「流通そのもの」た る 「第二の契機」について 次のよ うに述べ る。 「第二の契機は,資本が生産物に転化した とき か ら,それが貨幣に転化す るときまでに経過す る時間であ る。あたえ られた時間に,資本が生 産過程,自 己 増 殖 (Selbstverwertung)杏 新 し く何回開始できるかは,明らかにこの時問 の経過す る速度か,またはその継続期間にかか っ て い る

」 (Gr.S.417,訳.Ⅱ.454頁) と。 み られ るように,マルクスは資本の流通の /「第 二の契機」 としての 「流通そのもの」を資本の直 接的生産過程の結果 としての生産物W′が貨幣G′ - 「転化す るときまでに経過す る時間」であると してとらえ,しか もこの 「時間」の 「速度」の遅 速 ないし 「継続期間」の長短が資 本 の 「生 産 過 程,自己増殖」に とって重要なモメソ トとしてあ ることに着 目してい る。 そこでマルクスは 「ここで

れわれに とって関 心の深い問題は次の問題であ る」 と し て,こ の 「問題」を 「労働か ら独立し,直接に労働か ら出発 しないで,流通それ 自体に起因す る価値規定の-契機が ここにはいってこないだろ うか ?」(Gr.S 418,釈.Ⅱ.455頁) として受止め ることになる。 つ ま りマル クスに とって 「資本の流通過程」の問 題は 「流通それ 自体に起因す る価値規 定 の - 契 機」がいかに入 り込んで くるか とい う問 題 と し て,すなわち

,

「流通の価値規定に及ぼす影響」 の問題 として考察 され るべ きもの と考え られたの であった。 しか もこの 「問題」は具体的には 「こヽヽヽヽ こで一つの契機,すなわち流通費用がつけ くわ わ るが,これは単純な流通概念の うちによこたわ っ てい るものではな

」(Gr.S.422,訳.Ⅱ.459頁) として

,

「単純な流通」の うちにではな く 「資本 の流通」の うちに 「流通費用」 こそが説かれ るべ き 「問題」であるとしたのである。 ところが

,

「流通費用」が説かれ るべ き土壌を なした 「資本の流通」は,マル クスにあっては次 のような 「四つの契機」の うち 「契機

Ⅰ)

」.に限 定 したのである。すなわち, 「資本の全流通を考察す るならば,四つの契機 が現れる。 ・- --I)現実的生産過程およびそ の継続期間。 ・・・・・・Ⅰ)生産物の貨幣-の転化, この手続きの継続期間。 -Ⅱ)過 当な比率での 貨幣の原料,労働手段,労働への転化,つ ま り 生産的諸要素 としての資 本 の 諸 要 素 へ の 転 化。 --Ⅳ)資本の一部分 と生きた労働力能 と の交換は特殊 な-契機 として考察す ることがで きるし,またそのよ うに考察 しなければならな い。 とい うのは労働市場は,生産物市場 とは別 の諸法則によって規制 され るか らである。 --- 43

(4)

--契機 I)は,す でに述べた よ うに ここでは考 察 され ない。 なぜな らばそれは価値増殖一般の 諸条件 と一致す るか らであ る。契 機

Ⅱ)

紘, 資本一般ではな くて,多数の資本を諭ず るとき になってか ら考察す ることができる。契較 Ⅳ) は,労賃等にかんす る篇に属す る。 ここでは契機 Ⅰ)だけを 問 題 に し よ う。」

(

Gr

.S.

419-420,釈, Ⅰ.456-457頁) と。 とい うことは,マル クスは一面で 「資本の全流 通」を 「四つの契機」 として とらえなが ら,言い かえれば

,

「価値が貨幣,生産 (価値増殖)過程, 生産物,貨幣 と剰余資本-の再転化 とい うさまざ まな形態で現れ る」ところの 「価値の転化過程

,

「価値の質的過程

」 (

Gr

.

S.423,訳.Ⅱ.460頁) として とらえなが ら,他面では 「流通費用」をrlり 題 とす る限 りで対象 としたのは, こうした 「価値 の転化過程」に対応 した 「費用」 とし て で は な

, 「契機

Ⅰ)

」つ ま り

W′-G

′に対応す る 「費 用」 として設定 していた ことを意味す るものには かならない。 この ことは,先 きに も見た よ うに, マル クスが 「資本の流通過程」を考察す る際に提 示 した実現流通論的な 「移行規定」を再圧万法的 に限定 した もの とい ってよいであろ う(3)0 (3) 「資本の全流通」の考察のうちに「資本の流通」 が考察されることなく,その-契擬たるW′-G′ の過程に局限 した形で 「資本の流通」の問 越 が まず設定され,しかもそれが 「流通 出 川」と し て説かれるべきものとしたことこそ

,

「資 本循 環論」の欠如をもたらした根本原因をな した も のと言える.というのは 「資本の全 流通」を ま ずもって設定 し,明かにしておかなけ れ ば,坐 産と流通の相互制約関係を多相的に明か にす る という 「資本の流通過程」にとっての本来の課題 を究明しえないからであ り,この側面 か らみ て,後に詳述するように F要綱』では当初 か ら その論理的展開にとって必要な基本的な前提 が 喪失していたものと言えるであろう。 それでは, こ うした 「契機

Ⅰ)

」の過程に対応 して説かれ るべ きもの とした 「流通費用」 とはい かなるものであろ うか。

3

マル クスは 「流通費用」を展開す るに際 して, 「流通は,空間 と時間 と に お い て 進 行 す る」

(

Gr

.

S.432,訳.臥 470頁 ) としつつ,流通 の 「空間的条件」 と 「時間的契

」 とを区分 し, こ れに対応 した 「費用」の問題 として明らかにす る ことか らは じめてい る。 まず 「空間的条件」 としてマル クスは次の よ う に規定す る。 「空間的条件,生産物の市場への搬入は経済学 的に考察す ると,生産過程 そのものに属 してい る。 生産物は,それが市場 に出ては じめて現実 的に完成す る。生産物が市 場-すすむ運動は, やは り≪その他の費用 と≫ ともに資本の生産費 用に属す る。 ---だが また ある側面か らすれ ば,この契機は また,流通 の経済的過程にたい す る外的実存条件 として,流通の生産費用にか ぞえ るこ とができるのであ って,そ こで流通は この契横か らすれば,それ 自体たんに生産過程 一般の契按 として現れるは か りでな く,直接的 生産過程 の契機 としても現 れ る。 いずれに して もここで現れ るのは,生産 力の発展 と資本の う えに うちたてられた生産一般 の発展 との一般的 程度に よる,この契機の規 定 であ る。よ り正確に 言えば, この場所的実株は- 生産地 自体が市 場 であ るはあいを除 くと,生産物の流通に とっ てほ一つの不可欠な条件であ る生産物の市場-ヽヽヽヽ の搬入は- ,生産物の商品への転化 として考 察 され うるであろ う。生産 物 は,市場においてヽヽ は じめて商品である

」 (

Gr

.

S.

432-433,訳. 皿 470-471頁) と。 み られ るよ うに,マル クスは 「空間的条件」 と して 「生産物の市場-の搬入

,

「生産物が市場 へすすむ運動

」,

「場所的実株」をあげてい るが, これほ とりもなおきず 「輸 送 過 程

,

「運 輸 過 程」を意味す るものにはかな らず, したが ってマ ル クスが 「市場-の搬入 (流通 の空間的条件)は 生産過程に屈す る」 もの と考え る限 り,そ こに要 す る 「費用」は 「流通 の生産 費用」 または 「資本 の生産費用」 としてみなさざ るをえない もの とし てあるわけである。 そ してマル クスはさらに 「と もあれ,交通手段 に特別の一題を ささげ る必要が ー 44

(5)

あ る」 (Gr.S.

Ⅱ.

459頁 ) として

,

「共 同 体」 と資本主 義 とに とって看す るその経済 的 意 義 を 「道路」 に関す る詳細 な考察 を通 して論 じた のち に次の よ うに言 う。 「われ われが主題 をは なれ た結果 は , ともか く こ うで あ る。交 通手段 の生産 ,流通 の物質的 条 件 の生産 は,---なん ら特 殊 な事態を構成 しな い とい うことであ る。 た だ, この点 につい ては まだ厳 密に特 徴づけ るまでにた ちい ってい ない ヽヽ ヽヽヽ ヽヽヽヽヽヽヽ が,特 殊 な資本 とそ の特殊 な生産過程 との 諸 条 ヽヽヽ ヽヽ 件にたいす る もの とは区別 された,社会的 生産 ヽヽヽ ヽヽヽ ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ ヽヽ の共 同社会 的 ・一般 的諸条 件にたいす る資 本の ヽヽ ヽヽ 特 有 な (spezifisch) 関係に つ い て の 展 望 は, - --・開かれた のであ った。」 (Gr.S.432, 訳.札 470頁) と。 この よ うにマル クスは 「流 通費用」 を まず もっ て 「空間的条件」 た る 「運輸 費用」 の考察 か らは じめ, しか もこの考察を通 し て 「流 通 費 用」 の 「特殊的」 な もの と 「一般 的」 な もの との区別を 行な った のであ った(4)0 (4) 「流通費用」をまずもって 「運輸費 用」か ら説 くとい うことは後の著作である F資 本 論iの そ れ と対比すればかなり特徴的なこととい え よ う .すなわち

,

F資本論』では周知のように 次 の ような構成になっている。 第 六 章 流 通 費 第一節 純粋な流通群 -,売買期間 二,簿 記 三,貨 幣 第二節 保管費 一,在籍形成一般 二,本来の商品在庫 第三節 運輸費 みられ るように

,

F要綱』の 「流通費用」の考察 が F資本論』のそれとはまったく逆になっている ことがわかるであろ う。このことは,単に展開上 の序列の問題として看過することは で きず,級 に詳述するように F要綱』段階の 「流通費用」概 念自体の不明瞭さにつながって くる要 田 と なっ ている。 なお,商 .冒.の 貨 幣-の 「転化過程」,つ ま り 形態変換にともな う 「運輸」の意義を展 開 して いる箇所を摘記 しておけば次のようであ る。 「運輸が商業と関連するかぎりで は,純 粋 の 流通費用にもちこむべきものとして もっと も普 通のものである。商業が生産物を市場に 送 り と どけるかぎりでは,それは生産物に新た な 形 態 をあたえる。なるほど商業は場所的定在 を 変 更 す るだけである。 しか し形態変更の仕方 は わ れ われにはどうでもよいことである。商業 は 生 産 物に新たな使用価値をあたえ (そ してこ の こ と は,目方をかけた り,長さを測った り,包 装 し た りして,生産物に消費するにふさわしい 形 態 をあたえる小商人にいたるまであて は ま る), そ してこの新たな使用価値は労働時間を要望賢し、 したがって同時に交換価値である。市場 へ の 搬 送は生産過程それ自体に屈することで あ る。生 産物は,市場に到着 して,はじめて商品であ り、 は じめ て 流通にはいることになる。」 (Gr.S. 528-529,訳.Ⅲ.582頁。)「運 輸 手 段 の 施 設

(ErleichterungderTransportmittel)は、

それが物理的な商品流通の施設を意味 して い る かぎり,たんに幣本の流通の形態諸規定 だ け が 考察されているこの場所には属さな い。生 産 物 は,それが市場に到達 してはじめて商品とな り, はじめて生産局面からあゆみで る。他 方 では, 資本の復 帰 (Returns)- す な わ ち流 通時 間 - が,生 産 の場所からの市場の距 離 と と もに増大 しなければならないかぎりで は,運 輸 手段はここでの問題である。 したがって 運 輸 手 段による距離の短音静ま直接に,こうした 側 面 か らみて直接に,資本の流通の考察に属す る も の として現れる。じっさいのところそ れ は,そ れ 自体にかんする篭に屈す る市場論に本来 属 す る こ とで あ る。」 (Gr.S.564,訳.Ⅲ.622-623 1LTt)O 他方,こ うした 「空間的条 件」 に対 し

,

「時間的 実株」 につい ては次 の よ うに規定す る。 ヽヽヽ ヽヽヽヽヽ 「第 二に,時 間的契機。 これ は本質的に流通 の 概 念 に属す る。 商 品 か ら貨幣- の移 行の行為が 契約 の うえ で確 定 され た として, この行為には 時間が かか る- 数えあげ,重 さを秤 り,寸法 を とる。 この契標 の短 縮は ,同様 に生産 力の発 展 であ る。 こ うした時 間は また,ただ貨幣の状 態 ヽヽ か ら商 品に移 行す るため の外的条 件 として も把 - 45

(6)

-提 され てい る。 この移行は前-提 されてい る。 こヽヽヽヽヽヽヽ ヽヽヽヽ の前提 された行 為のあいだに経 過す る時間が問ヽヽヽヽ 題であ る。これ は流通費用に屈す る. も う一 つ の時間は,一般 に商品が貨幣に移行す るまでに 経過す る時間であ る。 あ るいは,商品が依然 と して商品に とどまってい るあいだの,現実的価 値ではな くて潜在的価値にす ぎないあいだの時 間である。 この時間は,純粋の損失であ る。」 (Gr.S.433,訳.

Ⅱ.

471頁) と。 つ まり, この 「時間的契機」は r商品か ら貨幣 に移 行す るまでに経過す る時間」あ るいは 「商品 が依然 として商品に とどまってい るあ い だ の 時 間」,すなわ ち売 買過程における 「時間」を意味 す るものであ り,したが ってこの「時間」は「本質的 に流通の概念」に属 し,したが ってまた これに要す る「費用」は「空間的条 件」た る「運輸費用」とは異な るところの 「流通費用」に属 し

,

「純粋の損失」 をなす もの として とらえ られ ることに な っ て い る。言いかえれば,マル クスが ここで 「時Futj的契 株」 としてい るこ とは特殊社会的 な費用た る売買 費用 としての 「純粋 な流通費用」を意味 してい る ものにはかな らない。 ところでマル クスはのちに再 度 ,ノ- ト

Ⅰの 20-24ペ -ジ(1858年2月頃執 筆)千, こ う し た 「時間的契機」 として とらえ られた ところの売買 費用 としての 「流通費用」を 「本来的流通費用」 とし, この点を 「流通費用」論の中心論題にすえ ることになる。す なわち,ヽヽヽヽ 「本来的流通費用 ・・-・は生産的労働時間に帰着 させ ることのできない ものであ る。 だが また本 来的流通費用はその性質上 ,商品の貨幣への転 化 とこの貨幣の商品への再転化 とに必然的に要 す る時間,つ ま り資本をあ る形態か ら他の形態 に移 しわたす のに要す る時間だけに か ぎ ら れ る

」 (Gr.S.518,釈.札 570頁) と. そ してマル クスは結論風に次の よ うに述べ る。 「われわれが さしあた り確認 したい と思 うこと は,次の こと,す なわち,さまざまな経済的契 機その ものを通過す ることから生 じる諸費用,ヽヽヽヽ 流通費用その ものは, どんな労働が これがむす びついてい るに しても,生産物 の価値になに も のを も付加 しない,なん ら価値産出的費用では ない とい うことである。流通費用はたんに創造 された価値から の 控 除 で あ る

,

」 (Gr.S 518,訳.Ⅱ

.

570頁) と。 こ うしてマル クスは 「流通費用」が 「生産上の 空費 (faux fraisdeproduction)」 (Gr.S.

527,釈.

Ⅱ.

549京)であることを明確に とら え, 『資本論』の 「流通費用」論の原型にな る考え方 を示す ことになるのである。 こうした 『要綱』における 「流通費用」概念の 導出過程か らみ ると

,

「資本の流通過程」を 「資 本の流通」 の 「契機

Ⅰ)

」 としての価値実現過程 に限定 し,そ してこの流通過程が価値増殖過程 と しての生産過程 とは異 なって 「価値喪失」過程 と して とらえていたがゆえに,一面で特殊社会的な 費用た る売買費用を 「空費」 として とらえ,それ を 「流通費用」概念の中核にすえることことに ま で到達できた もの と言え よ う。 しか しなが ら,マル クスは このよ うに一面で「流 通費用」を特殊社会的な費用た る売買費用 として とらえなが ら他面で次のよ うに吉 うにす ぎない。 「上述 したい っさいの ことか ら生ず ることは, 流通は資本の本質的過程 として現れ るとい うこ とであ る。 生産過程は商品が貨幣に転化す るま では新 し く開始 されえない。過程 のたえ まのな い連続性,すなわち価値のあ る形態から他の形 態への, または過程のあ る局面から他の局面へ の, さまたげ られ ることな くよどむ ことのない 移行は,・・-・資本の うえに うちたてられた生産 に とっての基本条件 として現れ る。 他方に, こ の連続性の この必然性が措定 されてい る一方, 諸局面は,特殊 な,相互に無関心な過程 として 時間的空間的に分離す る。そ こで資本の うえに うちたてられた生産 に とっては,生産 の本質的 条件,す なわち生産 の総過程を構成す る種 々な 過程 の連続性がつ くりだされ るか どうかは,偶 然的な こととして現れ る

」(Gr.S.433-434, 訳.nl471-472) と。 つ ま り

,

「資本の本質的過程」 としては 「価値 のあ る形態か ら他の形態-の」移 行,す な わ ち 「過程のたえ まのない連続性」 として 現 わ れ る が, しか しこの 「生産 の総過程を構成す る種 々な 過程」は 「特殊 な,相互に無関心な過程 として時 間的,空間的に分配す る」ので,この過程の 「連 続性」は 「偶然的な こととして現われ る」 ことに

(7)

な るもの としてとらえ るのであ る。 た しか に,マル クスが ここで述べ る よ うに, 「資本 の本質的過程」 としての 「価値のあ る形態 か ら他の形態-の」移行 の 「連続性」はW′-G′ とい う 「命懸けの飛躍」を経過せ ざるをえない と い う面か らみて 「偶然的な こと」 といわねばなら ないが, しかしむ しろそ うであ るがゆえに,過程 の 「連続性」が 「流通費用」 との関連でいかに進 行 しうるものであるかが明 らかに されねばな らな い。 この ことほ とりもなお きず 「流通の価値規定 に及ぼす影響」の問題 を こうした 「流通費用」を え られ ていたか とい うことであ る。 次に この点を 媒介 としていかに とらみ てお こう0

4

マル クスは まず資本の こ うした 「連続性」すな わち 「生産の再更新

,いいかえれば 「あ る一定 時間に どれだけの生産物が生産 され うるか,資本 はあ る一 定時間に何回価値増殖をす ることができ ヽヽヽ るか,す なわち何回その価 値 を再生産 し,ま た ヽヽヽヽ 倍加す ることができるか」 とい うことは 「流通のヽヽ 速 度,流 通 の 経 過す る時間に依存す る」 (Gr. fi.436,訳.Ⅱ.474頁) もの としつつ,さらに こ の点を次のよ うに敷桁す る。 「同一 資本があ る一定時間で生産過程 (新価値 の創造 )を反復できる割合は,明 らかに生産過 程その ものに よって直接に措定 されていない一 条作 であ る。 だか ら流通が もっぱ ら労働の うちヽヽヽヽ に よこたわ ってい る価値規定 自体の契機をなん らつ くりださない とすれば,生産過程が反復 さ れ,諸価値が創造 され る速度は,流通の速度に 依存 してい る」(Gr.S.436,訳.Ⅱ.475頁)と。 つ ま り

,

「生産過程の反復」,すなわち 「諸価 値の創造 され る速度」は 「労働の うちに よこたわ ってい る価値規定 自体の契機をなん らつ くりださ ない」 ところの 「流通の速度」に依存 してい るも の とす るのであ る。 ところで この場合の 「流通の速度」はマル クス によると 「生産過程 と流通それ 自身か ら生ず る諮 制限ではな くて (恐慌 ,過 剰生産等のはあいのよ ヽヽヽヽヽ うに),外的な制限だけがあ る局面か ら他の局 面 -の移行を抑止す るとい うことを想定 してい る

(Gr.S.437,釈.甘.475頁)ので,「生産物に実現 さ れた労働時間以外に,価値創造- 生産的な労働ヽヽヽヽ 時間その もの- の契横 として,資本の流通時間 (Zirkulationszeit)がはい って く る。 労 働 時 間が価値を生む活動 として現れ るな らば,資本のヽヽヽヽヽヽヽ こ の 流通時間は価値減少の時間 (Zei tderEn-twertung)として現れ る」 (同前頁) もの とす るのであ る。 そ して,さらにマル クスは 「価値減 少の時間」 としての 「流通時間」について次のよ うに規定す る。 「流通時間それ 自身は,価値増殖 の 制 限 で あ る。 --≪それは≫剰余労働時間か らの控除 ,ヽヽヽヽヽヽ ま た は剰余労働時間に く らべ ての必要労働時 ヽヽヽヽヽ 間の増大≪であ る≫。生 きた労働が価値創造的

(WertSChaffend)ヽヽヽであ るのにた い し,資 本 の 流 通は価値実現的 (wertrealisierend)で あ る。流通時間は この価値実現の-制限にす ぎ ず,そ してそのか ぎ りで価値創造 の 制 限 で あ る

」 (Gr.S.441,釈.町.479-480頁) と。 つ ま り

,

「資本の流通」を 「価値実現的」な側 面,すなわちW′- G′に局限 し,そ してこの局 面に要す る 「時間」 ,すなわ ち 「流 通 時 間」 は 「生 きた労働が価値創造的」 であ るの に 対 し て 「価値減少の時間」 であ り,した が って そ れ は 「価値創造の制限」をなす もの としてあ るととら え るのであ る。 た しかにマル クスの言 うよ うに,W′- G′の 「価値実現」過程におけ る 「流通時間」その もの は 「価値創造的」な ものではな く 「価値減少」 な い し 「価値創造 の制限」 としてあ るであろ う。 た だ問題は こうした 「価値創造の制限」をなす 「流 通時間」がいかに して 「価値創造」 の 「契機」を なすかを明 らかにす ることにあ る。 それは言 うま で もな く 「流通速度」を高め るこ と,す な わ ち 「流通時間」を短縮す ることに よってのみはた さ れ うるもの としてあ るが, この 「流通時間」の短 錆は理論的には 「流通費用」概念の確立を媒介 と しては じめて解明し うるもの としてあ る。 ところ が与 ル クスは 「価値創造の制限」をなす こうした 「流通時間」の短縮を 「流通費用」 との明確な る 関連 な しに次のよ うに指摘す るにす ぎなか ったの であ る。すなわち, 「資本によって支配 され る労働時間の全体が最 大,た とえば無限大- として,必要労働時間は ー 47

(8)

-この-の うちの無限に小 さい部分を,剰余労働 時間は同じ く無限に大きい部分をしめ るとすれ ば,この後者は資本の価値増殖の最大限であろ うし,そしてこれ こそ資本がめざす傾向なのでヽヽヽヽヽヽ あ る。他方に,資本の流通時間-0だ と し て, 資本の転形の種 々な段階が,現実においても頭 のなかで考えたのとまった く同じように急速に 進行す るとすれば,これは,同じく生産過程の反 復 され うる要因の最大限,したが って一定時間 での資本の価値増殖過程の回数の最大限である だろ う。生産過程の反復は,この過程それ 自身 が原料を生産物に転化 させ るために継続 し,経 過す る時間によって制限 され るだけであろ う。ヽヽヽヽ し た が って流通時r榊ま,なんら積極的な 価 値 創造的要素ではない。流通時間がOにひとしい とすれば,価値創造は最高であ るだろ う。剰余 労働時間または必要労働時間-0だ とすれば, すなわち必要労働時間がすべての時間を吸収 し た とす るか,あ るいは生 産 が ま っ た く労 働ヽヽヽ な しにおこなわれ うるとすれば,価値 も資本 もヽヽヽ 価値創造 も存在 しないであろ う。 だか ら流通時 ヽ 間が価値を規定す るのは,それが労働時間の価 ヽヽヽヽヽ 値 増 殖に とって, 自然的制限 として現れ るか ぎ りにおいてだけである。 したが って流通時間ヽヽヽヽヽ ヽ は事 実 上剰余労働時間か らの控除,すな わ ちヽヽヽヽヽヽ 必要労働時間の増大なので あ る

」 (

Gr

.S

437,訳.nl.475-476頁) と。 み られ るよ うに,価値増殖す る運動体 としての 資本に とって

,

「積極的に価値創造的要素でない」 ところの W′-G′の 「実現過程」におけ る 「流通 時間」は 「無限に小 さい部分」すなわち 0に等 しけ れば 「価値増殖の最大限」になるもの としてのみ とらえ るにす ぎない。つ ま り

,

「価 値 減 少」の 「時間」 としての 「流通時間」が少なければ少な いほ ど資本の 「価値増殖」が最大になるものであ るとい う指摘がなされてい るにす ぎず,資本はそ の本性か らしてどのような 「契機」を通 じて,い かに 「価値減少」 としての 「流通時間」を 0その ものに近ずけ うるかのさらなる分析はなされえな いままである。 それではこの 『要綱』段階のマル クスが こうし た理論的分析をなしえない根本原因は どの点に見 川しうるであろ うか。 それは, これ まで見てきた ように

,W′

- G

′の 実 現流通論的見地か らす る 「流通費用」概念それ 自体の不 明瞭 さに由来 して い るものといえ よう。 もともと 「流通費用」なるものは,まず生産過 程に投ぜ られ る生産資本 と流通過程に投ぜ られ る 流通資本 との区別があ って,その うえで この流通 資本に対 して 「マ イナスを ミニマム化す る」作用 を もつ関係において明 らかにせ られ る性格のもの であ り,したが ってその 「費用」の投下のもつ意 義 も流通期間の短縮,流通資本の節減,流通資本 の生産資本化 とい う点にあ るのであって,マル ク スが ここで言 う 「価値減少」 とし て の 「流 通 時 間」の短縮 ときわめてかかわ りのある概念なので ある。にもかかわ らず,マル クスが この 『要綱』 において一面で 「流通費用」を特殊社 会 的 な 費 用たる売買費用 として 「空費」概念の うち に と らえなが らも,こ う し た 「流 通 費 用」投 下 の もつ意義を何んら解明しえなか った とい う こ と は,それほ とりもなおさず 「資本の 流 通 過 程」 を当初か ら価値増殖過程 としての生産 過 程 と対 抗的に 「価値喪失過程」 として と ら え,し か も 「資本の流通」を本来流通形態 として あ る産 業 資本の総体的運動

G-W A

- p

-W′

- G′

P

m

の うちの

W′

-G

′とい う実現過程に局限 し,その 過程に要す る「費用」をすべ て 「流通費用」 とした ため,流通資本 と 「流通費用」 との混同ない し一 体化がみ られ,したが って両者の区別 と関連を, すなわち 「流通費用」投下のもつ意義を考察す る 前提そのものが当初か ら欠落 していたものといっ てよいであろ う。 このことは,他面か らみれば, この 『要綱』段階のマル クスにあっては本来流通 形態 としての資本が生産過程をその形式の うちに 包摂す ることによって生ず る形態的特質を明らか にす るとい う 「資本の流通過程」の基本的課題が 明確にとらえ られなか った とい うことを意味す る ものであ り,したがってまた産業資本の循環運動 の全体をとおしてあ らわれ る生産 と流通の相互制 約的な関係を多相的に明 らかにす る端初を切 り拓 くところの 「資本循環論」の考察が欠落す ること にもなった といえよう。 ところで,こうした流通資本 と 「流通費用」 と の混同ない し一体化 とい う側面は の ち の 『資 本 論』の 「流通費用」論に も一両で残 ることに もな

(9)

るのであ るが,それは今は関わない として, 『要 綱』段 階 のマル クスは こうした理論的代償 を払 い つ?,む しろそ うであ るがゆえに

,

「流通の価値 規定に及ぼす影響」 の問題 を, 『要綱』の 「資本 の流通過 程」の前半の論理 とも言 え る 「流 通 費 用」論 の積極的な媒介なしに 「本来的流通過程」 と 「本来的生産過程」 との統一た る 「総過程」的 流通過程 に即 して究明 され るところの 「資本の回 転」の問題の うちにいわば吸収す ることに よって 展開す ることにな るのであ る。 『要綱』におけ る 「資本の流通過程」のいわば後半の論理 とも言え るこうした 「資本の回転」の問題がいかな る内容 を有 し,そ してそれが 「流通の価値規定に及ぼす 影響」の問題をいかな る程度に解明 していたかに ついては さらに別稿を安 さざるをえない。 (1979.8.5) - 49

参照

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