事故データの見方 読み方 考え方(11)高齢期の事故 なぜ、男女はかくも違うのか(6)
著者 吉田 信彌
雑誌名 人と車
巻 44
号 3
ページ 42‑45
発行年 2008‑03‑01
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00000466/
事故データ
高 齢 聞 期 の 事 敵 恕 ぜ
︑ 男 女 は か く
も 遺
5 のか働
一 成果主義の導入
今日
号も
自転
ボボ
放を
号︑
える
自転
車事
故の
全国
統計
は︑
何時
船差
︑
男女差︑死者と負傷者の差などが錯
綜し︑一貫した傾向をつかみにくい c
加えて地域で事情が異なるため︑地
域差も絡んでくる︒ますます複雑で
ある G中央で二月的にコントロール
するには向が唱すぎるかもしれない
いっそのこと︑自転市対策は各都迫
府県に﹁まるなげ﹂
し て し ま う そ
して︑どの郎道府以で
' H
転山市
の死
持
と負傷者がどれだけ減少したかの成
果を厳しく政府と同民が評価するー
成県
Ea
﹂をとってはどうか︑という怠比もでてくるだろう 東北学院大学教養学部教授
吉田信璃
さて
︑こ
の向
転市
山戸
放減
少の
ため
の成果主義は有効に働くだろうか︒
私は否と答える︒なぜなら︑自転
車の統計には不備が多い @とくに自
転車対歩行者の小さな事故が起きた
ときに処理や届けを面倒と感じれば
市民は警察に届けなくなる︒届けな
れば事故は存在しないことになるか
ら︑統計上の事故数は減少する︒し
かし
︑そ
れは
階数
(統
品川
にな
らな
い
数)が同唱えたというだけのことで
あって︑実質的な呪飲減少ではない︒
数制を導入しての成果主義が功を
炎するのは統計が幣附された引柄に
ついてである︒
向転
巾・
事般
に関
して
は前号で指摘したように態出府県の
状況を的確に比較できるように統計 が格僻されていないその段階でただ数備の
k
ドだけで評価すればろくなことにならない︑と私は思う ︒
成民主義の典型は大学の研究占の
業組である︒論文の数という数値が
目安である ︒私もその洗礼を受ける 戸
そうなると論文にしやすいテ
l
マを
選びたい ︒自転車のような統計が不
備で︑実態がつかめそうにないテー
マには予を出さないほうが賢明であ
る@自転市の安全を研究する人か少
ない地山がわかるだろう
成民
bk
誌がなにかと戸尚にいわれ
る昨
今だ
が︑
n
転引が般に凶しては過去の交通安令の成県が生かされて
いない少なくとも次の
てっの歴史
の教訓に学ぶべきだろう
42
人と車 ~OON-J
自 由 な 乗 り 物 は な い
臥米 や日 本で 内助 ト引 が急 述に 作放
するのは郁
. .
次ト
人戦 後で ある
︑そ の
頃の人にとって日動市を口うニとは
円山を予にすることであった人は
自動 取に 山・ 削と いう 拶を 託し た
自動市があれば︑いつでも好き
な時間にでかけられ︑とこでも好
き な と こ ろ へ 行 け る 公 共 の 乗 り
物と迫って山知の時刻にせかされな
い.駅や仰刷所まででかける必提も
なくなるa引い
・ば
私的
な均
L削である
n
動車は公衆の目からも解敏してくれ
るそれは恋愛の自由をも増輔させ
る︒こうした自由の夢は︑映画やテ
レビに登場する自動車を見ることで
ますます膨らんでいったu
しかし︑モータリゼ
l
シヨンが進むにつれ︑次第にわかってきたのは
向動市の不日山
さである空を成ぷ
鳥が
n
山に
%ま
まに
品川
ぶの
では
なく
︑
そこにはなわぱりという内然界の規
制が ある よう に︑ 向
H動引にも速度の
規制や引放を起こしたときの此任が
あるすべてに法仰の網かかかる
そして渋滞も捌紫になった戸必泡
路はときに拘点道路となった 自由に責任がともなうのは鉄別であるが︑自動唱の自由さが前面に山た
時代 には
︑市
P飲
の般
市
HUにはとかく
日をつむりがちだった円助平メ佑
が成熟しつつある
A F
H
︑人は打動引の代わりに
n
転山 中に 白山 の幻 影や 泊
い求めてはいないだろうか作肱な
走行に︑気ままな駐槍違法とわかっ
ていてもそこは大口に︑と白山を調
敵してしまうそれが
' H
転引の特怖があるかのように誤ってしまう内
転巾の文化はなかなか熟しそうにな
い向転取に日出の拶を託すかぎり︑
自転車事故は減らないのではないだ
ろうか︒ぞれが自動車の歴史に学ぶ
教訓だと思う︒
警察も自転車に本腰を入れるよう
だ今年の六月からは︑改正された
法律のもとでの対策が始まる︒
そこ
で肝心なのは︑︒転取をとういう乗
り物 とす るか の同 民の 副の 切り は門 え
であるその点で学校教育の役加は
きわめて市裂であるれ転市に乗り
蛤め る時 期に
︑
‑ q
に会して二介に効本よく教育ができるのが学校であ
るeしかし︑その小中学校が頼りな
い︒
れ転 市市 教育 を行 う学 校は あっ て
も︑少数である前りで述べたよう に︑自転車通学を禁止することを安全対策とする中学校もある禁止は日本における安全教育の聞かしい城県
の. つを 無制 限す る対 策で ある
一 一
こ な い 運 動 は む か し 話
﹁
l‑一
‑﹂園高校生のご鎗巾明敏への対策は︑
τ
輸巾を禁止するのではなく︑きちんとした安全教育をして
e
柏 .
市爪
通学
をさせるほうが効果的である︑と
いう のか わか 同の 安全 教行 の私 的岬 で
あった
. .
輸山市には︑いわゆるてない迎
動﹂というのがあった七
日な
いと
は︑
免許 を取 らな い︑
て輪
車を 貿わ ない
︑
乗らないなどの﹃ない﹂を三つあげ
る ︒ないづくしの語呂合わせである
が︑要するに高校復学中のバイクを
禁止する安全対策である
ところか︑禁化のル
1
ルは破られる祭止を栂梼すれば安全に乗るた
めの指導かできなくなる︒
現実
に山
市 放が減らない︑なとの開山から・
こな
い迎動の見瓜しが予成で年あたりか
ら広がり‑︑祭止ではなく安全指導
を徹
‑ M
させるように変わっていった︐‑ て
ない運動が主読だった凶に︑バ
イクを述ぎけるのではなく︑生徒に
43 )
2∞且‑)
人と・
ロ自動車運転中
・自動車間集中 図二給車乗車中 白原付乗車中 ロ自転車乗用中 ロ歩行中 ロその他 ロ自動車運転中
・自動車問乗中
~ニ給率乗車中 図原付乗車中 ロ自転車乗用中 ロ歩行中 ロその他
{人}
20.0 800.0 {人}
600.0 400.0 200.0 15.0
10.0 5.0
75銀以上 70‑74歳
65‑69怠 75鍍以上
70‑74議 65‑69銭
国2.人口10万当たり状態SJI負傷者数(平成18年)
実技指導を合むバイクの安全教育を
展開した向校が仙台にある ︒
市水
北学
つつ じ削 おか
院欄ケ岡高校である︒事故者ゼロ
を貫く続々たる成泉をあげた︒
禁止ではなく教育を︑という高校
の二輪車対策の教訓が一部の中学校
には伝わらず︑安易な自転車禁止も
広がっているようだ︒
国1.人口10万当たり状態別死者数(平成18年)
自転車を禽む
高齢者の事故新計
学校
の白
転山
市教
育が
不十
分で
あり
︑
そのまま大人になり︑尚齢者となる︒
教育となるとマナl云々となりがち
だが︑自転車をどのような交通手段
と位置づけるかによって自転車の行
動が規定される ︒その意味で︑ここ
で尚齢者引故に再び反るにあたって︑
彼らがどのような交通手段を利川し
ているときにポ放に遭ったかをみて
みよう︒
図1と図
2
は高齢者の年齢を区切り男女別に︑どのような状態で死亡
したか(図l)と負傷したか(図
2 )
とを示す平成十八年の統計である ︒
状態とは︑そのときに自動車を迎転
中であったか︑自動車に同乗中(迎
転をせずに乗市中)であったか︑
ニ 輸事に乗っていたか︑原付向転市に乗っていたか︑自転巾に乗っていたか
(二人乗りの同乗も合む)︑歩行
中であったかである︒交通事故のほ
とんどは︑そのいずれかの状態で死
亡または負傷する ︒
図ーも図
2
も状態別の構成率を示したのではなく︑それぞれの状態の
人口十万人当たりの死者数(図
l)
と負傷者数(凶
2 )
を示
した
ので
︑
問中
の搾
の高
さは
︑死
幹引
数と
白山
者
数の以計である︒全体の昨が高いほ
ど︑死者数(負傷者数)が多いこと
になるから︑男女を比較すれば︑男
性のほうが同年齢の女性よりも死者
も負傷者も多いことがわかる︒
免許保有率が影響する
死者数︑負傷指数とも男性が火性
を上回るのは︑白動棋連転中の死亡
者と負傷者が多いからである︒運転
中は図中の棒のいちばん上の白抜き
の部分である︒この白い帽子をとっ
てみ
れば
︑男
女差
は縮
まる
︒さ
らに
︑
自動事同乗中の棒の黒い部分が男性
より
K
性に多いことがとくに間2ではっ
きり
読み
取れ
る ︒
この
内い
相と
f
烈い相
f
の両
方を
脱げ
ば︑
.先
行数
と負
I 44 ) 2
∞
8‑3人と・
ー 一 ー =
傷者
数︑
つま
り棒
の高
さの
男女
差は
顕
著でなくなることがわかるだろう︒
その男女主は
n
動市免詳の有熊の患に出来する︒向齢の男性は白動車
を運
転す
るが
︑作
久性
は迎
転で
きる
人
の割合が毘性より低い︒そのため運
転者でなく同乗者となる機会が多い
ので︑同乗中の死者および負傷者は
男性より多くなる ︒しかし︑それは
いま の高 齢省 の世 代の こと であ って
︑
免府保有事が見交ともに尚くなれば︑
現在あるような高齢期の児女遣は縮
小するだろう︒
歩行中の死者と負傷者(図中の搾
の下部)が高齢期になると女性のほ
うが男性より多くなることも免許保
省率の影響とみなせる ︒免許をもた
ない女性は自動車の勤きが読みにく
いことと︑運転しない分だけ徒歩の
機会が噌えるかもしれないこととの
二重の影特である(十一月号参照)︒
重 量 郁 子 勾 励 金 方 念 方 〆
自転車事故の趨勢を占う
これまで述べてきたような理由か
ら︑自転車事故について確言はでき
ないが︑私なりに可能なかぎりの推
理を試みてみよう︒
年齢区分のほ尚齢段晴では︑自転
圃
事事故による死者数も負傷者数も男
性のほうがタ性よ内多いその高齢
の男性は︑若いときから自転引を常
用した例代であり︑その中でもれ動
ボに乗り換えなかった人たちと私は
推測する︒
彼らが若かったときとは︑いま映
画などで郷愁をもって語られる昭和
三十年代と思ってよい ︒その頃の詣麦
躍の出前は自転市の片手運転であり︑
その去は向慢であった植木屋さん
や大正さんなどの聡人も道具箱を円
転車にくくりつけて仕事をしていた ︒
﹃サザエさん﹂
の世
界で
ある
︒
その
仕
事の相俸の自転事はしだいに自動車
に代わるが︑間定的な自転車愛好者
たちが最高齢段階に残っているのだ
ろう ︒この七十五蔵以上の自転車の
男性の死者数と負傷者数は減少額向
にある(卜二
月り
参照
)それはそう︒
した背ながらの自転車愛好訴の人数
全体が縮小しつつあるからだろう︒
問題は︑高校生以上の年齢から中
高年までの幅広い年齢層の自転車事
故の負備者数の噌加である︒幸い死
者数の増加は顕著ではない︒分別盛
りで
免許
保釘
利率
も低
くな
い年
齢肘
で
負制者が増加していることから︑私 は自転車利用者が増加しているとみる ︒その白転車志向はエコ(環境)
とダイエット(健康)が支える︒同
万と
も︑
とく
に次
性が
品川
んじ
る価
制 であるこの新世代の
' U
幅市愛好者たちは価値観からみても基本的に善
人であるc
その善人がサドルにまたがると︑
人が変わって悪人となり︑マナ!と
ル
1
ルを無視し︑歩行去と衝突するのか︑それとも︑市社会に背を向け
免汗を取らないためクルマのや動を
読めずに犠牲となるのか︒それらの
仮説が検証できないままにある︒検
証できないのは事故に遭った自転車
乗用者の詳しいデ
l
タが集められていないからある︒生活会般の中での
自転車の位置づけまでも見通せる資
料をもとに︑最終的には善人を罪人
にしてしまわないような社会の設計
をしなくてはならない ︒
日頭の成果主義守尊入するならば︑
各県でどれだけのデl
タを
収集
し︑
いかに有益な知見を提供できたか︑
その成果を競うというのはどうだろ
うか︒それは事故減少に大きな貢献
をすると思うが︑いかがだろうか︒
(よ
しだ
・しんや)
文紙 {1}日経頼関平成二年七月七日{土}
45
2
∞
8‑3人と.