博 士 ( 薬 学 ) 吉 田 賢 二
学 位 論 文 題 名
/ ヾ ル ナ ー ゼ の 遺 伝 子 工 学 手 法 を 用 い た 改 変 に よ る 蛋 白 質 の 構 造 論 的 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
本論 文 は、 蛋 白 質の 立 体 構造 を モジ ュールと ぃうサブ 構造から なる構造 と し て理 解 する 実 験 科学 的 試み に つ いて記述 した。球 状蛋白質 は、構造的 な特徴の「コンノヾクトさ」に基づき、いくっかのモジュールに分割できる。
こ の モジ ュ ール の 境 界に 、 真核 生 物 の遺伝子 上のイン トロンの 挿入位置が 対 応 して い るこ と が 、い く っか の 蛋 白質とそ の遺伝子 において 見出されて い る 。真 核 生物 の 遺 伝子 構 造は 、 原 始的生命 体の遺伝 子上では エクソンと モ ジ ュー ル の一 対 一 の対 応 が成 り 立 っていた ことを示 している のかもしれ な い 。ま た 、そ れ は モジ ュ ール が 初 期生物進 化の過程 で原始酵 素として機 能し た名残か もしれな い。本研究 では、リ ボヌクレ アーゼの一種のバルナー ゼ の モジ ュ ール 単 位(Ml―M6)での 構 造形成 と機能、 およびモ ジュール を一 次 配 列上 で 入れ 換 え た蛋 白 質の 物 理 化学的性 質につい て調べた 。背景にあ る 主 たる 関 心は 、 蛋 白質 の 分子 進 化 を明らか にするこ と、およ ぴ蛋白質の 構造を合理的に理解する、とぃう点にある。
本 論 文 は 、 序 章 と そ れ に 続 く 五 つ の 章 お よ び 結 論 か ら な る 。 序章 で は、 蛋 白 質の フ ォ ルー デ イン グと蛋白 質の分子 進化、お よび研究 の目的について記述した。
個々 の モジ ュ ー ルが 何 ら かの 機 能的 な役割を もっなら ば、モジ ュールが
生物進化の過程で原始的な酵素として働いていた可能性(モジュール仮説)
を支持する証拠となる。このような考えから、第一章ではりボヌクレアー ゼの一種であるであるノヾルナーゼのモジュールのもつ機能的な潜在カを調 べた。酸性アミノ酸残基に対して塩基性アミノ酸残基を多くもつモジュー ル
M2,
M3,
M6は、
RNAと結 合し 、
RNase活性 をも ってい た。 バルナーゼ 由来でない塩基性ペプチドも同様の活性をもっていた。モジュールによる
RNAの切断部位がRNA の構造的に揺らぎが大きいところであるなど、基質 に依存した活性ではあるが、活性が酵素蛋白質の汚染によるのではなく、
ペプチド自身が
RNAの切断活性をもつ証拠を示すことができた。この結果 は 、生 物進 化の初 期過 程に おいて 、モ ジュ ール に相当 する 程度の長さ
(10‑40残基)のぺプチド断片が、弱いながらも触媒機能として働いていたの で は な い か と ぃ う 「 モ ジ ュ ー ル 仮 説 」 を 支 持 す る も の で あ る 。
第二章では、蛋白質のモジュールは独立した構造形成単位か、について 調べた結果を示した。モジュールに相当するぺプチド断片は、いずれも単 量体では水溶液中で安定な二次構造を形成できなかった。しかし、モジュー ル中の
a‑ヘリックスやターン構造がトリフルオロエタノールのような非極 性溶媒中で安定化されることを見出した。これらの構造はいずれも天然蛋 白質中での構造に相当している。また、モジュールMl の場合には、水溶液 中での会合化を通じて天然構造と同じ構造が形成されることが明らかになっ た。これらの結果は、蛋白質の構造安定性は配列上離れた部分との相互作 用に決定的に依存しているが、どのような構造を形成し易いかとぃう構造 に対する特異性は、モジュールのアミノ酸配列の中に保持されていること を示している。
第三章では、蛋白質中のモジュールの構造的なふるまいを調べるために、
二つのモジュール入れ換え変異体を作製し、その蛋白質の物理化学的性質
に つい て調べた結 果を示し た。/ヾル ナーゼの モジュー ル入れ換 え蛋白質の
「ナノヾルーセ」と「バ・ルセーナ」は、それぞれバルナーゼの一次配列上で モ ジ ュ ー ルMlとM2、 お よ び 、M2とM3の 配 列 部 分 を 入 れ 換 え た も の で ある 。/ヾルナ ーゼ遺伝子の− 部を組み換えた変異体遺伝子を作製し、大腸 菌 で の蛋 白 質の 大 量 発現 系 を構 築し た。ニつ の入れ換 え蛋白質 の構造につ いて調べた結果を以下にまとめる。
ナバ ル ーセ は 二 次構 造 を保 持 してい たが、高 次構造形 成に由来 する特異 的 な 相互 作 用を も っ てい な かっ た。 バルセー ナはナバ ルーセと よく似た二 次 構 造組 成 をも っ て おり 、 加え て特 異的な側 鎖問の相 互作用を 形成してい た 。し かし、バル セーナの 構造安定 性は野生 型/ヾルナ ーゼと比 べるとずっ と低く、構造の揺らぎが大きかった。また、ナノヾ´レーセ、バルセーナ共に、
疎 水 性残 基 の側 鎖 を 蛋白 質 内部 に埋 め込み、 溶媒に接 触する部 分に親水性 の残 基側鎖が 位置する天 然の球状 蛋白質に 特徴的な側鎖のノヾッキングは形 成さ れなかっ た。本研究 によって 明らかに なったことは、一次配列の構成、
およ び三次構 造の形成の 度合いが 異なるに もかかわらず、ヽ二つの入れ換え 蛋 白 質で よ く似 た 遠 紫外CDス ペ クトル が観測さ れたこと である。 このこと は 、 特異 的 な高 次 構 造の 形 成に よら ずに形成 可能な部 分構造が 、部分配列 にコードされていることを示している。
第 四 章 で は 、 野 生 型 バ ル ナ ー ゼ のN末 端 に 、 モ ジュ ー ルM2の ぺプ チ ド 配列 を融合さ せた蛋白質 「ナノヾ ルナーゼ 」の構造について調ぺた結果を示 した 。ナバ´ レナーゼは 、バルナ ーゼと同 じ触媒活性と遠紫外CDスペクトル の 特徴 を保持して いた。こ の結果は 、N末端に つけたM2部 分以外の ナノヾル ナー ゼの構造 とノヾルナ ーゼの構 造が、同 じであることを示唆する。ナバル ナ ーゼ とバルナー ゼの差ス ベクトル から、N末 端につけ たぺプチ ド部分は、
主 に ラン ダ ムコ イ ル 構造 と して 存在 している ことが示 唆された 。しかし、
こ の 差 ス ペ ク ト ル をM2の ぺプ チ ド断 片 のCDス ペ クト ル と比 べ て みる と 、 ―570ー
差スペクトル上において ―ヘリックス構造が相対的に安定化されているこ とが明らかになった。このことは、N 末端のぺプチド部分と蛋白質との相 互作用が、ペプチド部分の天然蛋白質上での構造と同じ構造を安定化した ことを示す。
第五章では、作り出した入れ換え蛋白質「バルセーナ」の安定化をぃか に図るか、とぃう関心から構造モデリングを行った結果について述べた。
入れ換えを行った部分配列に対応する部分構造を野生型/ ヾルナーゼの構造 から移植し、全体構造のモデルを作り上げる方法を示した。得られた蛋白 質の構造評価を行い、構造上の弱点をアミノ酸変異の導入により改善する ことが、次の段階の課題である。
結論の章では、以上の結果についてのまとめを記述した。本研究におい
て、モジュールに相当するぺプチド断片に、RNA に対する結合性とRNase
活性が見出された。このことは、モジュールに相当する程度の長さのべプ
チドが、原始酵素として弱いながらも機能していた可能性についての実験
科学的な根拠を与えるものである。また、ペプチド断片それ自身だけでは
天然蛋白質様の構造形成することは出来なかったが、種々の非天然の環境
下において部分配列と蛋白質の局所的な構造との間に対応関係が見られた
ことは、蛋白質の構造を階層化構造として読み解くのできる証拠を示して
いる。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
′教授 教 授 助教授 講 師
加茂直樹 横沢英良 澤田 均 宮内正二
学 位 論 文 題 名
パルナ ーゼの遺伝子工学手法を用いた 改 変による 蛋白質の構造論的研究
序章 として、 本研究に 至った背景 が述べら れている 。Anfinsenの有 名な りボヌク レアーゼ の巻き戻り 実験によ って、「 蛋白質の天然構造は 自由 エネルギ ーの巨視 的な最小値 にあたる 構造であ る」ことが確立され てい る。この テーゼは 、現在精力 的に進め られてい る蛋白質の構造研究 の最 も基本的 な出発点 である。そ して、そ の具体的 内容である「いかに アミ ノ酸配列が立体構造を規定しているか」という点を理解することが、
蛋白 質の構造 研究の当 面の目標で ある。し かしなが ら、多くのグループ の精 力的な研 究にもか かわらず、 蛋白質の 立体構造 形成の一般的な機構 はま だ明らか になって いない。
一方 、自然界 にある蛋 白質の立体 構造を見 てみると 、階層性が見ら れる ことが分 かってき た。水溶性 の蛋白で はサブュ ニットからなってい る が 、そ の サブ ュ ニット はドメイ ンと呼ば れる球状の かたまり が1個ま たは 数個連な っている 。そのドメ インはモ ジュール と呼ばれるコンパク トに まとまっ たサブ構 造から構成 されてい る。すな わち、いわば、ドメ イ ン は モ ジ ュ ー ル の 寄 せ 木 細 工 で あ る 。X線 結 晶解 析 やNMRの 測 定か
らモジュールの構造を決めることができる。
真 核生 物の 遺伝 子は 、エ クソ ンの 間にイントロンが割り込んだ配列 を 持っ てい る。 最近 の研 究で は、 エク ソンとモジュールが対応するとの 説 が有 カで ある 。こ れは 、蛋 白の 分子 進化の「エクソンシャッフリング 仮 説」 のも とに なっ てい る。 すな わち 、最も原始的な遺伝子はーつのエ ク ソン を単 位と して いて 、そ の翻 訳産 物が原始的な蛋白質であったとす る もの であ る。 そし て、 現在 、様 々な 生物に見られるような多様な遺伝 子 群は 、原 始的 なエ クソ ンが 組み あわ され、一っながりになることによ り 出来 上が って きた 。そ して 、そ の際 に、イントロンは遺伝子をっなぐ
「のりしろ」の役割を果たした。モジュールという機能単位が集まって、
1つの 効率 的な 機能単 位( 蛋白 質) が誕 生し たと 考え るの であ る。 これ がこの仮説の要点である。
こ のよ うな 状況 のも とに 、学 位申 請者の吉田賢二は、立体構造が既 知 であ ルモ ジュ ール 構造 が計 算で き、 且つ、遺伝子操作によって人工的 に改変可能な蛋白質として、バルナーゼを選んだ。バルナーゼはBacrllus amy̲loliquefaciensにより菌体外に分泌される非特異的な基質特異性をもつ りボヌクレアーゼである。
第1章 で は 、 バ ル ナー ゼ の6個の モジ ュー ルを、 ペプ チド 合成 機で 合 成し 、各 々の モジ ュー ルのRNase活性 を調 べた 。活 性は 弱い が、 ペプ チド断片が活性を示レた。従って、生物進化の初期過程において、モジュ ー ルに 相当 する 程度 の長 さの ぺプ チド 断片が弱いながらも触媒として機 能していたのではないかという仮説を支持レた。
第2章 で は 、 合 成 され た モ ジ ュ ー ル の 構 造 を 、CD測 定、 超遠 心分 析 、 電 子 顕 微 鏡 観 察 、 走 査 ト ン ネ ル 顕 微 鏡 (STM) 観 察 の物 理化 学的 な 方法 で調 べた 。モ ジュ ール に相 当す るペプチド断片は、単独では水溶 液 中で 安定 な二 次構 造を 形成 出来 なか った。しかし、トリフルオロエ夕 ―573―
ノールのような非極性溶媒中に於て、a‑ペリックスやターン構造が安定 化されることが見いだされた。また、モジュールM1と名付けたものでは、
水溶液中の会合によって天然構造中と同じ構造が形成されることが明ら かになった。以上の結果は、構造安定性は配列上の離れた部分との相互 作用に依存しているが、度のような構造を形成するかはモジュールのア ミノ酸配列の中に保持されていることが示された。
第3章では、バルナーゼのモジュールの順序を入れ変えた変異蛋白 質の性質を調べている。それは、第2章で、構造安定性が配列上離れた 部分との相互作用に依存していることが分かったからである。まず、変 異蛋白の大腸菌での大量発現系を構築している。一次配列の構成、およ び三次構造の形成の度合いが異なるにもかかわらず、二つの入れ変え蛋 白質で非常に良く似た遠紫外のCDスペクトルが観察された。その他の 物理化学的な測定結果をあわせて、蛋白質に存在している構造は、非特 異 的 な 疎 水 相 互 作 用 に よ り 安 定 化 さ れ てい る 事が 示 唆 され た 。 第4章では、バルナーゼのN末端にモジュールM2を付けた融合蛋白 質を作製している。M2モジュールとバルナーぜが単独に存在するときと 融合蛋白の構造を比較した。M2モジュールはよりa‑ヘリックスが安定 化されていることが分かった。
第5章では、自身の研究を蛋白質のモデリングという立場で検討し 直 し て 、 将 来 の こ の 方 面 の 研 究 に 興 味 ある 示 唆を 与 え てい る 。 このように、吉田賢二の研究はモジュールという概念から蛋白質の 高次構造を議論したもので、博士(薬学庖授与するに十分であると判定レ た。