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埼玉県東部地方の方言分布と世代差(2) : 文法事象の分布

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埼玉県東部地方の方言分布と世代差(2)

−文法事象の分布−

亀 田 裕 見

Differences between Generations

in the Linguistic Atlas of Eastern Saitama Prefecture (2) : with Special Reference to Grammar Distribution

KAMEDA, Hiromi 要旨:埼玉県東部における2世代の言語調査によって得られた文法 事象の方言分布状態を、言語地図を作成することによって明らかに し、県東部の中での言語境界や近隣県との繋がりを明らかにする。 また、世代差を見ることで方言の変化と共通語化の状態を捉えよう とするものである。 キーワード:埼玉県方言、方言分布、言語地図、世代差、文法 1.はじめに 1.1.研究目的 本研究は、亀田(2010)(以下これを「前稿」という)で語彙の分布を検 討したことに引き続き、埼玉県東部における高年層と中年層という2つの 世代の言語調査によって得られた文法事象の分布より、県東部の中での言 語境界や近隣県との繋がりを明らかにし、さらに世代差を見ることによっ て方言の変化を捉えようとするものである。 埼玉県東部の地理的特徴、歴史的背景については既に前稿で述べたので 参照していただきたい。

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1.2.先行研究の分布地図 『方言文法全国地図』(以下GAJ)は、国立国語研究所の主導により多数 の研究者を調査員として動員し、また地図化に当たっても一定の手続きを 共有して作られた日本で最大の調査領域を持つ方言文法の分布図である。 GAJは1979∼1983年に調査が行われており、話者は1931(昭和6)年以前 生まれの男性である。GAJで本稿の調査対象地域の埼玉県東部に当たるの は蓮田市黒浜、三郷市彦成、三郷市丹後の3地点のみである。 大橋(1974・1976)の『関東地方域方言事象分布図』(以下大橋資料)は、 大橋氏自身が1966∼1969年に、1966年時点で数え年60歳代の生え抜き女性 を対象として調査されており、本稿の対象地域に当たるのは9地点である。 柴田(1984)の東京都の北部とそれに接する埼玉中南部を対象とする調 査報告には、語彙・アクセントがあるが文法項目は地図化されていない。 九学会連合の利根川流域の調査の文法項目の結果は飯豊・大橋(1971) にある。本稿の調査地域と重なる地点は、調査全体96地点中6地点である。 地図化されている項目は12項目あり、本稿と全く同じ項目は「来ない」「高 ければ」「来れば」の3項目であるが、他に「書かせた」は本稿の「任せた」 に、「できるだろう」「雨だろう」は推量表現として本稿の「書くだろう」 「来るだろう」「するだろう」の参考になる。 荻野(1993)の平成3年に行われた中川水系の調査で対象地域が本稿と 重なるのは、埼玉県東部の11地点である。老年層話者(70∼79歳)2名と 中年層(40∼49歳)1名の結果が示されている。項目は「来ない」「来られ る」「来させる」「来よう」のカ行変格活用の動詞の活用をみる4項目であ る。詳細なデータが示されているのは「来ない」の1項目しかない。 本稿調査の高年層は2010年時点で平均79歳(1931(昭和6)年生まれ) で、調査時年齢の平均は72歳である。中年層は2010年時点で平均50歳(1960 (昭和35)年生まれ)で、調査時年齢の平均は42歳である。したがって、 本稿調査の高年層話者は、GAJに比べるとやや若い世代である。

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2.地図化の方針と方法 調査時期および話者の条件も前稿の通りであり説明を割愛する。調査方 法も面接式で前稿と同じであるが、質問方法は異なる。語彙項目ではなぞ なぞ式で尋ねたのに対し、文法項目は場面説明を加えた共通語表現を提示 して、それを土地の言い方に直してもらう共通語翻訳式で行った。GAJと 同じ項目は、直接比較できるように質問の文言も同じにしている。 調査項目は23項目である。このうち地図化の対象としなかったのは「∼ ヤラ∼ヤラ(並列の助詞)」と「∼ワ(とりたて助詞)」の2項目である。 「∼ヤラ∼ヤラ」は回答語形が非常に多く、また地図化してもまとまった 分布が見られなかったためである。「∼ワ」は、「蜜柑はある」を普段の言 葉に直してもらい、「蜜柑」の最後の撥音がその後に来る助詞「ワ」の半母 音に影響して、[mikanwa]が[mikanna]となり「蜜柑ナある」と言うかどうか を尋ねる項目であった。文法項目であると同時に音声面にも着目している 項目である。この項目は質問調査ではほとんどの話者がそうは言わないと 答えるのであるが、調査前後の自然談話を観察していると、高年層ではか なり多くの人が[mikanna]になっている。内省しにくい気づかない方言のよ うである。共通語を先に提示してしまう翻訳式調査であったため現れにく かったという原因もあろう。その結果、地図化しても実態とかなりかけ離 れたものになると考え、地図化の対象としなかった。 地図化の方法も前稿と同じであるが、重ねて概説すると、大西(2002) を参考に、イラストレータで白地図上にプロットした調査地点に、語形ご とに決めた記号(スウォッチ)を置いていくという方法である。イラスト レータに組み込むプラグインと地図用記号は国立国語研究所のホームペー ジで公開しているものを利用した。 各地点ごとの回答語形の採否も前稿と同じで、話者が自ら答えた語形の 他、調査者や同席者から誘導された語形も、本人自身が「使う・使った」 と答えた場合採用した。ただし、「聞いたことがある」という回答は採用し なかった。どこで誰から聞いたのか特定できないためである。

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3.分布図の解説 以下、文法事象の21項目について、解説する。まず高年層の語形と分布 を概観し、さらに中年層との世代差を見る。GAJや大橋資料などに同じ項 目があればその分布と比較する。記述の中では、項目を括弧付きひらがな で、得られた語形を片仮名で表示する。地図番号は前稿からの続きで31番 からとする。 <地図31「着ることができる」> 一段活用動詞「着る」の可能表現の項目である。助動詞「サレル」を使 用するキサレルを使用する地域が春日部市・桶川市以南の地域に分布する。 レの/r/を失ったキサエルもある。井上(1984)には三郷市でこの「サ レル・サエル」を使うという指摘があるが、この語形が用いられる分布範 囲は三郷市だけでないことが確認できた。GAJでも三郷市と蓮田市にサレ ルがある。しかし、隣接県までは広がっていない。埼玉県東南部の特徴的 な語形といえる。また、「キラレル」の「レ」から/r/がとれるキラエル・ キライルが全域に点在する。以上が埼玉県東部の代表的語形である。いわ ゆるラ抜きことばキレルも全地域に点在するが、これは伝統的な方言語形 ではないだろう。GAJでも埼玉県東部にキレルはない。近年急速に広まっ たものであろう。中年層ではほとんどキサレルが聞かれず、ら抜きのキレ ルが大部分を占める。 <地図32「着られない」> 一段活用動詞「着る」の可能表現の打ち消し形、すなわち不可能を表す 項目である。前項目に見られた「サレル」という助動詞を使うキサレナイ という語形がどのように分布しているのかに注目する。キサレナイ・キサ レネー・キサンネーという語形が、前項目より広く分布している。具体的 には春日部市・桶川市以北の加須市や大利根町、北本市でも見られる。中 年層でも同様に、春日部市の他に久喜市にも見られる。GAJを見ると蓮田 市にしかキサレネーはないが、「サレル」という助動詞はもっと広い分布を 持っていたのではないかと推測される。

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井上(1985)には、「着られない」について、南福島から埼玉県草加市、 そして東京都足立区竹の塚を通ってさらに世田谷区成城までのグロットグ ラムがある。これによると、キサンネーという語形が使われるのは、東京 都竹の塚と埼玉県内の越谷・武里に加え、栃木県の雀宮・宇都宮・岡本・ 野崎にも及ぶ。 本地図には地図31にあったキサエルという語形に相当すると予想される キサエナイという語形が無い。方言語形としてあげられる語形はキランナ イ・キランネ(ー)で、全域に分布している。3音節目のレが撥音になる のは埼玉県をはじめとする北関東から東北の方言の特徴である。GAJにも 埼玉県全域に加え、茨城県・千葉県・栃木県・群馬県、さらには新潟県・ 福島県・山形県などの各県にこの3音節目が撥音になる語形が見られる。 また、中年層の地図をみても、この語形がよく受け継がれている様子がう かがえる。/r/の脱落したキサエルは次の地図33にはまた現れている。 本地図でキサエナイが無いのは、打ち消しの「ナイ」に接続しているため で、キサレナイの「レ」の直後に鼻音が来ることに同化する撥音化の方が 強く働いたのだろう。 ら抜き言葉のキレナイ・キレネーは前項目同様に全域に広がっている。 高年層でもかなり聞かれるが、中年層ではより多い地点で聞かれる。上述 の井上(1985)のグロットグラムでも、キレナイ・キレネーの語形が高い 世代でも見られる。高年層にこのら抜きの不可能表現が使用されることに ついて、井上(1985)は「(キサンネーやキラエネーなどの)方言的言い方 をやめる時に、規範意識が希薄なために、キレナイのような新しい言い方 をいち早く採用したものと考えられる」と説明している。筆者は、助動詞 「サレル」が方言語形として強く意識され、この方言語形の使用を止めよ うとする若い世代は、その対局にある共通語のキラレルより、首都圏の同 世代が既に使用を始めていたら抜き語形のキレルの方を先に導入したと考 える。

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<地図33「来られる」> 迷惑の受け身の項目である。主な着眼点は地図31・32のように助動詞「サ レル」が使われているかどうか、また、「サレル」「ラレル」が「来る」の どんな活用形に接続しているかということである。まず「来る」の活用形 「キ」に接続するキラレル・キラエル・キサレル・キサエルなどの語形は、 高年層ではほとんど全域に分布している。活用形「コ」に接続する語形の みを使う地域はさいたま市の南部や戸田市だけである。中年層はキラレル が14地点まばらに点在するのみで、キサレルは衰退している。 高年層の地図を、助動詞∼サレル(∼サエル)を使うかどうかに着目し て地図31・32と比較すると、分布地域は不可能を表す地図32に近い。キサ レル・キサエルの使用範囲は鴻巣市・菖蒲町・幸手市以南で、行田市・羽 生市・加須市などの北部ではキサレルは聞かれない。中年層においてもご く東端に残っているだけで、県中央よりの地点では聞かれない。この点も 地図32と一致する。 GAJでキラレルが県全体に分布しているのは本地図と同じである。キサ レルの使用地域は三郷にキサエルがあるのみで、本地図の分布領域の方が 広い。荻野綱男(1993)における中川水系流域の調査報告では、分布領域 を細かく記述していないが、全体的に老年層でキラレル・コラレルが併用 され、中年層ではすでにコラレルが優勢になっていると述べられている。 ∼サレルの語形の報告はない。 <地図34「蹴れ」> 五段活用動詞「蹴る」の命令形である。GAJの全国分布では、ケロは東 日本に広く使用されている。埼玉県内でも中部・西部にケロが分布してい る。県東部はケレである。本地図の高年層を見ると、GAJのように確かに ケレが南部を中心に分布している。しかし、ケロも使われており、その分 布は東端の伊勢崎線沿線に偏っている。北部にはケレもケロも使わない地 点があり、そこではケットバセ・ケトバセが使われている。中年層でも全 体にケレがまんべんなく分布しているが、ケロの使用地点も多く、併用状

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態になっている。ケロの使用はむしろ中年層で多い。この語形は方言であ るという意識が低いと思われる。 方言語彙の動詞ケッポルの命令形ケッポレが使われているのは、この東 部地域の中でも南部である。詳しくいうと桶川市と春日部市以南であり、 これは前稿で指摘した語彙の代表的な分布境界域と同じである。GAJでは 福島県や新潟県北部にケッポレが散在する。『日本方言大辞典』によると、 ほかに山形県・千葉県にも用例がみられ、かつては東日本に広く分布して いた語形ではと考えられる。 <地図35「来い」> カ行変格活用動詞「来る」の命令形である。コーが方言語形であり、東 端の南部、すなわち春日部以南の伊勢崎線沿線に集中的に分布が見られる。 またもう一つ大事な語形として、キヤッセという丁寧表現がある。これは 北部、特に北本市・庄和町以北で聞かれる。 GAJ(2巻第90図)では県南部にコーが3地点ある。本地図では県中央 寄りのさいたま市などではすでに共通語化しているようでコーは見られな いが、GAJよりコーがよく使用されている実態が伺える。また、GAJには キヤッセという語形はない。使われているのは、オイデナサイやイラッシ ャイなどである。GAJの丁寧にいう場面を設定して調査した項目の地図(6 巻第301図)を見てもキヤッセはない。しかし、本調査のキヤッセの分布領 域は前稿の語彙項目でもよく見られた北部の分布領域と重なる。キヤッセ の使用は確かであろう。むしろ、質問で特に場面設定をしていないので、 実際はもっと多くの地点で使用されているのかもしれない。 中年層では、コーもキヤッセもほとんど消えかけて、共通語形にとって かわられている。 <地図36「くれ」> 下一段活用動詞「くれる」の命令形である。この項目は単なる相手への 行為指示の命令形ではなく、発話者に利益がある受益表現でもある。全体 的に分布している語形はクンロであるが、他の方言形として主に、クンド・

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クンドイ、クンナ・クンナイ、クロ、クラッセの4種がある。まずクンド・ クンドイであるが、これは東南部に集中して見られるほか、北部にも若干 見られる。クンナ・クンナイは県の中央よりの地域に分布が見られる。ク ロは北東部に分布している。最後のクラッセもクロと同じく北東部に集中 してみられる。前項で見られた語形キヤッセと同じく、「∼ッセ」を接続し た丁寧表現である。飯豊・大橋(1971)には利根川流域の「(部屋に)おあ がりなさい」の分布図があり、「∼ッセ」を付けるアガラッセーという語形 が茨城・栃木・群馬の各県に分布している。 さいたま市や武蔵野線以南では、高年層でも以上のような方言形を用い ず共通語形クレのみを使用しており、共通語化が南から進行している様子 が見られる。このように共通語化が進む南部では、使用地点は少ないが、 クンネー(くれない)・クンネーカ(くれないか)のような、否定疑問表現 で依頼を表す地点がある。クレは非常に直截的な表現で、コミュニケーシ ョン上回避したいという心理から使われているのだろう。 北東部は直截的な行為指示表現のクロと、受益表現のためより丁寧な語 形の要求に応えるものとしてクラッセを使用していると見られる。これに 対して、南部のクンド・クンドイや、県中央寄りのクンナ・クンナイは、 共通語形クレと比較するとより丁寧な語形なのではないかと考えられる。 特にクンナ・クンナイは、クンドか共通語形クレと併用回答されているこ とから、それらより丁寧な語形として用いられているのではないだろうか。 中年層は以上の各方言語形がほとんど姿を消してクレを使用するか、ま たは、クレと言うのは直截的な命令で受益者としては言いにくいというこ とからかチョーダイという語形を回答する話者が全域で見られる。 GAJや大橋資料には同じ項目がないので、隣接県の様子が分からないが、 分布が縦方向(南北方向)に分かれていることからみて、東端のクロは東 に接する千葉県・茨城県に分布がつながる語形ではないかと予想される。 <地図37「来れば」> カ行変格活用動詞「来る」の仮定形の項目である。高年層では全域に共

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通語のクレバと併用して、活用語尾が融合したクリャーが分布している。 クンバが春日部より南の越谷市や草加市の主に東武伊勢崎線沿いに分布し ている。中年層でも同じようにクレバとクリャーとが全域で併用状態であ るが、高年層に比べて若干クリャーが少なくなっている。クンバも使用地 点がずっと減る。活用形が「キ」になるキリャーやキレバは中年層にはな く、高年層でも2地点しかない。 GAJでは蓮田市にキリャーが、三郷市にクンバがある。クンバは、GAJ より調査地点が密な本調査で、三郷市だけでなく東南部に分布することが 分かった。他の地点は本地図のようにクレバとクリャーの併用である。キ レバが分布するのは茨城県の北部と福島県南部である。埼玉県に隣接する 千葉県・茨城県・群馬県はクレバである。 大橋資料の「早く来ればいいのに」の項目では埼玉県の全域にクレバが 分布する。1地点だけ東部ではないところにキレバがある。他県の様子を みると千葉県全域と茨城県北部にもキレバがある。群馬県・栃木県はクレ バである。飯豊・大橋(1971)の「来れば(よかった)」ではキレバは埼玉 県内には分布が無く、千葉県の北部に分布がある。県内はすべてクレバか クリャーでクンバは凡例にもない。利根川の北側にそって茨城県にコーバ がある。 以上のように埼玉県東部では「来る」の仮定形が「キ」になるキレバは ほとんど使用がなく、一段化は仮定形までは及んでいない。また、隣接す る千葉県にキレバがあっても埼玉県には流入していない。 <地図38「起きれば」> 一段活用動詞「起きる」の仮定形である。高年層では全域に共通語と同 じオキレバと活用語尾が融合したオキリャーが分布している。オキンバは 10地点と少ないが、草加市周辺と久喜市周辺に散在する。中年層もほぼ同 じであるが、オキンバはさらに地点が減っている。 GAJでもオキレバ・オキリャーが分布し、隣接県もオキレバである。埼 玉県下には三郷にだけオキンバがある。県内の他の地域、他県にもこの語

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形の分布はない。地図32「着られない」でも述べたが、もともと埼玉県東 部ではラ行音を撥音化して発音することが多い。例えば、吉川市の談話例 をあげると「オンゲェアラレクンネートオラケッチャンダイ(俺にアラレ くれないと俺は蹴っちゃうんだよ)」のようにクレナイ>クンネーとなる。 加須市の談話例にも「セッカクキタンダケンドサ(せっかく来たんだけれ どさ)」「ニジューネンカカッテンカ(二十年かかっているか)」とあり、そ れぞれケレド>ケンド、カカッテルカ>カカッテンカと言う。同様に、本 項目もクレバ>クンバ、オキレバ>オキンバとなったものであろう。 <地図39「高ければ」> 形容詞「高い」の仮定形である。タカイケリャという、終止形に「ケリ ャ」が接続する語形がこの地域の代表的方言形として南部を中心に北部ま で分布する。ただし、大宮より北の菖蒲町や鴻巣市では聞かれない。この 語形は中年層になると使用が減っている。代わりに、高年層では西寄りの 地域で若干しか見られなかったタカキャ(ー)が分布領域を広げている。 県中央部から東へ分布を拡大した可能性がある。しかしGAJではタカキャ ーは蓮田市に1地点あるのみで、県中央でこの語形を使ったかどうか確認 できない。 地図37や地図38に見られた、クンバ・オキンバのような「∼ンバ」とい う語形に相当するタカケンバのような語形は見られない。形容詞および次 の地図40のように形容詞的活用をする語には現れないようである。 他に、GAJでは、埼玉県下全般はタカケレバとタカケリャーが分布する。 唯一、三郷にタカイケリャとタケーケリャがある。飯豊・大橋(1971)の 「高ければ(高いほどよい)」の項目を見ても、県内はほぼタカケリャであ る。しかし、GAJには見られなかったタケーケリャが、埼玉県のごく北部 に2地点と、千葉県・茨城県・群馬県に見られる。GAJでは三郷にしか確 認できなかったタカイケリャーは、本地図のように地点を細かく見ること で、埼玉東部にもっと広く分布していることが分かった。

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<地図40「行かなければ」> 「行く」に付いた打ち消し「ない」の仮定表現である。まず「行く」の 部分であるが、高年層で2音節目が有声化したイガ∼という語形が使われ ている。埼玉県では東北地方のように規則的に語中の無声子音が有声化す ることはないが、「行く」という語に限って「イグ」「イガ」「イギ」「イゲ」 と有声化する。 続いて「なければ」の部分だが、共通語でも聞かれる∼ナケリャ・∼ナ キャのみを使うのは北部の方である。南部は「ない」の部分がネになり、 ∼ネキャ・∼ネ(ー)ケリャ(ー)・∼ネバが分布する。このうちイカネバ は、中年層に引き継がれている。これは共通語の文語的表現でも使用され ることがあるために、方言形というよりは文語表現として使われているの ではないか。その他のイカネキャ等の語形は中年層ではほぼ使われなくな っている。また、地図37・38にみられる「∼ンバ」に当たる語形「イカナ ケンバ」は見られない。前述の通り形容詞型の活用をする語だからであろ う。 3音節目がネになる語形の中では、分布が広いことから、∼ネーケリャ が最もこの地域の伝統的な方言形であると考えられる。∼ネキャ・∼ネケ リャ・∼ネケレバは東部の中でも南東端に集中して分布していることから、 ∼ネーケリャよりは新しいと思われる。前項の「高ければ」をタカイケリ ャと言うように、終止形(この場合は「ナイ」の融合した「ネ(ー)」)に 「ケリャ」を付けることで規則的に仮定形を作ろうとしているのではない かと考える。 GAJでは、3音節目がネになるのは蓮田市がイガネーケリャ1地点だけ であり、周辺や隣接県にはない。三郷市はイカナキャである。 <地図41「しよう」> サ行変格活用動詞「する」の意志表現である。質問文には「つぶやくと き」という説明が加えられ、推量や勧誘表現と紛れないように配慮してい る。この分布地図の特徴は1地点での併用語形が多いことである。推量を

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担う部分の「∼ベ」は長音化しているものとしていないものが混在してお り、凡例では区別を付けなかった。注目点はどのような形式にベ(ー)が 接続するかである。代表的な語形はスルベ(ー)・スンベ(ー)・スベ(ー) で、若干シベー・シンベーがある。 中年層は、スベ(ー)・シベーが衰えて、スルベ(ー)とスンベ(ー)の 2語形に収束している。地図38「起きれば」の項目でも述べたが、この地 域は語中のラ行音が撥音化することを考えると、スンベーはスルベーの変 異形で、根本的には「する」の終止形「スル」にべーが付く形が中年層に 残ったと言える。中年層の武蔵野線以南は共通語化して「∼べー」自体を 用いない。 GAJでは、蓮田にシベー、三郷にスベーがある。近隣県では千葉県や東 京都、茨城県にシベーがある。大橋資料でも、埼玉の東端は南部から北部 までシベーを使用している。シンベーは各地に点在するが、栃木県に比較 的多い。シベーの分布は隣接県の千葉県・茨城県・栃木県にもあり、埼玉 県東部のシベーと連続した分布になっている。これより、シベーもシンベ ーも本地図では分布地点が少ないが、かつてはもっと使用されていたので はないかと考えられる。しかし現在ではスベーの方が多く、埼玉県の代表 的語形である。 井上(1985)には、グロットグラムがある。それによると高年層でスベ を、中年層でスンベとスルベが使われていて、世代差が本地図と符合する。 <地図42「書くだろう」> 五段活用動詞「書く」の推量表現である。主な語形はカクベーとカクダ ンベ(ー)である。両語形に地理的な偏りはなく、本地図の範囲全体に両 語形が広がっている。高年層では両方が併用されている地点が多い。いず れかを単独使用の地点もあり、そのうち、共通語形の併用回答を別にして 見ると、方言形としてカクベーを単独回答しているのは9地点である。こ れに対し、カクダンベーを単独回答しているのは26地点である。中年層で は両語形の併用は減り、いずれかになっている。カクベー単独回答は16地

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点、カクダンベーは9地点である。中年層でも、これらに地理的な偏りは ない。単独回答の世代差からみると、カクダンベーよりカクベーのほうが 新しいと推測される。また、やはり武蔵野線以南は共通語化して「∼べー」 自体を用いない。 GAJでは県下全域カクダンベーとなり、東京から群馬まで続く分布領域 の中に入っている。GAJの話者の方が本調査の話者より高い世代であるこ とを考えると、カクダンベーの方が古い語形ということになる。なお、東 側に隣接する千葉県・茨城県・栃木県ではカクベーになっていて、埼玉県 境できれいに分布が分かれている。カクベーが全域で使われている本地図 はGAJとかなり異なる。 飯豊・大橋(1971)には「意志を表す場合には動詞に「べー」を下接さ せるが、推量を表す場合には動詞に「ダンベー」を下接させる傾向が強い」 と述べられており、意味用法による違いが指摘されている。確かに、前項 意志表現の地図41「しよう」では∼ダンベーという語形は見られなかった。 飯豊・大橋(1971)には「書く」に続く推量表現の項目はないが、「できる だろう」という項目があり、この地図によると、デキルダンベーの分布が 埼玉県中央から群馬県南部まで続いている。埼玉県東部はデキベーが分布 している。終止形に「ダンベー」を付ける形は、埼玉県中央から東部に広 がってきたものであろう。参考までに本調査では調査しなかった「名詞+ べー」の項目を見ると、「雨だろう」の場合、埼玉全域がアメダンベーであ る。太平洋沿いの千葉県・茨城県ではアメダッペー、デキッペーと「∼ぺ (ー)」を使用する。 しかし、井上(1985)は、平山(1961)に掲載されている「降るだろう」 と、国立国語研究所の「起きるだろう」「雨だろう」の調査結果を元に新古 関係を考察し、フルベ>フルダンベ、およびオキルベ>オキルダンベのよ うに推測している。フルダンベは東京語のフルダローと接触して生まれた ものだとしている。その一方で、名詞に接続する「雨だろう」の場合はア メダンベー>アメダベと解釈している。井上(前掲)が行っている東北本

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線沿いのグロットグラムによると、埼玉県の高年層はヤマダンベ(山だろ う)、アルダンベ(あるだろう)、ヨカンベ(良いだろう)を使用し、中年 層など若い層はそれぞれヤマダベ、アンベ、イーベを使っている。この様 子から、∼ダンベ>∼ベという新古関係が推測されている。「∼ベ」を終止 形に直接付けるという簡単な規則に統一された結果だろう。井上(前掲) のグロットグラムからすると、この変化は東北地方で早くに起こり、全世 代にいき渡っており、埼玉県は井上(前掲)の調査時(1982∼1983)の中 年層にやっと出現する段階だと思われる。こちらの考察の方が、本地図と 一致する。 大橋資料では「寒いだろう」という項目があり、埼玉県ではサムカンベ ーと、サムイダンベーが併存している。大橋氏は終止形接続のサムイダン ベーの方が新表現だという。 調査された年代を考えると井上(前掲)の調査は本調査より20年ほど古 く、大橋資料とも35年以上の開きがある。このことから、本調査の中年層 の結果は、井上(前掲)の30∼40代にまばらに見られていた∼ダンベ>∼ ベの変化が進行した状態であろう。調査の際に聞く話者の意識でも「∼ダ ンベ(ー)」という表現に古くささを感じているようである。 <地図43「来るだろう」> カ行変格活用動詞「来る」の推量表現である。高年層で広く使われてい るのはクルダンベ(ー)である。これと併用されているのがクルベ(ー) とクンベ(ー)である。また4地点だけであるがクベーもある。以上の中 から三つ以上の語形を全て併用する話者もいる。ただし、比較的南部、ま た北部では併用語形が少なく、クルダンベ(ー)のみの使用になっている 地点が多い。 中年層では、武蔵野線以南はこの項目でも「∼べー」を使わず、共通語 化が進んでいる。武蔵野線以北でも「∼べ」の使用は減っている。使用さ れる方言語形はクルベ(ー)が中心になっている。クルダンベ(ー)、クン ベ(ー)の使用もある。地点数を数えてみると、高年層ではクルベ(ー)

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が18地点、クルダンベ(ー)が48地点、中年層ではクルベ(ー)が20地点、 クルダンベ(ー)が9地点である。この項目においても世代差からは∼ダ ンベ>∼ベという新古関係が推測される。クベー・キベーはほんの数地点 しか使用されていない。 GAJでは、埼玉県は全域クルダンベーであり、その分布は群馬県に続い ている。栃木県や茨城県ではクベ(ー)である。この境界と語形は、前項 目のカクベダンベーとカクベーと同様である。クンベーは凡例にもない。 <地図44「するだろう」> サ行変格活用動詞「する」の推量形である。「する」の意志形であった地 図41と異なるのはスルダンベ(ー)という語形があり、これが主たる語形 である点である。高年層ではスルダンベーの他に、スルベ・スンベ・スベ ーの語形が併用される地点が多い。しかし、併用がない地点で、単用され るのはスルダンベ(ー)である。併用語形が多いものの、前述のとおり、 高年層ではスルベ・スンベを意志表現に、スルダンベーを推量表現にして 使い分けようとしている。 中年層ではかなり共通語化が進んでいる。武蔵野線以南ではほとんど方 言語形がない。また、方言語形を複数回答する地点も高年層に比べはるか に少ない。中年層にも残っている方言語形はスルベ(ー)とスルダンベ(ー) とスンベである。北部ではスルベ(ー)を、南部ではスルダンベーを使う という傾向がある。スンベは少ない。意志形の項目でスンベが多かったの とは異なる。 GAJでは、埼玉県全域スルダンベーであり、その分布は群馬県に続いて いる。県内では秩父に若干スベーがある。栃木県はスベーが中心で他にも 方言語形が多彩であり、茨城県はスベである。この境界と語形は、地図42 の「書くだろう」のカクダンベーとカクベーと、地図43の「来るだろう」 のクルダンベーとクベーと、同様である。 <地図45「行った」> 「行く」を使った回想表現である。高年層では「べ(ー)」を使ったイッ

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タベ(ー)・イッタンベ(ー)を使う地点が7地点あるが、あとはほとんど イッタッケ(ー)・イッタである。ここで出てくる「べー」は、調査順が意 志・推量表現の直後だったために話者が質問に対し切り替えが出来ずに使 ったと考えることもできるが、「べー」の持つ推量表現の延長上に、過去の ことを思い出す、あるいは過去を共有する人(この場合「友達」)に同意要 求をする表現として使われているとも考えられる。 中年層では更に共通語化が進んでいるが、高年層と異なる点がある。「∼ タッケ」を使う地点が高年層に比べ中年層では減っている。つまりイッタ の語形の方が多くなっている。回想に過去形とは異なる語形を用いないの である。「∼タッケ」を使う地域は伊勢崎線沿線の東端に多い。 1地点だが気になる語形がある。羽生市高年層のイッタッタである。こ れは偶発的な特例ではないだろう。GAJでは、イッタ・イッタッケが混在 している埼玉県であるが、その中に1地点、北部の吹上町にイッタッタが あるからである。イッタッタはこの埼玉県吹上町以南には存在しないが、 ここから栃木県を通って細々と分布が北へと連なり、東北地方に広い分布 域を持っている。また、長野県や静岡県などの中部地方にも分布がある。 かつてイッタッタが東日本に広く分布している所に後に∼タッケが生まれ てきたと考えられる。 <地図46「任せた」> 「任す」の過去形であるが、接続形がマカセタではなくマカシタになる かどうかに着目している項目である。高年層・中年層共にマカシタは積極 的に使われ、共通語形のマカセタと併用されている。中年層においてもよ く使われているところから、マカシタは方言と認識されていない可能性が ある。 GAJでは埼玉県東部が、本地図と同様にマカセタ・マカシタの併用地点 になっている。マカシタは中部から西日本に広く分布しており、埼玉県な どの関東にまで散在する。関東以北にはない。埼玉の中部・西部もマカセ タであり、また隣接する諸県にもない。

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飯豊・大橋(1971)には「書かせた」の分布地図が示されている。カカ シタという語形は利根川流域に広く用いられており、カカセタもある。し かし、地図上で埼玉県東部に当たる地域には語形の記入が1地点しかなく、 その語形はカカセタである。この項目だけ他の地点では調査をしていない のか、回答がうまく得られなかったのか、詳しくは不明である。 <地図47「来ない」> カ行変格活用動詞「来る」の打ち消し形である。カ変動詞が一段活用化 して、未然形に「キ」の形をとるキナイ・キネーが代表的な方言語形であ り、埼玉県東部全域に広く使われている。この方言語形は中年層でもよく 用いられている。とはいえ、キナイまたはキネーのように活用形が「キ」 になる語形だけを単独回答する地点を数えると、高年層では32地点に対し、 中年層では7地点に減っており、中年層では共通語と同じコナイ・コネーを 使う地点が多い。コナイ・コネーだけを使うという単独回答の地点を数え ると、高年層では10地点に対し、中年層では32地点に増えており、中年層 で共通語化が進んでいるのが分かる。しかし、共通語形と方言語形の併用 である地点も高年層32地点、中年層24地点あり、現在でも方言形が根強い とも言える。キナイ・キネーを方言形であると認識していない話者も多い。 柴田(1984 )では調査された項目にあがっているが、地図化されていな いので分布が不明である。GAJで埼玉県を見ると、東部に限らず県全域で キネーが使われており、茨城県・群馬県・千葉県にも連続して分布してい る。栃木県では使われていない。飯豊・大橋(1971)の「来ない」の分布 図では埼玉・千葉・茨城・群馬の諸県で広くキナイが分布する。やはり栃 木にはあまりない。 大橋資料には「来ない」と「来ないだろう」の2項目がある。両地図の 分布はGAJとほぼ同じで、埼玉県下は全地点キナイであり、その分布は群 馬県、茨城県、千葉県に続いている。なお、大橋資料には使役表現の「持 って来させる」という項目もある。これをキサセルという地域は栃木県に もおよぶため、キナイの分布より広い。

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荻野(1993)における中川水系流域の調査報告では、分布図ではなく表 の形で羽生市から蓮田市の結果が示されている。全ての地点で老年層・中 年層ともにキナイ・キネーが残っている。 <地図48「おれの」> 一人称代名詞に付いて所有を表す格助詞「の」を示す項目である。一人 称代名詞には質問文で「オレ」を提示したので「オレ」が多いが、オイ・ オン・オラ・ワタシ・ジブン・ボク・ワシもある。高年層から見ると、格 助詞部分の方言形としてはガが最も多い。その他に、ガノ・ガン・ノガ・ ンノ、またンがある。中年層でガを使うのは1地点のみでほとんど共通語 形である。ガノ・ガン・ノガは、本来ガだけであったところ、格助詞とし ての機能が弱まり共通語の「ノ」あるいはその俗語的表現の「ン」を補充 して重ねているものであると考える。ンノも、「ン」だけでは格助詞として の働きが弱く更に「ノ」を重ねたものであろう。このような重複形式は高 年層ではやや北寄りの地域に7地点見られる。中年層では北部にンノが2 地点ある。 GAJでは「おれの手ぬぐい(地図13)」と「あなたの傘(地図337)」の2 項目が本項目と重なる。「おれの手ぬぐい」では、ガは県中央寄りに1地点、 県北西部に2地点あるのみで、あとの地点は全てノである。東部にはガは ない。また県内に重複形式はない。全国を見るとガを使うのは、福島県・ 茨城県・栃木県・千葉県という北関東から南東北、および九州の鹿児島県・ 宮崎県・熊本県・長崎県などである。本地図のガの使用はこの北関東から 南東北の分布領域に続く地域とみてよい。GAJに示されている以上にガの 使用域は広いというのが実態であろう。重複形式では、GAJの凡例にオレ ンノ・オレガノ・オラガノなどがあるが、使用地点は埼玉県から非常に離 れたところにごくわずかあるのみであり、本地図との直接的な関連性は見 いだせないが、共通語との接触で生まれた重複語形であれば、離れた地点 で同様の形式が出現してもおかしくはない。「あなたの傘」の地図では、場 面が親しい友達にに向かってという設定になっているにもかかわらず、ガ

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は埼玉県では使用されていない。関東付近でガを使用するのは千葉県と茨 城県に8地点点在するのみである。「おれの手ぬぐい」では「おれ」という 一人称を示したので方言形が出やすかったのだろうか。一方、「あなたの傘」 ではいくら場面を設定したとしても、改まり感のある「あなた」という二 人称につながる形として方言形のガが現れにくかったのではないかと思わ れる。 大橋資料にも所有の格助詞を調査した項目として「俺の帽子」がある。 ガを用いるのは埼玉県と茨城県・栃木県・千葉県のGAJの地域に加えて群 馬県にまで広がっている。埼玉県は中央南部で4地点ガを使わずノを使う 地点がある。ガノやガンの重複形式は埼玉県内にはなく、関東の周縁部に 3地点あるのみである。 GAJや大橋資料よりも、本地図で重複形式も存在することが示せたのは、 調査の際に自発回答のみではなく誘導して得られた語形も採用したためで あろう。誘導で回答されるのも、やはり前述のようにガには単独で用いる 力が衰えてきていることが背景にあっての現象だと思われる。 <地図49「誰のものだ」> 格助詞「の」にさらに準体助詞が続く項目である。本地図に見られる方 言語形は、①ガまたはンのみ、②格助詞に形式名詞がついたガモノ、ンモ ノ、③格助詞と準体助詞が並んだような重複形のガノ、ガン、ノガ、ンノ に分けられる。高年層で最も広い範囲に多く見られるのは①のン(ダレン ダ)である。次に多いのは③のガン(ダレガンダ)である。これも東部全 体に見られる。ンノ(ダレンノ)は県の中央寄りに見られる。①のガは南 部に見られる。②のガモノは中央寄りと、南部に僅かにある。一方、中年 層では①のンが全域に広く分布している。他に③ンノとガンが僅かにある。 前項目の「おれの手ぬぐい」では中年層でほとんど全く方言語形が見ら れなかったことを考えると、本項目で中・高年層ともよく使うンは、「ダレ ンダ?」というひとまとまりの表現として慣用的に使われていると考えら れる。中年層でも、調査の際に話者が考えたりせずすぐに「ダレンダ?」

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という言い方が出てくることが多く、ひとまとまりでよく使う表現となっ ているようである。この語形が中年層に受け継がれていることから比較的 新しい形式であると考えられる。伝統的な方言形はガン・ガノ・ガであろ う。ただ、ダレンダは伝統的な方言形式のダレガダから変化して成立した というよりは、共通語のダレノダのノが撥音化してできた語形の可能性が ある。 GAJには「わたしのです」という表現が場面分けされている地図がある。 ほとんどはノを用いている。目上の人にひじょうに丁寧に言うときは県内 にガはない。東部に1地点ノガがある。埼玉県東部に隣接する茨城西部に はガがある。親しい友達に言うときは、埼玉県内では東部に1地点ガンが ある。このようにいずれの場面でも方言形はあまり出ていない。 大橋資料の「誰のものだ」の項目では、埼玉県下はほとんどがガンであ る。南部と西部にガがある。ガンは関東の北部、茨城県・栃木県・群馬県 に分布が続き、ガは千葉県と茨城県南部という比較的南に分布が続く。北 関東に広く分布するガンは、大橋氏の解釈では、伝統的方言形のガの地域 に、共通語形のノが入り込みコンタミネーション形としてガンが生まれた とされている。③のようなガンが、話者に格助詞と準体助詞に分けて捉え られているのかどうかという点については疑問で、むしろ分けずに一つの 格助詞として機能している可能性があるとしている。 GAJで方言形が出にくかったのは「わたしのです」という語形を提示し たためではないかと考える。本地図や大橋資料で方言形がよく見られたの は「だれのものだ?」という言い方が一つにまとまった表現「ダレガンダ?」 「ダレンダ?」となって、格助詞と準体助詞の文法事象項目というより慣 用表現の項目になっているからであろう。 <地図50「∼に」> 「貸す」という動作の相手を表す格助詞である。方言形はゲまたはゲー である。また、共通語のニと重複したゲニ、またその変化形と思われるガ ニがある。ゲ・ゲーは東部の中でも東部寄りにあり、西側の県中央よりの

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鴻巣市以南にはあまりない。中年層ではほぼ完全に共通語化し、3地点の みが方言形と共通語形を併用するだけである。 GAJを見ると、ゲーは埼玉県にしかないようである。近隣県には見あた らない。上野(1961)でも、埼玉北部にはあるが群馬には無いとされてい る。しかし杉村(1984)によると、群馬県でも旧山田郡北部にゲーがある ことが報告されている。 GAJの埼玉県内の分布を見ると、本地図とは逆に、県の西部で使われて おり、東部にはない。これまで本地図各図とGAJの地図を比べてきたとこ ろ、本地図のほうがGAJより方言形をよく採集していることから、本来こ のゲーは埼玉県、および北接する群馬県にまで広く分布していたのではな いかと考えられる。井上(1984)にも、ゲーは全県で用いられていると書 かれている。しかし、「ことに秩父と北部で盛んに」という注もついている。 本地図では西寄りすなわち県中部寄りの地域にゲーは使われていない。県 の中央部・南部から共通語化が進んできているためであろう。それらを考 え合わせると、元は県全域で使われていたが、県中央から共通語化し、西 部と東部に残ったと考えられる。 <地図51「∼だけ」> 限定を表す副助詞の項目である。方言形はベ・ベーである。「ばかり」の 音訛形である。この語形は高年層では東部全域に分布している。中年層で はかなり使用が減り、北部や東寄りに残っている。高年層ではべーを単用 回答している地点が23地点あるが、中年層では2地点だけに減っている。 GAJでも埼玉に6地点ベーがあり、さらに群馬県・茨城県・東京都の埼 玉に隣接するところに各1地点ずつベーが分布する。 4.分布の特徴 4.1.高年層を中心にみた分布の特徴 本節では21枚の地図の分布特徴や傾向をまとめていく。今回調査した項 目は、①可能・受け身、②命令形、③仮定形、④意志・推量、⑤助詞、⑥

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その他(回想・過去・カ変打ち消し形)の6つに分類される。以下の記述 はあくまでこれらの項目からの結果であり、文法を体系的に調べた結果で はない。したがって、この結果をそのまま埼玉県東部の文法の特徴と一般 化して考えるのは慎重にしなければならない。それを確認したうえで以下 述べていく。 まず、県東部の全体に同じ形式が分布するケースとして「ベー」の使用 が指摘できる。列挙すると、地図41「しよう」・地図42「書くだろう」・地 図43「来るだろう」・地図44「するだろう」・地図45「行った」・地図46「任 せた」・地図47「来ない」・地図51「∼だけ」の8項目である。これらは上 述の分類④の項目である。埼玉県東部内は比較的均一な分布になっている。 しかし、「ベー」への接続形は多様で併用回答が多く、当該地域全体で変化 が進行していることを示している。 次に、南北の差がある項目として地図31「着ることができる」・地図34 「蹴れ」・地図40「行かなければ」の3項目が取り出される。地図31では春 日部市・桶川市以南で「∼サレル」が使用されているが、以北では使用さ れない。地図34ではケッポレがやはり春日部市・桶川市以南でしか使用さ れない。これは文法事象というより動詞語彙の事象と見た方がいい。地図 40では打ち消しにあたる部分が「ネ」になるイガネケリャやイガネケレバ などの語形が幸手市・蓮田市以南にしか使用されていない。前稿の語彙で はこの南北対立が10項目もあったのに比べると非常に少ない。 東西差がある項目は、地図34「蹴れ」と地図50「∼に」の2項目である。 地図34では高年層でケレを使うのは伊勢崎線沿線に集中して県中央寄りで は使われていない。ただし、中年層になるとケレは逆に分布が広がり県中 央寄りでも使われている。中年層ではケレを方言と認識していない可能性 がある。地図50は県中央寄りでは「ゲ」を使用しない。共通語化が県中央 から進んでいると見られる。前稿の語彙ではこの東西対立が8項目もあっ たのに比べるとやはり少ない。 語彙に比べ、文法事象では南北差・東西差を示すものはそれほど多くな

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く、埼玉県東部一帯に同じ方言事象が分布することが多いようである。た だし、上述のように本稿調査で調べた21項目に限る見解である。 その他の分布の特徴としては、東南部に方言形が集中している項目があ る。東南部とは、具体的には春日部以南の東武伊勢崎線沿線を中心とした 地域を指す。地図31「着ることができる」のキサレル・キサエルの語形、 地図36「くれ」のクンド・クンドイの語形、および地図37「来れば」のクン バという語形である。この地域に該当するGAJでの調査地点は三郷市1地 点である。三郷市で使われている語形は東南部の代表になると言ってよい。 このように、本稿の地図でGAJより分布が広いことを確認できた項目は 多い。GAJの三郷市に見られる語形が県の東南部はもとより、さらにもっ と北部や中央よりにも分布する。例を列挙する。地図32「着られない」の キサレナイは県の中央寄りや北部でも見られる。地図33「来られる」のキ サレルはかなり菖蒲町のような北部にまで分布がある。地図35「来い」の コーの分布も北部まで達する。地図38「起きれば」のオキンバも県南東部 だけでなく、幸手市や久喜市などにも分布する。地図39「高ければ」のタ カイケリャも羽生市や行田市にも分布する。地図40「行かなければ」のイ ガネーケリャも東南部に広く分布する。地図48「おれの」はガとオレガノ も加須市や大利根町まで分布する。地図49「誰のものだ」の∼ガンや∼ガ は東部全域に分布する。地図50「∼に」のゲも、東部一帯に広く使われて いる。 以上のように、本稿の地図はGAJの地点の粗い部分を補い、三郷市に代 表される方言事象がもっと広い範囲に及ぶことを明らかにできた。また同 時に、その三郷市を含む東南部が確かに特徴的な分布領域であることを明 らかにすることができた。 このように本稿がGAJより広い地域で方言形の分布を確認できた背景と して、調査法が関係しているのではないかと考える。GAJでは比較的改ま った場合の語形の回答が多いようである。本稿の調査では、調査時にまず 最初に回答された語形を採集するだけでなく、他の語形を誘導で使用する

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か否かを積極的に確認している。これにより、一度だけ出された質問では なかなかすぐに現れにくいようなくだけた場面の語形や、昔使っていたが しばらく忘れていた語形などを取りこぼさずに拾えたと思われる。 4.2.高年層と若年層の比較 2世代を比較して指摘される特徴について述べる。まず、高年層と中年 層の差があまりない項目について述べる。これには高年層でも中年層でも 方言形があまり無いものと、中年層でも方言形を多くの地点で使っている ために差がないものとに分けられる。前者は地図37「来れば」、地図38「起 きれば」、地図39「高ければ」、という仮定形の項目である。それぞれクリ ャー・オキリャー・タカキャーを共通語の俗語でも使う語形として方言で ないとみればそうなる。もしこれを方言形とするならば後者と同じことに なる。後者にあたるのは、地図32「着られない」のキランナイ、地図34「蹴 れ」のケレ、地図46「任せた」のマカシタ、地図51「∼だけ」の∼べーで ある。 中年層にも方言語形が比較的残っているが、共通語化も進んでいるのは、 地図33「来られる」のキラレル、地図42「書くだろう」のカクベー・カク ダンベー、地図45「行った」のイッタッケ、地図47「来ない」のキナイで ある。 中年層で共通語化がかなり進行して高年層にあった方言形がほとんど見 られなくなっている項目は、地図35「来い」のコー・キヤッセ、地図36「く れ」のクンド・クンロ・クンナイ・クラッセ、地図38「起きれば」のオキ ンバ、地図39「高ければ」のタカイケリャ、地図48「おれの」∼ガ、地図 50「∼に」の∼ゲである。 世代の差は、単に方言語形が有る無しではなく、併用語形の多少の差と して現れることもある。高年層で併用語形が多いが、若年層ではその併用 語形が何らかの語形に収束しているケースがある。これには地図41「しよ う」・地図42「書くだろう」・地図43「来るだろう」・地図44「するだろう」

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の「べー」を用いる4項目が該当する。地図41では高年層でスルベー・ス ンベー・スベー・シベーが併用されているのに対し、中年層ではシベー・ スベーが無くなりスルベーかスンベーに収束している。同様に地図42では カクベー・カクダンベー、地図43ではクルベー・クルダンベー・クベー、 地図44ではスルベー・スルダンベー・スベーの併用が中年層で収束してい る。このように「ベー」の接続が高年層で多様なのは、高年層がちょうど 変化の移行期にあたっているためであろう。世代差の傾向をまとめると、 意志表現は終止形+べーに、推量表現終は終止形+ベーまたはダンベーに 収束する。つまり、終止形以外の活用形には接続しない方向に移っている。 また、中年層の武蔵野線以南がすっかり共通語化して、「べー」を使用しな くなっているのも特徴である。他に、地図49「誰のものだ」も高年層では ダレガダ・ダレガンダ・ダレガノダ・ダレンダが多数併用されているが、 中年層ではダレンダにほぼ収束している。 もう一点指摘される特徴として、中年層で新方言を採用している項目が あることがあげられる。地図31「着ることができる」ではキレル、地図32 「着られない」ではキレナイといった「ら抜きことば」を積極的に使用し ている。地図49「誰のものだ」ではダレンダが中年層でよく使われている。 4.3.隣接県との関係 各地図の解説でも述べたが、GAJや大橋資料を参照した隣接する諸県と 連続する分布についてまとめておく。 まず、西関東につながる推量形の項目があげられる。地図42「書くだろ う」のカクダンベー、地図43「来るだろう」のクルダンベー、地図44「す るだろう」のスルダンベーという語形は東京都・神奈川県から群馬県に至 る分布の一部に入る。東京都や神奈川県なども含むところから、井上(1985) で言われるように共通語との接触によって生まれた語形である可能性が裏 付けられる。 次に、北関東とつながる項目である。地図41「しよう」のシベーと地図

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42「書くだろう」のカクベーは千葉県・茨城県・栃木県につながる分布で ある。地図48「おれの」のガも千葉県・茨城県・栃木県・群馬県の分布と 続いていて北関東一帯の一部に収まっている。地図49「誰のものだ」のガ ンは茨城県・栃木県・群馬県に、ガは千葉県と茨城県南部に分布が続く。 北関東に広がる語形でも栃木県だけが分布領域から除かれる項目もある。 地図33「来られる」のキラレル、地図47「来ない」のキナイ・キネーに見 られるカ行変格活用の一段化は、千葉県・茨城県・群馬県に連続する分布 を持つが栃木県には及んでいない。なお、前述のとおり、「来る」の仮定形 の活用が「キ」になるキレバは本調査の範囲ではほとんど使用がなく、一 段化は仮定形までは及んでいない。千葉県にはキレバが分布するが、埼玉 県には流入していない。茨城県にはコーバという語形があるが、これも埼 玉県には及んでいない。 続いて関東全域に広がる分布の一部になっている項目をあげる。地図41 「しよう」のスベーは関東全域から南東北の福島県にも散在する。同地図 のシベーという語形は千葉県・東京都・茨城県につながる。栃木県や群馬 県にもあるが、大橋資料では埼玉県東部とは分布が一旦切れている。 北関東よりも広く東北まで分布があり、東日本方言といえる領域の一部 になっている項目をあげる。地図32「着られない」のキランナイ・キラン ネは北関東から東北南部まで分布する。地図34「蹴れ」のケロは関東から 東北におよぶ東日本方言である。地図35「来い」のコーは山梨・千葉県・ 茨城県・さらに東北の太平洋側に分布が続く。地図45「行った」のイッタ ッケも中部以北の東日本に広く分布している。 逆に西日本の方に分布が続く項目をあげる。地図38「起きれば」のオキ リャーは埼玉県以南、西日本まで広く分布する。地図46「任せた」のマカ シタも関東以南、西日本まで広い分布を持つ。地図48「おれの」のガは福 島県・茨城県・栃木県・千葉県という南東北から北関東、および九州の鹿 児島県・宮崎県・熊本県・長崎県にも見られる。 以上のように広い範囲に分布をもつ語形がある一方で、分布領域が狭い

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ものがある。地図50「∼に」ゲは埼玉県と群馬県に分布するだけである。 さらに隣接県ににつながる分布がない項目をあげる。地図31「着ることが できる」と地図32「着られない」の∼サレル、地図38「起きれば」のオキ ンバ、地図40「行かなければ」のイガネーケリャ、地図41「しよう」のシ ンベ、地図43「来るだろう」のクンベーである。「しよう」のシンベは関東 では埼玉県東南部だけに分布があり、他にはずっと離れた山形県・宮城県 にある。地図51「∼だけ」のベーも分布域がほぼ埼玉県におさまっており、 埼玉県特有の方言といってよい。 以上のように、本稿で扱った文法項目の多くは北関東または関東方言と 呼べる分布領域の一部になっており、中には東日本、西日本といった広い 分布領域の一部を担っているものもある。その一方で埼玉県だけ、さらに は埼玉県の東南部だけという語形もある。 4.4.関連項目間の対応 4.1で述べたように本稿の調査項目は①∼⑥の内容に分類される。こ のうち①∼④について、各分類ごとに高年層の結果に見られる特徴を中心 にまとめる。 ①可能・受け身の項目群は助動詞∼サレルを使うかどうかが問題になる。 地図31「着ることができる」の可能での用法は東南部にのみ分布している のに対し、地図32「着られない」の可能の否定形(不可能)や地図33「来 られる」の受け身の用法はもっと北部まで広がっている。GAJでは∼サレ ルの使用領域は三郷市にしかみられなかったが、これらの地図から本来は もっと広い地域で使用されていたと推測される。それが、県の北東部では可 能用法には使われず受け身用法だけに使うという使い分けが出来てきたの ではないだろうか。可能の否定形に使用が残るのはその中間過程であろう。 ②命令形の項目群は丁寧な命令形「∼ッセ」が北部に聞かれる点が共通 している。地図35「来い」・地図36「くれ」はそれぞれキヤッセ・クラッセ がある。しかし、地図34「蹴れ」で「∼ッセ」が接続してできると予想さ

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れるケラッセという語形がないのは疑問である。各地図の解説のところで、 受益表現の場合に「∼ッセ」が使われると述べたが、「蹴る」という行為に おいては発話者がそれによって益を受けるといういことが想定しにくいた めではないか。蹴れをケロと言うのに平行して、「くれ」をクロという語形 が北東端にのみある。他の地図では見られない「∼ンロ」という末尾を持 つ語形はこのクロから派生して出来た語形ではないか。「∼ンド」も「ド」 の発音は「ロ」に近い調音点であることから、同じようにクロから派生し た語形ではないかと推測する。 ③仮定形項目群では動詞の場合、「∼ンバ」に続く語形があることが特徴 である。地図37「来れば」・地図38「起きれば」にはそれぞれ、クンバ・オ キンバがある。いずれも比較的南部に分布するが、オキンバはかなり北部 まで分布がある。分布が茨城県・千葉県に続くことから判断して方言形の 中でも古い形であろう。地図39のような形容詞「高い」や形容詞型活用を する地図40の打ち消しの「ナイ」には「∼ンバ」はない。1地点のみタカ ケバがあるのはクンバやオキンバからの類推で発話されたものだろう。地 図40には高年層・中年層ともに数地点イカネバという語形があるが、これ は共通語でも文語的表現の場合使われる語形で、埼玉東部でも回答されて はいるものの、口頭語としてはあまり使われていないのではないだろうか。 いずれにせよ、現在使用されている語形の中で優勢な語形は共通語の俗語 にも聞かれる「∼リャ」のように「レバ」が融合した形である。 ④意志・推量の項目群には、意志で終止形+べーを使用し、推量で終止 形+べーおよび終止形+ダンベーを併用するという違いがある。その併用 状態は中年層になると終止形+べーに収束している。終止形以外の接続は 図41「しよう」のシベー、地図43「来るだろう」のクベーとキベー、地図 44「するだろう」のスベーがある。これらの語形の方が古く、それが終止 形接続へと変化していったと推測される。意志と推量の違いもシベーとス ベーで使い分けられていたと見られる。 もう一点、「来る」を使った項目についてもまとめておく。該当項目は地

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図33「来られる」・地図35「来い」・地図37「来れば」・地図43「来るだろう」・ 地図47「来ない」の5つである。カ行変格活用が一段化しているか問題で ある。受け身のキラレルと打ち消しのキナイは全域でかなり使われており、 中年層にも残っている。推量形にはキベーが北部に3地点あり、仮定形に は1地点だけキリャーがあるが、いずれも埼玉東部地域では主たる語形で はない。かつてこれらの語形がもっと多い地点で使われていたかどうかは 推察する根拠がない。命令には打ち消し疑問形の形式をとったキネカや「∼ ッセ」を用いた丁寧な語形キヤッセがあるが、「来る」自体の命令形で一段 化した語形はない。以上のように、受け身と打ち消しで一段化しているが、 その他の項目で現れている一段化は、まだ類推による偶発的な使用ではな いかと思われる。 5.まとめ 以上、埼玉県東部の文法事象の分布を見てきた。前稿の語彙事象の分布 からは、埼玉県東部をそれ以西と分ける境界や、南北を分ける境界が見い だされたが、本稿で扱った文法事象では南北差や東西差を示すものはそれ ほど多くない。むしろ文法事象では東部全体に共通性がある項目が比較的 多く、それらは隣接県とつながって関東方言、北関東方言の特徴を示して いることが分かった。しかし、東部の中で差異のある項目も若干ある。特 に春日部以南の伊勢崎線沿線の東南部には独特の方言形が分布する項目も あることが分かった。 また、2世代を比較したところ、意志・推量の方言形「∼べー」は中年 層でもよく使われているが、その他の多くの項目では共通語化が進んでい たり、東京語の俗語を取り入れて新方言として使用している様相が見られ た。その共通語化は都市化の度合いの高い県中心部から東部へと広がって きているのではなさそうである。南接する東京都から直接北上しているも のと、東部全域に一気に広まっているものと、両方が見られる。前者は柴 田(1984)が県中央部で調査した結果から指摘しているほどには強くない 。

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以上、埼玉県東部の文法事象の分布について見てきたが、取り上げた項 目は体系的ではないため、これらの結果だけから文法事象全体の特徴とし て一般化したり、語彙と単純に比較することはできない。しかし、全般的 に東部の中が細かく分かれている項目は少なく、東部全体に均一の傾向を 見せ、北関東方言としての性格が強く表れている点は指摘しておきたい。 〈参考文献〉 飯豊喜一・大橋勝男(1971)「第2章利根川流域の言語 第1節利根川流域方言の文 法」『利根川−自然・文化・社会−』九学会連合利根川流域調査委員会(弘文社) 井上史雄(1984)「7埼玉県の方言」『講座方言学5−関東地方の方言−』(国書刊行会) 井上史雄(1985)『新しい日本語−《新方言》の分布と変化−』(明治書院) 上野勇(1961)「三 方言の実態と共通語化の問題点 7群馬・埼玉」『方言学講座 第二巻東部方言』(東京堂出版) 大西拓一(2002)「言語地図作成の電算化−『方言文法全国地図』第五集を例に−」 『日本語学』21-11 大橋勝男(1974・1976)『関東地方域方言事象分布地図』第二巻・第三巻(桜楓社) 大橋勝男(1990・1991)『関東地方域の方言についての方言地理学的研究』第二巻 ・ 第三巻(桜楓社) 荻野綱男(1993)「第5節 流域の方言」『中川水系Ⅲ人文』(中川水系総合調査報告書2) 亀田裕見(2010)「埼玉県東部地方の方言分布と世代差(1)−語彙の分布−」『文 教大学文学部紀要』23-2 国立国語研究所(1989−2006)『方言文法全国地図』第1∼6集(国立国語研究所報 告97-1,2,3,4,5,6 )大蔵省印刷局(第1∼4集)財務省印刷局(第5集)国立印 刷局(第6集) 佐藤亮一(1986)「7 方言の語彙−全国分布の類型とその成因−」『講座方言学1 方言概説』(国書刊行会) 柴田武(1984)「埼玉県南部・東京都北部の方言分布(1)」『人口急増地帯としての 埼玉県における言語接触とその問題点に関する総合的研究 昭和58年度文部省科 学研究費補助金による県境成果報告』 尚学図書編(1989)『日本方言大辞典』小学館 杉村孝夫(1984)「6群馬県の方言」『講座方言学5−関東地方の方言−』(国書刊行会) 平山輝男(1961)「東部方言概説」『方言学講座二 東部方言』(東京堂) 付 記 個 人 情 報 保 護 の た め お名 前 を 掲 載 出 来 ま せ ん が、 調 査 に ご協 力 く だ さ っ た 教 育 委 員 会 ・ 公 民 館 ・ 自 治 会 の方 々 、 そ し て 話 者 の 方々 に 御 礼 申 し上 げ ま す 。

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参照

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