1.はじめに
近年,脳梗塞の急性期治療において血栓溶解剤や血 管内手術などを用いた血流再開療法は大きく進歩して いる.とりわけ虚血性脳卒中の治療においては 1.一過 性脳血管閉塞による非致死的虚血/再灌流傷害,2.一 過性脳血管閉塞による致死的虚血/再灌流傷害,3.永 久的脳血管閉塞による致死的虚血傷害,を含む少なく とも 3 つの主要な病態を考慮する必要がある.我々 は,内在性神経幹細胞をターゲットとした神経再生療 法の観点から,マウス大脳皮質脳梗塞モデルを用い, 脳虚血病態時に誘導される神経幹細胞の特性に関する 研究を行ってきた.その結果,傷害誘導性神経幹細胞 (injury-induced neural stem cells: iNSCs)が永久的脳血管閉塞による致死的な虚血傷害後に誘導されることを報 告し1),これらの細胞の起源として,少なくとも一部 は虚血刺激により幹細胞としての特性を獲得した脳血 管ペリサイトが関与していることを報告してきた2, 3). 最近,一過性脳虚血/再灌流傷害後の一過性脳虚血 負荷後においてもニューロンが新生されることが報告 され4),その起源は GFAP/nestin 陽性反応性アストロ サイトと考えられている5)が,一過性脳虚血負荷病態 下における iNSCs 誘導の有無やその起源,生体内動態 に関しては不明である.そこで我々は,マウス大脳皮 質脳梗塞モデルを改変した一過性脳虚血/再灌流モデ ルを用い,致死的・非致死的虚血/再灌流傷害後にお いても iNSCs が誘導されるかどうかについて検討し, その所見について最近報告したので6),本稿ではそれ らの研究内容を中心に紹介する.
2.一過性脳虚血/再灌流による脳傷害
我々はこれまで,CB-17 系統マウスの中大脳動脈を 凝固・切断させることで再現性よく大脳皮質に限局し た梗塞を作製できるモデルを開発し研究を行ってき た7, 8).そこで我々は,このモデルを改変することで一 過性脳虚血/再灌流操作を行い9),虚血時間を変えて再灌流 3, 5, 7 日後に 2,3,5-Triphenyl tetrazolium chloride:
TTC染色にて梗塞巣の局在と大きさを観察した.15 分間虚血負荷では,再灌流後に梗塞巣は認められな かったが,20 分間虚血負荷では再灌流 3 日後,5 日後 に梗塞巣が観察されるマウスが散見され,30 分間虚血 大阪歯科大学歯科麻酔学講座 〒 540-0008 大阪府大阪市中央区大手前 1-5-17 TEL: 06-6910-1031 FAX: 06-6910-1032 E-mail: [email protected] doi: 10.16977/cbfm.28.2_347
一過性脳虚血/再灌流傷害によるペリサイト由来神経幹細胞の誘導
百田 義弘
要 旨 我々は,マウス大脳皮質永久閉塞モデルを用い,梗塞巣に神経幹細胞〔傷害誘導性神経幹細胞(injury-induced neural stem cells: iNSCs)〕が誘導されることを発見し,これまでに報告してきた.さらに,最近,我々は一過性 脳虚血/再灌流モデルを用い,致死的虚血負荷閾値を明確にすることで神経産生メカニズム,新生神経細胞の 起源の解明を試みた.その結果,30 分間以上の致死的虚血傷害下において神経産生能をもつ iNSCS が誘導さ れることが明らかとなり,15 分間の非致死的虚血傷害下においても細胞数は少ないものの iNSCs の誘導を認 め,その起源は虚血負荷にて刺激を受けた脳ペリサイトであると考えられた.以上の所見は,iNSCs が一過性 脳虚血病態下においても神経再生機転のターゲットとなり得ることを示しており,本稿では一過性脳虚血病態 下における iNSCs に焦点をあてて概説する. (脳循環代謝 28:347∼351,2017) キーワード : 脳梗塞,一過性脳虚血,再灌流傷害,神経幹細胞,ペリサイト負荷では再灌流 3, 5 日後はすべてのマウスで梗塞巣が 観察された6).20, 30 分間の致死的虚血負荷後の梗塞 範囲は,再灌流後の時間経過の影響はなく,30 分間虚 血負荷後の梗塞領域は永久閉塞時とほぼ同様であっ た.このことからマウス一過性虚血/再灌流傷害モデ ルにおいて,15 分間の虚血負荷は比較的軽度な非致死 的負荷であり,虚血領域の神経細胞がほぼ死に至る 30 分以上の脳虚血は致死的負荷と考えられた6).
3.一過性脳虚血/再灌流傷害による
神経細胞死
15, 20, 30 分間の一過性脳虚血/再灌流 3 日後の神経 細胞の変化を免疫組織染色にて評価すると6),非致死 的な 15 分間虚血/再灌流後では明らかな梗塞はみら れなかったが,虚血領域において MAP2 陽性成熟神経 細胞の減少がみられた.神経細胞死は 20 分間の虚血 負荷ではさらに明らかとなり,30 分間虚血負荷後では MAP2陽性成熟神経細胞はほとんど観察されなかっ た.GFAP 陽性細胞数は 15 分間虚血負荷により虚血 中心領域とペナンブラにおいて反応性が増加し,30 分 間虚血負荷ではペナンブラでわずかに GFAP 陽性細胞 が観察されたものの虚血中心領域ではみられなかっ た.したがって,30 分間の致死的一過性虚血は永久閉 塞による脳梗塞とほぼ同様の細胞死を引き起こす負荷 と考えられた.4.一過性脳虚血/再灌流傷害による
nestin 陽性細胞の誘導
非致死的な一過性虚血後の脳において,nestin は PDGFRβ陽性ペリサイトと GFAP 陽性アストロサイト の両方に発現していた6).この虚血領域より単離した 細胞を bFGF,EGF 添加培地で培養すると iNSCs が誘 導されたが,この iNSCs の一部は GFAP 陽性アストロ サイト由来であるかもしれない.しかし,非致死的虚 血脳から抽出した iNSCs は GFAP 陰性であり,反応性 アストロサイトは致死的な一過性虚血/再灌流傷害に おいてはほとんど観察されなかった6).それにもかか わらず,虚血領域から抽出・培養した iNSCs 数は致死 的虚血負荷後のほうが非致死的負荷後より多かったこ とから,反応性アストロサイト以外の細胞(PDGFRβ 陽性ペリサイト)が iNSCs の本質的な起源であると推 察された.また,非致死的,致死的にかかわらず,一 過性虚血/再灌流傷害で誘導される iNSCs は,我々が すでに発見した永久的虚血後に誘導される iNSCs と同 様であり,iNSCs が一過性脳虚血状態下においても治 療のターゲットとなりうると考えられた.5.一過性脳虚血/再灌流傷害による
ペリサイトの nestin 発現
ペリサイトは,虚血病態下で幹細胞化に関連する多 様な因子(nestin, c-myc, Klf4, Sox2)を発現する.脳血 管ペリサイトは正常状態でも神経細胞を含む様々なタ イプの細胞へと分化する多能性幹細胞としての性質を もつとの報告もある10)が,我々のこれまでの研究では 成体マウスにおける正常脳からは iNSCs は分離でき ず,正常脳のペリサイトは幹細胞としての特性をもた ないと考えられた3, 11).しかしながら,マウスおよび ヒト由来正常ペリサイト株を低酸素無グルコース負荷 条件下にて培養することで Klf4 や Sox2 といった幹細 胞因子が発現し,一部の神経系細胞に分化することを 明らかにしてきた3, 12).このことは,ペリサイトは正 常とは異なる病態下でのみ幹細胞化し,内在性神経幹 細胞の起源となることを示唆している.免疫電子顕微 鏡観察では脳微小血管のペリサイトは血管内皮細胞と 基底層をはさんで接しているが,15 分間虚血/再灌流 3日後のペリサイトは核の電子密度が低下し,基底層 も多様な薄い層を形成するなど形態的外観に顕著な変 化を示した6).このペリサイトは PDGFRβ 陽性でかつ nestin陽性であるため iNSCs と考えられ,一過性脳虚 血/再灌流傷害においても微小血管周囲のペリサイト が iNSCs に変化することが示唆された6).6.Perivascular iNSCs から
幼弱ニューロンが産生される
ペリサイト由来 iNSCs の生体脳における分化能につ いては不明である.一方,非致死的虚血/再灌流傷害 後の脳では幼弱なニューロンである DCX 陽性細胞の 産生が血管周囲にみられ,一部の細胞は同時にペリサ イトのマーカーである PDGFRβ を発現していた(Fig. 1)6).免疫電子顕微鏡観察でも血管内皮細胞に隣接す る DCX 陽性細胞の存在が確認され(Fig. 2),ペリサイ ト由来 iNSCs が DCX 陽性細胞に分化したことを示唆 している.しかし,これら DCX 陽性幼弱ニューロン は永久的虚血負荷と似た病態と考えられる致死的虚血 /再灌流 7 日後ではほとんど観察されなかった6).こ のことは,強度の致死的虚血状態下では iNSCs 由来幼 弱ニューロンは生存できない可能性が考えられた.今 後は,虚血状態下における iNSCs の生存・分化環境と しての neurovascular unit の動的な役割を解明すること が重要である.7.結 論
iNSCs は脳動脈の閉塞による非致死的,致死的虚血 /再灌流傷害の病態下でも誘導されることが明らかと なり,このような病態下において誘導される iNSCs は 脳ペリサイトを起源とし,in vivo,in vitro において ニューロンを産生する能力を有することがわかった. 脳血管ペリサイトは BBB/neurovascular unit の構成細胞 として正常脳の機能維持に重要な役割を果たしている 細胞であるが,ひとたび虚血刺激を受けると内在性神 経幹細胞として脳の再生機転に働く細胞に変化する可 塑性をもつことから,脳梗塞の再生療法に大いに活用 できる細胞であると考えられる. 謝辞:本研究は,兵庫医科大学先端医学研究所神経 再生部門中込隆之准教授,松山知弘教授,中田雅代先
DCX/
PDGFR-β
/DAPI
PDGFR-β
/DAPI
D
CX
/DAPI
D
CX
/DAPI
PDGFR-β
/DAPI
D
CX
/
PDGFR-β
/DAPI
DCX
Fig. 1.蛍光免疫染色所見 15分間の非致死的一過性脳虚血/再灌流傷害 7 日後において,DCX 陽性細胞は脳微小血管周囲に発現し,一 部は同時に PDGFRβ を発現した. 文献 6 より引用. Fig. 2.免疫電子顕微鏡所見 15分間の非致死的一過性虚血/再灌流傷害 7 日後 において,DCX 陽性細胞は脳血管内皮細胞に隣接 して存在する.生(大阪歯科大学),前田光代先生(理化学研究所),土 居亜紀子先生(兵庫医科大学)らとともに行った.本研 究の遂行に多大な御尽力,御教示を頂いた先生方に深 甚なる感謝の意を表します. 本論文の発表に関して,開示すべき COI はない. 文 献
1) Nakagomi T, Molnár Z, Nakano-Doi A, Taguchi A, Saino O, Kubo S, Clausen M, Yoshikawa H, Nakagomi N, Mat-suyama T: Ischemia-induced neural stem/progenitor cells in the pia mater following cortical infarction. Stem Cells Dev 20: 2037–2051, 2011
2) Nakagomi T, Molnár Z, Taguchi A, Nakano-Doi A, Lu S, Kasahara Y, Nakagomi N, Matsuyama T: Leptomenin-geal-derived doublecortin-expressing cells in poststroke brain. Stem Cells Dev 21: 2350–2354, 2012
3) Nakagomi T, Kubo S, Nakano-Doi A, Sakuma R, Lu S, Narita A, Kawahara M, Taguchi A, Matsuyama T: Brain vascular pericytes following ischemia have multipotential stem cell activity to differentiate into neural and vascular lineage cells. Stem Cells 33: 1962–1974, 2015
4) Ohira K, Furuta T, Hioki H, Nakamura KC, Kuramoto E, Tanaka Y, Funatsu N, Shimizu K, Oishi T, Hayashi M, Miyakawa T, Kaneko T, Nakamura S: Ischemia-induced neurogenesis of neocortical layer 1 progenitor cells. Nat Neurosci 13: 173–179, 2010
5) Shimada IS, Peterson BM, Spees JL: Isolation of locally derived stem/progenitor cells from the peri-infarct area that do not migrate from the lateral ventricle after cortical stroke. Stroke 41: e552–560, 2010
6) Nakata M, Nakagomi T, Maeda M, Nakano-Doi A, Momota Y, Matsuyama T: Induction of perivascular neu-ral stem cells and possible contribution to neurogenesis following transient brain ischemia/reperfusion injury. Transl Stroke Res 8: 131–143, 2017
7) Taguchi A, Kasahara Y, Nakagomi T, Stern DM, Fukun-aga M, Ishikawa M, Matsuyama T: A reproducible and simple model of permanent cerebral ischemia in CB-17 and SCID mice. J Exp Stroke Transl Med 3: 28–33, 2010 8) Taguchi A, Wen Z, Myojin K, Yoshihara T, Nakagomi T,
Nakayama D, Tanaka H, Soma T, Stern DM, Naritomi H, Matsuyama T: Granulocyte colony-stimulating factor has a negative effect on stroke outcome in a murine model. Eur J Neurosci 26: 126–133, 2007
9) Kasahara Y, Ihara M, Nakagomi T, Momota Y, Stern DM, Matsuyama T, Taguchi A: A highly reproducible model of cerebral ischemia/reperfusion with extended survival in CB-17 mice. Neurosci Res 76: 163–168, 2013
10) Dore-Duffy P, Katychev A, Wang X, Van Buren E: CNS microvascular pericytes exhibit multipotential stem cell activity. J Cereb Blood Flow Metab 26: 613–624, 2006 11) Nakano-Doi A, Nakagomi T, Sakuma R, Takahashi A,
Tanaka Y, Kawamura M, Matsuyama T: Expression pat-terns and phenotypic changes regarding stemness in brain pericytes in health and disease. J Stem Cell Res Ther 6: 332, 2016. doi:10.4172/2157-7633.1000332.
12) Sakuma R, Kawahara M, Nakano-Doi A, Takahashi A, Tanaka Y, Narita A, Kuwahara-Otani S, Hayakawa T, Yagi H, Matsuyama T, Nakagomi T: Brain pericytes serve as microglia-generating multipotent vascular stem cells following ischemic stroke. J Neuroinflammation 13: 57, 2016