九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
日本語教育におけるJSL学習者のコミュニケーション 方略に関する研究 : JSL学習者と日本語教師の認識 の比較分析から
安, 芝恩
http://hdl.handle.net/2324/4475211
出版情報:Kyushu University, 2020, 博士(学術), 課程博士 バージョン:
権利関係:Public access to the fulltext file is restricted for unavoidable reason (3)
(様式6-2)
氏 名 安 芝恩
論 文 名 日本語教育におけるJSL学習者のコミュニケーション方略に関する 研究―JSL 学習者と日本語教師の認識の比較分析から―
論文調査委員 主 査 九州大学 教授 松永 典子 副 査 九州大学 准教授 志水 俊広 副 査 九州大学 准教授 李 相穆 副 査 九州大学 教授 郭 俊海 副 査 九州大学 教授 井上 奈良彦
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
本 研 究 は ,JSL(Japanese as a Second Language) 学 習 者 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 方 略
(Communication Strategies,以下,CS)の使用に対するJSL学習者(以下,学習者)と日本語 教師(以下,教師)の認識を明らかにすることを目的とするものである。従来の CSの実証研究の 多くは問題を乗り越えるための CSの観点から行われてきたが,本研究では学習者が円滑な意思疎 通のためにも CSを用いている点に着眼し,学習者と教師の CS への認識の差はコミュニケーショ ン能力(Communicative Competence,以下,CC)をどう捉えるかの差に起因するのではないか との観点から, 2つの研究課題を探求した。つまり,研究課題①学習者のCSの使用に対する学習者 と教師間の認識にはどのような傾向が見られるか,研究課題②学習者のコミュニケーション能力
(Communicative Competence,以下,CC)の評価に影響を与える要素にはどのような傾向が見 られるかにつき,アンケート調査をもとに量的・質的分析を行った。対象とした学習者は 92 名,
教師は32名である。課題①については, 度数分布分析及びクロス集計分析,計量テキスト分析,課 題②については,対応のあるサンプルのt検定及び独立したサンプルのt検定,相関分析を行った。
本研究は,5章から構成されている。第 1章では,研究背景と研究目的及び研究意義について,
第 2章では,CSと CCの理論的枠組み及び関連する先行研究について概観した。第 3章では,研 究課題①の調査結果について分析・考察,第4章では,研究課題②の調査結果についての分析・考 察を行った。第5章では,総合的考察を行い,まとめと今後の課題について述べた。
先ず,課題①につき,2グループにおいて,[日本語で言いたいことを会話の相手にうまく伝える ため]の場合に使用している広義のCSは,[日本語で言いたいことを会話の相手にうまく伝えるこ とができない]場合に使用している狭義の CS より広い概念であることが分かった。これは,学習 者の日本語使用において常に問題が生じるとは言いがたいことが影響していると考えられる。グル ープごとに見ると,学習者は,広義の CS使用,狭義の CS使用ともに,普段のコミュニケーショ
ン領域(Domains)で使用していると認識している CSの種類には共通した傾向が見られ,広義の
CS及び狭義のCS使用に対して問題発生の有無を明確に区別せずにCSを使用している可能性が窺 えた。一方,教師は,広義のCS使用と狭義のCS使用において,使用していると認識しているCS の種類に異なる傾向が見られた。教師は,学習者が広義の CS 及び狭義の CS使用に対して問題発 生の有無を明確に区別して CS を使用していると認識している可能性が窺えた。このように,学習 者の CS使用に対する学習者と教師の認識には,コミュニケーション上の問題発生の有無を明確に
区別する,または,区別しないといった認識の乖離が存在することが明らかになった。
次に,課題②につき,[会話がうまく成り立つとき]と[会話がうまく成り立たないとき]のCC の評価基準に差が見られるかを見るために,本研究でのCCの構成要素である[語彙知識][文法知 識][関係考慮][場面考慮][一貫性][まとまり][伝達能力][方略能力]に関する知識がある場 合(以下,充足)と知識が足りない場合(以下,不足)のCCの5段階評価をもとに分析を行った。
その結果,2 グループ間の比較から,学習者は,教師に比べ[関係考慮]と[場面考慮]の充足及 び不足を高く評価していることが分かった。グループごとに見ると,学習者の場合,CC の各構成 要素がそれぞれ総合的に影響し合っており,[語彙知識]の充足より[語彙知識]の不足を高く評価 していた。一方,教師の場合は,CC の各構成要素がそれぞれ総合的に影響し合っているとは言い がたい結果となっており,[関係考慮][場面考慮][一貫性]の充足をより高く評価していた。この ことから,2グループの間には,CCの構成要素のどれに重点を置いているか,また,CCの構成要 素間にどのような関連性が見られるかといった認識の乖離が存在することが明らかになった。
さらに,2 グループの自由記述の分析から,学習者は,相手や状況に応じた日本語使用に重点を 置く傾向が見られた。教師の場合は,学習者の文法能力など日本語に関する様々な能力の不足に重 点が置かれ,それが学習者のCSとCCの評価につながる可能性が示唆された。
以上のように,本研究の新たな知見は,学習者と教師の間には,CC の構成要素のいずれに重点 を置くかという評価基準に対する認識の乖離が存在し,その乖離が CCの評価に影響を与え,さら に,それが学習者の CS使用に対する認識の乖離につながる可能性があることを明らかにした点に ある。そのため,学習者と教師間の認識の乖離を埋めるためには,学習者が CS及び CCの構成要 素をどのように理解し評価しているのかを把握する必要がある。
これらの知見は,コミュニケーション方略の実証研究や学習者のコミュニケーション能力の評価 についても再考を促す独自性を有するものとして,博士(学術)に値する価値ある業績であると判 断された。