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日光輪王寺蔵『諸事表白』所収説話の方法(下) : 漢文翻訳の表現とその意図をめぐって

著者 山本 真吾

雑誌名 三重大学日本語学文学

巻 9

ページ 1‑13

発行年 1998‑06‑28

URL http://hdl.handle.net/10076/6530

(2)

日光輪王寺蔵 『諸事表白』 所両肌説話の方法 (下) ‑漢文翻訳の表現とその血息図をめぐって一 山本真玉口

三、抜祇国悪鬼昆沙々俄悔説話

m謹話の梗概

本書第五篇(五九五真下1行〜六〇五真上16行)は、十九歳

で天折した熊野殿の中陰(四十九日)の追善供養の際のもので、

二曲経・釈迦如来三尊の釈義と施主分(六〇二真上8行〜)と

から成り、この施主分に、抜祇国の悪鬼・毘沙々の俄悔説話が

引載されている。原本紙焼写真に拠れは、七二丁裏6行から七

九丁表3行に亙る八十九行(一行十四字程度を記す)もの言辞

量を有し、登場人物の会話を巧みに織り混ぜる叙述は詳細を棲 め、本書中最も規模の大きな説話である。施主分咤この毘沙

々説話が大部分を占め、その前後に施主等に向けられた文言を

わずかに添える程度であり、本説話によ.って施主分における主

張を蘇らせるかの如くである。

説話引用の形式は、改行を行い、説話冒頭には科段符を付し

て導入部を示す型で、説話であることが明示的である。

まずは、前稿(二、唐岸禅師往生説話) 〈菅〉と同様、この説

話の梗概を示せば、次のようである。 1、昔、仏在世の時、抜祇国に毘沙々という悪鬼が住んでおり 人民を殺害して食していた。国中の人がこれを嘆いて一計を 案じ他国への脱出を企てる。ところが、これが昆沙々の知る 所となり、その企ての無謀なることを告げられる。一方、悪 鬼は人民の嘆きに理解を示し、毎日一人を賢に祀ることで由 無く多くの人を殺害することはしないという約束をし、人民

もこれを承諾した。(六〇二下11〜六〇三上4)

2、善覚長者の子に都債羅という小児がおり、他に兄弟など無

い一人っ子であった。この都度羅が費の順に当たり父母の悲

しみは筆舌に尽くしがたいものであった。しかし取り決めを

違えることは許されず、鬼王の窟口に置いて帰ろうとする。

長者は声を挙げて釈迦如来に那優羅を失う悲しみを訴え救命

を撃っ。(六〇三上5〜六〇三下8)

3、釈迦如来、天眼天耳を以てこの事態を知り、鬼王の住所に

飛来した。釈迦は小児に自らの正体を明らかにし悪鬼を降伏

し小児を救命するために来たのだと告げる。小児、大いに喜

んで釈迦より法眼浄を得る。(六〇三下9〜六〇四上3)

4、悪鬼は、これを見て大鵬意を起し刀剣を降らせて仏を攻撃

するが、衣の端さえ揺るがない。そこで、改行・新行・行滅

の難題を課して征服しようとするが、これも仏は簡単に答え

(3)

てし事つ。悪鬼は窮して今日の食分である小児を返してくれ

るよう仏にせがむ。(六〇四頁上4〜六〇四真上13)

5、釈迦は、昆沙々に、お前はかつて沙門であったが梵行を破

ったことにより悪鬼となったのだと因縁を諮るや、毘沙々漸

悦して、山谷・千両の真金を仏に奉り、納受を乞うことで許

される。(六〇四貢上14〜六〇四真下6)

6、さらに悪鬼は、仏より鼓動を承け抜祇城に赴いてそれを伝

える。善覚長者、これを聞いて歓喜し、八万四千の民と共に

仏所に詣でる。皆、法眼浄を得て、善覚・那倭羅親子も型果

を得、長者は都度羅に家を継がせた。釈迦如来在世にはこの

ようなことであった。(六〇四頁下7〜六〇四真下16)

闇類話との比較

本説話の類話としては、梁の宝唱等の撰に成る『経律異相』

(大正蔑五十三・事彙部上)巻第四十六「毘沙惑鬼食職人民遇

俳倍解七」とその出典たる『増壱阿含経』 (大正蔑二・阿含部

下)巻第十四(二)を見出している。『増壱阿含経』の方が文

章畳も多く許しい内容を有しているが、『諸事表白』説話との

本文の近似度は概ね『経律異相』が高い。因みに、『諸事表白』

所収説話二十篇中には、本説話以外にも、第六篇⑳「有迦長者

の娘須摩掟女の事」 (1『経律異相』巻第十二)、同⑳「迦羅

越長者の事」 (1同巻第三十六?)、第七篇⑳「金地国の后、

国王茶毘の火に身を投ずる事」 (1同巻第十四)の如く、F経 律異相』に類話を指摘することができる。但し、『諸事表白』 詩篇の筆録者が同一人物であるか否かも未詳であり、かつ個々 の説話の直接の依拠資料も確定されていない段階では、この事 実をもって本説話の出典文献として『経津具相』を扱うには慎 重でなければなるまい。従って当面Ⅰま類話として扱い検討する ことが穏当であろう。

以下には、前稿と同様、[Ⅰ] 『経津具相』と『諸事表白』

のそれぞれの説話が叙述内容で共通する箇所と、[Ⅱ]両者が

異なる箇所とに二分し、それぞれ川で分けたl〜6のプロット

毎に比較検討を行うこととする。

[Ⅰ]両者に共通する箇所

〔プロットl〕

①抜祇園界有鬼。名鳥毘沙。極魚兇暴。殺民無量日恒数十人。

皆共集而作是説。可避此国連至他界。(『経律異相』・「毘

沙惑鬼食職人民遇俳倍解七」) 1昔シ俳在世ノ時、抜(入き祇(重囲二有リキ毘沙々卜申ス惑鬼。

殺害シテ緒ノ人民う以テ爵食ヰ。国中ノ諸人欺テ之う、一所

ニ衆廻ラシテ計lつィヲ擬ヨ免加斗ムト此難う。(中略)各

可キ遷ッル他餞叫之穣ヲ評{Ⅴ)定スル程ニ(『諸事表白』、

以下この順に示す。)

②鬼知人心便話彼人月。汝等莫離此虚至他邦土。終不免書手。

卿日日持一人詞書便不擾汝。時政祇人日収一人嗣。

(4)

1鬼神知テ此事う申穣ハ、「汝等可シテ然一我力積嶺彗トナ

レリ。イツクノ雲ノハテ海′ハテニアリトモ我力手ヲハ不可

解功。而ヲ去テ移ラウト他国‑一癌スル之粂、甚夕以慮ナリ。

又汝等所口歎づ有り謂一。サリトテ又我食分ヲ八非ス可きー

留ヰサレハ毎口二人ヲ定メテニエこ嗣。守テ次第う無違づ ル軋。無り由一多ノ人ヲ害毒セム事モ草‑無キ挙也」ト

云々。人民承{上き諾(入葺)シテ之う、指シテ次第づ送クデー

人う、

〔プロット2〕

③時有長者子名日善覚。在彼住止餞財多膏。見名那優癒。唯有

一子。有此限制。兇那倭羅應嗣是鬼。父母沐浴此小鬼克。典

著好衣至彼鬼所。噂突喚呼不可稿計。 ↓一人ノ長者アリ。名テ日7尊貴斗。其ノ長者二有り一子】。 名テ日ク監雫。無シ兄一、無シ弟斗、無シ他腹∴無シ

養子蔓∴最〈善愛元クシテ極ぺ如シ守ルカ眼緒→。ソ レニ人。ソ多り侯ヒケメ、此ノ少兄シモ普笥鬼王ノ熊ノ順

ー一反母′長者悲泣スルコト不可構計≡≡て以モ七珍万膏づ

不可償づ、以モ百千ノ牛羊〈上)う不可替→。サヤウノ鬼王ノ

習ヒトシテ一ヒ約束シツル事更二元シ達雄コト。故こイカニ

モくスヘキ様ナクシテ、泣く沐〈入)浴(入)潔(入)涛宰)シテ

綾癒錦繍ヲ最後ノ衣‑裳〈Ⅴ)タチキセテ臨テ其日七、父母春

展引率シテ勝二至タテ塚ノ問二鬼王′窟ノロチこ置イテ欲ス

ルニ厨うムト、父母巻島八悲テ少晃う泣キ少鬼∧慕父母づ泣

ク時ニ、

④並作是説。諸鬼地神皆共寿明。我此一子。願擁此見使得免済

蒋提桓由及梵天王。諸如来弟子漏壷阿羅漢及辟支彿。乃至如 束最尊最上良祐福田。無有出如水上考普璧察之。察知来皆

照此至心。以見付鬼使退而去。 ↓長者畢奪う申ス様ハ、「天神地祇諸共二可シ澄明苧づ蚤フ

我身二有り唯シ些子→ミ。今終忙シ成ル鬼王ノ食ヰ。顔八

諸ノ神祇冥衆詮明シ此事う給へ。我レ一子ヲ失7悲ミ道理有

ル歎克イ欺。(中略)四大天王八居シテ須瀦半腹‑一‑目近り見

給ラム。願八重隷テ加護う救玉へ我子′命づヲ。梵天帝尺八 虚シテ高董之閣l一l、居テ須輔嘩一て御覧ラム。我レ奉ル辟命

、づ救玉へ我力鬼ノ命う。諸′如来ノ御弟子三明六適ノ大羅漢

達ノ緒ノ辟〈入き支{上)併ノ聖人無ウシテ師一、自ラ倍り玉ヘ ル、是二不ラム助玉八人′愁づ哉。我レ今奉ル蹄命、づ救玉へ

我力見難う。(中略)願八照シテ我悲づ、顧八琴、、我力欺う 給へト昭ヒ了テ泣く家二鱒誉

3

(5)

〔プロット3〕

⑤爾時世尊以天眼耳徹聴聞見。以神足力至雪山北。入鬼住虚結

執政坐。是時小鬼至鬼住虚。遥見知束光色柄然。三十二相八

十種好荘照其身。戟歓喜心向於如来。謂是悪鬼随意食之。 1爾時、尺迦如束、以テ天眼づ進二御覧シ此等′有様ヤヲ以テ

天耳う其′悲ノ聾ヲ問シ食シテ青蓮慈悲之御限二涙クマシウ 覚シ食シケレ八、以神通う飛シテ彼′鬼王′住所‑一東テ、雪 〈入)山′北′塚ノ中‑.1至テ住シ給ヒ空軍l少兄世尊′住シ

給ヘルヲ見ルl痛好光明微妙可雪愛ニシテナツカシウ貴ウ

御シケル時二小心二思様ハ、「此人ハヨモ食ムル人う惑鬼テ ハアラシ。我レ見ルニ此人う、ス〜ロこ歓喜之心アリ。定メ テ非シ悪鬼′害スル1㌃人う。設ヒ又被ルトモ害セイカニセ

ムソ」ト思テ愴上ケ奉テ立クルニ、

⑥是時世尊台日。那優羅如汝所言。我今是如束至眞等正餐。牧

水救汝及降此鬼。都塵羅歓喜頭面痛足。時世尊輿説妙義。即

於座上諸塵垢轟得法眼浮。 1世尊台ケチノ給フ様ハ、「如ク汝力心二思憎、我ハ是レ非ス

悪鬼‑一lハ。尺迦如来眞士毒正餐卜云ハ我事也。降伏シテ悪

鬼づ鳥二助ムカ汝う束ルナリ」ト被ルゝ仰寸時ニ、小鬼大キ ニ悦テ我力父母ノ言ニモ膠レテナツカシウ、ウレシウ撃て 俳ノ御足ヲ礼宰丁シテ日近り参テ侯ニ、世尊、四眞芸〉訪毒 ノ法門ヲ説キ聞カセ拾7シ時ニ、少見忽二得キ法眼浮づ。 〔プロット4〕 ⑦惑鬼還本虚。逸見世尊端坐不動。便興恵怒。両君電界産或両

刀剣。未堕地境。如水化作優鉢蓮華。復両種種神力如来随而

降之。沙門衣毛不動。

1惑鬼見テ俳′住シ給う起大晦〈善意う、雷〈平)電(蔓霹靂シテ

刀剣ヲ雨フラシテ、欲ス害セム寸俳う。刀害剣(上〉襲シテ作

育蓮花斗散ル俳上‑一l。悪鬼思穣八、「此ノ沙門不思議也。義

シテカう鳥二障難う乃至衣′端ヲタニモユルカス事ヲエス。

⑧我今昔往問共深義。(中略)時鬼問日。何等是政行新行及行

波。世尊告日。皆知眼是政行。暴時所追録病成行。耳鼻口身

意此是改行。今身所造身三口四意三此是新行普知改行減益。

更不興起復不造行。能取此行永己不生永轟無線。是謂行滅。

鬼自俳書。我今極飢辟我少見。 1今問ヒ奉テ難義づ、制垂伏セムト患テ問奉ル様ハ、「沙門

郁那改行、何等力新き行、何等力行滅」ト云り。密事ヲ問 ヒ奉ッルヲ俳ケ、ヤスくト答へ給フ様八、「過去′身三口

四恵三ハ是ル改行、現在二起コル八新行、行軍■)シ畢テ、不 レ八起う行〈芸永り不ル生害是レ行波ナリ」ト。鬼神カナ

(6)

シウ被テ答『エ不難〈王セ。サテ、濫云フ様ソ「我極メテ飢

ゥヘクリ。何故ソ奪ウテ我日食う、令ル折我う健〈平き苦セ。

我二此′少見ヲ返玉へ。我力今日ノ所食也」ト云々。

〔プロット5〕

⑨世尊告日。昔我鳥菩薩時。有領投我我尚不惜身命彼舘厄。況

今己成如来。能捨此見令汝食敢。汝迦兼併時骨作沙門。修持

梵行後復犯戒。生此惑鬼。

1世尊ノ言ク、「我レ昔未弊シ成仏寸時タニモ替 舘‑一l割身う

況今己二成仏セリ。捨テゝ人類づ与ヘム汝‑一‑事不卜思モ寄う

ノ給テ鬼神ヲ恥シメ給7様ハ、「サモアラス。汝八苦シ迦葉

仏ノ時、鳥沙門小行セシ梵行う者ノソカシ。サコソ破テ梵行

う、今日成惑鬼小。克訝漸菖)慎一人ヲ可食づ様ヤ八有ル」

ト被テ仰ヰ即倍テ神カう令メ知ラ宿命う給フ時ニ、

⑩時彼惑鬼手数千両金奉上世尊。我今以此山谷。施招提僧。唯

験世尊輿我受之。世尊即受。 1願ハ以我レ此ノ山谷(入)井二千南ノ眞〈き金〈上)う奉ル世尊‑一‑ 々々可シト納受シ玉フ之う。如ク此一く再〈上)三申ス時ニ

世尊許シ玉ヒキ之づ。

〔プロット6〕

⑳鬼日更有何教。世尊台日。捨汝本形著三法衣両作沙門。入故 祇城虚虚数令。(中略)今度那優羅小鬼。及降毘沙悪鬼。汝 等可往至彼受化。時毘沙鬼於枚祇園。唱如是青。 1サテ、惑鬼垂テ申テ云ク、「世尊有ラ八救勅一、我レ可シト

奉行ス之づ」彿言ク、「汝著沙門ノ三衣う、入テ抜〈入き祇{上 き城〈毒‑一‑可シ流布ス此次第う」鬼神承テ仏′教勅う、入テ

城l一‑普ク昏テ言ク、「今日尺迦牟尼世尊度シテ那擾羅少見う

祓ヒ其ノ厄難づ降伏シテ昆沙々悪鬼づ令ム起コサ善心う汝等 チ早ク往話芸ヲソテ俳所‑一首き準一受ス沸教づ」ト拳テ聾う

告ケノゝシ〜カハ、

⑳是時長者善覚。聞此番己書躍不勝。賂八萬四千人民之衆。至

世尊所。

1長者善覚聞此言う了テ、歓喜′涙夕雨ト7リ、踊躍ノ心像ル

身‑一‑。終テ八万四千ノ人民う詣リテキ世尊′虚‑一l。

引用が長くやや煩損になったが、右の①〜⑳を通覧して、注

意されることは、まず第一に、登場人物の心中に立ち入って心

の動きを克明に描き、会話表現を充実させて叙述の展開のなさ

れていることが挙げられよう。この点は、前稿の唐岸禅師の往

生説話と共通する特徴である。

毘沙々の会話・心内文に注目すると、②では「汝等美麻此虚

至他邦土」に対応する箇所が、「イツクノ雲′ハテ海′ハテニ アリトモ我力手ヲハ不可離Ⅷ。而ヲ去テ移ラムト他国‑一癌スル

5

(7)

之粂、甚夕以愚ナリ。」となっており、仮名書き自立番を多用

しての翻案と見られる。⑦では、地の文「沙門衣毛不動」の箇

所を「悪鬼患様八、此ノ沙門不思議也。壷シテカう鳥二障難づ

乃至衣ノ端ヲタニモユルカス事ヲエス。」と心内文の表現を採

っているのである。⑧は『経律異相』でも会話表現であるが、

『諸事表白』では飢えのため小児を求め訴える箇所に付加要素

とおぼしいものが多く観察される。

善覚の一子を失う悲しみを訴える下りも、③・④の会話部分

に多くの言葉を費やしその切実さを強調していることが窺われ

るが、中でも④「救玉へ我子ノ命づヲ」と何度も繰り返す箇所 に端的に表れている亨。

,

⑤において、郭優藤が世尊と対面する箇所も、「小心二思様 八」として邪優藤の心中を克明に描く形で叙述を展開している。

また、釈迦については、既に『経律異相』において会話文を多

用しているが、釈迦が悪鬼の因縁を蘇る⑨について「サモアラ

ス」、「サコソ」と仮名書き自立番を付加して会話文を翻案し

ている点は注意しておきたい。

次いで、『経律異相』に認められず、『諸事表白』にのみ見

られる表現の特徴として、対句表現の多用ということを指摘し

たい。これは、先の唐岸禅師の往生説話の方には見られなかっ

た本説話の特徴である。

③「無シ兄一、無シ弟ヰ、無シ他腹一、無シ養子葺こ、 「以モ七珍万賛う不可債づ、以モ百千′牛羊〈上〉う不可替ゴ は一人っ子那優羅がいかに善覚長者にとってかけがえのない子 であるかの患いを対句によって量的に補強、充実させていると 考えられる。またこの父母と子の別れを惜しむ箇所にも、「父 母寄居八悲テ少鬼う泣キ、少見ハ慕父母う泣」と対句表現が用 いられている。⑳も、「四大天王」の句と「梵天帝尺」の句で 対句を構成し、善覚の訴えを強調している。⑳「今度那鹿羅小 鬼。及降毘沙悪鬼」を「今日尺迦牟尼世尊、度シテ那擾羅少見 う祓ヒ其′厄難う、降伏シテ昆沙々悪鬼う令ム起コサ善心う」 と対句に改変し、⑳「喜躍不勝」を「歓喜ノ涙夕雨ト7リ、鞘 躍ノ心像ル身ごの如くやはり対句表現を採っている。

このように、本説話は対句への表現志向が看取されるのであ

って、一項ならず数項を対として具体の主に物を言わせること

により、描写の肉付けを行っているものと理解される。

[Ⅱ]両者の相違する箇所

㈲『経津具相』に存し『諸事表白』に認められない箇所

叙述内容は共通するがその表現の細部において異なる点につ

いては、[Ⅰ]で見ておいた。ここでは叙述内容そのものが『

経律真相』と『諸事表白』で異なっ.ている箇所を拾い出してみ

た。

なお細かく見れば他にも指摘することが可能であろうがここ

に該当するものとしては主として次の三箇所がある。

⑳彼惑鬼。是鬼散人骨満渓谷。

⑱設不能報我者普持汝両脚掛着港南。俳書。若人非人無能持我

(8)

雨脚樽海南者。

⑳便説此偽。圃果施清浄 及作木橋梁

設能造大船

及諸養生

童夜無僻怠 獲福不可量 法義戒成就 終後生天上

㈲『経津具相』に無く、『諸事表白』にのみ認められる箇所

これも細部については枚挙に蓮が無いであろうが、ここでは

登場人物の性格や言動に関わらない次の箇所に注意しておきた

⑳昔シ俳在世ノ時、

い。

⑧抑尺迦如来八世二在イテ未財降伏七者ヲシテ降伏シ、未脾度

脱七者ヲシテ令ム度脱セ。

⑱尺迦如束在世′時ハ皆如此候ヒキ。

⑳は、説話の冒頭部、⑳は説話の末尾の箇所で結びの文言であ る。⑳は、善覚長者の会話部で仏に子の救命を撃っ箇所である。、

いずれも「俳在世」を取り立てて述べる意図が濃厚である。

[Ⅱ]の糾・㈲の箇所の解釈については、本説話を含む施主分

の主張との関わりで検討することが適当であろうから、相で改

めて考察することとし、ここでは事実の指摘に止めておく。

籾表現上の特徴

前稿二と同様、ここでも吻の作業を承け、説話部の言爵的特

徴を抽出してみたい。

①文字・表記(仮名書き話) 本説話部には漢字本位に小書きの片仮名を交え用いる表記体 の中にあって、大書の片仮名も散見する。

自立番のうち、名詞では、「ハテ(果)」 「ニエ(費)」、

動詞では、「アリトモ(有)」

「タチキセテ(着)」「ユルカ ス(揺)」「ノゝシゝカハ」「カイ具(シ)テ」があり、形容

詞・副詞の類では、「ナツカシウ」

「ウレシウ」「カナシウ」

の感情形容詞の他、「ス〜ロニ」

「ヤスくト」

「ヨモ」「エ」

など、指示詞では、「サリトテ」

「サラハ」「サハ」「サモア ラス」「サコソ」「ソレこ」「イツクノ」

「イカニモく」

イカニセムソト」等が見える。附属爵では、助動詞では打消推

量の「(アラ)シ」、過去の「ケリ」、副助詞「夕こ」等が拾

われる他、仮名書き自立帝に下接するものがある。

②音声(音便)

本説話には音便を多用する傾向が顕著に窺われる。

まず、動詞について、イ音便の例としては、「置イテ」、「

在イテ」、「借テ」、「カイ具テ」の四例が存し、り音便も、

「奪テ」、「聞カセ給フシ時」とハ行四段活用動詞に見える。

撥音便と解すべき例も「成惑鬼ト」の一例が指摘できるが、中

でも促音便と解すぺき例が最も多く、「一所二衆」、「送クテ」、

「至タテ」の如くラ行四段活用動詞に九例、ハ行四段活用

動詞に「慕 父母づ」の一例が数えられる。これらに対応する

7

(9)

非音便形の例は本説話内には見えない。

次いで、形容詞については、「元イ欺」のイ音便形が一例(

非音便形は二例)、「多り」、「無ウシテ」等のり音便が十三

例と多く、非音便形は「元クシテ廃刊」

「ナクシテ」

の二例

のみである。

③詩法(過去の助動詞、係結びの使用)

本説話では、過去の助動詞としてはキもケリも用いる。

○昔シ俳在世′時抜〈入き祇{毒囲二有リキ毘沙々卜申ス悪鬼。

○小鬼忽二得法眼持寄きう。

○世尊、許玉ヒキ之づ。

○尺迦如束在世ノ時ニハ皆如此候ヒキ。

○ナツカシウ貴り御シケル時ニ、

○我レ苦行シ梵うケル沙門力今成テ悪鬼斗、

強意の係結びとしては、

○人コソ多り侯ヒケメ、

○サハ大鬼神大毒‑婿′悪鬼コソ無ラメ情。

の如く、コソによる例が見える。

④夢柔(訓読語、和文帝、記録諮他)

本説話においても、いわゆる漢文訓読語と和文番とが混在し

ている状況を観察することができる。

まず、訓読爵としては、次のようなものがある。

[〜むと欲す] ○鬼王ノ窟′ロチニ置イテ欲スルニ蹄うムト、

[いまだ]

○尺迦如来八世二在イテ未脚降伏七者ヲシテ降伏シ、

[きはめて]

○サテ濫二云7穣ソ、我極メテ飢タリ。

[すでに]

○況今己二成俳セリ。

[そもそも]

○抑尺迦如爽ハ世二在イテ未脾降伏七者ヲシテ降伏シ、未財度

脱ヰ者ヲシテ令ム度脱セ。

[たとひ]

○設ヒ文枝ルトモ害セ、イカニセムソト恩テ、

[ときに]

○時二一人ノ長者アリ。名テ日7善覚小。

[みだりに]

○サテ濫二云7楼ソ、我棲メテ飢タリ。

[打消の助動詞「ず」の連体形、己然形]

○行〈毒シ畢テ、不レ八起う行芸)永り不ル生睾是レ行滅ナ

[比況の助動詞「ごとし」]

○最〈善愛元クシテ極刊、如シ守ルカ眼精う。

(10)

[使役の助動詞「しむ」]

○何故ソ奪ウテ我日食づ、令仙術我う偉(昌苦セ。

[形容詞連用形+して] ○イカニモくスヘキ様ナクシテ、

一方に、平安時代後半期の訓点資料には通常見出しがたい、

平安仮名文学作品に見える和文藩の例が認められる。

[ありさま]

○尺迦如束、以テ天眼づ、邁二御覧シ此等ノ有様→ヲ

[うれし]

○少鬼大キニ悦テ我力父母′言ニモ勝レテナツカシウウレシウ

覚テ、[なつかし]

○少鬼大キニ悦テ我力父母ノ言ニモ膠レテナツカシウウレシウ

覚テ、

【なだ(涙)ぐまし]

○青蓮慈悲之御眼二涙クマシウ覚シ食シケレ八、

[よも]

○此人ハヨモ食ムル人づ悪鬼テハアラシ。

[え(副詞)]

○鬼神カナシウ被テ答叫工不難〈平)セ。

[すずろに]

○我レ見ルニ此人づスゝロこ歓喜之心アリ。 [過去推量の助動詞「けむ」] ○人コソ多り候ヒケメ、

[現在推量の助動詞「らむ」]

〇四大天王ハ居シテ須弼半腹‑一‑目近り見給ラム。

[過去の助動詞「けり」]

(前掲) さらに、記録語の類と認むぺきものも存するようである。

[甚以]

○而ヲ去テ移ラムト他園l】‑擬スル之粂、甚夕以愚ナリ。

[了]

○カイ具テ嘩丁家‑一l令崩力其ノ跡小ヲ了ヌ。

これに関して、本説話の漢蕗として、類話の『軽津具相』に

見られないものとして、「評定」

(前掲例文①)、「摘領」

(

②)、「承諾」

(②)などが注意される。

また、会話の引用形式に「様」によって導く形式の用いられ

ている点(前掲例文②、④、⑤、⑥、⑦、⑧)は、先の岸禅師

説話と同様であって注目しておきたい。但し、この「様」は前

掲例文⑧までで、⑨以降はク語法による形式(「世尊′言ク」

など)で誇られる。

さらに、いわゆる(和漢混清文型〉と説かれる(掌

「だに…。

イハムヤ…。」

の文型も見られる。

○世尊ノ言ク、「我レ昔未野ソ成俳ヰ時タニモ替 領‑一‑割身う

9

(11)

況今己二成俳セリ。

このように、本説話の宙彙は、漢文訓読調を示すものに限定

されない多彩なものであって、和文爵、記録語などが混在して

いるということが確認される。

⑤敬宙

先の岸禅師説話と同様に、本説話の敬番表現も多様であり、

尊敬誇に、「御覧ず」 (前掲例文④)、「のたまふ」

(同⑥)、

「おほ(仰)す」 (同⑥)、「おぼしめす(覚食)」

(同⑤)、

「きこしめす(聞食)」 (同⑤)、補助動詞の「たま(給)ふ」

(同④)があり、謙譲森には、「事つ(申)す」

(同②)、「

たてまつ(奉)る」 (同⑧)、「まう(串)づ」

(同⑫)があ

る。丁寧帝に関しては、 ○昔シ俳在世′時、抜(入き祇毒闘二有リキ毘沙々卜申ス悪鬼.

〇ソレこ人コソ多り侯ヒケメ、

と、常体、敬体のゆれが見られる。この点も岸禅師説話と共通

するところである。

囲第五篇の法会における当該説話引用の意図

本説話は、第五篇の「施主分」に引用される。この施主分の

冒頭は、

施主分

抑亡魂聖衰逝去之後チ、日数椅重ナレリ。哀レニ悲ウコソ覚

へ侯へ。

で始まり、年若くして亡くなった熊野殿の死を悼むことから語

り起される。

そして、

○凡ソ俸シ追善う御スハ皆是レ長(王年亨′人く疲レ訪州御

ス虚ハ是レ童(平〉雅{上きノ之齢ヒ也。事ノ次誓二以テ禦。

無常之悲ミ欲レハ申サムト涙夕先タチ可落イヌ。尺尊若シ世 こ御イセシカハ参テ此事ヲモ奉り問ヰ御シナマシ。如束在世 云有ル愁芸ハ参テ奉レ八開ヒ因縁づ説ヰ聞セテ揖愁言

ル歎ヰ者′ハ奉レ八開由来づ教シヘサトシテ慰メ欺う御シキ.

尺尊入滅之今比ハ徒二悲ミ徒二歎テ不覚ノ涙タニ落チ可イ救

づ人モナク、可イ助→之人モナシ。賓二悲イ事卜寛へ侯。

と説き、本説話が配される。右には、釈迦滅後には、因縁を世

尊に説き聞かせてもらうことの叶わないことを述べ、童雅にし

て逝去した追善の対象たる亡者の「事ノ次第」が「逆」である

にもかかわらず、そのことを問いただそうにもできないことを

悲嘆するのである。

この主張は、本説話引用の後にも繰り返され、

○如来滅後ノ今比コリ可イ訴→片モ無り、可イ問づ人モ無ケレ ハ、瀦ヨ悲イ事テ侯へ。

と述べる。

(12)

ここで、この点を踏まえて、先に見た『経津具相』と『諸事

表白』の両者の相違する部分に再度着目してみる。

まず、『轟律異相』にしか存しない箇所は、先の⑳(悪鬼の

餌食となった人骨が深谷に満ちた)、㊥(鬼の難題た答えるこ

とができなかったならば、仏の両脚を持って海南に投棄する)、

⑳偶の引用、である。⑳・㊥墜いずれも鬼の悪業の具体を詳

述する箇所であるが、蘇り手は、このままでは冗長で、(人食い)

鬼の一点を押さえれば事足りると考えたのであろうか、あるい

は冷酷な描写を回避せんとしたのであろうか、『諸事表白』に

は見えない。

一方、『諸事表白』の方にのみ存する文言は、⑬〜⑳のいず

れも(仏在世の時)を殊更に取り立てて述べている。これは法

会の蘇りの展開上、有機的に絡んでくる文言であり重要である。

「(仏在世の時)は悪鬼の因縁を釈迦自らが説き明かしてくれ

た」という叙述内容を含む本説話を配することは、すなわちあ

くまでそれは(仏在世の時)ゆえに可能であったのだというこ

とを強調することで、当該法会開催の(仏滅の今)と対比させ

て悲嘆する具体的な例話として機能せしめんとしたことが判明

するのである。

このように、本説話においても、法会の展開上、その主張の

抽象内容を具体的な例話によって補強するために配されている

との解釈に到るものである。

但し、ここで注意しておきたいのは、仮にそのように配置し た蘇り手の意図が読み取れるとして、果たして本説話が法会の 主張の具体的例話として真に相応しいものであったかと言えば、 必ずしも即座に首肯されるべきものではないように思われる。 当蔽の施主分の本筋は、実は(仏滅の今)を悲嘆すること自体 にあるのではなく、たとえ釈迦滅後であっても、十九歳で他界 した「幼〈善稚{上)聖垂」が(悪道に堕ちることがないように)、 (四十余日の今に菩提に至ることができるように)と祈顔する ことにあった。つまりは、(釈迦在世の時)にはよく仏の教勅 流布したがそれが今ではもう叶わないことを悲嘆する主張自体 は、主題ではなく、前置き的に添えられた部分である。その部 分をこのように強調して取り上げることは主題自体を見えにく くする叙述に傾斜してゆく危険性を革んでいるように思われる のである。そうして、さらにその添えものの部分にこれほど長 大な説話を配置することが、施主分全体の主題にむかってどれ ほど有効に働いているかといえば、むしろ逆効果との判断を下 さざるを得ないのではないかと思われるのであって、そこには 主題との不整合乃至は剋齢が存すると理解されるのである。

四、むすび

以上、一『諸事表白』所収説話の方法を考察すべく、仏教関係

の中国漢文に類話の見出せる主要説話二篇を取り上げ、叙述の

内容、表現の比較を通して、漢文を読み解いて翻訳し、時に表

11

(13)

現を大きく改変して言葉を紡いでゆく誇り手の表現特性を開明

せんと試みた。さらに、それぞれの説話の置かれる法会の説教 において、その説話がいかなる役割を果たしているかを踏事え

ながら、蘇り手の翻案の意図がどの辺に存するかを追究した次

第である。

直接の依拠資料という意味での出典文献は未だ特定できてお

らず、また『諸事表白』所収の都合九篇の法会の筆録者も同一

の人物か否かも含めて未詳であるというのが現在の研究段階で

あることを鑑みると、かかる類話との比較によって、どこまで

が『諸事表白』の独自の表現行為として認め得るかは精確には

測定できていないという限界の存することは自覚しておく必要

があろう。このように、説話の語りの構造、作品論といった本

質的な議論になかなか踏み込めないもどかしさはあるが、その

一階梯としてここで行った作業を通して、二篇の説話に共通す

るところの、《漢文の口語翻案》の手法を抽出し得たことはそ

れなりの意味があるのではないかと考える。

すなわち、それは、草案集、金沢文庫本仏教説話集また醗醐

寺本薬師のような鎌倉時代表白付説教書雪)における、説話部

の一言宙的特徴に概ね共通するものであった。その昔蘇的特徴と

は、大書の仮名書き爵を多く交え、音便を多用し、革彙・帯法

では漢文訓読語に限定されずに和文話や記録詰、また口話的帝

詞を交え用い、敬番も登場人物相互の関係を蘇る指標として多

彩であるというものである。 議事表白』の帯りの方法は、従属するところの法会の目的

に沿うように配され、漢文の仏教書を下敷きにしつつも、叙述

の展開においても、一つひとつの表現についても参列する聴衆

に直接訴える力を持つ、なじみのある表現へと自在に改変する

ことを志向するもののように推察される。

さらには、その自在さがマイナス方向へ傾くと、この二篇に

ついて見たような、本筋とは明らかに別の主張が顔を覗かせ不

協和音として響く部分が観察されたり、また本籍の主張と説話

が噛み合わずバランスを欠いて不整合のまま配置されていると

いった印象を免れ得ない状況が生じてくるものと考えられるの

である。ゆえに、この不整合乃至軋舵について、これを鎌倉時

代における天台関係の法会の蘇りの流動性乃至は当座の即興的

言語活動といったことを具体的に物蘇るものであると解釈しそ

の営為自体に意味を見出すならば、『諸事表白』は、その生々

しい実態を伝える貴重な資料としての意義を帯びてくるものと

思われる。

今後は、さらに残された小品の説話についても、ここで試み

た作業を行い、網羅的にこの作業を積み重ねることによって、

所論の補正を図りたい。また、依然未詳の『諸事表白』各篇の

筆録者の検討や出典探索も継続してゆきたいと思う。その際に

は、三の悪鬼毘沙々説話に見た、対句仕立ての表現志向の有無

といった表現特性を個々の説話で観察することなど、説話の表

現そのものに注目することも重要な接近の仕方であると考えて

(14)

いる。

このような作業を適して、『諸事表白』の、説話文献の中で

の位置付けを行い、ひいてはその昔宙文化論的考察を体系的に

積み重ねることを行い、成果を纏めてみたいと考えている。

(l)山本真吾「日光輪王寺蔵『諸事表白』所収説話の方法( 注

上)‑漢文の翻訳とその意図をめぐって⊥ (『三重大

学日本藩学文学』8、平成9・6)

(2)但し、『鮭律異相』に比して詳細な叙述を見せる『増壱

阿含経』巻第十四の方では、「使脱此厄」の文言を繰り

返して訴えている。

(3)峰岸明『平安時代古記録の国藩学的研究』昭和61、東京

大学出版会)第三部第二章記録語と和漢混清文、八二九

貢。

(4)山本真吾「鎌倉時代に放ける表白付説教書の文章構成と

文体」 (『国文学致』132・133(合併)、平成4

・3)

[やまもとしんご本学教月】

13

参照

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