下 北 半 島 西部 の地 形 発 達 史
‑ 特に野 平 盆 地 につ い て‑
佐 々木 修
Ⅰ
序東北地方 には、第三 紀以降の構造運動 により生 じた と考え られ る鬼首盆地な どの ような旧湖盆 が 分布 しているO その うち、第四紀 に潮解があっに と思われる下北半島の野平盆地 を とりあげ、地形 面の分類及び対比を行 ない、更 に これらの地形 面か ら、湖沼の形式、堆積環境、並びに下北半 島西 部の構造運動 を考察 し、地形発達史 を考 えたので、 ここにその概 略を報告す る次第 であ る。
調査方法 は、野外観察 に主眼をお き、室内作 業 に よる空中写真の判読、地形 図の読 図等を、 あわ せ て行 なった。
Ⅱ 地 形 ・地 質 の概 観
野平盆地 は、下北半 島西部 に位置 し、長径約 5b、短形約
4
h で、北西 方向 に長軸を持つ楕 円形 の形態を示 してい る。坤質 については既 に、先学 (参考文献 5)に よって調査 されてお り、地質 図が作 成 され てい るが、
盆 地内の地形及び地 形発達史に関す る詳細な記載 は、 まだ行 なわれでいない.
盆 地 を取 り囲む山系の うち、北東部 は急 峻、南部 の ものは援やかな丘陵状を呈 している。前者 は 倉 山
(7 2 0m)
を最高 とし、流紋岩や砂岩や古生層な どか ら成 る高度6 ロ
ロn前後 の山地 で、後者は高度
5
ロロn前後の山地で、主 に石英安 山岩 や凝灰岩 か ら成 るO
又、北東部 の山地は、ほぼ同一高度 を もって連 な ってお り、 この山地西麓か ら南麓 に か け て
N N W
方 向 の断 層 が 南東部 の秋山付近 においてE N E
方向の、新三郎沢上流 ではN NW
方向の断層 のあ る事が先学 (参考文献5)
によ り調査 されてい る.以上述べてきた周辺山地 vcか こまれに盆地底 には、広 く、葉理の発達 しT=粘土層や砂層な どの互 層 からな る湖成堆 積物が分布 し、 これ らの湖成層 は、福浦川、大利家戸川流域 においては、最丘堆 積物 に よって切 られ てい るo
水系は、福浦川が盆地北部 の縫道石山の東麓 か ら帝流 し、北西部の丸山東麓か ら帝流 し盆 地西部 で東流 す る大利家戸川 と合流 し.東流す る. この
2
つの河川が野平盆地 における大 きな河 川 であ る が、他 に半太郎沢、四家戸川、新三郎沢 な ど諸支流は、周辺 山地 か ら求心状に流 れ、前述 の福浦Jrl、 大利家 戸川の合流点付近 で、1
つ にな る. これ らの諸支流 の うち、南部、西部 のそれは、いずれ も 比教 的援やかではあるが、東部 から北部 の諸支流 は急峻で、所々 で滝をかけてい る。 これ ら合流 し た河川は大川 目川 とな って、盆地 の東壁 を破 って、畑 に至 り、象の川 と合流 して川 内川とな り、陸‑55‑
奥湾
v c注 ぐ.
段丘 の よ く発達 してい るのは、主 に盆地 の 中央 部 か ら西部 で、特 vc、 野平西部落 か ら半太 郎沢下 流 付近
v
cか け て苦 い 、o また盆地 の東部、福浦川と大利家 戸川合流地点 か ら東' v
c約1
h 付近v
c基盤 岩 が観 察 され る。そ の他 、 大利家 戸川左岸の 中央部、天川 巨りIl左岸 な どの一帯
v
c段丘 が広 く発達 してい るo
Ⅲ
地 形 面 の区分 ・形 態 ・構造野平 盆地 に分 布す る段丘 は、 比軟的 よ く保 有 されてお り、近 接す る地 域 との対 比は、形態、 堆積 物 、 ともに可能 であ るO ここでは便宜上、 上位 面か ら
第Ⅰ面
54ロー 288
m第 Ⅱ面
26ロー 22
ロ 仇第Ⅲ面
19ロー 178仇
第Ⅳ 面17 ロー 16
ロ 仇と
4
つV
C区分 し7=。 各地形 面 の分布は第1
図vc示す通 りであ ち. (なお、地形 面は、分布、高度 形 態、 連続性、 開析 状態、堆 積物並 び'vc堆 積状態 な どV
C基 づい て分類 を行 なっT =
。 )以下、 それ ぞ れ の地形 面v
cついて;JJBベ る0第 Ⅰ面
直 接 山地
v
c7バ ッ トしてい る平担 面や、北西部の丘陵状 を呈 す地形 面 で、 やや開析 されてい るが、未 だ に明 らかな平 趣面 を残 してい る。標課的
v
cは盆地北西 部の地点ti)〜⑲、北東 部 の地点@ ‑@ 、 南部 の地 点唾
に発達 してい る。これ らの地形 面 を構成す る堆 積物 は、ほ とん ど見られない。 しか し㊥付近の喜頭 では、
4‑ 5
仇の厚 さの亜 円喋 一円喋 (硬径
7‑ 12e 7 n)
よ りな る確 層が 見られ るが、風化 が著 しいO@付 近南方 では白色の凝灰岩 を基盤 とした面が広 が ってお り、 ④付近 においては、それ らが河 成 の砂嘩層 (厚 さ約6
仇) に よって切 られ てい る。L
i)、⑨ v
c続 く平 担 面は牛滝川右岸 の高度5
DOnの地点v
cおい て著 し く発達 し、牛滝川 の支流、揚 ノ沢 は、北西 方 向v
c開析 を進 め、 この⑲付近 の平担面 を二 分す る よ うv
c流 れ るO牛 滝 川 は、 南東流 しさら に南西 流 す る揚 ノ沢 と北流 す る石 山沢 が合流 して津雀 海 峡 に向 って北西 流 す る約 51血程 の河川 であ るふ この特 異 な流路 形態 の生成原 因は、 付近 の構造運動 と関係が あ る と 思 わ れ る. す な わち、現在 の牛滝川
v
cそ って断層運動が起 っ7T=後、 さらに N N E
方向 の断層が起 r)、 現 在 の様 な流路形 態が形 成 されに と思 われ るO
揚 ノ沢v
cは7
つ程、滝 が 見られ るが、石 山沢 vcおい て は、 見られない。な お、 この面
V
Cおい て地点Ii)〜㊧、@、⑧は 南東方向 に最大傾斜 を示 し、㊥ 忙おいては、 帝西方向 vc、㊥ では南西、@ では南東方向 にそれぞれ最大債斜 を示すO (第
1
国)これ らの面は、下北半 島西部 に、わずかに残 る段丘両に連 らな ると考え られ、津軽半 島の Ⅰ段丘 (参考文献
4
)、下北 半島東部の Ⅰ段丘 (参考文献5)
に対 比され るもの と考 えられ る0第 Ⅱ面
上位 の第 Ⅰ面 より明らか に一段低 く、大利家戸川 と福浦川 に沿 ってはば盆地金城 にわた って分布 し、盆地 内の地点㊥ 〜@、㊨ 、⑲ vc特 に広 く発達 してい る。
分布高度は館付近で標高
24 0 m
,前後、⑳、⑯付近では約18ロm.
であって、第 Ⅰ面 とは4 ロ〜
9bm、現河床 とは約
5
口仇の 比高 で境 されてい るO段丘面 と段丘崖 との境界は、㊥、㊥を除い て 明瞭であ Y)、㊥付近では開折 がやや進ん でい るO段丘巾は、@で約
1 .5h V
Cも及び、北東部の⑯〜⑭ 〜㊨v
cかけては、段丘高度 を増す 忙従い、段 丘 巾がせま くなって行 くのが観 察 され る。これ ら段丘 を構成す る堆積物 は、葉理の発達 した粘土層 と砂層の互層であ り、@付近 では この堆 荷物 が福浦川水 面 まで約
1 1
h の厚 さで発達 してい る。 これ らの堆 積物の上位 には、平均 して、 こ ぶ し大の亜 円傑〜円曙 をのせ、 この瞭層 は風化度や凍国産か ら判定 して割合新 しい と思われ る.如点 画〜@ vcは上下
2
段 の段丘が発達 してい るが、 その うち高位 の ものは南東 に最大債斜 を示 し なが ら1‑
占mの段丘曙 層をの せてい る。㊨付近 では嘩層が占〜 8
仇にも及び、第 Ⅱ面の中で最 も 発達 した段丘の酉の境 とな ってい る.「股に東部地域 にある裸 ほ ど粒径の小 さい ものが多 く、粒形、粒 度、共 に不規則であ る。
又、⑯〜⑭ 忙かけては、㊥付 近の段丘 と同 じ構成物 であ りなが ら開析 は著 しく、起伏 に富み、㊨
の面
よ
Y)明らかV ClD‑ 2Dm.
高 くな ってい る。また㊥ よ
Y )ムー 8
仇低い下位 面は、⑭〜⑯
vcかけてよ く発達 してお り、構成物は、 ほぼ同 じであ るが、 シ ,レト層が よ く発達 してい る。㊥、⑯付近 では、最上部
v c
亜 円襟 〜亜角裸 がの ってい るのが我 察 され るが、 これは、付近の山地 か らの崖錐堆横物 と思われ る。第 m面 ●
大利家戸川 ・福浦川の合流 地点付近 に分布す る低位の段丘 で̲第 Ⅱ面 とは
15‑ 21m.
、現河床 とは14
仇の比高 を有す る.段丘面 と段丘崖 との境界は、 比単的明瞭 であるOこれ らの段丘の堆 棟物は特 vEシ,レト層や、砂層か らな り、 これ らの互層 の間 vc、植物の化石が発 達 してい るのが観察で きる. これ らの期成堆物 の上位
v
cは、比敏的粒 度 の小 さい亜 円砕 一円襟 が の ってい ろ. (嘩層の厚 さは約1
竹卜 襟径は最大 でこぶ し大)第 Ⅳ面
‑5 5‑
大利家 戸川 ・福浦川沿い
V
C分布す る低位 の河成段丘 で第 m面 とは5‑ 1dn、現 河床 とは 5‑ 8 m.
の比高 を もつ最 も新 しい地形面で命 〜㊥‑㊨ 忙帝 も広 く発達 してい る. これ らの段丘を構成 す る 基盤は、 湖成層が主 で、大川 目川左岸 の場 合、湖成 層 (シ II,ト・砂 な どの互 層)を基盤 と し、少量 の砂層を下部 に もった曙 層(2‑ 4 m)
か ら成 る.特 に、
Tgか ら福 浦川 上流 に上 る事、1 .5
払付近 まで、 この よ うな構成物 による地形面が続 くOⅣ
旧野平湖盆 の堆 積環境以上、野平盆地 の地形 面を区分 LT=が、最上部 は湖成堆碍物 の中心岩相 と思われ ろ葉理 の非常
v c
発達 した粘土 層、砂層 と、 これ とインターフ ィンガーして続 く嘩層か ら成 る事がわか る.この うち、 前者 の粘土 層、砂層、 シII,ト層 は、植物遺 体や、葉理 の発達 状態、堆 積状態な どか ら 判断 して、湖成 層 の範 囲 に入 れて、考 えてみ る.
そ こで、野外葡察 による妙形 ・地層学的 な資料 に基づ き、 旧野平湖盆の形 態を推定 す ると、粘土 層 と喋層の イン ター フィンガー帯 よ り、 旧野平 湖の汀線 を考 えれば、 2 5Dm前後、 砂梗層 の一部
も湖成 層
V
C入 ると考 えて、26 D 〜 27 ロm.
前後 にあった と考 える. (最高位27口仇、消滅 時 18 0
竹手.前後1この軍 か ら旧野平 湖盆 の形態 は、 はばだ円形〜ひ とで形 と考 えられ」 最深点は⑯付近 で、水深
1 O D
仇前後 の時が あ っT=と推定 され る.
Ⅴ
構造運動 について湖成層の分布高度や推断 曲者上 にあ らわれた段丘面の連続性か ら (第 5図)、盆地 内にあ る炭丘 と北西部 に存在 す る段丘 とを比戟す る一 方、各段丘面の最大傾斜 を測定す ると (第
1
図)、北西部 の隆起、南東部 の沈降運動が、考 えられ る。即 ち、湖成 層 中の粘土層は、盆地北東部 で
25 8m.
前後、南西部 では190mI
前後 に見られ、6ロ 竹前後 の高度差が生ず る。又、 ‑ ン rt/ベ IL,に よる段丘面の傾斜方 向を測定 すれば、㊥は東 に、⑭、卑咋ま南東 に、事、㊧、
㊥ は北東 に、㊥ は南 に、㊥、㊥付近 では北、 もし くは北西 に最大傾斜 を示 しているO
以上 の事 か ら、第 Ⅱ面形成期 を通 じて、盆地北西部 に隆起、盆地 南西部 に沈降の傾向が あ っ7=草 が推定 され る。
Ⅵ
坤形 発連史以上の現地訴査 を も とに して、地積湖盆 の原形 の成因 を考 察す ると、第三 紀 に受 けT=構成連動 の 革
具
によるものであ り、 その後、一連の粘土層、砂層や シ II,ト層な どの堆帯が あった と考え られ るO湖沼が、安定 状態の もとで形成 されT=後 、周辺 山地 の隆起 がは じま り、 (特 に盆地北部 の隆起運動 が激 し く、)湖成層で あ る第 Ⅱ面は、陸 上 にあ らわれ、侵蝕が始 まっT=と考 え られ る. (なお、 湖
拓の形態 は、初期 vcは、長径
4‑ 5官
爪 短径 5h、 北西 に、長軸方向を もつだ 円形 を してい7=と考え られ る 。 )
しか し、低地は、依然湖潜 を形成 してお り、形態 は、南西、北東方向 に長軸 のだ 円形 を呈 してい 7=と考 え られ る. この よ うな湖 には、 中心 に泥岩 層、外縁部は砂穫 唇が諸支流 の発展段階 や湖岸 の 地 形 に応 じて、三角州上 に堆 積が進行 す るO その後、隆軍は維 持 され、堆積物 の増加 と、福 浦川、
大利家 戸川の下刻 rK:よ り、湖は霜少 し、形態 は
2
1‑
5h程 のひ とで型を呈 してい7=と思 われ るO水位は、初期 において
26bm、末期 で、 180m
,くらい と思われ る。さらに、水位の低下 vc伴 ない、堆積面は開析 され、 その後、第 m百、第 Ⅳ面が形 成 され、なお、
福浦、大利家戸両河川 の下刻作用 によ り、盆地 東部 に低湿地 を残 して、湖は完 全 に消滅 し7=O
Ⅶ 結語
1 .
野平盆地 には、Ⅰ〜
Ⅳの4
つの段丘 面が存在 し、分布な どは第1
図に示す通 りであ る.2.段丘高度の変化、 その他 の地形的特 徴か ら野 平盆地 の地盤 運動 は、盆地北西部 に隆起 の傾 向が あると思 われ る。
5 .
旧野平 湖の水位は最大時 で2
dD仇、消滅時で18ロm.
、永深10D
m ぐらいであ っT=と思 われ る
。本稿 作成 に当 r)、御指導 を頂い7=水野 先生、現地調査 に際 して助言、御 指導 をいただ き まし7=八 戸工 尊 の堀 田先生、 資料収 集 に便宜 をはか って下 さい まし7=教 善部 の今井 先生、 さらに現地 で、 お 世話 い7=だいた丸井幸悦氏はか、多 くの方 々に対 し、厚 く御礼を申し上 げ ます.
参 考 文 献
1)佐藤伝蔵
〔1955)
:下北半 島 地学 雑誌2)
青 森 県日 972)
:青森県の地質5)
通産 省金属鉱物採 鉱促事業 団(1967
、1968
、1969)
:広域 調査 報告 書 (下北地 方)4)
長谷 清明〔1965
1 :津費半 島の海岸段丘 につい て 東i抄b理5)
大矢雅彦 市瀬 由 自〔1956)
:下北半 島北東部 の海岸地形 資源科学研究 所嚢報6
)鈴木蕃 身 桑 野幸夫(1965)
.1下北半 島西部の第三系下北半 島開発 に関す る総合研究 資源科学研究所
‑57‑
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