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小川原湖周辺地域の地形 一 特 に 東 部地 域 につ い て一

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(1)

小川原湖周辺地域の地形

一 特 に 東 部地 域 につ い て一

安 部 詳 ‑

1

東北地方において 日本海側 には庄内 ・秋 田津軽半島西部付近 にみ られるように涛岸砂丘 が広 く発達 している。一方太平洋岸には下北半島部 をのぞいて砂丘 の発達はあまりみ られ ない。そ して又砂丘地域 の研究 も少ないoそ こで筆者は右期砂丘 の存在する (新戸部

1964)三沢台 一

地 と新 期砂丘の存在す る東部沖歳低地 の地形や砂丘砂 の特徴及び地形発達史を明 らかにするこ

とを目的として調査 を行 った。そ の結果 をここに報告 し,諸先輩 の御教示 を仰 ぐ次第である。

調査の方法としては,主に魂地調査 と砂丘地 内の露頭71ヶ所 において採取 した砂のサ ンプ ル の粒度組成の結果 によ った。

2

調査地域 の地形 ・地質概観

調査地軌 ま小川原湖東方か ら南方にかけて広 がる三沢台地 の新戸部氏のいう三沢面 とその東 部海岸低地 である。

三沢 面の南端は奥入葡川の沖額 低地に塩み西部 は古間木面 に接 し

30‑40 m

の侵蝕崖 が 発達 し軌 、な開所谷が僅かに分布する。北部は小川原湖 の盲湖 口と思われ る仏沼 と5‑10

m

の緩斜面 をも って接 しているB東部は砂浜海岸に接 し, 雌高10‑25mの段丘崖 が発達 して いる。三沢面は上位 ・中位 ・濃位面 の

3

面に区分され るが (新戸部

1964)

,古期砂丘 は上 位面北部 の洪嶺層上にみられる。この面の構成層 は第三系 の鷹架層及び第四系の野辺地眉でそ の上に火山灰層がのる。鷹架層は凝灰質砂岩 よ り,野辺地層はシル ト・砂及び砂裸よ りなる。

火山灰層 は厚 さ2‑4

m

で上下

2

層に分けられ る。古期砂丘砂は この

2

層の間にみ られ る。

東部海岸低地 は第四系沖宿世 の砂 ・砂硬 。粘土よ りなる海成 の低地 で,内陸は低平 な湿地 罷 海側は砂浜よ りなる。低地の幅は南北 に狭 く,調査地城 においては塩釜 ・織笠付近 で500 m,砂森付近で1血前後 とな っている。又,海 岸凍近 くに砂州が発達 し内陸側の潟潮が埋漬 さ 礼, 海岸線に平行 な低湿地が細長 く延びてい る。砂浜 は凄高

2m

前後であ りこの上に比高

4‑

10m前後の砂丘 が形成 されている。

3

砂丘分布 と砂丘地 の概観

調査地域の砂丘分布 を示 したのが第

1

図である。

三沢面上位面に断続桝 こ載 ってい る古期砂丘 (以後,西部砂丘 と呼ぶ )は,南北約

9

払東西 1Knの競漠をもつ。南琴 は頭無 山 (壕高

41 ・8

m )東執 北端 は八幡部落北部

800mの地点

である。湖岸よ り最 も離れT=古期砂丘は

1 .3

Xmで谷地頭部落西部にみられ る。この地域におい

‑25

(2)

為 Ig 本地 攻 ウJ81

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て古期砂丘 は洪讃台地 の凌斜 面 を雇 っているが,斜 面全体 を雇 っているのは比較的高度の高い 丘 陵状 を呈す趣 く一部 の地域 に しか過 ぎない。その他 の地域 で は斜面の崖綾部 のみに砂層 を載 せ ている。又急斜面上 には古期 砂丘 は全 くみ られない。

古期砂丘 の色 は梅色系及 び灰 白 色系 で あ り,福生 はアカマツ 。 ハマニンニクが全体的 にかな り 密 である。そ して砂丘 が安定 し た時 に成 育するといわれ る‑イ ネズ ・カモノ‑シコナラ林等 が みられ る。

一方,太平洋岸低地 の薪 期砂 丘 (以後,東部砂丘 と呼ぶ )紘 六川 目部落か ら北方約

20X

nに わた って発 達 してい るが,砂森 部落 か ら砂丘地 の南限であ る六 川 目部落 までの南北約

8

Xnの地 域 を調査地城 とした。現汀線 よ り最 も内陸部 にある砂丘 は織霊 付近にみ られ, 汀線 よ り700m崩れた低位面段丘崖下 にある。この地域 の砂丘 は丘陵状 の砂 丘 は少 なく, ほとん どが起伏 の少 ない平原状 の砂丘 である。東部砂丘砂 はほとん どが碕灰色 で

あ り,砂丘地全体が適林 によるクロマ ツで通わnてい る。

4

砂 の粒度組成

砂丘蒐戒 の砂丘

の組成上 の帝政及び浜砂等 との組戒 の差異 を明 らか にするために,

71 ヶ

所 から採取 した砂 の滋彦 分析 を行 ない, 中央粒虐 (MdL,I)・分級凄 くQd.2,)・歪度(cx

IA̲・)・尖鋭度モBa )・シル ト童 を求 めた。そ の轟果, 第 2図の如 く5つの型 に分類す るこ と が出来 た。すなわちA型 は

2

AZ,に

50

7

0

以上義中する もの,

B

卦 ま3・ーに507

0

以上尖中する もの, CJ盛 は2,:から3:<:.いずれ かに庵大部 があ り, しか も

2

yv

・3

居 とも40‑5070のも

(3)

貫之Ifl 本地

L ‑ J ; L lも各線 砂 丘の分布

%

2

O I

2 4・

‑ A 里 一一1

8旦 一・

1 ‑ ‑

Cl監 一一 D

己里

1黄 粒度組成 からみた

5

つ の型 の

Md

g 及 び

Qdj 2 1

西 部 砂 地 東 部 砂 地

Md β Q

dD

Md8 Qdg A

1 . 94 0, 24 1. 97 0. 28

B

2. 08 0. 25 2. 03 0. 29 C

1

.91 0. 33 1. 96 0. 34 D

1 . 81 0. 43 / /

J E

1.1 0. 46

!

1. 3 0. 68

E

型 である

C

・D

型 はそ の中間的 な値 を 示 している。次 に西部砂丘 と東部砂丘 を比寂 す ると,

Mdd

はB型 を除いて は東部砂丘 が西部 砂丘 よ りも大であ り,

QdJ

a は西部砂丘 の方 が 小 さい。結局第

1

表 よ り

5

つ の型 で最 も細粒 で

の,

D

型 は2g か

3

g いずれかに 極大部 があり,極大部のみが

40

‑50

7

0

のもの,

E

型 は2G5に極 大部 があ るが407

0

前後 であ り他 の粒度 の組成率 も高 く,

5

つ の型 の うちで最 も淘 汰の悪 いものであ る。

次に粒度組成か らみた5つの型

の Md♂ ・Qd

e

・ α必・BJ

2f・

ル ト量 を示 した のが第

1

表 ・第

2

表 である。これ をみる と東邦砂 丘 ・西部砂丘 とも各型 は同様 な関 係 を示 してい る。つ まり

MdO

(4)

最大 なのは

B

型であ り,

Qd

g が 最小 なのは

A

型で ある。逆 に

Md

aが最小であ り

Qd(

∂が最大 なの

2

表 粒度組成か らみた

5

つ の

型 のqo,

Bj

ZP

,Si lt

西部

α( 2 5

BL25 Si

lt

A

B型

‑0. ‑0 . 15 1 09 0 ̲ll . 98 2̲ 3̲ 00 71

C

‑0. 04 0. 92 l 3. 7 O. . 13 7 49 】 D

‑0. 04 0. 76

東 部砂丘

○くβ

Bm

Si

lt

量鈎

A

‑0 .03 1. 01 3. 7

B

‑0. 13 0̲ 94 4. 2 C

+ 0. 13 0. 74 3. 9

D

/ / /

あるのはB型,最 も瀞 汰のよいのはA型 であり,

又西部砂丘 は粗いが分級度 は東部砂丘 よ り良い と言 える。

ところで第2

α

o

・BL

nの数値 を見た場合,各型 に関連性 はみ られず砂丘砂 の特徴 を示 す 指標 とはな り得ない よ うである。ただ西部砂丘においては

Bk

1,が

Qd

白 と関連 がみ られ る。又

‑27

(4)

東部砂丘 のBiFが西部砂丘 の同型 のB8 よ り値 が小 さい ことはQd,Zlとの関係か ら充分 うなづ ける。 ここでも前述 のよ うに西部丘 の方が形成時期 には差 はあり, よ り淘 汰は良 いと言え る。

次 にこの

5

つの型 の分布 を調べたのが第 1図である。 これ をみ ると西部砂丘においては,義 も細粒 である

B

型が小 田内沼周辺 を題 下南西部 に集 中 してい ることが判 る。又西部軌 丘にのみ 見 られ る

D

型が根井西部 に集 中 している。東部砂丘地 では北部砂森付近,痔 に内陸部 に

B

型 が 集中 してお り, 南部六川 目では

A ・B

型 はみ られず比敦的粗い

C

型 のみがみ られ る。以上 のよ うな結果 と観秦か ら

A ・B

型は明 らかに風成砂 であ り砂丘砂 とした。

C

型 は組成率 のみか ら必 ず しも風成砂であるとは言えないが,cxgが東部丘 では正,西部砂丘 でも最 も正に近い数 値 を示 している点や, 第 1図の分布 図か ら

B

型 の前面 (供給地 に近 い点 )に

C

型が多 くみ られ る 点 からM dま2,1.8が風 によ って運搬 し得 る粒径 の限界 とみなし,一応 砂丘砂 とした.又,D は西部砂丘に しかみ ることが出来 ない点,QdZが比観的大 きい点, シル ト量 が也 の型 に比較 して多い点などか ら第四系 の野辺地眉 とした。最 も淘 汰も悪 く粗いE型 を湖岸砂 及び浜砂 とし た。

5

砂丘砂 の組成上 の垂直的変化 と火山灰 との関係

砂丘砂 の組戎上 の垂直的変化及び砂丘 の厚 さを知 るために,又西部砂丘においては火山灰眉 との関係 を知 るために野外 で露頭 を調 べそ の結果 を第

3

図 ・第

3

表 に表わ した。西部砂丘 にお いて3.5m以下になるとM deが上部 よ り小 さ く,QdDが大 き くな っている。つ まり古詔砂 丘砂 の下部 は比較的上部 よ りも粗 く,淘 汰も悪 い と言 える。一方東部砂丘 におい ては衰l冒認 の 分級度が良い.とい う以外 はM d QdO とも垂直的 な変化 はみられ ない。又東部砂丘 におい て,一応嘩混 りの砂

賃 3臥 柱 状 断 面 L ●サ7L,淋地点.

匹盟もtか 丸

L

, p i )

L

bE i

サ ケ 札

iJL

・粘土眉 がは じめてあ らわれ る深 さを風成砂 の下限 とみなし砂丘砂 の厚 さを考察 した。そ の結果,南部六川 目

(3

図 ・番号

7)付近

,塩釜 (香号

8

)付近 はそれぞれ

4 , 5m

,

5

m

前後であるが北部砂 秦 (番号

9・10)

近 で は地表 下

5m

で も 疎 はみ られ ない。つまり

(5)

3

表 馨産爵鼻腔 西部砂丘

番号 深 紳 )Md

B

Qd8

1 2. 3 . 0 0 2. 2. 0 1 0. 0. 23 3 , 4. 0 1 ̲ 75 0

.

41

5 2 1 ̲ . 5 0 1 1 . . 95 0. 95 0. 28 25 3 . 5 1. 7 0. 4

6

1. 2. 5 5 1 1. . 95 0. 95 0.35 3

7 0. 1. 5 5 2. 1. 0 95 0. 0. 28 38 3. 5 1. 95 0. 35

9 1. 0. 5 5 2. 2. 05 0. 1 0. 2 38 3. 5 2. 05 0. 3

北部 に移行するにつれて厚 くなるよ うである (第二港湾 建設局 の地質 資料 によると砂森北部 で地表下

11 .2mに

小襟がみ られ る )。

ところで西部砂丘 のように古期砂丘 を考 える場合,火 山灰層 との関係 を見逃すことは出来ない。筆者 は西部砂 丘 の厚 さ及 び形式時期 を考える一つ の指襟 として火山灰 層 について調査 した。西部砂丘 においては,表層部 には 飛砂の在 った黒色又さ操 褐色 の土嘆 がみ られ下層の黄褐 色土層 を雇 ってい る。この黄褐色土層は西部砂丘全域 を 覆 っているが,黄色浮石 を伴 うこと,一様 にその層厚が

50‑80

cnであることなどか ら八戸火山灰層上部層 (栓井

1971)とみ られ る。又番号 1

の表層下

5mに

み られ る暗褐色土 を高館火 山灰層上部層 (徳井

1971)

とした。 これ より西部砂丘南部における古期砂丘砂 の厚 さは3

. 7m

前後,番号6の題下西部の厚 さを45m前後 とした。

6

地形発達史

最後に 「砂丘の形成時期 は海退期 である」との仮定 にたち,前述 したこと及び段丘面との関 第4 地形宿年表

新期砂丘形成

低 位 面 形 成 旧期砂丘形成

中 位 面 形 成

上 位 面 形 成

‑29

係か らこの地域の発達史 を 考えた く第

4

表 )。既述の よ うに三沢面は上位面 ・中 位面 ・低位面の3面に区分 できる。上位面は30‑40 m,中位面は高度

20‑30

mで狭長な段丘面 を形 成し てい るが開析変は上 ・中位 面 とも大差な くその形式は 前後 して行なわれたのであ ろう。三沢面の形成 を

Ri S S

‑wL ; rm

間氷期 に鑑定 し 段丘面 と砂丘 の形成過程 を 考えると,

Ri

SS氷期 の終

(6)

末と共に海面が上昇 し(筆者は下末吉海進 とする )野辺地層 を広 く堆環せ しめ上位 面が形成 さ れ た。その後 の海退 により中位面が形成 され そ こが砂 の供給地 とな り上位面 に砂丘 を形成 し た。 中位面 には古期砂丘 がみられ ぬ息 八戸火 山灰層 と高館火山灰層 との間に古期砂丘が存在 している事からこの時期 に古期砂丘 が形成 された事 は明確であ る。その後 の海退 によ り低位 面 が形成 され, 八戸火 山灰の降灰があ り沖済世にはい った.そ して縄文前期の沖積世最大 の海進 (

(縄文海進 )後 砂が発達 し新期砂丘が東部海岸に形成 されたのである。 しかし新期砂丘 は 必 ず しも同一時期 に形成 された とは言 えない ようである。筆者は東部砂丘 におい て砂丘 の新 旧 を知るために,一つ の目安 として風化作用のおよんだ深 さを検土杖 を用 いて調査 した。そ の結 南部六川目付近では

30‑50

cq 織笠部落付近 では50C7嘲 複,北部砂森付近では

1m

前後 と北部 に移行す るにつれてよ り深い地点 まで風化作用 をうけてい る。そこで砂丘 の規模等 か ら砂森付近の砂丘 が古 く,南部ほど新 しい と考える。いずれ にせよこの地域 の砂丘 の形成に は下末吉海進以降 の海水準変化が大 きく詞与 してい ることがわか る。

7

以上 小川原湖東部地域 の地形,特に砂丘 にっいて述べ,最後に発達史 を考えた。頭初 の調 査 目的に対 する解答が十分なされたとは言 えf,砂丘砂 の組成上の垂直的射 ヒ, 砂丘の厚 さ ・

磯 ・気候 との関廃等多 くの問題 を今後 の課題 としたい。

最後に この論文 を作戒するにあた って御請導いただいた地理学研究室横 山 ・水野両教官,ヨ尺 高校 田高先生,試料の採取に協力 して下さ った古館昭次君他学生の方々に心か ら感謝す る次第

である。

参考 資料及び参考文献

建設省計画局

(1971);

むつ小川原地域大規模開発計画調査 土地条件囲

三沢 同 地 」 図痛及 び同説明書 国土地理 読地園部

水 野 裕ほか

(1968 );痔軽展嵐山砂丘 の地形

東北地野

20 ‑1

新戸部

(1964);

三沢台地 の漠丘地形 東北地理

16‑3

大 倉 陽 子

(1960);西車重郡地方における帝岸段丘面上 の砂丘 について

地理評

33‑2

西 正 己ほか

(1961);砂丘の生いたち 一山陰の海岸砂丘 一

大明堂

参照

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