島原半島西部の農業地理学的考察
―バレイショ栽培を中心として―
竹内 清文・森田 剛浩*
1.はしがき 2.島原半島の概況
3.島原半島の農業経営の地域的特色 4.西部地域のバレイショ栽培
5.おわりに
遷.はしがき
バレイショは世界の総作付面積が約1800万ha,総収穫量2.5〜3.0億tにものぼり,世 界のいも類のうちで,最も広範囲に,最も大量に生産されている。原産地は,中央アメリ
カから南米のアンデス山脈を中心とする山岳地帯で,インカ帝国以前から住民の重要な食 糧として栽培されていた。アンデス地方は低緯度地域ではあるが,高度が高いため,冷涼 な気候であり,そこで栽培されていたものをヨーロッパ人が冷涼な高緯度地方に持ち帰り,
16世紀には,ヨーロッパ各地に広まった。現在,世界の主要生産国は,ソ連,中国,ポー ランド,アメリカ,東西両ドイツ,イギリス,フランスなどである。なお,原産地の南米 諸国の生産量はわずか3%強に過ぎない。
日本におけるバレイショ栽培は,慶長年間(1596〜1614),オランダ領ジャカトラ(現 ジャカルタ)からオランダ人によって長崎にもたらされたのが始まりといわれ,ためにジ ャガタライモとも言われて,これからジャガイモの名が生じたという。そして明治初期に 北海道開拓史などが,アメリカから優良品種を北海道へ改めて導入してから,ようやく本 格化した。当初は1万haに満たなかったが,明治時代末期には,6万haと増加し,大正 時代には15万haに達した。その後,横ばい状態が続いたが,第2次大戦後,食糧難から 再び増え始め,昭和40年代に入るまで,約20万haで栽培されていた。
現在,日本のバレイショ栽培は,北海道から沖縄まで,全国で行なわれている。夏季冷 涼な北海道や東北地方では夏に栽培し,夏季高温で梅雨のある関東以西では,春か秋,も しくは春・秋2回栽培する。昭和60年には,全国で13.2万hoが作付けされ,372.67万t の収穫量があった。
北海道では,春の雪解けとともにバレイショの栽培が始まる。梅雨がないため,4月末 から植付けをし,秋に収穫を迎える。全国一の生産地で,全国の総栽培面積の約60%,総
*長崎県吾妻町立大塚小学校
生産量の70%強を占める。昭和51年以降は,10a当りの収量が3tを越え,世界の最高水 準に達している。農耕地が広く,大規模な機械の導入で,能率のよい作業を行なっており,
冷涼な気候は品質のよいバレイショの生産を可能にしている。道産のバレイショは,主と して澱粉用として出荷され,水あめ,ブドウ糖,ビール,かまぼこ・ハム・ソーセージな どの水産・畜産練製品,うどん・そばなどの麺類,スナック菓子など,数多くの食品およ びその添加物として,また,ポテトチップスなどのスナック食品,フライドポテト・マッ シュポテトなどの冷凍食品,さらには家畜の飼料に,と多方面に利用されている。従って,
道産のバレイショが市販用にまわる割合は3分の1にも満たない。
一方,長崎県におけるバレイショ栽培は,北海道に次いで盛んである。昭和61年の作付 け面積では,春植えが5,540ha,秋植えが2,400ha,合計7,940haで,北海道の77,100haに 比べると10分の1強に過ぎないが,収穫量は春植えが114,700t,秋植えが47,800 t,合 計162,500tで,北海道の306,400 tに比べて,2分の1強で,10a当りの収量では,春植 えが2,070㎏,秋植えが1,992kg,計4,062㎏となり,年間収量では北海道の3,970㎏を上回 る。さらに,長崎産は商品化率が非常に高く,生産量の80%近くは,バレイショを野菜と
して市場に出荷している。
冷涼な気候を好むバレイショが暖地の長崎県,とくに島原半島において,いかなる理由 から日本第二位の生産をあげるほどのバレイショ産地になったのか,栽培方法にどのよう な工夫がなされてきているのか,そしてどのような課題を抱えているのか,等の点につい て,半島西部地域を例に地域的考察を試みた報告である。
2.島原半島の概況
島原半島は長崎県の南東部に位置して,周囲を有明海と,その支湾の諌早湾・島原湾,
そして橘湾(千々石湾)に囲まれ,幅員わずか3.5㎞の愛野地峡で長崎地域と繋がってい る。半島のほぼ中央に位置する雲仙岳は主峰の普賢岳(1359m)をはじめ,国見岳・妙見 岳など,黒雲母角閃石安山岩からなる海抜1,000mクラスの溶岩円頂岳が飢え,いわゆる 山陰系火山活動により形成された火山である。
普賢岳の北斜面には,有史時代に入って流出した古焼・新製の溶岩流が分布する。また,
雲仙岳の周囲には,緩やかな斜面をもつ火山性の山 麓扇状地が広がる。これらの山麓扇状地は雲仙岳の 初期の火山活動で堆積した基底火山砕屑岩からな
り,その分布は半島北西部の愛野町から東へ右回り に,吾妻・国見・有明・島原・深江・有家の各市町 と,半島の北部・東部に広がる。しかし橘湾に面し た西部は,千々石カルデラを縁どる小浜弧状断層と 千々石断層により陥没し,海岸線は凹んだ円弧をな して,東部の島原市側の突出した海岸線とは対照的 に異なった形状を示す。このため,西部は山地が海 に迫り,起伏が大きく,従って,扇状地は少なく,
わずかに小浜町南部とそれに接する南串山町と北有 馬町域に発達する程度で,その他の低地は小河川の
麟高北/1
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郡 之津町 図1 地域概況図
谷底平野にとどまる。一方,諌早湾に面した北部は,潮汐の干満差が大きく,干潟が発達 し,それに伴い干拓地が分布するが,特に吾妻町には,明治から大正にかけて旧山田村の むらじ
村長であった大崎連が私財を投じて造成した大規模な干拓地があり,重要な稲作地帯とな っている。また半島南部の加津佐,口之津,南有馬などの各町は,主に砂礫と泥岩の互層 からなる口之津層や,火山角礫岩からなる南串山層,そして輝石安山岩・玄武岩などの溶 岩が分布し,南島原台地と称されている。
島原半島の気候は,冬にはやや温暖で,夏の最高気温は,それほど高くならない。また 微雨日数が多い反面,梅雨季には,1957年号諫早水害時に瑞穂町で日降水量1,109.2㎜を 記録したように,集中豪雨があり,山津波などの危険性を潜め,土壌侵食に対する方策が 必要となっている。
3.島原半島における農業経営の地域的特色
島原半島1市16町の農業粗生産額(1985年)は,583億8千万円で,長崎県全体(1671 億35百万円)のおよそ35%を占める。部門別にみると,耕種(米・いも類・野菜・果実・
工芸作物など)が361億7百万円,畜産が220億6千万円で,それぞれ県全体の34.4%,37.1
%を占めるほど,島原半島は県下の重要な農業地域である。さらに,耕種部門の中では,
半島産のバレイショの粗生産額は約74億円で,県全体に占める比率は80%と高く,極めて 重要な作物となっている。
ほぼ四周半海に囲まれている島原半島は,東西南北の4地区に分けて考えられ,それぞ れ東目・西目・南目・北目と呼ばれてきたが,現在は余り用いられなくなっている。従っ て,本論では東部・西部・南部・北部の名称で呼ぶことにする。そして各地域の区分は,
東部が島原市をはじめ深江・布津・有家・西有家・北有馬の5町,西部が愛野・千々石・
小浜・南串山の4町,南部が加津佐・口之津・南有馬の3町,北部が有明・国見・瑞穂・
吾妻の4町である。
島原半島の4地域の農業の概要を述べると,先ず,東部は島原市に代表されるように,
多様な部門が混在するという特徴がある。例えば,島原市は,野菜類を中心に,果樹・工 芸作物・稲作・畜産などが複合し,深江町と布津町は工芸作物(タバコ)を軸に,前者が 畜産・果樹・稲作と,後者がいも類・果樹と複合している。また,有家・西有家・北有馬 の3町は稲作・果樹(露地メロン・ブドウ)・野菜などの複合経営である。西部の4町は いずれも,いも類(バレイショ・カンショ)を軸に,稲作・果樹との複合である。南部の 3町はいも類を中心に,稲作・果樹(ミカン)の複合である。北部は国見・瑞穂・吾妻の 3町が稲作を軸に,いも類・畜産(ブタ)・施設園芸などの複合であり,有明町がいも類 を中心に野菜の複合経営である。従って,バレイショ,即ちいも類を軸とした経営を行な っているところは,島原半島では,西部と南部の7町と北部の有明町である。
島原半島における農業で,現在,重要性の極めて高いバレイショ生産は昭和40年ごろか ら本格化したものであるが,それ以前は,カンショの栽培が中心であった。それが何故バ レイショ生産に変わったのであろうか。その理由の一つは,アメリカからコーンスターチ が大量に輸入されるようになり,カンショ澱粉の需要が激減し,採算がとれなくなったこ とにより,カンショからバレイショへ転換したのである。さらに,愛野町愛津に,農林省 から移管された長崎県農事試験場愛野試験地(昭和45年からは長崎県総合農林試験場愛野
馬鈴薯支場)が,暖地向きバレイショの品種育成のため,昭和20年代半ばに設置され,そ こで育成された暖地に向く新品種(現在までにウソゼソ・デジマ・ニシユ亭亭など7品種)
が育成されたことが契機となって,島原半島を中心とした長崎県に暖地二期作バレイショ の産地化が進展した。バレイショは育種⇒原原種⇒原種⇒採取という一連の過程が,国に よって管理され,一般農家へ売り渡される種いもは農協が管理し,販売する。従って,当 地の農家は栽培技術指導が近くで受けられることと共に,品質のよい,病気のない種いも を容易に入手でき,安心して栽培できる。また,輸送手段が貨車輸送からトラックに代わ
り,ケースがトロバコから段ボールに変り,産地から市場まで輸送するに要する日数が減 少し,作業の簡便化とコストダウンがはかられた。
こうして定着した島原半島のバレイショ栽培が今日では,粗生産額(1985年)において,
73.9億円に達し,地区別事生産額においては東部8.8億円,西部26.7億円,南部16.6億円,
北部21.7億円となっている。
そこで,次に,島原半島で最も重要な作物となっているバレイショの栽培を経営の核と して行ない,最も多くの粗生産額をあげている西部地域を例として,詳しく調査を実施し たので,それを報告する。
4.西部地域のバレイショ栽培
① 愛野町
愛野町域は緩傾斜の台地と,その下に広がる平野からなる。平野は江戸時代から造成さ れた干拓地で,水田として利用されている。町全体として,山林は少なく,火山性山麓扇 状地である台地が広く畑作地となっており,そこで主にバレイショの栽培が行なわれてい
る。(第2図)また,島原半島の付け根に位置し,交通の要衝となっている
愛野町のバレイショ栽培は,第3図に示すとおり,昭和40年ごろからカンショに代って 伸びてきた。作付け面積と収穫量の昭和49年以降の推移は,第4図に示す如くで,春植え バレイショについては,作付け面積,収穫量ともに昭和49年から53年にかけての増加が目 覚ましいものがあったが,その後は横ばい状態である。なお,昭和58年は気象条件が悪く 不作となった。秋植えは,作付け面積では漸増傾向にあるが,収穫量では伸び悩みの状態
といえる。これはバレイショ栽培が本格的に開始されてから20数年が経過し,連作による 様々な障害がおきているためである。それとともに,昭和54・55年には気象条件が悪く不 作となる,といったことも生じている。
愛野町域でバレイショを栽培している農家7戸について,面接調査を行なった結果によ ると,7戸の農家の内,3戸は愛野に居住し,愛野町の畑を耕作するが,残りの4戸は隣 接する千々石町に住み,愛野町の畑へ出作している農家であった。そして本町域では,春
・秋の二期作を長年継続的に行い,輪作はほとんど行われていない。春植えは1月下旬に 植え付けが集中し,春作マルチ*で栽培している。ハウスやトンネル栽培は行なわれてい ない。主品種はニシユタカやデジマで,1戸だけがメークイソを栽培していた。秋植えは,
すべて8月下旬に植付けし,11月下旬から12月にかけて収穫するが,ニシユタカが全
*地温を上げるために,ビニールマルチ(mulch)をして栽培する方法。
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第2図 愛野町と千々石町の集落別バレイショ栽培面積
域で栽培され,特に出作地では本品種 のみである。単位面積当り収穫量は秋 が1,500㎏〜2,500㎏/10aである。ま た,本地域ではクロールピクリソでソ ウカ病予防のための土壌消毒を行なっ ているが,クロールピクリソを毎作に 使用するため,ソウカ病はほとんど発 生していない。なお,「借地がある」
と答えた農家は4戸あったが,いずれ も50a〜100 a規模の農家であった。
中に,繁忙期に10人雇用している農家
もあった。
愛野町では,強雨の際に流失した土 壌を補てんするためと,バレイショの 高品質・高単価の維持,収量の増大,
病害虫被害の減少による安定生産を計
(ha)
500
400
俘300
薯
200
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昭35年 40 45 50 55 59
第3図 愛野町におけるバレイショとカンショの作付 面積の推移(愛野町町勢要覧)
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400
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積100
春植収穫量
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昭49 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60年
1,000t
8
6
収 穫 4量
2
第4図 愛野町の春・秋別バレイショ作付面積と収穫量の推移
るために,土壌の若返り対策のモデル事業として,町当局と生産老が一体となって,客土 事業を行っている。客土用の土は北高来郡小長井町や森山町,そして諌早市有喜地区の赤 土を利用している。とくに,小長井町の赤土が粘質で良質な土壌であるという。赤土で栽 培されたバレイショはつやがあり,色がよく,澱粉含有量が多く,市場評価が高く,収益 性がよい。客土の厚さは,およそ15cmで,そのための10a当りの費用は30万円近くを要す
る。昭和62年度には8戸,79aの土地に,1,185㎡の赤土を客土した。事業費は162万4千 円にものぼったが,町のモデル事業として行なったため,半額を愛野町が負担した。
② 千々石町
千々石町域は山地と沖積平野からなる。山地は九千部岳・吾妻岳など,一連の雲仙火山 系の急峻な山々が東部を占め,そこから西方に伸びる二本の山稜の内,北側の山稜は隣接 する愛野町との境界をなし,千々石断層による断層崖部分が当町域を占める。町域の南側 に伸びる山稜は小浜町との境をなし,雲仙火山の側火山の猿葉山に続く。町の中央を流れ る千々石川の上流に木場盆地を,下流の舟津田原と呼ばれる平野を形成している。
千々石町のバレイショ栽培は,第2図にみられる如く,北に隣接する愛野町との境界付 近に集中し,その作付け面積と収穫量の昭和45年以降の推移(第5図)をみると,50年代
ha
300
作 200付
面 積100
『F々石町
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春植収穫量
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1,000t
54 55 56 57 58 5§ 60年 秋別バレイショ作付面積と収穫量の推移
6
4収
穫 量 2
昭45 51 52 53
第5図千々石町の春・
までの増勢が著しく,とくに春植えの作付け面積は45年の54haから60年の194haへと3.6 倍近くの増加をみせている。それに伴い,収穫量も,不作の年を除き,着実に伸びている。
秋植えは昭和55年までは増加をみせたが,以後は漸減している。これは近年の連作障害が 原因と思われる。従って,収穫量は45年の480tから60年の686 tへ増加したが,56年の 1,240tをピークとして,最近はむしろ減少している。バレイショの主な病気であるソウ カ病とアオガレ病を防ぐために,植え付け前のガス抜き後のクロールピクリソ散布が必要 だが,10a当り3万円程度の費用が掛かる上に,愛野町同様に,毎作散布するために効果 が薄くなり,別の病気が発生するといった問題が出ている。アオガレ病の対策としては,
育種段階で良質・無菌の種いもを確保するほかない。現在は,種いもをすべて農協もしく は園芸業者(認定を受けた)から購入することになっているので,その良質の種いもを毎 作使用することが望ましいが,そのためには,2,800円/20㎏程度の購入費が掛かり,かな りの負担となる。従って,自作地で種いもを自家増殖させるケースが多く,その過程で病 気に感染する場合がある。従って,愛野・千々石両町とも,「種いもは毎年更新しましょ
う」とのスローガンで指導を心掛けているが,徹底できないでいる。
千々石町農民の出作が多く行なわれている耕地は,愛野町号外の国道57号線沿いの畑か ら東に広がる吾妻町の扇状地面にかけての地域である。千々石町からの出作は,愛野町へ 約60戸,そして吾妻町へ約80戸など,全体として200戸近くが出作を行なっている。出作 の規模は,愛野町と吾妻町を合わせて159ha(昭和59年)におよぶ。かかる出作を可能な らしめたのは,戦後の混乱期に,新開地の水田での米の栽培に力を傾注していた吾妻町・
愛野町に対して,水田に恵まれなかった千々石町の農家の畑作への意欲が高かったためと されている。出作する農民の居住地は,千々石町北部の愛野・吾妻両町に隣接する塩屋・
島・平和・大迫・中尾の各地区である。これらの農業集落は1戸当りのいも類(町内分の み)の収穫面積が100aを越え,とくに中尾以外の4集落は150a以上で,出作を含めると,
規模の割合大きいバレイショ栽培が行なわれていることが分かる。現在,春・秋合わせて 100t以上のバレイショを収穫する農家が千々石町には7〜8戸あるが,すべてこれらの 集落内である。なお,愛野町には100t以上を生産する農家はいない。
③小浜町
小浜町は普賢岳を中心に,妙見岳・国見岳などの雲仙火山を抱え,それから伸びる山稜 が橘湾まで迫り,平坦地に乏しく,わずかに山領地区の扇状地と,金浜川の谷底平野をみ るに過ぎない。ただ,町の南部の北串地区(旧北串山村)は雲仙火山の基底をなす火山砕 屑岩が広く分布して丘陵地を形成し,畑作地帯となっている。
小浜町の耕地面積は839ha,そのうち畑は517ha(61.6%)である。バレイショ栽培は第 6図に示す如く北串地区に集中し,春作は2月に植付けを行ない,6月に収穫する。春植 えバレイショの作付け面積と収穫量(第7図)をみると,昭和49年の作付け面積が453ha から60年には556haと増えているが,56年以降は横ばい状態である。収穫量は54年忌では 増加しているが,それ以降は増減が激しく,とくに58年は不作であった。栽培する品種は 愛野町とは異なり,春はメークイソである。また,春植えバレイショでは早掘りマルチの 作付け面積が315haに達し,6,350 tの収穫量をあげているが,春作マルチ栽培の作付け 面積100ha,2,176 tの収穫量と比べて,3倍程度も多く,本町では早掘りマルチ栽培に
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第6図 小浜町と南串山町の集落別バレイショ栽培面積
作 付 面
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600 春植収穫量
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昭49 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60年
収 穫 量
第7図 小浜町の春・秋バレイショ作付面積と収穫量の推移
力を入れていることが理解できる。一方,秋植え作付け面積は49年の130haから60年には 200haとなったが,秋植えバレイショが占める比率は,さほど大きく伸びてはいない。収 穫量は作付け面積の増加に反して横ばいで,むしろ近年は漸減傾向が目立つ。品種はニシ ユタカよりデジマが多い。病害の発生はソウカ病が多く,アオガレ病は相対的に少なく,
クロールピクリソの使用は年に1回程度で,ほかにペソタゲソを併用している。輪作はあ まり実施していない。
④南串山町
南串山町は輝石安山岩と玄武岩の溶岩台地が広がり,低地はわずかである。従って,町 の全耕地面積722haのうち604haが畑で占められ,第6図で分るように,おおむね全町域 にわたって,バレイショ栽培地帯となっている。土壌は赤土系が多く,バレイショの栽培 に適している。第8図のように,南串山町の春植えバレイショの作付け面積は,昭和49年 には350haであったが,53年には479haと急激な伸びを示し,収穫量も54年に11,700 tと ピークを示した。しかしその後の作付け面積の増加はみられず,収穫量では58年の著しい 不作もあり,全体として漸減傾向にある。秋植えの作付け面積は49年の120haから57年ま では,大きな変化はなかったが,58年には180haと急増し,収穫量は54・55年の不作の年 を除けば横ばい状態といえる。
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春植収穫量
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昭49 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60年
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2
第8図 南串山町の春・秋別バレイショ作付面積と収穫量の推移
本町は小浜町と同じく,農協の指導もあって,春作は早掘りマルチが盛んに行われてい る。栽培品種はメークイソである。1月上旬から植付けを始め,4月下旬から5月にかけ て収穫し,出荷する。この時;期は,北海道産の出荷や秋作の出荷が終わり,市場に出回る 量が少ないので,早掘りマルチは価格面で有利である。この方式が始まったのは昭和28年 で,男爵いもの早出し栽培をこの地で試作したことからである。そして35年ごろから本格 的なマルチ栽培が普及していった。また,連作障害のために,二期作を止め,輪作を行う
農家が多く,輪作作物としては野菜に力を入れている。栽培している野菜はレタスを中心 に,たまねぎ・カリフラワー・ブロッコリー・グリーンボールなどである。なお,輪作は 島原半島全域で行われるが,南部が圧倒的に多く,北部や西部の愛野町,千々石町では少 ない。また,土壌回復を目的として,ソルゴー(牛の飼料)を作付けする農家もある。ソ ルゴーは春に植付け,8月ごろ刈り取り,1週間程度乾燥させた後,土中に敷き込む。こ
うすると,土壌中の有機物が増加するのである。しかし農家にとっては,夏の暑い盛りの 刈り取り作業は負担が大きく,敬遠されがちで,むしろ,鶏糞などを多く用いる傾向にあ る。また,ソルゴーなどを夏季に栽培した場合には,通常の秋植えバレイショが出来なく なるため,10月中旬に植え付けをし,1月末ごろに収穫するという抑制バレイショの遅植 えも実施されている。この方式を地元では,新バレイと称し,栽培する品種はニシユタカ やメークインで,この形の栽培は,今後増えていくことが予想される。本町では輪作がか なり行なわれているので,病気は少なく,クロールピクリソの使用頻度は愛野町ほどでは
ない。
なお,各地域とも,機械による作業を行なっているが,とくに,愛野町では,テーラー に取り付けて使用するポテトプランターという植付け機を使用しており,普及台数も57台
(1987年4月)におよび,合理化に努めている。他地域では手作業による植付けが一般的
である。
5.おわりに
昭和40年ごろから本格化した島原半島のバレイショ栽培を,特に盛んな西部地域に焦点 をおいて考察してきた。自然条件は,いずれも火山性の堆積物で覆われた台地ないしは丘 陵地において栽培が行なわれ,土壌は一部に赤色土の地域もあるが,黒色土の地域が多い。
西部地域北半の愛野・千々石両町は,暖地二期作の標準的作型の経営を行っているのに対 し,南部の小浜・南串山両町は,早出しのマルチ栽培に重点をおいた経営を行っている。
しかし10a当り収量は,4町とも,大きな差はなく,春植えで2,200㎏前後,秋植えで1,500
㎏前後,年間合計3,700㎏(1985年)である。
本地域は,収穫の増大を望むあまり,春・秋植えの連作が行なわれ,ために連作障害が 現われ,その対策が課題となり,特にクロールピクリンなどの農薬の使用が恒常化し,そ のため,効果が薄くなるなどの弊害が出ている。従って,連作障害対策として,半島南部 ではレタスなどの野菜を中心とした輪作が盛んに行われるようになったが,最近は,イチ ゴなどの施設園芸を輪作体系に取入れることも推進されている。また,客土として赤土を 他地域から運び入れて土壌改良を進めるとともに,さらには無病・良質の種いもの使用を 奨励して,病害や連作障害の発生を防ぎ,良質のバレイショの生産に努力している。また,
最近の消費傾向として,高品質指向が強く,良質のものが高く売れることから,労働費な どに多少の経費がかかり,コストが高くなっても,ミニハウスやトンネルで栽培するなど の工夫をし,さらには,澱粉の含有量の高い品種を育成し,鮮度を保持するための低温貯 蔵庫を設置するなどの工夫が要求されている。
今後,輸入の自由化に伴うアメリカなどからの輸入は,主に澱粉用としていた北海道産 のバレイショに打撃を与え,その対策として,低温貯蔵により出荷時期を遅らせ,8月く らいまで,北海道産が市場に介入してくることが子忌される。従って,暖地系の本地域の
バレイショに脅威となることも予想しておかなければならない。また,鹿児島産のカンシ ョが,バレイショ生産に転換してくることも考えられ,島原半島のバレイショ生産は,生 産・流通に一層の工夫が求められるであろう。
〔付記)
本調査研究を進める中で,現地の愛野・千々石・小浜・南串山各町役場の農林係,そし て長崎県総合農林試験場愛野馬鈴薯支場の皆さんには多大のご教示とご協力を頂いたこと に対しまして,厚く御礼申し上げます。また,資料収集・整理には竹井文代氏の協力を得 たことも附記して,感謝の意を表します。
参 考 文 献
①九州農政局長崎統計情報事務所:長崎農林水産統計年報(昭和49年〜60年各年度分)長崎農林統計協 会
②1985年農業集落カード長崎県版長崎農林統計協会
③梅村芳樹:ジャガイモーその人とのかかわり一古今書院1984
④竹内清文・下山節子:長崎県における農業の地域的考察一1985年農業センサスによる静態的分析 長崎大学教育学部社会科学論叢 第38号 1989