• 検索結果がありません。

場屋営業の責任について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "場屋営業の責任について"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

場屋営業の責任について

志  津  田 氏  治

1 総

 わが国の現行商法によれば,客の来集を目的とする場屋取引は,相対的商行為として商 行為である(502条7号)。したがって場屋営業者は,これを業として営む者であるか

ら,商入であると解釈されている(4条1項)。ところで,場屋営業者とは,どのような 業者を指すものであろうか。その範囲が多少問題となる。一般的にいって,場屋営業者と は,旅店・飲食店・浴場などいわゆる客の来集を目的とする場屋の取引業であづて,公衆 的なサービス業(接客業)を指すものであると解している。この点で注目に値するのは,

韓国商法が公衆接客業(public entertainment service)について定義づけを試みている ことであろう。すなわち,その151条によれば,「劇場,旅館,飲食店その他客の来集の       {1)

ための施設による取引を営業とする者を公衆接客業者という」としている(谷川久監修

「韓国の契約法」131頁)。また,タイ国の民商法典の第3節のところでも,「場屋主人の 正則」 (special rules for innkeepers)を設け,674条より679条にかけて,かなり詳 細な規定をおいている。とくにタイ国の民商法典によると韓国商法のような明確な概念定 義を試みていない。ただ場屋営業者の範囲について,「イン,ホテルまたはかかるその他 の場所」 (an inn, hotel or such other place)と例示的な規定をおいているだけであ る。しかしながら,飲食店,浴場,劇場などを具体的に明示していないが,結論的には韓 国商法と同じ態度であると理解してよいと思う(谷川久監修「タイの契約法」86頁)。

 ところで,わが国の現行商法典によると,場屋営業の典型として法律的に定型化してい るものは,旅店,飲食店,浴場の3業種だけであるが,これはたんなる例示的列挙であっ て,麻雀クラブ,コインロッカー,ビリヤード,遊園地,動物園,映画館,理容院なども        {2)

含むと解釈するのが近時の有力説である。ただ理容院については判例上若干の問題が残さ

   {3)

れている。要するに場屋営業者とは,多数の客の来集に適する入的,物的な設備を設け て,来集する客の需要に応ずるためめ諸種の契約,つまりホテル・旅館などの場合には宿 泊契約,レストラン,料理屋などのときには飲食契約,劇場・映画館・野球場のさいには 入場契約,ビリヤード・ボーリング場などにあっては遊技契約を締結する者のことであ

る。もちろん,それぞれの業種の契約内客は,売買,賃貸借あるいは請負などまちまちで

あって,現行商法典としては,これら多様な業種に関する共通規定を定めることはむずか

しい。そこで,これら場屋営業の場合には,その基本的な特性として,公衆の来集に適し

た一定の設備がなされており,そこに多数の客が頻繁に来集し,しかも多少とも時間的に

その場所に滞在することがあるために,客の所持品の安全を図り(利用者保護),場屋営

(2)

業の信用を維持する必要からも(信用保持),場屋営業の主人の寄託責任について,厳格 な明文を設けたにすぎない。しかし,ここで若干問題となるのは,これら場屋営業の主人 の責任について,他の営業と比較して厳格な責任を課する必要性が,はたしてあるのか,

この規定のもつ現代的な意味が反省されていることであろう。けれどもまた同時に,利用 者保護の観点にたち,ホテルと利用者との間に締結される宿泊約款などの取引慣習の再検 討の必要性が主張されていることも指摘しておきたい。そこで,近時この方面における各 種の営業監督法(「旅館業法」 (昭23・法138),「公衆浴場法」 (昭23・法139),「風俗 営業等取締法」(昭23・法122)などが改正の気運にあることは,これを裏づけているもの

といえよう。

(1}(Meaning)、 Any person who makes it his buslness to make transactions by  facilities to which guests come together such as a七heatre, hote1, eating house,

 or others is cahed a pubhc entertainment service man.

(2}中華民国民法典でも,606条より612条にかけて,場屋主人の責任を定めている。場屋営業の範囲  について,606条では,「旅店その他客人の宿泊に供することを目的とする場駈」として,旅店のみ  を明示しているが,607条では「飲食店および湯屋の主人」と定めている。要するに,中華民国民  法典によっても,ホテル・飲食店・浴場の三業種を場屋営業として,法的に定型化していること  は,わが国の現行商法典とほぼ同じであるといえよう。旧商法典も,60フ条以下に寄託に関する場  屋営業者の責任を明確にしている。ことに609条では,現行商法典と同じく,ホテル・レストラ  ン・浴場の三業種を例示的に掲げている。満鉄調査課「中華一民国民法対訳」 (総則・債権・物権  編)179頁

{3)大審院判決によれば,理髪業は,商法502条7号にいう場屋の取引業にあたらないと判示してい

 る。「商法264条(現502条)ハ営業的商行為二付列挙主義ヲ採レルヲ以テ同条列記各号二一該当セサ

 ル行為ハ縦令業トシテ為サルルモ敢テ商行為ヲ業トスルモノト為ルコトナキハ言ヲ侯タス。然ルニ

 商法26条(現502条)第7号二所謂場屋ノ取引トハ客ヲシテー定ノ設備ヲ利用セシムルコトヲ目的

 トスル取引ヲ門下スルモノナルトコロ理髪業者ト客トノ間二二理髪ナル請負若クハ労務二関スル契

 約存スルニ止マリ所謂設備ノ利用ヲ目的トスル契約存スルコトナキニ因リ之ヲ目シテ右場屋ノ取引

 ト倣スハ当ラス」(大判昭和工2・ll・26民集16巻168工頁)。通説は,理髪店の行為は,本号の取引

 に該当すると解するが,田中(誠)博士は「理髪店が旧時は客のための待合せ設備を有し,町内の

 クラブ的存在であったから,そのように考えたのであるが,現在では客の来集を目的とする場屋の

 取引とは考えられないので,むしろ他人のためにする加工に入る」と解されている(新版「商行為

 法」140頁)。なお,判例上は,料理屋(大判昭和10・12・5法学5・4・65),芝居茶屋(大判

 明治32・1・2Q刑録5・9・52),待合茶屋〔大判大正8・9・25三下25・23・17ゴ5),玉突クラ

 ブ(大判大正14・9・18刑集4・9・533)における取引はいずれも場屋取引に該当するとされて

 いる。

(3)

2 場屋主人の責任体制

 (1)寄託を受けた物品上の責任 場屋主入の責任について,わが国の現行商法典による と,客から寄託を受けた物品であるか否かによってそのとり方を区別している(タイ国民 商法典,韓国商法典,中華民国民法典参照)。まず第一に,場屋の主人は客から寄託を受 けた物品の滅失または殿損につき,それが不可抗力によったことを証明するのでなけれ ば,損害賠償の責を免れることができない(594条1項)。韓国商法152条も,わが国の現 行商法典と同じく, 「公衆接客業者は客から寄託を受けた物品の滅失または殿損に対して 不可抗力によることを証明しなければその損害を賠償すべき責任を免れない」 (Apublic entertainment service man sha玉1 not be relived of liability for darnages unless he proves that the loss or injury of the goods given into his keeping by the guest was caused by an act of God)ことを定めている(谷川監修「韓国の契約法」131 頁)。なお中華民国民法典60δ条の但書のところでも,「……前項の玉食若くは喪失が不 可抗力に因り又はその物の性質に因り又は客人自身……の故意又は過失に因りて致したる ものなるときは主人は責任を負わない」ことを明示している。この規定は,ローマ法以来       ω

のレセプツム(受領)責任を踏襲したものである。ところで本条の対象となる「客」と は,どこまで含まれるかである。ここにいわゆる客とは,場屋取引における設備の利用者 をいうが,その客は,かならずしも利用契約が成立し,契約上の権利者であることを要しな い。事実上客としての待遇を受けておればよいと解するのが通説である(竹田省「商行為 法」208頁,小町谷操三「商行為法要論」424頁)。したがって,客観的にその意思をもっ て,場屋に入ったと認められるような場合には,現実に利用するに至らなかった者,たと えばホテルが満室のために,ロビーで部屋のあくのを待っていたが,とうとう宿泊できな いで立ち去った者をも含 むものと解釈されている。竹田博士によれば,同情により仮寓さ せた者は,ここにいう客にあたらないと解されている(前掲209頁)。

 つぎに場屋主人は,不可抗力(force majeure;act of God;hbhere Gewalt)を立証 すれば,免責されることになるが,この不可抗力の文言自体に諸国の法典は明文を設けて       ②       {3)

いないために,さまざまな見解が対立している。まず主観説は,事業の性質にしたがい最 大の注意をしても,なお避けられない危害であると解している。これに対して,客観説 は,事業の外部から発生したできごとで,通常その発生を期待できないものであると説明

している。さらに折裏説は,事業の外部から発生したできごとで,通常必要と認められる 予防方法をつくしても,防止できないものと解し,現在わが国の通説ともいえる。松本博 士も不可抗力について,「特定事業ノ外部ヨリ発生シタル出来事ニシテ通常必要ト認メラ ルル予防方法ヲ尽スモ之ヲ防止スルコト能ハサル危害ヲ謂フモノト解スヘシ」 (商行為法 226頁)と理解されている。わが国の判例の態度は,ややその明確な判断を欠いているが,

主観説に傾いているようにも思われる(大判大正2・12・20民録19輯IO36頁)。この考え

(4)

方に対して異色的かつ注目すべき見解がある。すなわち,警察が整備し,商人の信用を尊 重する思想が発達している今日,不可抗力を通説のように解釈する沿革的な理由が消滅し ていること,および場屋営業者の責任と運送入または倉庫業者との間に,責任上の差異を 認めるのは,バランスを失するものとして,商法576条の場合と同じように「責二帰スヘ

カラサル事由」と同意義に解する説もある(小町谷前掲422頁)。しかしこの説はまだ充 分な説得力があるとはいえず,少数説にとどまっている現状である。以上のように,不可 抗力のとらえ方について諸説が対立しているが,要するに主観説に対しては,軽遍失と最 軽過失との区別を認めることとなる批判があり,客観説に対しては,企業者に対して,そ のコストのいかんにかかわらない防止を要求することとなり,企業者に対して酷な結果を 生ずるという批判がなされている。しかし,今日の時代的な趨勢からすれば,危険性のあ る企業に無過失責任主義が認められつつあること,企維持のための責任保険制度の普及や 賠償額制限条項を挿入する余地があること,あるいは近時提唱されつつある利用者保護 の法思想にかんがみても,客観説によることを最も妥当であると思う(田中誠前掲272

頁)。

(1)このセプツム(receptum)の責任とは,海陸の運送人または旅店の主人などが,荷送人や客か  ら受取った運送品または携帯晶につき,滅失・量器が生じたときは,れのレセプツム(受領)とい  う事実だけで,法律≠当然に結果責任を負うものであるという考え方である。いわゆる絶対的担保

責任であるが,このような責任体制は,運送入なり場屋主入の責任として,あまりにも厳格かつ苛  酷すぎるということで,最近では,不可抗力,寄託自体の欠陥,荷送人。客自身の過失に原因する  ような場合にだけ,例外的に免責させることを肯定するようになり,その責任のとり方が,ゆるめ  られている。加藤正治「羅馬のレセプツム責任法理と後世への影響」(海法研究2巻)66頁以下参  照。にもかかわらず,こと場屋主人の責任の場合には,運送人の責任との関係で,かなりバランス  を欠いているものといわなければならない。けだし,このような立法趣旨は,「場屋営業の特質に  基き来集する客を保護し,場屋の信用を維持するに必要上その貴任を加重した」ものと解されてい  る(田中誠前掲226頁)。

② タイ国の民法典では不可抗力について明文をおいている。すなわち,その8条で「不可抗力と  は,突発事故または致命的結果をもたらす出来事であって,それがある者に対して生じまたは生ず  る恐れがある場合に,その者の自己が置かれた状況において,その者に期待されうる適当な注意を  払ったにもかかわらず,さけ得ないものを意味する」( Force majeure denotes any even七  the happening or pernicious reslllts of which could not be prevented even though a  person against whom it happened or threate亘ed to happen were to take such ap−

 propriate care as might be expected from him in his situation.)。谷川監修「タイの  契約法」2頁

(3}ここでいう不可抗力は,固有の意味の不可抗力であって,たんなる事実ではない。また「責二帰

 スヘカラサル事由」ということでもない。判例では,「旅人宿ヲ営業トセル者力自己ノ地位二相当

 スル施設ヲ為シ以テ盗難ヲ防止シ得ヘキ備ヘヲ具シ居りシモ暴力ヲ以テ雨戸ヲ外シ内庭二侵入シテ

(5)

宿泊者ノ自転車ヲ窃取セラレタルモノナルトキ里人為二因ル不可抗力引外ナラ」ないと判示してい      ノ る(徳山区判大正1ユ・5・5新聞2010−2020)。このように盗難設備をしていたのに,外部から暴 力をもって侵入して窃取されたときは,人為による不可抗力である。戸田修三r判例コンメンター ル」562頁。イギリス・アメリカ法でも,.不法行為責任の二二事由として,「不可抗力」(act of God)による場合があげられている。たとえば,古今に類のない程ひどい暴風雨によって,人工的 に作った湖水の堤が切れたような場合を不可抗力であると判断している。Nichols V・Marsland

(1876),2ExD.1。このように,不可抗力とは,「人間には予見することが出来ると合理的に 期待し得ない自然力の働きである」(田中和夫「英米私法概論」42頂)としている。なかには,

不可抗力を広く解して,避くべからざる事故つまり不可避的事故(inevit able accident)とほと んど同一の定義を下す説もあるが,一般的に肯定されていない(田中前掲427頁)。すなわち,不 可避的な事故とは,「通常人が合理的な注意を為すもなお避けるごとのできない事故」(伊藤E己 編「刺米法概論」383頁引用)である。したがって,不可避的事故と不可抗力とは同遍概念ではな い。後者は人力の介在しない原因によって起る事故であり,、前者にあっては人力の介在の有無を問 わないものである。要するに不可抗力とは,自然力の場合に限定されていることを注目すべきであ ろう。詳細は,田中前掲427頁,伊藤前掲383頁。なお,イギリス法のもとでも,かつてホテルの主 人は・宿泊客の所持品に対して,その紛失が天災(不可抗力)・大規模な戦争(外敵の行為)・寧 たは宿泊者自身の過失によって生じたことが立証されない限り,責任を免れないという厳格な責任 を課してきたことを特筆すべきであろう。詳細は,Gボークー・A:Lダイヤモンド著(新井正男・

池上俊雄訳)r消費者保護一イギリス法の歩み一」291参照。なお,不可抗力の意義についての詳 細な研究は,伊沢孝平「不可抗力の意義」(民商3巻3・4号).松本蕉治「不可抗力の意義」(商・

法解釈の諸問題),吉永栄助「不可抗力約款について」(海法会誌34号)参照。

 ② 寄託を受けない物品上の責任 つぎに,わが国の現行商法典によると客がとくに寄 託レない物品でも,場屋中は携帯した物品であれば,場屋の主人または使用人の過失によ

って,滅失・殿損したときは,場屋の主人が責任を負うことになる(594条2項)。この 点は韓国商法も同様である、。すなわち,その152条2項のところで,「公衆接客業は客から 寄託を受けない場合にもその施設内に携帯した物品が自己またはその使用入の過失により 滅失または般損したときはその損害を賠償する責任がある」 (Apublic entertain範ent

service man shall be!iable, even if he was not entrusted with a thing by a guest,

for the damage of th6 personal belongs of a{ぎuest brough七 in the facilit女, if such personal belongs were Iost or inlured on a6cdunt of neg1主gence of the p廿blic enterta{nment sefvice man or one of his ernployees.)と定めている。しかし,タイ

国民商法典では,わが国や韓国商法典の態度と異なり,客の携帯品について寄託を受け.た か否かによって,責任のとりを明確にする態度を採角していない。すなわち,その674条 では,「イン・ホテルまたはかかるその他の場所の主入は,自己のところに宿泊する「旅行 者または客がもってきた財産の滅失または損害についてその責に任ずる」としていなが

ら,また675条では,「主人は,そのイン,ホテルまたはかかるその他の場所に出入する者

(6)

により起ざれた場合といえども,旅行者または客の財産の滅失または損害について,その 責に任ずる」 もめとしている。とにかく場屋内での客の携帯品について,滅失または損害 があれば,場屋営業の主人は責任を負うものであることは明らかであるが,鮮釈論的には いろいろの疑義を残していることは否定することができない。なお参考までに,中華民国 民法典のあり方もとりあげてみよう。ここでも,場屋の主人は,客の携帯した物品の殿損 または喪失に対して責任を負うべき旨を明示しているが(606条,607条),ただ606条では,

       の       る   の      の

場屋主人のなかでも旅館の主人であることを例示し,607条では,飲食店と浴場の主人を あげているが,場之の主人餌誰であるかを区別しているだけであって,解釈論的には同一 条文。重複とも見受けら:れよう。また,タイ国民商法典と同じように,客から携帯品の寄 託を受けたかどうかについて,責任を区別する態度をとっていない点では,タイ国民商法 典に加えられた批瓢を甘受しなければならないだろう。これちの諸点を考慮すれば,立法 論には,わが国や韓国の現行商法のあり方が,はるかにすぐれているもめといえよう。

 ところで,わが国の現行商法典によれば,場屋営業の主人は・,客の寄託しない物品であ っても,場屋中に携帯した物品でありさえずれば,自己または使用入の過失によって,滅 失・般損したときには,損害賠償の責任を負うことになるが,この場合め責任は,場屋の 主入と客との間の特殊関係にもとづいて生ずるものであるから,寄託契約上の責任でも,

不法行為上の責任でもなく,場屋の利用関係にもとづいて,法がとくに認めた責任である と解するのが有力である(竹田前掲210頁,西原寛一「商行為法」413貢, 大森忠夫「商行 為法」291頁)。本条でいう「不注意」とは必要な注意をつくさなかったこと・であり,つま

り過失の意味と同じように理解されるべきである(田中誠前掲227頁)。また,注意の程

   り       の   ロ  リ   リ   の   

度は,善良なる管理者の注意であり,その管理者としての注意を欠いたこと(過失)の立

証責任は,客の側にあることはいうまでもない。この点で,客から寄託を受けた携帯品の

場合と異なることを注意すべきであろう。なおここでいう「使用人」とは,当該場屋の取

引に事実上使用されているすべての者(家族の者も含む)をいい,場屋主人とめ間の雇傭

関係の有無は問わない(小町谷前掲425頁)。さらに付言したいのは,わが国の判例によ

れば,たとえ雇人であっても,その仕事について選任監督もしくは指揮命令の関係がない

場合には,使用人とは認めら・れないとし,ホテルは,寝具製作請負人の人夫の過失につい

て責任を負うものでないζとを判示したことがある(東京地判昭和4・6・14薪聞ε013号

17頁)。とζろで,本条でいう場屋主人の責任は,既述のように,場屋の利用関係にもと

つく法定責任を肯定したものと解するのが一般的であるが,なかには土地の工作物の占有

者または所有者(民法717条参照)に類似する不法行為責任の一種であって,企業責任の

特殊なものであると主張する注目に値する見解もある(田中誠前掲270頁)。 しかし,法

定責任説によると,また企業責任説によるとにかかわりなく,場屋の主人の責任は,工年

の消滅時効にかかるものであるから(商法596条),ほとんどその法的実益には,かわり

はないように思われる。       、

(7)

 つぎに,わが国の現行商法典と異なり,タイ国の民商法典や中華民国の民法典では,明 文をもって場屋営業の利用者側に過失があるときは,その責に任じないものとしている。

すなわち,タイ国の場合には,その675条但書の箇所で,場屋主人は,不可抗力のほか に,その財産の性質または旅行者客その随行者もしくは主人が,受入れた者の過失により 生じた滅失または損害については,その責に任じない旨を定あている。また中華民国民法 典でも,「客自身または同伴者もしくは来賓の故意または過失によりて致したるものなる ときは,主人は責任を負わず」 (606条但書,6Q7条但書)と明示し,タイ国の民商法典と 同じように過失相殺の法理を導入していことは,特筆に値しよう。

 (1}中華民国,タイ国の法典と同じように,わが国の判例でも,場屋営業の利用者(被害者ンに過失   があるとき過失相殺の適用を認めたことがある。たとえば浴客が,大金を看視人に寄託しないで,

      ロ        コ     の  の        ロ  ロ  の  コ

  衣類に包んだまま脱衣箱が中に入れたために窃取されたときは,浴客も善良なる管理者の注意を怠   つたものとして,浴客にも過失責任があるものとしている(岡山地蒔昭和2・10・19新聞2762−

  17)。また,主人あるいは番頭人でないことを一見して知ることができる状態であるのに,これを   確かめないで金員を引き渡すときは,普通人の払うべき注意を欠いた過失であるから被害者にも過   失責任があると認定している(東京心血昭和5・10・9新聞3183−5)。英米法のもとでも,コモ   ン・ローの著名な法理として,「助成過失」または「寄与過失」(contributory negligence)

  の原則がある。これは,過失事件のさいに,損害発生の決定的な原因をあたえたのが,原告自身の   過失であり,被告の過失にもかかわらず,原告側で相当な注意(reasonable care)をつくした   ならば,損害の発生を回避できた場合には,また原告が事故を避ける最後のチャンスをのがした   ならば,原告側には,一切損害賠償の請求をすることを否定しているのである。これはいわば,

  大陸法の過失相殺の考え方とは異なったものである。しかし,最近では,1945年の法律(Law   Reform−Contributory Negligence−Act)によって,裁判所は,損害発生の責任におけ「る請求   者の持分を顧慮して,正当かつ公平と考える限度に減額できることとなり,ここに過失相殺の原則   が導入されることになった。詳細は,伊藤正己編「英米法概論」447頁,田中和夫「英米私法概   論」423頁以下参照。海事法の分野ことに船舶衝突の場合には,助成過失の法則が作用していな   い。双方に過失があるときは,Maritime Conv⑳七ion Act,1911によって,過失の程度に比例し   て責任を負うことになっていることを注意すべきであろう。田中前掲424頁,伊藤前掲447頁。

 ② わが現行商法典に比較して,著しい異色ともいえるのは,タイ国民商法典676条の規定であ   ろう。すなわち「明示に寄託されなかった財産に関する滅失または損害を発見したときは,旅行   者または客は,直ちにそのイン・ホテルまたはかかるその他の場所の主人に,その事実を伝えね   ばならない。これを怠ったときは,主人は674条および675条に定められた責任を免除される」

  (on discovery of the loss or damage to the property not expressly deposited, the

  traveller or guest must communicate the fact to the proprietor of the inn, hotel

  or arly such place at once, faling wh三ch the proprietor shall be relieved of the

  responslbility provlded in sections 674 and 675.)ことである。同じことは,中華民国法典

  6工O条でも「客はその物品の殿損もしくは喪失を知りたる後,ただちにこれを主人に通知すること

  を要する。通知を怠りたるときは,その損害賠償請求権を喪失する」と定めている。これは,恐ら

(8)

  く厳格な場屋主人の責任を免除させるための立法措置と思われるが,わが国の現行商法典のもとで  は,このような損害通知義務の癬怠に関する制裁条項はみかけない。利用者保護の観点からすれ  ば,本条の存在には,若干の疑義なしとはいえない。谷川監修「タイの契約法」87頁

 ㈲ 免責特約の問題 ところでわが国の現行商法典によれば,場屋主人の責任に関する 規定は,任意規定であって,特約をもって,個々の客との間で,責任を軽減したり,また         は免除す・ることは許される歩,たんに客の携帯品につき責任を負わない旨を告示しても,

場屋主人の責任は免脱されることにはならない(商法594条3項)。けだし,もしも場屋内 の一片の掲示によって,場屋主人がこのような責任を免れうるものとするならば,それこ そ本条の法定責任は,ほとんど空文に近いものとなるたあに,念のために,このようなこ とを成文化したものにほかならない。免責の禁止対象となっているものは,あくまでも

 ω 「告示」であって,明示的黙示的な「特約」とはなっておらず,また証券上の免責条項と もなっていないものであるから,もとより本条の態度は当然のことであるといえよう(小 町谷前掲423頁)。では,このような免責告示は,まったく法的に無意味なものであろう か。それはあたかも,「踏切一時停止」のような告示と同じく,債権者または被害者の過 失原因として,過失相殺の場合に法的な実益が,多少あることを注意すべきであろう(田 中誠前掲271頁)。免責告示に関するこのような規定は,東南アジア諸国の法典にもみかけ られる。とりわけ,タイ国の民商法典677条では,「イン・ホテルまたはかかるその他の 場所に掲示(notice)された主人の責任免除または制限にっき,特に同意しない限り無 効である」 (Anotice posted in the inn, hotel or such other place exc工uding or limiting the liability of the proprietor is void unless the traveller or guest express−

1y agreed to such exolus1on or lim重tation of liability.)と明示しており,結論的に は,わが国と同じような態度を採用しているものといえよう。なお参考までに,かつての 中華民国民法典の609条でも,「掲示をもって前条に定めたる主人の責任を制限または免除

したるときは,その掲示は無効とする」旨を定めていたことも附記するに値しよう。また 近時韓国商法152条にも「客の携帯物に対して責任がないことを掲示したときにも公衆接 客業者は前2項の責任を免れない」 (谷川監修「韓国の契約法」ユ32頁)ことを明文化し ている。

      コ   リ   コ   コ      

① わが国の有力説によれば「告示」は場屋主人の一方的な意思表示であって,特約ではないと解し  ている。もちろん「特約を挿入すれば,免責が可能になるとしても,もしも場屋主人の側に悪意・

 重過失があれば,この限りではないと解釈するのが通説である。判例によると,「錠のない脱:衣箱  を使用するな」との貼紙をしたのみでは,監視人の不注意による衣類の盗難につき浴場経営者は責  を:免れない」(大阪地判昭和26・8・21判子2ユー58)と判示している。旧商法典609条でも,この  責任は無責任の告示をなすも免れることができないと規定ていた。

叫 高価品に関する責任 わが国の現行商法では,貨幣・有価証券その他の高価品につ

いては,客がその種類および価額を明告して寄託したのでなければ,場屋の主人は,そ

(9)

の物品の滅失または摩損について損害賠償の責任を負わない旨を定めている(595条)。け だし,このようなことを明文化したのは,明告がないときには,高価品にふさわしい保管 方法がとれないばかりか,普通よりも損害発生の機会を増大し,損害額も大となるから,

このような場合に場屋の主人に責任を負わせるのは苛酷であるからである。したがって,

場屋主人は,高価品について明告がない限り,高価品としての賠償責任はもちろん,普通 品としても責任を負うものではないことを注意すべきであろう。東南アジア諸国の商法        (1)

典でもこれを明文していることが多い。かつての中華民国民濡典の608条でも,「客人の金 銭,有価証券,宝石類またはその他の貴重なる物品は,その物の性質および数量を明下し て,これを交付保管せしめた場合にあらざれば主人は責任を負わない」旨を明示していた ことがある。わが国の旧商抹典でも,大金および特に貴重な物は,これを明告して交付す ることを義務づけていた(609条後段)。ところで通説によれば,ここでいう高価品とは,

容積または重量の割合に高価な物品をいい,貴金属・宝石・高級美術品・珍鐘骨董品・上 質毛皮などがこれに属するものと解されている。高価品に関する場屋主人の責任で最も問 題となっている点は,場屋主人の責任が免責されるのは,債務不履行の責任にとどまり,

不法行為責任までも排除されるものかどうかであろう。わが国の判例によれば,「本条は,

客が高価品につき明細しない場合,場屋の主人の債務不履行責任を免れさせるにとどま り,民法の不法行為の規定とは対象を異にし,互いにその適用を妨げない」 (大判昭和17

・6・29新聞4787−15)として,請求権競合説を肯定していることであろう。学説のなか には,この判例の立場と同じ見解をとるものもみられるが(田中誠前掲216頁),多数説 は両者の競合を否定し,契約関係がある場合には,不法行為責任は問題とはならないとす

     り      

る法条競合説をとる(大隅「商行為法」ユ41頁,西原前掲413頁)。もちろん,これら両説 に薄して,不法行為にもとつく責任は,契約に予想された程度を逸する行為があったと き,すなわち,場屋の主人または使用人の故意・重過失によって,携帯品が滅失・致写せ られた場合には,新たに不法行為責任が生ずるものと解する折衷説もみられる(小町谷前 掲376頁)。

(1)韓国商法典でも,その153条で「貨幣,有価証券その他の高価物に対して,客がその種類と価額  を明下して嵜託しなければ公衆接客業者はその物の滅失または下野を賠償する責任がないとしてい  る。しかし,タイ国の民商法典675条2項では,若干異色のある規定をしていることを注目すべき  であろう。すなわち,「主人の責任は,その財産が正貨,流通証券,手形,債券,株式,社債,質  入証券,宝石またはその他高価品の場合には,それが主人に寄託され,かつその価値が明告された  場合を除き,500バーツの額に制限される」(His liability is limited to sum of five hundred  baht if the property be specie, currency notes, bills, bQnds, shares, debentures,

 warra1ユts, jewels or other va工uables unless it has been deposited with him and its

 value clearly stated)ものとしている。:谷川監修「韓国の契約法」132頁,谷川監修「タイの

 契約法」8頂

(10)

 (5)責任の時効消滅 現行商法によると,場屋主人の責任は,主人に悪意がある場合を 除き,主人の寄託物の返還または客の携帯品持ち去りの時から,また物品の全部滅失の場合        コ   の

には,客が場屋を去った時から工年を経過したとき時効によって消滅することを定めてい る(596条)。すなわち,場屋主人の責任は,きわめて厳重なので,その責任軽減をはか り, また多数取引に従事する者の立証の困難を避けるためにも,責任消滅の短期時効を制 度化したものにほかならない。このことは同じように東南アジア諸国の法典にも明文化さ

   (1}

れている。ところでこのような場屋主人の責任についても,場屋主人に「悪意」 (履行補 助者つまり使用人の悪意も含む)があったときは,商法596条1項の適用はなく,一般原 則によって5年の時効にかかるものと解される(田中誠前掲229頁,小町谷前掲428頁)。

けだし,かかる場合にまで,短期時効消滅の保護を場屋主人にあたえるのは衡平の観念に 反するからである。なお,ここで場屋主人に「悪意」揮あるというのは,場屋主入または 履行補助者が故意に物品を張損し,または滅失したことをいうのであって,たんに鍛損ま たは滅失を知っていた場合は含まれるものではない(田中誠前掲271頁)。

 〔1)タイ国の民商法典678条では,旅行者または客の財産に生じた滅失または損害の賠償に関する訴   訟は,旅行者または客の出発後六ケ月を経過した後は,これを提起することができないと定め,六   ケ月で場屋主人の責任が消滅するものとしている。中華民国民法611条でも,六ケ月の時効消滅を   規定していた。また同様に韓国の商法典でもその154条1項で,六ケ月の期間経過によって,場屋   主人の責任の消滅時効が完成する旨を明示している。谷川監修「タイの契約法」87頁,谷川監修   「韓国の契約法」132頁。

3 む

 以上きわめて概略ながら,東南アジア諸国の民商法典を参酌しながら,現行商法典にお けるわが国の場屋営業の責任体制の仕組みなり,そのあり方について素描してきたが,そ       (1×2)

こには,解決すべきいろいろの問題点が残されていることはいうまでもない。ことに最近 では,国民生活審議会が立後れの著しいこの方面のサービス分野の全般にわたり,消費者

(利用者)保護の観点から,改善すべき問題点の答申をしていることが注目に値しよう。

今後機会があれば,この秀野の一層の検討を試みたいと思っている。

(1}

日  本 韓 国レイ国

場駐人の責任 1 59條1         一 E52剰 1鷺 品品託する糊1 595条「 158剰675条2項

責任の短期時効 596条1 154剰 678条

② この方面の研究にさいしては,アジア経済研究所発刊の,谷川教授監修の「タイの契約法」(経

 済協力調査資料32号)および「韓国の契約法」(経済協力調査資料33号)に負うところが大であり

 感謝する次第である。

参照

関連したドキュメント

 第十一 小学科  「……其学科ノ選択及課業ノ程度等先ツ以テ不可トスル所ナシ然レト

― 22 ―

(過激派ヲ含マズ)ニヨリ行ハルヽコトヲ希望ス

第861条 養子ハ緑組二因リテ 従親ノ家二入ル ヲ 取得ス シ 又 成年ノ子力養子ヲ為

抵当権ノ消長ニ関係ナシト謂フヘカラス又抵

右数項ノ起業ハ此公債募集ノ暴卜共二順次着手シ大小難易二由リ遅速アル

今や吾等教家本然ノ責務トシテ 先帝ノ遺嘱ヲ普露シ其ノ冥福ヲ為楽シ奉り今上陛下ノ聖

白鴎法学第14巻1号(通巻第29号)(2007)282