明治初期における小学校と実業教育
―明治前期実業教育施策史研究附説(1)―
内 山 克 巳
(1)
初期文部省各年報中,各府県学事年報要略事項の「将来学事施設上須要ノ件」その他の 事項に掲げられたもののうち,次例のように小学校を実業教育の場とすべき希望を述べた 府県が可成りある。
小倉県 今教則ヲ改正スルや諸官省公布類,就中金銀貸借田畠売買地租改正,税法董革其他法律規 則等ヲ類聚シテ之ヲ小学教科書引解へ 都市二商学ヲ主トシ鄙村二農学ヲ主トスルトキハ蒙昧人民ト 錐モ学ト不学ト目下引切其身家ノ利害二関スルヲ知り人民自ラ学校取締二親灰シ其業間ヲ得テ相半ビ 相野フテ其子弟ヲ就学セシメ……(註1)
山形県……管内広ク養蚕ヲ開キ戸々普ク製糸糸ヲ事トシ地方第一ノ物産タリ而シテ之ヲ改良シ之ヲ盛 大ナラシムルハ小学生徒ヲシテ専ラ練習セシムルニシカス依テ先ツ師範学校附属小学校女子教科中耳 書算術習字裁縫ノ外四二製糸糸ノー科ヲ置キ独繰ノ器械ヲ用ヒ満十一年以上ノ女子ヲシテ之二従事熟習 セシメ他日嫁婁ノ後其業二就キ易カラシムル方法ヲ設ケ追テ管内・一般ノ女子小学科二普及セシメ将来
.大二洪益ヲ地方二与ヘントス(註2)
埼玉県 公立小学校二学校園ヲ設ケ児女二実業ヲ授ケル事(註3)
山梨県 生徒ノ卒業シテ家職二従事スルニ及ヒ尤其便益ヲ与ヘル者ハ農商ノ学科二如クモノナシ本 県二才テ農学商学ノ科末タ設置セスト雌モ異日ヲ期シ之ヲ設置スルヲ要ス(註4)
兵庫県 農学校ヲ設置シ或ル小学校二農科ノ書籍ヲ用ヒ実業ノ便吟興スル事(註5)
(附)学事ノ現状 殊二民間実業二関スル農工商ノ3科ノ如キハ勉テ他ノ民情二適合スルヲ以テ目 .的トシ自家ノ生産ヲ稗平門シムルカ如キ方向学事奨励ノー端ナリトス(註6)
埼玉県 土地ノ形勢二因り小学科中二近易ナル農工商学科ヲ加ヘルコト(註7)
三重県 小学夜学ヲ設クル事……抑小学夜学校ハ昼間就学シ能ハサル薄命児ヲ教フル場ニシテ小学 ・初等科二子フルニ卑近ナル工商学科ノ端緒ヲ以テセントス…(註8)
根室県 土地ノ実況二随ヒテ農業若クハ工業若クハ商学ヲ設ケ盛二岬町ヲ学ハツム可キ事(註9)
三重県 漸次農商工二関スル実業的学校ヲ設置セシメンカ為メ中小学校等二是等ノ端緒ヲ加フル事
(註10)
山梨県 小学校二於テ農業ヲ教授セシムル事(註11)
鹿児島県 小学教則二農工商業科ヲ挿入スル事(註12)
山梨県 小学校二於テ農業ヲ教授セシムル事(註13)
新潟県 「管内学事ノ状況」本年度学事施設ノ要領ハ小学教則ヲ改正シ農工商業科裁縫科……ヲ必 須科二加へ以テ実業上二関スル知識ノ端緒ヲ開キ……(註14)
石川県 小学校二農業実験地ヲ付シ他日実業二就クノ素ヲ得セシムル事(註15)
富山県 小学校教科中実業科設置ノ件一従来規定小学絞腹科中農工商業二関スル実業学科ノ設ア リト錐モ其教授スル所ノ状況ハ書籍或ハニ三ノ実物二就キ・名称種類効用等ノー端ヲ授クルニ過キス要 スルニ只其虚文二走リテ其実業二於テ稗益ナキモノノ如シ本県夙二薙二留意スル所アリト雌モ置県以 来日浅ク漸ク前年二於テ学事諸般ノ規則ヲ整へ梢内部ノ改良二起手セシ場合ナレハ未タ実業科ノ改良 ヲ図ルニ暇アラサリシヲ以テ暫ク之ヲ寛仮セリ顧フニ児童ヲシテ実業二嫁ラシメ之二授クルニ学理ヲ
14
長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号以テスルトキハ他日社会二立チ生業ヲ執ルニ当り其稗貫スル所潜門ニアラサルヲ以テ将来益該学科ノ 改良ヲ計画シ努メテ実地二就キ其業ヲ執ラシメ彼ノ虚文ニノミ走ルノ弊ヲ絶チ学術ノ進歩二伴ヒ実業 ノ用ヲ知ラシメ他日従事スル所ノ業務二稗補アランコトヲ期セントス(註16)
函館県 小学教則及学科ヲ更生シ民産生業二近接セシメ開拓移民ノ状態二実益アル組織ニスル事
(17)
以上のうち,開拓地北海道の小学校にあっては殊のほか実業教育の場として農漁蚕桑の 現術教育が尊重されたのは格別として(註18),文部省巡視官が次のように両者の関係を 強調しているのは 14年の小学教則綱領(第26条)制定直後のことであったとしても,
且つそれが農商工科に就ては任意規定であったにも拘わらず一当時中央教育当局の斯面 への姿勢が窺われるものがある。
第十一 小学科 「……其学科ノ選択及課業ノ程度等先ツ以テ不可トスル所ナシ然レト モー二修正ヲ望ム可キモノアリ何ソや教則ヲ観ルニ綱領(註・小学校教則綱領)第26条ノ全 文ヲ写シテ掲載セルモノアリ乃チ知ル当局者モ亦本県(註・鹿児島県)二於テハ農業ノ初歩 商業ノ初歩工業ノ初歩ヲ小学毒酒加フルヲ必要トスルノ場合アル可シト認定セルコトヲ抑 農工商等ハ生業出藍二緊切ノ関係ヲ有スルヲ以テ今此三科ノ初歩ヲ其小学校二加フルコト 亦極メテ急要ナリトス然ルヲ纏カニ町村ヲシテ随意撰択セシムルニ過キサルモノハ不可ナ リ且ツ其加除ノ方法ヲ示スコト莫キニ至リテハ猶ホ更二不可ナリ要スルニ彼レ三斜ク諸ヲ 町村ノ撰択二委セスシテ県庁二野テ各科課業ノ程度及教授時教等ヲ確定シテ管内一般二布
ク可キ所ナランカ……」(註19)
北海道の小学校現術教育の重視は,開拓使の使命から当然考えられることである。北海道最初の教 育施設「資生館」改まっての札幌学校,また改っての雨龍,第一小学などと発展し12年7月置附属園
を開いて3級以上の生徒に農事初歩を教えるようになったが,それ以前の屯田兵制度に屯田小学校 (琴似・山野)のほか,特にこの頃から本支庁管内各地の小学校で農耕・蚕桑の軍術が教えられるよう
になっている。13年1月頃教則が改正された際に出された「教員心得書」 (13.1.13)や(註20)
函館小学教科伝習所改め函館師範学校と改称した(13.11.8第95号達)とき出された告示(註2Dな ども教則の趣旨に副うものであった。その改正小学教則(13。1.13)では3級〜1級まで引続き農 業,養蚕の科を掲げ,「農業養蚕等ノ現術其ノ緊要ノ季節二心レハ3級以上ノ生徒ハ他ノ学課ヲ専ラ 之二従事セシムル事アルヘシ」としたし,変則小学教則にも「各校適宜ノ方法ヲ設ケ農業養蚕等ノ現 術ヲ授ク但シ……其季節ヲ量り其学課ヲ休メ各々其家二回忌之ヲ習ハシム又……」と同趣旨であり,
(註22),また郡区受持訓導規程(14,6,3)にも「農桑2件ノ実地施行ノ景況」や「学田学社ノ景況」
なども報告書を作成して郡区長を通じ学務課に録平せしむることとして斯科の教育を奨励した(註2 3)。斯科は20年の小学校規則・同簡易規則(20.4.7北海道庁令第16号)では「実業演習」と銘打 たれ,尋常小学校ノ学科程度配当表では「……農博商工等ノ実業ヲ嗜好スルノ念ヲ開クヲ旨トス…」
とし,この時間は授業の都合によって雑喉の時間を流行することが出来るともしている。高等小学校 や簡易科の場合も同趣旨である(註24)。また15年2月,廃部置県に際し公立小学校維持のため山村 原野海浜等1校50万坪を限り無代価下付の事を根室・函館県令・札幌県令代理連名で内務脚宛に伺を 提し,内務農商務省より聞届裁下が指令せられたが (15.5.23),その伺の中にもそれまでの実績を 併せ述べているし(註25),学農社の「北海道開拓雑誌」記事にもその一端を伝えている(註26)。
(2)
14年に小学校教則綱領が公布され(14.5.4第12号達)その第26条に土地の情況に因り農 商工業の初歩を加えうると云った規定が設けられたが,既にその以前に於て各府県からの
文部省への県下乃至県内一部小学校教則の制,改定伺のなかには,多くは上等小学或は高 等小学第二・第一級といった上学年に読物(読書)や口授・問答の一・教材として農商工と か経済談或は記簿法,女子には手芸,修儀などと云った教科目として実業的な教科教材が 掲げられ,また認可されているのが見られるのも時代ないしは住民の要請に応じた結果と 思われる(註27)。ただし,それがどの程度実施されたかは明らかではないが,この教則 綱領(第26条)や師範学校教則大綱(14.8.19第29号達,第6条)が公布せられたのを機として
「小学校師範学校ノ教則ヲ改正シ現二農工商業ヲ加フルモノー府二十四県ノ多キニ至」つ たという(註28)。
即ち,いま17年頃の小学科及びそれとも関係ある師範学科における農商工科の府県普及 状況資料が次表のように提供されている。両校とも或は何れかが,且つ農工商の凡て或は 一その幾つかを置く府県は,前記の通り通算1府24県で殆んど全国府県の半数に当ってい み(註29)。
府県名 京 兵 静
青 石 富 山
都
庫 岡 森 川 山
口熊 本 札 乱 賊 館
埼
千 茨艶 福
広 岩
宮玉 葉
城重 知 島 島
手崎
県名
兵 庫 薪 潟
小学科中二農工商業ヲ加フル景況 学科数
農工商 同 同 同 同 同
国 同 同
農,商同 同 素 島 島 同 中
農同
等 科
中
高中
高
中 中
虫局 野
虫尚
虫 高中
専同 中
中虫
局
中高
中
師範学科中二農工商業ヲ加フル景況
学科数 農・工・商
同
等科
高 虫
尚
学期数
4 4 3 1 6 6 3 4
3 6 4
10 3 4 2 2 3 2 6 2 4 3 3
学期数
2 1 2
毎学期一週ノ
時数通算
12
718
618 12
7 12 612
861
6 8 4 4 12 4 12 4 8 6 18
毎学期一週中
時数通算
4 2 3
16
長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号栃 木 宮 減 石 川 富 下 札 阿
鍋 館 千 葉 愛 知 静
広
福 長岡 島 岡 野
秋 田 埼 玉 岩 手 筆 森同 心 同
等
同
一・二
野
同 同 士 同
農同 期 同 同
高 高 卑 同 史 局
初(農)
卑 同 卑
同
卑同 中高(農)
中高(商)「
高
中高 中高
中高 卑 型局
高 箒局
1 1 2 3 3 3 1
4・
6 2 5 1 1 1 2 2 1 i 1 1 2 2 2 1 2
3 5 5 8 9 9 1
711
2 5 2 2 2 5
42 2 3 3 8 2 5 3 6
然し小学校の実業教育に就ては,当時の主なる教育誌上に表われた限りで見ると一般論 として強く之を主張するものも稀にはあるが(註30),普通教育機関としての小学校という 限界に立っての所論が支配的である。上掲の資料を提供した論者にしても,題目は「小学科 中二農工商業ノ大意ヲ加フルノ要ヲ論ス」としているが, 「然レトモ余ハ小学校ノ生徒ヲ シテ悉ク実業者タラシメント欲スルニァラス将来実業二従事セントスル者ノ為メ学術的概 念ヲ授ケテ以テ実業ノ素地ヲ作ラントスルニアリ……」(註31)と冒頭しているし,所論の 過程に於ても「抑小学校ハ耕作者ヲ養成スルノ所ニアラサルハ素ヨリ然リ……然うバ則チ 何ヲ以テ小学科中二農業科ヲ加フルカ之ヲ教授シテ如何ナル結果ヲ得ント欲スルカ蓋シ其 目的ハ農事ヲ授クルニアラスシテ農業上ノ教育ヲ為スニアリ而シテ其結果ハ児童ヲシテ農 事上ノ習慣無趣味ヲ牢固ナラシメ農業ヲ盛ニスルハ之力改良ニアルヲ知ラシメ幼時に於テ 夙ク論調其素地ヲ作ルニアリ……」(註32)と述べている。同じく同誌上に,「農業地方ノ 小学校へ実業科ヲ設ケ幼年ヨリ稼稿上ノ嗜好心ヲ養生スル方法」と題しても,題意の如く その実業科とはそのミ第一ノ目的ハ生徒二平生快楽心ヲ与へ第ニニハ知ラズ識ラズ農業ノ マへ
嗜好心ヲ養生スルノ目的ミである所の実業園を設けることを主とした意味のもので,それ はミ児童ノ特性ヲ完全ニシ成年ノ後業ヲ活澄二操ラシメン為メニ第一ハ……心意活動力ト 身体活自力ヲ結合セシメ第ニニハ……手ノ作業ヲ容易ナラシメムタメ第三構造力第四自活 ノ精神第五美術及工芸心等ノ信徳ヲ養成スルノ助ケニナル事ミ(註33)のためであった。
また,かの手島精一が同誌(大日本教育会雑誌第36〜7号)乃至教育時論(第48〜9号)に掲一 載した「実業教育論」と題するなかにも,うちの足小学校ノ手工科モ主トシテ他日職工タル
ノ思想ヲ養成スルノ具 としてであるとしており(第37号一ig.8.15−P.18),或は「技 芸教育の一般」 (発表年月日不詳)と題するなかにも, 「小学校に於て授くる所の手工科は 職工を養成するの目的にあらず……普通の小学校に於て職業を授げんとするは,奮に其設 立の主旨に背くのみならず,小学児童の年令にては之を授くるも其効を見ざるべし」(註34>
と明瞭に先の所論を裏付けている。更に,大日本農会報告(第47号)に掲載されされた後 藤達三の「大日本農業教育論」 (大日本教育会雑誌第20号にも再掲)でも,小学校の農業教育 を論じながらも硫石に「尚終リ一議ミテー言申上ケタキハ農家ノ子弟ハ幼稚ノ時普通学校 二入リテ農学ノ階梯ヲ学ヒ長シテ専門農学校土入リ完全ナル農業ノ教育ヲ受クル事ヲ希望 ス」 (註35)と,農業の専門教育を直ちに小学校に求めたわけでは勿論ない。この10年代 後期には教育界に於ては実業教育に対する関心も興り,この頃の主なる教育誌上には一般 実業教育記事や,各地府県連合学事会などで「小学校実業科実施状況について」が協議 題,諮問題の1として提案されている記事が見られるが,そのうち小学校と実業教育に限
っての代表的な論説の幾つかを摘出すると,凡て前記同様の見地に立つ所論であり,教育 の実際に対しても懐疑的である。
「……然りと錐中小学は普通の学識を引くる所にして専門の芸術を教ふる所にあらず故に実業教育 を中小の学校に実施するに当りては務めて其科程を農工商一般に亘らしめ以て一科専門の工芸に傾く
の弊を避けざるべからず……」 (註36)
「……油画:初ヨリ読書ノミヲ事トシ手自派ヲ持チシコトナクー回ダニ鋸ヲ挽キシ事ナキ小学教師ノ 及ブ処ナランや而シテ右ノ如キ者ノ子弟二向テ実業ヲ授クルニ一息ノ農業書ヲ読ミ或ハニ三ノ工芸雑
誌ヲ閲セシ教師ヲ以テセントス……」 (註37)
「……小学校二於テ児童二普通ノ知識ヲ得セシメ或ハ高等ノ教育ヲ受クル階梯ヲ授クルハ勿論ナ レ トモ又他日職業二就クノ端緒ヲ心乱シムル事肝要ナリ……凡農工商ヲ小学校一入レタル司法職業ヲ 営ムノ端緒ヲ開キ・又各自二三ム所ノ業二目的ヲ定メシムルニアリテ決シテ直二完全ナル職人ヲ得ルノ
目的ニァラズ……」 (註38)
「……余が奉ゼル埼玉地方二心テ臆面二小学校二農業科ト商業科トノ設ケ有レドモ未ダ工業科ノ設 有ラズ尤農業科商業科ハ小学農業書小学商業書等ヲ読マシムルニ過ギズ……云ババ読書ノ時間が多キ
マデナレバサマデ効能ハナカルベシ……」 (註39)
「教育ハ都テ実業教育ナラザルベカラズ……我輩ハ実業教育ヲ主張スルト雛普通ノ学校(註,ここ では小学校,以下同じ)二野テ耕作者製造者工作者又ハ技術者ヲ養成セント企ル者ニアラス普普通学
校二戸テ此等ノ者ヲ養成スヘカラサルコト猶医術家……等ノ普通学校二於テ養成スヘカラナルカ如ク 判然タル事柄ニシテ……普通学校ハ警ヘハ山口登ラ:ソトスル者ヲ率ヒテ之ヲ其麓二導クカ如ク各人ヲ シテ望ム所ノ径路二親クコトヲ得セシムル門止マルモノナリ……(註40)
「小学校ハ小学校ニシテ職工外蓋非ス……若シ夫レ小学校ニシテ職工場タルノ実アラバ子弟ノ教育 ヲ誤ルヲ奈何セン……故二小学校二於テハ子弟ヲシテ実業ノ重:ソスヘキ思想ヲ起サシメ併セテ父兄ヲ シテ児童ヲ就学セシムヘキ思想ヲ起ス肩灼ニ授クルノ実業ナリ……真正二実業ヲ教授スル立傘工科大 学アリ職工学校アリ……アリ……」 (註4D。
「……抑も実業教育の事たる殖産工業を振興するに必要欠くべからざるは……然れども偏愛の余り 之を小学教育の域内に置かんとするに至りては頗る未定の問題に属す盛れ小学教育は普通一般の事実 及ひ道理を研究する所の処たり……故に今実業教育の如き専門学科に属すべきものを小学教育の域内 に置かは其受教者の力ある一方に偏するを以て到底完全の知識を具備せしむること能はざるは明白な りとす若:し果して然る上は小学教育は実業教育に躁干せらる瓦ものと云ふべし……」 (註42)
「……蓋シ純粋ノ実業教育卜云ヘバ決シ テ小学校教育ノ負担スベキモノニ非ズ又能ク負担シ得ベキ
コ8 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号
モノニ非ルニモ拘ラズ大早計ニモ教育ト云フ文字上ヨリ誤了シ去テ直二之ヲ以テ小学教育ノ責任二帰 セントシ孜々トシテ其ノ実行二奔走スルモノアルニ至リテハ実二吾イ齊ノ喫驚二湛ヘザル所ナリ……実 業教育ハ専門教育ノーナリ其ノ必要ナル固ヨリ論ヲ侯タズト錐モ而モ之ヲシテ普通教育ノ領内二闊入 セシム可ラズ普通教育ハ唯其ノ素地ヲ造ルノ責任ト必要ヲ有スルモノナリ」 (註43)
「我輩ハ元来実業教育ノ主張者ナリ。然モ我輩ノ之ヲ主張スル所以ノ者ハ普通小学其物ノ性質上ヨ リ農工手芸ノ如キ実業科ヲ設ケテ之ヲ授クヘキ者トナシテ之ヲ主張セシニアラス。普通小学ノ性質上 ヨリ論スレハ心意ノ滋養タリ食料タル諸ノ智識ヲ供給シテ其順序ト程度トヲ誤ラスシテ他ノ諸能力ヲ 発達シテ後来商トナリ農トナリ医者学者工芸技術家トナルヲ得ルノ資ヲ与フルノミニシテ足レリト信 ヌル者ナリ。然則汝ハ何故二実業教育ヲハ主張スルヤ。日ク時弊ヲ済フノ急二感シテ之ヲ主張スルモ
ノナリ。何ヲカ時弊ト云フ…………(註44)
(3)
さてこの小学校と実業教育との関係に就ては,文部省刊の教育雑誌等(文部省雑誌・教育 雑誌・文部省教育雑誌)による外国教育事情の内訳,啓蒙記事のうちにもその論議が紹介さ れたが(註46),事実として明治初年の小学校は普通教育機関としてのほかに,て喝……小 学校ノ性質上ヨリ実業其物ヲ解スルトキハ心意ノ滋養食物トナルヘキ知識ヲ供給シテ他日 農トナリ,エトナリ,商トナル事ヲ得ヘキ資ヲ与フルニ外ナラス……軒口小学校二於テ授
クル農業商業若クハ手工ノ諸科ハ実業教育ト云ハスシテ実業的ノ教育…」 (註47)の場と しての性格を帯びていたし,またそのように或はそれ以上に要請される向もあった。それ
・は当時としては,父兄が学問よりも生活上の労働力を早急に子供に求めていたことによ る。況んや,殊に5年学制施行ごろの父兄にあっては,学文は空理虚談の資であって日用 に益なきもの,学問は精々士人以上の者がするもの(註48)と考えられるような時期であ
ったし,それも後には「元来小学教育は妙文に流れ生徒の上流に進みたるもの若くは卒 業したるものは動もすれば父兄の家業を厭忌するものあり父兄亦学校を目して実業に益な きものとなし一時は就学を辞するの状ありしが実業科を施設せし以来日尚浅きも父兄は其 の実業用地を寄附し又は児童を就学せしむる等頗る選挙を賛成するもの多きに至れり」
(註49)と撫ぜられるようにもなっている。況んや此の時期は未だ中等実業学校未発達の 時でもあったし,小学校はむしろ国民の実業的要求を叶へる教育の場所としてそれらの代
用的な役割の一端を果たしめられる点もあった。而かも,前掲の1府24県にわたる普及状 況もそうであるが,19年の小学校令第12条(19.4.10勅令第14号)に基いての,文部省令第8号
(19.5.25)の学科細面程度として「第3条高等小学校ノ学科ハ……トス土地ノ情況二因リ テハ英語農業手工商業ノ1科若クハ2科ヲ加フルコトヲ得……」とあり,23年にも改正が あったが (小学校令第6条 高等小学校二於テハ土地ノ情況二野リ農科,商科工科ノー科若クハ教科
ノ:専修科ヲ置クコトヲ得),文部省全国教育概況では年々小学校に実業科目を加えるものが多 くなり,効果も挙げかかって行くことを報じている(註50)。
一1969.9.15一
1 2 3
4
文部省第二年報附録P.285 同第四年報附録第一P.277 同第七年報附録P.103 同上P.169
証
5 同第八年報附録 81 6 同上P.78〜9 7 同上P.111 8 同上P.173
9 同第十年報附録P.220〜1 10 同罪十二年報附録P.155
11同上P.186
12同上P.470
13 物尽十三年報附録P.238 14 同上P.283
15 同上P。302 16 同上P.336 17 同上P.61
18北海道教育史 全道編 三 P.625〜7,同編 二 P.871〜3
19文部省第十一年報附録P.29〜30(鹿児島県学事巡視功程 権i少書記官吉村寅太郎)
20開拓使.事業報告附録 布令類聚 下編P.62〜4(開拓使本庁布達軍勢4今一13.1.13)原文一略一 21開拓使函館支庁編纂 学事諸規則(14年5月刊)P.103告示(13.1!.8)駅……抑小学ノ教戒唯 知識ヲ開暢スルノミノ謂ニアラス之力実業ノー端ヲ授クルハ挙白テ緊要ノ事タリ殊二本道外農桑 ノ必要ナル……先キニ小学規則ヲ改正シ学課中二農桑現術ヲ置クモ用意此二外ナラナルナリ……
22開拓使事業報告附録 布令類聚 下編P。37〜62(開拓使本庁布達第4号)
23開拓使函館支所編纂 同前P.302〜3(14.6.3)
24 現行布令提要 前編(北海道庁 24年3月編纂)P.600〜4
25 醜琴弾史料 政治部 第十学校,根室県史料草稿 巻二六(雄松堂 明治前期教育史料所収)
註26(イ)北海道開拓雑誌(学弊社)第13号(13.7.17)P.291難屯田兵の実効
「…又養蚕は本道の風土に適し之を飼育する者の必ず好結果を見且精良の生糸を産出するは其事 鮮かざれば此の地の小学校は養蚕をなすに適する様建築し,六七月の交に至れば授業を休みて蚕 児を飼育し屯田兵の子弟を始め……是等は皆な屯田兵が産を興し富を致すの原因……」
(・)同前第19号(13.10.9)P.454(雑報)
「一昨年以来函館支庁内にては……本年養蚕の季節には他校奨励の為め新たに角組に建築せし七 重大野の両学校とて養蚕を試み初発の時より郡役所世話係は勿論教員生徒又其父兄等みな其飼養 に勉励し他の養蚕を業とする家に一歩も譲らざる程なりしと云ふ」
27文部省日誌 明治11年 第2.3.5〜12.14〜5.19各号(各府県伺,認可例 略),明治12年 第 1〜8.10.12.14〜6.18〜〜26各号(各府県例 略),明治13年 第1〜6.13〜14各号(伺前 略)
28大日本教育会雑誌 第12号(17。犯.31刊)P.47土屋政朝 小学科中二農工商業ノ大意ヲ加フ ルノ要ヲ論ス
29 同上:P。48〜52
30教育報知 第7号(18,8.15)P。15〜6大窪実 教育ノ成績二希望ス可キモノハ何ゾ(前号ノ続>
31大日本教育会雑誌 第12号P.34 32同上 第18号(17.11.30)P。34〜5
33同上 第29号(19.3.3D 高橋秀太 農業地方ノ小学校へ実業科ヲ設ケ幼年ヨリ稼稿上ノ嗜好 心ヲ養成スルノ法(教育時論 第21号一18。11.15一論説欄にも掲載)
34手島先生遺稿P。392
35 同前 第2G号G8.6.3G)P.18〜9 大日本農会報告 第4了号(18.5.15)P.56 後藤達三
20
長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号大日本農業教育論
36 教育時論 第52号(19.9.21)P.371〜2 社説 将二i新教育ノ時代二入ラ:ソトス(下)
37同上 第61号(19.12.25)P.5〜6実業教育ノ困難(与論一般)
38東京茗渓会雑誌 第12号(12.1。20) P.31〜2 桜井房記演説 欧州ニテ見聞シタ強要普通教 育二関スル概略(於本会談話会一11.12.24)
39同上 第33号(18.10.20)P,52(第三総集会記事一18.8.1D
40 教育報知 第2号 d8.5.30)P.11論説 大窪実 小学校ノ教育ハ実業教育ノ精神ヲ以テセ ナルヘカラス(前号ノ続)
41同上 第52号(20.1.29)P.9〜10論説 小学校ヲ以テ職工場ト為ス勿レ
・42 同上 第56号(20.2.26)P.12論府 銚江漁史 実業教育と実業的教授とを論ず 43同上 第68号(20.5.28)P。2〜3社説 普通教育国民教育及実業教育 其三 44 同上 第84号(20.9.17)P.9 論説 渡辺敏 実業教育論
一45 文部省日誌 明治11年 第4・6〜9・12〜6・18各号(各府県乃至管内中学校伺,認可例 略),
明治12年第1・3・5・7・8・10〜3・15〜9・21〜5各号(同前略),明治13年第2・12・20・
22・23各号(同前 略)
一46 内山克已 文部省「…教育雑誌」等による啓発弘報 長崎大学教育学部研究報告 第15号 P.8 47教:育報知 :第95号(20.12.3)P.3 尋常小学校ニハ農業ヲ加フヘシ(「学校ノ教育」欄)
48文部省 第二年報附録P.173・238・250・322など(奈良.島根,愛媛.福島各県など学事年報 「民心向学!状況」)
49 教育報知 第50号(20.1.15)P.5 小学実業科施設景況(「学校ノ教育」欄)
・50(イ)文部省 第十五年報 P.31全国教育 小学校「……:又近来府県多クハ農業,手工等ノ実 業科ヲ設ケントスルノ傾向アリ既二之ヲ設ケタルモノ亦少カラス……」
(・)同前第十六年報 P.27 全国教育 小学校「……又生徒二農業,手工等ノ実業ヲ課スルモ ノハ前年纏二其ノ端ヲ啓キシカ本年二至リテ頗ル増加シ……」
㈲ 前第十七年報 P.28 全国教育 小学校「……地謡実業科ハ未ター般二行ハルル出山ラス ト錐モ其実出血キモノハ既二効果ヲ見ル山雨ヘルモノアリ……」