判 例 評 釈
い わ ゆ る三 越 事 件 上 告 審 決 定 につ い て
馬 場 昭 夫1
. は じめに 昭和50年代 に,我国の代表的な百貨店 「三越」
において,代表取締役である0が,愛人 に便宜 を図 り, 「三越」に損害 を与 えた として世間の耳 目を集めた,いわゆる 「三越事件」
について,第一審東京地裁,第二審東京高裁 を経 て,平成9
年1
0
月2
8
日,最高裁判所 にお いて,刑事裁判が決着 した。 0は,・最高裁判所での裁判中に死亡 し,平成7年8
月1
6
日公 訴棄却の決定が なされ,愛人だけが被告人 とされた。結局,被告人は最高裁判所 において, 特別背任罪 (商法),所得税法違反で,懲役2年6月及び罰金6000万円に処せ られた。 以下,特別背任罪 に関 して,事件の内容,裁判の経過 を見,関係す る条文 を見ることと する。2.
特別背任 事件 の内容 起訴 された事件 は次の通 りである。 0と被告人が,共謀の上,三越の海外取引 に関連 して, ① 被告人が実質的に経営 していたオリエ ン ト交易株式会社の輸入 した商品を,同 じく被 告人が実質的に経営 していた株式会社 アクセサ リーたけひさに転売 し,アクセサ リーた けひさか ら三越 に納入 して,オ リエ ン ト交易が輸入原価の平均5%の利益 を取得 し, ア クセサ リーたけひさがオリエ ン ト交易か らの仕入価格の平均15%の売買差益 を取得す る とい う方式 (準直方式)で,アクセサ リーたけひ さに合計1
6
億6
5
3
万3
3
5
7
円相 当の利得 をさせ,三越 に同額の損害 を加 えた。 ② 三越が香港か らの輸入商品について香港三越等 に代金 を支払 うに際 し,被告人に支払 うべ き2ない し5%の コミッシ ョン分 を上乗せ し, これを香港で香港三越等が被告人に バ ックす るとい う方式 (香港 コミッシ ョン方式)で,被告 人 に合計2
億6
9
3
8
万2
2
4
2
円相 当の利得 をさせ,三越 に同額の損害 を加 えた。 -1-第一審東京地裁の判決は,損害額 を若干減額 したが,起訴 された内容 を認定 し,特別背 任罪の成立 を認 めた。 第二審東京高裁の判決 は,前記② については無罪 とした。 特別背任事件 としては,前記① についてのみ有罪 とされたが,これに対 して,弁護人の みが最高裁判所 に上告 した。 この ような経緯で,上告審 における審判の対象 は,準直方式 関係の特別背任事件 (と所得税法違反事件 の二つ) に絞 られた。
3
.上告 寄 (最 高裁判所 )の判 断 商法違反,所得税法違反被告事件,最高裁平六 (あ)五 四四号,平9
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1
0
.
2
8
三小 法廷決 定,上告棄却 [主文] 本件上告 を棄却する。 [理由] 弁護人環直禰外五名の上告趣意の うち,判例違反 をい う点 は,所論引用の各判 例は事案 を異 に し本件 に適切でな く,その余 は,違憲 をい う点 を含め,実質は単 なる法 令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法四〇五条の上告理由に当た らない。 なお,所論 にかんがみ,商法上の特別背任罪の成否の点 について職権 によ り判断す る。 原判決 (第二審東京高裁判決 (筆者))の認定 によれば,株式会社三越の代表取締役0
と, その愛人であ り,株式会社 アクセサ リーたけひさの代表取締役であるとともに,オ リエ ン ト交易株式会社の実質的経営者であった被告人は,共謀の上,三越が海外 で買い付 け, オリエ ン ト交易 を介 して輸入 した商品について,更 にアクセサ リーたけひさを経由 して 仕入 れる合理的理由が ないのに, これを殊更 にオ リエ ン ト交易か らアクセサ リーたけひ さに転売 させ た上で同社 か ら三越が仕入れることにより, アクセサ リーたけひさに差益 を取得 させた とい うのである。0
は,百貨店の代表取締役 として,商品の仕入れに当た り,仕入原価 をで きる限 り廉価 にするなゼ仕入れに伴 う無用 な支出を避 けるべ き任務 を 負 っていた もの と解 されるところ,前記事実 によれば,アクセサ リーたけひさの利益 を 図る目的 をもって,右任務 に背いて同社 をオ リエ ン ト交易 と三越 との間に介在 させて差 益 を取得 させ ,それ と同額の損害 を三越 に与 えた ことが明 らかであるか ら,0には商法 上の特別背任罪が成立 し,
0と共謀 してその犯罪行為 に加功 した被告人は同罪の共同正 犯 としての刑責 を免れない。 したがって, これ と同旨の原判断 (第二審東京高等裁判所 (筆者))は,正当である。 よって,刑訴法四一四条,三八六条一項三号 によ り,裁判官全員一致の意見で,主文 の とお り決定す る。 (裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 尾崎行信 山口 繁 元原利文)4.
特別背任 罪 について 商法第二編会社第七章罰則第四八六条第一項は以下の通 りである。 発起人,取締役,監査役又ハ株式会社 ノ第百八十八粂第三項,第二百五十八条第二項若 ハ第二百八十条第-項 ノ職務代行者若ハ支配人其 ノ他営業二関スル或種類若ハ特定 ノ事項 ノ委任 ヲ受 ケタル使用人 自己若ハ第三者 ヲ利 シ又ハ会社 ヲ害セ ンコ トヲ図 リテ其 ノ任務二 背キ会社二財産上 ノ損害 ヲ加へ タル トキハ一
〇年以下ノ懲役又ハ一〇〇
〇万円以下 ノ罰金 二処ス 又,第四九二条は以下の通 りである。 前六条 (四八六条 を含 む (筆者))ノ罪 ヲ犯 シタル者ニハ情状二因 り懲役及罰金 ヲ併科ス ルコ トヲ得 なお,三越事件のお きた当時の商法第四八六条は,昭和56年法律第74号 による改正前の ものであ り,第一項 は以下の通 りである. 発起人,取締役,監査役又ハ株式会社 ノ第二百五十八条第二項,第二百七十条第一項若 ハ第二百八十条 ノ職務代行者若ハ支配人其 ノ他営業二関スル或種類若ハ特定 ノ事項 ノ委任 ヲ受ケタル使用人 自己若ハ第三者 ヲ利 シ又ハ会社 ヲ害セ ンコ トヲ図 リテ其 ノ任務二背キ会 社二財産上 ノ損害 ヲ加へ タル トキハ七年以下ノ懲役又ハ五十万円以下 ノ罰金二処ス ところで, この商法 に規定 されている特別背任罪は,刑法第二四七条に規定 される背任 罪に対 して "特別" といわれるものである。 以下 に背任罪の条文 を記すが,背任罪 と特別背任罪 とでは文言 に若干の違いがあるが, 犯罪の主体 を除 くと同趣 旨であると解 されている。 特別背任罪は,主体の違いで刑が加重 されている。 刑法第二四七条 (背任) 他人のためにその事務 を処理す る者が, 自己若 しくは第三者の利益 を図 り又 は本人に損 害 を加 える目的で,その任務 に背 く行為 を し,本人に財産上の損害 を加 えた ときは,五年 以下の懲役又は五十万円以下の罰金 に処す る。 背任罪の成立 には,前記背任罪の規定 を分析す るならば ① 他人のためにその事務 を処理する者が ② 自己若 しくは第三者の利益 を図 り又は本人に損害 を加 える目的で (図利加害 目的) (勤 その任務 に背 く行為 を し ④ 本人に財産上の損害 を加 えた の四点が満た されていることが必要なのである。 特別背任罪の成立 について も同様である。 ① に?いては, 「本人 との信任関係 において他人の事務 を処理す る者」 と解す る説 (背信 -3-説)が有力であるが,その ま 、では,不明確 になるおそれがあ り,種 々の工夫 をこらした 学説が主張 されている。 (法学教室,1998年 8月号,No.215,山口厚,犯罪各論 の基礎 ・12,背任罪,P.65以下)特別背任罪 においては,主体 は列記 されているので議論 の余 地 はない。 ② については, この規定の趣 旨が必 らず Lも明確ではないが, この規定が置かれているの は,本人の利益 を図る目的が存在する場合 には背任罪は成立 しない とす るためであるとす る見解が有力である。つ まり,後の③ で任務 に背 き,④ で本人に財産上の損害 を加 えた と きであ って も, 自己若 しくは第三者の利益 を図 り又 は本人に損害 を加 える目的 (特別背任 罪では, 自己若ハ第三者 ヲ利 シ又ハ会社 ヲ害セ ンコ トヲ図 リテ)か らではな く,本人の利 益 を図る目的で行 った場合には罰せ られない とす るのである。 それでは, 自己又は第三者 図利 目的 と本人図利 目的 と両方が混在 していた時 には どうか とい うと,主たる目的が何 で あるか を判断 し,本人図利 (特別背任 にあ っては,会社の利益 を図る) 目的が主である と 認め られる場合 には不可罰 となる と解 されるのである。 ③ ,④ については,結果 として本 人に (会社 に)財産上の損害 を加 えた場合 に成立する と 解 される。
5
.共犯 関係 につ いて0
が特別背任罪の主体であるが,被告人は0と共謀 して犯罪行為 に加功 したのであって, 刑法第六五条 (犯人の身分 によって構成すべ き犯罪行為 に加功 した ときは,身分のない者 であ って も,共犯 とす る。)によって,同 じ特別背任罪の共同正犯 とされた。6
.上告趣 意 につ いて \ー、 上告の趣意は,第一審東京地裁以来の主張 を繰 り返 え した。その主張 は以下の通 りであ る。 被告 人及びその関連二社の活動 は三越の仕入れ業務 に とって有用であ り,被告人は,そ の ような正当な商業活動 の対価 として差益 を取得 した ものである。 そ して,(∋
0に任務違 反が ないこと (参三越 には損害が発生 していない こと ③被告人 と0の間に共謀がない こ と ④被告人 と0に故意や図利 目的がないなどである。7.評 釈
∼ 上告棄却決定の理 由の中で職権 による判断がなされている。そ こにある第二審東京高裁によりなされた事実認定 によれば,株式会社三越の代表取締役 0と,その愛人であ り,樵 式会社 アクセサ リーたけひさの代表取締役であるとともに,オ リエ ン ト交易株式会社の実 質的経営者であ った被告人は,共謀の上,三越が海外で買い付 け,オ リエ ン ト交易 を介 し て輸入 した商品について,更 にアクセサ リーたけひさを経 由 して仕入れる合理的理由がな いのに, これを殊更 にオ リエ ン ト交易か らアクセサ リーたけひさに転売 させた上で同社か ら三越が仕入れることにより,アクセサ リーたけひさに差益 を取得 させ た とい うのである。 この事実認定 を前提 とした場合,前記特別背任罪成立の四要件はみた されているのであ ろうか。上告審決定の理由の中では,以下の通 り判断 して特別背任罪が成立す る としてい る。 ① 0は,百貨店の代表取締役 として,商品の仕入れに当た り,仕入原価 をで きる限 り廉 価 にするな ど仕入れに伴 う無用 な支出を避 けるべ き任務 を負 っていた もの と解 されると ころ ② アクセサ リーたけひさの利益 を図る目的 をもって ③ 右任務 に背いて同社 をオリエ ン ト交易 と三越 との間に介在 させて差益 を取得 させ ④ それ と同額 の損害 を三越 に与 えた こと明 らかである。 ところで,被告人,弁護人は,第一審東京地裁 における審理以来,前記上告趣意につい て記 した ところの ように,一貫 して,被告人及 びその関連二社の活動 は,三越の仕入れ業 務 にとって有用であ り (有用性の主張),被告人は,そのような正当な商業活動の対価 とし て差益 を取得 した ものであって,特別背任罪の共同正犯等 とい う犯罪 にあたることはない と主張 して きた。 た しかに,準直方式 による場合であって もオリエ ン ト交易が輸入原価の平均5%の利益 を取得 したことについては起訴 されなかった し,起訴 された香港 コミッシ ョン方式 による 2ない し5%の コミッシ ョン分 については,第二審東京高裁 において無罪 となった。5% までは起訴 もされず,あるいは無罪 とな り,平均15%のアクセサ リーたけひさの事案が有 罪 となった。上告趣意では,第一審以来の主張 に加 えて,被告人 らの有用性 を5%まで し か認めなかったのはなぜか と争 っている。 商業活動 は自由を原則 としている。 百貨店が輸入取引 をす る場合であって も,法令 に違 反 しないか ぎり,いかなるルー トで交流 して もよいのである。 一見いわゆるたか くつ くよ うに見 えるルー トの場合であって も,結果 としてその事がいかなるプラスになるかは分か らないのであって,それ らの リスクは取引主体 において自由にお こなって よいわけであ り, 行 うべ きである。 以上の点か ら,上告審決定 を見 なお した場合,た しかにスキ ャンダラスな印象で社会の 話題 をさらった事件であ ったが,被告人が行 なった商業活動及 びそれに伴 う対価の取得 は, -
5-はた して特別背任罪 とい う犯罪 を構成す る もの として,刑罰 を もってのぞむ事案 であった か疑問であ る。 少 な くとも,なぜ被告人 らの有用性 を