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日蓮宗系免囚保護事業の動向※

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(1)

〈原著論文〉

   大正時代初期における 日蓮宗系免囚保護事業の動向※

清  水  海  隆※※

1.はじめに

 明治45(1912)年7月30日目明治天皇が崩御し,大正天皇が二二して大正と改元された。そ の後 9月!3日に大正天皇は詔書「恩赦の件」を発し,恩赦が実施される運びとなった。この 恩赦に関し,『犯罪白書』は次のように述べている。

大正元年9月,明治天皇大喪につき,大赦533人,特赦8,085人などの広範囲にわたる恩赦 が行なわれたが,この者たちの更生保護のため,札幌記念保護会(現在の札幌大化院)を 始めとして,多数の保護団体の設立が促進された。1

 本稿は,この恩赦に対して,仏教教団がどのようにそれに対応していったかを,日蓮宗を例 とし,その宗内資料2によって明らかにすることを目的としている。

 ところで,「更生保護の父」とも評された原胤昭は,大正2(1913)年8月に東京市神田区 の天福堂より『出獄人保護』(全734頁)を出版している。大喪直後の関連出版物であることか らその記載内容が注目されるが,同書には「我国現代の免囚保護事業」(参照第三)が収められ,

当時の免囚保護事業について触れられている。それによれば近代の免囚保護事業の消長は次 のように述べられている。

而して保護事業の具髄的に表現したるは,彼の金原明善翁の特志事業たりし,静岡縣渤善 會の前身,静岡縣出獄人保護會社を以て其の初めとなす。勧善會の創立は,明治二十一年 三月にして,内務省が始て保護會社の設備を奨恥したるは,其翌明治二十二年七月なり。

依之保護事業は一時各地に試みられたるも,大概は門門せず,其内大正二年の今日も依然

※・4α朗ごゴθ3げβπ4励∫∫ごEκ一COηVごC8 Pア0∫θC∫ど0η加Eαrケ乃勅。 Erα

※※Kairyu SHIMIZU 立正大学社会福祉学部社会福祉学科 キーワード:恩赦,免囚保護,慈済会

       一21一

(2)

現存せるは,埼玉慈善會保護院次では大分縣保護會等なり,故に余は以上の三事業を最古 のものとして,其沿革及現況を特筆する所以なり。

爾後漸次各地に設立せられたるものありしと錐も,明治二十九年末に於て存立し現に存在 するものは實に左記の八ヶ所なり。

静岡縣勧善會 埼玉慈善會保護院 大分縣保護司 愛知慈恵會 三重縣保護會 愛媛縣保 護場 網走寺永保護院 救世軍平作舘

  (中略)

而して昨年 明治天皇陛下崩御の恨事あるや,大赦御施行に關して,司法内務爾省の勧誘 奨勧緩かせならざるしょり,示来愈よ序数を増し,現在に於て其名を列するもの二百有三 に達せり。3

 原の述べるところにしたがえば,日本近代の免囚保護事業は明治21(1888)年の金原明善の 活動により開始され,その後消長を繰り返し,明治末ではわずか8箇所にまで減少しているが,

その後,本稿が考察する明治天皇崩御に伴う恩赦により,大正初期には203箇所まで増えてい ることが知られるのである。

2.恩赦の実施と免囚保護事業

 さて,冒頭で触れた通り,明治天皇の崩御・大喪,そして大正天皇の践酢に伴い,大正元(1912)

年9月13日,大正天皇は以下のような詔書「恩赦の件」を発した。

朕遽二大故事遭ヒ哀衿已マス前典ヲ繹ネテ恵沢ヲ遠遡二四カラシメ以テ朕力丁丁ノ哀ヲ申 ヘムコトヲ念ヒ三二有司二命シテ恩赦ヲ行ハムトス百僚有衆其レ朕愚意ヲ体セヨ4 また,この前日9月12日付,内務省は内務次官床次竹次郎名で次のように通牒している。

今般在獄者二対シ恩赦行ハルヘキヤニ候庭右恩赦出獄人ヲシテ再ヒ犯罪者タラシメサル様 相当保護ノ徒ヲ講シ候事ハ最モ緊要ノ義二有之平素二於テモ出獄人保護二関シテハ夫々御 注意相成呪事トハ存候へ共地筆触依リテハ未ダ保護規程ノ設ケナク又保護機関ノ未一丁ハ  ラサル所モ有之或ハ其設備アルモ具ノ活動十分ナラサル向モ有之哉二聞及ヒ群肝テハ此際

左記事項御配慮相成候様致度尚今回宗教家二於テモ此事二関シ大二鑑痒セントノ希望ヲ有 シ本省並二司法省へ申出ノ次第モ有之■二付篤ト地方当局者監獄当局者ト協議シ其ノ指導 ヲ受クヘキ旨相示シ頸際問経営上二関シ申出有之候節ハ可然御取計相成度司法省ヨリ協議 ノ次第モ有之依命此段及通牒候也

  大正元年九月十二日       内務次官床次竹次郎       記

  (中略)

      一22一

(3)

一 出獄人ノ保護バー箇所二集合シテ保護スルヨリモ適当二分散シテ二二就カシムル方効 果多カルヘキニ依リ保護会宗教家等二於テ引渡タル場合ト難モ可成三二之ヲ個人示偏団体 二紹介シ適当ノ職二就カシメ自活ノ道ヲ立テシムルヲ目的トシ可成多数者ヲ同一場所二長 ク寄宿セシムルヲ避ケシメ度事 (後略)5

 上に示されたように,この恩赦の実施を受けて,宗教者が免囚保護活動に着手する旨申し出 ていることが理解できよう。なお,文中の「平素二三テモ出獄人保護二・・…  」とは,明 治16(1883)年の原胤昭の免囚保護所開設以降の民間諸活動を念頭においた記述であろう。6  さて,恩赦が具体化されるために9月26日付で2つの勅令が公布された。それが,恩赦の枠 組みについて規定する「恩赦令」と,同令第2条に基づいて今回の大赦の対象罰条を規定した

「大赦令」である。

①「恩赦令」

 第一條 大赦特赦減刑及復権ハ本四ノ定ムル所二三ル  第二條 大赦ハ勅令ヲ以テ罪ノ種類ヲ定メ之ヲ行フ

 第三條 大赦ハ別段ノ規定アル場合ヲ除クノ外大赦アリタル罪二付左ノ効力ヲ有ス   一 刑ノ言渡ヲ受ケタル者二付テハ其ノ言渡ハ将来二向テ効力ヲ失フ

  ニ 未タ刑ノ言渡ヲ受ケサル者二三テハ公訴権ハ消滅ス (後略)7

②大赦令

 第一條 大正元年七月三十日前左二記載シタル罪ヲ犯シタル者ハ之ヲ赦免ス

一 刑法第七十四條及第七十六條ノ罪  二 刑法第七十七條乃至第七十九條ノ罪 三 刑法第九十條乃至第九十四條ノ罪  四 刑法第百六條及第百七條ノ罪  五 明 治十三年第三十六号布告刑法第百四十一條ノ罪  六 陸軍刑法第二十五條,第二十六 條及第三十條乃至第三十二條ノ罪但シ第三十一條及第三十二條ノ罪ノ中敵国ヲ利スル目 的ヲ以テ犯シタルモノヲ除ク  七 陸軍刑法第三十五條乃至第三十九條ノ罪  八 陸軍刑法学五十七條乃至第五十九條ノ罪  九 陸軍刑法第七十三條及第七十四條ノ罪   十干軍刑法第百三條ノ罪  十一明治十四年第六十九号布告陸軍刑法第七十一 條及第百九條ノ罪  十二 海軍刑法第二十條,第二十一條及第二十五條乃至第二十七 條ノ罪但シ第二十六條及第二十七條ノ罪ノ中敵国ヲ利スル目的ヲ以テ犯シタルモノヲ除

ク  十三 海軍刑法第三十條乃至第三十四條ノ罪  十四 海軍刑法第五十五條乃至

第五十七條ノ罪  十五 海軍刑法第七十一條及第七十二條ノ罪  十六 海軍刑法第

百四條ノ罪  十七治安妨害ノ目的ヲ以テ犯シタル爆発物取締罰則ノ罪  十八明

治二十二年法律学三十四号ノ罪  十九 保安条例違反ノ罪  二十 治安警察法違反

ノ罪  二十一 新聞紙法違反ノ罪  二十二 出版法違反ノ罪  二十三 朝鮮,台

湾又ハ関東州二行ハルル法令ノ罪ニシテ前各号二記載シタル罪ト性質ヲ同クスルモ

      一23一

(4)

 ノ  ニ十四 匪徒刑罰令ノ罪但シ強窃盗ノ目的ヲ以テ犯シタルモノヲ除ク

第二條 前面第一号乃至第二十三号二記載シタル罪ト性質ヲ同クスル旧法ノ罪ヲ犯シタル 者ハ之ヲ赦免ス

第三條 前記條ノ場合二於テ五二徴収シタル罰金,科料,没収物,追徴金,収贈正射訴訟 費用ハ之ヲ還付セス

附 則  本訴ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス8

 このうち「大赦令」によって,大赦の対象とされたのは刑法による者のほか,陸・海軍刑法 その他の国内法のみならず,朝鮮・台湾・関東州において執行されていた法律による者まで含 めた大赦であった。この結果,上記の『犯罪白書』に示されたように「大赦533人,特赦8,085 人などの広範囲にわたる恩赦」が実施されることとなったのである。9そして,「今般在獄者 二対シ恩赦行ハルヘキや又候心急恩赦出獄人ヲシテ再ヒ犯罪者タラシメサル様相当保護ノ徒ヲ 講シ候事ハ最モ緊要ノ義二有之」(内務省)loが言うとおり,免囚保護活動の必要性が宗教界 を含めて再認識されるに至るのであった。

3.日蓮宗と免囚保護活動

 このような恩赦の実施を受けて仏教界はどのように対応したのであろうか。日蓮宗では,崩 御直後の8月4日付の『日宗』1196号巻頭言で「明治天皇陛下御不豫の報」に触れ,同号に7 月30日付の緊急令達「番外 全国本宗住職並二檀家信徒中」を掲載しているが,11免囚保護 に関する記事は,9月21日付の管長大僧正旭日苗名の「宗令第132号 全国本宗寺院住職及檀 信徒中」においではじめて以下のようになされている。

先帝ノ崩御ハ上下働芙措クコト能ハサル所ニシテ国家ノ大故実二之二過キタルモノナシ,

今や吾等教家本然ノ責務トシテ 先帝ノ遺嘱ヲ普露シ其ノ冥福ヲ為楽シ奉り今上陛下ノ聖

旨ヲ奉戴シ其ノ新政ヲ稗補シ奉ルハ免囚保護ノ事業ヲ実施スルヨリ急ナルハナキナリ 是

レヲ以テ御大喪ノ発表セラレシヨリ以還全国仏教各宗派ハ数次会同シテ懇切ノ協商ヲ書シ

兼テ政府二就キ精細こ其ノ意見ヲ聴取シ別記ノ通免囚保護事業ノ実施二関スル心得ヲ制定

シ各府県二於テ各宗派寺院自ラ聯合共同シテ免囚保護ノ実ヲ挙ゲシムルコトニ決定セリ

顧フニ今日ノ囚徒ハ大概仏教各宗派寺院ノ檀徒ニシテ之ヲシテ繰維二繋縛シ囹固二陣吟ス

ルニ至ラシメタルハ平素教導ノ充沿ナラサルニ職由シ其ノ責全ク教家二存ス是ヲ以テ出獄

人ヲシテ良民二復シ正業二就カシメ長ク其ノ堵二安シ信念ヲ培養シ再ヒ罪悪ヲ犯サシメサ

ルコトハ誠二是レ教家本然ノ務ナリト謂フヘシ殊二今回大喪二就キテ恩赦ノ大詔ヲ発セラ

レ在監ノ囚徒ハ其ノ罪質二依リテ或ハ直二放免セラレ或ハ減刑ヲ以テ漸次二放免セラルヘ

シ此等出獄人ヲシテ 先帝及今上陛下ノ恩徳二感泣セシメ仏祖大悲ノ慈光ヲ加被シテ膿劫

      一24一

(5)

ノ迷夢ヲ覚醒シ累犯ノ罪障ヲ消滅セシムルコトヲ得ルノ時機ハ之ヲ今日二逸セハ他日復タ 再会スルコトナキナリ 闊宗ノ寺院住職ハ深ク上述ノ旨趣ヲ二二領得シ此際二二報効ノ丹 梱ヲ抽シ謙譲人ヲ推シテ各回ノ和協ヲ保持シ日夜己ヲ忘レテ免囚ノ保護二二カシ上ミ 皇 化萬一ヲ稗補シ 下モ国家及社会二貢献センコトヲ庶幾フ

    大正元年九月二十一日       管長大僧正旭日苗12

 ここで,注目すべきは「顧フニ今日ノ囚徒ハ大概仏教各宗派寺院ノ檀徒ニシテ之ヲシテ繰維 二繋縛シ囹固二碑吟スルニ至ラシメタルハ平素教導ノ充沿ナラサルニ三曲シ其ノ責全ク教二二 存ス是ヲ以テ出獄人ヲシテ良民二復シ正業二就カシメ長ク其ノ二二安シ信念ヲ培養シ再ヒ罪悪

ヲ犯サシメサルコトハ誠二是レ教家本然ノ務ナリト謂フヘシ」とあるように,人間が犯罪を犯 す理由の一は日頃の仏教者による「教導」が不十分なためであって,その責任は仏教者にある

とし,免囚保護事業は仏教者の本来的な責務(「教家本然ノ務」)と認識し,宗門全体にそれへ の取り組みを督励している点であろう。

 このような管長の督励をうけて,『日宗』1209号は次のような巻頭言「二二より 十月 二十四日 鷲の山風」を掲載している。

■大正の仏教会に於て,先づ第一着歩として企てられたる社会事業は,免囚保護の難事な り,然り,難事なり,難事なりと難も正しく是れ大仏事なり,宗教を信ずるもの殊に大慈 悲行を唯一生命となす仏教徒の率先して従うべき大事業なり。

■本宗に於ても,管長狙下の告諭既に在りて,諸般の準備は着々として,進みつ・あり,

当路の熱心なる東奔西走これが為めに,大いに力むるものある,感謝に堪えず,されど も,事既に難中の至難なるものにして,一二有力者の奮起のみを以てしては,完全なる効 果を収むること能はず,挙宗この事業の真価を理解して。回れが十全を期するに於て初め て事功を挙げ得べきなり量に当路にのみ委して顧みざるが如きを許さんや。

■東都に於ける各宗派は,該事業の実行に就て屡々会合協議する庭ありて,遂に,東京仏 教二三会を設立するに至れり,時宜を得たるものといふべし,宗教家の努力は,常にかか る方面に専注せられて初めて,社会的意義あるを見るなり,中央に於ける一致的行動は,

各地方に於ても同様の反響あるべく,各宗の将来に三って好影響を與ふるものたるは論ふ までもなし,されど,由来仏教徒の事業は形式に流れて実果なきを嘲けらる,此の際単 に対政府対社会の対面を保つをのみ唯一目的として,場当り根性を暴露して僅かに安んず る如きあらば羊頭を掲げて狗肉を売るものといふべく,賎劣唾棄すべし。

■管長狙下の諭達は,閾宗縮素の,夙に了解したる庭なるを信ず,然れども,一人私に之 を考へて或は躍起の想をなすものあらむも,私人の力以て如何ともなすべからず,須らく,

免囚保護の思想を天下に鼓吹し,拠て以て,眠れる社会を覚醒せしむるを要す,狙下の諭 達をして真に意義あらしめむには地方有識者の熱心を待たざるべからず。

       一25一

(6)

■各宗と提携して,該事業を企てんとするは好し,然れども,要は,該事業を以て,吾が 宗門の事業なり,己れの責任なりと考ふるを先とすべし,然らずんば寛に形式的御祭り 騒ぎに終りて,得る庭無きに至らむ,こ・に,吾人は,特に地方勢力家の奮起を熱望して 止まざる也。13

 ここでは,免囚保護事業が,「正しく是れ大仏事なり,宗教を信ずるもの殊に大慈悲行を唯 一生命となす仏教徒の率先して従うべき大事業」であると,管長の督励を受けて述べ,東京で は各宗派が協議の上で,「遂に,東京仏教慈済会を設立」している状況に触れつつ,さらに,「地 方勢力家の奮起を熱望」しているのであって,地方での活動の奮起が期待されているのである。

そこで,以下において,『日宗』に掲載された各地の免囚保護活動の動向を見ることとしたい。

(1>慈済会の動向に関連する記事

 ①「東京布教会と免囚保護」(大正元年11月3日掲載)

  今回の特赦に付ては勅令の意を体し各仏教家に於てそれ■■免囚保護に熱心にして既に実   直せる向も少からざるが本宗東京録司は宗務役員と共に数度各宗の会議に列する庭あり愈   是が実行に着手すべく血合過日東京布教会に打合す庭あり是にて予算及役員等も決せるも   の・如く多分近日公然発表せらるべし14

②「免囚保護に湿て」(大正元年11月10日掲載)

  東京市に於ける青膨の免囚保護は慈済会の名に於て市内寺院諸師により熱心に攻究せられ   つ・あるは前号所報の如し最近仏教各宗に於て其の方法に付き其の筋とも協議の結果定め   られたる保護会の準則を得たれば是等事業に携はる人の為めに参考として左に掲ぐ    ▲免囚保護会準則 (略)15

③「東京布教会の大発展」(大正元年11月2日)

  兼ねて世人の熟知せるが如く東部唯一の布教機関としてその真面目を発揮し来りし同布教   会は今回東京寺院の委託にかかる免囚保護事業を経営する事となり這般の責務を貫徹せん   が為め此庭に「日蓮宗東京慈済會」と改称し十一月二日午後一時より本所区両国橋際東京  美術倶楽部に於て明治紀念大講演会を兼ね之が発表をなせり,(略)

 ▲日蓮宗東京慈済会事業の具体的発表は当日見るを得ざりしも聞く庭によれば東京慈済会

 負担額は東京府三百有余ケ寺院及び一般信徒の同情寄捨により一面山田一英半身貫導師直

 接出獄訓育の任に当る由なりと,免囚保護事業たるや実に現下の緊急問題なると同時に其

 の実行たるや頗る難事なりされどこの難事をしも成就し得ずんば教家の事業終に空洞の嘲

 笑を受けずして止まんや 明治天皇報恩謝徳と云ふも大聖人の鴻猷を完ふすと宣するも終

 に一片の引声暮秋一タの薄商に等しくなり行くならん此難業に当る人々の胸中蓋し無限の

 感慨あらむ唯宗門の前途を思ふていとぐ憂愁を感ずる余は当事者の大いに覚悟せられんこ

 とを懇望して止まざる者也同時に余はまたこの慈済会をして今後愈々実価を発揮し大日本

      一26一

(7)

 帝国教界の模範として恥かしからざるに至る日の一日も早く実現せんことを熱望し挙宗の  縞素に向って面会の妬めに一層の同情と援助とを垂れ護法の至誠を致されんこと乞ふもの  なり羽田事務所は下谷谷中初音町三ノ三四龍泉寺内に置く(YS生)16

④ 「広告」

 二月十五日 (土曜日)日本橋区小伝馬町祖師堂に於て午前法要正午より聖誕御降誕記念大  講演会を開く  講師 松森雲紙師  塩出孝潤師   外布教師数名

 尚当日参聴の諸君には吉例の『降誕■子』を呈す   主催 東京並肉会布教部17

 『日宗』1209号巻頭言に示された各宗による「東京仏教慈済会」は,上記の記事が示すように,

元来日蓮宗の東京の布教機関であった東京布教会が大正元年11月2日に「日蓮宗東京慈済会」

と改称することを発表して発足したもので,東京府下の各寺院からの寄付金を拠り所として,

訓育担当者に山田一英・釈血忌の2名が就任している。また,「免囚保護に就て」に付属され た「免囚保護会準則」によれば,会の目的は「本会ハ出獄人ヲ保護シ正業二就カシメ長ク良民 ノ生活ヲ持続セシムル目的一一」(第2条)とされ,その実施対象者は,同「保護実施規程」

によれば各寺院の檀信徒であることを問わず①「在監中,特二慰籍訓諭ヲ有スル者⊥②「在 監者ノ家族ニシテ生計ヲ営ミ難キ者⊥③「出獄ノ際他人ノ補助ヲ要スル者」,④「出獄後 帰住所又ハ引受人ナク隔日独立ノ生計ヲ営ミ難キ者⊥⑤「旅費ノ欠乏家族間ノ不和,又ハ 其ノ他ノ事情二因リ帰住二二帰住シ難キ者」,⑥「帰住後引続キ監督指導ヲ要スル者」,⑦「其

ノ他特二必要ヲ認メタル者」と規定されており,幅広い保護対象が想定されていたことが理解 できるのである。

(2)その他の動向に関連する記事

 ①「美作仏教各回免囚保護会」(大正元年10月6日【岡山】)

  美作国津山町妙法寺貫名見祐師会長の下に出獄者保護事業として自修会津山町に設立せら   れ作州一円各寺院二百有余箇寺主参会し拾月六日盛大なる発会式を挙行せり(略)保護所   は当分の内津山町西寺町妙法寺内に設置する由(略)18

 ②「千葉縣各宗会同△免囚保護事業の議成る1」(大正元年10月21日【千葉】)

  嚢に発布せられたる各宗派管長の諭達に基き本島各宗共立監獄説教団主催となり各宗務支   所役員を廿一日縣公会堂に心心し左の事項を決議せらる(略)

  決議録  一 各町村二於テ出獄人保護ノ為メ適当ノ団体ヲ組織スルマデ隷下各宗ハ連合   シテ左ノ方法手段ヲ執り就業ヲ斡旋シ家族間ノ融和ヲ図り其他ノ障碍ヲ除去シ各自業務二   安シ善行ヲ保チ得ル途ヲ講スルコト  ニ (略)19

③「海山矯風会創立宗教家の免囚保護」(大正元年10月27日【千葉】)

  八日市場分監詰教謳二本良英龍師よりの近状に曰く

  『(略)別紙国民新聞切抜の如く既に海匝両郡の如きは去月廿七日より両郡在籍の免囚に限

      一27一

(8)

  り極力蓋痒職業に家庭訪問に其他適宜の方法に依り実行なしつ・あるに不係本四有力の寺  院所在地に其設備の実行に不至は実遺憾の次第幸に当監前に本宗の本立寺なる寺院の一隅  を免囚保護者の休憩所として借りたるを機として拙者は祠寺本堂御宝前に於て毎会特に一  座の法的を開き近き地は毎月一回の法話に遠きは出獄の期日を記念日として一年一回の法  話に参聴すべく諭示せし(略)』十一月十三日  国民新報の報ずる庭回の如し

 「下和矯風会創立   宗教家の免囚保護」

 海上匝瑳両郡の仏教徒数十名は恩赦に伴ふ免囚保護事業に就き各自の力を致さんとて先頃  縣会公堂にて各宗大会の総会議決に基き海匝矯風会なるものを設立せんとて奔走中の庭其  協会を廿八日海上郡旭町真福寺に於て開催せり(略)真福寺を本部とし支部を各所適当の  地に設置し其の連絡を取り保護事業の完成を期する事を決議し続いて委員を選び会則起草  を一任せり両郡在職の免囚は開会当日より各所の寺院に収容する事となりたり20

④「岡山各宗寺院会」(大正元年11月15日【岡山】)

 岡山市に散在せる各宗派寺院去る十五日下寺に会合し,今回の恩典にて出獄せるものを収  容し救済する良方法を講じたりと,因みに備作恵済会には愈よ出獄人三十名を引受くるこ  とと決定せり。21

⑤「生実浜野免囚保護組合」(大正元年11月18日【千葉】)

 千葉縣免囚保護事業に就ては各宗代表委員数々縣庁に集合協議せられ其の結果として本村  各宗寺院は村役場及本行寺に集会皆実浜野村肝善組合の名称の下に之が規約を制定し本月  十八日理事長に中村朝信師を推薦し組織全く成れりと云ふ蓋し美挙と云ふべし事務所は浜  野区本行寺に置く由22

⑥「市川町外三ケ町村免囚保護組合設立」(大正元年11月26日【千葉】)

 千葉縣下に於ける免囚保護事業は各宗委員の熱誠なる学力に依り各宗協会の名称の下に本  部を千葉町に置き各戸罪質支所内に支部を置きて受刑者の教謳免囚者の保護孤児の受託教  養に従事することとなり更に寺院住職は保護組合を組織して所属檀徒の免囚者に対し直接  瀬戸に当ることになりたるを以て本田委員真間山主酒井僧正には保護組合の範を他に示さ  んと同委員大型録司と共に郡衙及ひ警察署等に交渉の結果去月廿六日市川町外三ケ町村  (八幡町,国分村,中山村)の各町村長井に各宗寺院を同山に会し協議会を開き(略)理  事には各町村長の外本四側にては本多泰教大崎智妙,布施日健,吉田存義の四師挙げら  れ理事長には酒井僧正を推挙し尚ほ顧問には石川郡長,稲川分署長,喜多村中山貫主を請  聰し組合費は町村内篤志慈善家の義助に頼ることとし創立費用は喜多村顧問の十円酒井理  事長の五円以下各理事に於て三円宛醸出し即時事業に着手することに決し(略)23

⑦「洛西免囚保護葛野郡慈友会」(大正元年12月16日【京都】)

 洛西の免囚保護は葛野郡慈友会と名づくる会を組織し一月十日より事業に着手せり此郡は  京都市外の西部十六箇村一目なれど各宗寺院数はもっとも多く二百三十四箇寺あり(略)

 其後十二月十六日第二回の総会にて弥よ会長には仁和寺管長土宜法龍師を推選し事務所は

      一28一

(9)

 妙心寺に置き郡内寺院は正会員となり永久に事業経営の金額を負担するの確約成り直ちに  当日発会式を挙げたり24

⑧「神奈川縣仏教慈徳会 鎌倉支部の免囚保護」(大正元年12月23日【神奈川】)

 昨年十二月廿三日神奈川縣鎌倉各宗寺院聯合して免囚保護事業の開創を議iす(略)神奈川  縣仏教慈二会の支部てふ名の下に免囚保護事業を起すべきを議定し鎌倉本覚寺を事務所と  し鎌倉郡内各町村に取扱所を設け各町村在住の幹事を以で其主任と定め毎年四月には支部  役員の総会を開いて事務の進捗を謀ることとせり事業の内容は一般に行はるる庭に則り地  方の事状を参配して遺憾なからむことを期すといふ(略)25

⑨「免囚保護慈済会発会静岡縣仏教慈済会」(大正2年2月23日【静岡】)

 式は廿三日午後一時より静岡縣物産陳列館楼上に開会出席各回僧侶其他二百名と注せらる  専務理事津田寿良師の会務報告支部長総代来賓総代の祝辞会長坂上二二師の講演ありて午  後三時閉会続いて講演会に移り小川庵原郡長田沢安部郡長長島静岡市長末永検事正白根警  視舟橋事四四の講演あり午後五時閉会せり(略)26

 『日宗』に掲載された「東京仏教慈済会」を除く各地の免囚保護活動の動向記事は,「恩赦略 ぼ終了」が掲載された大正2年2月27まででは上記の9点であり,その内容は日蓮宗寺院を 含む地域の各宗仏教会が免囚保護事業への参画を決議,もしくは同事業を開始したというもの である。また地域的内訳は,千葉4点,岡山2点,京都・神奈川・静岡各1点であった。『日宗』

という日蓮宗の宗内媒体であって,網羅的な資料収集を行うことは困難であり,また日蓮宗寺 院の参画しない活動は記事対象とならないため,掲載記事のこのような状況は止むを得ざるこ とであろう。しかし,掲載された記事内容からは,それぞれ当該地域の仏教者が「恩赦」に伴 う社会的影響や「出獄人」の対応を真摯に捉えていたことが推測されるのである。冒頭に引用 した原胤昭の『出獄人保護』には「明治天皇陛下崩御の恨事あるや(略)二三愈よ其数を増し,

現在に於て其名を列するもの二百有三に達せり」28と述べられるが,同時に大正元年8月22 日現在の監獄局発表の総数は108ともされており,恩赦以降全国に多くの免囚保護事業が展開 されていった様子が理解できるのである。29

4.おわりに

 先に触れたように,この時期設立された日蓮宗系の免囚保護事業の最大のものは,東京にお いて展開された「日蓮宗東京慈済会」の活動である。同会の設立の目的を昭和11(1936)年に 発行された当事者資料である『日蓮宗慈済会要覧』から引用すると次のとおりである。

顧みれば,明治大帝登遽あらせられ,御大葬を行はせられるに回り,(略)それまで實際

に於て,僅に或る種のものを除くほか大した三三事業を爲してみなかったところの佛敏各

       一29一

(10)

宗が,一齊に國家的,社會的に目覧め,一切の宗派的感情を超越し,佛敏の大慈主義 罪障静聴辛苦與樂の根本精神において協カー致の態度を執り,三局の悩める難事業を引 き受けるべく,奮然引起した。此時ほど佛敏一三がよく一致協同した雄々しく美しい姿は ない。之が現在津々浦々にまで佛教徒の手によって保護網が張られるに至った動機縁由で あり,同時にわが日蓮宗慈濟會成立の謂はれ因縁でもある。(「二 本會成立の意義」)

前章に述べたる如く,今日見る如き司法保護事業がその芽生を見たる唯一の動機は,明治 大帝崩御に際し,洪大の聖恩に浴して一時に多数の繹巧者が社曾に送り出されることなり,

これを如何に保護善導し,以て聖徳に報答すべきかの大問題に逢着し,全佛是認の自盛二 三となったもので,最初は論宗聯合を中心標榜としたのであるが,種々の事情の下に漸次 各比良自のものに別立する趨勢を生じ,本谷も東京府下日蓮宗寺院一致の下に協力成立を 見るに至ったもので,その原始的ならびに爾後の進展的概況は次の如くである。(四 本 會の創設)30

 ここには前節で述べた各宗協働から日蓮宗単独への経緯が「種々の事情」によることが示さ れている。さらに明治初頭に「仏教国益論」を展開しつつも,少なくとも明治後半には「大

した社會事業を話してみなかった」近代仏教教団が,この恩赦を契機として「一齊に,國家的,

三三的に目畳め」たことが述べられているのである。

 それ故明治天皇崩御・大正天皇践酢による「恩赦」が大正期仏教界に与えた影響は,社会 的不安への対応,「ひと」としての出獄人の教導という側面に留まるものでなく,仏教教団に 国家的・社会的視点を与えたものであるとするのは言い過ぎであろうか。(了)

注)

1 法務省『昭和43年版 犯罪白書』第3編第2章3少年保護および更生保護関係制度

2本稿では現在の日蓮宗の宗内機関誌である『宗報』の前身としてこの時期に発行されていた『日  宗新報』(日宗新報社発行)によっている。なお,本稿では『日宗』と略すこととする。

3 原胤昭『出獄人保護』pp517−519(日本図書センター『戦前期社会事業基本文献集』23巻所収)

4詔書「恩赦の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Re£AO3020943500,御署名原本・大正元年・

 詔書九月三日・恩赦ノ件(国立公文書館)。下線筆者

5 「内務省地第894号」JACAR(アジア歴i史資料センター)RefAO5032469000,内務大臣決裁書類・

 大正三年(国立公文書館)。下線筆者

6注1『犯罪白書』には,直前に次のように記されている。「民間では,明治一六年一〇月,原胤昭が,

 その家庭を免囚の保護所にあてた。同ニ一年三月,免囚保護のための組織的な民間施設の初めとさ  れている静岡県出獄人保護会社(現在の静岡県勧善会)が創立されたのを始めとして,別房留置制  が廃止された同二二年には,東京出獄人保護会(現在の斉修会),新潟県出獄人保護会(現在の新  潟県保護会),沖縄放免者保護会(後の沖縄自営会)が創設された。また,同二三年一月には埼玉  慈善会保護院(現在の埼玉自彊会),六月,大分県出獄人保護会(現在の豊州保護会),九月,下関  保護i院(現在の下関仏教同盟済世会),同二七年三月,愛知県出獄人保護会(現在の愛知自啓会),

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 九月,三重県免囚保護会(現在の三重県保護会),同二八年七月,愛媛県保護場(現在の愛媛県更  生保国会),米沢商会保護部(後の米沢自彊会),八月,岡山保護院,同二九年二月,網走に寺擦鉦  恵院(現在の網走慈恵院),岡三〇年一月,東京出獄人保護所(原寄宿舎),同三八年一月,福島保  護会(後の遷喬会)などが,相次いで設立され,免囚保護にあたった。なお,明治三八年に刑の執  行猶予制度が採用されたのに伴い,これらの執行猶予者も免囚とあわせて保護の対象とされるに

 至った。」

7「勅令第23号」JACAR(アジア歴史資料センター)Re£AO3020946500,御署名原本・大正元年・

 勅令第二十三号・恩赦令制定,明治四十一年勅令第二百十五号(特赦及減刑二関スル件),同第  二百十六号(軍法会議二於テ刑ノ言渡ヲ受ケタル者ノ特赦及減刑二関スル件),同第二百三十号(明  治四十一年勅令第二百十五号ヲ朝鮮,台湾関東州及帝国力治外法権ヲ行使スル地域二於ケル特赦  及減刑二準用スル件)廃止(国立公文書館)。下線筆者

8「勅令第24号」JACAR(アジア歴史資料センター)RefAO3020946600,御署名原本・大正元年・

 勅令第二十三号・大赦令(国立公文書館)。下線筆者

9 『日韓』1222号(大正2年2月9日発行)p.12「恩赦略ぼ終了」によれば,恩赦総数は約32,500と  されている。「恩赦は此の程大凡そ終了の模様にて今日までの恩謝数は約三万二千五百余人,内内  地の分二万六千余人,台湾其他殖民地の分六千人,陸海軍人四百人なり」とある。下線筆者

10注5参照

11 『日宗』1196号(大正元年8月4日発行)p.1,p9

 p! 「奉曲解辞」(巻頭言)…  「明治天皇陛下御不豫の報伝はるや上下憂催措く所を知らず 日  夜凄祷寝食を忘れしも 億兆の油症遂に達せず 越に明治壬子七月三十日奄ち崩御の憎みに蓮ふ  ・・… 」p.9 緊急令達「番外 全国本宗住職並二檀家信徒中」一・「嚢二明治天皇陛下御不  例ノ旨発布アリシや恐三態ク所ヲ知ラス 動転一致誠意梱祷ヲ擬シタルモ 遂二今朝ヲ以テ崩御ノ  悲報ヲ拝承スルニ至ル・・… 右諭達ス  明治四十五年七月三十日 日蓮宗管長大僧正旭日苗」

!2 『日当』1206号(大正元年10月13日発行)pp.11−13。下線筆者。また,本文に引き続き「免囚保  護事業実施二関スル心得(:草案)」を掲載し,さらに「別記二様ノ希望書ハ去月内務省及司法省ヨ  リ各宗派二交附註ラレタルモノニシテ本事業実施二関スル参考出資スル為耳玉玄二之ヲ録ス」として,

 内務省・司法省の要望を転載している。

 「免囚保護事業実施二関スル心得(草案)」

 第一條 監獄所在地二於ケル録司(監獄所在地二録所ナキモノハ最寄附近ノ録司)ハ其府縣管内   ノ録司ト協議ノ上澄ノ宗派ノ宗務支所長ト豫メ場所及日時ヲ協定シ速二各宗派聯合会議ヲ開キ免   囚保護二関スル各般ノ事項ヲ議定スヘシ 但各府縣二於ケル各宗派ノ宗務支所及宗務支所長ノ   姓名表ハ追テ送附スヘシ

 第二條 免囚保護事業ハ堵二安セサル出獄人ヲ救助シ其者ヲシテ長ク良民ノ生活ヲ持続セシメ宗教   ノ信念ヲ養成シ以テ累犯ノ予防ヲ図ルヲ本旨トス

 第三條 保護ハ主トシテ左二掲クルモノ之ヲ加フヘシ

  一 出獄人,帰住所又ハ引受人ナク現二独立ノ生計ヲ営ミ難キ者  二 旅費ノ欠乏家族間ノ不   肩山ハ其他ノ事情二心リ帰住六二帰住シ難キ者  三 在監中特二慰籍訓諭ヲ要スル者    四 出獄ノ際他人ノ補助ヲ要スル者  五 帰住後引続キ監督指導ヲ要スル者  六 在監   者ノ家族ニシテ生計ヲ営ミ難キ者  七 其他野仏必要ヲ認メタル者

 第四條 保護ハ金銭物品及宿泊所ノ貸与給与,職業ノ紹介,本人ノ身元引受,行状監督,本人ト親  族故旧隣佑並二被害者間ノ和解調停,本人二対スル慰籍訓諭,本人ノ家族ノ救済其他必要二応シ

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(12)

 本人ノ為ニスル周旋蓋力ノ方法二依リ之ヲ行フヘキモノトス 但金銭ハ已ムヲ得サル場合二非サ  レハ之ヲ給与セサルヲ可トス

第五條 保護ヲ加フルニハ先ッ被保護人ノ身分年齢,来歴,性情,技能,志望,財産,教育,宗教  罪質犯因,家族ノ関係等各般ノ事情ヲ精査シ其人物並二保護ノ必要ヲ確メ監獄官ノ意見ヲ参酌  シテ被保護人ノ為メ最モ適実ナル方法ヲ定ムルヲ必要トス

 前項二掲ケタル事情ヲ確ムルニハ監獄,警察官署,市町村役場,被保護者ノ親族故旧隣佑二就キ  事実ヲ探知スヘシ

第六條 未タ免囚保護会ノ設ナク又ハ四二其設アルモ尚増設ノ必要アル地方二於テハ他ノ宗派寺院  ト聯合シテ新二免囚保護会ヲ設立スヘシ 新二保護会ヲ設立スル必要アリヤ否やハ豫メ関係官庁  特二監獄官ノ意見ヲ聴キ之ヲ定ムルヲ要ス 但萬已ヲ得サル事情二依リ他ノ宗派寺院ト聯合シ難  キ場合ハ其旨宗務院二具申シ指示ヲ請フヘシ

第七條 新二免囚保護会ヲ設立セントスル時ハ各宗派聯合会議経テ会ノ名称,会員及役員ノ組織  会計ノ管理,保護事務執行ノ方法等ヲ議定シ規約ヲ定ムヘシ 保護場ノ必要アル地方ハ三二其設  置方法二就キ審議ヲ経ルヲ要ス 規約又ハ議定事項ハ其写ヲ添へ直二宗務院二届出ッヘシ改訂  ノ場合亦同シ

第八條 一府縣二回目ニ個以上ノ保護会ヲ設立スヘキ必要アル場合ハ其一ヲ本部トシ他ヲ支部トス  ヘシ本部ハ州府縣管内二丁ケル保護事業ヲ総管シ支部ノ統一及聯絡並二関係官庁二対スル交渉  事務ヲ掌理スルヲ要ス

第九條 会員ハ成ルヘク各方面ノ有志者二三キ之ヲ募集シ出獄人ノ箇々別異ナル需要二品シテ適当  ノ保護ヲ加フル便宜ヲ得ルト共二丁ク保護思想ノ普及ヲ図ルコトニ三三スヘシ

第十條 保護会ニハ成ルヘク保護事業,感化事業若クハ監獄事務二経験ヲ有シ且誠実熱心ナル事  務員又ハ顧問ヲ置キ出獄人ノ人物鑑査並二三保護方法ノ選択二三算ナキコトヲ期スヘシ

第十一條 保護場ヲ設置セントスル時ハ特二其担当者ノ選択ヲ慎ミ管理方法二就テハ精細二監獄官  並二経験アル者ノ意見ヲ聴キ措置ヲ過ラサル様深ク注意スヘシ

第十二條 保護会ハ常二係員ヲ監獄二派シ出獄後保護ヲ要スヘキ者二二見目シメ豫メ相当ノ保護  方法ヲ講シ出獄ノ上ハ直二予定ノ方法ヲ実施シ得ル様準備スヘシ

第十三條 保護会ハ時々会員殊二寺院住職ヲシテ在監者ヲ訪問シ慰籍訓諭ヲ加ヘシメ保護ノ必要ア  ル者ニハ直二相当ノ保護ヲ加フヘシ

第十四條 前二條二依ル外保護会ハ監獄若クハ其他ノ官公署ノ要求又ハ他ノ保護会若クハ個人ノ  申出アリタルトキハ保護ノ実施二刀手スルヲ要ス

第十五條 会員個人ニシテ出獄人保護ノ委托ヲ受ケタルトキハ保護会ノ指示二従フノ外本心得ノ旨  趣ヲ参酌シ塵遇ノ法ヲ錯ラサルヲ要ス

第十六條 新二免囚保護会ヲ設立スル必要ナキ地方二二テハ他ノ宗派寺院卜聯合シテ既二存立セ  ル保護会二加入シ其事業ヲ共助スヘシ 存立セル保護二二加入シ得サル事情アル時ハ直接二監  獄二交渉シ其需二応シテ保護事業二関スル事務ヲ共助スヘシ

第十七條前條ノ場合二於テハ各宗派聯合会議ヲ開キー人日ハ数人ノ代表者ヲ選出シ 且左ノ事  項ヲ議定スヘシ

 一 共助ノ條三田其方法  二 代表者ノ権限  三 聯合寺院ノ責務  四 費用ノ負担   前項第一号ノ事項ヲ議定スルニハ共助ヲ與フヘキ保護三又ハ監獄ノ意見ヲ聴取スヘシ議定ノ   事項ハ其写ヲ添へ直二宗務院二届出ッヘシ改訂ノ場合亦同シ

第十八條 鋒ハ共助ヲ與フヘキ保護会又ハ監獄二対スル交渉ノ三二当り聯合寺院二対シ必要ナル

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 指揮訓示ヲ為スヘキモノトス

第十九條 代表者ノ通牒又ハ保護会若クハ監獄ノ要求アリタル時ハ聯合寺院ハ直二保護ノ実施二  山手スルヲ要ス

第二十條 聯合寺院ノ檀徒信徒ニシテ在監中又ハ出獄後保護ヲ要スヘキ者ハ当該寺院住職二於テ  之ヲ保護スル責二任スヘキモノトス

第二十一條 聯合寺院ハ保護事業二加功スルノ外市町村役場,警察官署,慈善保護ヲ目的トスル団  二日クハ個人ノ紹介アリタル時又ハ出獄人ヨリ直接依頼アリタル時ハ保護ノ手続ヲ実施スルコト

 ヲ要ス

第二十二條 録司ハ毎年六月十二月ノニ一二其管区又ハ聯合管区二於ケル免囚保護事業ノ状況ヲ  詳記シ宗務一二報告スヘシ

 「出獄者保護二関スル希望(内務省ヨリ交野セラレタル分)」(抄)

 ・・…  一 監獄當局井地方當局者トノ打合二就テハ各宗派協議ノ上便宜上代表者ヲ定メテ之  ニー任シ其ノ事項ヲ各宗派二通知スルハ相互ノ便宜ナルヘシ  一 寺院二於テ出獄者ノ保護  又ハ引受ヲ爲スニ就テ一生宗派ノ間二十分ナル協議ヲ遂ケ檀徒以外ノ者ト難之ヲ保護シ又ハ引受

 クル事・・…

  「希望事項(司法省ヨリ交附図ラレタル分)」(抄)

  一 檀徒ニシ新二出獄スル者アルトキハ菩提寺ハ進ンテ其ノ者ヲ迎へ自ラ引受人ト爲リ出獄後ノ    生計井二家族關引写二就キ十分二斡旋ノ勢ヲ執り爾後引績其ノ者ノ監督補導二書力セラレント    コヲ望ム  一 恩赦ノ大命アリタルトキハ監獄及免囚保護會ト商議ノ上必要二磨シ寺院ノー    部ヲ臨時出獄人ノ収容所二充テラレンコトヲ望ム・・…

13 『日宗』1209号(大正元年11月3日発行)p.1

!4 『日宗』1209号(大正元年11月3日発行)p.15 15 『日医』!210号(大正元年11月10日発行)p,!2

16 『日宗』1210号(大正元年1!月10日発行)p15 17 『日宗』1222号(大正2年2月9日発行)p.8

18 『日宗』!211号(大正元年11月17日発行)p.!3

19 『孟宗』1209号(大正元年11月3日発行)p.13

20 『日宗』1212号(大正元年!1月24日発行)p.13 21 『日宗』12!!号(大正元年!1月17日発行)p.12

22 『日宗』1213号(大正元年12月1日発行)p14 23 『日義』1215号(大正元年12月15日発行)p11 24 『日宗』1222号(大正2年2月9日発行)p.11 25 『日宗』1225号(大正2年3月2日発行)p.8 26 『日宗』!226号(大正2年3月9日発行)p11 27 注9参照

28 注3参照 29 注3  p529

30 『日蓮宗回忌会要覧』pp.4−5, p16(更生保護法人慈済会『創立百周年記念誌一慈悲普済一』(平

 成24年発行)所収)

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参照

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