9
市立室蘭医誌(第28巻 第1号 平成15年4月)
胃印環細胞癌の臨床病理学的検討
市立室蘭総合病院 外科
渋 谷 均 高 島 健 佐々木 賢 一 柏 木 清 輝 井 上 大 成 前 田 豪 樹
論 旨
胃の印環細胞癌の臨床病理学的特徴を知る目的で当科で経験した印環細胞癌(以下sigと略す)51例について他 組織型癌670例を対照として比較検討した。sig群の男女比は1.4:1と対照群2.2:1に比べ、女性の占める比率が高 く、また平均年齢は56歳と若い傾向であった。腫瘍占居部位ではsig群は胃体部から胃上部(72.5%)に有意に多 い結果であった。肉眼型ではsig群は早期型が多く(78.4%)有意差を認めた。リンパ節転移率はsig群では早期 癌が多いため、転移率は低い傾向であった。早期病型ではsig群は全例平坦〜陥凹型であり有意差を認めた。全体 の5年生存率はsig群が良好で(84.7%)有意差を認めた。印環細胞癌は早期癌として発見されることが多いが、
進行したtypeであるlinitis plastica型癌では腹膜播種を起こしやすくその予後は極めて不良である。
キーワード 胃癌、印環細胞癌
は じ め に
印環細胞とは胞体内に大量の粘液を貯留したりcystを 形成したりすることにより、核や細胞内小器官が辺縁に おしやられた形態を示す細胞をいう。その語源について は昔、西欧の貴族が印環を兼ねて使用した指輪(signet ring)に良く似ていることに由来する。
消化管、乳腺から発生する腺癌には大量の粘液が細胞 内に貯留して印環細胞型の腫瘍細胞からなるものがあり、
印環細胞癌(signet-ring cell carcinoma)といわれて いる。
印環細胞癌は細胞接着性に乏しく、癌細胞はバラバラ に組織内を浸潤して拡がることが特徴である。一般に胃 の印環細胞癌といえばBorrmann4型癌、あるいはlinitis plastica型癌の印象が強く予後も不良と考えられているこ
とが多い。今回、胃の印環細胞癌の臨床病理学的特徴を 知るために、当科で経験した症例について文献的考察を 加え検討した。
対象と方法
1975〜2001年までに当科で切除し、病理学的検索が可 能であった胃癌721例を対象とした。このうち印環細胞癌 は51例(7.1%)、他組織型癌は670例でありこの両者を
比較検討した。
統計学的有意差はX2検定、生存率の解析はKaplan-Meier 法、その有意差はLogrank法を用いた。
結 果
sig群と対照群の男女比はそれぞれ1.4:1,2.2:1でsig 群で女性の占める比率が高く、また平均年齢はそれぞれ 56歳、64歳でありsigで年齢層が若い傾向であったが、双 方とも有意差は認めなかった(表1)。腫瘍肉眼型では sig群は早期型が多く78.4%を占め、対照群40.6%の間
に有意差を認めた。またsig群では1型、2型はなく3型、
4型がそれぞれ17.6%、3.9%を占めた(表2)。腫瘍占 居部位ではsig群はM領域に多く64.7%を占め、対照群 39.7%との間に有意差を認めた(表3)。腫瘍深達度では sig群は早期癌が多くm、smで74.5%、対照群で40.5%
であり両者の間に有意差を認めた(表4)。リンパ節転移 率はsig群で35.3%、対照群で44.8%とsig群で少ない傾 向であったが有意差を認めなかった(表5)。
根治度では根治度Aがsig群で80.4%、対照群で60.7
%であり有意差を認めた。一方、根治度Cは対照群に多く 17.8%を占め、有意差を認めた(表6)。
10
進行度ではstageⅠa.bはsig群で68.6%、対照群54.2%であり有意差を認めた。一方、stageⅣは対照群に多く 13.1%を占め、有意差を認めた(表7)。
生存率の比較では全体の5年生存率はsig群で84.7%、
対照群で63.7%でありsig群が良好で有意差を認めた。ま た早期癌症例に限るとsig群では94.1%、対照群85.1%
でありsig群で良好であったが有意差を認めなかった。対 照群の生存率が低いことの原因として、33例の死亡例の うち他病死が11例含まれていることが理由としてあげら れる(表8)。次いで早期癌症例について両者の比較検討 を行った。肉眼病型ではsig群は隆起型はなく全例平坦型 あるいは陥凹型であり対照群80.7%との間に有意差を認 めた(表9)。
腫瘍径の平均はsig群で4cm、対照群で5.2cmであり両 者に差を認めず、むしろsig群で腫瘍径は小さい結果で あった。リンパ節転移率を比較するとsig群では15.8%、
対照群7.3%でありsig群で転移率が高い傾向であったが 有意差を認めなかった(表10)。
U領域 M領域 L領域 全 体
4
4(7
7.8)33(64.7)
14(27.5)
4
0(78.4)
118(17.6)
*
266(39.7)*281(41.9)*
22
5(2
0.7)*
印環細胞癌 他組織型癌 表3 腫瘍占居部位( )内は% *:p<0.05 0 型
1 型 2 型 3 型 4 型 5 型 不 明
40(78.4)
4
0(78.4)
4
0(78.4)
4
9(17.6)4
2(1
3.9)4
0(78.4)
4
0(78.4)
272(40.6)*
2
21(2
3.1)* 2
98(14.6)*200(29.9)
* 2
46(2
6.9)* 2
30(2
4.5)* 22
3(2
0.4)*
印環細胞癌 他組織型癌 表2 腫瘍肉眼型( )内は% *:p<0.05 症 例 数
男 女 比 平均年齢
51(7.1%)
1.4:1 56
670 2.2:1
64 印環細胞癌 他組織型癌 表1 症例数、男女比、平均年齢
(721例:1975〜2001)
n0 n1 n2 n3 n4 不 明 n(+)
33(64.7)
11(21.6)
4
6(11.8)4
1(1
2.0)4
0(78.4)
4
0(78.4)
18(35.3)
370(55.2)
130(19.4)
119(17.8)
2
24(2
3.6)2
16(2
2.4)2
11(20.4)
289(44.8)
印環細胞癌 他組織型癌 表5 リンパ節転移率
( )内は%
表9 早期癌の肉眼型
隆起型 平坦型 陥凹型 平坦+陥凹
4
0(78.4)
4
6(15.4)32(82.1)
38(100)
4
52(19.3)*4
20(1
7.1)*
198(73.3)*
218(80.7)*印環細胞癌 他組織型癌
( )内は% *:p<0.05 41(80.4)
4
9(17.6)4
1(2
2.0)407(60.7)*
144(21.5)
*
119(17.8)*印環細胞癌 他組織型癌 表6 根 治 度
( )内は% *:p<0.05 A
B C
stageⅠa,b stageⅡ stageⅢa,b stageⅣ
35(68.6)
4
9(17.6)4
6(11.8)4
1(2
2.0)363(54.2)*
4
97(14.5)*
122(18.2)* 2
88(13.1)*印環細胞癌 他組織型癌 表7 進 行 度
( )内は% *:p<0.05
全体 早期癌症例
84.7%
94.1%
63.7% * 85.1%
*
印環細胞癌 他組織型癌 表8 5年生存率*:p<0.05 m〜sm
mp〜ss se〜si
38(74.5)
4
7(13.7)4
6(11.8)271(40.5)*
252(37.6)*
147(21.9)
*
印環細胞癌 他組織型癌 表4 腫瘍深達度( )内は% *:p<0.05
11
考 察印環細胞癌は胃底腺領域の粘膜の腺頸部増殖細胞帯に 発生すると考えられ、横方向に拡がりやがて粘膜面に潰 瘍性病変(Ⅱc病変)を作り、linitis plastica型癌の発生 母体となることが知られている1)。進行したこの linitis plastica型癌では粘膜下層の結合織がびまん性に線維性に
増生するため、胃壁が肥厚すると同時に線維化を生じて 胃が収縮して弾力性を失い、皮袋のように硬くなる。こ のtypeの癌では腹膜播種などが高率でありその予後は極 めて不良である。一般に印環細胞癌の頻度は10%内外と 報告され2、3、4)、当科の症例も7.1%と同様の傾向であっ た。また女性の占める比率が他組織型癌に比較して高く、
また平均年齢は50歳代にpeakがあり他組織型癌の60歳代 に比較して若い傾向がみられた2、4)。腫瘍肉眼型では印環 細胞癌は早期型が多く、78.4%を占めOtsujiら4)61.0%
と同様の傾向であった。腫瘍占居部位ではM領域(64.7%)
に有意に多く、またM+U領域で72.5%を占め、印環細胞 癌が胃底腺領域に発生することを示唆している3、4、5、6)。 また印環細胞癌の早期肉眼病型では全例、平坦から陥凹 型であり隆起型はなかった。このことは印環細胞癌では 癌細胞は粘膜面の横方向に拡がることを意味しており、
Ⅱc様の形態をとることが特徴的であり隆起型は極めて稀 である。また印環細胞癌の早期癌症例では腫瘍径が大き いことが特徴的とされているが、当科の症例では差を認 めなかった。一般に腫瘍径の大きい早期癌は印環細胞癌 であることが多いとされ、5cm以上の病変でm癌の45.5%、
sm癌の30.1%が印環細胞癌であったと報告されている6)。 また辻ら7)によると長径7cm以上の表層拡大型の早期癌 の多くは印環細胞癌であったと報告している。リンパ節 転移率については差はない2、4)、あるいは転移率は低い4)
と報告されており当科の症例も早期癌症例が多いことか ら印環細胞癌全体としては転移率が低い傾向であった。
しかし、有意差はないものの早期癌症例では15.8%と他 組織型癌7.3%より高い傾向にあった。リンパ節転移率が 低いことについて成沢ら3)は印環細胞癌のⅡc病変の多く はU1- Ⅱ度の潰瘍を伴っており潰瘍瘢痕を形成すること が多く、この瘢痕組織がリンパ管に侵入した腫瘍細胞の リンパ節転移を妨げ、さらにはリンパ管侵襲そのものを
抑止している可能性があると述べている。
生存率の比較では印環細胞癌は早期型が多いこともあ り、全体としての予後は良好であり、また早期癌に限っ てもその予後は良好であった。早期癌の死亡原因として 血行性転移があげられるが、印環細胞は静脈の中では死 滅しやすく、血行性転移を起こすに至らないといわれて おり1)、このことは分化型腺癌が血行性転移を起こしやす いのに対して、全く異なった性質をもっているといえる。
臨床的に印環細胞癌はその初期では表層に露出せず粘 膜下を横に拡がる性質を持つため診断に難渋することが 多く、ある程度の大きさになり潰瘍形成を伴ってから発 見されることが多い。また腫瘍の発生部位が胃体部から 上部であるため、内視鏡的に死角になることがあり注意 が必要である。
ま と め
胃印環細胞癌の特徴について他組織型癌と比較検討し た。印環細胞癌の多くは早期癌として発見されることが 多いが、浸潤型であるlinitis plastica typeではその予後 は極めて不良である。また女性に多く、年齢層が若いこ とが特徴的である。
文 献
1)服部隆則:印環細胞癌.Med Way 3:12-15,
1986.
2)Yokota T, Kuni Y,Teshima S,Yamada Y,Saito S,
Kikuchi S, Yamauchi H:Signet ring cell carcinoma of the stomach:A clinicopathological comparison with the other histological types. Tohoku J Exp Med 186:121-130,
1998.
3)成澤信之助:胃印環細胞癌の伸展様式に関する病理 組織学的検討.山形医
9:197
-205
,1991
.4)Otsuji E, Yamaguchi T , Sawai K , Takahasi T:
Characterization of signet ring cell carcinoma of the stomach. J Surg Oncol
67:216
-220
,1998
. 5)成澤信之助,佐藤司,深瀬和利,堺順一,松田徹,門馬孝,斉藤博,大泉晴史,古澤晃宏,佐藤信一郎,
水戸省吾,高橋克朗:当院における胃印環細胞の臨 床病理組織学的検討.山形病医誌
21:51
-56
,1987
. 6)山際裕史,吉村平,大西長久:胃の印環細胞癌の臨床病理.癌の臨
36:45
-49
,1990
.7)辻直子,石黒信吾,春日井務,星田義彦,三輪秀明,
小野寺誠,鈴木典子,瀧野敏子,建石龍平:表層拡 大型早期胃癌の病理−肉眼像と組織像の対比を中心 に−.胃と腸 31:573-580,
1996.
6
/
38(15.8)4
/
38(10.5)2/38(
1
5.3)19
/
270(7.3)14
/
270(5.2)5
/
270(1.9)印環細胞癌 他組織型癌 表 10 早期癌症例のリンパ節転移率
( )内は%
転移率 n1 n2