中世における宇賀弁才天信仰の研究 ー 叡山と「江 島縁起」ー
著者 鳥谷 武史
著者別表示 Toritani Takefumi
雑誌名 博士論文本文Full
学位授与番号 13301甲第4540号
学位名 博士(文学)
学位授与年月日 2017‑03‑22
URL http://hdl.handle.net/2297/48130
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
博 士 論 文 中 世
に お け る 宇 賀 弁 才 天 信 仰 の 研 究
― 叡 山 と
「 江 島 縁 起 」
―
金 沢大 学 大 学院 人 間社 会 環境 研 究 科人 間 社会 環 境 学専 攻 学 籍 番号
一四 二 一〇 八 二
〇〇 七 氏 名
鳥 谷武 史 主 任 指導 教 員 名
森雅 秀
2
目次
第 一章
序 論 ............4 一 研 究 の背 景 ............5 一
( 一
) 中 世 の神 仏 世 界と
「 異 形」 .........5 一
( 二
) 本 研 究の 視 座 ...........9 二 先 行 研究 と 本 稿の 構 成.........10 二
( 一
) 弁 才 天研 究 の 動向 .........10 二
( 二
) 本 稿 の構 成 ............13 第 二章
弁 才天 の 分 類............16 一 請 来 から 平 安 時代 ま で.........17 二 妙 音 弁才 天 像 への 変 化.........18 二
( 一
) 経 典 にお け る 妙音 弁 才 天 .........18 二
( 二
) 像 容 の変 化 ............19 三 宇 賀 弁才 天 の 特徴 ............21 三
( 一
) 宇 賀 神と 持 物 .........21 三
( 二
) そ の 他の 特 徴 .........24 三
( 三
) 混 淆 型弁 才 天 .........28 三
( 四
) 天 川 弁才 天 ............29 第 三章
図 像・ 史 料 より み た 宇賀 弁 才 天 .........30 一 宇 賀 弁才 天 の 作例 比 較.........31 一
( 一
) 偽 経 と作 例 の 持物 比 較 .........31 一
( 二
) 四 臂 像と 六 臂 像 .........33 二 同 一 画中 に 描 かれ る 尊 格 .........35 二
( 一
) 大 黒 天と 毘 沙 門天 .........35 二
( 二
) 大 黒 天と 宇 賀 神 .........38 二
( 三
) 弁 才 天と 三 面 の神 .........41 二
( 四
) 荒 神 と愛 染 明 王 .........43 二
( 五
) そ の 他の 尊 格 .........44 三 宇 賀 弁才 天 か ら十 臂 弁 才 天へ .........45 三
( 一
) 天 川 弁才 天 と 十臂 弁 才 天 .........45 三
( 二
) 十 臂 弁才 天 の 姿と 偽 経 .........47 三
( 三
) 興 福 寺と
「 天 川弁 才 天 曼荼 羅
」 ........50 三
( 四
) 天 川 弁才 天 の 図像 形 成 と当 山 派 修験 ......53 三
( 五
) 東 密 と十 臂 弁 才天 法 .........55 第 四章
宇 賀弁 才 天 信仰 の 広 まり と
「 江島 縁 起
」 ......60 一
「 江 島縁 起
」 の概 要 ............61 一
( 一
) 弁 才 天霊 場 と 縁起 .........61 一
( 二
)
「 江 島縁 起
」 のあ ら す じ .........62 一
( 三
)
「 江 島縁 起
」 の諸 本 .........64 二 真 名 本に 登 場 する 人 物.........68 二
( 一
) 道 智 と『 海 道 記』 所 収 説話 .........68 二
( 二
) 泰 澄 と龍 口 明 神社 .........74 二
( 三
) 安 然 と相 模 国 .........78 三 江 島 の神 話 世 界 ............81
3
三
( 一
) 五 頭 龍と 人 身 供犠 .........81 三
( 二
) 地 主 神と し て の五 頭 龍 .........83 三
( 三
) 島 生 みの 神 話 .........86 三
( 四
) 弁 才 天と 鳴 動 .........90 四 江 島 と走 湯 山 ............93 四
( 一
) 地 下 の龍 と 弁 才天 .........93 四
( 二
) 新 田 四郎 と 龍 窟 .........94 四
( 三
) 走 湯 山修 験 と 富士 山 .........96 五 歴 史 上の 江 島 と「 江 島 縁 起」 ......... 101 五
( 一
) 遷 宮 と『 吾 妻 鏡』 ......... 101 五
( 二
) 良 真 の事 績 と
『仏 牙 舎 利起
』 ......... 103 五
( 三
) 一 二 世紀 以 前 の江 島 と 弁才 天 信 仰 ...... 108 六 江 島 弁才 天 の 姿と 特 徴......... 110 六
( 一
) 信 仰 の内 容 .......... 110 六
( 二
) 弁 才 天の 姿 .......... 113 六
( 三
)
『 安 然秘 所 記
』と 二 つ の弁 才 天 信仰 ...... 119 七 縁 起 の構 成 と 制作 者 ......... 126 七
( 一
) 旧 真 名本 の 構 成と 物 語 の転 換 ......... 126 七
( 二
) 真 名 本奥 書 の 伝承 系 譜 ......... 128 七
( 三
) 一 三 世紀 の 東 国と 宇 賀 弁才 天 信 仰 ...... 132 七
( 四
) 真 名 本の 成 立 過程 と 制 作者 ......... 135 第 五章
結 語 ............ 138
【 参考 文 献
】 ............ 148
【 参考 表
】 ............ 152
【 翻刻 資 料
】 ............ 165
【 参考 図 版
】 ............ 175
第
一
章
序
論
5
一 研 究 の 背景 一
(一
) 中世 の 神 仏世 界 と
「異 形
」 今日
、日 本の 人 々 が弁 才 天 と いう 尊 格 につ い て 思い 浮 か ベて み た とき
、ど の よう な 姿 を想 像 する だ ろ うか
。そ れ は、 二 臂 で 琵 琶を 弾 奏 する 姿 で あっ た り
、八 臂 に 剣 や 宝珠 な ど の様 々 な 持物 を 持 つよ う な 姿で あ っ たり
、あ るい は
、十 臂 の 身 体か ら 蛇 頭が 伸 び る 姿を 連 想 する 人 も いる か も しれ な い
。現 代 に お い て、 弁 才 天は 七 福 神 に象 徴 さ れる よ う な福 神
、ま たは 琵 琶 を 奏で る 姿 から も 想 起さ れ る よう に
、諸 芸 の 神 とし て 信 仰 され て い る。 そ の 起源 は イ ンド に あ るが
、日 本に お い ても
、中 世以 降 に 様々 な 形 で絵 画・ 彫 刻作 品 が 生み 出 さ れた
。今 日 多く の 人々 は
、以 上よ う な 印象 を も って 弁 才 天を 捉 え てい る と 思わ れ る
。ま た実 際 に
、寺 社 の 境 内 に置 か れ る石 像 や
、堂 内 に 置か れ る 彫刻 像
、参 拝 者 に 配 布さ れ る 刷物 な ど に 見ら れ る 図像 は
、右 の よ うな 姿 を して い る 場合 が 多 い。 こう し た 様々 な 姿 が生 み 出 さ れる 画 期 とな っ た 時代 が
、日 本 の 中 世で あ る
。早 く 奈 良 時代 に 日本 へ 請 来さ れ て いた 弁 才 天の 姿・ 信 仰 は、 中 世 に 著述 さ れ た、 い わ ゆ る偽 経 に よ って 大 き く塗 り 替 えら れ た
。し た が っ て
、日 本 に おけ る 弁 才 天信 仰 を 研究 す る うえ で
、そ の重 要 な 転 換点 と な る中 世 の 様態 を 探 るこ と は 不可 欠 で ある
。本 稿 は、 そ う した 中 世的 な 変 容 を遂 げ た 弁才 天 の 中で も
、と り わ け 大き な 変 化を 遂 げ た宇 賀 弁 才 天に つ い て、 そ の 信 仰や 像 容 が記 さ れた 史 料
、お よ び 図像 の 両 面か ら 考 察す る も ので あ る
。 とこ ろ で
、こ う し た図 像 や 教 説の 中 世 的変 容 と いう 現 象 は、 な に も弁 才 天 に限 っ て 起き た も ので は な い。 中 世 と いう 時 代 は、 記 紀 神 話に 登 場 す る神 や
、請 来経 典 に その 名 を 挙げ ら れ る 仏が
、様 々に 姿 を 変え
、新 た な信 仰 を 獲得 し て いっ た 時 代 であ っ た
。そ こ で生 ま れ た のは
、 い わば
「 異 形の 神 仏
」で あ り
、近 世 に かけ て 多 様な 神 が 創 作さ れ
、 貌を 変 え てい っ た
。 彼ら は
、時 代 の 要 請に よ っ て 作り 出 さ れた 言 説 にし た が いな が ら
、様 々 な 性 質を 獲 得 して い った た め に、
「 福 神」 や
「 軍神
」 な どの よ う な、 そ の 性質 に 則 した 呼 称 で分 類 さ れ る場 合 も ある
一
。山 本 ひろ 子 氏 は、 記 紀・ 請 来 経典 に 記 され た 範 疇で 捉 え るこ と の でき な い 神 々を
、
「 異神
」と い う概 念 で 定義 し た が[ 山本 一 九 九八
]、 こ う し た「 異 形 の 神仏
」を 包 括 的に 指 し 示す 言 葉 は、 未 だ 決 定的 な も のが な く
、今 後 さ ら に 研究 が 進 むに あ た って
、分 野 の垣 根 を 超 えた 統 一 的な 見 解 を模 索 し てい く べ きだ ろ う
。 また
、 こ こで 便 宜 的に 用 い て いる
「 異 形」 や
、「 異 端
」 など と い う言 葉 も
、一 種 の 誤解 を 与 えか ね な いも の で ある
。彌 永信 美 氏 は、 真 言 立川 流 な ど を例 に 挙 げな が ら
、中 世 密 教の
「 異 形 性」 に つ いて
、 次 のよ う に 指摘 し て いる
。 荼
吉 尼 天法 も
、聖 天法 も
、あ る いは 怨 敵 呪詛 の 法 や調 伏 の 法も
、男 女 の仲 を 取 り 結ぶ 敬 愛 の 法 も、 正 統 的な 密 教 の経 典 に 説か れ
、そ れに 基 づい て 呪 術 僧た ち が 実践 し た こと は
、 疑 い も ない 事 実 であ る
。そ れ に も かか わ ら ず、 対 社 会 的な 場 面 では
、「 不 浄
」や
「 卑賎
」、
一
『 薬 師寺 の 福 の神
: 吉祥 天
・毘 沙 門 天・ 弁 才天
・大 黒 天
』、 法 相 宗大 本 山 薬師 寺
、二
〇 一 三。
『 武 将が 縋 っ た神 仏 た ち』
、 滋 賀 県立 安 土 城考 古 博 物館
、 二
〇一 一
。
6
あ る い は「 性 愛
」と い った 要 素 を排 除 し よう と す る「 正統
」が 存 在 した こ と も、 明 白 な 事 実 で ある
。〈 中略
〉 中 世の あ る 時期
( ほ ぼ十 三 世 紀後 半
) 以降
、 事 実上 お そ ら く( 台 密 を 含 んだ
) あ らゆ る 流 派が
、「 深秘 の 口 伝」 な ど では
、 い わゆ る
「 邪流
」 と 呼 ばれ う る よ う な要 素 を 含ん で い たと 考 え られ る
。〈 中 略
〉 それ ぞ れ の時 代 に おけ る
「 正 統/ 異 端
」の 関 係と
、こ ん に ち的 な 常 識か ら「 異 端的
」と 思 わ れ るよ う な 事象 と は
、で き る だ け 厳 密 に区 別 し て考 え る 必要 が あ る。
( 彌 永 信 美「 補 説
・中 世 日 本密 教 の
「異 形 性
」に つ い て」
二
) 彌永
氏 が 指摘 す る 内容 は
、 中 世の 神 仏 世界 を 研 究す る う えで
、 非 常に 重 要 な問 題 で ある
。
「 異端
」「 異形
」 と いう 言 葉 が使 わ れ る裏 に は
、必 ず
「 正統
」 と され る 側 が存 在 し て おり
、 後 者を 主 体 とし た 場 合に
「 異端
」や
「 異形
」が 生 ま れ るこ と に なる
。し た が っ て、 その 区 分 が なさ れ た 時点 に お いて
、す でに 主 観 的な 判 断 がお こ な わ れて い る こと に な る。 同 氏 が述 べ る よう に
、何 ら か の 立場 の 者 から
「 異 端」 と 呼 ばれ た 存 在 も、 実 際 には 普 遍 的で あ っ た 可能 性 は充 分 に あろ う
。 すな わ ち
、「 異 端
」「 異 形
」 は、 必 ず し も「 少 数 派」
「 例外 的 存 在
」と 即 断 でき る も ので は な い。 先に
「 異形 の 神 仏」 と呼 ん だ 存 在は
、あ る 一 側面 か ら 見た
「 異形
」で あ り
、あ く まで 括 弧 付 きの
「 異 形」 で あ る。 本 稿 で対 象 と する 宇 賀 弁才 天 を 例に 挙 げ るな ら ば
、請 来 経 典 によ る 弁 才天 信 仰 を基 準 と した 場 合
、そ の 姿 や信 仰 は「 異 形
」と なる が
、一 三 世 紀 以 降に 制 作 され た 図像 や 文 献を 見 る かぎ り で は、 む し ろ主 流 と さえ 言 え る ほど の
、普 遍 的 な 存 在へ 変 貌 を遂 げ てい る
。 した が っ て、
「 異 形の 神 仏
」を 対 象 とす る 研 究は
、 中 世の 神 仏 世界 を 構 成 する 一 要 素を 明 ら かに す る だけ に と どま ら ず
、中 世 の 精神 世 界 全体 に 関 わる 可 能 性を 内 包 し てい る の であ る
。 こう し た「 異形 の 神 仏」 が中 世 以 降に 新 た に生 み 出 され て き た背 景 に ある の は
、平 安時 代 に 端を 発 す る神 仏 習 合の 大 き な流 れ で あり
、海 を渡 っ て も たら さ れ る異 国 の 信仰
、既 存の 神 話・ 経典 な ど を再 解 釈 する 注 釈 活動
、さ ら には
、偽 書 の 創作 な ど とい っ た 様々 な 要 素 によ っ て
、中 世 の 神仏 を 取 り巻 く 世 界は 形 成
・改 変 さ れて い っ た
。 これ ま で の研 究 に おい て も
、 歴史 学
・ 文学
・ 美 術史 学
・ 思想 史 学
・仏 教 学
・民 俗 学 など
、 様 々な 分 野 から の ア プロ ー チ がな さ れ
、そ れ ぞ れの 成 果 の もと に
、中 世 の 神 仏世 界 は 少し ず つ 明ら か に なっ て き てい る
。そ う し た 研究 史 の 動向 は
、伊 藤聡 氏 や 舩田 淳 一 氏 によ っ て まと め られ て い るの で
、両 氏 の 論 考を 参 考 に概 観 し てみ よ う[ 伊藤 二
〇一 一
]
[ 舩田 二
〇 一一
]。 まず
、宗 教者 の 活 動、 社 会 と の関 わ り につ い て は、 歴 史 学分 野 に よる 成 果 が大 き い
。と り わ け、 黒 田 俊 雄氏 が 権 門体 制 論 を三
提 唱 して 以 降
、お およ そ 八
〇年 代 よ り、 南 都 の 諸 寺院 を 対 象と し た 研究 が 進 めら れ て おり
、永 村眞 氏
、久 野修 義 氏 らの 成 果 が挙 げ ら れよ う
四
。ま た
、
二
彌 永 信 美『 仏 教 神話 学Ⅰ
: 大 黒 天 変相
』、 法藏 館
、 二〇
〇 二
。
三
黒 田 俊 雄『 黒 田 俊雄 著 作集
: 第 一 巻: 権 門 体制 論
』、 法 藏 館
、一 九 九 四。
四
永 村 眞『 中 世東 大 寺 の組 織 と 経営
』、 塙書 房
、一 九八 九
。久 野 修 義『 日 本中 世 の 寺院 と 社 会』
、 塙 書房
、 一 九九 九
。