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現在の教育問題と大学の改革

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現在の教育問題と大学の改革

宮 坂 広 作 はじめに―テーマとモティフ

のっけから私事を書くのはどうかと思うが、モティフということでは必要なことと 考えるので、あえて書かせていただきたい。

実は本年6月初旬、体調をくずして病院に行ったところ、「これは危ない。ただち に入院せよ」ということで、以来2ヶ月近く入院患者として呻吟することになってし まった。治療に手をつくしてもらった結果、死線を越えてとにかくいちおう退院とい うことになった。

しかし、これは根治でもなんでもなく、筆者のこんごはこれからもつづく治療の結 果次第であり、現時点では将来の予測はできないというのが医師の見解である。つま り、生存の保証がなく、余命いくばくかも分からない。こういう状態では将来計画が 立たず、何を始めても突如中断せざるをえなくなる可能性がある。

こういう状況は、論文執筆にとってはまことに具合が悪い。ダメになったらいつで も放り出す覚悟で執筆を始めたのだが、どうも腰が定まならないのである。

これでは、名論など書ける訳がない。ほんらいなら、生死の境を彷徨していたので あり、いまもシリアスな状態にあるのだからして、生死の問題をテーマにして卓説を 出したいところである。このたびの論文のテーマは、最初「生命を大切にする教育」

を想定していたのだが、それでは重すぎてとても書けそうもないのである。死ぬこと を怖れ、なるべくその問題を避けておこうというのではない。重要なテーマであるだ けに、客観的に慎重な考察をしなければならないのだが、そうする精神的な余裕が残 念ながらないのである。

その結果、本稿では「現代の教育問題と大学改革」ということになった。いったい 今の社会で、教育はどんな役割を果たしているのか。それにはどんな価値があるの か。そして、そうした教育の一翼を担う大学教育にかかわる諸問題の中で、現在もっ とも緊要な大学生の就職問題をとりあげ、これへの対策としての大学改革について提 言することにした(1)。以上のような問題を本稿ではとりあげている。このテーマは大 きな問題ばかりで、本稿のような狭小なスペースですべてを解明できるようなもので はない。ほんの緒の提示ということに終わるであろうが、多少でもこんごの議論の種 をまくことができれば幸せである(2)

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1.教育否定論の歴史的動向

この紀要に昨年発表した拙稿で、田中萬年氏の「非教育」論をとりあげた(3)。田中 氏の主張は教育否定論というより、「教育」ということばを排除して、他のもっと適 当なことばに代えよというもので、ほんらいそんなにラジカルな提言ではなかった。

ただ、田中氏の論証は不正確で誤りも多いと思ったので、その点に反証を加えておい た。

戦後の日本で、教育否定論はしばしば提起されてきた。10年代末から70年代初め にかけて、当時の大学紛争の中で全共斗系の理論家たちが主張した大学否定論は、き わめて激烈なものであった。彼らは、大学紛争の過程で大学当局や教官たちがいかに 見苦しい振舞いをしたかを暴き、けっきょく大学とは権力のエイジェント、体制の擁 護者にすぎないと断じ、「大学の粉砕」をスローガンにするに至った(4)

こうなれば、大学とは決定的な敵対関係になるので、もはや交渉の余地はなく、東 大では全共斗派の安田講堂占拠となり、大学側は警官隊による鎮圧という対策を取ら ざるをえなくなった。大学と警察(国家)権力は一体であることを可視的なショーに しようとした全共斗派の策謀にやすやすと乗せられてしまったのである。また、それ 以外に何の対策もありえなかった(5)

「大学解体」に失敗した全共斗派は、大学を去るか、恭順の意を表して大学に残る かしかなかった。この「大学闘争」の結果、最大の利益を得たのは、体制・権力であ る。それまで、大学の進歩的な学者が、政府の批判や体制の問題点を指摘する言論を さかんに行ない、それは総合雑誌や新聞をつうじて国民にかなりの影響力を与えてい た。ところが、彼らは教え子である全共斗派から罵倒され、権力を補完する犬とまで 言われた。じじつ、彼らは自主的に大学問題を解決する知性ではなかった(6)

この大学(教育)に対する激烈な反抗が終息したあと、教育批判がさまざまなかた ちで出てきた。親たちの中からわが子を教えている教師がいかにひどい人間かという 告発がさかんに行われるようになった。当時筆者は、「全国 PTA 研究会」という民 間組織を立ち上げ、その運営に当たっていたのだが、そこでも教師(教育)批判が沸 き上がってきた。

筆者は他方で、日教組教育研究全国集会の PTA 部会を立ち上げ、その助言者を やっていた(7)。そこでは誠実な現場教師たちが、親と教師の連帯を求めた実践の報告 を行っていた。筆者はそういう状況を踏まえ、全国 PTA 研究会の基本的方向とし て、親と教師の対立・抗争の方向でなく、真の連携・協力を目ざしつつ、当面の矛盾 を乗り越えるべく努力することを求めた。

次いで、国際的な動向として、教育批判・教育否定の一連の強力な発言が相次いで

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出された。それは、内容においてそれぞれかなり異なってはいたが、イヴァン・イ リッチのような当代を代表する知性の主張を含んでおり、わが国では教育界を超えて 一般にまで影響を与えた。こうした主張について共鳴する教育学者もあり、真剣な対 応がなされたと言ってよいであろう(8)

日本の教育の現状に合わせたオルターナティブ教育も提案され、その一部は実践に 移されたものの、日本の公教育全体にかかわるような構造改革が行なわれることはな かった。文部省(当時)であれ、日教組であれ、教育によってメシを食っている者に とって、教育否定論など論外、邪説ということにせざるをえなかったろう。

中曽根首相直属の臨時教育審議会が、文部省の管理統制主義、日教組の画一的平等 主義を二つながら批判し、教育の自由化を主張しようとした。これは文部省派の委員 から抵抗され、「自由化」ではなく「個性化」ということにぼやかされた。しかし、

一部の地域では義務教育学校の自由選択制を実施する所も生まれ、親たちによる学校 評価と選択が認められた結果、学校間格差や異常な競争も発生した。全国学力テスト が、学校間・地域間の競争を激化させてきた。

いま、教育否定論が流行している訳ではない。しかし、教育に対する国民、直接に は親たちの不満は高まっている。教育一般というより、教員に対する不満がつよく、

教師と親との関係があまりうまくいっていないところが少なくない(9)

それは学力問題やいじめ・非行などの具体的な問題が生じているからである。この うち学力問題については、筆者が PTA 問題にかかわっていた10年代にさえ起きて いた。親の学歴が高くなり、教育内容や方法について知識や意見を持つ場合が多く なったことによって、授業参観などで教師に不満を抱くといった話である。さて、不 満を抱いたとしても、そのことを当の教師につたえて問題解決をはかることなど不可 能であった。子どもは人質で、へたをすれば子どもがえらい目にあうからであった。

ところがこんにち、親たちは黙っていない。親たち同士連絡を取り合い、結束して 教師に当たったり、教育委員会に直訴したりすることも辞さない。中にはわが子のこ とについて学校にどなり込む「モンスター・ペアレント」さえ現われた。この現象 は、マスコミによって誇大にとりあげられ、親たちのエゴイズムが非難されやすい が、親の権利意識の発達の結果という一面は否定しがたい。

いじめの問題は日常茶飯に起きている。親が教師に相談に行っても、教師の反応が 鈍く、何もやってくれないという。それどころか、当の教師がいじめの原因となるよ うな言動をしていることさえあるのだ、という。さすがにそれを露骨に言えず、遠ま わしに言っているのに何も感じていない、と親はいら立つ。

教師と正面から対決するか、教育委員会に行こうかと相談に来た両親に、筆者は

「それで問題が解決するという見通しがありますか」と、再考を求めた。子どもがケ ガをしているとか、何か歴然たる証拠でもない限り、なかなか対決には勝てない。子

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どもたちは教師に味方する証言をするだろう。それなら、どうすればよいのか。子ど もがいじめに屈しないように、教員の挑発を無視するように説くしかなかった。「そ んな訳に行くか」というのが、両親の気持であろう。

いろいろな例を見聞していて、教師の側に問題があると思われたことが少なくな い。しかし、自分の学級の子どもたちの人間関係や権力構造を教師が知ることは、容 易でないのではないか。イジメが教師の面前で起きることなど、めったにない。多く は隠微に行なわれている。「わがクラスにいじめなどない」と教師が言うのは、隠蔽 体質からだけではない。事実、実態を知らないのである。

少し前に、中学生の女子二人が、家族を焼き殺すという事件があった。この二人は クラスを超えて結束した「親友」であり、級友からは「浮いて」いた、という。それ なのに、級友たちに殺人計画を吹聴した。級友たちの一部はまさかと思いつつ、指定 時刻に現場に行ってみたが、火の手が上がらないので帰宅した。火事はその直後に起 きた、というのだ。

この話を新聞で読んで、当然不審に思った。友人たちはなぜ「予告」段階で、その ことを教師か親に言わなかったのかと。「チクル」ことが嫌だったのだとは思えない。

友人たちはこの二人に仲間意識を持っていなかったからである。おそらく、事件が起 こることを期待していたのであろう。現場に行ったのは見物のためで、心配したから ではなかったろう。実に情ないクラスの人間関係であるが、教師は何も知らなかった のである。

日本の教師が劣化したなどと簡単には言えない。筆者自身の体験によれば、小学校 で3人の教師に2年間づつ教わったが、三・四年を担任した新卒の女教員以外の教員 は、クラスの人間関係や子ども個々のことには無関心であった。いじめ問題はクラス で再三起きていた。しかし、その多くは子どものあいだで解決されていたのである。

いじめを止めに入り、弱者を助ける「止め男」がいた。筆者はほかならぬそのひとり であった。筆者は体格も大きく、成績の点でも一目置かれていたので、ひとりで止め に入っても腕力沙汰にならずにすんだ。自慢話などするつもりはさらさらなく、子ど もも変わり、世の中も変わったということなのである。教師だけの問題ではないので ある。

2.教育の歴史的本質

(1)近代公教育以前の教育

人間社会で教育という機能がどうして生まれたかを考えると、自然発生的に出現し たもののように思われる。つまり、人間生活の過程でそれが必要になったので、それ が生まれたということである。どこか特定の人間集団でのみ生まれたのではなく、ほ

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とんどすべての人間集団の中で生まれたものだと思われる。それは人間の普遍的な生 活要求として発生したということになる。

地球が太陽系の中に誕生したのは、46億年前のことであった。その地球に生命が生 まれたのは、38億年前だという。生物の長い進化によって人類が生まれたのは、4 万年前とされている(10)。人類の進化については、かつて人類は単系で、猿人→原人

→旧人類→新人類と進化してきた、といわれていた。しかし、10年代になってアフ リカから多数の猿人の化石が発掘され、アウストラピテクス(猿人)には多くの種類

(アファール猿人・アフリカヌス・ロブスツス・ボイセイ)がいたことが分かった。

猿人というのは、今から40万年前〜10万年前にいたのだが、アウストラピテクス より脳の大きなホモ・ハビリスが20万年前に存在し、これが人類の祖先に近く、ホ モ・エレクトウス(100万年前)つまり原人につながっているものと考えられている。

人類は脳容量を増大させ、思考力を発達させ、直立歩行することで手の働きを発達さ せた。石器などいろいろな道具を使うようになった。

本格的な石器を使用するようになったことが、ホモ族の特徴のひとつだと考えられ てきた。しかし、つい最近エチオピア北東部のディキカ地区――約30万年前のア ファール猿人の女児の化石がかつて発見された場所――で、ウシやヤギのような大型 動物の骨に石器で傷つけた跡のある化石が発見された。約30万年前の地層からであ る。傷のある骨の化石が猿人の化石と共に見つかった例がすでにあり、これは20年 前のものとされるので、猿人が石器を使ったことは明らかだが、今回の発見で時代が 0万年以上さかのぼることになった。

人類最古の石器は、同じエチオピアで20万〜20万年前のものが発見されている。

原人(ホモ族)だけでなく、猿人たちも石器を使っていたのだから、人間は実に古い 時代から頭と手と道具を使ってきたことになる。当然、道具(石器)の見付け方、作 り方、使用法などについて知識が必要になる。こうした知識の伝達のために、教育が 発生したと考えるのは自然であろう。

人類は長い期間にわたって採集経済の時代を経験してきたのだが、そのかんに生活 に役立つ知識を蓄積してきた。どんなものが食べても安全か。――これはもっとも基 本的な、エッセンシャルな知識である。キノコなど、現代になってさえしばしば判別 ができず、被害者が出ている。山菜にも見分けにくく紛らわしいものがある。人類は 被害者を出しながら、徐々に正解を発見していった訳である。

栗は美味であるうえに保存がきくので、ひじょうに重要な食料であったが、栗の実 からは容易に苗木が生えるので、人類がそれを栽培し、栗の林をつくることはむずか しくなかったであろう。しかし、動物の死屍を見付けてそれを食べ始めてから、動物 を狩るようになるまでには、長い年月が必要であったろう。石器を単なる食器から、

動物を狩る道具に改造するという文化の発達には、いろいろな試行錯誤があったこと

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であろう。

これ以上、人類史の始源の時代について云々することはやめよう。採集経済から狩 猟経済の時代に、さらに栽培経済の時代へと、人類が長い時間をかけて生産力を高め ていく過程で、さまざまな知識が生み出され、それらがストックされ、伝承されて いったことが、教育という事象の原初形態だということを言いたいのである。生産に かかわることがもっとも重要な知識であったろうが、生活全般にかかわること、家族 や集団で生きていくうえでのルールも不可欠な知識であったろう。

日本の場合でいえば、旧石器時代(約3万5000年前から1万6000年前)、遺跡数は約1 万20にのぼるというから、すでに多くの人間が住んでいたことになる。これに続く 縄文時代は約1万60年前から始まり、狩猟経済から農耕文化へと進んでいく。次の 弥生時代では水田稲作が急速に進行し、それを中心とする文化が発達した。稲作を基 盤として、社会的・政治的統合が行なわれるようにもなった。

このかん、多様な石器がつくられ、土器はしだいに精巧・優美になっていった。主 食だったドングリやトチをアク抜きして調理することも行なわれた。食物を貯蔵する ための工夫も、植物栽培の種類の多様化も進んだ。大陸からの渡来人によって水田耕 作をはじめ高度な文化がもたらされた。石器から青銅器、さらに鉄器へと進歩した。

紡織の技術、養蚕の仕方から、住居や集落のつくり方など、弥生文化が形成されて いった。

こうした文化の発達とともに、それが日本の諸地域に普及されるのには、知識・技 能の伝達が不可欠であった。そういう知識・技能を持った人びとは、家族・集落の中 で尊敬されたであろうし、移住でもすればそこのリーダーになれたであろう。教師の 原型は、新しい知識・技能の伝達者である。

学習能力が高く、新知識・技能を速く身につけたものが珍重され、リーダーの地位 に就いたであろうことが推察される。教育・学習における能力差という問題がはやく も生まれたであろうが、すぐれた能力は家族や集落にただちに利益をもたらすもので あり、みんなの敬愛の対象となるものであった。能力が支配の手段となるのは、まだ 先のことであった。

古代から中世にかけての教育は、西洋でも日本でも、教養や知識を身に付ける必要 を感じた人びとが受けている。ギリシャの教養教育であっても、政治的リーダーに不 可欠なものを与えていた。貴族や僧侶に必要な知識が、学塾や寺院で教えられてい た。そういう教育を受けられたのは、社会の上層階層の子弟だというのがふつうだっ た。

近世の日本では、寺子屋という庶民の子弟に開かれた学校があり、都市部だけでな く農村地域にも普及していたことが知られている。ここでは人びとの生活に必要な読 み・書き・算が教えられていた。子どもたち自身がどれほど自主的に通学していたか

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は分からないが、少なくとも親たちは寺子屋の効用を認知していたからこそ、子ども たちをそこへ出していた訳である。漢学塾や幕末の洋学塾のばあい、それが流行した のは、立身出世を求める若者たちの要求があったからであろう。

(2)近代公教育の矛盾

近代社会となり、国家による公教育の制度がつくられてから、教育の様相は複雑に なり、深刻な問題もあらわれるようになった。基本的にいえば、教育に対する国家の 要求と、国民の要求とのあいだが必ずしも一致せず、ギャップが生ずるようになっ た、ということである。

近代日本の場合でいえば、日本の政府はまず近代化(富国強兵)を国家目標として おり、それを担うべき国民の形成を目ざした。政治的統合を強化するために、天皇崇 拝・愛国心の教化が重視され、勤勉で従順な勤労者・農民、勇猛な兵士を養成するこ とが学校教育の任務とされた。

国民の側が学校に希望したのは、そこへ通えば子どもたちが賢くなり、まともな人 間になって、ちゃんと生きていけるようになるということだったであろう。明治初 年、当時の政府は教育・学校の効用についてそのように説明し、親たちに子弟の就学 を勧奨しているのである。

しかし、明治20年代の初めに出された教育勅語では、国家のホンネが露骨に出され るようになった。教育は天皇と国家のためのものだ、と宣言している。そこに描かれ た、あるべき国民像については、国民がある程度納得できるような部分を書き込んで いる。その程度のことはしなければ、公教育制度についての国民の支持は得られな い。

近代公教育制度に設けられていた注目すべき仕組みは、初等教育・中等教育・高等 教育という各学校段階が、競争選抜によって子ども・生徒・学生を受け入れていくと いう制度である。門地とか家柄、出身階層にかかわりなく、学力の高い者を入学させ るという「機会の平等」が、近代社会・近代公教育の「民主主義」的性格である。た だし戦前のばあい、経済的な理由で進学できない者が多いという、階級的な性格がつ よかった。

戦後になると、民主主義の発展、高度経済成長による経済条件の向上によって、後 期中等教育・高等教育への進学者が激増するようになった。より上級の学校を卒業す ることが就職や地位の上昇に有利になるという考え方がひろがり、「学歴主義」が一 般化したからである。

こうして、「国民総参加」というのは誇張だとしても、六割・七割の国民が、進学 競争のコンクールに参加するようになり、競争原理が教育界を支配するようになっ た。いわゆる「偏差値教育」による選別である。学校はこうして、階級・階層を再生

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産する装置となった。

競争への参加はオープンなので、成否を決めるのは本人の努力とされる。成功者は 勤勉で優秀なエリートであり、失敗者はダメなクズだと評価されやすい。そういう社 会的評価を内面化し、ゆがんだ優越感や劣等感を身につけた若者が生まれてくる(11)

3.大学生の就職問題

近代公教育の矛盾がどうであれ、その矛盾は後期中等教育や高等教育へ進学する者 がいなければ、発生すべくもない。戦前日本の場合は、上級学校への進学者は少な かったから、矛盾はそれほど顕在化しなかった。上級学校というものが、特定の階層 の者にしか門戸を開いていないという問題は明らかだったが、それは学校の問題とい うより、社会的不平等の問題として理解されていた。

しかし、戦後の機会均等社会では、意欲と能力のある者は上級学校に進学すること が当然とされ、またその道も広くなった。上級学校進学者は急速に増大し、高校には ほとんど全員が、高等教育にも過半が進学するようになった。日本は今や世界でトッ プクラスの高学歴国である。

では、なぜこんなに高学歴志向なのかといえば、就職や昇進の上でのメリットを見 いだしているからである。大学進学を目ざしている高校生に、進学の理由を聞くと、

ほとんど異口同音に「就職のため」という答が返ってくる。親たちの考えも同じであ ろう。

ところが、大学生の就職問題は現在うまくいっていないのである。20年の3月に 卒業した大学生の就職率は、60.8%であった。これは前年度比7.6ポイント減であ り、下げ幅としては調査開始の18年度以来最大ということになる。これまで就職率 が最低だったのは、23年度の55.1%であるが、昨年・今年と2年連続の下落であ る。

大学を卒業しても進学・就職をせず、進路が未定なのは8万70人であり、これは 卒業者の16.1%にのぼる。前年度比で4ポイント増である。大学院進学率は13.4%

で、前年度比1.2ポイント増となる。大学を出ても就職できないということから、や むなく大学院に進んだという者も、一定数いるものと考えられる。短大の就職率は 5.2%で、大学よりもやや良いが、前年度比で4.7ポイント減であり、2年連続の下

落である。

地域で見てみると、諏訪公共職業安定所の調査によれば、6月末現在で管内事業所 からの求人数は、過去最低水準だった昨年同期をさらに下回っている。大学等卒業予 定者を対象とする求人数は、28年56人、29年40人であったが、本年はわずか2 人にとどまっている。これは前年度比39.6ポイント減である。来春の大学卒業者、つ

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まり現在就職活動をしている大学生にとって、きわめてきびしい状況である。

大学や高校の新卒者で就職を求めている人びとにとって、失業者がどのくらいいる のかというのは、気がかりになるところである。失業者というのは既卒者であり、新 卒者とは別の枠組で求職をするので、新卒者と直接競合するようなことはない。しか し、新卒者と既卒者のどちらを採用するかは企業の判断であり、両者はけっきょく競 争関係にあるということになる(12)

さて、その失業率であるが、20年7月30日の総務省発表によれば、6月の完全失 業率は5.3%であり、前月比0.1ポイントの上昇、4ヶ月連続の悪化となった。ただ し、完全失業者数の34万人は、前年同月比で4万人減っている。その中の学卒未就 職者は6万人で、3月末の時点での未就職者8万70人のうち、2万70人は就職か 進学か、とにかくなんらかの進路を見いだせた訳である。

有効求人倍率の方は0.2倍で、前月比0.2ポイントの改善となり、有効求人数でも 前月比で2.7%増加した。製造業などで新規求人が増加したことからの改善であっ た。厚生労働省は「基調としては持ち直してきている」という判断である。

新卒であれ既卒であれ、就職率が向上するためには、企業の求人が増加しなければ ならない。それを左右するのは景気である。ところが、これについても現状は明かる くない。20年8月16日の内閣府発表によれば、4〜6月期の国内総生産(GDP)は、

実質で前期比0.1%増、年率換算で0.4%増であった。3期連続のプラス成長とはなっ たものの、年率2%強を見込んだ事前の民間予想を大幅に下回った。物価の影響を含 む名目成長率では、前期比0.9%減であり、年率では3.7%減となる。名目 GDP が実 質 GDP を下回るのは、デフレ状況を示すものである。GDP の伸びに貢献したのは、

欧州向けの建設機械輸出などの外需、企業の設備投資などであり、個人消費は前期比 0.3%増にすぎない。

こんごの見通しとしては、これまでの個人消費を支えてきたエコカー購入補助や家 電エコポイント制が切れる10〜12月期以降が景気の正念場だとされている。欧米の景 気も思わしくなく、それによって円高が進んでいる。これまで景気を支えてきた輸出 産業は、きびしい苦境に立たされており、円高による株価の下落も生じた。これに対 して、政府の経済対策は発動困難な状況である。財源が乏しいし、財政健全化を掲げ ている以上、新規国債の発行は避けたいからである。

こういう状況のもとで、大学生の就職活動は困難をきわめている。そうした困難に 直面しているひとりの大学生の声を聞こう(13)

志望業界に落ち、就活がつらい

私は就職活動中の大学4年生です。昨年の今ごろは「1年後には内定 が出て残りの大学生活を満喫している」と思っていました。当初志望し

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(10)

ていた業界に落ちて目標がなくなってしまった今が一番つらい時期で す。

自分のやりたいことが見えなくなり、志望企業が出てこない。でも立 ち止まっている時期ではないと焦っています。時間がたつにつれて採用 を終了する企業が出てくるからです。

学内では、3年生のリクルートスーツ姿が目につく季節になりまし た。期待と不安を抱いている後輩に自分の姿を重ねて懐かしくなり、あ のころに戻れたら、と本当に思います。

でも、後ろばかりを振り返っていても、きりがありません。将来が見 えなくて不安で泣く時もあるけれど、1年後に自分の歩みを後悔しない よう、前向きに頑張ります。

これは茨城県取手市在住の21歳の女子学生の投書であるが、第一志望の業界に就職 できなかった失望から立ち直るべく、自らを励ましている気持がよくあらわれてい る。進路についてはっきりした目標を持つことを、キャリア教育では指導している。

どういう職業に自分は適性があるのかを考え、その分野の企業の実態についても調査 するように、と教えているはずである。

その点からすれば、この学生は模範的である。はっきりした進路目標を見いだして いたからである。しかし、希望どおりにことがはこぶとは限らない。第二の目標、第 三の目標も決めておいて、第一目標の就職活動とともに、第二・第三の分野での就職 活動を並行的にすべきではないか。これは「すべり止め」の安全策で、こんな精神で は第一目標の突破はむずかしいというのにも一理はあるが、就職活動の時期は短か い。第一目標がダメだったから、さて次はどこにしようなどと迷っているうちに、就 職シーズンは過ぎ去ってしまう。

もうひとつ、わが子の就職活動がまだ成功しないことを心配する母親の声を聞きた (14)

大学生の娘の就活に親子で苦悩

大卒の就職率が低下している昨今、わが娘もリクルートスーツを着 て昨秋から就職活動に励んでいます。東京まで出かけることもあります が、まだ内定をもらっていません。面接にたどり着くまでに3次、4次 と難関を突破しなければなりません。

同級生のお母様との会話も「決まった?」「まだ」といったやりとり や、「面接までは通ったけど、だめだった…」などという状態です。イ ンターネットで入社志望のエントリーをしてまずふるいにかけられ、そ

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こで落とされた学生は先が見えません。親の私たちの時代には考えられ なかったことです。

コツコツとまじめに学業に励み、社会に夢を持って学生生活を送って きたのに、こんなに希望が持てない社会では親も苦悩の日々です。就職 がなかなか決まらず、自分は世の中に必要とされない人間なのだろうか と考え込む学生もいると聞きます。働く意欲にあふれる学生が輝ける社 会になるよう、切に願います。

これは、東大阪市に住む60歳・パートの母親の投書であるが、まじめに学び、世の 中に期待を持ち、労働意欲にあふれている学生を失望させるようなことのない社会で あってほしいという気持は切実であり、まったくそのとおりだと共感する。

就職問題のきびしさについて菅首相も気づき、関係省庁から特命プロジェクト・

ティームをつくり、対策を検討するという。政策目標として、「不幸を最小限にする」

ことを掲げた菅首相のもとで、この P・T が少しでも問題解決に役立つような提言を することを期待したい(15)

日本学術会議では、大学教育の改善策を求める文科省の依頼にこたえて、20年8 月17日提言書を提出した。そこでは、就職問題について「当面取るべき対策」が提案 されている。地方の学生の就職活動を支援するため、宿泊費・交通費を補助する制度 の創設、就職できない若者への職業訓練と期間中の生活費支給などである。また、卒 業後も3年間は新卒扱いとするよう求めている。大学としては、既卒者に在学生並み に就職のあっせんや進路指導を行うことや、公共職業安定所などとの連携体制構築が 必要だとされている。

卒後3年間新卒扱いということになれば、就職できなくて留年という不合理はなく なるだろう。しかし、企業の側でこの制度を受け入れるだろうか。これに賛同する「優 良企業」名の公表を学術会議は提案しているのだが、既卒者と新卒者を制度の上で公 平に扱ったとしても、実際の採用において真に平等に扱われるだろうか。

大学3年の春からもう学生は就職問題でそわそわしだし、学業に身が入らないとい われている。夏から秋にかけて就職活動を始め、4年生のなるべく早い時期に内定を 取り付けたいと必死である。それが実現すれば極楽、実現しなければ地獄となる。大 学はまさに就職のための機関なのである。

4.大学はこれからどうなるか

文科省は、日本の指導的学者の集団であり、「日本の知恵袋」ともいうべき日本学 術会議に、日本の大学のあり方についての提言を求めたのだが、返ってきたのは就職

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(12)

問題の改善策であった。そのことは、日本の大学が就職のための機関になっているこ との反映である。就職率の低下は、大学の危機をもたらすのである。

高い学費を払って卒業しても、就職口が見付からないような大学には、当然入学者 が集まらない。就職率の高い大学にするためには、教育の内容や方法を改革し、実力 のある学生を育てなければならない。各大学はそれぞれ改革に取り組んでいるが、成 否はさまざまである。大学の改革というのは、容易なことではない。この問題につい ては、次章でとりあげることにする。

ここでとりあげたいのは、大学についての国の政策である。文科省は確たる政策を 持たぬが故に、日本学術会議にお知恵拝借と出したのであろう。中教審に諮問するの がすじであろうが、国立大学協会や私立大学協会にも意見を聞くべきである。しか し、国立・私立の大学とも国庫からの補助金を減らされており、国への要望としては 補助金の増額が第一となる。国大協はかねてから、OECD 諸国に比して、高等教育 に対する政府支出が低いことを指摘してきた。

政府にとって、財政支出をふやせという要求ほど困ったものはない。国家財政が赤 字で、国債に依存する財政構造は、もはや危機的な状態になっている。小泉政権の国 立大学独法化というのも、国立大学に対する運営交付金を削減することに狙いがあっ たのだが、その結果として国立大学間の格差が大きく広がった。国立大学の主要財源 である国からの運営交付金は、27年度以降、毎年1%ずつ減らされることになっ た。小泉政権の「骨太の方針06」にもとづくものである。

運営費交付金 削 減 の 実 態 は、07年 度1.4%、08年 度1.9%、09年 度1.0%で あ る。

1%というのは些少な数字のようであるが、04年度の運営費交付金は1兆25億円 だったのだから、その1%というのは14億円になる。予算規模の小さい大学ほど、

1%の削減はきつくなる。各大学とも節約・効率化に努めてきたが、地方大学の財政 事情はきわめてきびしいものになっている。

小泉政権以来の政府の国立大学政策は、重点大学の育成である。限られた予算を特 定の大学に重点的に集中し、成果をあげようというものである。成果とは、国際的な 科学・技術競争に勝つような業績の量産である。ひところ「ベスト30」などといわ れ、30位までに入れるよう、地方大学では激しい競争が行なわれた。

小泉政権の政策原理は、規制緩和・競争・自己責任であった。大学の新設、既存大 学の再編などについて、従来は文科省のきびしい統制があったのだが、それが緩和さ れて、多様な大学がつくられるようになった。しかし、大学の増設が自由になるとい うことは、大学が過剰になるということである。近年、私大の定員割れ現象が目立つ ようになり、各大学とも対策に奔走するようになった。

0年春の入試については、4年制私大で定員割れがあったのは、38.1%だった。

これは前年度比で8.4ポイントの減少である。定員割れ現象にようやく歯止めがか

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かったものとして、私大関係者は愁眉を開いたことであろう。なにしろ、これまで定 員割れは4割に達していたのだから、危機的状況だったのである。

今春定員割れだったのは、調査対象だった59校のうち27校で、昨年からは48校が 減った。大学規模別では、「入学定員60人以上80人未満」の大学が14%と、前年の 定員割れを脱した。「20人以上30人未満」の大学では96%で、前年より9ポイント の上昇となった。定員に対する入学者の割合を示す定員充足率が50%を下回った大学 の数は、前年の31校から13校に減った。

こうした好転をもたらしたのは、経済の不況だと考えられている。地もとの大学に 進学すれば、生活費の負担などがらくになるということで地方大学が選ばれたのであ る。不況が地方大学を利するというのは、情ないような気もするが、状況の好転は喜 ばしいことである。しかし、18歳人口の減少は続いており、大学にとってのきびしい 環境は変わっていない。

定員割れの現象は、大学の数が過剰なのではないかという疑問を起こさせる。政府 は、数が多すぎるようになると自然淘汰が生じることを予想し、期待していたように 思われる。いわゆる「スクラップ・アンド・ビルド」政策である。潰れるのは自己責 任だという訳である。

地方国立大学のばあい、まだ定員割れには至っていない。国立大学にはまだそれな りのステイタスがあるようだ。しかし、前述したように運営費補助金の減額が続いて いるので、教育・研究面で問題を生じている。大都市の大学に子弟を進学させ、仕送 りをする親の負担は過重である。自宅から通学できる国立大学の存在は、近在住民に とって大きな意味がある。

独法化によって恩恵を受けているというか、それによって発展しようとしている大 学がある。その典型は、東京大学である。重点大学として予算面でも優遇されてきた し、産学連携で研究資金を獲得するのも有利である。さらに卒業生との結び付きをつ よめ、寄付金の確保にも熱心である。「グローバル・キャンパス」の形成を目ざし、

0年までに留学生比率を12%以上、英語による授業科目を3倍以上とするなどの目 標を掲げている。濱田総長は、「国境なき東大生」になってほしいと入学式で述べた が、学生の留学を支援する奨学金プログラムが拡充されている。

このままでは、国立大学間、さらには全大学間の格差がますます開いていき、存続 が危うくなる大学がふえていくだろう。地方国立大学については、地域社会の指導的 人材を送り出してきたこと、教員という人的資源が地域社会に貢献してきたことな ど、地域社会に密着した存在として、地域のニーズを充足してきた。これは地方私大 の機能として、同じ役割を担ってきたところでもある。

ところが、どうも情勢は大学格差の容認という方向で進んでいるようである。2 年夏の参議院選挙に際し、毎日新聞は主要9政党に、科学技術政策・研究開発投資・

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大学支援などに関する政策アンケートを実施し、8党から回答を得た。その結果によ れば、国立大学の運営費交付金や私学助成について、ほとんどの政党が増額という意 見であった。このことは望ましいのだが、問題は大学間格差についての各党の見解で ある。

地方大学などの存立が危うくなるのは社会的損失であり、格差を縮める必要がある と、明確に格差に反対したのは共産党である。社民党は、特長を持ったり、違いが出 ることは構わないが、経営上の格差は調整する必要もある、としている。これも格差 に否定的だといえよう。ところが、他の政党は格差を肯定したり、格差問題について ふれないようにしている。

まず民主党であるが、「特色ある活動が安定的・継続的に実施できるよう支援」と いう、あまりはっきりしない回答である。自民党の方は、「東京大・京都大等を民営 化し、世界最高水準のスーパーユニバーシティ」にしたい、とする。これは小泉路線 の継承である。世界のスーパーユニバーシティが私立だからといって、東大・京大を 民営化すればそうなるという訳ではあるまい。大学の伝統や事情がちがっているから である。

公明党は、「ある程度の格差はやむを得ない」であり、「改革」は「大学の自治や独 自の取り組みを尊重する。『格差』という言葉はふさわしくない」としている。「たち あがれ日本」は、「旧帝大への予算集中はある程度やむを得ないが、高い峰を支える

『知の連山』も必要」と言う。いずれも積極的に格差を肯定している訳ではないが、

それを容認するスタンスである。

こんごの日本の大学について展望しようとすれば、政府から十分な援助を与えられ ることはあまり期待できない。借金だらけの国家財政のもとで、教育費・大学費にど れほどの予算を支出できるであろうか。実は税収をふやすためには経済の好転が必要 であり、それに貢献できるものとして科学・技術の振興が急務とされている。科学・

技術の振興費も、大学への援助費も、消費的経費ではない。ところが現実には科学・

技術振興費も大学への補助金も減額されてきているのである。各政党が大学への補助 金を増額するといっているのが、選挙目当てのリップ・サービスに終わらないことを 切望したい。

自己責任論は非だとしても、政府の援助にあまり期待できない以上、各大学はそれ ぞれ独自に発展策を講じなければならない。しかしながら、各大学の置かれている条 件はちがい、多くの大学は劣悪な条件のもとで改革に取り組むことを余儀なくされて いる。大学間に自由で公正な競争などないのである。

東北のある県の県立大学が、授業のほとんどは英語、3年生での海外留学などの施 策で、卒業生の就職率10%と成功していることに注目が集まっている。これには外 人の教員を多数雇用することや、留学生への補助などで多額の金が必要なはずであ

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る。県がそれを負担しているのであろうか。県財政はどこも苦しいはずであるが、県 当局や議員たちの、教育についての識見によるものであろうか。いずれにせよ、これ は公立大学であるから、私立大学とは条件がちがう。私大の置かれている現実はさら にきびしいものである。

5.大学の革新

(1)持続的革新

現存するものには、なんらかの合理的理由がある。昨今評判のよくない官僚の天下 りや非正規雇用についても、そういうシステムができるのには、それなりの理由があ る。ただし、その理由というのは官僚や企業経営者にとっての利益なのだから、そう いうシステムを擁護する訳にはいかない。ただ、いったんできあがったシステムを改 革するのは、容易なことではない。そのことは、民主党政権が苦渋し、決定的な改革 ができないでいることによく示されている。

組織体というものは、長い時間をかけていろいろなシステムをつくりあげる。そう した個々のシステムを総合したシステムが完成すると、部分と全体が調和した安定的 なシステムのもとに、組織体は発展する。こういう安定期を経験した組織の構成員 は、現状維持を望み、安定性への志向をつよくする。今までのやり方でうまくいって いたのだから、それを変える必要はない、という訳である。そもそもうまくいってい るかどうか、問題を発見しようとしない傾向がある。

しかし、組織というのは生きものだから、放っておけば陳腐化し、老化する。つね に新陳代謝に努めなければならない。大学の場合でいえば、人事はもっとも重要な新 陳代謝の機会である。いかに優秀な教員・職員を獲得するかということこそ、革新の ポイントである。それには、人を見る目を備えた教員がいなければならない。筆者は 東大の教員時代、人事の問題では実に嫌な思いをした。筆者がこの人こそと思って採 用を希望した候補者について、他の選考委員の同意が得られなかったのである(16)

大学革新の有効な方法は、やはり自己点検・自己評価の日常化であろう。かつて文 部省がその作業を各大学に要求し、各大学は大がかりな作業によって分厚い報告書を 作成し、文部省に提出した。そのために費やされたエネルギーは膨大であった。しか し、そうした報告書の多くは外部向けのもので、大学の真の弱点や恥部にふれるもの はなかった。監督官庁である文部省にそんなことをさらけ出す大学が、あるはずはな い。

筆者は、教員生活の最後の3年間、地方の私立短大の幼児保育学科長という職に あった。そこでの3年間、文部省から自己点検書の提出が求められ、筆者がその責任 者になった。なるべく教員ひとりひとりから、担当する業務について問題点や解決の

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方向について書いてもらおうとしたが、これが容易でなかった。論文が書けないので 万年助教授の教員、大学紀要に論文をまったく発表しない教授たちにものを書かせる ことは至難のわざであった。けっきょく刊行は遅れに遅れ、筆者在任中に教員たちと 内容検討する時間は持てなかった。その検討こそが大学改革に結びつくのに、実に残 念なことであった。

(2)退学者の問題

大学革新という大きなテーマにそぐわない、トリビアルなテーマのようにも見える が、実は大学生の中退問題が深刻化している。ある調査によれば、大学生の8人に1 人が中退している、という。26年の調査では、中退のあと約6割が非正規雇用にな り、約15%が失業・無職状態になった、とされる。高等教育中退という学歴の人の約 5割が、中退直後から継続して非正規雇用である。27年の調査では、全国に63万人 いるニートのうち、3割が高校・大学の中退者だとされた。大学中退者の実数は、毎 年約11万人だと推計されている。

中退の理由について、中退経験者へのアンケートによれば、①学習意欲の喪失 人間関係 ③関心の移行、が三大理由で、以下④不本意入学 ⑤学業不振 ⑥精神・

身体疾患 ⑦経済的理由 ⑧妊娠、の順である。ひとつの理由だけでやめる訳ではな く、いくつかの理由が重なって退学に至るというばあいが多い、という。上記の理由 のうち、①・⑤などは、大学側が対応すべき課題ということになろう。

「大学の授業が期待していたほどではない」「授業がつまらなく、興味が持てな い」と感じる学生の数は少なくない。「5月病」とか「青葉病」とかいわれるものの 中身である。しかし、多くの学生がそれをがまんし、大学になにかの意味を見いだし て、辛うじて踏みとどまるのである。だから、中退というのは決して一部の学生の問 題ということではなく、多くの学生にその危機がある、と見るべきである(17)

この問題にまともに立ち向かうことは、大学革新のポイントである。いかに授業の 内容や方法を改善し、内容が充実していて、かつおもしろい授業にするか――これは 容易ならざる問題である。教員は、自らの研究内容を広く、かつ深くしなければなら ないし、そうした研究内容を授業内容として編成し、適切な教材を用意しなければな らない。さらに重要なことは、プレゼンテーションの技術である。この点、小学校や 中学校の教員は、視聴覚・パソコンなどの機器を駆使して、すぐれた成果をあげてい る。研究者でも、学会の発表などでみごとなプレゼンテーションをする人がふえてい るが、日々の教育実践でもそういう工夫を期待したい。

中退理由の第2位を占めている「人間関係」について、大学側はなにかできるであ ろうか。大学として相談機能を高めることは必要だが、大学の雰囲気を受容的・共生 的・調和的なものにすることが望ましい。つまり、あたたかい雰囲気が必要なのであ

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(17)

る。これは、教職員のアチチュードが総体としてかもし出すものであり、いわば教職 員の人間性の総和である。学生たちのサークル・部活動は、もちろん学生の人間関係 がつくられる場である。そうした活動の量と質を高めるために、大学は努力すべきで あろう(18)

(3)英語教育の充実

グローバル化・国際化というのが、いま日本社会の基本的方向だと思われる。小 泉・竹中路線というのは、それを推進・加速化したのだけれど、実はそれ以前から現 実はその方向に進んでいた。諏訪は輸出産業が多いので、社員たちは商品の売り込み や売れた商品のメインテナンスなどで、海外、とくにアジア諸国に派遣されていた。

そういう社員は技術系が多いのだが、英語はダメということで、もっぱら通訳頼りと いう場合がほとんどだということであった。

もちろん、技術系社員が自分で英語をしゃべれたら、コミュニケーションの効果は 向上するにちがいない。英語と技術の二刀が使えるような社員は、企業にとって大き な戦力である。どんな企業だって、そういう社員が欲しいにきまっている。しかし、

そんな人材はめったにいないので、大企業でもないと、なかなかとれない。諏訪でい えば、セイコー・エプソン社というのが最大規模であり、また全国に知られた著名な 会社であるが、これまでこの会社が採用するのは東京の有名大学の卒業者のみだとい われた。技術力はもちろんのこと、英語力に対する要求は、こんごますます高まって いくだろう。

ユニクロを国際的に展開しつつあるファースト・リテイリングが、英語を社内公用 語化する方針を打ち出した。こういう会社は他にもある。海外にビジネスを展開した り、外国人を幹部社員として迎えるといった、経営のグローバリゼイションのもとで は、必然的な方向であろう。とくに幹部社員に英語力は不可欠であり、部長になるに は外国語二つをマスターしなければならない、という意見もある。

人によって、外国語の得意な人もそうではない人もいる。生まれ付きの能力ではな いかとさえ思われる。しかし、適切な英語教育を受けることができれば、英語力が向 上することは明らかである。とくに入門期を担当する教員の能力の高いことが必要で ある。いま、小学校では英語教育とはいえぬ程度の英語教育を行なっているが、これ はあまり有効ではない。せっかくやるなら、北欧諸国のように小学校段階からきちん とした英語教育を実施するのが理想であろう。ただ、北欧の英語教育を成功させてい るのは、教員たちの高い英語力である。

ネイティブ・スピーカーの教員を多くするのは、効果的な方法である。これは助手 レベルでもよいので、人件費についてそれほどの重圧にはならないであろう。ボラン ティアの外人をテューターとするサークル活動の発展を考えるのもよい。これは学生

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(18)

たちが自分で企画するのを、大学が支援するというかたちである。とにかく、少人数 での学習機会をふやす必要がある。洋書をテキストとするゼミもたくさん開設した方 がよい。英語に日常的に接することが必要なのである(19)

(4)基礎学力の補充

理工系大学の入学者の数学の学力が不足しているので、新入生に数学を基礎から教 える授業が行なわれている。数学について教え直さなければならないような学生まで 入学させるのは、定員割れ大学のような学校かといえば、そうでもない。中堅の大 学、あるいはそれ以上の大学でも、社会に送り出して恥ずかしくない卒業生にしよう と思えば、数学の鍛え直しが必要なのである。ひところ、「分数が分からない大学生」

などということばが流行したが、大学生の学力低下がいわれてから久しい。

文系の大学での基礎学力といえば、国語ということになろう。読み・書き・聞き・

話す能力、つまりコミュニケーション能力が重要なのである。昔――といっても、筆 者が大学生だった半世紀前には、教授が講義し、学生がそれをノートに書くという授 業がほとんどであった。これは聴き、理解して、書くというプロセスであり、かなり ハードな作業であったから、教室はシーンとして雑音などなかった。教室での作業で 完結せず、あとでノートの「整理」つまり補正をしなければならなかった。不明の箇 所があると、友人のノートを借りて参照するという必要も生じた。

ゼミでは多くの場合テキストに洋書が使われていたので、それを読解する能力がま ず必要であり、報告者の番が廻ってくると、要旨を述べたあと、問題と思われる点に ついて提起しなければならなかった。そこでは、論理的に話す能力、他者と討議する 能力が必要となった。当時のゼミの多くで、教授をそっちのけにして学生同士が激論 するような場面が再三あった。

筆者が短大の教員をしていたとき、学生にテキストを読ませると、つっかえたり、

読めなかったりする漢字がたくさんあった。そこで、テキストの中のむずかしいと思 われる漢字の読みと意味についてコメントした紙を配布することにした。しかし、問 題は漢字だけでなく、論理的に書かれた文章を読解することの困難にあった。日常の 言語活動で論理的なことばの会話もなく、本を読む習慣もない学生にとって、教科書 の内容はまったく異次元の世界であり、理解を超えているのである。テキストについ て、できるだけ分かりやすく、具体例を多くして、かみくだいた説明をしたつもりだ が、学生たちの居眠りを阻止することはできなかった。

大学生、とくに新入生に基礎学力としてのコミュニケーション能力を高めるには、

どうしたらよいのであろうか。教養科目としての国語学・国文学ではなく、特別の コースを設けることが必要であろう。そこでは漢字検定や、新聞の社説や投書につい ての検討や、学生の書いたレポートをめぐる討論などが考えられる。教員は自分の専

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