◆基調講演
学術コミュニケーションの現状と改革
−機関リポジトリとオープンアクセスを中心に−
千葉大学文学部助教授
附属図書館ライブラリー・イノベーション・センター 竹内 比呂也
学術(科学)コミュニケーションは「研究者 の研究者による研究者のため」のコミュニケー ションであり,「フォーマル」と「インフォー マル」の峻別,学術雑誌の独占的な地位,そし て「査読」制度による質のコントロールといっ た特徴を有してきた。現在の電子情報環境下に おいてもこのような特質が保たれているのだろ うか。また,わが国では1990年代にいわゆるシ リアルズ・クライシスが発生したが,これは単 に図書館におけるコレクション形成の問題とし てではなく,学術コミュニケーション全体の危 機として考えるべきものであった。これへの対 応策としては,ビッグディール,代替雑誌の出
版,オープンアクセスアーカイブ/リポジトリ といったことが考えられてきたが,これらは学 術コミュニケーション全体にどのような影響を 与えてきたのであろうか。
ビッグディールは電子ジャーナルの登場によ って可能になったビジネスモデルであり,同時 に図書館協力の形態としてのコンソーシアムに 光をあてることにもなった。また結果的にはわ が国の国立大学附属図書館における ILL 依頼 件数の減少をもたらしており,学術雑誌の供給 形態としてもはや後戻りできないところにきて いる。
代替雑誌とは,一部の商業出版社によって出 金沢大学附属図書館報
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版されている高額な雑誌に代わる低価格の雑誌 のことを指す。この出版を推進してきた団体と しては SPARC がよく知られている。代替雑誌 は一定の成功をおさめたと評価できるが,図書 館からみれば買わなければならない雑誌のタイ トル数を増やしただけという声も聞かれる。
オープンアクセスは様々に定義されるが,こ れはインターネット上で自由にアクセスでき,
かつ利用においても障壁がない状態をさす。
2002年2月の Budapest Open Access Initiative 以 来,政府,大学,研究助成機関,研究者,出版 者,学会などがこれに関わる様々な方針を打ち 出してきた。とりわけ英米での動きには目を見 張るものがある。わが国でも,第3期科学技術 基本計画の原案(2005年11月11日公表)におい て,研究助成を受けた研究の成果としての論文 について,一定期間を経た後のインターネット 等による無償閲覧に対する期待が表明されてお り,政策的な関心が寄せられていることがわか る。
オープンアクセス実現の方策としては,オー プンアクセス雑誌とセルフアーカイビングがあ る。オープンアクセス雑誌は,Directory of Open Access Journals によれば世界で1,888誌ある。
わが国では大学紀要のほとんどがオープンアク セス雑誌であり,また J-Stage においても245誌 中189誌に Free"印がついている。これらの雑 誌の出版にかかる経費は出版する側(著者も含 む)が全面的に負担する形となっているが,そ のような形が望ましいかどうかには議論の余地 がある。
セルフアーカイビングのなかで最も早く始め
られたのが主題別の e-Print アーカイブである。
これは1991年に Ginsparg によって始められた arXiv を嚆矢としているが,そもそも研究者の 自発的な活動である。元来プレプリントの交換 がさかんであった高エネルギー物理学等では定 着したが,化学分野ではうまくいかなかった。
一方機関リポジトリは,2002年に SPARC によ る二つの基本的文書によって急速に認知される に至った。Clifford Lynch によれば「大学とそ のメンバーが作り出したデジタル資料の管理や 普及を行うために,大学がそのコミュニティに 対して提供する一連のサービス」であり,今日,
学術コミュニケーションシステムの変革のため の重要な方策であると同時に,各大学がその認 知度,社会的な価値を高めるために必要なもの とも言える。機関リポジトリは,2005年10月27 日現在,世界の481の機関に存在している。地 域的なばらつきがあり,ラテンアメリカ,アジ ア太平洋地域に多く存在する。現時点では各リ ポジトリに蓄積されている情報量はまだ少なく,
カリフォルニア大学の e-scholarship でも9,521 件(2005.11.20現在)である。何を蓄積する かについての認識にもかなりばらつきがあるし,
また研究者の自発的な登録に期待できるか,登 録を強制するような制度化が必要かといった議 論がある。
出版社は機関リポジトリに対して当初拒絶的 態度をとっていた。雑誌に採択された論文のプ レプリントをサーバから削除するよう要請した り,学会がプレプリントサーバで公開された論 文の投稿を拒否するといった事態も生じたが,
最近は機関リポジトリへの「著者最終版」の登 録を認める雑誌が増加しており,これらはグリ ーンジャーナル(Green Journal)と呼ばれてい る。SHERPA project に よ れ ば,2005年11月6 日現在学術雑誌の93%がグリーンジャーナルと なっている。
このような動きのなかで学術雑誌の地位は揺 らいでいるだろうか。学術雑誌の価値は「査読」
(質のコントロール機能)に支えられており,
その地位は全く揺らいでいない。現時点では機 関リポジトリは雑誌を補完するものであり,リ ポジトリに論文が登録されることで雑誌のアク こ だ ま 第158号 2006年2月20日
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セス回数が増えたり,引用回数が増えるといっ た現象が見られている。しかし,学術雑誌が学 術コミュニケーションにおける唯一のフォーマ ルなコミュニケーションの手段とは言えなくな る可能性は高くなっている。機関リポジトリの 制度化が進み,リポジトリへの登録件数がもっ と多くなった時には,システム全体に大きな変 化が生じる可能性が高い。
学術コミュニケーションにおける大学図書館 の機能は,研究資源としての一次資料の蓄積拠 点であり,蓄積に基づくサービスを提供するこ とにあった。電子情報環境下においてこれを新 たな形で継承するのが機関リポジトリであると いえよう。機関リポジトリは字義通りに「リポ ジトリ」なのであり,まずは蓄積を形成するこ
とが重要である。高等教育・研究機関において 図書館がそれに取り組むのは,組織化という他 にはない技能が図書館や情報サービス機関には あるからである。また,電子的な情報の長期保 存が今後重要な課題となると思われる。それと 同時に,これまでのストックの活性化も大きな 課題となるだろう。Open Content Alliance のよ うな電子化プロジェクトが動き始めているが,
何を電子化するのかという問題がある。またこ れまでの組織化の質の問題,すなわち主題分析
/主題表現の弱さをどう克服するかという課題 もある。これらを乗り越えた真に統合された学 術情報へのアクセス環境の創出が学術コミュニ ケーションを支える図書館サービスとして今後 より一層強く求められている。
◆報 告1
研究者は何を選択するか
ー購読料・投稿料そして機関リポジトリ
UniBio Press 代表・SPARC/JAPAN
社団法人日本動物学会事務局長 永井 裕子
2004年という年は,学術情報流通に携わるす べての人々が,オープンアクセスに明けて,オ ープンアクセスに暮れたと言えるだろう。この 10年あまりの間,それは限られた研究者の間で 論争され,「学術情報流通のある理想的な状態」
として,認識されていた。インターネットが発 達し,研究者がセルフ・アーカイビングに勤し めば,いつの日か,「すべての論文は,いつ,
誰でも,どこからでもアクセス」できるように なるのだと Stevan Harnad は主張していたし,
今も主張し続けている。そうなれば,高い購読 料でジャーナルを購入する必要もなくなるのだ と―。今や,我々は,インターネットから解放 されることはないともいえる時代に生きている。
学術情報を得るために,インターネットで Key Word を入力し,検索をかける。出てきた論文,
情報はアクセス制限されていない限り,いつ,
どこにいても自由に閲覧することが可能なので
ある。さて,ARL により開始された SPARC 運 動は,2004年にオープンアクセス全面支持に舵 を取り,現在の学術情報流通システムを変革し よ う と し た。一 昨 年7月 に 発 表 さ れ た「NIH か ら 助 成 を 受 け た 研 究 成 果 は6ヶ 月 以 内 に BioMed Central へリポジトリしなさい」という 方針は,「12ヶ月以内にリポジトリしたい人は してください」ということになり,当初の意気 込みから比べれば,今では何をしたかったのか さえわからない結果となった。米国 SPARC の 真の目標は,オープンアクセスによる「ジャー ナル価格高騰の破壊」だったのか?しかし,そ れは可能なことなのだろうか?納税者への説明 責任は,「情報が誰にでも手に入れられる状況」
を作り出すことで良いのだろうか?我々が確認 すべきは,より良い学術情報流通とは主体であ る研究者にとってより良いあり方でなければな らないということである。なぜならオープンア 金沢大学附属図書館報
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