(解答番号 ~ ) 次の文章を読んで、後の問い( 問
1 ~ 8 )に答えよ。
経済成長とは、親の世代の犠牲の上に子供の世代へ何かを贈ることなのである。成長とは、今日よりも明日の方がよく
現在のわれわれなのである。 ということは、 われわれは、 「明日」 についての一定のイメージを持たねばならない。
「よりよい社会」という価値判断がなければならないからだ。 ところが、この価値判断は、決して個人からはでてこない。個人の次元だけでいえば、将来に向けて何も残す必要はな
こうして、 われわれは、個体の生や死を超越する 。そして、いまここでの快楽や愉楽を超え出た「世界」ヘコミットし
し
ア安住 しているだけでは、この超越はでてこないだろう。 国 語
1 22
A
だがそのためには、 「よりよい社会」 という共有観念がある程度は存在しなければならない
「経済成長は必要だ」 という論理 から見えてくる問いかけではない。 経済成長にもよいものと悪いものがあ
ただただ体の表面積が膨張するのではない。 「立派な人間になる」 ことなのだ。 ということは、 ともかく という価値が共有されているわけで、 そこにひとつの価値判断がある。 「何が立派なのか」 という形而上学的
植物についてさえいえるだろう。 育てていた花が成長するとは、 うまい形に生育することなのである。
B
シ
(注1)ュムペーターも、新機軸の登場は、既存のものの消滅 「創造的破壊」 と呼んだのであった。
。価値を問うという社会哲学などという理屈っぽいものは、
ノベーションに経済成長を託するエコノミストは、新機軸でいかなる便益が生まれ、いかなるサーヴィスが提供され
C
今日、 「経済成長はどうして望ましいのか」 という問いを発するものはまずいない。 いうまでもな う
イ処世術 のお ただただ経済成長は当然視され、 前提とされてしまった。 しかし、 「経済成長が望ましい」 という命題を掲げるの
これは経済成長を論じる上での本質的 。
50 年前と比べてみよう。日本では東京オリンピックが成功してまさに高度成長の真最中であった。この
は 名目で
ウ50 年でG 15 倍になった。確かにモノは増え、あらゆる意味で便利になった。新幹線網が張り巡らされ、電気製品はあ
E
しかし、同時に失ったものも大きい。それは、今日の状況を反転したようなもので、不便さのなかで必要なモノをやっ 50 年の経済発展は著しい。
これは一種の豊かさの パ
(注3)ラドックスとでもいうべきもので、たとえば、真夏の暑い日、知人を訪ねても留守で、のどが ようやく見つけた小さな店で一杯の水を飲む。 この水にはいくら払っても惜しくないほどの効用がある。
確かに、今日の利便性に富み、あふれんばかりのモノに囲まれた社会では、水一杯にかくも苦労することはまずない。 か し 言 い 換 え れ ば、
50 年 前 に は、た か が 水 一 杯 で、こ れ ほ ど 満 足 を え る こ と も で き た の で あ る。
( 佐
さ伯
えき啓
けい思
し『経済成長主義への 1 シュムペーター ― オーストリア・ハンガリー帝国生まれの経済学者(一八八三~一九五〇)
2 イノベーション ― 技術革新。
3 パラドックス ― 逆説。
つずつ選べ。解答番号は ア が 1 傍線部 ア ~ ウ の本文中におけることばの意味として最も適当なものを、次の各群の a ~ e のうちから、それぞれ一
1 、 イ が
2 、 ウ が
3
a 今ある境遇に落ち着いていること b 現在の住居に長く住んでいること ア 安住 c 贅
ぜい沢
たくをせず今あるものを生かすこと
d 外部と関わりを持たずに日々を送ること e 他者に頼らず自分の身の安全を守ること a 社会の規範になじむための方法
b 社会と 繋
つながりを持つための方法 イ 処世術 c 社会に出て出世するための方法 d 社会をよりよくするための方法 e 社会で巧みに生きていくための方法 a 時代背景に関わりなく
b 理想だけでなく実際にも ウ 名目で c 実質はどうあれ表面的には
d 当初の到達目標が達成されて
e どれだけ少なく見積もっても
2 空欄
① に補うことばとして最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は a さらに b しかし c つまり d たとえば e ところで ものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 3 傍線部 A 「われわれは、個体の生や死を超越する」とあるが、それはどういうことか。その説明として最も適当な
5
a 経済成長を前提としてこれからの社会を考えるならば、将来に向けて何も残さないことが大切であり、そうす ることが未来への投企に繋がるということ。 b 経済成長を前提としてこれからの社会を考えるならば、個人の事情や利益を顧みることなく、子供の世代に物 的な財貨を贈らなければならないということ。 c 経済成長を前提としてこれからの社会を考えるならば、明日は今日よりよい社会であると想定するために、現 在の状況に甘んじる必要があるということ。 d 経済成長を前提としてこれからの社会を考えるならば、よりよい社会という共有観念をふまえて、ある種の公 共精神を持たなければならないということ。 e 経済成長を前提としてこれからの社会を考えるならば、よりよい社会とは何かということについて、個人がそ れぞれ判断しなければならないということ。
の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 4 傍線部 B 「『経済成長は必要だ』 という論理」 とあるが、 これに当てはまる考えとして最も適当なものはどれか。 次
6
a 形而上学的な問いでもある生活の質を高めることが必要だということ。 b 世界をいっそうよいものにするという意義を考えることが必要だということ。 c 道徳的な能力を高め、社会性を身につけることが必要だということ。 d GDPの減少する地点とその根拠を見極めることが必要だということ。 e GDPで測定した統計的数値が増大することが必要だということ。
当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 5 傍線部 C 「『創造的破壊』 」とあるが、筆者はなぜこのシュムペーターの考えを示したのか。その説明として最も適
7 a 「成長」は本来統計的数値で測定できるものではないが、イノベーションが行われることにより新たな経済的 指標が導入され、これまで表せなかった変動が数値化できるようになったことを示そうとしているから。 b 「成長」は数値などによって単純に測定できるものではなく、新しいものが生まれる過程で、一定の役割を終 えたものが迎える衰退・死滅も「成長」の概念に含まれることを示そうとしているから。 c 「成長」はGDPではその一面しか表すことができないものであり、革新的な技術が現れる過程で、それまで
使われてきたものが他のものに取って代わられることへの不条理さを示そうとしているから。 d 「成長」は様々な観点を持つが、イノベーションが待望される現代社会においては、革新的な技術により旧来 のものがどのくらい一掃されたかを測ることが、最も重要な視点となることを示そうとしているから。 e 「成長」は新たな価値観への問いかけであるため、イノベーションが登場するプロセスで、既存の概念が死滅 への道をたどらなければならないことを示そうとしているから。
を言おうとしているのか。その説明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 6 傍線部 D 「科学の名のもとに、社会哲学という自らの命綱を切り離してしまった」とあるが、これはどういうこと
8 a 社会哲学は経済成長を促すために必要な学問であり、成長のバランスを考える観点として意義があるが、経済 学者はGDPで測定した統計的数値だけをよりどころにしているということ。 b 社会哲学は数値的な成長が社会にいかなる影響を与えるかを考察するものであり、経済成長主義の理論的背景 として不可欠であるが、経済学者は経済成長を形而上学的な面から説明しようとしているということ。 c 社会哲学はどのような社会が望ましいのかについて考察を深めるものであり、経済成長主義の妥当性を追求す
る理屈として大切であるが、経済学者は経済成長を衰退や消滅の観点から解き明かそうとしているということ。 d 社会哲学はどのような社会が望ましいのかという価値判断を論じるものであり、経済成長主義の是非を問うも のとして重要であるが、経済学者は経済成長を考える際にGDPの数値だけを論じているということ。 e 社会哲学は「よりよい社会」とは何かについて考えるものであり、現在と過去を数値的に比較する視点として 欠かせないが、経済学者は経済成長を複数の因子のメカニックな関係から測ろうとしているということ。
るのか。その説明として最も適当なものを、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 7 傍線部 E 「これは経済成長を論じる上での本質的な問題なのだ」とあるが、これはどういうことを言おうとしてい
牲が求められるのかを経済成長の指標とするのは、個人の事情や利益を超えた一種の公共精神を持つことを強要 b 経済成長を論じる上では、経済成長の指標を考えることが本質的な問題となるが、親の世代にどのくらいの犠 て現在を否定することに繋がるということ。 題となるが、経済成長を「社会進歩」とみなして「よりよい社会」について考えることは、常に未来の名によっ a 経済成長を論じる上では、どういう社会が「よりよい」のかという観点から価値判断をすることが本質的な問 9
することになるということ。 c 経済成長を論じる上では、 「よりよい社会」 とはどのようなものかという観点から価値判断について考えること が本質的な問題だが、 個人の自由と利益が追求される自由社会にあっては、 「よりよい社会」 についての共有観念 は持つことができず、答えが出せないということ。 d 経済成長を論じる上では、経済成長を望ましいものであるとする価値判断について考えることが本質的な問題 であるが、経済成長を「社会進歩」とみなす成長主義の立場では公共精神を持つことが前提となっているため、 個人的な豊かさや利益などを考える余地がないということ。 e 経済成長を論じる上では、これからの社会で何が生まれるかを見極めることが本質的な問題であるが、イノベ ーションによって消滅するものについて考えることは、常に過去世代を否定することになり、われわれの置かれ た現在も未来によって否定されてしまうだろうということ。
なる発言 を、次の a ~ e のうちから一つ選べ。解答番号は 8 次に示すのは、この文章を読んだ三人の生徒が、本文の内容をもとに話し合っている場面である。筆者の主張と 異
10 a 生徒A ― 「成長」 って量的なものだけでなく、 知力や徳力も含まれるなんて、 知らなかったよ。 それだけで はなく、衰退の観点も成長に含まれるなんて初めて知ったよ。いろいろな物の見方があるんだね。 b 生徒B ― 新聞で読んだけど、今は年金の支給額が減って、働いている人の給料も上がっていないそうだね。 その意味で今は量的には成長していないと言われるけれど、お金だけが基準ではないと思うんだよね。 c 生徒C ― 三十年前って、 通話機能だけの携帯電話の基本料金が三万円もしていたらしいよ。 今の十倍以上だ
よね。 最新のサーヴィスが安く使えるようになったのだから、 時代が進めば進歩したよい社会になると言えるよ。 d 生徒A ― そうはいっても、 時代が進むにつれて成長するわけではないよ。 経済を考える上では、 それぞれの 時代にあった幸福を考えたり答えのない問いを模索したりすることが必要だよね。 e 生徒B ― お父さんやお母さんが高校生だったころと、 今は社会状況や価値観がずいぶん違うよね。 満足する かどうかはそれぞれの状況によるのだから、今と昔を単純に比べても仕方がないよね。
次の文章を読んで、後の問い( 問
1 ~ 8 )に答えよ。
子供の時、 いろいろ本を読むための工夫をしました 。中学校のなかばから終わりにかけてのころで、自分の読みたい本 がなんとか手に入るようになってのことでした。もっとも、本が面白いから、というのでもなかったのです。読みはじめ ればすぐ夢中になるような本だと、工夫はいりません。ところが、先生や年上の友達から話を聞いて、読んだ方がいい、 読みたい、とやっと手に入れたのに、実際とりかかってみると読み続けにくい本がありました。
自分で読んでみて、これは立派な学者や作家が書いた本にはちがいないが、自分にはムカない、とわかる本ならいいの です。読むことをあきらめるか、後 に
アノ ばすかします。もう、そうした本をいれる本箱も持っていました。もっと成長し て、その本が面白くなった時に読めばいいし、それでも興味がわかなければ、自分の責任だ、と考えればいいのです。
ところが、自分でもこれは読んだ方がいいとわかるのに、なかなか続けて読むことのできない本がありました。います ぐ思い出すのは岩波文庫のトルストイの日記です。そして私には、どんな本でも十ページ読んでから最後まで読めないの は、ハジだ、という思いこみがあったのでした。
そこで工夫が必要になるのです。私はそういう特別な本を読むための場所をつくりました。家の裏から川原に降りるま での平たい場所に、母親が畑を作っていました。ある時、私が翻訳の子供の本で、重そうな球体の野菜の名前を知って、 ― 百歳まで生きて、 いつかはキャベツを食ってやる! といいましたら、 人に頼んで 種
た子
ねを分けてもらい、 書いてあったとおり葉を巻き込んだ丸い野菜を作ってくれました!
戦争なかばからの食糧不足で、母が畑にした場所は ― 後では小麦を 蒔
まきました ― 、もともと柿の木が植わってい たところです。石垣を積んで川原から段差をつけた畑の へり
00には、ビワとイチジクの木。春になって植物が芽ばえ、その 若葉が一日でどれほど生き生きと伸びるものか、私がシ ン
イセン な 気
き持
もちで観察したのは、祖父や父も品種の改良に加わって
A
いたのらしい、この小さな柿畑でのことでした。
ビワの木に子供が登ってはいけない、 という言いつたえが村にあって、 どうやって実をとるかを弟と苦心したものです。 ある年、イチジクの実が終わってしばらくたった後、ガサガサと乾いた音のする葉かげにひとつ、信じられないほど大き い実を見つけて、 「人生」はいいものだと、実際にこの言葉を頭に浮かべたこともありました。
それらの果樹からわずかに抜きん出ているカエデの木があって、私は幹が 幾
いく股
またにも分かれているところに板をしき、縄 で固定して、その上で本を読むことのできる「家」を造ったのです。
私は、その木の上の本を読む家で、例の、なかなか読み続けられない本を読むことにしたのです。そうでなくても、一
日に一度は、木の上の家の具合を調べなければなりません。その際には、この本を持って木に登る。そこでは他の本は読 まない。そうすると、いつの間にか、次のやはり難しい本に移ることができている、というふうになったのでした。
いまの私にとって、本を読む木の家の代わりをしているのは、電車です。大人になると、これは大切な本だということ が、経験によって正確にわかるようになります。それでも、やはり読み続けることの難しい本はあるのです。私は週に幾 度かゆく水泳クラブへの電車で、そのような本を読みます。水着とゴーグルをいれたリュックに、その本と、それが外国 語の本ならば辞書と、書き込み用の鉛筆しかいれておかないので、電車に乗ってしまえばその本を読むことになります。 そのうち、水泳を始める前にクラブの談話室で読み続けるようになれば、もう心配はありません。
そのようにして電車に乗り合わせる中学生や高校生諸君が、しばしば漫画雑誌を読んでいるのを見かけます。そうした 面白いものは、勉強机に向かっていても ― 授業の間ですらも ― 読めるのじゃないでしょうか? ほかにすることが なくて、三十分がまんしていなくてはならない時間が、通学の際、毎日二度ずつあるとしたら、その時間を、日ごろは読 みにくい本をカバンに入れておいて読むことをすすめます。
ところが私も、電車のなかで本を読むのをやめて、耳をすましていることがあります 。長野県で新しい知事が選ばれた 翌週のことでした。女子中学生たちが、知事から渡された挨拶の名刺を折り曲げた局長のことを、テレヴィで見て話して いました。
そのうち、ひとりの女子中学生が、
― 子供のような、といったので、私は興味をひかれたのです。
子供の時、 自分はこの問題を考えたことがあるな、 高校に入ってから、 辞書を引いて英語の場合を調べさえしたものだ、 と思い出してもいました。
最 初、私 の 気 に な っ た の は、 「子 供 ら し い」と い う の と「子 供 っ ぽ い」と い う の と、二 つ の 形 容 詞 が と、そういわれてもあまり気にならないのに、後の方は腹がたつ、それはなぜだろう、ということでした。
国 語 辞 典 を 見 て、 「子 供 っ ぽ い」と い う の に は、子 供 で な い の に 子 供 じ み て い る と、は っ き り 悪 い 意 で、自分の感じていることがわかりました。子供に対して「子供っぽい」ということがあるけれど、それはあまり良いも のではない子供らしさについてなのだろう、 とも考えました。 「子供らしい」 というのは、 悪い意味でいう言葉ではないけ れど、自分は子供なのだから、好意的にであれ大人に「子供らしい」といわれるようなことはしないでいよう。これは自 分で作る規則に加えておこう、と思いました。もともと私は「子供っぽい」性格だと自分で感じていて、それをなおした い、とも思っていたのでした。
英語で 「子供らしい」 という場合、 良い意味という感じのまさっている
① と、 その反対の と高校生になって私は知ったのでしたが、アメリカの大学で仕事をする機会がかさなるうち、人の振る舞いや の 態 度 に つ い て
③ と い わ れ る の は 、 子 供 の こ ろ 感 じ た よ り ず っ と 強 く 、 社 会 的 に 非 難 さ れ て い ることにもなりました。
B
私が電車のなかで耳にした女子中学生の批評は、 県庁につとめる大人がもらった名刺を折ったことを、
④ な 振 る 舞いだ、と批評したわけです。
それに対して、もうひとりの女子中学生が、私の父もそういっていたのだけれども、と断ってから、
― しなやかな県政、というのがよくわからない、といいました。こんな抽象的な言い方をされては、困ると思う!
プールに着いて泳ぎはじめてからも、私は考えていました。中学生や高校生から手紙をもらって、きみたちには勉強で も生活でもしなやかにやってもらいたい、と先生からいわれたが、抽象的でよくわからない、と質問されたとしたら、ど う答えればいいだろう?
私は、こう答えよう、と思ったのです。皆さんが先生の言葉を抽象的だと感じたら、ともかくそれとしてどんな意味か ということを、 辞書で調べてみるといい。 「しなやか」 なら、 まず 上品なさま
00000、 たおやか
0000、 と定義してあるものがあるけれ ど、これは古典を読む際に注意していればいい。続いての、 しなうさま
00000、
エダン
00リョクにとんでたわむさま
000000000000というのが、き みたちの生活のなかで生きている。 語源のことがしっかり書いてある辞書だと、 「しなふ」 という古語の動詞とくらべても あるだろう。 草木が重さでたわむ
000000000、 風に吹かれてたわみ
000000000、 なびく
000こともこういう。それにたとえて、 しなやかな様子
0000000をい う、とか書いてあるはずだ。それも、覚えておこう、と私はいうだろうと思います。
さて、それから、きみたちが生きてゆくうえで、ひとつ具体的な問題を、きみたちのできる範囲で解決しなければなら ない、ということができてくるとしよう。中学生にも高校生にも、いまの世の中ではどのように生きるか難しい問題はい くらでもあるのだから。
その時にね、しっかり考えてから、自分はこの問題に「しなやかに」取り組んでいるだろうか、ときみが検討してみる とする。 それは確かに抽象的な言葉ではあるけれど、具体的な手がかりになるはずだよ 。 人間らしく
00000ということに近い言 葉だということも実感できれば、それは、これからのきみの決定の仕方に光をあててくれるのじゃないか?
C