2015年 6月17日
博士学位論文審査報告書
大学名 早稲田大学
研究科名 スポーツ科学研究科 申請者氏名 野村 由実
学位の種類 博士(スポーツ科学)
論文題目 膝前十字靱帯再建術後の下肢筋機能および動作特性
Muscle Function and Motion Characteristic in Lower Extremity Following Anterior Cruciate Ligament Reconstruction
論文審査員 主査 早稲田大学教授 福林 徹 博士(医学) (筑波大学)
副査 早稲田大学教授 川上 泰雄 博士(教育学)(東京大学)
副査 早稲田大学教授 広瀬 統一 博士(学術) (東京大学)
本博士申請論文は 5 章によって組み立てられており,そこには論文的考察と共に,野村氏が 主体的に行って来た研究成果が章ごとに述べられている.
第 1 章はいわゆる序章であり,膝前十字靱帯(ACL)再建術と術後リハビリテーションの成 果が述べられている.手術的療法の発達により ACL 損傷後も靱帯再建手術によりスポーツ活 動に復帰することが出来るようになった反面,手術侵襲によるハムストリングスの筋力低下,
スポーツ動作時の動作不良が生じることが報告されており,競技復帰段階においても残存す る不具合を訴える症例が散見される.しかしそのメカニズムに現在まだ不明な点が多い.そ こで本論文では ACL 再建患者の下肢筋機能と動作特性を明らかにすることを目的とし,臨床 的に課題とされている競技復帰段階の若年スポーツ選手を対象にその解明を行うとしてい る.
第 2 章では独自の研究により本邦で広く使用されている半腱様筋腱を使用した再建術にと もなうハムストリングの形態的変化と筋機能の関係について検証を行っている.特に MRI を 駆使した研究により手術に ACL 再建のために摘出した半腱様筋腱の再生の過程を検討して いる.その結果術後 1 年以上経過した時点で,多くの場合において残存半腱様筋の末端に通 常より太い新生腱組織の出現が確認されたが,同時に半腱様筋の筋長および筋体積の減少が みられたとしている.そしてこのような半腱様筋の形態的変化を他の膝屈曲筋が補い得ない ことが,半腱様筋の貢献度が高い膝深屈曲筋力低下の要因であると述べている.本研究は手 術により摘出された半腱様筋腱の成熟過程と筋の萎縮度合いを精細に調べた基礎的な研究 であり,整形外科領域の専門家にとっても価値のある研究である.
第 3 章では術後 9~12 ヶ月の ACL 再建患者および健常者を対象に,両脚ジャンプ・片脚着地 におけるキネマティクス,筋活動の検討を行っている.研究では健常群との手術群での比較 検討を行っている.そして手術群においては術側で膝屈曲・足背屈の減少を股屈曲・ハムス トリングの筋活動の増大によって補填し,着地衝撃を緩和するような動作特性が存在するこ
とを明らかとしている.また再断裂例の 1 例において膝外転角の増大がみられたことから,
術側の膝外転角の増大が再断裂の要因となり得る可能性が示唆されたとしている.一方性差 での検討も行い,女性においては股内転角および床反力垂直成分の増大がみられたとしてお り,再建患者においても健常者と類似した性差が確認されたとしている.これらの臨床的研 究は筋電計等により下肢の筋活動とキネマティクスの関係を詳細に検討した価値ある研究 と言える.
第 4 章では術後 9~12 ヶ月の ACL 再建患者を対象に主観的指標,Hop tests,大腿筋力,Shingle Hop 着地時の下肢キネマティクスの評価を行い,それらの関連性について検証している.そ の結果競技復帰後においても跳躍距離,膝関節屈曲・伸展筋力,下肢関節角度で健患側差が 依然存在することが明らかとなった.また跳躍距離,大腿筋力の平均値はいずれも復帰目安 である LSI 90%に達していたとしている.また実験項目間の相関関係の分析を行い,大腿四 頭筋筋力は跳躍距離,着地時の膝屈曲動作に貢献することが考えられたとしている.足背屈 は跳躍距離を増大させたが,タイムにおいては接地時間が長くなるために不利に働く可能性 が示唆されたと指摘している.これらの実験は ACL 再建患者の術後の身体運動強度に関して 詳しく評価した研究であり,価値ある研究と言える.
第 5 章は第 2 章から第 4 章まで行った研究の総合考察であり各研究結果にもとづいた臨床応 用への提言である.提言 1 としては研究より手術侵襲による半腱様筋の形態的変化が膝深屈 曲筋力低下の要因であることが明らかとなり,腱採取を考慮したハムストリングのリハビリ テーションの必要性が示唆されたとしている.具体的には,術後初期は侵襲部位が脆弱であ るため半腱様筋の単独収縮を引き起こすような腹臥位・膝深屈曲位での運動は控え,座位・
膝浅屈曲位での運動を実施し,術後後期は半腱様筋の筋萎縮を改善するようなトレーニング を実施することが推奨されるとしている.また提言 2 として本研究により競技復帰している 場合でも着地時の下肢キネマティクスおよび筋活動の左右差が存在することが明らかとな った.よって,従来行われている整形学的検査や筋力測定に加えて,リハビリテーション後 期から復帰期にかけて動的評価を行い,不良動作の抽出・改善を行う必要性が示唆されたと している.片脚着地・両脚ジャンプ・片脚ホップ全ての課題において,術側の膝関節屈曲・
足関節屈曲の減少がみられたことからこれは再建患者特有の動作と言える.下肢筋機能およ びキネマティクスの左右差は,二次的傷害やスポーツ活動に影響を及ぼす可能性があり,本 論文は ACL 再建術後のリハビリテーションやスポーツ復帰に対して基礎的知見を与えるこ とができたとしている.通常,スポーツ活動再開はリハビリテーション完了を意味し,復帰 段階になるとチームのトレーニングに合流し,リハビリテーション期に実施していたような 患者個人に応じたトレーニングは減る傾向にある.本論文では,術後 9~12 ヶ月経過し元の 競技に復帰している場合であっても,術側の筋機能や動作は対側や健常者のレベルまで達し ていなかった.術後 12 ヶ月前後では殆どの場合,整形外科的評価による靭帯の安定性は確 保されるものの,再建靭帯はリモデリングの過程であり,正常靭帯に比べ組織学的・力学的 にも劣ることがわかっている.術後 12 ヶ月以内に再断裂が頻発することを鑑みると,リハ ビリテーション期だけでなく競技復帰期においても,クライアントのモニタリングを継続す る必要があるのではないかとしている.また今後の研究課題として,ACL 再建術後の再発予 防が挙げている.具体的には,再発や競技復帰に関する疫学的調査,再発のリスクファクタ ーの解明,リスクファクターを考慮した復帰基準およびリハビリテーション方法の考案につ いて追究する必要があるとしている.
本論文は申請者が主体的に行った研究であり、また6月 16 日の公開審査会でも高い評価を 得た。したがって審査委員は全員一致で申請者野村由実氏が、博士(スポーツ科学)の学位 を授与するに十分値するものと認める。
掲載論文
1. 野村由実, 倉持梨恵子, 福林徹:膝前十字靱帯再建術後の筋萎縮および筋力低下に対 するノルディック・ハムストリングの効果.日本臨床スポーツ医学会誌,2013; 21 巻 3 号,
650-657 頁.
2. Y. Nomura,R. Kuramochi, T. Fukubayashi:Evaluation of hamstring muscle strength and morphology after anterior cruciate ligament reconstruction. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 2015; 25:301-307
以 上