博士学位論文審査報告書
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(2) おける線分とがなす角度[°])とした.統計処理は,全ての算出項目について左足接地~ 空中期(左区間)と右足接地~空中期(右区間)における平均値と標準偏差を求め,これら 平均値について危険率 5%未満とする対応のある t 検定を用いた.左区間や右区間とは,そ れぞれの足における接地期と空中期を含めた区間を指す. 身体重心速度(左区間 9.63±0.23m/s,右区間 9.64±0.25m/s),および身体重心速度の 水平成分ベクトルが左右の接地期で変化する角度の大きさ・方向(左区間 3.24±0.35° , 右区間 3.04±0.40° )に左右差はなかった.これらは,接地期における地面反力の力積の 水平成分ベクトルが左右足において同様であったことを示す.つまり,走者は左右の区間を 通じて一定の疾走速度を保ちつつ,かつ身体重心が曲走路に沿って移動するよう向心力方向 へ加速していたことを意味する.一方,左右の接地足の踏みだし角度は,左足から右足を踏 み出すときは,前のステップとほぼ同方向(−2.2±2.2° )へ踏み出すが,右足から左足への 踏み出しは前のステップよりも大きく左方向(7.9±3.0° )にシフトした位置に踏み出して いた(p<0.05:絶対値の比較).このように,身体重心は左右区間を通じて曲走路に沿って 移動するものの,接地足については右足がほぼ前方へ,左足は曲走路内側へ踏み出す特徴が 明らかとなった.また,ストライド(左区間 2.14±0.07m,右区間 2.11±0.11m)と空中時間 (左区間 0.10±0.01s,右区間 0.10±0.01s)に有意差はなく,接地時間のみ右足 0.097s が 左足 0.106s より短い結果を示した(p<0.05).先に述べたように左右の接地期の力積は同 様であるため,右足の接地時間がより短いことは,右足接地期により大きな向心力方向成分 と鉛直方向成分の地面反力が走者に作用したことを示す.これらのことから,走者は右足接 地期において,大きな力を受けつつも,足の運びを調整し,身体重心の移動に左右差を生じ させない滑らかな曲線走を可能にしていたと考えられる. 【第 3 章:運動力学分析】直線走では,大きな質量を有する両脚が常に前方回転を行うため, 全身は「前回り」方向の角運動量(左向きベクトル)を有する(Hinrichs 1987).曲線走 は身体の向きが曲走路の周回方向へ向き続けるため,この左向き角運動量ベクトルも一歩ご とに周回方向へ向きを変える必要がある.空気抵抗が無視できるほど小さいとき,全身の角 運動量の向きや大きさは接地期においてのみ変化するため,接地期における全身の角運動量 の変化を分析することで、曲線走の運動力学的な成り立ちを理解できると考えられる.よっ て,曲線走における全身の角運動量の変化を分析し,前回りの角運動量をもつ走者がどのよ うにして身体の向きを変えるのかを明らかにすることを目的とした. 第 2 章の実験で収集したデータを用いて、以下の変数を算出した。1)身体重心まわりの 角運動量 Hx,Hy,Hz とその成分(身体の前後軸成分 Haa',左右軸成分 Hbb',および長軸成 分 Hcc'),2)頭部胴体部分がもつ角運動量の長軸成分 Hcc'_Head&Torso.角運動量は,先 行研究(Dapena 1980 : Hinrichs 1987 : Yu and Hay 1995)にならい,各被験者の身体質 量[kg]と身長[m]を二乗したものとの積[kg・m2]で除し正規化した[単位:s-1].3)左右の 接地期に全身の角運動量の水平成分の向きが変化した角度θR とθL.5)身体重心からみた 左右のつま先の接地位置 DR,DL.これら算出項目について平均値と標準偏差を求め,項目 間の比較には危険率を 5%未満とする対応のある t 検定を用いた. 全身の角運動量の水平成分の向きは,右足接地期には曲走路の周回方向へθR = 84±14° 変化し,左足接地期にはその反対方向にθL = −75±14°変化し,その絶対値はθR がθL より 大きかった(p<0.05).つまり,走周期をとおして全身の角運動量の水平成分の向きは,曲 走路の周回方向へ変化したことが示された.全身の角運動量の長軸成分 Hcc'は,走周期の 平均値が 0.5×10-3 s-1(95%信頼区間:-1.7×10-3 から 2.7×10-3 s-1)で,その値と0.
(3) との間に有意差がないことから(p>0.05)、走周期全体の総変化量はほぼ0であるといえる. 一方,Hcc'_Head&Torso は,走周期平均値が 0.4×10-3 s-1(95%信頼区間:0.3×10-3 か ら 0.6×10-3 s-1)で、その値が0よりも有意に大きいことから(p<0.05),走周期全体を 通じて走者の体幹部は曲走路の周回方向へ回転したことがわかり,体幹部が曲走路の周回方 向に向き続けるように回転するのは,この角運動量成分に起因することが明らかとなった. なお,本章に記された研究成果は『バイオメカニクス研究』に掲載された(東洋功,矢内利 政陸上競技の短距離走における曲走路疾走中の身体の角運動量.バイオメカニクス研究 16(3)128-137,2012). 【第 4 章:総括論議】各章で明らかになった知見に基づいて,曲線走の身体の向きの変化に 関する力学的メカニズムを考察した.左足接地期における全身の角運動量の水平成分は,鉛 直上方からみて時計まわりに回転する(θL = −75±14°).これは走者の前後軸について前 方に向かう角力積が走者に作用したことを示し,この回転方向は走者の前方からみて反時計 まわりであるから,地面反力ベクトルは走者の身体重心より曲走路内側を通過することがわ かる.左足接地期では,つま先の接地位置は身体重心よりも曲走路外側(DL = 0.18m)であ るから,地面反力の鉛直成分は身体重心よりも曲走路外側を通る.また曲線走における地面 反力の水平成分は常に向心力方向であるから(Hamill et al.1987),地面反力の鉛直成分 は身体重心まわりに時計まわりのモーメントを生み出し,水平成分は反時計まわりのモーメ ントを生み出す.これら合モーメントが左足接地期において反時計まわりであることは,地 面反力の水平成分によるモーメントが鉛直成分のそれより大きいことを示す.ゆえに左足接 地期において反時計まわりのモーメントを生み出すためには,地面反力の向心力方向成分に 重要な働きがあるといえる. 同様に右足接地期についても分析すると,全身の角運動量の水平成分は,鉛直上方からみ て反時計まわりに回転するため(θR = 84±14°),走者の前後軸の後方へ向かう角力積が 走者に作用することを示す.この角力積は走者の前方からみて時計まわり方向であるから, 地面反力のベクトルは走者の身体重心より曲走路外側を通過する.この地面反力の鉛直成分 によるモーメントは,つま先点の接地位置が身体重心点よりも曲走路外側であるから(DR = 0.25m)時計まわりである.また地面反力の水平成分は向心力方向であるから(Hamill et al.1987),この成分によるモーメントは反時計まわりである.右足接地期においてこれら 合モーメントが時計まわりであることは,地面反力の鉛直成分によるモーメントがより大き いことを示す.よって右足接地期に作用する地面反力の時計まわりモーメントは,地面反力 の鉛直成分に重要な働きがあるといえる. 【第 5 章:結論】曲線走における身体重心速度や接地期におけるその変化角度,また左右の 接地位置の左右差を検討した結果,走者は右足接地期において,大きな力を受けつつも,足 運びの調整によって,左右差を生じさせない滑らかな身体重心移動を可能にしていたこと, また,接地期における全身の角運動量の分析から,右足接地期に身体に作用する地面反力の 鉛直成分が,全身の角運動量の向きの変化を起こす主要な力成分であることが,それぞれ明 らかとなった. 本論文の評価 本研究は,陸上競技における曲走路の全力疾走時における身体方位を変化させるための 運動学的な規定因子を明らかにした研究である.身体方位を変化させる規定因子として挙げ られている角運動量の向きを変化させるメカニズムを明らかにするには,3次元回転運動の.
(4) 力学原理を深く理解し、それを複数部位からなる人体に応用して解析する方法に精通してい ることが求められる.そのため,これまでにこの研究課題に深く取り組んだ研究は実施され てこなかった.この困難な課題に立ち向かい,メカニズムを明らかにした本研究の意義は高 い.曲走路疾走能力の向上に繋がる基礎的知見が得られたことで,更なる技術解明を進め, パフォーマンスを向上のための理解を深める大きな原動力になるものと考えられる. 上記のような評価を得て,本審査委員会は東洋功氏の学位申請論文が博士(スポーツ科学) の学位を授与するに十分値するものと認める. 学術論文 ○. 東洋功,矢内利政 (2012)陸上競技の短距離走における曲走路疾走中の身体の角. 運動量.バイオメカニクス研究 16(3)128-137 以. 上.
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