胃癌による pulmonary tumor thrombotic microangiopathy を 生存中に診断しえた 1 例
林 茂也1)2)3) 大島 貴1)2) 金澤 周1)2) 菅野 伸洋1)2) 吉川 貴己3) 利野 靖2) 稲山 嘉明4) 國﨑 主税1) 今田 敏夫5) 益田 宗孝2)
1) 横浜市立大学市民総合医療センター消化器病センター外科
2) 横浜市立大学外科治療学
3) 神奈川県立がんセンター胃食道外科
4) 横浜市立大学市民総合医療センター病理部
5) 済生会横浜市南部病院外科
症例は69歳の男性で,1か月前から労作時呼吸困難が出現し,急激に増悪してきたため当院を受診し た.肺梗塞を最も疑い入院したが,造影CTで肺梗塞は否定された.一方で胃周囲および傍大動脈リンパ 節の腫大を認めたため.上部消化管内視鏡検査を施行し,胃癌と診断し,さらに肺動脈血液病理細胞診に て,胃癌の病理組織学的検査所見と類似した腺癌細胞を認めたため,臨床経過とあわせ,胃癌による pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(以下,PTTMと略記)と診断した.非侵襲的陽圧換気療法に よる保存的療法にて症状は軽快し,退院後外来にてS-1を投与した.投与開始後3か月間症状なく外来通 院していたが,再度PTTMと考えられる呼吸状態の急性増悪が出現し,症状出現より10時間後に死亡し た.胃癌によるPTTMを生存中に診断しえた本症例は極めてまれであり報告する.
キーワード:pulmonary tumor thrombotic microangiopathy,肺動脈血細胞診,胃癌
はじめに
Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(以下,PTTMと略記)は,担癌患者において肺動脈の微小 腫瘍塞栓によって肺高血圧症や呼吸不全を呈する病態1)で,急激に悪化するため,生存中の診断は困難と されている.今回,我々は胃癌によるPTTMを生存中に診断しえた極めてまれな1例を経験したので,文 献的考察を加え報告する.
症 例
症例:69歳,男性 主訴:労作時呼吸困難 既往歴:高血圧
家族歴:父 脳出血,姉 胃癌,家族に血栓症の既往なし.
嗜好歴:喫煙30本×38年(20歳~58歳),酒 ビール1缶/day アレルギー:なし.
〈2015年5月20日受理〉別刷請求先:林 茂也 〒236-0004 横浜市金沢区福浦3-9 横浜市立大学外科治療学
現病歴:1か月前より徐々に労作時息切れを自覚するようになった.4日前より労作時呼吸苦がさらに悪 化し,安静時呼吸苦が出現したため当院緊急入院した.
入院時現症:身長177.5 cm,体重63.7 kg.安静時呼吸苦と頻呼吸あり,腹部に異常所見なし,下肢浮腫 なし.
入院時血液検査所見:炎症反応の上昇を認め,Plt 2.2×104/μlと低下,FDP 76.9 μg/dlおよびD-dimer 10.0 μg/dlと上昇を認めた(Table 1).
入院時血液ガス所見:pO2 46.4 mmHg(室内気)と著明な低酸素血症を認めた.また,これに伴う頻呼 吸によると考えられる低CO2血症と呼吸性アルカローシスを認めた(Table 1).
胸部X線検査所見:肺野に異常陰影は認めなかったが,左第2弓の拡大を認めた(Fig. 1).
心臓超音波検査所見:EF 70%,左室壁の運動は良好であったが,右心負荷および肺高血圧所見を認めた.
胸部造影CT所見:肺動脈内に陰影欠損を認めなかった(Fig. 2).
腹部造影CT所見:胃周囲のリンパ節から大動脈周囲にかけて連続性にリンパ節の腫大を認めた(Fig. 3).
肺血流シンチグラフィー所見:両肺野末梢に上葉有意のびまん性で微細な欠損像を認めた(Fig. 4).
以上より,画像検査で明らかな肺梗塞像を認めず,胸腹部造影CTで傍大動脈リンパ節腫大,血液検査 Table 1 Laboratory findings on admission
WBC 12,920/μl ALP 248 IU/l blood gas (room air)
RBC 461×104/μl LDH 658 IU/l pH 7.466
Hb 13.1 g/dl γGTP 95 IU/l pCO2 24 mmHg
Plt 2.2×104/μl T-Bil 2.5 mg/dl pO2 46.4 mmHg
PT 14.5 sec D-Bil 0.3 mg/dl HCO3– 17.1 mmol/l
PT-INR 1.31 BUN 22.0 mg/dl BE –4.8 mmol/l
APTT 25.7 sec Cre 1.72 mg/dl LAC 2.5 mmol/l
FDP 76.9 μg/dl Na 141 mEq/l
D-dimer 10.0 μg/dl K 5.0 mEq/l
TP 8.5 g/dl Cl 104 mEq/l
Alb 4.6 g/dl CRP 0.545 mg/dl
GOT 47 IU/l
GPT 22 IU/l
Fig. 1 Chest radiograph on admission, showing no sign of pulmonary inflammatory disease other than pulmonary artery enlargement.
Fig. 2 Contrast-enhanced CT scan showing no thrombus in the main pulmonary trunk.
Fig. 3 Thoracoabdominal high-resolution CT scan showing swelling of the paragastric and para-aortic lymph nodes.
Fig. 4 Lung perfusion images showing multiple peripheral defects.
でCEA 128.6 ng/ml,CA19-9 1,378 U/mlと腫瘍マーカー高値を認めたため,悪性腫瘍を背景としたPTTM の可能性を考えた.非侵襲的陽圧換気療法を使用し,徐々に呼吸状態の改善を認めたため,上部消化管内 視鏡検査を施行した.胃体上部に腫瘍を認め(Fig. 5),病理組織学的検査所見にて腺癌(Fig. 6A)と診断 した.さらに,Swan-Ganzカテーテルを肺動脈に楔入させ,肺動脈血液を採取した.血液病理細胞診では 核形不整が著明で,クロマチンが増量し,核小体が著明に腫大している所見を認め(Fig. 6B),胃癌の病 理組織学的検査所見と類似した同一の腺癌由来の細胞として矛盾しないと判断した.そのため,呼吸状態 の悪化は腫瘍細胞に関連した小肺動脈の塞栓による可能性が高いと判断し,胃癌によるPTTMと診断し た.治療に関しては,非侵襲的陽圧換気による保存的治療にて症状の改善を認めたため,入院21日目に退 院した.退院2週間後よりS-1単独療法(80 mg/day)を開始し,その後自覚症状は特になく通院していた が,投与3か月後に血小板1.4万と著明な低下を認めた.呼吸苦などの症状はなかったため,S-1の副作用 と判断し入院した.入院後6時間後,突然の呼吸苦が出現し,心臓超音波検査で右心負荷,肺高血圧が認 められ,造影CTで肺野のすりガラス状陰影を認め,症状出現から10時間後に死亡した.病理解剖を提案 したが,遺族の承諾がえられず,施行しないことになった.死因はこれまでの経過,症状および検査所見 から,PTTMの再燃と考えられた.
Fig. 5 Endoscopic image showing a tumor in the upper third of the lesser curvature of the gastric body.
Fig. 6 A) Poorly differentiated adenocarcinoma cells infiltrating the wall of the stomach (HE). B) Atypical cells in aspirated blood from a wedged pulmonary artery catheter (Papanicolaou stain).
考 察
PTTMは日本語では「顕微鏡的微小肺動脈腫瘍塞栓」と称されているが,単なる腫瘍塞栓ではなく肺の 微小血管の内皮に付着した肺動脈腫瘍塞栓の特殊な型と位置づけられ,1990年にvon Herbayら1)によって 提唱された病態概念である.担癌患者において末梢肺動脈内への腫瘍塞栓に引き続き,局所的な凝固亢進,
内膜の肥厚を起こし,内腔の狭小化や閉塞を引き起こす.病理学的には腫瘍塞栓,線維性の血管内膜肥厚,
血栓の器質化および再疎通像の四つが特徴的な所見であり,臨床的には急速に進行する低酸素血症と肺高 血圧症,それに続いて溶血性貧血,播種性血管内凝固症候群などを認めることがある1)2).特に播種性に関 しては,56%の症例で認められたとの報告2)がある.
von Herbayら1)は3,300症例の連続剖検を行い,癌を合併した630例のうち21例(3.3%)にPTTMが存 在したと報告している.その中で胃癌が最も多く,組織型では19例が腺癌で,そのうち13例が粘液産生 型の腺癌ないし印環細胞癌であったと報告している.本邦では田村ら3)が肺癌を除く癌剖検318例のうち,
3例(0.9%)にPTTMが存在し,胃癌1例,肝細胞癌1例,膀胱尿路上皮癌1例であったと報告している.
我 々 は1977年 か ら 2013年6月 ま で の 期 間 で , 医 学 中 央 雑 誌 に て 「pulmonary tumor thrombotic
microangiopathy」をキーワードとして検索を行った.本邦報告例は会議録を除き,自験例を含み50例で,
胃癌が23例と多く,ついで肺癌8例,食道癌3例であった.組織型は腺癌に多かったが,von Herbayら1) の報告では認められなかった扁平上皮癌の報告も5例(10%)に認められた.これらのうち,生存中に診 断しえた症例は自験例を加えてわずかに7例と極めてまれであった(Table 2)4)~9).生存中の診断が難し い理由としては,症状出現から進行が急速で短期間に死亡することと,画像所見が非特異的であることが あげられる.臨床症状として主たるものは呼吸苦があげられるが,本邦報告例をまとめると,30例中24 例(80.0%)において軽度の呼吸苦が出現してから1か月以内に,呼吸状態の急速な増悪を認め死亡して いた.
画像診断として有用な検査は造影CTや肺血流シンチグラフィーがあげられる.しかし,CT所見はすり ガラス状陰影,粒状影,多発小結節影やtree in bud appearanceなどさまざまで非特異的な画像所見を呈し ていた.宇留賀ら10)は,これらの非特異的なCT所見について,肺動脈末梢の腫瘍塞栓や肺動脈内膜の肥 厚による拡張変化によるものと推測している.一方,肺血流シンチグラフィーでは,検査をした12例全て
Table 2 Previous reports of antemortem diagosis of pulmonary tumor thrombotic microangiopathy in Japan Case Author/
Year Age/
Sex Primary cancer Diagnostic
method Histologic type Treatment
Recovery from symptoms
Prognosis
1 Uruga4)
2008 46/F Lung cancer CT-guided
biopsy Adenocarcinoma carboplatin recovery 6 months alive 2 Ikeda5)
2008 47/F Gastric cancer TBLB Adenocarcinoma
(por) imatinib+S-1 recovery 9 months
3 Ota6)
2009 67/F Unknown
Blood cytology of pulumonary
artery
Adenocarcinoma steroid pulse no recovery 38 days
4 Ueda7)
2011 60/M Esophageal cancer TBLB Squamous cell
carcinoma docetaxel recovery 4 months 5 Kudou8)
2012 65/F Esophageal cancer Lung biopsies Squamous cell carcinoma
5-FU
+cisplatin no recovery 9 days 6 Yoshinoya9)
2012 64/F Lung cancer TBLB Adenocarcinoma gefinitib recovery 1 month alive
7 Our case 69/M Gastric cancer
Blood cytology of pulumonary
artery
Adenocarcinoma
(por) S-1 recovery 3 months
において肺末梢側の多発小欠損像が認められた.宇留賀ら10)も同様の所見を報告しており,診断に有用で あると考える.
PTTMの診断は困難であるが,PTTMは,担癌状態の患者において初期症状が呼吸苦から発症すること が多く,検査所見として低酸素血症,呼吸性アルカローシス,右心負荷所見などが認められる11).このよ うな症例では,PTTMの可能性を念頭におき精査を進めることが重要であると考えられる.胸部造影CT で肺血栓塞栓症が否定され,心臓エコー上で肺高血圧所見を認め,肺血流シンチグラフィーで肺末梢側の 多発小欠損像が認められる場合はPTTMが強く疑われ11),確定診断には,肺組織診または肺動脈血細胞診 が必要である1)12).肺組織診断の方法は全身麻酔下肺生検や経気管支肺生検があげられるが,いずれも侵襲 が大きく,適応は症状の軽い初期の状態に限られる.また,PTTMに対して比較的実施しやすいと考えら れるCTガイド下肺生検は,CTで結節・腫瘤を形成している症例でも診断率は85.7%と報告されており13), びまん性病変においてはさらに診断率が低下することが予測される.
PTTMの診断には肺動脈細胞診も有用である.肺動脈血細胞診は,Swan-Ganzカテーテルを肺動脈に楔 入し,採取した肺動脈末梢血液の細胞診により診断する方法であり12)14)15),比較的進行した症例において も可能である.また,Keenanら12)によると感度80~88%,特異度82~94%でPTTMの診断が可能である と報告している.しかし,肺動脈血細胞診は癌性リンパ管症や通常型の肺腫瘍塞栓などでも陽性となるこ とがあるため,注意が必要である16).これらの疾患とPTTMの鑑別についてであるが,癌性リンパ管症の 臨床症状はPTTMより進行が緩徐であることが多く4)17),画像所見はリンパ管が存在する小葉間隔壁,気 管支血管周囲間質,胸膜下間質が不均一な肥厚や結節として示される.また,通常型の肺腫瘍塞栓は臨床 症状として胸痛,血痰などで発症することが多く18),CT画像所見で病変に流入する血管を指摘できること と病変が胸膜直下に台形,楔型など直線的に区画化されて描出されることが多いとされる19).自験例は剖 検所見を得られなかったが,肺動脈血細胞診陽性であり,臨床的に癌性リンパ管症や通常型の肺腫瘍塞栓 は否定的であると判断し,胃癌によるPTTMと診断した.
PTTMの治療に関しては,現時点では有効な治療法は確立されていない.血栓溶解療法や抗凝固療法を 施行しても,状態の改善が得られないことがほとんどである1)17).本邦報告例で症状の改善が得られた症例 は,自験例を含め5例4)5)7)9)に認められた.治療としては自験例を含め全例で抗癌剤治療を行い,そのうち 1例は抗癌剤投与に加えてイマチニブ投与を行っていた5).イマチニブ投与を行った池田ら5)はPTTMを当 初治療抵抗性の肺高血圧症と診断し,人工呼吸器の管理下にイマチニブを投与し,状態の改善を得られた と報告している.イマチニブは肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension;以下,PAHと略記)
において肺高血圧発症以降肺動脈リモデリングを消退させうる可能性が示唆されている20).PAH患者の肺 動脈では血小板由来増殖因子(platelet derived growth factor;以下,PDGFと略記)とPDGF受容体の発現 が亢進している.イマチニブはこのPDGF受容体のリン酸化を抑制するため,血管リモデリングの解除に つながると考えられている.また,イマチニブは,PDGFで刺激されたPAH患者において,肺動脈平滑筋 細胞に対するアポトーシス誘導作用を有すると報告されている21).イマチニブのアポトーシス誘導効果は 細胞の活動性の盛んな時期にこそ発現されるのではないかと考えられており22),PTTMの急性期において 有用な治療である可能性が示唆されている.
自験例はPTTMを生存中に診断しえた極めてまれな1例である.急性肺性心を呈する患者において,肺 血栓塞栓症が否定でき,癌の存在が疑われる場合,PTTMを鑑別にあげ,肺動脈血細胞診を行うことが診 断に有用であると考えられた.
利益相反:なし
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Pulmonary Tumor Thrombotic Microangiopathy Associated with Gastric Cancer Diagnosed during Life
Shigeya Hayashi
1)2)3), Takashi Oshima
1)2), Amane Kanazawa
1)2), Nobuhiro Sugano
1)2), Takaki Yoshikawa
3), Yasushi Rino
2), Yoshiaki Inayama
4), Chikara Kunisaki
1),
Toshio Imada
5)and Munetaka Masuda
2)1) Department of Surgery, Gastroenterological Center, Yokohama City University Medical Center
2) Department of Surgery, Yokohama City University
3) Department of Gastrointestinal Surgery, Kanagawa Cancer Center
4) Department of Pathology, Yokohama City University Medical Center
5) Department of Surgery, Yokohamashi Nanbu Hospital
A 69-year-old man presented with dyspnea on exertion, persisting for 1 month. Pulmonary thromboembolism was suspected, but enhanced CT and lung perfusion imaging showed no evidence of pulmonary artery thromboembolism.
There was swelling of the paragastric and para-aortic lymph nodes, and gastric cancer was diagnosed on upper gastrointestinal endoscopy. We performed right cardiac catheterization and withdrew some blood from a pulmonary artery catheter in the wedge position. We confirmed the presence of adenocarcinoma malignant cells in the aspirated blood. Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy (PTTM) associated with gastric cancer was diagnosed. The patient received noninvasive positive-pressure ventilation, and the symptoms improved. He was then given an anticancer drug (S-1) for 3 months on an outpatient basis. Exertional dyspnea developed, and the patient was admitted to the emergency department of our hospital. He died of respiratory failure on hospital day 1. To the best of our knowledge, preterminal diagnosis of PTTM has rarely been reported in Japan.
Key Words: pulmonary tumor thrombotic microangiopathy, cytology of pulmonary arterial blood, gastric cancer [Jpn J Gastroenterol Surg. 2015;48(10):817-824]
Reprint requests: Shigeya Hayashi Department of Surgery, Yokohama City University 3-9 Hukuura, Kanazawa-ku, Yokohama, 236-0004 JAPAN
Accepted: May 20, 2015
© 2015 The Japanese Society of Gastroenterological Surgery