――目次―― 1,仏教における法,仏の思想,松本文三郎,Monzaburō MATSUMOTO,pp.625-650. 2,伝教大師に対する日蓮上人の態度,姉崎正治,Masaharu ANEZAKI,pp.651-704. 3,唯識宗の異派(承前),羽溪了諦,Ryōtai HATANI,pp.705-744. 4,迦膩色迦王に送れる馬鳴の書翰について,寺本婉雅,En TERAMOTO,pp.745-792. 5,京都百万遍知恩寺什宝多羅葉梵筴断片につきて,渡辺海旭,Kaikyoku WATANABE,pp.793-818. 6,印度思想と人格,神林隆浄,Ryūzyō KANABAYASHI,pp.819-826. 7,村上博士の新著『真宗全史』を読む,妻木直良,Naoyosi TSUMAKI,pp.827-845. 8,批評紹介,pp.845-849. 9,学会彙報,pp.850-851. Posted in 1917(大正6)年
偶数に於ける法、彿の思想
松 本 文 三 郎
二
俳故に於ける法の字は、或は賦象、或は本鰹、或ほ紳に対する綻、乃至道徳的の尊素話行等、
諸糀の鶉に用ゐられるが、此には普通一般に彿放と補する場合の如く、廣く傭の致龍を忠魂す
る。俳とはいふ迄もなく凝着の鶉である。俳時代に於て俳といへば駐に梓迦伽を忠魂し、彿弟
子は個食ひ併設を丁悼し、基数鶉に池達しでも.之を彿とは捕せゃして阿雄汲︵婚新、徳望といふ。
然らば俳時代に於て、俳と法との関係は如何様に考へられて居たかといふに、俳は未だ嘗て
仲秋に於ける抹件の思想 ︵松 本︶六〓六
宗 教 研 究 筋一巻 弟四放 白から脚であるとか、仰の子であるとかはいはすして、寄ろ朋かに英人間の子たることを述べ る。で或はいふ﹁雪山の下、富家の氏、惰経歴人あつて任す、輝迦椰の出、邦家は日和、我亦 之よb出で、人欲の歌聖を求めや四方に遍歴せり﹂と、或はいふ、﹁我は賓に此電を有し、此粂 準を秘めたb、而も岩宿死苦を見るや、我亦之に貌はれ之を脱することを縛す、恩うて此に至 れば少壮の鋭克も頓に挫けたり﹂と、或はいふ、﹁我の未だ四諦十こ縁起を見知らぎるや、我亦 人天界の中、未だ無上故膠魔を村ぎbき、而も我の一皮之を知るや、明かに大智立見ぉ開き、 天地の聞出家婁凝門人天の屈を悉くして寛に及ぶ能はぎる所に至れるを知れト﹂と∴御伽︶斯く 俳は常に世人に御し、英人問の子た一〇ことを宣言したのみならす、其出盛進退亦皆世人の限に 新たなるものがあつたのでぁるから、世人も亦決して鞠を以て超人的のものとは考へなか︵・た のである。それ故に嘗て惰薩麗の一灸落重大姓婆廠門が、﹁沙門辞椰子、於繹迦大姓剃除貴史、 著袈裟衣、正僧非家、出家軍拡、成無上等正史、於此拘薩就国、人間遊行、到童羅取落任﹂と聞 き、併の薗に詣♭悶訊したとある︵鯛瑠︶。乃ち常時世人の亦骨悌を以て人間の子の追を修行し た結果、彿となつ柁ものと信じて眉宇−とは疑ないOH 暇命ひ伸は歴史的人物であむ、人間の子であつたとしても、其天資の異常と多年の條巷とは祖よb此に一の理想的人格を構成せしめたに相違ない。で傭弟子の限からは殆んど凡人の企及
と考へるこ叉俳人格の佗大にして基耕諭の巧妙なる、之に接するものをして舵ちに蹄伏せし
亦唯彿、魯怨の田浦具足し、基言ふ研の一行ふ所と全然合致するのを華麗したものと見るを稔常
現一切萌﹂とも契喫した、︵諸相響是れほ俳を以て放と同一税したもののやうであるが、基質はれたといつて差支ない。又迦肪延ほ嘗て﹁世奇是限、茄智、是鵡、是法、法ま法肺、祝典諦鶉、
衆人、亦無身口忠過﹂ともいふ車軸脾︶。是れ欝に椎骨の梅でぁつて、人間以上のものと見伸さも、俳ぉ経貸して、﹁配布如凍触身日忠通、︰︰三界獅奇無能及者、滋令叔上、⋮・如衣無符於
すべからざる理想的超自然的人格と映じたことも難聾であらう。で合利弗の如き偽高随の弟子
ヽ′
むるにより、併円以外のものからは宛も魔術薪の如くにも見倣された。が此等の語は何れも鮎
の超人たることを詑明するものではなく、吾人は寧ろ俳人格の偉大なることを推草したる語と
して之を解辞しなければならぬ。若し常時に法俳一憾の思想があつたとすれば、捏嬰綻に於て
俳弟子が傭の厭終に憂愁悲哀するに懲ら、汝等﹁勿憤慶潜、天地人物無銭不終、欲恍有愈不鼻
易者無和是野鼠珊鮒配︰︼︶等と言ひ、常に住着必滅曾新常離の法を説き、之を揖める管はない。足れは抑ち俳も偽弟子も猶た常時一切の人も、常備を以て人間の子と考へ、基身鰯は何時かは
俳故に於ける法飾ら思腰 ︵枕 木︶ 六二七宗 教 研 究 箔一怨 節四兢 六こ八 一切有情と同じく、滅に給すペしと信じて居たことを紀明するものといはなければならぬ。 次に法とは彿の親しく口づから訟かれた放であるが、是れは即ち宇宙の晃埋であつて、1壮年 於諮世間話天魔梵沙門壕捉門巾、大智能自走知﹂へ輌珊含︶ともある如く、俳の始めて之を植つに 所ではあるが、悌白からも逓ぶる如く、是法は彿の作る所でもなく、又人の作った研でもない。 倦も之な知るによb傭と打アり、衆生も之を発すれば此に解脱を狩るが、聾するに起れは普遍的 英理の依を保ちて始めで世に糾明せられ、俳の口を通じて此に人に宣布せられたに過ぎないの である。 だから法と俳とのー絹係は何より密接なものであゎ、故によつて休も梅花ることを得、法なけ れば休も既に彿柁る究精を火ふのであるが、昏時に於ける法と俳とは尚は戟然之を分って二と なすべきである。即ち体は歴史的人物であるから、有満法でぁり、憬令ひ大朝を柑托るも、基色 身即ち肉醗は一切他の衆生に於けると同じく早晩滅を免れない、が法は宇即の卑理でぁるから. 他の滅と否とにl聞はらす.常住存在しはけれはならぬ。即ち備は無常であ一りが、法は常任であ るといふのが、俳時代に於ける一般の思想でぁつた。是れが抑も捏蝦維の中にも彿滅の後は、 自に抑伏し、法に折伏し、法を以て抑となし、勤めて楠兆すれば我先ると英なるなしと説ける
所以である。 T竺阿含痙讐︼十にほ日通の錯とLてr非天乾沓愁、非鬼馳刺讐一潮路解脱、今我見人卑所可 ︵ 降伏窄成於紙上道﹂とぁるのも、亦足れ仰に封→る思想忘遠蒜する一bのと見て豊支ない。 ︶ ニ細岡含慮忽十八に同じく日根邁の詔とLて↓我見併†、従俳‖些従法化些符節注ぎとわる。 ′■ヽ 此.従法化吐﹂と1‡宛も托な以て放とするといふやうにL甲乙るが、骨⋮時に於てほ伶ほ此の如 き思想ほない。足れほ唯法にエリ併となり・阿糀沌と克つたといふに過ぎわ。で基下文l= ほ拡ちに之に接してT辱知和鈴虫玉島太イ、純米浦項已待王泣、不軌力嘩舵持五欲功怒、我亦如 畢馬体之手、不動力使縛紺解脱三昧正受﹂上いふ。要すろに休も併弟子も皆足れ凡人から拉 にエつて化生した1二りといふべきでぁろ。 〓 研が傭渉後−百年の睨には、條弟子の思想も異常の発展をなした。即ち彼等の或るもりは恐 らく前の戚是法Lや﹁後払化生﹂の思想からして、俳身に射する云はば理想的那坪を準したの である。 ︼髄彿は前にも逓べた如く人間の子が俳となつたのである。何に山って俳となb得たかとい 俳敢に於ける控仰の思想 ︵松 永︶ 六こ九
讃 歌 研 究 場−笹 第四排 六三〇 ふに、言ふ造もなく宇宙の眞理を螢見憶倍し化からである。即ち法を神化といふことが.抑も 八の子をして俳と纏化せしめ柁のである、−人格をしで備格を成せしめたのである。併し眈に一 たび鶴格を戊じ、偽となりたる以上に於ては、故単や人間ではeい、人間たること止みて此に 彿となら待たので一束る。若し少分なbとも由は人間たるの性質を肯する問は、未だ備格を成就 し化ものとはいほれぬ。人冊が人間以上となつて、始めて此に備となら得るのであろ。之を例 へば八開は勒物より推化したものといふ︰りけれども敢早人間となつた以上には、勒物でり.⋮ない、 動物たること・ざ軋んで此に人格が拍はれるのであろ。 勿論人間の性質中には、動物と共通に有 す久︸・。のもないではだい。併しながら基勒物性が人間化され、若しくはさるペくして、此に人 間となるペきでぁる。だか、ら若し状動物性が駅に動物性として螢拗し、少しち人間化せられな ければ、足れは秋蒐野甑と異なる研なく、人間としての品位、惜位は到沢之を訟むるを得ない。 入関としての品位僧侶の秋宅認ひペからざるものは、足れ正しく野獣でぁつで人間とは名づく べからぎる管である.だから人間が人間で右つて同時に野Ⅲであb符へ号い如く、僻も仙であつ て同時に人間たるを得ない管である。暇介入閤の中潮物性があつても.人間の湖物性は野瑚の 勒物性と大に典在らなければならぬと同じく、仰が人間の形な具するも基野人問ではない。基
相相似て基質大に相異なるのである。 是故に俳は法の偲祝着であり、奥の客観化したものでぁる。而して所謂偽とは繹迦備に外更 に求むペき桝はないのであるから、基色身基櫨に無限常任でなくてはならぬ、是れが即ち彼上 座部に対する大衆部の主張である。是政に彼等は或は﹁如凍色身宵無退廃﹂といひ、或は﹁請 つ 彿葦克亦無遊際Lともいふ。叉俳は﹁一別邪心了一切法﹂となしー﹁如凍語骨相疲恋﹂Cとも互 す。︵継嗣宗︶斯くして放と法より化学し柁俳とは全然同一と捏アり、法は眈に常任なるが故に倣亦 常住であり、而して俳は即ち辟迦彿なるが故に、法の常任は基櫨に彿色身の性質ともなるので ある。是に於て繭lこ﹁偽足は﹂の言は文字的に解押せられ、何簿の芸文をも焦せぬ事となつ化。 弼の如き解辞は︼見甚だ奇怪のやうであるが、之な西洋の背串妃に就いて観ても、殆んど之 と同一の場合を凝施し縛るのである。彼ヘーゲルは一切丑れローブサニ理︶であるとなし、一切 は以て紳を定鴻し得べしともいつた。研がヘーゲルの戎後基輝従は左右の雨露に映れ、票数の 間温に就いて互に諭招を職はし化。基所謂右端なるものの韮張の一は、基帥ヘーゲルの説い柁 如く、字船︼切の茜有は皆兵れローブスの現崩する所であら、p−ブス基物である、随つで骨 是れ常任不鑓である。即ち吾人の電鍵皮偶に至る迄英俊に足れ常住であると論じた。大衆部の 仲秋に於けム抹仰の膿想 ︵松 本︶
彿身に対する見解は亦甚だ之と相似花るものがあるのである。 之を要するに大衆部のま張は大目地建や迦筋延等所謂傭大弟子なるものの常に基づき、更に 之を発展せしめたものであるが、華結果法と色身とを同一視し、共に是れ常住となすに至って は彿在世の時に於ける畢に俳を以て歴史的人物となし、早晩滅を免れすとなすに托し、全然基 趣を共にすといはなければぢらぬ。後他の語を以て之をいへば色身即足れ抜身となつたのであ る。又上座部の鹿虫的彿身翫に対しては理想的若くは理糟的偽身軌とも耕すペきであろ。 ︶ 三共部宗総論の遁壷には、之ね解Lて、彿阿趣に問ふ、天雨るや電文諦比丘に汝押流亮りや否と・ ︵ 足れ何の利益ぁつて活栓み持すと七†や。答此営利会ゎり、阿難みして串ね笹締ぜしむる が角め、経た比丘に忠弘み拭けさんが秀でぁるといふ。足れ異に附骨涜弼の見l︰して、墳ん ど全く大衆部の眞恵む排ぜざるLのでぁる。著し怜みして正規の惚現†る所なりとぜば・ 英一甘︼訪悉く足れ進攻の現蹄†る併にちらざるは互い昔でぁる。既に眞度の現飢にゎ らざるセLとぜげ、見れ即ち︰㍑蛤な持す一り∼りのとほいl‡ぎるみ終ゎ。大衆部¢耽lI斯くの 如くに解して、始めて基眞冒を丁†べきでわーミ ≡ 宗 教 研 究 苅︼聡堺田娩
俄身に封する節二の見解︵用鮎諸相恥鑓謂相即︶を以て正論︵T訂sis︶とすれば、第二の見 解︵馴㌫衆︶は應に基反論︵Aロtit訂sis︶とも榊すべきであらう。斯く正反両論が成立すれば、勢 此に基綜合詑が顕はれなくではならぬ、而して是れは賓に、彼中敷撃鹿によつで侶へられたの である。 俳身に対する埋駿的解滞は、如何にも幽妙であゎ、高速ではぁるが、若し此訟のみを以て晃 畢であるとすれば、件の入滅に関する説明に於ては、頗る困難を成せぎるを得ない。他の歴史 的人物たるほ何等の疑を容るペき怜弛む有せぬ。俳白から人間の子であると耕し、又生者め必 らす滅せざるペからぎるを説けるのみならす、現に俳は迦耽雅城に生れ、出家修発、待遇説法 の後、八十にして鳩戸邦雄双樹榊に入滅したではないか。然るに件の色身基櫨を以て無題際と なし、不滅となすは除りに串質の一両を疎外するの嫌なしとはいはれぬ。だから大衆部の説は、 基敢鶉の幽妙なる釦に於ては、何麒迄も之を許さなければならぬが、串賓解押の方面に於て村 ほ︼番推敲を饗するものがある。盗らざれば到底、英機では世人の猫足を得る繹には行かぬ。 そこで彼跳樹は此の二様の見解に於で各一面の鼎挫を認めたのである。俳の庶出的人物たる は秋成疑を容るべき鎗地む射しない串耳であるから、此郡に於ては節一の見解を以て易とせぎ 仲秋lニ於けろ法俳の恩愈 ︵松 木︶
霜 故 研 兄 弟一箱 節西紀
六三四
るを得ぬ。が併しながら彿は恍に造を悼−、偽となつたものであるから、我々凡人と決して同一現すペきでないことも明かである。傲は法の獲得者であり、異理の憺現着である。其兼行已
に茄き、所作巳に卵じ、更に後有を受けぎる時は、已に足れ常任身を成じたものである。恍に
常代身を成じ、法の櫓現着であるとすれば、基一昔一切法を説き、一別邦の心一切法を了し、
基言々句々惜法輪一で印するものたる亦疑を容れない。此鮎よらして考ふれば大衆部の詭は狗に
基常を得たものといはなければなGねり是に於て乎中規革新は彿身に於て二椰の院別を立て、一は之を父呼集身、芳くは槌化身と名づ
け、一は之む法身と耕した。抜身とはいふ迄もなく常住の法であら、眞甥でムγり、攻略である。
而して父陣生身とは初め迦耽羅城に生れ、終鳩戸部維に入城したる雅史的彿でゐb、入滅を免 れぬものであるとはいふものの、既に俳格を成じ.漬の礁得着であり、常住身を成じ化もりで あるによつて、基﹁内心の智慧紳穂は異体正壁異なるなきーbの﹂となす。即ち基色身は元足れ幻化であり、有なるが如くにして摘も北ハ許無なろものである。色身の入滅は元遣れ内心の常住
と相㈲せざるのである。佑仲代に於ける一役思想や、上座部の設でも、t晴々祁だ此こ身の存在む椙光しないではないが、伶りに腋史的の方面に狂想して居たが窮めに、此二身り馳係を説く
こと桐は甚だ疎でぁつて、此両者が勃もすれば柏陽離し、基敬鵡に於て頻る渡浦に陥るの弊な 免れなかった。之に反し大衆部の説では怜♭に理論の方南に奔り、急速に此両部を付値一致せ しめんとし花が窮め、基数義に於てほ蹴る約玄となつたが、きーi錯の方面に於ける解押の囲邦は、 到底之を舵し得なかった。今始らくヘーゲルの描記法を侶りて之を言へば、中軌の説は正に綜 ヽヽヽ 含の階段に達し化ものでぁる。振合は硝化であるり中瓶尊前は璽に歴史的人物が他となつたと 鵜野に純忠し凍ったものともいはれやう、而し﹁足れが中瓶撃ポの傭身に射する教義上の いふ 一位割と捕して差支ない。斯くして凡夫しし休と、世間と出仲間と、逓界と川⋮界と、串と埋とが、 悉く俳一身に編入馳合せられたのである。 伸ば嘗て凡火と預入と何の差別あるかを説き、 多用於昔黒 井不堂見知 彼於凡失人 基賢人有聞 集受不敬退 昔用木堀盛 帯地二惧拾 不屈亦不通 比丘助力使 正智不便勒 於此 ︼ 切受 翫豊龍√如 丁知溝莞故 現法Ⅱ適温 ヽノ 月沌不建取 永虚位没盤川 ︵雑何食場十七︶ とある。足れは宵に併殺の所謂捏粟思想なるもの■で詑き柑て最も明了なるものであるが、大衆 邸並びに上雌部の思想を以でしては、恐らく未だ之を完全に解辞し柑ないであらう。苦し大衆 併故に於ける沌彿の恩想 ︵松 木︶
宗 教 研 究 節一怨 節四髄 六三六 部によつて色法一倍とし、共に無遊際であるとせば、前文の﹁雄一受﹂といひ、叉﹁政一轟箭﹂ といひ、或は此偶中の﹁身死不農政﹂等の句は如何にして解秤せんとするか。此には既に一受 は亦耳に彿設の眞旨を戦痕したものといはなければならぬ。⋮ かにせんとするには、勢中翫軍鶉の説を取らぎるを得ない。是れに由つて之を観れば中根の設 とせば、此に﹁現法並諸漏、永彪股捏盤﹂の言は亦到底之を明了にし縛ない。で今此彿詑を明 を生じ、一萄箭を破す、乃至色身の滅するを侶足するのである。叉上座部の詭の如く色法別品 斯く中規邸鶉によつて、俳身に執する二様の耶繹は綜合せられ、教義土には此に基一段落を告 げ先のである。併しながら宗数は暫嬰ではない。背撃的致苑の敬展のみによつて宗敢は拡立す るものではない。後世に於ける浣致思想の敬展には、一両に此尊敬鶉上の論理的締結を得云と 同時に、他面亦僻的要譲の大に射ってカあるものがある。今や更に遡って基慣的方面に於ける 彿弟子の思想が、如何なる要求をな一層玉かを見やう。 ︶ 四踵の地肌文にほ伺ほ次の如き冒がぁる。 ′■\ 瓜叡無間凡夫、虫網生浦安、檜綿苦痛.カ玉藩命、想起押怨、時又兢呼、心生狂乱、岱於耐時、蛤二浪二受、 若月受.若心安、辱知士大功破双蒔借、瞳虹苦痛、弧挺触悶凡夫、亦校如追、村長こ受、功受心雫掻鍍
昔嘩⋮︰多問艶弟†勇偶貌潜、受火音韻迫乃王者句不払憂怨構怨、噂其就呼、心乱費狂、常於何 時、唯蛇︼受、折和白受、不生心安、草加士大破一猫箪不敬罪こ碓喝常於尉峠、唯鉱一受、所謂月琴 不生心受。 ︶ 五付ほ此思想心先からしむエこ弗め∴トけ人間が俳となると仰が入関となるとりこ械思想の描 ︵ 係みも耽か克ければ叱らねのでぁるが、議論伐り枝葉に捗る恐わるから、今ほ之み略†るこ とと† る。 四 人の放も親しとなす父ゆ妻子兄弟仲友と相碓る†りや、哀悼の念頻りに題ト、何等か基記念と なし、以で非人を想見するに足るものセ求むるは、人情の白から然る桝である。泥んや俳の如 き一代の師化るものに於てをや。彿弟子の基妻子群旭を練れ、邦家財珍雄を捨て弗門に蹄し化 るは、唯彿ぁるが腐めである。悌は彼等にあつては生命財産よりむ、藩た人珪の如何なるもの よりも衰にご曙葺きものであつ化。然るに︼朝忽然として入滅するや、彼等の哺異挽叫、将々 反側すと捏姫縦にいふものは亦約に然るべきでゐ乙。而しで俳は無上培である、乃ち現世に於 ては、固よら伽に代はるペき何等の人・軍属柑る能はぎるのであるから、基胸中には無限の悲哀 仲秋に於ける控件の胤想 ︵松 木︶
宗 教 新 党 弟一怨 師団骸
六三八
と第間伐るなきの威とを抱懐するに萱つたのも亦拘に所以ありといはぎるを待ぬ。而して此寂
関知依の成は人の混も苦捕とする所であるから、何等かの方法によつて心理の苦悶を去り、多少
なりとも基揖安を得んと欲するに至るも、亦入棺の白怨である。是に於て乎此惜的要求に基づ
き、許捕捉安の迫が開かれた。勿論備的要求といつても、至情の敬する併理智の伸ば氾ものは
ないが、今此には北ハ建たる要素に就いて斯く名づけるのみである。
ヽ−./↑ 惜的要求の結晶した第一の封象は、分利塔廟の供養である。令利塔廟供養のことは、小
乗捏革に於て既に揖はれ、偽滅三宮年代に起れる法虎猫や化山部等の草枕の閏には、之に封し
尿大の果を村るや否との坪諭をも惹起した位であり、猫ほ犬死に威し、大赦捏生掠め光臨をなし
たと恩はれる大悲摂に於ても、﹁傭波線合判を得て七署の塔を起し種々供養せば、得る桝の而徳
は留をなすべからす︵鮒諾ともある。加之印度弟締め上からいつても、所謂触陀羅式彫像の損 はれた以前の彫別に於ては、偶像の祀井伏荘はなくして、塔僻供童最も多く踊はれて窄Q・︼足れによつて見ても介利塔僻の供養は俳班よらして拡ちに題♭、大死致の勃典以後に至つても椅
ほ凱る盛であつたものらしい。今‖にあつてすらも併合利は偽故紙の一般に供奉硝邦の酎象た
ることぉ先はぬ。唯仰淑徳政市年間に於ける倣弟子の如く之を正賓成せざるのみである。蓋し
思ふに俳滅彼仰身に閲する唯一の造物は、唯此合利あるのみであるから、彿を筏世に記念し追
想し、傭身を邦するに代ふべきものを求むれば令利を揖でするのが最も常食であり、叉澱も自
然であるといはなければならぬ。併し体保だるものが彫造せらるるに至つては、合判の供養よ
♭も寧ろ偶像供養が温かに多く民間に行は五るに至った。足れも勢白から然るべき併である。
併合利なるものは耶接俳身の〓野牙を構成したものとはいへ、之によつて倣の奇容を拡吼的に
現示する澤には行か拍。のみならす之と連想して異質容を記憶に追想し狩るものは、昭に親し
く備に接したものにのみに限らる。俳滅後にあつて未だ一たびも僻を邦した郡のないものに至
っては、之に∵よつて追想せんと欲す争も到底不可能のことでぁる。且つ彿合利なるものは備沈
静楯之を八分L佗とはいふものの、耽に基数と其塵とに於て限あり、基虜に安らぎれば到底之を邦すること†ら不可能である。之に反し彿昭像なるものは、征規約に煎人の戚官に訴へ、骨
て親しく彿に接する機骨を有したると育とに闊ほらす、野路として前に現するが如きを兜ゆる
のみならす如何なる人知何なる園に於ても之を成ることを縛るの便利がある。乃ら曾利供賽に
代はつて俳傲供奉の墟となつたのは、亦勢の已むを柑ぎるのである。仰ほ後世では伽鉢棋革な
るものも起った。たれは固よか基数に於て合利よりも由ほ一軒局限せられたものであー、到底
怖敢に於ける法彿の思想 ︵松 本︶宗 教 研 究 第一令 姉四兢 六四〇 普ねく民間に墟なるを得ないのは常然である。併し彿の事渾物でぁるといふ鮎で、又好憺の記 念物たるを得る、︵摘翻棚臓㌍㌫諸相押遣射冊肛指針餌場製摘㌍配㍑紗那詣摘巷 要するに此等遺物の供養は、今日といへども東西何れの地を問はす、敢も普池に聴霹する人 僻であるから、悌弟子が備に封し斯かる備的要求をなしたのも軟毛怪しむに足らぬ。唯吾人の 此に注意すべきは、此僻的要求は歴史的偽身に関する憧偲の念の最も墟なる時に敢も著しく敬 現する所でんつて、過去の歴史的俳身を現世に現はし出さんとする心的状鰻でぁるといふこと である。 ヽノ 二 倍的要求によつて現はれた琴一の対象は、歴史的の彿に代はつて未だ済度せられぎる一 ︵ 切衆生を紆臆すペき他の仰の戯撃rある。比類の最初lゥ形は将来偽摘勒の出肱である。俳時代 並びに俳滅後教百年の問は、現世に於て到底棚に代はるペき何人の存在をも考へ得なかった。 彼等の俳に対する鷺敬の念は、容易に之を他に移すべき徐裕を如へなかつたのである。宛も人 の基叔も愛する妻子を弱ふに階り、紀ちに之に封する愛憐を他に移し、基代償を求むる龍はぎ るが如くである。是れは前に述べた迫物東邦の思想の、猫♭常時に墟なるを見ても容易に知る ことが出凍る。然るに俳城後奴百年、基揖物も以て桃智想起せしむるに足らず、而して現世何
等之に代はるべきものなしとせば、現世の衆生は克に失望落昭の状越に陥ゐろを弛れぬり眈に
現胱何等の塁なしとすれば、日東堕落の捻に揖づるか、然らざれば少くとも措雄に望を果ぐか、
何れかlを取らなければならぬ。研が前ポは催に苦痛であつて、秋蒐建学で典ふるものではない。だから人情は自然に後ポに出でざるを得ないのである。走れが抑も指水仙出現の靴出であ
って、重く悩的要求の紙=⋮して税はれたものである。而して蕾時の伽助手が措兼併の出現を以て数十前年の綾となしたのは、到底近き描殊に於て俳の如き人格の再び此世に出づべきを期待
し拍なかつたからであらう。乱ゑたるものは食を揮ばすで、失明岩淵に沈んだ衆生ほ、此退き
措凍の期柑お以てしても桐ほ艶分の党別を睡短し得て、基心を安んじ得たのである。股脱たる
灼火も聞損に比しては北ハ勝ること高々であ云からでぁる。
併しながら陥を得て崩を望むとは、古い諺であると同睦に文台い鵜靴である。拙く故十萬年
の筏でなくては到底出現しないやうな俳であつては、椙命ひ紋能く︼切衆珪を擁皮するとして
も、現世の衆生は仰ほ幾淀も壁々死々、苦毎に沈冷しなければならぬ。法然失塁の抑に沈むに
此しては多少の勝れるあらとするも、成るべくならば、今少し早く救統な緑化しと希⋮謀るは、
亦入船の白から然る研である。走れが即ち未雄の耽、阿甜陀俳信仰畑山つて氷る桝である。阿紺
彿批に於ける沌仰の瓜心 ︵松 永︶宗 軟 研 究 弟−稔 卯四蚊 六四こ 陀俳は西方世界に於て現在説法せらるる俳であつて、至心に之を倍すれば死後直ちに救紡を安 くるを得るのである。是れは即ち幾十茜年の長崎問を尻ちに凍世に約めたものであつて、前の繍 勒彿の信仰に此すれば、英人心に慰安を輿ふること更に一府大なるものである。弼勒上天︵兜
凍世に於て紳士に純銀するを得るとなすのである。
兼務信仰の思想が更に︼印すれば、此に再び現世救絆の信仰に役師せざるを得ない。若し衆
生が至心に彿に蹄伏するによつて水性救済を待とすれば、現世に於ても基効果の絶無なるべき
理由はない。一切の邪恋を獣悔し、深心を螢起すれば、共時衆生は既に救済を受くべくして、
肉鰭の存亡如何は必らゃしも問ふを要しない告である。斯くして凍世往生の思想は此に現世利
益の思想と晒化したのである。足れが抑も薬師、弛就等譜俳革薩の信仰でぁる。蕪師俳とは、
人の重心に基名を捕ふれば、基本願のカによつて一切の希願を成就し、非業を拍除せしむるも
のであゎ、地減革醗は無俳世界に於ける衆生を救済すべき本願を成就したものである。此等倍
仰を批吹した経典は何れも現世利念を説い花ものであるが、宛も捏拡軒系に屈する種典に、泣
六玄以下巻m 諭し特に基二こ率従空の思想も恐らく阿弼陀彿の侶仰に刺戟せられて生じたものであらうが、へ
︶亦此形式に倒するのでぁる。何れにしても彼等は共に泣き錯雑を保たす、配ちに 此邸に胱いては 拙著﹁弼勒浄土佃は此に︼富江志したいのは、第一の遺物供養にあつでは、前にも述べた如く歴史的俳身を
離れないのであるが、琴一の兼務往生や、第三の現散剤益の詑では、歴史的俳身は既に隠れて、
之に代るペき他件の出世となつたのである。が其中でも第三の思想に於ては現世、俳に代はる
ペき如何なるものも得ること能はすといふ原始的思想が僻ほ残存し、基俳を凍世に求めたとも
見られ、笹こに至っては、最早や現世にあつて之が代償ねる悌む立つることとな♭、原始的思
想は此に重く滅し了つたものといつて差支なからう。而して此等諮俳は何れも過去世に於て駿
府修行し、始めて得法成僻したのであるから、衆生から見れば他力倍仰であるが、自力修行の
方面から見れば、此等請俳が放から顕現されたものとも考へやう。だから此に法楽供養の説の
とは勿論である。︵噸用舶用詣簸讃謂鮎靭㈱棚胡撃幣淵押だ参、醐囁倍︶ては甜勒倍仰を汲想するのであるから、此等は各基系統を異にして同一の形に鼻移し凍ったこ
あることは︼の注意すべき串蟹であらう。即ち薬師経に於ては阿甜陀経を引き、地裁経にあつ
抑那境川い詑︶此にも甜陀信仰の系統に屈するものと、弼勒倍仰の系統に屈するものとの二椰 物供養を鼓吹するものと、将凍彿信仰を拗記するものとの二麓の差別あるが如く、︵ 仲故に於ける法沸の他想 ︵松 木︶ 此串に開Lて注 疏日没鹿廊高論宗 教 研 究 第一奄 節四放 六四四 起るのも亦嘗然の結痕である。僻ほ後世の苗を以で之をいへば、第︼は化身併袋井であー、第 こは報身彿信仰であら、而して第三は彼の抜身伸豊舜の韮を謁したのである。 ヽノ 三、鮭悠供養即ち蜂聾供養は、何時から起ったか固よ♭明かならぬが、大衆諸鐙には諾彪七 ′l 駁はれ居ることは人の能く知る所である。而して黄銅辞する併を尋ぬれば、氾英終に併が種梓 を以て基師となせと詑かれた併にあることも疑ない。所が小乗混然終にあつては、偽と法とは 密接な関係を有するが仰ほ分れでことなつで居る。所で︼両には甜勒信仰の系統に屈し、他面 叉狸盤痙の致系な柑へたる﹁四貴子三昧紅﹂には次の如き帯注意に僻する冨がぁる。 其欲供糞併、 及券布衣貞、彼間島踵法、基心常鮪〓号 即ち是れは捏法を聞古、歌書心を超すものは、畢克備に供養し俳身に革弔することゝなるとい ふのであるから、彿と法、即ち色身と法身とほ殆んど此に同一硯せられ、蜂罪の供養は即ち傭身 の供警何等警る誓いこととなつたのである。碕ほ﹁巣南穂三昧攣︵帖謂篭槻詣礪雌雛沌 後‖浬娼経み する時に邁ぷ 000000000 0000000 著有衆生特長鍾沓.則於英人、俳子般況輿、法亦不鱒⋮︰是人衣兵士、常田祝悌 とあか。是れは吾人の最も注意を要する所であつて、小乗捏姫と大衆捏堤との中間に存し、爾
建に至っては
者の経過をなさしむるものである。即ち経法を持するものにあつては併は入滅せす、眩も滅せ
ず、彼は常に倣色身を見るといふ義である。荷ほ語を換へて之をいへば、法のある所即ち俳色
身あらといふのである。是に於では俳遺物も之を豊辞するに及ばず、究之が代償を求むるをも
要せす、唯法を持せば足れることと打アゥ、所謂色身と法身とは再び此に同一成せらるることとな
つたのである。
五
余究は前数節に於て、先づ係数に於ける法偽思想の致鶉上の撥臆を略改し、次ぎに傭的要求
の毅遷を概論した。此啓二田の租雑は、叉之を正反商諭と鬼ラ︼とも出水る。而して此等両面
の思想は、殆んど基鈷恕に於て細合致するに至り、桐ほ些一紙の思潮は北ハに綻れて大森捏婁緯
に珪入したのである。遺物供養や脂凍偽の思想を述べた大悲揮といひ、叉穣粥供養を説いた四
童子三昧経や、集稲穂三昧紹といひ、砦足れは粗菓部に属する経典でぁり、一面にほ大衆押葉
の光廣をなしたものである、而して大乗捏弟踵の他面叉般若中細の思想を腋受して居ることは
彼種を︼讃するものの容易に知卜縛る桝である。
仰故に於ける抹仰の患想 ︵松 木︶ 六川滋宗 教 研 究 節一巻 節四兢
六四六
顧徳三昧紅は大衆捏盤にも引用してある如く、後者の思想は直接彼に接するものである。前
にも述べた如く商徳三味経にあつでは、衆生の経法を持するものは、英人に於て俳は股捏盤せす
常に宙のあたb彿を観るを待となす。是れは即ち彿身常任説でぁるが、此には伺ほ﹁経法を持するものの食め﹂といふ條件を附し、常に面のあたゥ彿を視るものは唯此狗特の人間に限られ、一
般的に基常住を説いたものではない。だから言はば是れは偵件的常任給といつて美文ない、而
して是れは明かに小爽温盤に、踵種を受持怠らざれば傭の常に世に在るが如しといへる語に基
づくのである。併しながら常に彿を見得るものとせば、彿は常に在るものでなくではならぬ告
である。之を見得ると香とは唯衆生の機にあつて、備には閑せぎることでぁる。して見れば衆
生の見不見を問はす、彿よbいへば傭は一般的常任であるといふべきである。是れが即ち大衆捏姫に於ける金剛身の詭であらう。悌身は金剛不滅の身である、で又之・茅・ごシ︰ドの本憺
思想によつて我とも名づけた。普通大衆狸粟は些二大教義の一として法身常任詑を唱へたとい
ふが、此語は少し曖昧であつて、詳しくいへば法身常任質在詭の鶉である、即ち抜身を大我と
なした翫に於て大衆捏盤め樺色があつたのであつて、騒に抜身常任といふだけならば、大衆捏
姫以前飯に其詑は存したのである.既に彿身を以て金剛身、法身、大我とするならば、塵史的の彿は如何に之を駁するかといふ
に、大乗捏姫では此に中軌の訟を収わ凍ら、偽身にこ種を分ち、一を法身となし、他車鼻化身
と耕し、應虹的彿とは唯棍に衆生の袋めに始らく基相を現じたに過ぎないものとなす。二身の
設相に於ては、中晩撃者の詑と重く同じであるが、中観にぁつては歴史的俳は甚だ重要な地位
を有し、之によつて凡夫身と法との結合をなすのであるが、大衆捏輩に至っては歴史的俳は翠
に幻化の身にして、常任の法身に於て最も孟きを描くのである。だから歴史的俳は之を認めぎ
るものではないが、殆んど衆生の溜めに方便として現じた影の如きものとなつた。何ほ此串は
大衆狸盤に於ける大理築の語に於ても之を見ることが出水る。小乗狸盤の大股没盤とは偽入滅
のことを忠義するが、大衆性姫の大股捏姫とは決して灘波のことではたい、俳は常任金剛身で
あるから、入滅な云ことのあるべき笥ではない。大股狸盤七人るとは即ち抜身大我に入b、不銑不滅の鴻であるとなす。即ち大衆浬盤に於ける大股捏粟とは従凍の捏姫と同︼哉で、狸姫と
いふも牧捏姫といふも、叉大股捏葉といふも畢先付等の重なる所はなくなつたのである。是れ
亦騰史的人物としでの彿を殆んど眼中に記かないことを示すものといはなければならぬ。
桝の如く大衆捏盤では、彿身む常任的耳在的のものと鬼催したのであるから、俳の遺物費邦
彿故に於ける法件の鳳想 ︵松 木︶大窮現生に於では斯くして法身を以て一切を統一し得た如くであるが、問ほ此二身の悶、軸 叩間融を持たものとほいはれぬ。桁花身は同よ,り痩身なくしては顕現し得ないものではあるが、 埠化身即決身ではない。形なくしては影も存せねが、影なければ形も亦無いといふ評ではない。 乃ち抜身と縫化身との悶に仰は多少の差別を認めざるを行ないので■dJ一心。研が混信諭に至って は更に、法身常住舘在から並んで、所謂具如繰起なるものを説き、特に唯心的見解に塞きを措き、 此に古凍の仰致ポの難問たらし僻身論に於ても、一の新たなる僻滞を施すに空つた。此にあつ ては彿身に三和な分つに至ったのも亦一の発展でぁるが、二身や三身やの諭は今此にまとして 諭せんと欲する所でないから、始らく之を置くが、基俳身をも唯心的見地から佃渾したのは澱 も巧妙な鮎であると倍する。稲穂三昧揮杯にあつても、拝法新の褒めには彿は況英せす、彼亦 常に傭を見るとなすのであるから、俳を見ると否とは基人にあるといふことにな、り、唯心的の 宗 教 研 究 昇一巷 節四蚊 六四八 の如きは、固よ・り何等の要を認めぬのみならす、現在彿とか、賂家悌とか、過去備とかいふこ とを説く必要もじい。池現未三位の誇僻も、慣是れ同一俳であト、云はば僻は即ち唯常什二現 在着である。
思想は既に此に包合せられて屠るのであるが、大熊狸基に至っても椅ほ此思想は大に敬屁しむ かった。研が逓信諭にあってはlニ身も凹と足れ一である、化身と見るも報身と見るも描た又頭 身と見るも、唯是れ衆生心造幣の如何に由るとなす。即ち分別類語を以て眞となすものは伽の 色身を取って欝在となし、俳は外よゎ凍るとする、業誠を以て眞となすものは、無策の色相功 徳闘蒲するものとなし、報身を以て質在となす、唯伽に至って始めて法身な謎め待といふ。囲 是に於て乎三身は畢発足れ一となり.紘身S・外に色身もなければ、細身もなく、色身報身を外 にして抜身もないことと打アリ、節理相即し、色法合致して、更に秋宅の基隙を辞せざるに至っ た。理と僻との正反面諭も亦此に全然踪令嗣和せられ、係数に於ける法餓㍊想の第二の大段落 を成したのでぁる。 払併給の文は俳敬老の革ねく知る所でぁるが、此lこほ柘めて詑嬰なろものでむるから、念の 妬め之む先に掲げて放く。 nC
ヽヽ0000
此︹筑如︺川新二相、云何瓜二、∵若債分別事詑、凡夫二乗心所見粛、私娼聴力、以不知糊代現、見社外 00 ヽヽ 00 水、取色分野、不苗麓知故、二者依於光舐、珊諦苛陸従利府意乃式部研究克明心研几者、穀佗〓響旦 功前知丑色、色宥細見相、柚前知丑好、併任偵苑、亦有数穏々苑鱒阻研茄現、即無宥過、本叫究喝郎 相貌に於けろ沌仰の思想 ︵松 木︶宗 軟 研 究 第一怨 節四披 六五〇 分弾相東邦所喝常能住持、不毀不央、知見功也常田錘沈羅密等触猪狩霧及不忠紙器之折戌妨、 具足無丑異相、放紀瓜級卑又凡失所見普及共成色由於六道、各見不同、種々異相非安東相、故紙 瓜隠卑復吹初費忠苔座符節見者以深信最知法、故少分再見、知彼色相荘厳等準、細水触去、離於 00 分窄唯俵心魂、不離眞知、然此苔膵檎臼分別、以来入法月収故、若持浄心、所几砥妙非力l何勝、カ玉 音顔地立見之究克、著麒共謀則無見相、以縛併法月無祈彼此色相、法相見放.
停放火師に射する打法上人の懲旗 ︵城 崎︶
停敦大師に対する日蓮上人の態度
︼.和 宮 こ、n法上人の怨戊概現 三、法革紐と停故大師の宗旨 嘩∵停放大師の事典と析伏 五、正俊宋の三時と串塊の関係 n注が弗搾とLてのこ怜敦大師 六、行者多運の生描と戒腑〓恥立の大熊妨 崎 正 治
−緒 言
‖法上人といへば、析伏暇闘の人、限小舟師なく、一言一行盗く法敵む叱柁し㍗のみと思ふ人が 多い。モれでわるから、或圧傲慢不迩、甚しきに至って圧狂暴不些血等の形容制ら以て上人の人 物と祁発とむ想撤し、汝にその人みm蕾†る征と少くない。此等に勤して耕諭†ろのl工人1の︰目 的でセく、此等の訂−‡、多くほ上人の遺文に暗くて、見の想像互.退しうすろ人の浬泥に過ぎない。 此の如、イ・没詐ほ全く別問虹とLて上人が併組先師、舘にl‡膵貌火陣に劉Lて如何の応接れ、批 ったかといふ串についてほ、上人む農押する側にも、叉攻撃†ろ側にL、識見が祁lIれて揖て、戎ほ 全然侍故大桶み無親してfl朱のま哉む立て右トとし、或はその反射に、日通のま我ほ博歌り糊粕に 過ぎないと†ろ。その中川に柁々の忠見もぁるが、或ほ教理の上の拇指筒、戎l‡単に封入闘係わ 見る側面現が多いやに思けれろ。 そこで此り問蹟につ いて、著者に、先入まむ抱かす、撮経論む嘉て二て、全然指摘的lニ研究す一?必革 み感じた。飽づ遺文小で侍欲火帥に閤†一〇上人の言説む錐わて︵別表むJLエ︶介錯頚引わ泣り、分 類に放じて思想り柁路ゎたどり、叉その思想相互の閤聯む尋ねて見㌔ そ=でその措汲む整理 するに常つて、宛づ第一にほ、上人∵竺り踵嘩密光、抱賞り上から、そり怖欲火師に封†る態段ち明 に†るガ法む取ったが、何れの鮎にも数理m臨の背荒や法華踵祝法の根広がむる串▲ミ上人︼蛇 宗 敦 研 究 節一懸 節四妨の他の方術と異なる纏けない。握箕串兼ね説明するに敬哩を川ひ、而Lて放線の根底に立つて 行劫†る、此の特色ほ、借款火師に封†る怨正解搾に於ても、明に叉撒く現代れて侶る。此等の鮎 み駁するに、成るべく鍾納的研究に副うた踵験的組立みLて兄上爪りが木帯てぁる・ 木茄の日的ほ、日出侍の一面に光明む典へ−一にわり、孟踵托=琵上人でぁる。然し、モの性質上 自然の努として博放火仰の啓発叉−‡秋現わも剋綜†る要みるは勿論の準てぁつて、その鮎に於 て1‡情欲大師金塊み材料にした。但し此の如くにLて儒教大師の革み祝阜その俳放免上の位 旺ね砲じて∴も、それけ〓磁史上大師が此の如き人でぁつたといふ著者の解搾み現へる弗で克く、口 銭上人との関係から見た停放火師、叉‖琵上人から見た悌欲火師を剋拝†るりでぁる。 又問班の性質上、倖敦夫師から瑚つて、〓木でl‡聖徳太丁、支那でほ天台人師に及び、他力には沈 尊から∴几ナ∵狭軌郡上る艶冒補師にも多少ほ論及†る要一iわる。此等り助命にも、此軍り人々やそ の歌鴨場柴に閲して、歴ぬ批評上の断定を典へる馬でなく、=法上人が如何に此等り人々に封ぜ られたかといふ葦な明に寸︰ろ偲である。 木箱叫に圧、著者の﹁ほ準踵行者〓挙兵木ぎとして、之に登ⅢL、叉上人り遺文むリI川L豊川すろ に㌧木部と同じ方沫ねとつ㌔ そ?他文句の収拾、輩挟撃曽木背の池りでわろ。又餌椚的研究 とLてけ、引邦文と参mとが比較的に多い彗此亦填め蹴って置く。 伴故人師に封†ろn法上人の窟戊 ︵妨 崎︶ ;i:
文永元年、小捻原の法難は、﹁日本第一の法非綴の行者也﹂といふ自発を切無明碓にして、上 人の一生には大切な事件であつた。その法難の後十四箇月.清澄山の一房で著はされた法華退 ヽヽヽヽヽヽヽヽ 日妙には、自ら1枇本大師門人日蓮﹂と署名してある。而るに、後、文永十年、佐汲在島中、自 ヽヽヽヽヽヽ 分が一期の大串たる本尊抄を撰するに留っては、﹁本朝沙門日述﹂と署名し、叉団顕の本尊には、 ヽヽヽヽヽヽ 彿滅後未曾有の大盈茶羅を、口述が放めて閲し奉るといふ抱負を明記し、その少し前に最速房 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ に内諾鶴法血脈を授輿するに常つては、﹁末法法華一爽行者、法華宗沙門日述﹂と署名してある。 一は倍数大師の門人、一は先師も未だ成さなかった大菜の成就、此の二つの鮎、その間の差 典は、前後十年の間に於ける日蓮上人百億の螢遷と見るべきであらうか、又は他に窓妹は存し ないか。能く前後を比較して見ると、文永元年にも、﹁日本第︼の法華経の行者﹂たる自任と倍 数大師の門人たる告白と.相並んで屠るのみならす、文永十年以後にあつても、倍数大師の拉承 者を以て自ら任する観念には捷化はなく、大師を辞令と共に先師として仰いである。﹁経文を鮎 鋸と定め、天台樽敦の指甫を手に扱うで﹂︵∼品ニヂ︶といふのが一代偽造の兜恒方針であつた。 宗 教 研 究 茹一巻 節四坊
〓 日蓮上人の態皮概観
六五四一鰻、︼方に、先師も成さなかった串を成就するといひ、天台樽改も末法の行者には及ばない
といふ如きは、世間普遍の立場から云はば、師を凌ぐもの、師恩を無にする者とも云ひ得る。
然るに、此の如き抱負自任の人が叉同時に篤く師恩を思ふのみならす、忠蟹に先師の先捉を踏
むで、一生の節米を一文したのである。此の両面は、一見して矛盾の如くであるが、師恩に関
する上人の教理から見れば︵水澤十玉串轟掴︶、少しも不思議はない。但し今は、数理として見るよりも、経歴の上から大髄を観察しやう。
天ム‖の哉渾指市に基いて墜華緩を中心正範とするといムー串は、上人が叡山在串以来の信念
であつた。安閏諭上古から伊豆統非にかけて、析伏の必要を説く時には、慶ば樽散大師の六宗
難破を聯想して、その跡を迫ふとの怠を明にしてある。一而して、後年、佐渡流罪中、将に自家
狗得の難業を成就するといふ抱負の時代にも、天台伯致を宗とする鰭皮と先師に射する奇祭と
は少しも漁らなかつた。即ち自分の使命を宣言した網目抄の中にも、﹁‖本に俳法渡りてすでに
七宵除年、但だ樽致大師一人ばかb、法紫綬を観めりL︵凱藍﹀といひ、又は﹁ト一本園に此決闘は るる節三度寵古、悌散大師と日蓮ならと知れ﹂︵胱詔︶などある。即ち法雅弘通の上に於ては、袈に﹁板木大師門人﹂として大師の故紙を快弘するといふのが、︼生を通じた自任であつた。但
博救大師lこ封†る日蓮上人の憬l斐 ︵妨 崎︶ヽ 宗 故 研 究 茶−巷 節四耽
し邁緒を擬放するといひ、快弘するといふ忠昧内容や、その賓行方法に萱つては、先人来聴の
忠我と規模とを具へやうといふのが、叉他面に於ける一生の抱負であつた。﹁板木大師門人﹂た
る串と﹁閻浮提銅︼の法華羅行者﹂たる串とは、此の如くにして、細並び又粕合して、‖迎上人
の一生を支配した翫念であつた。
されば、法華経の正統が、辞令以来、天台、樽数を経て自分の上に及んで居るといふ隼は、賓に
、ヽヽヽヽヽヽヽヽ 閑散皆昨からの抱負であつたので、㌶一の大治究元る守護国家論は、別に樽疲大師の守護閥界
発と同意同結構であつて、その封手として枝すべき者が、場数の場合には、法相宗であつたの
が、り蓮にあつては浮士宗を射手とするにある。而してその結諭に於て法華行者の心得を示す
ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ
上に於ては、法華経と日本国との関係、即ち俳園渾土の理想が此の日本闇で貫となるペき箪を
強く説いてある雲節点3。足れ要するに、天台、倍数の追給考那け、又その理想を蟻弘するとの意である。
俳法の中心は抜輩紅、而して日本団ほ末法に於ける法華経洗亮の団だといふ思想は、日本俳
法の始終に退く流れて居る規念であるが、最も之を望−−﹁.したのは倍数大師である。即ち決準秀 句︵講義に、自分がか掛かか肘を述べて日く、﹁天台大師は群迦に信航し、法紫紺を腎て︵之を︶麓旦に救助し、叡山の︼家は天台に相承し、法華宗を助けて日本に弘通す。﹂ 日蓮上人亦、先師の串を述べても、叉自分の天職を宣ペるに際しても、屡々此の文智引用して経 典とする串肢々である。之を言ひ換へて云はば、 併城後一千入官飴年の問に︵即ち借款皇での間︶法学拝の行者、沃土に︼人、日本に一人、巳上二人。 報恩抄、︼四七九〓七四︺ 挿環ね加へ寒りて巳上三人なり。 但し此の三人を粒承して末法の弘通を韓任する行者が筋四人たる串は、勿論の次第であつて、 三人に︼人品へてご即即がと誉といふのが結着である︵欄琶。 ヽヽヽヽヽ 但し三人が四人になつても、それは見同串を繰返すのでなく、先師三人にも各々特別の時代 ヽヽヽヽヽヽヽヽ に樽別の天職任務があつた如く、日蓮にも亦自卦の一生に行ふべき特別の任務がある。その婚 別の鮎といふのは要するに、末法の世に法華経本門の弘温を質行して、三師の追緒を完成する といふにある。即ち上は辞令から天台樽敦ぉ経て下目分に至る問の血脈相承について、その世 ヽヽヽヽヽ ヽヽヽ 界規の級底として法華経山蜜相搬と、彿敢の歴史についでの正像未三時の規念と、而して自分め ヽヽヽヽ ヽヽヽヽヽ 日本に於ける郎業.多難の生活、末世の鰯の理想宣揚と、此等が複雑に相呼此し、整然として思 想の組穐を造む上げて慮る。加之、此の如旦二園田師の血脈む宣揚する鰯には、その正統の沫 博散火師に封†る8沌上人の態戊 ︵妨 噂︶
宗 孜 研 先 節一穆 節四張 六五八 をはづれた︵天台の教義を中心ま童として見て︶諸涜、即ち所謂る静法に射する静評難撃を必要 とし.此の忠妹で損擬し突進した析伏戦既ぬ、ま哉に於ても賓行に於ても、常時の日本国︵政 ヽヽヽヽ 肝と宗敦家と人民とを倉むで︶と衝突して、迫害多難の生活を誘致した。そこで右の血脈相承 ヽヽヽヽヽ 軌と析伏戦闘とは、粧して捗れない開係を有する次第であるから、倍数大師に射する経度とい ふ串の中には、又倍数大師に背く宕に射する憺皮を切b推す串は出凍ない謬になつて居る。 此等の思想は、上人一生の述作、特に佐渡以後の述作には到る慮に、常に細密著して現はれ て居る。而して佐渡の大作には、立とする限日の異なるに随ひ、言ひ衷はし方は異なつて居る が、締着は此の問題−−血脈相承と自己任務との閉係1に節して居る。即ち此等の大作、法
を弘める人品はしセ即即が語開﹁人と宇宙とあ根本文節趣た孟箸宣明し芸茅︵紬憫
竿此S速星める人の働く時を論じた卿研が︵講和︶、豊師親の警報ずる宗教生活の模範 ヽヽヽ を示した報恩抄、何れも自家の使命を中心し㌧し、之智説明する鰯には天台傭致に対する悠皮に ついて細論Lてある。それ故、此等の中一つだけでも十分仔細に研究すれば、本問題は解秤を 狩るのである。此の串は、前に逓ペた如く、締約的に此の問題を研究して彼、此等四番の各々 についての組織数畿的軒先と対照して見た。その紙果、此等静凱相互の関係の後難なると共に、≡ 法華経と僻散大師の宗旨
法非捏な離れて天台の数式もなければ、棉致の雄間もなく、而して‖述は、末法の始に皆っ て己が身命にその時華粁を醗現せんと期した人である。法華揖の何たるかは、今之を説くの要 ヽヽヽヽ はないが、その世界軌は、諸法質粕の〓昌に鼓し、妙法蓮華といふも、衆生の本性、宇宙の雷 ヽヽヽヽ 醗entiぢである。故に口述上人は、本尊の宣闘に頂いで昏恨鶉抄で此の鶉を明かすに督っても、 天台妙壁の諸法蜜細論を掲げ、叉倍数大師が野鶴を引用して云く、 悌欲火帥押Lて云く二面ふ、法革紐托何を以て髄と冤†かj。﹁答ふ、雑技拭柏む以て膿と渇す﹂と 此の和分明也 ︵詑︶骨⋮咄り事沓、此押み秘Lて名み顕ほさす、然るに此文む名けて妙技注撃と日ふ 照應の微妙なの一で鬼て、蠍数に対する日蓮の思想が、上人の一銭に丑嬰軸たる所以を敬見し栂 たやに恩ふ。 但L此の冨の野貿は、本論文金膿を終って彼の串として、此から紋別叙怨め胞序は、先に述 べた如くにして進まう。 我血。 悌散大帥に封する日蓮上人の磁戊 ︵城 崎︶ 九九三︹六九五︺ 六五九此を尚ほはどいで云へば、四使金吾への一書備には左の如くある。 こん讐やl 今細具碍空か11Iヒの木偶、一切衆生皆成彿近の根元と申†も、見此の誰法賞相の四字エリ外は全 くなき也.されば酵玖大師は、筏盟の汲藩ねしのざ給ひて相伴Lよしよ†も此の文也・﹂か 、、、、、 かいゑ 飛丁の一首とほ足れ也.雷惟戎含天台宗の阿甘の汝門み申†︵登も、此の踵文み慈しく待怠L て邪哉空言出し侯ぞ。具此の踵ね弼ちて南無妙法蓮華僅と鳴へて正直姶方位、但統派上 道と信するみ、硝法貨相の閑曾の法門とほ申†也. 一こ八七︹八六九︺ 即ち樽散大仰の敢鶉も此り一旬に生きるが、常時の天台寧の如くに、饗細粒を以て翠に一の形 而上諭として、抽象的に之を論議し、又は話法質相を一種の詩的取念又は紳秘軌にし了って、焉 に成偽造の要諦元るペき算術的宗致を逸するのは、韮寛極致の本意を忘れたもの。成彿造の要 諦を外にして講法貨棚を説くのは、畢克思想の閑事業であつて、借款大師が披溝を渡って迫を 唐土に汲め、常雛を排して叡岳を日本に開いたのも、南無妙時運輩紅、即ち法華経の眞理を生 命とする開骨貰行にある。此を総承し既達するのが即ち日蓮の天職である。此が即ち上人の宵 舶租叉天ムU宗観であるが、その倍数大師と異なる鮎は、後に説かう。 絡法貨相を心に燈し身に行ふ方法は、︼は一念三千の取払と、一は即身成体の串貰︵単に理 宗 敬 研 究・界一金 井四披
想でなく︶である。是れ亦天台倍数の迫緒であるが、此等の法鶉、亦現在には天台宗門中の誤
見で濫用又は曲解されて居る。
、、、、ヽヽヽヽ 鮨︼、一念三千といへば、単に甑心の行の如く見るのが叡山でも通常になつて、意心付和は、
ヽヽヽヽ
此の修行を所謂、﹁天奥猫朗﹂、即ち心の本性不生不滅の超絶界に入って香然雑言の翫心を主に
し、此の墳が即ち印身成俳だとして居る。﹁白雲青山、是れ何者ぞ、見是れ一心の影像也、され
ば春霞秋蕗背走れ一念也﹂︵軸型︶と悟っては居るが、さてその胸朗境が如何にして四倍五品乃至勒拝不樫の法準綻潜行即ち智証的妙法と関係するか。日蓮、亦勿論一念三千の修行を重んじ、
其の筋行の結苑一心三睨の琴曾待て﹁本魔のうつつに綜♭﹂、﹁軸作三身﹂を敬神すべきをま張す
る︵蒜紅撃然し諸法欝相の敦我と、一念三千の翫行と、此の∵や本性の賓紀音符と、敢行註の三者具足して、而かも妙法蓮華踵の倍につづめて、妙鮭の智行を生命とするのが、賓に天台
ヽヽヽヽヽヽ
ヽ 大師の柏崎、倍数大師が石塔中の秘倦として相承し、今、日蓮が未払の既に宣揚しっっぁる﹁己
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心相承の秘法﹂である。三組四師の舶承といふも此に外ならぬ。然らば、今の天台単著の如く、
﹁天具狐朗﹂の超絶界に苺邁して満足するは、畢寛像法時代に行はれた軌心一面の行怯であつで、
天台借款の本意でなく、又末法現代の宗数でない。
樽散大師に封†る8菰上人¢態度 ︵妨 噂︶宗 教 研 究 第一稔 節西彼 六六二 むヤく 所箆、末法に入って、天武将別の法門、飯盛也・勤行に托用ふべL、正行にほ唯南無妙法浅学錘也・ 博敢大師云く亮に描け聖二固三師の官︶⋮・今日弦ほ感中相承の前知妙法荘嘩紹の七草空末法 の時、B本国に弘絶す.盈れ豊、時問相鮭の傍法にわらすや。末法に入つて大足時期の法み弘 ヵて正行となさん者托、必ナ無同大城に堕ちん串疑克し。︰︰・・上に夢ぐる併の法門・⋮・柔くほ ヽヽヽヽヽヽヽ 修羅奇相博日興仔放火師の作︶の如し。天台宗の久我、之に過ぐべからざ・〃かJ l心三軍一念 、︼′ヽ 三千の梅理、妙法弦撃踵の一貫の外︶に、出です.⋮・ 侍軟大師云く、和合︵師道混和伶︶悲恋わつて、−心三戟み一すに博ふ、主旨停毎歌所授の符州相望 ヽヽヽヽ に云、く一す妙冒、一枚のこ上衣と云々。﹂⋮・ 弘安三年 十八蹴清抄、二〇〇八−九〓三五八−五九︺ ︵命同蒋前部参照︶ 惇敬大師、修辞寄畑価n口詑 ︵全盛、三管七こ七空 要するに、天台の蒜三千も、樽致の相承も、数行詮具足の一念三千、即ち五字題目の修行 であつて、翠に天眞猫駒の触法でなく、此の相承は即ち日蓮が雨大師を接承する所以である。 よか‘1 日運上人自らがその洗・曾汲むだ横川の悪心すら何は此の如く、天台倍数の正念を得て居ない、 況やその他、例せば新洗行の達磨の蹄法に於てをや。一概、一念三千の取法と碓とは、奴心修
行として甚だ相近い標であ、り、個数大師が﹁一心三瓶は二言阜背き憧ふ﹂といはれた石塔相放
と、達磨が泡盛の枯華微笑から樽へたといふ致外別個とは、一寸見分けのつかぬ梓似て居る。
現に叡岳の巾にも此の如く天台の軌心曾解し、それから郡宗に入った者も出凍て層化。点し、
日蓮上人から見れば、足れ寸薦千盟の差を凍す着であつて、天台の一言妙法は、宇宙を憤とし
衆生心を性とし、一切の綻諭併設を包含して而かも之牢粘着︵即ち開骨︶しだ一乗の法である。 ︵鯛批詔詣欄棉刑卵皿註︶。然るに遥磨の肺法はJ彿を無みし法を戊外にして、己心を本尊とし、﹁毘成の頂を凋む﹂を以て誇むとする。是れ﹁己心の妙法を配せよ﹂といふ天台相承の本旨を失
し、所謂る天魔外道の法と境港する桝以でぁる。︵以上、主として文永十∵年の立正翫抄㍍霊 豊玉︺︶。此を似て、上人が一心三根を樹立しで櫛を排するに普っても、天台傾敬の正意な弘兆すると
いふのが目的で中り、天台概数の血脈相承を重んじ、特に石塔仲威の蓬旨を拳する1′いふのが趣意であつ托。即ち右のぶ証取妙には此鮎を〃改して日く、
﹁見放に天山=の博注tl、深く凹俄に依り、亦仰踵に臓ふ。﹂ 本朝天台宗の法門11、俸銃火帥エリ之ね始む。⋮・阿大師の侍法、飯に法琴線に依る、軍其の未墾之に泣ぜんや。速†るね以て、知んわ、常
修改大師に封†る日産上人の鶴戌 ︵妨 噂︶ 六六三宗 教 耕 究 辞︼巷 折田枕 六六四 せの天台宗の畢者ほ、天台のこ心塔血脈な秘L失ふ故に、天台の血脈相癖の秘法み習ひ失ひて、我 かう れと一心三社の血族とて、我が急に任ぜて番ね泣り、鍋の袋に入れ、班に懸け、稲の底に埋めて、高 じlす 直に繁る故に、耶哉観中に流布して式台の併沈み破失ぜる也。天台の本意ね失ひ、持寄の妙法 み下†。足れ偏に連磨の教訓、者無為の勧め也。 ︼〇七l−七こ〓六〇〇−こ 即ち一念三千の法門に於ても、天台倍数の相承を抱承し螢達する、即ち題目五字の法ぉ米汝 の世に弘宣するといふのが、日蓮の抱負又信仰であつた。他方、−見して似た撲でも、天眞狗 朗の魁心や荘指人心の解法は、爾大師の正義に背くといふにある。 一念三千の修行に正に頂いて凍るのは即身成体の哲想︵否貰撃である。此れ亦日蓮上人の致 壷には重大串であるが︵娼虻聖︶、それについても、大本は天台脚数を椒承するといふ自発は 明白である。されば晩年の述作にも.此の敵襲を説いては、倍数大師の眞蕊を拳する意鶉を向 かにしてぁる。 ︵津嘩揮葡五の堰に、即月収併と申す、一踵第一の肝心みり。⋮・されば萩山の根本何故大師の、此 000 邸を樗L拾ひしにほ、⋮・妙法踵力即月成体等。沃土の天台智者大師、法準踵の正我み上み粍 00 じめ姶ひしにほ、他線但氾男不詑女、カ重今撫曽詑邸云々。此は、一代聖歌の中には、法革紐第−、 法撃趣の中に托女人成併弟︼ な二りと=とわらぜ給ふにや。
妊の新堂が出水元時にも、登に天台大師諸芸ひ、而してい箭緋,︵㌫駅詣踵︶雷修せられ し、温故又は流罪中でも.鎌倉で弟子等に報恩の講式を行はしめ、ニ 弘安こ年、上野殿御返事、一入四〇 ︹六〇こ ヽヽヽヽヽ 此の如くにして、法華経の正義、即ち彿が一代敦の眞忠節着は、天台大師之を苛み始めで支 那に顕宜し、個数大師之を日東に傭へた。此く考へて、日蓮上人は帝大師を先師とし、辞令と 自分との間の博統者として帝大師を崇敬し、その迫嘉の敬意は、終生漁はらなかつた。此を以 て弘安三年、地上兵街が小袖等を供養した功徳を耕し、倍数が天台を崇んだ依憑盤の言︵摘耶︶ ぉ寒げ、阿羅浸等を大に供養するにも勝るとしで日く、 ︵今よでの︶法学鹿¢行者の功徳勝れたスこ伊官千番億倍なり。天台大師此に五れたる串五倍也。 かかる人み供養†れば、瀬九こ劉掴山につみ給ふ也と、借款大師=とわらぜ給ひて候。 こ〇四三︹九四lこ 即ち此の意味で、年々六月四日︵借款忌日︶と十一月二十四日︵天台忌日︶とには大師諦を修 停汲大師に封†る日渡上人の態度 ︵城 崎︶ 巷 m 弘貸元年、千日厄釦返事、一七五六 ︹七六九︺ 同 年、妙法尼和迩串、一七囲三 ︹七三二︺ 倒木苗. 竜四文 ︶弘安四年十一月身
文︶。特に天台倍数に対しては、法華経の崇拝と相合して、一生報謝の誠を誼された。即ち上人が