インバウンド観光振興に関する研究―日本の観光政 策の変遷と旅行者行動分析―
著者 野瀬 元子
学位授与大学 東洋大学
取得学位 博士
学位の分野 国際地域学
報告番号 甲第286号
学位授与年月日 2011‑09‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00003935/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
4章 諸外国の観光・交通政策の事例分析一外国人旅行者の旅行環境に着目して一 これまで行ってきた戦後の東京都における観光行政のレビュー1から,観光振興を目指す 場合,観光行政において,①「観光」の行政の中での位置づけ(文化交流,経済振興等),
②効果的,効率的な施策実施のための体制の整備,③政策評価のためのパフォーマンス評 価,以上が重要であると考察した.
日本では観光庁を設置し,様々な取り組みを行っているが,より効果的,効率的な観光 行政のためには,諸外国の取り組みを把握しながら,相対的に行政のパフォーマンスを明 らかにすることが考えられる.このような視点から諸外国の観光行政に着目した既存研究 として,国際比較を行った岡本他2,羽生他3がある.またJ特定の国,地域に着目し,その 詳細について事例把握を行ったものとして,古屋他4,小浪他5,野瀬他6,自治体国際化協 会7などがある.近年では,経済環境の著しい変化とともに,行政の取り組みも適宜変化す ることから,観光を取り巻く環境と関連付けた最新の動向を把握する必要がある.そこで,
本章では,国際比較を通じた日本の観光行政の検討を念頭としながら,先進的な観光政策 の取り組みがなされていると考えられる,外国人訪問者数が世界で最も多いフランスと,
言語障壁など外国人旅行者の受け入れにあたって旅行環境の整備の課題が日本と共通する と考えられる韓国を事例として事例収集および分析を行った.
4.1 フランスの観光政策の事例分析
フランスは,世界で最も外国人訪問者数が多いことから,先進的な観光政策や観光行政 の仕組みが導入されていることが予想されるため,はじめに,フランス観光行政の関係組 織を公式ホームページや各種出版物を用いた文献調査により把握し,フランスの観光行 政・政策の卓越した取り組みの事例収集することを目的に文献調査を実施した.
4.1.1 はじめに
国際比較を通じた日本の観光行政の検討を念頭としながら,本研究の目的を以下の2点
として設定する.
1.フランス観光行政における中央政府と地方組織の取り組み,組織間の連携,役割分担 の実態を明らかにする.
2.日本の観光行政との相違点を明らかにし,今後の観光行政のあり方についてのインプ リケーションを考察する.
4.1.2 フランスの観光行政組織
OECD資料8から,フランスの中央政府,地方組織ごとに行政組織を明らかにした(図
4.1.1).
経済・財務・産業省 フラ以観光開発機構
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全国観光評議会
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全国パレス小切手庁
@ (ANCV)
国務長官(商業、1芸,中小企※,観光, サービλ,泊漸】政}ll」9
花の村全国評議会
州レベル 競争・産業・サーゼス総局
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州長官
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州観光代表部(25地域)
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@ au Tourisme) 観光・商業・工芸ザピ榔
州議会
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州観光委員会(OOmte噸o頑du⑩面sme)
観光課
iSous−dircction dll tounsmc)
県レベル
県議会
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県観光委員会(co雌d句田眉畝姻血
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コミ・一ン/広域行政レベル
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図4.1。1 フランスの観光行政組織
まず,中央政府に着目すると,観光行政・政策は現在,経済・財務・産業省(MEFI)にお ける競争・産業・サービス総局(DGCIS)の所管となっており,そのなかで観光課は,観光・
商業・工芸・サービス部に属している(2009年設立).また,行政組織外で,特徴的なもの としてATOUT France(Agence de d6veloppement touristique de la France/フランス観光 開発機構,経済利益団体(GIE))が存在する.これは,国内外のマーケットを対象とした,観 光現象の観測を担う組織とプロモーションを担う組織が統合された国家レベルで唯一の観 光組織である(2009年設置).
一方,地方組織に着眼すると,その階層各々に対応して,CRT(comit6 r6gional du
tourisme,州), CDT(comit6 d6partemental du tourisme,県), OTSI(offices de tourisme et syndicats d initiative,コミューン)と呼ばれる組織が存在する.特に, CRT, CDTは 行政機関に含まれる組織ではなく,外部組織として設置されており,柔軟な組織運営を念 頭として,各自治体から業務を受託し,民間スタッフなどと連携しながら,営利に近い業 務も実施しているものである.なお,1987年にCRTは州議会から委託を受けた(1987年 1月3日付,州の観光関連組織に関する組織法第87−10号).
4,1.3 フランスの観光行政・政策の特徴
行政組織の把握に続いて,観光振興のために観光行政において重要と考えられる3項目 について,フランスの実態把握ならびに日本との比較を行った.
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(1) 「観光」の行政の中での位置づけ
日本の観光立国推進基本法では,観光施策の推進を通じて,「国民経済の発展,国民生活 の安定向ヒ及び国際相互理解の増進に寄与」を目的としている.それに対応するものは,
これまで調べた限り存在しないが,Strat6gie Destination France(観光戦略計画9)には,「観 光による経済成長と雇用創出貢献の向上を目指している.」とあり,両国とも経済の発展を 重視していることがわかる(下線筆者).
また,観光庁(日)とDGCIS(仏)が取り組む施策を比較したものが,表1である.
表4.1.1観光行政組織の施策10・11
日本 フランス
国際競争力の高い魅力ある観光地
テくりの支援 ・ 持続可能な観光,地域開発
海外との観光交流の拡大 A・
旅行者ニーズに合った観光産業の
sx化の支援 一
観光分野に関する人材の育成と活
pの促進 観光のための職業人の養成
休暇取得の推進等観光をしやすい
ツ培の整苗 休日取得の整備
一 観光を取り巻く法律,規制の整備
統計と観光の経済効果計測
一 宿泊施設の水準評価
表4.1.1において,対応すると考えられる施策を横にならべているが,日本では観光交流 の拡大や観光産業の高度化の支援が明記されているのが特徴といえる.
フランスでは,これらの項目が示されていないが,外部組織であるATOUT Franceに,
さらに大きなフレームで示されている.具体的には,ミッションとして「観光の需要供給 の徹底的かつ継続的な市場分析とモニタリング機能を整備する.」を掲げながら,2つの主 要なミッションとして,1)開発への支援,2)商品化への支援,をあげており,さらに2010 年から10年後を目標としながら5つの戦略を示した戦略計画の立案,5年後を目標としな がら3大テーマ(戦略セグメントを優先,各ターゲットの活動に応じたコミュニケーショ ンの調整,戦略的選択によりプロモーションを誘導)を設定したマーケティングプランな ど単年度ではない,より長期にわたる計画策定が特徴といえる.
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図4.1.2 ATOUT Franceのミッション概念図9
図4.1。2は,ATOUT Franceのミッション概念図であるが,この特徴として,観光の需 要・供給を効果的,効率的に改善するためのプラットフォームづくりが最上段に掲げられて いる点がある.
(2)効果的,効率的な施策実施のための体制の整備方法
効果的,効率的な施策実施のために,様々な取り組みが見られるが,特にそのなかでも,
地方組織との連携,役割分担を効果的に行っている仕組みとしてド記のものが挙げられる.
表4.1.2 中央政府,地方組織間の関連性規定10 法律等
観光組織法
国・州間計画契約
(COTItlat de Plan Ftat−1 C, Lr lon)
概要
行政4レベルについて,関係1三体 の位置づけ,観光に関する権限の 分配,棲み分けを明記
州は、観光ゾーンの整備にあたっ て国家との間で国1:整備について 契約を締結
日本では,観光庁組織図において地方自治体との関連が示されていないが,フランスで は観光組織法(1992年12月231・1法)によって,各々の役割が明記されていること,さら
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に計画契約といった国と州との連携が規定されており,CRTは観光開発指針計画(sch6ma directeur de d6veoppment du tourisme)によって活動の方向付けがなされるとともに,本 計画が策定,契約締結されることによって予算獲得が可能となるのが特徴といえる.なお,
1987年に設立されたCRT(州観光委員会)は,規定によって州が観光プロモーション政策 を独自に策定・実施できるようになった.
以上のように,中央,地方間の関連性を法律や仕組みで規定しており,より効果的な取 り組みを行っていることがわかる.その背景として,国を頂点に,海外を含めた26州,海 外県を含む100県,36,000を越えるコミューンの4レベルで,個別の機能が定められてお
り,観光政策は政府と地方組織で調整されながら策定,推進され,各地方組織レベルにお ける観光政策の実施は官民共同を基本理念としている点があげられる10.
また,効果的な施策推進のため,各種データをATOUT Franceを中心に整備しているが,
その実施にあたっては,CDT, CRTと協力している.さらに,州の出先機関として,観光 代表部に中央政府から行政官が派遣されている.
この全国統計調査の具体例として,1万人以上の入り込み数のある全国の観光地,観光 施設全てを対象とした調査が実施されている12.当該調査の開始は1991年で,統計データ 整備の蓄積やデータ提供機関の一元化などが,日本で今後検討に値する課題と考えられる.
4.1.4 政策評価のためのパフォーマンス評価
昨今,行政のパフォーマンス評価が着目されているが,フランスにおいても試行してい る記述(「実行した政策のパフォーマンス指標と観光経済の制御システムの開発」:戦略に おける5つのポイントのひとつ)はあるものの,具体的なアウトプットはみられない.
4.1.5 フランスの観光政策のまとめ
日本のインバウンド観光振興の観光行政における提言を行うことを目標として,本研究 では文献調査によって,フランスの観光行政・政策の実態を把握した.日本との比較でフ ランスの卓越した取り組みと考えられるのは,1.受け入れ地域から中央政府までの各観 光行政のアクターの役割分担の明文化,2.州(地方)・国間の計画契約の存在,3.統一
した統計基準によるデータ収集手法の確立・実施,4.共有データ配信を担う単一の観光中 央組織の存在,5.データ整備をはじめとして,さらに情報プラットフォーム(基盤)づ くりを通じた競争力のある観光支援体制を構築が挙げられる.以上の5点が日本において 今後の課題と考えられる.
4.2 韓国の観光政策の事例分析
本節で実施する韓国の観光政策の事例分析の方法と目的について述べる.韓国は,中央
政府レベルの韓国文化体育観光部(Ministry of Culture, Sports and Tourism(MCST))・韓国 観光公社(KTO(Korea Tourism Organization))ならびに特別市レベルのソウル特別市・ソ
ウル市観光公社(Seoul Tourism Organization(STO))へのヒアリングを通じた観光行政の実 態把握を目的とする.韓国の訪韓外客数(2009年)は781万人(内,日本人303万人,KTO 調べ)であり,訪日外客数の679万人(内,韓国人159万人.JNTO調べ)と比較して多く,
積極的なプロモーション等がその一因として考えられることから,調査対象国として選定 した.これらの調査から,効果的な観光振興の達成,さらには「地域主導による自律的な 観光のあり方の創出」に対する知見が獲得できると考えられる.なお,ヒアリングは平成 22年8月22日から25日まで,MCST, KTOならびにソウル特別市, STOにおいて実施
した、本章の事例分析は,ヒアリングおよび各種資料,ホームページ等に基づいて行った.
4.2.1 中央政府,文化体育観光部(MCST)の取り組み
韓国中央政府で観光を所管するのは,MCST(日本政府の 省 に相当)であり,海外への 情報発信,国内観光施設の整備については,KTOが担当している13.
MCSTの重要な施策としては,
・観光が生活の中で大きな役割を有し,観光の権利や喜びが重要なものであるために,観 光需要を増大させる施策(例えば,土日の連続休暇など)を検討,
・観光者の利便性向上のために,食事,宿泊施設,観光案内体系などについて,マーケテ ィングの強化を行い,訪韓への仕掛けを検討,
・交通カードに加え,観光券など,入場チケソト,クレジットカードが一緒になった観光 カードの創設をサポート,
以上を上げることができる.
さて,観光行政にあたっては観光基本法が大きく影響しているといえるが,その目的は
『国際親善を増進して国民経済と国民福祉を進めて健全な国民観光の発展』と記され,日 本の観光立国推進基本法と類似している.一方,日本との相違点として,まず,観光振興 中期・長期計画と年度別計画から構成される観光振興計画の策定が義務付けられているこ
とがある14.
この観光振興計画の策定は,韓国観光研究所(Korea Tourism lnstitute(KTI))と地方自治 体の審議を通じて,最終的にMCSTが決定するものである.従って,地方自治体との合意,
シンクタンクであるKTIによる科学的知見, MCSTによる予算制約の3要素がセットにな って検討されていると考察される.
2番目の大きな相違点として,政府は観光振興のために観光振興開発基金を設置しなけれ ばならない点がある.観光振興開発基金法では,基金は次の各号の財源で構成されると規 定される.
1.政府から受けた委託金
2.カジノからの納入(総売上額の100分の10の範囲)
3.出国納付金
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4,基金の運用によって生ずる収益金とその外の財源
これらの基金を活用しながら観光行政を推し進めているが,MCSTの基本スタンスは,
民間投資が無理なところに国の財源を活用しててこ入れを行うものと考えられる.ある年 度では,民間企業に200億ウォン,KTOをはじめとした観光振興事業に3500億ウォン融 資しているとのことであった.この財源は,先に言及した観光振興基金をべ一スとしてい る.そして,これらの投入にあたっては,観光振興計画に沿って行われるものであり,発 展のための10年計画,圏域開発を総合的に行うための5年計画に基づくが,計画に明記さ れた施策全てが行われるわけではない.
さて,韓国の観光地開発について,観光団地がしばしば取り上げられる.ある広さの地 域をまとめて開発する観光団地の初期開発事例として,済州の中文団地があるが,当初自 治体や企業が開発に取り組んでいたものの,良好な結果が得られず,KTOが介入した経緯 があった.当時は,民間,自治体の力が不足しているとともに,政府の重要施策であった ため、KTOに大きな役割を課せられていたといえる.これら観光団地は済州や慶州など 1970年代から開発されているが,現在29存在する団地は全て民間資本で運営されており,
MCSTは観光団地の指定基準の緩和(100haから50haへ)などの制度整備や観光に必要 な最小限の施設整備についてのみ関わっている状況である.
このように技術力,資本獲得力の向上等によって,開かれた環境における競争原理を導 入しながら民間活力の果たす役割が大きくなるため,MCST, KTOの事業としては施設設 計や需要予測などのコンサルティングが中心になると考えられる.この機能再編の流れは,
KTOの有する免税店の特権についても同様であり,2008年度から計画的に民間への譲渡が 開始されている.
また,観光開発は都市開発と密接に関わっているが,基本的には,その対象地区の色分 けによってMCSTが先導するか,否かが決定される.先導した場合でも道路や土地区画な ど都市計画と密接に関わるため,MCSTがコーディネータとして大きな役割を持ちながら,
全体を調整する形態となっている.また,観光団地開発と都市計画の役割分担については,
はっきりとは言えず,協力の上で実施しているとの回答であった.
最後に,観光行政のアウトプット,アウトカムのチェックである政策評価システムは現 在のところ確立しておらず,まだ研究段階である.政府の予算投入の効果計測指標として,
インフラ関係の来訪者数指標,情報提供におけるページビュー回数などがあるが,現在は 指標としてチェックしているのみで,翌年度の予算配分に間接的に利用しているとのこと
であった.
4.2.2 韓国観光公社(KTO)の取り組み15
韓国では,KTOが主体となったチェジュ(済州)島の観光団地開発は大統領による指示 があったといわれるなど,観光産業を国が育成する伝統が1962年のKTO設立時から現在 まで続いてきたといわれる.それに対して,近年,民間への開放,介入部分を大きくする
といった大きな方針転換が進行している.
特に,空港における免税品店などの収益事業の切り離しは,KTOの機能及び組織体制面で,
人きな転換点を迎えているが,図4.2.1にKTOの企業理念から戦略課題までの一連の流れ を,図4.2.2,図42.3にKTOのビジョンおよび中長期戦略を示す.
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図4.2.1 KTOの企業理念から戦略課題までのフロー15
KTOのビジョン及び中長期戦略
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図4.2.2 KTOの中長期戦略・革新目標15
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KT《)0)ビジョソと連携した革新目標
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図4.2.3KTOのビジョンと連携した革新目標15
MCSTの方針転換により,広報活動だけを行う組織となるようなKTOの機能再編が2008 年末から開始されている.KTO先進化政策が2009年に策定され,2014年までに段階的に 収益事業を切り離し,民間への売却を進行中である.具体的には,投資していたカジノ会 社の株を2009年:30%,2010年:19%,計49%売却し終わり,免税店もすでに2店,ゴル フ場も売却が終了している.これらの流れは,大統領やMCST長官の「民間でできること は民間に任せるという」方針に基づいたものであるが,今後変更もあり得るため,KTOと
しては最小限の収益事業を保有し続けることも1つの選択肢として検討している.
4.2.3 ソウル特別市の取り組みf6
ソウル特別市の競争力強化本部観光政策チーム担当者を対象にヒアリングを行い,観光 行政の実態把握を行った.現在のソウル市観光振興策の取り組みのうち,来訪者の受け入 れ体制整備(旅行環境整備)に関する新たな取り組みとして,低廉な宿泊施設の認証制度 のブランド(lnnostel)の統一化による滞在費用の低減,人気のある観光地域であるミョン
ドン(明洞),ナムデムン(南大門)への『動く観光案内所』の配置があげられる.
日本では,旅行環境整備に関連して国際観光ホテル整備法があり,外国人旅行者が利用 する宿泊施設を法律に基づき都道府県が認証を行う制度であるが,ソウルのInnostelの取 り組みは,安心して泊まることができる低廉な宿泊施設を市が認証する制度で,宿泊施設 の価格設定面での多様なニーズに対応した取り組みと考えられる.
また,ソウル特別市によるインバウンド誘致活動のなかで顕著な取り組みとして,英語 の旅行者ガイドブックとして発行部数が最も多いLonely Planet社への情報提供を通じた ソウル版の出版,中国人旅行者の査証緩和措置の国への働きかけによる実現,仁川空港の トランジット客のソウルへのツアー誘致などがある.為替レートなどの外部環境もプラス に作用しているものの,2008年に開始されたSTOの都市マーケティング機能強化策など の観光施策の成果が上がってきているととらえている,とのことであった.
4.2.4 ソウル市観光公社(STO)の取り組み17
STOは,ソウル市のオ・セフン市長の指示で2008年に設立された新しい観光組織であ る.STOへの出資は,ソウル市:48%,民間:52%となっており株式会社形態である.こ
れは,意思決定を迅速にするため,さらには,業務の範囲を法令によって縛られないため と考えられる.市域を対象とすることによって,きめ細やかな都市レベル(ソウル市)のマー ケティング活動を担うことを念頭にしているといえる.また,STOでは仁川,済州などの Regional Tourism Organizationと連携しながら,情報提供を行っている.その成果もあり,
605万人(2005)の来訪者が,783万人(2007)に増加したとのことであった.
STOの特徴的な取り組みとして,1)観光事業開発本部でハンガン(漢江)における市内 の水辺観光施設(カフェ,プール)等の収益事業の開発,2)U−Tourインフラ構築および運 営(スマートフォンを利用してリアルタイム位置基盤観光情報サービスやオンライン予約 及び決済サービス等),3)京仁メガロポリス構想による観光客誘致基盤造成(ソウル(STO)・
京畿(キョンギ)・仁川(インチョン)首都圏観光公社3社が協力して観光客誘致拡大基盤 造成一KTX(コレイル)連係商品開発),4)高付加価値医療観光市場先行獲得のための戦略的基 盤準備,があげられる.
表4.2.1 STOの組織構成17
本部名 チーム名 業務内容
経営企画本部 Eビジ
̀ーム
ViSitSeOUI。net運営,
普│Tour事業
観光事業 戦略的投資事業発掘,
チーム 開発運営計画樹立
観光事業開発
本部 投資開発 観光施設開発,
チー一ム 不動産開発事業発掘施行
東アジァ 観光展示会,巡回説明会,海外団体誘致などの海外
チーム 観光マーケティング事業
観光マーケティ
ング本部 観光企画 ソウル観光対象,韓国訪問の年など企画会社業,新
チーム 規マーケティング事業発掘
コンベンション コンペンションピ.一ロー
ビューロー MICE誘致・開催支援,コンベンション都市広報,専
本部 チーム 門担当者養成
これらの事業は,①自営事業(観光事業開発本部が担当),②受託事業(ソウル市からf 算 を得て,する事業)に区分される.②には,漢江周辺のプール,カフェ事業,中低位の宿泊 施設(lnnostel)事業が相当する.これらは民間でも行える事業であるが,先行的な投資に より事業を軌道に乗せること(民間からの融資を引き出す),低廉なコストで観光者への便 宜を図るなどをねらいとして,株式会社形態で取り組んでいるといえる,なお,当該事業 は入札で引き受け企業をソウル市が決定するが,その段階では入札額だけではなく,当該 事業の継続性,利用料金などを考慮しながら総合的に評価が行われるとのことである.以 上から,株式会社形態であるSTOは,多様な業務が可能であることから,受託事業を中心 に,市の行政(観光振興計画など)とリンクした事業を受託して観光事業を進めているこ
112
とが明らかとなった.
4.2.5ソウル市の交通パス導入事例調査
本節では,旅行環境整備の施策として位置づけられる交通パス導入事例調査のため,ソ ウルの現地関係機関を対象として実施したヒアリングの事前調査およびヒアリング時に収 集した情報について述べる.
現在,ソウルでは,交通パスとしてソウル・シティパス(種類:1,2,3日券,観光施設で の割引及びソウル・シティバス〈観光施設を周遊するバス〉の無料券付帯)が販売されて いる.これら以外に,SuicaのようなIC型交通カードとしてT moneyやソウル・シティパ
ス・プラス(チャージをして使用するIC交通カード.ソウル・シティパス・プラスのみ観 光施設での割引付帯)が販売されている.T−money等はプリペイド型で,改札を通過する と自動的に運賃を割り引くものであり,地下鉄の他,タクシーやコンビニの支払いに利用 でき,ソウル・シティパスよりも流通枚数が多い.そして,これらのカードは,利用者の 利便性向上の他,公共交通機関整備とリンクしたバス路線の再編を契機として導入された
ものであり,ソウル・シティパス販売先としてソウル観光公社とも連携をとっていること が明らかとなった.
そこで,これらバス路線の再編がどのように行われたのか,また,そのなかでIC型交通 カードやソウル・シティパスがどのように位置づけられたのかについて記述する.
(1)ソウル特別市の交通改革について
ソウルの交通パス導入には,ソウル特別市が実施した交通改革が背景にあったため,同 市の都市交通本部交通企画チーム主務官キム・ジョン氏,交通政策研究チーム長イ・スジ ン氏にヒアリングを実施し,来訪者向け交通パスの導入の前提となったソウル特別市の交 通改革,地下鉄・バスの統合運賃システムにっいての経緯を把握した.
ソウルの交通改革は,バスの乗車率が悪く,定時運行ができないなど,サービスの悪化 が問題となり路線改編の必要性から始まった.2004年7月にソウル市長(現・大統領のキ ム・ミョンバク氏が当時のソウル市長)がバス改革を実施した.過去40年間,何度もバス 改革が試みられきたが,何度もバス業界とバス利用者の反対によって過去の改革は失敗し てきた.その原因として,市民グループなど利害関係者との事前協議を行わない,ソウル 特別市当局によるトップダウン式のアプローチに問題があった.
バス改革の直接のきっかけは,2002年のチョンゲチョン(清渓川)の復元計画(この成 功のために,ソウル特別市と市民は4,400回もの対話集会を開催した)の高速道路撤去に ともなうバスレーン導入であった.現在,バスは準公営化されているが,そこに至るまで,
バス会社,沿道の商店,コンビニエンス・ストアや商店主の声により区も反対を表明し,
合意形成は困難を極めた.そのなかで大きな役割を果たしたのが「バス改革市民委員会
(BRCC:Bus Reform Citizens Commitee)」という組織であった.バスレーンの新設では,
複数の主体の合意形成過程における工夫点があった.
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図4.2.4 ソウル特別市新交通システム導入前後の運賃算出例(左)とバスレーン(右)}8
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図4.2.5 交通変革以前・以後の運賃計算方法19
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図42.6 新交通カードシステム改革の前後20
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図4.2.7 交通運賃収入マネージメント・システムのスキーム2i
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図4.2.8 ソウル特別市を8つのゾーンに分けたバス系統・番号システム22
ソウルのバス改革における都市ガバナンスは,SDI(Seoul Development lnstitute:ソウ ル特別市政開発研究院)がバス改革の議題を提案し,SMG(Seoul Metropolitan Government:ソウル特別市)が改革の主体となり,利害関係者としてバス業界や市民団体,
利用者が加わった,このような参加者が集まって前述のBRCC(バス改革市民委員会)を 構成し,利害関係者間のパートナーシップやネットワークによって合意を形成して政策を 提案した.バス改革委員会のメンバーは,ソウル特別市から4名,バス業界から4名,布
民団体から4名,専門家8名の合計20名であった.ソウル特別市は改革案を立案し,市議 会は補助金や財政をチェックした.委員会は,2003年8月から2004年7月の改革実施ま でに19回開催された.さまざまな問題に対処するために2004年12月までさらに9回開 催し,合計28回の委員会を開催した.
改革後,バスが準公営となり,赤字が出た場合は全額補てんすることとなり,210億IUの 補助金を税金より出している.市民サービスとしての補助金拠出と考えているが,補助金 の低減策となるバス運賃値上げなどを検討している.
この中で「バスのサービス水準の低下→自動車依存の一一層の高まり→バス需要の減少」
というサイクルを変えるために,中央バスレーンの設置,バス路線の再編地ド鉄との乗 り継ぎ制度の導入といった利用者サイドへの施策に加え,協働歳入システムによるバスの 走行距離に応じた歳入制度の創出などが行われた.この中で,「T−moneyl 1枚で乗り継ぎ 可能なように再編し,さらには交通の収入分配だけに留まらない取り組みがコリア・スマ ートカード・コーポレーション株式会社(略称:KSCC)によって構築されたことが,ヒア リング事前資料収集および当事者からのヒアリングで明らかとなった、次に,KSCCの取 り組みについてまとめる.
(2)コリア・スマートカード・コーポレーション株式会社(KSCC)について
ソウルの公共交通機関のICカード各種の販売会社であるコリア・スマートカード・コー ポレーション株式会社(略称:KSCC)カード事業部P『チャネル事業チーム課長アン・キュ ンミン氏,同課チーム次長キム・ジンギュ氏を対象として,来訪者向け交通パスの導入経 緯,費用負担の考え方についてヒアリング調査を行った.
KSCC社設立は2003年で,翌年2004年7月1日のソウル特別市新交通カードシステム 開始を目的として,ソウル特別市の交通改革の一環で設立された.同社の事業領域は,①IC カードの決済・精算事業が最も大きく,②カード発行事業(T−money:IC交通カードのブラ ンド名,現地発音は「ティモニ」に近い.東京のSuica, PASMOに相当),③チャージ用の インフラ運営サービス,インターネット・モバイルインフラ運営サービスなどの決済イン フラ運営事業(公共交通システム,タクシー,駐車場,有料道路,コンビニ,インターネ
ットカフコ・等),以上の3つに分かれる.
交通料金の1日精算処理件数は3,500万件で,機関別精算割合は,電車35.7%,ソウル バス26.5%,タクシー9.9%,その他(京幾バス22.7%,仁川バス1.3%を含む)となってい
る23.
図42.9ソウルのIC交通カード24 116
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図4.2.10 KSCC社が販売するIC交通カードのバリエーション25
なお,ソウルのIC交通カードである「T− money」は,上述の通り,公共交通の再編にお いて、重要な役割を果たしていたと考えることができる.この中で,「T−money」1枚で乗
り継ぎ可能なように再編し,さらには交通の収入分配だけに留まらない取り組みがKSCC によって構築された.さらに,同社の「ビジョン2015」として,Micropayment Service Providerとなることを標榜している.その中では,様々な取り組みが考えられているが,
顕著な取り組みとしてMoblle−T−moneyなどが挙げられる.
また,同社は,ソウルで販売されている2つの来訪者向け交通カード,ソウル・シティ パス(交通パス,種類11,2,3日券,観光施設での割引及びソウル・シティ・バス〈観光バ ス〉σ)無料券付帯),ソウル・シティバス・プラス(チャージをして使用するIC交通カー ド,観光施設での割引付帯)のカード発行,シティパス公式サイトの運営主体であり,ヒ アリングにより,これらの訪問者向け交通パス(ソウル・シティパス),IC交通カード(ソ
ウル・シティパス・プラス)の企画・推進はKSCCが担ったことがわかった.
これら2種類の来訪者向け商品(交通パス,IC交通カード)がそれぞれ販売されるに到 った経緯として,fシティパス」は価格が高くて売れなかったため,使用予定分をチャージ するタイプの「シティパス・プラス」を来訪者向けに販売を始めたという事情が明らかに なった.具体的には,来訪者向け商品の開発のため,はじめにソウル・シティパス(2007
年前半.期間設定:1,2,3日券の3種類)がKSCCにより企画され販売開始したが,移動に ついてはシティバスのみが利用可能であるため,購入者が外国人に限定され,価格設定が 高く利用率が悪かった.なお,3種類の内,販売状況は3日券の利用が1番多かった.また,
利用状況データから,1目の平均トリップは4.5回であった(ソウル・シティパスは20回 まで乗車可能).以上の経緯から,2008年9月に,チャージ可能な形態のソウル・シティ パス・プラスを企画し販売開始した.このため2種類の来訪者向けバスが併存していると いうことであった.
販売が低迷した理由であるが,初乗り運賃がソウル約70円,東京約160円という交通費 のそもそもの価格条件が異なり,「シティパス」1日券(販売価格:15,000ウォン=約1,050 円)には,観光施設での割引やソウル・シティバス1日無料の付帯サービスが付くという 条件も異なることから,直接の比較は不可能だが,乗車相当回数は「ソウル・シティパス」
は15回となり,東京のf東京フリーきっぷ」9.6回にも当てはまる,平均的な来訪者の利 用回数(観光周遊行動)をふまえた価格設定となっていなかった点が販売不振を招いた点
として共通していたことがわかった.さらに,ネットワークが充実しており費用も低廉な 定時運行を行う地下鉄が利用できないことなども売上不振の要因にあげられる.ソウル
(KSCC)では,その後に1年強のうちに「シティパス」の販売不振を問題視し,新たな来 訪者向け商品の導入を実施しており,来訪者の行動実態の把握や実態に基づいた商品企画 をおこなう主体の必要性,官民に渡る複数の交通事業者の意思疎通が重要と考えられる.
この2種類の交通パスの販売量を確認すると,居住者向けのIC交通カードである T−moneyの年間400万枚(販売型カードに限る,その他モバイル,金融提携は除外)に対し て,ソウル・シティパスは年間約300〜400枚(観光案内所のみで販売)で,ソウル・シテ ィパス・プラスは年間約100〜120万枚(券売機,コンビニ,オンラインにて販売)とな
っている.
これらパスの基本設計のために,日本のスルッとKANSAI協議会の発行する「スルット KANSAIパス」を参考にしようとしたが,日本と韓国の状況の差が大きかったため,改め てはじめから設計が行われた.そのため,類似の外国先例はないと思われる.また,日本 の会社に業務委託をして日本でのオンライン販売を実施している.委託先は,当初の設計 のために参考にしようとした「スルットKANSAI」との縁により,日本ではスルッと KANSAI協議会である.これは, KANSAI PASS販売網を利用して訪韓日本人旅行者を対 象に連携して販売したいという要請があったため,KSCCは国内とほぼ同様の条件で販売 を委託している.一方,他国では業務委託をはじめとする今後の展開については考えてい ないとの回答であった.
このソウル・シティパス及びソウル・シティパス・プラスの販売に関わる費用は,販売 手数料,交通に関わる経費およびKSCC経費に配分されることになる.まず,販売手数料 収入は,販売型カードなので,消費者販売価格と供給価格の差額を受取る構造になってお
り,販売チャンネルにより,おおよそ以下の販売益を販売所が受ける.
1.ソウル・シティパスの場合,1,200ウォン〜4,000ウォン(1,2,3,日券)
2.ソウル・シティパス・プラスの場合,400ウォン〜500ウォン (13〜17%)
次に交通に関わる経費であるが,交通料金配分はKSCCの一般交通配分原則と等しく,
上記「1.シティパス」の場合は別に付帯サービスであるシティツアーバス(市内の観光 118
箇所を循環している観光バス)配分が追加される.
今後の展開として,ロンドンのdaily price capping制や価格設定を抑えた交通パスの商 品化の意向はあるか訊ねたところ,そうした意向はないとの回答であった.その理由とし て,日本でいうところのチャージ(充電)式がよい,という認識が広く持たれている,ソ ウルの交通費の値段が高くなく負担感が少ないため,外国からの来訪者も使う分だけチャ ージする充電式がよいという認識が広く共有されているだろうとの見解を挙げていた、
(3)ソウル市の交通パス導入事例調査のまとめ
以Llのソウル市の事例より明らかになった点を考察する.
第一一に,ソウル市の交通パス導入は,同市の交通改革による新交通カードシステムの導 入,道路の渋滞解消を目指した公共交通利用促進政策にみられる大きな政策転換の流れの なかで実現していた点が挙げられる.一方で,KSCCおよびソウル特別市交通当局のヒア リングから,来訪者向け交通パスの導入に限定すると,それについてソウル特別市交通部 門では直接関与していないことが明らかになるとともに,インターナショナル・タクシー の連営をソウル特別市が推進し,KSCCが運営主体となっている最新事例にみられるよう に,来訪者の苦情に対して,旅行環境整備施策として交通部門の改善策を実際に講じる体 制(組織=KSCC)の存在がわかった.市がLG Groupと共にpublic private partnership
(PPP)により設立したKSCCという交通カード会社の存在が東京とは異なる点と考えられ
る.
なお,このインターナショナル・タクシーの導入背景として,2002年のFIEAワールド カップ開催,デグでのアジア大会開催にあたって,外国人の不便を解消するために,無料 通訳機能を持たせる取り組みをしたが,昨年改めて,外国語でコミュニケーションが可能 なタクシードライバーを顧客による注文に応じて派遣するシステムを開始したものである.
また,パスの付帯サービスへの協力観光事業体との交渉の過程では,観光事業体を公共(ソ ウル特別市及び文化体育観光部傘下)観光業社と一般業社にまず分類し,公共観光業社はソ ウル特別市及びKSCCの提案,要請により登録し,一般業社は, KSCCの初期営業の提案 により登録を進めているなどの協力関係が存在していた.
※なお,事例調査にあたり関係機関におけるヒアリング調査においてご協力いただいた 方々に深謝の意を表します.
4.2.6 韓国及びソウルの観光政策のまとめ
韓国を対象として観光行政の実態把握を行った.その結果,韓国中央政府ではMCSTと その実施主体としてKTOが存在すること、観光振興計画の策定が義務付けや観光振興開発 基金の設置などの特色が把握できた.中央政府が主導して積極的な振興策を実施してきた が,2008年度から計画的に民間への事業譲渡が開始され,大きく変革の時を迎えていると いえる.一方,ソウル市においてもSTOが株式会社形態で自営・受託事業を合わせながら 観光振興を推進していることが明らかとなった.
3章3−3節で観光政策の変遷の分析をおこなった東京都の組織と対比させて考察すると,
ソウル市観光公社(STO)に相当する東京の観光組織は,財団法人東京観光財団(英文名 Tokyo Convention&Visitors Bureau,略称:TCVB,基本財産3億50万円,出損企業・
団体48社)で,類似する目的と役割を担っていた.大きく異なる点は組織形態で,STOが 株式会社,TCVBは財団法人である点である.また収益事業として, STOが観光地の開発 運営,観光施設,不動産投資など開発事業を行っているのに対して,TCVBは,旅券交付 の手数料収入,観光ガイドブック・マップの販売,東京都から借り受けた東京国際ユース ホステルの運営に留まり,地域観光組織が実施する観光開発へ助成をするのみで,業務範 囲の相違も大きいことがわかった.
さらに,インバウンド観光誘致の本年度の取り組みとして,TCVBが『オリジナル交通 ICカードの発行について,有識者で構成する「東京観光財団アドバイザリーボード」の意 見・提案を踏まえ,適切かつ効果的に事業を推進していく26』としているのに対して,STO では,来訪者向け交通パスの企画についてはかかわっていない点も明らかとなった.ソウ ル特別市の交通改革における重要な施策であった統合運賃システムの導入にあたり設立さ れたコリア・スマートカード・コーポレーション(KSCC)の存在により,市の観光と交通 が関わる施策の実行が容易になっている点,交通サービスを企画する主体が存在する点が
特徴といえる.
また,ソウル特別市自体の取り組みであるが,観光行政の推進の中で,ソウル特別市傘 下観光施設(市立博物館など)割引及び無料支援その他ソウル特別市傘ド観光案内所のカー
ド案内及び販売支援を行っている.
翻って東京について考えると,複数の事業者が存在するなか,事業者の垣根を越えて交 通サービス施策を企画・推進する強力な主体・体制の不在が東京の交通パスの改善がこれ まで進まなかった原因の一っと考えられるだろう.ソウルのSTOにあたる,東京の公式観 光組織である財団法人東京観光財団(TCVB)がオリジナル交通ICカードの発行について 検討,推進する方向性を2010年度の事業計画で示しているものの,現在は取り組みに進展 はない状況(2010年9,月時点)であり,実施主体・体制の不在が東京の課題と考えられる.
120
4.3 観光振興の視点による交通パスの国際比較 4.3.1 はじめに
日本における外国人旅行者の国内での移動手段として,公共交通機関の役割が一層高ま ることが考えられる.訪日外国人旅行者数に対する都道府県毎の外国人訪間者数の比率(訪 問率/いが最も高い東京に着目すると,複数0)交通事業者の存在,事業者間で異なる運賃体 系により,乗車券購入時の運賃把握が容易でないため,不慣れな利用者は負担感を有する
と考えられる.こうした負担感を軽減し,観光行動を活性化する観光振興施策の一つとし て交通パスが挙げられる.本研究では,一つの都市などのまとまった地域において,一定 のエリア内全ての鉄道やバスなどの公共交通サービスの路線を自由に乗降可能とした特定 期間の乗車券を「交通パス」と定義し,国際観光客の多い諸外国の都市における取り組み の現状を把握する.本研究の目的は,下記の3点である.
1、分析対象都市を抽出後,交通事業者の公式ホームページ,Jane s Urban Transport Systems ll 2等の文献調査により各都市の交通パスのサービス内容を把握する.
II. k記交通パスのサービス内容の背景となる都市及び交通事業者の特性や交通政策の 差異を明らかにする.
m.東京都区内で実施した調査結果をふまえ,上記1より外国人旅行者の利便性向上に 関わる特徴的な取り組みを考察して,東京における検討課題を示す.
なお,観光施設への入場券も付与されたパスは,基本的に分析の対象から除外する.
4.3.2 本分析の分析視点
2008年に設置された観光庁は「観光庁ビジョン271を示しているが,それらは 1)魅力の発信等の「来訪促進」,
2)「観光地整備」,
3)来訪後の旅行者の観光行動に直接関わる「利便性向上」,
以上の3つに大別できる.このなかで,交通事業者は,3)「利便性向上」に該当するサー ビスを向上させる必要性が示されおり1い,観光周遊費用の低廉化,言語障壁や運賃把握・
切符購入の手間の除去が可能な交通パスは,都市の旅行環境整備施策に位置づけできる.
さらに,交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会でも,「携帯端末の活用も含めた案内情 報システムの充実や外国人向け企画切符の販売,複数事業者に ったチケットの一一枚化・
チケットレス化を進めるとともに,インターネットを活用して外国から容易に切符を予 約唄入できるようにする等(中略)積極的な対応を行うことが求められる.(p.8)」28(下 線筆者)と指摘されている.上記のチケットの一枚化という面だけに着目すると,現在販 売されている「Suica」(東日本旅客鉄道株式会社),「PASMO」(株式会社パスモ)などの ICカード乗車券の利用により,切符購入の手間の除去は可能となるが,不慣れな外国人旅 行者にとって,不確実状況下での料金負担は解消されない.一方,定額負担で観光周遊を 可能とする交通パスによって旅行者の利便性が高まるため,地域の観光施策を担う地方自 治体と交通事業者の双方が取り組むべき施策と考えることができる.
さて,都市公共交通に関わる国際比較の先行研究をみると,都市圏交通計画制度につい
て国際比較した太田(2000)29,阪井(2008)30,都市公共交通整備政策に着目した正司(2008)31,
斎藤(2010)32,和泉他(2009)33,トラムの現況と課題を示した阪井(2006)34など多数の蓄積が みられる.しかしながら,国際観光の振興や交流人口の増加といった社会環境のなかで公 共交通の役割については,国土交通省国土交通政策研究所(2005)35による利用者の利便性向 上についての技術的検討がみられる一方で,現状の交通サービス施策についての検」正や,
施策の改善に資する海外の事例を把握し,都市への来訪者の利便性に関わる交通サv−一一 ビス や交通パスに着目した研究例は少ない.
以上から,世界の複数都市の交通パス比較により,来訪者の利便性の視点からサービス の水準を明らかにするとともに,対象都市の交通政策,交通事業者の運営形態の差異に関 する知見をふまえ,東京において考慮すべき課題について考察を行うのが本研究の分析視 点の特色である.
4.3.3 都区内外国人旅行者の公共交通サービス利便性評価
交通パスの国際比較では,その評価視点設定が重要と考えられる.筆者らが行った外国 人旅行者の都区内観光周遊時の公共交通サービスの利便性アンケート調査(野瀬・占屋・
太田(2010)36 11)結果では,都内観光周遊時の公共交通機関利用率は81.5%と高く,高齢者 層やグループ利用でも他の年齢階層や旅行形態と較べ,大きな差異はみられなかった.さ
らに,
1.公共交通利用に際した心理的負担感は,言語(21%),乗車券購入(例.乗車券の 購入方法がわからない11.7%)によるものが大きいこと,
2.同時に時間的負担感は,乗車券購i入(例.目的地までの運賃を把握するのに手間取 る18.5%)が大きいこと,
3.CVM(仮想評価法)を適用したところ,心理的負担感ならびに時間的負担感緩和 施策に,それぞれ231円,222円の支払い意思額が確認できたこと,
4.上記支払い意思額は,50代以上,同行者数が4人以上で,それぞれ124円,235 円の追加支払い意思額があったこと,
以上の4点が明らかとなった.この結果から,交通パスのサービス内容の評価視点を設 定して交通パスの国際比較を行う.すなわち,①グループ利用への考慮②心理的負担感 緩和,③時間的負担感緩和,④高齢者の利用への考慮,以上の順である.
なお,同調査結果から,東京で販売されている現行の交通パス「東京フリーきっぷ」に ついて,認知率(14.8%),利用率(4.9%)共に低いことが確認された.現存しない都区内 全ての交通事業者で利用可能な交通パスの購入意向は79.3%を示した.購入を希望しない 理由では,IC交通カード(Suica, PASMO)を選ぶ,とした回答者は1.5%であった.こ れより,当該都市における交通パスに対する外国人旅行者の潜在的なニーズがあることが 示された.また,居住地以外の外国の都市での交通パスの利用経験は37.9%(k位4都rfi は,ロンドン,パリ,ニューヨーク,ベルリンの順)であった.
4.3.4 都市・交通事業者の特性及び交通政策
本研究では,観光振興の視点から交通パスに関する東京の検討課題を提示することを目 的としているため,比較対象を諸外国の大規模都市とし,様々な都市圏の定義〆口による人
口規模上位30位までの都市から,複数の公共交通機関や交通パスの有無を通じて,9都市 122
(北米:ニューヨーク,ボストン,サンフランシスコ,トロント,ヨーロッパ:ロンドン,
パリ,アジア:ソウル,香港,台北)を抽出した.以hに加えて,来訪者数がアジア有数 の都市シンガポール,及び,公共交通機関の利便性向上を目的とした交通パスを交通,観 光関連の組織が複数販売しているベルリンの2都市も対象とし,東京を加え,計12都市(北 米:4都市,ヨーロッパ:3都市,アジア:5都市)とした.
都市の特性把握を行うため,1.都市人口,2.白動車分担率il 6,3.外国人来訪者lkA{7を 対象項目として選定し比較をした(図一4.3.1)。これより,都市圏人口が増加すると,自動
1紅分担率が低下する傾向がみられ,北米を除くと,おおよその公共交通分担率が約4割を 上回ることがわかる.データが得られた8都市の中で,香港東京は自動車分担率が低い.
居住者の移動で公共交通の利用が高いのは,高い交通サービスが提供されているためと考 えられ,来訪者にとっても公共交通サービスー般の利便性も高いことが予想される.
自動車分担率︵%︶
100JS 90JC 8vsc 70JC
●
サンフランシスコ
シンガポール
60)c 50JC
砺
30)S 20)S
1眺 慨
ロンドン
外■人来訪者数璃随万*)を示す
●;..一、F。
●。ウ.
●醗 ●車.
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30・000 35,000 44},000
都市圏人ロ{手人)
図一4.3.1 都市特性の比較(人口,自動車分担率,外国人来訪者数)
次に,交通事業者の特性把握を行うが,その理由として収入減の可能性も考えられる交 通パス導入に対して,経営状況とそれと密接にかかわる需要動向,交通政策による影響が
大きいと考えたことによる.まず,データを入手できた9都市の主な交通事業者のうち,
その運営費に相当する収入に占める割合をみると,行政からの補助金負担率が高いのは,
アメリカ3都市とパリ,ベルリン(約5割)であっだ1:8(図一4.3.2).営業収支が黒宇で運 営されている都市は,香港と東京の都営以外の交通事業者(JR,東京メトロ)であった.
また,ロンドンも同様に採算性原則に基づく商業運営の割合が高かった.このような各都 市の公共交通の運営状況の違いは,需要条件とともに,各国の交通政策によるものが大き いと考えられる} i. 9.アメリカでは公共交通による高齢者,障害者及び経済的弱者の移動性 向上を連邦政府の目標とし,フランスでは基本的人権として交通権を規定し,公共交通に
よって漸進的な実現を目標とすること,ドイツでは都市内公共交通サービスを提供するこ とは生活配慮(行政サービス)の一環と位置付けているという背景があり,来訪者にとっ ても,より低廉なパスの価格設定等,高い利便性を持つことが予想される.
ニューヨーク サンフランシスコ
ボストン■■■■■■■■■■■■■■コ■■■■■■■
ロンドン
ベルリン 香港
東京:メトロ 東京:都営地下鉄
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
■補助金 ■運賃その他
図一4.3.2 主な交通事業者の収入内訳(行政からの運営費に対する補助金負担率)
以上より,公共交通のサービス施策の比較には,交通事業者が置かれた条件の差異もふ まえた考察が必要と考えられる.なお,交通パスの購入を考える場合,観光資源のレベル,
賦存数,分布やそれに影響される来訪者の平均滞在日数なども考慮する必要がある.しか し,その把握のためにTravel Trends 2009(英国統計局)などがあるものの, 一部の都市 に限定されるため多くの都市を把握できる入り込み客数に着目した.
4.3.5 12都市の交通パスの現状比較
(1)交通パスのサービス内容ならびに評価項目
交通事業者,観光部局,交通カード発行会社の公式サイト1い゜を対象とした交通パスにお けるサービス内容,評価項目を,1.乗車券の形式,利用対象者,H.価格設定,皿.来 訪時の使い勝手,IV.来訪前の情報提供等のわかりやすさ,に区分される17項目を設定し た(図一4.3.3).このなかで,4.3.3で示した都区内外国人旅行者の公共交通サービス利便性 評価より得られた,①グループ利用への考慮②心理的負担感緩和,③時間的負担感緩和,
④高齢者利用への考慮およびサービス内容として重要である費用負担緩和を加えた項目 を四角枠で示している.これらを用いて交通パスの評価を行い,表一4.3.1を作成した.(2)
では各都市の交通パスのサービス内容(表一4.3.1)のなかで,特徴的な取り組み(表・4.3.2)
について述べる.
124