博 士 ( 教 育 学 ) 大 島 浩 幸
学 位 論 文 題 名
他者運動観察と自己運動制御の関連
学位論文内容の要旨
我々人間は,日々の生活に茄いて他者とスムーズにすれ違うなど様カな行為を何の造作もなく 行なっているが,そこでは他者の行為を正確に把握し,その行為に適した自己の行為を決定する 必要がある,従って,他者運動の知覚は人間が行う多様な行為の基礎となると言える.この他者 運動を読み取る能カに関してスポーツの現場では,運動経験が豊富な人はそうでない人に比べて,
同じ動きを観察してもその運動の良し悪しなど運動間の差異を読み取る能カに優れている,っま り自己運動制御能力(できる)と他者運動観察能力(観える)が関連すると考えられている.しか し,これは経験的あるいは定性的な観点に限った研究で示されているだけで定量的に明確に示さ れているわけではをい,そこで本論文では第1 章の文献研究において,身体運動の観察に関する
1)心理学的先行研究の現状およぴ,
2)神経科学的先行研究の現状を検討し,それらの研究の現 時点での到達点を明らかにした.
1
)に関して身体運動の心理学的知覚研究では,自己の動作を観察することは稀であるにも関わ らず自己運動が他者運動に比べて識別しやすい事から,身体運動の知覚に観察者の運動経験が関 与すると考えられている事を明らかにした.2 )に関しては,身体運動の観察に知覚系だけでなく 運動系が関与する可能性を検討したミラーニューロンに関する一連の研究から,身体運動の知覚 に観察者の運動経験が関与すると考えられている事を明らかにした.これら2 つの異なる分野か らのアプロニチは,共に他者運動観察に観察者の運動経験が関与する可能性を示している.しか し,これらに共通する問題として,観察者の運動技術を運動経験という定性的な観点で評価して おり運動技術の定量的な評価が行われていない事,観察映像において提示される身体動作間の定 量的な分離根拠が明確に示されていない事を指摘した.加えて,自己の運動技術が他者運動観察 に関与するのであれぱ,我々の運動は筋の収縮カによって関節周りのトルクを発生させることに より生じるため,このトルク発揮という自己運動を生成する際の情報が他者運動の観察に関与す る可能性がある事を指摘した.以上の先行研究の検討結果から本論文の目的として,1 )運動技術 レベルと運動観察能カの関連を定量的に検討する事,2 )動作間の差異を識別可能にする要因を実 験的に検討する事と整理し提示した.そして続く2 つの章でその課題を実験的に検 討した.
第2 章では,技術レベルが高い者において近位関節から遠位関節への運動連鎖に特徴がある投 球動作を課題として採用し,運動技術レベルの差が運動観察能カに関連するという仮説を,関節 運動の位相差という共通の指標により定量的に検討する事を目的とした.実験は運動実験と観察 実験で構成された.まず運動実験では,全実験参加者(n =40) に
2次元での上肢のみを用いた 投球動作を全カと全カの5 割の2 条件で各1 投ずつの2 試 技を実施させ,高速度カメラで撮影し た.その運動学データから肘関節と手関節の伸展角速度の増加開始時の位相差を算出し,2 条件 ともに10 %以上の正の位相差が存在する者を技術レベルが高い群(n :10) ,2 条件ともに負の位 相差が存在する者を技術レベルが低い群(n ニニ10) として抽出した.次に観察実験では,まず基 準動作として熟練者の投球動作を基に上肢各関節を繋ぐスティックピクチャアニメーションを作 成した.そして,投球技術レベルを分類する指標にした肘関節と手関節の関節運動の位相差を基
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準 動 作 か ら1/120秒 ず つ 段 階 的 に 減 少 さ せ た 投 球 動 作 ( 遅 延 動 作 ) を15セ ッ ト 分 作 成 し , 小 さ な 変 化 か ら 大 き な 変 化 に 向 か う よ う に 順 次 配 列 し た 一 連 の 観 察 映 像 を 作 成 し た . こ れ を 動 作 解 析 に よ り 分 類 し た2群 (n゜20) に 提 示 し て 基 準 動 作 と 異 な る と 感 じ た 瞬 間 に コ ン ピ ュ ー タ ア ニ メ ー シ ョ ン と 連 動 し た マ ウ ス を 押 す よ う 求 め た . 実 験 の 結 果 , 技 術 レ ベ ル の 高 い 群 は 技 術 レ ベ ル の 低 い 群 に 比 べ て 基 準 動 作 と 遅 延 動 作 の 差 異 が 有 意 に 小 さ い 段 階 で 識 別 が 可 能 で あ っ た . 以 上 の 結 果 , 運 動 技 術 レ ベ ル と 運 動 観 察 能 カ が 関 連 す る 事 が 定 量 的 に 確 認 さ れ た .
第3章 で は , 運 動 技 術 レ ベ ル が 運 動 観 察 能 カ に 関 与 す る の で あ れ ぱ , ト ル ク 発 揮 と い う 自 己 運 動 を 生 成 す る 際 の 情 報 が 身 体 運 動 の 観 察 に 関 与 す る 可 能 性 が あ る と い う 仮 説 を , 運 動 実 験 と 知 覚 実 験 と い う2つ の 実 験 を 通 し て 検 討 し た . ま ず 運 動 実 験 で は , 遅 延 動 作 の 基 準 動 作 に 対 す る 差 異 を 自 己 運 動 と し て 表 現 す る こ と に よ り , 第2章 の 技 術 レ ベ ル の 高 い 群 が 示 し た 運 動 識 別 の 感 度 の 妥 当 性 を 再 評 価 し た . 実 験 で は , 参 加 者 (n =10)は2次 元 で の 上 肢 の み を 用 い た 投 球 動 作 で ; 通 常 の 投 球 動 作 ( 通 常 投 球 条 件 ) と 遅 延 動 作 の 基 準 動 作 に 対 す る 差 異 を 反 映 し た 投 球 動 作 ( 変 化 投 球 条 件 ) を 交 互 に3球 ず つ 計6試 技 を 実 施 し た . そ の 運 動 学 デ ー タ か ら 肘 関 節 と 手 関 節 の 伸 展 角 速 度 の 増 加 開 始 時 の 位 相 差 を 算 出 し た , そ の 結 果 , 全 実 験 参 加 者 に お い て 通 常 投 球 条 件 で は 肘 関 節 と 手 関 節 の 伸 展 角 速 度 の 増 加 開 始 時 の 位 相 差 に10% 以 上 の 正 の 位 相 差 が 存 在 す る の に 対 し , 変 化 投 球 条 件 で は そ の 正 の 位 相 差 が 消 失 す る か 有 意 に 減 少 し た . こ の 肘 関 節 と 手 関 節 の 位 相 関 係 は 基 準 動 作 と 遅 延 動 作 に お け る 差 異 と 位 相 差 の 減 少 と い う 共 通 の 傾 向 を 示 す : こ の 結 果 か ら 第2 章 の 技 術 レ ベ ル が 高 い 実 験 参 加 者 に お い て 実 際 に 動 き を 出 カ す る と い う 運 動 制 御 の 観 点 か ら 基 準 動 作 と 遅 延 動 作 の2っ の 運 動 の 識 別 が 行 わ れ て い た 事 が 確 認 さ れ た . こ の 事 は 同 時 に , 実 験 参 加 者 は 運 動 観 察 に お い て 視 覚 的 に 観 察 可 能 な 軌 道 や 関 節 角 度 の 違 い か ら , 本 研 究 で 用 い た 投 球 動 作 の 定 量 的 指 標 で あ る 肘 関 節 と 手 関 節 の 関 節 角 速 度 の 位 相 差 の 違 い を 見 出 し , 自 己 の 運 動 制 御 に お い て 本 来 の 自 己 の ト ル ク 発 揮 パ タ ー ン を 崩 し そ の 異 な る 角 速 度 の 位 相 関 係 を 構 築 す る ト ル ク 発 揮 パ タ ー ン を 生 成 し た 事 を 示 す .
次 に 知 覚 実 験 で は , 遅 延 動 作 観 察 時 の ど の 瞬 間 に 基 準 動 作 と 異 な る と 判 断 し て い る か を 検 討 す る こ と か ら , 投 球 動 作 の い か な る 情 報 か ら 動 作 を 識 別 し て い る か を 明 ら か に す る こ と を 試 み た , そ の た め に , 第2章 の 技 術 レ ベ ル の 高 い 群 (nー10)を 対 象 に 遅 延 動 作 の 観 察 中 に 基 準 動 作 と 異 な る と 感 じ た 瞬 間 に コ ン ピ ュ ー タ ア ニ メ ー シ ョ ン と 連 動 し た マ ウ ス を 押 す と い う 課 題 を 採 用 し , そ の 判 明 し た 瞬 間 と 基 準 動 作 に お け る 肘 関 節 と 手 関 節 の 角 度 , 角 速 度 , 筋 ト ル ク の 時 系 列 デ ー タ を 同 期 し て 比 較 検 討 を 行 っ た . そ の 結 果 , 参 加 者 の 遅 延 動 作 が 基 準 動 作 に 対 し て 異 な る と 検 出 し た 時 点 は , 角 度 や 角 速 度 の 増 加 開 始 前 で あ り 筋 ト ル ク の 急 激 な 増 加 開 始 時 付 近 で あ っ た . こ の 結 果 か ら , 基 準 動 作 の ト ル ク 発 揮 パ タ ー ン と 遅 延 動 作 の ト ル ク 発 揮 パ タ ー ン と い う , ト ル ク 発 揮 パ タ ー ン の 差 異 の 抽 出 か ら 動 作 の 識 別 を 行 っ た 可 能 性 が 示 さ れ た .
第4章 の 総 括 で は 第2章 と 第3章 の 結 果 を も と に 他 者 運 動 観 察 と 自 己 運 動 制 御 の 関 連 を 包 括 的 に 検 討 し , 第5章 で は 本 論 文 の 結 論 を 次 の よ う に 導 い た .1) 投 球 動 作 の よ う な 近 位 か ら 遠 位 へ の 運 動 連 鎖 が 生 じ る 運 動 に 関 し て , そ の 運 動 の 技 術 レ ベ ル と 運 動 を 識 別 す る 能 カ は 関 連 す る ,2) 他 者 運 動 を 観 察 す る 際 , 視 覚 的 に 直 接 に 観 察 可 能 な 角 度 と い う 幾 何 学 情 報 あ る い は そ の 時 間 的 変 化 で あ る 角 速 度 と い う 運 動 学 情 報 だ け で は な く , 筋 ト ル ク と い う 自 己 運 動 情 報 も 関 与 す る 可 能 性 が あ る .
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学 位 論 文 審 査 の 要旨 主 査 副 査
教授 准教 授 准教 授 教授
山 田 憲 政 保 延 光 一 柚 木 孝 敬
山 本 裕 二 ( 名 古 屋 大 学 教 授 )
学 位 論 文 題 名
他 者 運 動 観 察 と 自 己 運 動 制 御 の 関 連
本 論文 は、 他者 の運 動 を観 察す る能 カと 自己 の運 動を 制御 する能カの 関連を実験的 に検 討し た研 究で あり 、
5つ の章 から 構成 され てい る 。
第
1章は 文献 研究 であ り、 運 動の 観察 に着 目し た研 究を 自己 運動 との 関連 とい う観 点か ら検 討し た。 その 結 果、 他者 の運 動の 観察 と自 己の 運動 の関連は、 実験心理学研 究分 野と 神経 科学 研究 分 野で 検討 され てお り、 観察 者自 身の 運動経験が 他者の運動観 察に 関与 する 可能 性が あ るこ とを 実験 的に 示し てい るこ とが 、それら研 究の共通の到 達点 であ るこ とを 明ら か にし た。 また 、観 察者 自身 の運 動経 験ではなく 運動制御能カ が、 他者 の運 動観 察に 関 連す るこ とを 検討 する ため には 、運 動制御能カ が運動経験の 有無 とし て判断さ れている現状に対して、実際の身体運動の定量化と運動 制御能力、.
すな わち 運動 技術 の定 量 的評 価を 行う 必要 があ るこ と、 そし て運動技術 が異なる動き の観 察実 験方 法を 確立 す る必 要が ある こと を課 題と して 提起 した。さら に、これらの 課 題 が 克服 され れば 、1 )運 動 技術 レベ ルが 高い 者は 動き の違 いを 検出 する 精度 が高 い( 仮説
1)、
2) 筋ト ル ク発 揮と いう 自己 の運 動生 成情 報が 他者の運動 観察に関与す る( 仮説
2)、 とし ゝう
2つの 仮説 が検証でき ることを導いた。続く2 つの 章が本研究の 中 心 を 成 す も の で 、 こ の
2つ の 仮 説 を 検 証 す る 実 験 研 究 で 構 成 さ れ て い る 。
第
2章で は、 実験 に先 立ち 、 運動 技術 レベ ルが 定量 的に 評価 でき る身 体運 動と して 投球 動作 が適 切で ある こ とを 提起 して いる 。そ の理 由は 、投 球は誰でも できる動作で はあ るが 、運 動連 鎖と 呼 ぱれ る近 位関 節か ら遠 位関 節へ の順 次可動が熟 練者の技術の 特徴 とし て明 らか にさ れ てお り、 その 動き の特 徴は 上肢 各関 節の位相差 として明確に 動 き に 表れ るか らで ある 。次 にこ の投 球動 作を 用い て2 つ の実 験を 行っ てい る。 まず 実 験
1では 、40 名の 大学 生の 投 球動 作を 高速 カメ ラで 撮影 し、 上肢 の関 節座 標変 化を 数値 化し た後 に、 上肢 の 位相 差を 定量 的に 分析 した 。そ の後 、近位関節 から遠位関節
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への順次可動ができる者とそれができない者を抽出し技術レベルの異なる 2 つの群に 分けた。続いて実験2 では、この異なる技術レベルの被験者が、連続して変化する投 球動作の映像を観察し、違いが分かった瞬間にマウスをクリックする観察実験を行っ た。この動きの連続映像は、技術レベルが高い者の位相差から低い者の位相差へ徐々 に変化するようになっており、運動技術レベルに応じた動きの差異の検出を検討する ために本研究で初めて開発された実験方法である。この新たな方法を用いた結果、技 術レベルの高い群は低い群に比べて、運動の差異が小さい段階で動きの違いが検出可 能であることを示すことに成功した。
第3 章では、実験1 でマウスがクリックされた瞬間を、投球動作のカ学モデルを用 いて算出される筋トルクの発揮夕イミングから検討することと、動きの差異を検出し た投球動作を観察者自身が実際に行い、その筋トルク発揮を分析すること(実験3 ) によって、自己の動きを生成する情報が他者の動きの違いを検出することに関与する という仮説を検討した。なお実験3 では、実験 1 で抽出した技術レベルの高い群を被 験者に用い、自己の普段の投球動作との違いを検出した投球動作を実際に行ってもら い、その動きを高速カヌラで撮影した。その後、上肢各関節の位置座標変化を数値化 し、その実際の運動データを投球のカ学モデルに入カすることにより、投球動作で発 揮された筋トルクを求めた。その結果、1 )動きの違いを検出した瞬間が、角度や角 速度の増加開始前であり、筋トルクの増加開始時付近であること、2 )動きの違いを 表した投球動作は、上肢関節の位相差が普段の投球動作とは明確に違い、関節の順次 可動が発生しないように変化し、当然、筋トルク発揮も変化させていることを明らか にした。そしてこれらの結果を総合的に考察し、他者の運動観察に筋トルクという自 己の運動生成情報が関与することを導いた。
第4 章 では 第2 章 と第 3 章 の研 究結 果を総 合的に考察し、続く第5 章で2 つの仮説 が実証できたことを持って本研究の結諭としている。なお、第2 章と第3 章の実験研 究は共に体育・スポーツ心理学領域の全国誌(スポーツ心理学研究)、第3 章の筋トル ク解析は認知神経ハピリテーション学会の学会誌に掲載され、いずれも専門研究者に よる客観的な評価を受けている。
本研究は大きく2 つの面から評価される。 1 っが他者の運動を観察する能カに自己の 運動を制御する能カが関与するという新たな知見を知覚一運動研究分野に提示したこ と、もう1 っはその実験研究を支える新たな実験方法を開発したことである。前者に おいては、知覚系と運動系の関連に重要な知見を加えるものであり、見ることとでき ることの関連は、人間の脳でも他者の運動観察に反応するミラーニュー口ンシステム が発見されて以来、多くの研究者から注目されてきた問題でもあり、今後の知覚一運動 研究に大きく貢献すると言っても過言ではない功績である。さらに後者の新たに開発 された技術レベルに応じて変化する動きの映像呈示方法は、本研究において適用され 仮説の実証に役立ったばかりでなく、運動視研究一般に用いることができる汎用性の 高いものであり、今後の知覚一運動研究の向上に貢献すると言える。以上の内容から審 査委員一同は、大島浩幸氏の学位請求論文が博士論文に適当すると判断し、大島浩幸 氏 を 北 海 道 大 学 博 士 ( 教 育 学 ) の 学 位 を 受 け る 資 格 が あ る と 認 め る 。
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