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滋賀大学経済学部
研
究 叢 書 第
1
4
号
. ‘ '‘内外金融システムの変化と対外不均衡
有 馬 敏 則 著
滋賀大学経済学部
滋賀大学経済学部研究叢書第
1
4
号
内外金融システムの変化と対外不均衡
有 馬 敏 則 著
は し が き
昭和62年1月19日,円高基調にあった東京外国為替市場は, 1ドル=149円98 銭と150円台を越えて史上最高値を更新した。昭和60年9月22日のG 5 (五カ国 蔵相・中央銀行総裁会議)当時1ドル=240円台だった円は, ドル高修正の中で 急 速 に 上 昇 し 昭 和61年8月20日 1ドル=152円55銭まで円高になり,その後 昭和61年10月31日の日米蔵相合意, 11月1日の日本の公定歩合引き下げととも に1ドル二160円台で推移してきた。 このような状況のもとで一般には,変動相場制度はある程度コントロール可 能であるとL、う気運が定着しつつあった。それだけに今回の急激な高値更新は, 従来以上の強裂なショックを日本経済に与えることとなった。 今回の円に対する為替投機は,アメりカ政府高官のドル安容認発言やEMS (欧州通貨制度〉の不充分な通貨調整が直接の引き金になったといわれている が,その背景には,円高になっても一向に解消する気配がない対外不均衡の存 在や,大幅な財政赤字のもとで積極的内需拡大策がとれない日本経済への不信 感が根強く存在していることを看過することは出来ない。 筆者は昭和61年5月から6月にかけての約30日間,1日本の金融資本市場の国 際化と日米貿易摩擦解消についての討議」のため,アメリカ合衆国政府の招待 により,渡米の機会を与えられた。そして学会,政界,官界,実業界を中心に 討議を行い,可能な限りアメリカ経済を視察してきた。 討 議 を 行 っ た 方 々 は , 面 会 順 に GottfriedHaberler (AEI), EduardoSomensatto (AEI), Y oshinobu Sato (AEI), Robert F. Emery (FRB),
Gregory
E
.
ElIiehausen (FRB), Frederick ]. Schroeder (FRB), Donald T.Savage (FRB),
J
ohn Williamson (IIE), EdwardJ
.
Lincoln (The BrookingsInstitution), Lauralee M. Peters (Department of State), Robert C. Reis.
J
r. (Department of State), David ]. KLock (Department of the Treasury),Jorge V. Ordenes CIMF), Arnold Collery (Columbia Univ.), R. Z. Aliber (Chicago Univ.), Larry R. Mote (FRB of Chicago), Herbert L. Baer. Jr.
(FRB of Chicago)
,
Gary L. Benjamin (FRB of Chicago),
Joseph G.Kvasnicka (FRB of Chicago), Gary D. Koppenhaver (FRB of Chicago),
Anne Marie L. Gonczy (FRB of Chicago), Julian M. Teodori (First
Chicago), Evelina M. Tainer (First Chicago), Ara Jelalian (First Chicago),
Hans
1
.
Christensen (M Bank), Shepherd H. Y. Shen (M Bank), Teresa J.Howell (Benjamin Franklin Savings), Moshe Hagigi (Rice Univ.,)Kimi
Narita (Bank of America), Hang-Sheng Cheng (FRB of San Francisco),
Tibor Scitovsky (Stanford Univ.,)Ronald
1
.
Mckinnon CStanford Univ. ) の各氏をはじめ,数多くの人達である。 討議の中で大くの人々が,アメリカの大幅貿易赤字の主因はアメリカ側にあ る,ただ赤字の原因が何かについては,まだ正確に持定できないし,論者によっ て見解が分かれている状況であった。たとえば日本の貯蓄超過と経常収支黒字 額,またはアメリカの投資超過と経常収支赤字額は,事後的に同じであるが因 果関係はどのようになっているのか。日本の場合経常収支黒字が企業部門を中 心に収益増加(貯蓄超過)を生じさせているのか,貯蓄超過なので経常収支黒字に なっているのか。日米聞の相互依存関係は,どのように影響しているか等々である。 また討議の中で,アメリカでは1
9
6
6
年に廃止された郵便貯金が,日本では1
0
0
兆円以上の残高になったそうだが,日本の貯蓄超過,金融自由化と郵便貯金は どのようにかかわっているのか, 日本の金融資本の国際化はどのように進展し ているのか, 日本は経済大国になったのに何故,住宅が貧弱なのか,積極的に 住宅建築を行い,内需拡大をすべきである, 日本の流通機構は複雑すぎる等々 の意見が相次いだ。 本書執筆の動機は,このような討議について改めて自分なりの見解をまとめ ておこうということからである。第1部金融自由化と公的システムの第 1章で は,郵便貯金残高の増大とともに論争が激しく行われている郵貯論争の論点 の整理とその現状について考察する。 第2
章では,郵便貯金事業の経営形態の検討や, 日本の貯蓄率が高い原因とされる非課税貯蓄制度の考察,金融自由化とくに小口預金金利自由化と郵便貯 金について検討する。 第2部金融の国際化と円の国際化の第 3章では, 1983年までの日本の金融の 国際化の現状について,東京オフショア市場創設の気運の高まりと中断の経緯 について考察する。 第4章では, 1985年 6月創設された円建 B A市場の概要とその意義,市場創 設以来不振が続いている原因とその打開策等について検討する。 第5章では,中断の後1986年 12月 1日創設された「東京オフショア市場(J
OM)J
の概要と,発足時と発足後1
カ月の実際の取引高を概観しながら,東京 オフシッア市場の問題点について言及する。 第3部,住宅,流通,対外不均衡の第6章では,金融イノベーション下のア メリカの貯蓄金融機関の検討を通じ, 日本の住宅金融制度にどのような示唆を 与えてくれるか,さらに内需拡大策としての住宅政策に対する若干の提言を行 し 、TこL。、 第7章では,複雑で非関税障壁の代表的な例としてあげられる日本の流通機 構および商慣習と対外不均衡是正の一助となる製品輸入増大策について検討を 行う。 第8章では,現行の変動相場制が当面続かざるをえないものの,長期的には 安定的な固定相場制の構築が必要であるという観点から,示唆に富む F.E. アッシンガーの国際通貨制度論の検討を行う。 本書は,内外金融システムの変化と対外不均衡というテ マの下に筆者の見 解をまとめた中間報告的位置づけをなしている。したがって諸章のいくつかは, 別の機会に発表した論文が基礎となっている。しかし旧稿をそのまま再録する ことは極力避け,統計の改訂や加筆を行った。各章の初出は,第1章「金融自 由化と郵便貯金(l)Jr
彦根論叢』第239号,昭和61年 8月,第 2章「金融自由化 と郵便貯金(2)Jr
彦根論叢』第241号,昭和61年 11月,第 3章「金融の国際化と 東京オフショア市場J
r
彦根論叢』第220号,昭和58年 5月,第 4章「円の国際 化と円建B A市場J
r
彦根論叢』第237号,昭和61年 3月,第 8章 iF.E.アッシ ンガーの国際通貨制度論Jr
彦根論叢』第225号,昭和59年 3月である。なお本研究は,昭和
6
1
年度科学研究費総合研究(A)(研究代表者,則武保夫), 伊勢丹奨学会の補助金により,一層進展させることができた。またアメリカの 金融資本市場や住宅金融,経済状況の実際について調査する機会を与えられた アメリカ合衆国政府に,感謝の意を表する次第である。 また本書作成にあたっては,則武保夫先生,藤田正寛先生,三木谷良一先生 はじめ,神戸大学金融研究会並びにM M E研究会の諸先生,現代国際金融研究 会の諸先生,そして片山貞雄経済部長をはじめ滋賀大学済学部の諸先生に,多 くの貴重な示唆をいただいた。あらためて,お世話になったすべての方々に心 より謝意を棒げたい。それとともに,本書刊行の機会を与えられた滋賀大学経 済学部に対し,厚く御礼申し上げるものである。 最後に,本書の校正は本学経済経営研究所江頭寛昭助手の手を煩わした。心 より感謝している。1
9
8
7
年1
月 有 馬 敏 則目
次
第
1
部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム 第l章郵便貯金論争の背景と論点………...・H ・..…...・H ・...・H・....・H ・...1 I は じ め に・・・・ II 郵貯論争の背景…...・H ・..………...・H ・...・H ・..…...・H ・..…… 3 III 民間金融機関と郵政省との主要な論点...・H ・..…...・H・..……...・H ・..10 第2章金融制度改革と郵便貯金....・H ・-…...・H ・...・H ・H ・H ・...・H ・...・H ・...・H ・.33 I 郵便貯金事業の経営形態の検討...・H・..……...・H ・..…...・H ・...・H ・..33 II 非課税貯蓄制度の検討………...・H ・...・H ・...・H ・..……39 III 小口預金金利自由化と郵貯...・H ・H ・H・..…...・H ・..…...・H ・..…...・H ・..47 第2
部 金 融 の 国 際 化 と 円 の 国 際 化 第3章 金融の国際化と東京オフショア市場 一 一1983年までの市場創設論争の系譜一一…...・H ・-………6
5
I
は じ め に・・・・・・・・・・・・…・・・・・・…・・・……・・・・・・………-・.
6
5
II 日本の金融の国際化の現状……...・H ・..………6
6
凹世界のオフショア市場………...・H ・..……72I
V
東京オフショア市場構想………...・H ・..………...・H ・..…7
6
V
1983年における東京オフショア市場の展望...・H ・H ・H ・...・H ・..……82 第4章 円の国際化と円建B A市場……...・H ・...・H ・..…...・H ・..……...・H ・..…89 I は じ め に・・・・・…・・…・・…・・・・…・・…・・・…・・・・・・・・・・・・…・・…・…・・・・・・89 II B Aの定義と英米のB A市場...・H ・..…...・H ・...・H ・...・H・..………89m
円建B A市場創設の意義……...・H ・..……...・H ・H ・H ・..…...・H ・..……93I
V
円建BA
市場の概要…...・H ・...・H ・..………...・H ・..…・1
0
3
V
円建BA
市場の現状と問題点…...・H ・..………...・H ・...・H・..…….
1
1
1
第5章 東京オフショア市場創設とその問題点………...・H ・..…….
1
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9
I は じ め に・・・・・・……・・・・・・…・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・…・・…・・・・・・・・・・・・・1
1
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Il 東京オフショア市場の概要……...・H ・..…...・H ・..……...・H ・..……・1
2
0
田東京オフショア市場の発足………...・H ・...・H ・H ・H ・...・H・..……・1
2
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I
V
東京オフショア市場の問題点……...・H ・..……...・H ・...・H・...・H ・1
2
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第3
部 住 宅 ・ 流 通 ・ 対 外 不 均 衡
第6章 金融イノベーション下のアメリカの貯蓄金融機関 一一日本の住宅金融制度とのかかわりにおし、て一一…H ・H ・-……1
3
1
I は じ め に...・H ・..…………・・…・・…・…・・…・・・…・…・・…・・・・・….
1
3
1
Il アメリカの住宅金融制度...・H ・..…...・H ・...・H ・..……...・H・...・H ・1
3
2
皿 金融自由化とアメリカの貯蓄金融機関………...・H ・..…...・H ・1
4
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I
V
日本の住宅金融問題と改善のための若干の政策提言...・H ・..……・1
5
2
第7
章 日本の流通機構および商慣習と対外不均衡...・H ・H ・H ・...・H・...・H ・1
5
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I は じ め に・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・…・・・・・・…・・・・・・・・…・・・・・・・・・….
1
5
7
Il 製品輸入の現状および特色………...・H ・...・H ・...・H ・...・H ・..….
1
5
9
III 日本の流通機構とその問題点...・H ・..……...・H ・...・H ・-・………….
1
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2
I
V
日本の商慣習とその問題点…………...・H・H ・H ・...・H ・...・H ・..…・1
6
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第8章 F.E.アッシンガーの国際通貨制度論...・H・...・H ・...・H ・-・...・H ・.
.
.
1
7
3
I は じ め に…・・・・・・・・・・…・・・・・・…・・…・・・・・・・・・・・・・・・・…・・…・…・・….
1
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3
Il ブレトンウッズ体制の位置づけ...・H ・H ・H・..…...・H ・...・H ・..…….
1
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5
皿 金の三重価格制から金・ドル交換停止までの位置づけ…………・1
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I
V
金とSDR
の位置づけ…...・H ・..………...・H ・..…...・H ・..…...・H ・.
.
.
1
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4
V きたるべき国際通貨制度とアッシンガーの示唆・H ・H ・-・……...・H ・1
8
9
第1章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点
第
1
部
金融自由化と公的システム
第
1
章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点
I
は じ め に 日本の金融自由化は,企業や銀行の国際化が進展し国債の大量発行が始まっ た昭和5
0
年代初めから,その基盤が造成されてきたといえる。とくに現先取引 肢賑への対抗策として昭和54年5月,金融市場の実勢をもとに発行金融機関と 投資家との交渉により,金利が自由に決定されるNC
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,譲渡可能定期預金証書〉の取扱いが開始されてから,実質 的に金融自由化が大きく前進した(これは金融制度調査会小委員会中間報告C
1
7
J
でも指摘されているところである〉。 そしてその動きは,一連のアメリカやヨーロッパ諸国の日本への強力な圧力 (外圧〉により表面化することとなった。すなわち昭和57年来日したピーター ソン元米商務長官の演説,昭和58年のスプリンケル財務次官の米連邦議会報告 そして,同年1
1
月のレーガン米大統領訪日およびリーガン財務長官の記者会見 等々である。また昭和59年2月には, E Cも金融解放要求書を日本に提出した。 これらを踏まえて昭和59年2月から発足した日米円・ドル委員会は 6回の 会議の後,昭和59年5月30日『日米円・ドノレ委員会報告書.1[84Jを発表した。 また [84Jの公表と同時に大蔵省も,r
金融の自由化及び円の国際化についての 現状と展望.1[85Jを併せて発表し, 日本における今後の金融自由化の大まかな スケジュールを示したが, [84J [85Jの報告書は, 日本の金融界に幕末の黒船 以来といわれる大きな衝撃を与えたといえる。 これらの報告書以来, 日本の金融自由化は急速に進行してきたが,その背景 には,①高度成長経済から低成長経済への移行に伴う国債の大量発行による自 白金利ベースの資本調達市場の成立,②企業や個人の金利選好の増大,③銀行2 第l部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム の新規国債窓口販売や既発債ディーリング開始,証券会社の国債担保貸出やN C D流通取扱い等の業態閣の垣根の低下,④長短金融分離主義の不明確化,⑤ 専門銀行主義の不明確化,⑥金融機関の情報化と技術革新の進展,⑦邦銀の海 外進出や外銀の対日進出といった相互交流の増大および円の国際的役割拡大に 伴う外国企業の日本国内での円資金調達増大や日本企業の海外での資金調達拡 大といった金融の国際化,⑧様々な制度的制約の緩和や撤廃等々の要因を見過 すわけにはし、かない。 金融自由化のなかでも金利の自由化は,本格的実施段階に入っている。例え ば昭和60年3月,相互銀行,信用金庫が,同年4月から普通銀行がM M C2 ) (Money Market Certificates,市場金利連動型預金, 日銀が公表する前週の 水準のN C D金利より0.75%低い水準がM M C金利の上限〉の取扱いを最低預 入単位5000万円以上で開始しているごとくである。そして昭和61年9月には最 低預入単位が3000万円に引下げられ,今後さらに引下げられる予定である。 また昭和60年6月には,金融制度調査会報告『金融自由化の進展とその環境 整備.1
0
1
6
J
により,自由化の下での信用秩序維持の方法が答申された。さら に60年7月には,政府により『市場アクセス改善のためのアクション・プログ ラム.102
1]が公表され,預金金利自由化のより詳細なスケジュールが示され ている。 そして02
1]で「本年秋,預入期間2
年以内の定期預金のうち,預入単位10 億円以上のものについて金利規制を撤廃し,それ以降,順次段階的に預入単位 を引下げる」とされているのを受け,昭和60年10月,定期預金金利自由化の第 1段階として, 10億円以上の大口定期預金金利の自由化が実施された。さらに 昭和61年 4月には5億円,昭和61年 9月には3憶円,昭和62年春には1億円以 上の大口の定期預金金利が自由化される予定になっている。 これに伴って小口預金金利についても02
1]で「具体的諸問題について早急 に検討を進め,大口に引続き自由化を推進する」とされており,その自由化へ のスケジュールが明らかにされる日も近い。小口預金金利自由化の具体的方法 については,すでに郵政省貯金局長の私的諮問機関である「郵便貯金資金に関 する研究会」が,昭和60年8月2
2
日に発表した『郵便貯金資金の運用の在り方』第1章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 3
C
1
22Jや,大蔵省銀行局長の私的諮問機関である金融問題研究会が,昭和61年 5月22日に発表した『小口預金金利の自由化について.iC
1
72Jがあるものの, 両者の主張には,かなりの隔たりがある。したがって,小口預金金利自由化の 具体化にあたっては,まだかなりの粁余曲折が予想される。 ところで小口預金金利自由化の議論においては,民間金融機関を中心として 郵便貯金の存在が大きな障害になっているとし、う主張が,近年とくに強くなっ ている。これに対し郵政省側からは,r
郵便貯金は金利自由化の障害にはならな L 、」との批判がなされているものの,両者の議論はあまりかみ合っていなし、。 そこで本章では,文献上は明治4
2
年から今日まで延々と続けられている郵便 貯金論争の背景を明治8年の郵便貯金創設時まで、遡って考察するとともに,現 在までの主要な論点を整理することを通じて,小口預金金利自由化と郵便貯金 問題を検討し,郵便貯金の将来についても考察したい。なお郵貯論争関連論文 は膨大な数になり,すべてを網羅することは不可能に近い。そこで郵貯論争を 比較的多く掲載している『金融ジャーナル』と『金融財政事情』を中心に文献 を収集した。なお第1章と第 2章の参考文献は,重複するものが多いので,第 2章にまとめて掲載することにした。 〔また参考文献中の( )内に月日があるものは,それが発表された期日を 示している〕I
I
郵貯論争の背景
1.郵便貯金制度創設の経緯 (1) 世界の郵便貯金制度創設の経緯 郵便貯金制度は, 1861年,世界で最初にイギリスにおいて創設された。しか しその端緒は1807年,イギリスの国会議員ホワイトブレッドが,当時貯蓄銀行 が2行しか存在しなかったため,社会政策的観点から「労働社会の工業奨励と 生活困窮者救済に関する法律案」を下院に提出するとともに,イギリス圏内の 郵便局で貯金制度を実施すべきであると提唱したことに始まるとされているヘ この提案は議会で承認されなかったものの,その後1838年開始された郵便為 替業務は順調に発展した。 1858年当時,貯蓄銀行が625行に達したにもかかわら4 第1部 金融自由化と公的システム ず,まだ山間僻地まで普及していない状況であったので,チヤールス・サイク スは,当時の宰相グラッドストーンに働きかけ,ついに1860年 5月17日に国会 の議決を経て「郵便貯蓄銀行法
(Lawo
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)
J
の施 行となった。 イギリスで創設された郵便貯金制度は, 1870年ベルギーで実施されるなど, その後世界中に普及していった。すなわち, 19世紀中にはカナダ,イタリヤ, フランス,オランダ,オーストリア,スウェーデンへと拡がり, 20世 紀 に は いってからは,アメリカ,スペイン,そして第2次大戦中の西ドイツ,戦後の ノルウェーへ普及していった。 (2) 日本の郵便貯金制度創設の経緯 日本の郵便貯金制度は, 1870年(明治 3年〉渡英した前島密が詳細にイギリ スの郵便制度を見聞したことによってその基礎が固められた。彼は明治4
年に 帰国すると駅逓頭に就任し,まずイギリスと同様な郵便為替制度創設から着手 した。かくて明治7年 9月,太政官布告第90号で郵便為替規則が公布され,明 治8年 1月 2白から全国 110の郵便局で内国為替業務取扱いが開始された。 そして明治8年 (1875年) 4月「内務省達」により「貯金預り規則」が公布 され5
月2
日から,貯蓄思想を普及し,庶民の生活の安定を図るとともに, 殖産興業のための国家資金を集積する目的で,東京市内18局と横浜郵便局で郵 便貯金業務が開始された。したがって1875年(明治 8年〉に日本の郵便貯金制 度が創設されたことになり, 1861年イギリスで開始されたばかりの制度を, 日 本は当時の先進国に先駆けて導入したといえるだろうぺ 2. 日本の郵便貯金残高の推移 (1) 草創期から第2次大戦まで 明治8年当時,貯蓄銀行はまだ設立されておらず,このような状況下で郵便 貯金制度を国民に理解させ,利用勧奨を図るのは容易でなく,第I年の実績は, 預入人員2,148人,預金高 20,559円にすぎなかった町これには,最低預入額 5銭 が高すぎたことや利子が低かったことも原因している)。 ところで明治5年 11月「国立銀行条例」が公布されたものの,この条例によ第l章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 5 る国立銀行への規制が適正でなかったことや,民間金融機関に「銀行」の名称 使用を禁止したため,明治8年末の銀行数は4行,支庖数10,預金総額も147万 円に止まっていた。 しかし明治9年の「国立銀行条例」改正により,国立銀行への規制緩和と民間 金融機関に「銀行」の名称使用を認めたため,明治12年には国立銀行は151行と なった。また民間金融機関設立も盛んとなり,預金業務取扱機関も増加したた め,郵便貯金を民間預金と区別する意味から,明治13年「駅逓局貯金」と命名 され,明治14年「駅逓局」は内務省から農商務省に移管された。 第l表 貯 蓄 性 預 金 残 高 (単位。千円%) 年 末 郵 便 貯 金 ( 刈 全 国 銀 行 預 金 ぷ口込 計 (B)
A/B
明 治 15年 1.058 2.346 3.404 31.1 16 2.298 3.748 6.046 38.3 17 5.260 4.553 9.813 53.6 18 9.050 5.069 14.119 64.1 19 15.462 7.739 23.201 66.6 20 18.213 8.831 27.044 67.3 21 19.758 9.580 29.338 67.3 22 20.441 10.847 31.288 65.3 23 19.514 9.474 28.988 67.3 く出所〉郵便貯金は『郵政百年史J.全国銀行預金は貯蓄預金と定期預金の合計で『明治財政史』 第13巻。 駅逓局は明治18年6月,全国の郵便局に貯金事務を取扱わせ,明治18年末に は独立して逓信省を創設した。そして明治20年「駅逓局貯金」も「郵便貯金」 と改称され,現在に至っている。 第1表は日本銀行が創設された明治15年 (1882年〉から9年間の貯蓄性預金 残高である。全国の銀行預金は明治15年234万円から,明治22年には, 1,084万 円と4.6倍強に増加している。これに対し郵便貯金は,明治15年105万円から明 治22年には2,044万円と19.4倍強の増加となっている。 また貯蓄性預金残高に占る郵便貯金のシェアは,明治15年に31.1%であった のが,貯金事務を全国の郵便局に拡大した明治18年には, 64.1%へ上昇してい る。その後も約67%台で推移し, 日本における貯蓄思想の普及に郵便貯金がL、 かに寄与したかを示しているといえるだろう。6 第l部 金融自由化と公的システム そして明治8年から大正3年
0914
年〉までの4
0
年間に郵便 貯金残高は2
億円余までに拡大 した。さらに第 l次大戦が勃発 した大正3年から大正9年まで の6
年間で,過去の4
0
年間の3
倍強の6
億8
,0
0
0
万円が増大し, 大正9
年(
1
9
2
0
年〉度末には8
億8
,4
9
8
万円に達した。 その後,第2
次大戦勃発とイ ンフレーション等により,郵便 貯金残高も急膨張していった。(
2
)
第2
次大戦後の郵便貯金 残高 第 l図は昭和3
0
年(
1
9
5
5
年〉 度末から昭和6
0
年0985
年)1
2
月末までの郵便貯金残高の推移 を示したものである。昭和4
0
年 代後半は残高の伸びが25%
を超 えるペースで増加してきたもの の,昭和5
0
年代になると昭和5
5
兆円 100 90 80ト 70 60ト5
0
ト 40 30 第l図 郵 便 貯 金 残 高 の 推 移 1.007.234億円 940.421 862.932円
780,978 619.4981 「 守 245.627n
。
ト
叩
015~ 昭 和30 35 40 45 50 55 57 58 59 60年12月 年度末 〈出所)r
図説・財政投融資』昭和61年版. P .174, 年度を除き伸び率は徐々に低下してきている。しかし昭和6
0
年は再び増加し, 60年 12 月末で 100兆 7 , 234億円と 100兆円を突破し 61年 3 月末現在で 101;J~7 , 484 億円になっている。 他方,民間金融機関の預金残高伸び率は,総じて郵便貯金の伸び率より低め に推移した。そこで個人預貯金に占める郵便貯金のシェアは,昭和4
1
年3
月末 の15.9%
から昭和4
8
年度末には20.4%
と20%
台になり,昭和5
1
年度末24.7%
, 昭和5
2
年度末26.4%
,昭和5
3
年度末27.4%
となり,第2
表に示されているよう に昭和5
4
年度末28.0%
,昭和5
5
年度末29.8%
,そして昭和5
6
年度末には30.1%
第l章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 7 第2表 金 融 機 関 別 個 人 貯 蓄 残 高 及 び 個 人 預 貯 金 残 高 の 構 成 比 の 推 移 (単位 %) 金 融 機 関 別 54年度 55年度 56年度 57年度 58年度 59年度 個 人 貯 蓄 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 個人預貯金 67.6 100.0 67.5 100.0 67.3 100.0 66.3 100.0 64.8 100.0 63.8 100.0 郵便貯金 18.9 28.0 20.1 29.8 20.2 30.1 20.5 30.9 20.5 31.7 20.4 32.0 銀 行 22.3 33.1 21.7 32.1 21.6 32.1 21.0 31.7 20.3 31.4 20.2 31.7 相互銀行 5.6 8.2 5.4 8.0 5.4 8.0 5.2 7.9 5.0 7.8 4.7 7.4 信用金庫 8.4 12.4 8.2 12.1 8.1 12.1 7.9 11.9 7.6 11.8 7.5 11.8 信用組合 2.2 3.3 2.2 3.2 2.2 3.2 2.1 3.2 2.1 3.2 2.0 3.1 農漁協組 9.3 13.6 9.0 13.3 8.8 13.1 8.6 13.0 8.3 12.7 8.1 12.6 労働金庫 0.9 1.4 。目9 1.4 1.0 1.4 1.0 1.4 1.0 1.5 0.9 1.5 信 ~t 5.7 5.5 5.4 5.5 5.6 5.4 保 険 15.5 15.9 16.4 17.0 17.6 18目3 証 券 11.2 11.1 10.9 11.1 12.0 12.4 < ttl所〉日本銀行『個人貯蓄実績』 と30%台となり,昭和60年3月末で32.0%となっている。 このような個人金融分野における郵便貯金残高のシェアの伸びが,後述する ように民間金融機関側から「官業の民業への圧迫」として批判される背景となっ ている。ただ郵便貯金は,ここ数年個人預貯金分野において微増しているもの の,個人貯蓄全体でみれば約20%と横ばいの傾向にあり,郵政省側は「近年, 利用者・国民の金融資産選択は,金利選好が高まり預貯金以外の金融資産にも 広がっており,シェアについては個人貯蓄全体の中で論議されるべきである」 と主張している。 3.郵便貯金の資金運用 (1) 草創期から第
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次大戦までの資金運用 明治8年創設当時の郵便貯金の資金運用は,第3表に示されているように, 明治政府によって設立された会社組織の東京為替会社で、行われていた。しかし 同社の経営が不安定視されたため,明治9年には第一国立銀行に運用先が変更 された。 その後,前述したように郵便貯金の資金量増大に伴い, リスク分散を図るた8 第1部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム 第3表 郵 便 貯 金 資 金 運 用 の 変 遷 年 月 運 用 先 根 拠 法 規 等 明治8年 東京為替会社 グ 9年5月 第一国立銀行 グ 11年5月 第一国立銀行及び 「貯金預リ高ヲ国債局へ相預クノレ儀ニ 大蔵省 付約定書」上記約定書改定(第1条〉 か 17年6月 大蔵省国債局 か 18年5月 大蔵省預金局 預 金 規 則 第1条 大 正14年3月 大蔵省預金部 預金部預金法第2条 く出所〉郵便貯金経営問題研究会『郵貯と経営jp.55より作成。 め,明治11年5月運用先に大蔵省国債局が加えられた。このように郵便貯金の 運用先は,明治17年6月までは第一国立銀行と大蔵省の二カ所となり,郵政省 が事業の一切を統一管理していた。しかし明治17年になって,当時の不況や信 用不安等により,さらに安全な資金運用を図るため,運用先を大蔵省のみに限 定することになった。その後も多額な資金のより安全な運用先がなかった事等 のため,明治18年5月「預金規則6)Jが,大正14年3月「預金部預金法」が制定 されるなど,第二次大戦終結まで運用先は大蔵省のみに限られる状態が続いた。
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第2
次大戦後の資金運用 昭和25年, G H Qドッジ財政顧問の覚書により,①戦後混乱期の国民の貯蓄 等について「絶対的安全」な資金運用を図る必要がある,②日本経済再建のた め長期性資金確保の要請を満たす必要があるとの見地から,1国の資金はすべて 大蔵省に預託して運用するべきである」との指示があり,昭和2
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年(19
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年〉 「資金運用部資金法」が制定され,郵便貯金は他の国の資金とともに資金運用 部で統合管理されることになった7)。 その後,大幅な制度改正もなく現在に至っているが,郵便貯金,資金運用部, 財政投融資資金の流れを総合的に図示したのが,第2
図である。すなわち郵便 貯金として預けられた資金は,厚生年金,国民年金,簡易保険,郵便年金等の 資金とともに, 日常の払戻しおよび預金担保貸付必要額の他はすべて資金運用 部に預託することが義務づけられ,資金運用部を通じて財政投融資の原資とな り,国の重要施策である住宅建設、生活環境整備,中小企業の近代化など,国 民の福祉の増進や社会資本の充実などに大きく寄与している。第 2 図財政投融資資金の流れ 国 民 資金運用部資金 簡保資金 産業投資特別会計 国債引受け 財政投融資 計画 政府保証債等
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L一一一一一一一一一一一一一一一一一一
J (注):二二
J 内が財政投融資計画である。 〈出所)r
図説・財政投融資』昭和 61 年度版. p. 166 より作成。 国 民 滋同制捜淘雫仇昨蜘酔山市丸)碍坤什齢、加 ミ D11J 第l部 金融自由化と公的システム しかし第2章で議論されるように,現在,資金逼用部資金の使われ方には, 一般会計の肩代わりや,短期運用の巨額化,長期運用化など数多くの問題点が 指摘されており,各方面からその見直しが提起され,これも郵貯論争に拍車を かける背景となっている。
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民間金融機関と郵政省との主要な論点
1.郵便貯金の肥大化 (1) 昭和40年代後半からの郵貯の急増 今日においても激しく行われている郵貯論争の高まりをもたらした最大の要 因は,第1図に示されているように,昭和40年代後半から目立ちはじめた郵便 貯金残高の急増であろう。第4表は各種金融機関の預貯金残高の増加倍率を表 しているが,昭和45年3月末から昭和55年3月末の10年間に,郵便貯金が信託 とともに急拡大していることがわかる。 しかし銀行預金は都市銀行,地方銀行,相互銀行,信用金庫のいずれも,同 期間の増加倍率がそれ以前の10年間よりも低下し,伸び率が鈍化している。し たがって銀行預金の全般的伸び悩みの中で,郵便貯金が急拡大を続けているの は何故かという疑問が出てきたのも当然といえるだろう。 昭和40年代後半から昭和50年代前半の郵便貯金をめぐる論議は,大体このよ うな疑問から生じたものが多かった。例えば昭和48年の『金融ジャーナル』秋 季増刊号では,郵便貯金急伸の秘密を特集し, I郵便貯金も…その大部分が大衆 の預金である現実に,金融界が真剣に取組まねばならない大衆化の方向がある。 国内マーケットを見直し,庶民性に基づいた大衆化を前進するためには,地域 に密着し,大衆のニーズを反映して急成長をとげている郵貯…にその範を見い 第4表 金融機関別預貯金・信託残高の伸び (単位:倍〕 期 間 都 銀 地 銀 信託 相 銀 信金 農 協 郵 貯 │ 昭和35年3月末-45年3月末 4.6 4.4 5.6 8.0 7.5 6.9I
昭和45年3月末-55年3月末 3.7 4.5 6.1 4.6 4.8 4.9 8.2 昭和55年3月末-61年3月末 1.63 1.65 1.68 1.39 1.59 1.58 く出所〉日本銀行『経済統計月報』郵政省『郵政経営統計Jより作成。第1章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 11 出すことが大切である。そこに郵貯…急伸の秘密にメスを入れる意義がある8)j と郵貯の拡大に大きな関心を示している。 また三和銀行調査部「都市銀行からみた郵便貯金急伸の要因j
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では,郵 便貯金が「簡易で確実な少額貯蓄の手段としてその経済生活の安定と福祉の増 進のために,あまねく国民大衆の利用に供される制度であることに留意し,…… 一般の金融機関の預金の利率についても配意し(郵便貯金法第1
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条2
項〉なが らも,なぜこのような高い伸びを示しているか」を検討している。そして「郵 便貯金の好調な原因は,他の金融機関と比較して庖舗の増設テンポが急速であ ること,制度面での優遇措置,なみなみならぬ業務推進意欲,そして郵便局自 体としても,顧客のニーズをつかむべく努力している」ことなどを指摘している。 しかしながら,他方では「郵便貯金には,財政投融資資金の供給という重要 な役割がある(…〕ことは事実であろう。しかし郵便貯金本来の使命は,あく まで,民間金融機関の及ばない分野に貯蓄手段を提供し,民業を補完すること にあったと考えられる。それだけに最近のように郵便貯金が世界最大の金融機 関にまで巨大化し,いまや内容的にも民業と競争する場面が多くなりつつある ことは,本来の主旨からはずれるものであろう。しかし,その背景に,民間金 融機関に比した制度的有利さがあるとすれば,自由市場経済を前提とするわが 国経済の建前からみて問題といわざるをえない。金融機関全体のなかにおける 郵便貯金制度の位置づけを改めて検討し直す時期にあるといえるのではなかろ うか9)j と郵便貯金の急増に行きすぎはないのかといった懸念を示している。 (2) 昭和50年当時の民間金融機関から見た郵貯急増要因 昭和50年当時,郵便貯金急増の要因として民間金融機関側から挙げられたも のは,およそ次のようなものであった。 まず第u
こ庖舗数の絶対的優位である。昭和49年度末で郵便局は2万1,000庖 に対し全国銀行は約3分の1の7.500庖しかなく,相互,信金,信組を含めても 1万7,000余屈と民間金融機関の方がはるかに少ない。また増加ベースでも昭和 50年末までの10年間で郵便局は3,705庖増加しているのに対し,全国銀行は約4 分のlの1,083庖しか増加しておらず,J苫舗網の差が郵貯の急伸を支えた。 第2に税制上の差である。銀行にもマル優制度はあるが,郵貯ははじめから12 第1部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム 非課税扱いで限度管理も厳しくなく,税務調査もされないので,相当大口の預 金まで預けられ,税制の隠れミノとして郵貯が使われてきた。 第3に商品内容の差である。昭和50年 3月当時郵貯残高の約77%が定額貯金 で占められていた。この貯金は6ヶ月の据置期間後は,いつでも, どこでも払 戻し可能となり,利子は半年複利で,預入期聞が長くなればなるほど有利にな り,付利される金利も預入日にさかのぼって全期間について高くなるもので, 最長預入期間は10年である。定額貯金は流動性と高利回りを兼ね備えた民間金 融機関では考えられないような預金である。したがって銀行に最長
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年もの定 期預金しかなし、(昭和56年6月から「期目指定定期」が開始され最長 3年となっ た)が,定額貯金は郵便局だけにある有利な商品で,郵便局にとっても貯金勧 誘の最大のセールス・ポイントとなった。 第4
に定額貯金は半年ごとに利息が元加されていくため,毎年の利息元加分 だけでも,貯金残高を約5%
ほど底上げする要因となっている。 第5に郵便局は郵便貯金業務の他に郵便事業,簡易保険郵便年金事業を兼営 しており,銀行に入ったことがない人はいても,郵便局へ行ったことのない人 はいないほど親しまれており,また矢島(13)のアンケート結果にみられるよ うに,郵便局には「気安さ」があるのが強みである。 第6に郵便局長をはじめ職員の多くは,地域出身者で構成されており,地縁 性が強いことも,貯金の募集力を高めている。 第Hこ全国に約1万人いるといわれる外務員の存在が大きく,昭和49年度の 定額貯金新規預入額のうち,外務員の募集割合は約20%に達している。 第8に外務員には,セールス活動の促進を図るため,国家公務員としての通 常の給与体系に基づく給与以外に「募集手当」が支給されている。また貯金団 体にも「団体貯金とりまとめ集金費」とL、う謝礼金を出しており,まさに官民 一体の貯蓄推進奨励策がとられている。 第9に郵便貯金法第3条に「国は,郵便貯金として預入れされた貯金の払い もどし及びその貯金の利子の支払いを保証する」とあるように,郵便貯金は国 家信用とし、う絶大なパックアップがある。 第10に郵便貯金利用率の高い中低所得層に有利な所得分配の変化があったこ第1章郵便貯金論争の背景と論点 13 とと,郵便貯金の一人当たり貯金総額制限が昭和47年に100万円から150万円に, 昭和48年に300万円に引き上げられたため,高額所得者の利用率が高まったこと 等々が挙げられている。
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昭和50年代初頭からの郵貯をめぐる変化 昭和30年代の郵便貯金の平均伸び率は,都市銀行をはじめとした民間金融機 関の伸び率より下回っていたが,昭和40年代に入って急速にその伸び率を高め てきた。したがって前述のように昭和40年代後半からの郵貯をめぐる論議は, なぜ郵貯だけが急増するのかといった分析的興味から発したものが多かった。 高度成長経済下では,郵貯も民間金融機関も順調に量的拡大をとげていたた め,郵貯の急増を問題視する必要は少なかった。ところが第1
次,第2
次石油 ショッグ発生とともに,低成長経済へ日本が移行するにつれて,預貯金総額の 伸びも鈍化してきた。 このような状況下での郵貯の拡大は,民間金融機関にとって自らの経営基盤 にかかわる重大な問題とみなされるようになってきた。なぜなら昭和40年代か ら現先市場の急速な発達により,法人預金獲得競争が一段と厳しくなり,さら に昭和54年からは自由金利のNCD発売と,大口預金獲得競争が激しくなった 民間金融機関にとって,個人預金のシェア縮小は民間金融機関経営上の大問題 であったからである。 したがって昭和50年代初頭からの郵便貯金にかかわる議論も,以前とはその 性格が急変し,郵便貯金を敵視したり,民間金融機関の立場を代弁するような 激しい論争が,数多く見られるようになった。 ただ第3図に示されているように,郵便貯金の増加状況は,昭和54年度増加 額6兆9,156億円(対前年比95.1%)と前年実績を下回り,これは昭和33年度以 来21年ぶりのこととなった。また郵便貯金増加額から元加利子額を差しヲ│し、た 純増加額(預入額一払戻額〉も,金利天井感やグリーンカード問題で預金が郵 便貯金にシフトした昭和55年度を除き,昭和53年度以降伸び悩み傾向にある。 これは低成長経済以降に伴う家計可処分所得の伸び悩みゃ,個人の金利選好の 高まり,民間金融機関による高利回り商品開発等々,郵便貯金をとりまく環境 の厳しさを反映しているといえるだろう。14 第1部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム 兆円 10 8 2
。
7.20 7.27 第3図 郵 便 貯 金 の 増 加 額 の 推 移 10.0 8.54 8.20 7.61 6.92 8.99 7.75 52 53 54 55 56 57 58 59 60 年度 注 仁 コ 元 加 利 子 額 ~純増加額(預入額払戻額) 〈出所〉郵政省資料より作成。 (4)I
金融の分野における官業の在り方に関する懇談会報告」 郵便貯金の急増を契機として,官業への資金集中の見直しゃ金利政策の一元 化問題等,自由主義経済体制下での金融の分野における官業の在り方に対し, 種々の問題提起が行われた。そこで,これらを検討するため,昭和5
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年1
月「金 融の分野における官業の在り方に関する懇談会J
(有沢広巳会長〉 銀行側は これを郵貯懇,郵貯側は金融懇とそれぞれ略称している が設置され 7カ 月にわたって郵政省,大蔵省, 日銀,経済企画庁,民間金融機関,経団連その 他各界からの意見が戦わされ,昭和5
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年8
月に懇談会報告が提出された。 報告を提出するまでに議論された多方面に及ぶ内容については,r
金融の分野第1章郵便貯金論争の背景と論点 15 における官業の在り方一一懇談会報告並びに関連全資料j(57Jに収録されてい る。しかし報告書提出後残ったことは,①報告書で臨時行政調査会の検討に委 ねることとされている個別の政府関係機関の在り方等は臨時行政調査会で一層 検討を深めてもらう,②報告書意見の具体化については,大蔵大臣,郵政大臣 及び官房長官の三者で引き続き協議する,③預金金利の決定や変更に際しては, 郵政,大蔵両省が意志疎通を図り,機動的に対処する,④その他の問題につい ては上記三者で引き続き検討するが,郵貯資金の自主運用問題については当分 の間棚上げすることが合意されただけで,郵貯論争を終結させるような役割を 果たすことは,できなかった。 (5) 郵便貯金肥大化に関する最近の論争 郵貯肥大化に関する最近の民間金融機関の批判は,次のようなものである。 ①郵貯が野放しに増加し,これが民業を圧迫し,市場機能を図書する結果を もたらしていることは,自由主義経済体制を建前とするわが国経済体制にとっ て由々しき事態である。 ②郵貯への資金集中に伴う民間金融機関の資金不足は,金融市場の資金量を 縮小させ,金利を下がりにくくするなど,金融政策の有効性をも制約している。 ③郵貯への資金の集中は,一国の資金配分を歪め,民間金融機関の低利かっ 安定的な資金の供給を妨げ,その企業活力を奪うことになる。 ④自由主義経済体制を根幹とする日本においては,経済活動は民業中心とす べきであり,官業は民業の及ばない分野の補完に徹するのが,基本理念である。 ⑤このような状況が続けば,預金金利自由化の阻害要因となることが懸念さ れる。 これに対し郵政省は次のように反論している。 ①各金融機関が経営努力を重ね,切薩琢磨しながら,利用者・国民のニーズ に合った金融商品を提供することが大切で,シェアは利用者・国民の金融資産 選択の結果である。 ②近年,利用者・国民の金融資産選択は,金利選好が高まり,預貯金以外の 金融資産も対象とされ,シェアについては,個人貯蓄全体の中で議論すべきで ある。
16 第1部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム
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個人金融資産増加率でみれば,郵貯の占める割合は,ここ数年,低下傾向 にある。 ④近年,市中金融は慢性的な緩和状態で民間金融機関は貸付先に苦慮、してお り,余剰資金でディーリング等,融資以外の運用手段で収益確保を図っている ともいわれている。このような状況下では,企業への民間金融機関の円滑な資 金供給を,郵貯が妨げているとはいえない。 ⑤官業と民業の関係については,各金融機関が切薩琢磨しながら,国民に公 平に個人金融サービスを提供していく必要があり,郵便局は, 110余年間,貯蓄・ 送金決済等国民生活に密着した幅広い個人金融サービスを,国民のニーズに応 じながら,効率的に提供し,利用者・国民の支持を得てきた。 ⑥今後,金融自由化が急速に進展していく中で,国営の為替貯金事業の必要 性は高まるものと考えられ,国民経済的観点から,国民本位のサービス向上に 務めるべきである。 ⑦金融政策の効果が低下してきているのは, 日本のみではなく,郵便貯金制 度が存在しない先進国においても,同様な状況がみられる。 このように両者の意見は並行線のままであるが,民間金融機関の議論は官業 は基本的に民業の「補完的役割」を担うべきであるとする「臨調最終答申C
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あるいは「行政改革C12
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の主張を依りどころとしている。 臨調は官業に対し,官業「非効率」論の下に「分割・民営化」を主張しなが ら,他方高い効率をあげている官業に対しては「民業圧迫J
と批判し,I
民業へ の補完的役割」に徹すべきであるとし,効率化・合理化よりも規模の抑制に力 点をおいている。その意味で臨調答申は,公共性と企業性の調和をどのように 図り, I独立採算の経営」をいかにして維持していくかとL、う認識がかけている ように思われる。 したがって「官業」か「民業」かといった二者択一的発想で、はなく,今日の 混合経済の中では,官業と民業が適正に競争する状況が積極的に確保されるべ きで,両者が政策的に相互に競争し,切瑳琢磨する一種の緊張関係こそ望まし いといえるだろう。17
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郵便貯金事業の効率性 (1) 郵便貯金特別会計の仕組み 民間金融機関は,郵便貯金肥大化の最大の要因は採算無視の金利提供と,そ れを可能にしている郵便貯金特別会計の仕組みにあり,郵便貯金は非効率的で 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 第l章 あると批判する。 郵便貯金特別会計の仕組みは,第4
図に示されている。既述したように郵便 貯金事業は,郵便貯金資金を資金運用部に全額預託し,その預託金利収入によ り,預金者に対する支払利子と業務の取扱いに必要な経費を賄う独立採算の経 営を行っている。黒字の場合は積立金を保有し,赤字の場合は借入金によって 長期的には収支相償するよう事業経営を行っている。 したがって世上 措置し, 郵 便 貯 金 特 別 会 計 の 仕 組 み 第4図-慣
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入 一 心 一 し げ 一 一 五 一 一 戻 H 預 一 臼 ↑ 払 引 い 預 者 預 託 金 利 子 収 入 支 入 子 収 業 利 事 払 金 預 託 預 入 元 金 ・ 利 子 分 貸付金利子収入 預金者貸付による利子収入 借 入 金 財 源 不 足 の た め の 借 入 れ 雑 収 入ー預金者の権利消滅金等 業 務 取 扱 費 郵 便 貯 金 事 業 運 営 に 要 す る 一 切 の 経 費 諸 支 出 金 割 増 金 付 定 額 貯 金 の 割 増 金 等 借入金利子等ー借入金償還金,同利子,一時借入金利子 本表は,郵貯会計のあらましについて図示したものであり, 一部簡略化してある。 く出所>r
金融の分野における官業の在り方jp.46, - A つ ' u q d A -F U p o n t o。
注18 第1部金融自由化と公的システム 言われるように,一般会計から補填を受けることはなく,国民の税金は現在一 切使っていないといえる10)。 (2) 郵便貯金特別会計の収支状況 第5表に示されているように,単年度収支では,昭和37年度から昭和48年度 までは黒字で,それ以降は赤字になっていたが,支払金利が大幅に下がった昭 和60年度は,単年度で5,857億円の黒字となり,それまでの累積赤字も一掃され ている。 郵政省の説明によれば,これまで郵便貯金特別会計に赤字が生じていた原因 は,基本的には資金運用部預託利率の決められ方にあるとする。 すなわち郵便貯金のコスト(支払利子率+経費率〉は,第6表に示されてい るように,民間金融機関に比べ低くなっている。例えば昭和52年度から昭和59 第5表 郵 便 貯 金 特 別 会 計 の 収 支 状 況 ( 単 位 億 円 )
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収 支 差 額 収 入 支 出 当 年 度 分 累 百十 45 4,534 4,359 175 1,120 46 5,607 5,385 222 1,342 47 7,070 6,821 249 1,591 48 8,892 8,748 144 1,735 49 11,359 11,980 ム 621 1,114 50 15,096 16,042 ム 946 168 51 19,438 21,335 ム 1,897 ム 1,729 52 24,352 25,448 ム 1,096 ム 2,825 53 28,696 28,723 ム 27 ム 2,852 54 33,137 32,220 917 ム 1,935 55 40,282 37,704 2,578 643 56 47,617 48,733 ム 1,116 ム 473 57 53,194 53,922 ム 728 ム 1,201 58 59,090 61,412 ム 2,322 ム 3,523 59 64,689 64,736 ど三 47 ム 3,570 60 71,229 65,372 5,857 2,287 61(予算) 76,276 71,437 4,839 7,126 く出所〉郵政省資料より作成。第1章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 19 第 6表 金 融 機 関 別 の 運 用 利 回 り ・ コ ス ト の 比 較 (単位 %) 運 用 利 回 り コ ス ト 年 度 長 信 銀 都 銀 郵 貯 郵 貯 都 銀 長 信 銀 利支子率払 経 費 率 利支子率払 経 費 率 支利子払率 経 費 率 52 8.64 6.87 7.20 7.52 6.33 1.19 6.84 4.74 2.10 7.69 6.91 0.78 53 7.92 5.90 7.00 7.01 5.92 1.09 6.06 4.13 1.93 7.16 6目47 0.69 54 8.06 6.98 6.90 6.71 5.76 0.95 7.06 5.30 1.76 7.61 6.95 0.66 55 8.68 9.21 7.16 6.70 5.82 0.88 8.92 7.26 1目66 8.48 7.81 0.67 56 8.96 8.97 7.35 7.52 6.77 0.75 9.87 8.40 1.47 8.92 8.24 0.68 57 8.51 8.13 7.31 7.41 6.71 0.70 8.58 7.24 1.34 8.31 7.67 0.64 58 8.07 7.48 7.28 7.57 6.90 0.67 7.57 6.30 1.27 7.91 7.34 0.57 59 8.02 7.41 7.28 7.28 6.62 0.66 7.97 6.86 1.11 8.27 7.57 0.52I 平 均 8.34 7.62 7.19 7.22 6.35 0.86 7.86 6.28 1.58 8.04 7.37 0.65 (注 民間金融機関の経費率は,税金率を除いたものである。 2.民間金融機関の運用利回りは,貸出金の利回りである。 なお.都市銀行の52-58年度平均の総資金運用利回りは8.15%.総資金コストは8.05%であ る。 く出所〉全国銀行協会『全国銀行財務諸表分析l郵政省資料より作成。 年度の8年間平均で,郵便貯金7.22%.都市銀行7.86%.長期信用銀行8.04% と,郵便貯金が最も低い水準になっている。 また経費率も年々低下しており,昭和52年度から昭和59年度平均で郵便貯金 0.86%.都市銀行1.58%.長期信用銀行0.65%となっており,都市銀行よりも 低い。郵便貯金事業は,民間金融機関が採算面から進出していないような山間 僻地まで公平に個人金融サービスを提供しているが,ほとんどの民間金融機関 よりも低い経費率で効率的な経営を行ってきている。これは真剣な経営努力を 行うとともに,郵便局の全国ネットワークを基盤とした郵便・郵便貯金・簡易 保険郵便年金の三事業一体的運営により,人的・物的資源を有効に活用するこ とによって,経費率の低減を図ってきたことによるものであり,郵便貯金のコ スト面には,特に問題はないと郵政省は主張する。 そして第6表に示されているように,郵便貯金の運用利回りは民間金融機関 よりも大幅に低くなっている(例えば昭和52年度より59年度までの平均で長期 信用銀行8.34%.都市銀行7.62%に対し郵便貯金は7.19%である)。 既述のように郵便貯金は,現在,資金運用部への全額預託が義務つ守けられて
20 第1部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム おり,その預託利率は財政投融資の長期・低利の要請を優先して,資金の借手 である大蔵省が決定している。しかし預託利率は,国債や政府保証債等の市場 金利よりも低いばかりか,場合によっては郵便貯金の低いコストさえ賄えない ほど低水準に決定されてきた。第
6
表によれば,昭和5
2
年度から昭和5
9
年度ま での8年間で,運用利回りがコストと同じか高かったのは,昭和54年度と昭和5
9
年度の2
年だけである。 このように郵便貯金特別会計で発生してきた赤字の原因は,預託利率が低位 に決定されてきたためであり,これまで生じてきた郵便貯金の赤字は,いわば 「政策的赤字」と考えるべきものであると,郵政省は主張している。(
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)
民間金融機関からみた郵便貯金特別会計の問題点 以上のような郵政省の主張に対し,民間金融機関の側から中村 (36J や全国 銀行協会連合会制度問題研究会 (75J (88J,金田(144Jや中立的な立場から貝 塚 (56J 等が,郵便貯金特別会計の問題点を次のように指摘している。 (i) 現金主義の経理 郵便貯金特別会計は「現金主義」で損益計算されている。ただし預託金利子 収入は決済日 (3月31日)に経過期間に対する利子が支払われるため「発生主 義」と同じ結果になっている。これに対し支払利子の大部分を占めている定額 貯金の利子は6カ月ごとに元加されるが,経過利子に関する規定がないため, 決算日には常に未払利子が蓄積される仕組みとなっているといえる。残高が一 定ならば当期に計上されない未払利子は当期に計上された前期の未払利子と等 しいので問題は生じない。しかし現実には,残高は毎年増加しており,増加額 に応じた利子は未計上になっているといえる。これは増加する利子の支払負担 を次々に次期に繰越していることを意味する。したがってこの未払利子分を含 めて考えると,郵便貯金特別会計の収支は公表されている数字よりも悪化する。 (jj) 経費の事業別分計 郵便貯金事業は,郵便貯金特別会計で経理されているが,郵便,簡易保険郵 便年金事業と一体で運営されているので,その経費は郵政事業特別会計へ繰り 入れられ,そこから一括して支払われる。具体的な分計比率も一部示されてい るものの,その比率が実態にあった適正なものか,あるいは実際にその比率で第l章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 21 分計されているのかどうか,資料が公表されていない以上,判断のしょうがな く,郵便貯金事業の経費が,他会計へ、ンワ寄せされている可能性が大きい。こ のような疑問を解明するために,郵便貯金特別会計のディスクローズを行う必 要がある。 I ) .ij) 経費率 経費率の比較は,民間金融機関が預金業務とともに貸出業務を行っているの に対し,郵便貯金の方は貯金業務のみなので,正確な比較にはならなし、。また 経費率が低下しているのは,分母である郵便貯金残高の増大によるもので,経 営努力によるものとはいえない。また経費も民間金融機関より増えており,郵 便貯金事業が効率的とは必ずしもいえない。 さらに郵便貯金は官業なるがゆえに, さまざまな公的負担を免れており,こ れらを,民間金融機関と同様の次元で比較すると,郵便貯金の非効率さが明白 となると民間金融機関は主張する。 (4) 郵政省等の反論 このような批判に対し,郵政省は,①郵便貯金特別会計は法律に基づき収入, 支出とも「現金主義」を採用している。支払利子の計上もれがあるというが, 「現金主義」と「発生主義」では,計上方法が異なるのは当然で,これをもっ て不適当とする考え方には合意できない。 ②事業別に明確に区別で、きない経費は,各事業の要員数,使用面積等の割合 で,きめ細かく計上している。 ③郵便貯金事業について,税金や預金保険料を支払う必要がないことや準備 預金が不要であることを「官業の恩典」とし,民間金融機関よりも有利な競争 条件下にあると主張する人がし、る。しかしこれらは,郵便貯金事業が不採算地 域を含め,全国に公平に個人金融サービスを提供する使命を果たしていくため の必要な基盤・仕組みであり, トータルパランスとして損益を考える必要があ る。 郵便貯金が効率的であるか否かについては比較する数字が全く同じ条件下で 計算されたわけではないので,いずれとも判定をつけることができない。しか し金融自由化が進展する中では,各金融機関とも預金者保護の立場からディス
22 第I部 金融自由化と公的システム クロージャーを積極的に推進する必要がある。また郵便貯金事業を一層企業的 に経営するため,郵便貯金特別会計への「発生主義」会計の採用についても, 積極的に検討する必要があるといえる。
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定額貯金の商品性 (1) 定額貯金への民間金融機関の批判 既述のように現在でも,昭和16年 8月に創設され,同年10月に施行された定 額貯金が,郵便貯金の大部分を占めている。民間金融機関からみた,この定額 貯金への問題点は次のようなものである。 ①定額貯金は預入後6カ月経過すれば,いつでも支払可能で, しかも半年複 利で高金利を付している。民間金融機関としては,いつ引き出されるかわから ない不安定な資金に,変動しない高金利を付すことは,経営を不安定にする。 ②運用面で定額貯金は固定金利であるのに対して,民間金融機関の運用の大 部分は変動金利であるので, リスクが大きいといえるo ③金利が引上げられるたびに預け替え(一定期間内に手続きをすれば,あら ためて10年間高金利を保証する制度〉が生じ,それ以降固定金利であるため, 定額貯金残高への高金利適用シェアが高くなり,収益を圧迫する危険がある。 なぜなら,過去の低金利時代の定額貯金は,預け替えにより高い新レートが適 用されるが,この分に見合う運用資金は既に資金運用部に預託済みなので低い 旧レートのままで,逆鞘になりやすいからである。 ④定額貯金には利息の元加規定がある(郵便貯金規則第5
条)ものの,発生 する利息は払戻時まで確定しないとされているので,当初預入額が300万円以下 ならば、全額非課税扱いとされる。その結果,実質上郵便貯金預入限度額は, 郵便貯金法規定額300万円の 2倍強となっている。しかし民間金融機関の預貯金 の元加利子は預入額に算定されており,それがマル優枠を超過すると,根っ子 から課税扱いとなってしまう。 ⑤前述のように金利ピーク時に,大量の預け替えが発生し,定額貯金の支払 利子率の高位固定化がもたらされる。この高位固定化は,郵便貯金を原資とし ている財投諸機関への,一般会計からの補助金増加の原因にもなっている。こ第I章 郵 便 貯 金 論 争 の 背 景 と 論 点 23 のような定額貯金の採算無視のツケは,国民の負担増としてはね返ってくる可 能性が強い。 ⑥国家信用を背景にした定額貯金金利は,民業より低位にあるのが正常であ る。戦時下の巨額な軍事費調達の必要性から創設された,特殊で一時的な貯金 である定額貯金が,戦後も見直されないで,逆に民間金融機関に対して有利性 が強まる状況で存在するのは問題である。 ⑦郵便貯金,とくに定額貯金の高額所得者層の利用が高まって,民間金融機 関と郵便貯金の預金者の同質化が生じている現状では,郵便貯金のみに優遇措 置を与える理由は,まったくないと考えられる。 ⑧定額貯金の利上げに際して,利上げ後一定期間に預け替えをすると,利上 げ日に遡って「払い出し,預け入れ」があったとする「預け替え制度」は,事 後的に起算日扱いの高金利適用で,会計上も不健全なものであり,廃止すべき である。 このような諸理由から,民間金融機関は定額貯金について,預入期間短縮や 据置期間の延長など,商品性の見直しを強く主張している。
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定額貯金への郵政省等の弁護 これに対し郵政省は次のように反論している。 ①定額貯金は,流動性と収益性を兼ね備えた貯蓄手段として,国民に選好さ れており,国民にとり魅力的な商品である。 ②最近の郵便貯金特別会計の累計赤字は,預託利率が上がるべき時に上がら なかったとL、う特殊な事情によるもので,適正な運用利回りが確保されるなら, 健全経営を維持することが可能で,定額貯金がその理由ではない。 ③年間の全預貯金利子の支払額を全預貯金の平均残高で除した,いわゆる「預 金利回り」を第6表で比較すると,昭和52年度から59年度までの8年の預金利 回り平均は,郵便貯金6.35%,都市銀行6.28%とほとんど変わらない。また定 額貯金を含めた郵便貯金のコスト(支払利子率+経費率〉は,過去8年間の平 均で7.22%となっており,長期商品を主体とする長期信用銀行の8.04%はもち ろんのこと,短期商品を主体とする都市銀行の7.86%と比べても,低いといえ る。24 第l部 金 融 自 由 化 と 公 的 シ ス テ ム したがって預金商品の設計が預金者のニーズによく適合し,かつ現場での貯 金募集努力が勝っているのが定額貯金であり,当面その商品内容を変更する必 要はない。しかし金利自由化の急速な進展,多様な金融商品の登場,業務のエ レクトロニクス化など金融自由化が進行しており,金融情勢も大きく変化して きている。また高齢化社会を迎え,国民の健全な資産形成促進の必要性が高まっ ている。 このように定額貯金は金利自由化が進んだ段階でも,利用者・国民のニーズ が強いと考えられるが,今後このような時代の要請を踏まえた商品性の在るべ き姿を,総合的に検討する必要がある。 定額貯金の商品性に関しては,民間金融機関の他に,金融の分野における官 業の在り方に関する懇談会報告[57Jや臨調答申 [69J,行革審小委員会報告[162J 等において,見直しの必要性を指摘している。定額貯金の将来については,さ らに第2章で検討することにしたい。 4. 個人金融分野における官業と民業 (1) 郵便貯金の業務拡大の推移 郵便貯金は第7表にみられるように,昭和48年の「預金者貸付制度J(~、わゆ る「ゅうゅうローン J)を開始して以来,年々,業務範囲の拡大を図っている。 これに対し民間金融機関は,郵便貯金本来の性格から大きく逸説した行為であ ると批判してきた。 郵便貯金の業務拡大についての論争は,昭和56年8月の「金融の分野におけ る官業の在り方に関する懇談会報告J
[
5
7Jの「現状凍結」により終結したかに みえた。ところが昭和5
7
年3
月上旬から「郵貯自動払込み」についての論議が 再燃しはじめ,全銀協制度問題研究会 [58Jや坂田 [59J の意見が表明された ものの,r
郵貯自動払込み」は予定通り 6月から取扱いが開始された。 その後,昭和5
7
年6
月に提出された「個人金融分野に郵便貯金が積極的に参 入すべきである」という郵政審議会の「郵便貯金の今後果たすべき役割に関す る答申J
[60Jに対し,同年 8月,全国銀行協会をはじめとする民間金融機関そ の他の連名で「郵便貯金に関する私どもの考え方J[61]r
郵政審議会答申に対第1章 郵便貯金論争の背景と論点 25 第7表 郵便貯金の業務拡大の推移 年 月 事 項 47. 7 「住宅積立郵便貯金」創設 48. 1 「ゅうゅうロ ン(貯金者貸付制度)J創設 12 「特別定期郵便貯金」取扱実施 50.5 IC D (オ7)J取扱開始 6 「福祉定期郵便貯金」取扱実施 51. 1 「財形定額貯金」創設 52. 1 「給与振込」業務開始 53. 4 16ヵ月特定期貯金」創設 6 「ゅうゅうロ ン」枠拡大 (30万円→50万円〉 7 「進学積立郵便貯金」創設 8 郵便オンライン開始 54. 6 「ゅうゅうローン」枠拡大 (50万円→70万円) 55. 2 オンラインC D設置開始 3 「ゅうゅうロ ン」貸付期間延長(6カ月→l年) 56. 3 A T M設置開始 6 「総合通帳」創設 57. 4 「愛育貯金」創設 4 「ゅうゅうロ ン」枠拡大 00万円→100万円) 6 「自動払込み」業務開始 10 「財形年金定額貯金」創設 58. 7 「自動受取り」業務開始 59. 3 全国オンライン網完成 7 「郵貯共用カート」制度導入 10 「自動積立定額貯金」創設 60. 3 企業取引の自動振替サービス開始 〈出所>