第 4 章 円の国際化と円建 BA 市場*
I
は じ め に円の国際化とは,円が国際的に使用され,また保有されることをいい,①貿 易取引や金融取引で円建表示が行われる表示通貨としての機能,②貿易決済や 資金貸借が円で行われる取引通貨としての機能,③公的機関,民聞を問わず資 産価値維持のために保有される準備通貨としての機能,の三機能を備える必要 がある。
近年, 日本経済が国際化し,自由主義世界第
2
位の国民総生産に達するなど 世界経済における地位を向上させてくるとともに,円が世界経済で、果たす役割 について内外で強い関心が持たれ,円の国際化への要望も強くなっている。また,日本の貿易は,多くの世界経済の変動があったにもかかわらず,順調 な拡大を続け,
1 9 8 4
年の世界の輸出入全体のシェアの8.5%
を占め,1 0
年間で1.1%
ポイントのシェアの上昇をもたらした。そして内外の金融・経済環境の変化 とともに貿易取引形態も変化してきた。それにともなって貿易金融に新しい動 きが生じつつある。しかし,貿易金融における円建比率は,まだ諸外国に比べ て低水準である。そこで本章では,円の国際化の流れの中で貿易金融,とくに
1 9 8 5
年6
月1
日 から開設された円建BA ( B a n k e r s ' A c c e p t a n c e s
,銀行引受手形〉市場の意義と問題点を,欧米諸国の
BA
市場との比較を中心に考察し,貿易取引形態の具 体的な変化については別稿に譲ることにする。I I BA の定義と英米の BA 市場 1 . BA
の定義BA
とは,通常「銀行引受手形」を指しているが,貿易決済のための手形と いう意味からは「銀行引受貿易手形」というべきかもしれない。BA
は商品の輸出入または三国間貿易のファイナンスのため,資金需要者(輸出者あるいは 輸入者〉により当該企業名で外国為替公認銀行(以下為替銀行〉宛に振り出さ れ,為替銀行により引き受けられた期限付為替手形である。為替銀行は引受け と同時に手形
(BA)
を買い取り(割り引き),さらにディーラーを通じて最終 投資家に売却する(再割引きに出す〕ので,為替銀行や貿易業者はBA
市場か ら円滑に資金を調達することが可能となる。この場合,為替銀行は,割引きと 同時にBA
市場に売却するとは限らず, 白行で期日まで保有したり,一時保有 後,資金繰りの必要や金利の先行き見通し等により売却することもある。BA
は為替銀行による支払承諾表示があるため信用度が高く,市場での割引 き,二次市場における流通,中央銀行による再割引きなどが可能で,資金需要 者は,一般に低利で資金調達を行うことができる。法律的にいえば,BA
は譲 渡可能証書であり,振出人および引受銀行の両者が支払義務者で,商品が担保となり,高度に安全性を有し,信用度が高いものとなる。
2 .
ロンドン市場BA
市場は,大規模なものとしてはロンドンとニューヨークに存在している。しかし歴史的に,より白然発生的に発展したのはロンドン市場である。また銀 行引受手形の起源は
1 2
世紀まで逆のぼることができる。そして18‑19
世紀には すでにロンドンに活発なBA
市場が存在していた1)。ロンドンでのこの種の市 場は「割引市場(Di s c o u n tMarket) J
と呼ばれ,T B ( T r e a s u r y B i l l )
とともに銀行引受手形
(BankB i l l )
が売買されている。イギリスにおける
A c c e p t a n c e
残高は第l
表に示されている。割引市場にお ける主要ディーラーは割引商社1 3
社で,Bank B i l l
はイングランド銀行の買い オぺの対象とされている。ロンドン割引市場は,割引商社,引受商社,銀行,イングランド銀行が参加しており,事業法人や非居住者の投資のために直接的 には開放されていない。また市場で、流通する手形の範囲は明文化されておらず,
市場の慣行によっている。
第4章 円の国際化と円建B A市 場 91 第l表 イギリスでの Acceptance残高の推移
L単位, 100万ポンド〉
年 末 イングランド
引 受 商 社 外 国 銀 行 i口斗 計
銀 行
1978年 末 638 1,512 1,687 3,837 1979 か 1,496 1,892 2,876 6,264 1980 か 1.287 2,051 2,220 5,558 1981 か 2,978 2,480 3,972 9,430 1982 1/ 3,822 2,978 6,659 13,459 1983年8月 3,687 2,822 6,891 13,400 1983年12月 4,194 3,030 7,686 14,910 1984年2月 4,676 3,357 8,252 16,285
<Hl 所>Bank of England, Quarterly Bulletin各号より作成。
3 .
ニューヨーク市場 (1)アメリカのB A
市場規模アメリカにおける銀行引受手形 は南北戦争前から存在していたが,
1913年 に 連 邦 準 備 制 度
C F e d e r a l R e s e r v e System)
が設立されるま では,それほど一般的な金融手段 ではなかった2)。しかし1913年 に ロンドン市場に範をとって創設さ れたB A
市場育成のため連邦準備 銀行は,B A
を常に市場レートで 割り引き続けた結果, 1920年代後 半にはB A
残高が17億ドルに達し たへその後,大恐慌,第2次大戦 の影響で低迷したものの1944年に 1億ドルを超え, 1960年代後半に は17億ドルを回復し,第2表に示 されているように順調に拡大して第2表 アメリカにおけるB A残高の推移
(単位, 100万ドル〉
1975年 末 18,727 1976 か 22,523 1977 か 25,450 1978 1/ 33,700 1979 か 45,321 1980 1/ 54,744 1981 か 69,226 1982 I! 79,543 1983 1/ 78,309 1984 11 75,470 1985年9月 68,728 く出所>Federal Reserve Bulletin各号。
第3表 アメリカのB A市場残高0985年9月末〕
(単位, 100万ドノレ)
アメリカの輸入金融 16,677(24.3%) アメリカの輸出金融
三 国 間 商 取 引 金 融 合 計
12,810C 18.6%) 39,241C 57.1%) 68,728000.0%) きた。そして1984年6月末には821 出所>Federal Rω rve Bulletin, Jan 1986.
92 第2 金融の国際化と円の国際化
億ドルに達し,
1 9 8 5
年9
月末で6 8 7
億ドルとなっている。1 9 8 5
年9
月末現在での 取引形態別にみたアメリカのB A
残高の内訳は第3
表に示されているが,残高 の57.1%
の3 9 2
億ドルが三国間取引とくに日本等アジア諸国の貿易にかかわる 金融手段として使われ,きわだった特徴となっている。そしてアメリカのB A
市場の中心はニューヨーク市場であり,アメリカのB A
残高の約50%
のシェア を占めている4)。このような第2表に示されているドル建
B A
残高の変化は,世界の貿易量,決済期間の長短等に大きく影響されるが, これらの要因に変化がなくても金利 裁定
( i n t e r e s ta r b i t r a g e )
取引により,他通貨からの,あるいは他通貨への金 融手段シフトが生ずる的。(2) ニューヨーク
B A
市場の特徴ニューヨーク
B A
市場の特徴は,三国間取引に使われる割合いが高いという 他に,次のような点をあげることができるヘ① 連邦準備銀行による再割引きは,現在行われていないが,連邦準備銀行 の再割引きの適格性の要件を,市場に流通する
B A
のほとんどが充足している。これは適格性を充足しない
B A
の売却による銀行の資金調達は,準備預金の対 象となるためである。②
B A
の引受限度が銀行に設けられている。銀行の取引先1社への引受限 度は,銀行の広義の自己資本の10%
以内とされ,引受総額は広義の自己資本の150%
(特に認められた場合200%)
とされている。③
B A
市場の投資家としては,地方公共団体,銀行,企業,保険会社,個 人,年金基金,外国投資家等々で門戸が広く聞かれており,事業法人,非居住 者の購入も多L。、④ 市場ではアコモデーション手形
( A c c o m m o d a t i o nB i l l )
の比率が高い。アコモデーション手形は,市場単位(通常
1 0 0
万ド、ル〉に揃えるため,原B A
の 振出人に,この手形を別途振り出してもらうもので,ニューヨーク市場では一 般によく振り出されている。アメリカやイギリスでは,手形に収入印紙が不要 なことが,盛んに振り出される要因にもなっているようである。⑤ 市場では小口の
B A
の流動化を促進するため,割りヲI l
、た銀行が同一期第4章 円の国際化と円建B A市場 93 日の
BA
を合算して, 自己名でリファイナンス手形C R e f i n a n c e B i l l )
を振り出 し,他銀行に再割引きを求める方法もとられており,外国銀行に広く利用され ている。⑥ アメリカでは,一般に
BA
市場を通じたファイナンスが定着しており,市場の
BA
レートに0 . 5 ‑2
%のスプレッドを上乗せした金利で,引受けや割引 きによる対顧客金融CBA
金融〉が行われている。したがって,準備預金コス トを加えたCD
発行コストやユーロ・ダラー金利よりBA
市場金利は低く,企 業にとって銀行からの通常の借入れコストよりBA
金融の方が,有利となる場 合も多い。またBA
の流通利回りはTB
についで低く,BA
の中でも大手のア メリカの銀行が引き受けたBA
は,その他の銀行が引き受けたBA
より流通利 回りが低いのが一般的である。最優良企業では,無担保の単名約束手形である
CP C C o m m e r c i a l P a p e r )
発 行のほうが低利となる場合もあるが,付帯コストを加えると必ずしもCP
が低 利とはし、えず,BA
金融とCP
発行は代替関係にある。⑦
BA
の期聞は1 8 0
日以内(通常の商取引期間内)とされているが,一般に3
カ月物が主流となっている。またBA
の額面は自由であるが,通常5 0
万‑ 1 0 0
万ドルが取引単位とされている。
⑧ 市場における
BA
ディーラーは,公認2 0
社が主として担当しているが,一般ディーラーも参入が可能である。また流通市場は整備されており,活発に 取引きが行われている。
⑨ 市場の利用者は, 日本の輸出入者が多く,市場の約
50%
が日本の輸出入者であるとL、う推計もある九
皿
円建 BA 市場創設の意義
1.円建BA
市場創設までの経緯円建
BA
市場の必要性については,1 9 7 0
年代から日本の産業界を中心として すでに議論されており, とくに第1
次石油ショック後,日本の貿易金融のドル 依存に対する反省から,貿易の決済と貿易金融円建化促進のための円建BA
市 場論が盛んになってきた。しかし1 9 8 0
年代の日本の金融・資本市場開放の議論94 2
において,円建
B A
市場創設の気運が高まるまでは,具体化されることもなく 一部の議論にとどまっていた。円建
B A
市場創設のきっかけとなったのは,1 9 8 3
年7
月に提出された通産省 貿易局長の私的諮問機関である「貿易金融為替問題研究会」の報告書での「円 建貿易金融整備のためのB A
市場創設案」であったといえる。その後1 9 8 3
年1 0
月の政府の「総合経済対策J
(対外経済政策を眼目として策定された〉にとり入 れられ,同年11月のレーガン大統領来日にともなう日米蔵相共同声明の金融・資本自由化のための主要
8
項目に盛り込まれた。そして1 9 8 4
年5
月の「日米円・ドル委員会作業部会報告書」と同年
5
月大蔵省が発表した「金融の自由化およ び円の国際化についての現状と展望」の中で円建B A
市場創設が謡われ,さら に同年6月の金融制度調査会の第2次中間報告「金融の国際化の現状と今後の 対応」の中では,市場の基本的枠組みが示された。そして同年12月大蔵省は「円 建B A
市場の創設について」とL、う最終案をまとめ,それを金融制度調査会に 諮問し,その結果を踏まえたうえで,1 9 8 5
年4
月1
日付けで「円建銀行引受手 形の取扱いについて」の大蔵省銀行局長通達(蔵銀6 6 7
号〉を出し1 9 8 5
年6
月1
日から円建
B A
市場がスター卜した。2 .
日本における円建B A
市場の起源ところで,日本において円建
B A
市場が創設されたのは,今回が初めてでは ない。第l
次大戦直後の1 9 1 9
年(大正8
年)5
月, 日本銀行は銀行引受手形の 再割引きを開始して,銀行引受手形の市場流通を促進したが,これが日本にお けるB A
市場の鴨矢である8)。当時日本が,イギリスで発達しアメリカにおいても盛んに行われるように なった銀行引受手形制度を採用した第1の理由は,貿易金融のいっそうの円滑 化にあった。すなわち本制度の導入により,信用度の高い銀行を貿易金融に参 加させて,一般銀行の遊休資金放出を誘導し,為替銀行(当時は横浜正金,台 湾銀行等)の市場での資金調達を容易にすることが期待されたのであるへ
そして銀行引受手形制度導入の第