E.腎・尿路疾患
a.急性・慢性糸球体腎炎
① 急性糸球体腎炎 【病因・病態】 急性腎不全はA 群β溶連金感染によるものが多い。感染後溶連菌が抗体となり免疫反応が惹起される。溶連菌 に対して生産された抗体が抗原と結合し抗原抗体複合物を形成する。抗原抗体複合物は腎臓の糸球体に沈着し て補体を活性化し炎症を引き起こす。病理組織学的にはびまん性管内増殖性糸球体腎炎が認められる。 【症状】 急性糸球体腎炎では上気道感染症状として、全身倦怠感、頭痛、悪心、嘔吐などの症状出現 1~2 週間後に発 症する。高血圧、浮腫、血尿が三大徴候であり糸球体濾過量は低下し尿量は減尐する。 【診断】 急性糸球体腎炎ではたんぱく尿、血尿の所見を認める。咽頭液培養により、β溶連菌の存在や血清中の溶連菌 に対する抗体価の上昇により溶連菌感染を証明する。 補体価の低下や血清免疫複合体が上昇することがあり腎機能検査では糸球体濾過量の減尐を認める。 【治療】 急性糸球体腎炎では安静、保温、食事療法が重要である。薬物療法として構成物質を投与し利尿薬、降圧薬が 用いられる。一般に予後は良好であり、3 カ月以内に完全寛解することが多く、小児の治癒率は 90%である。 扁桃炎を繰り返す場合には扁桃摘出手術が行われる。 ② 慢性糸球体腎炎 【病因・病態】 慢性糸球体腎炎の原因は不明であるが、免疫学的機序が関与している。臨床的にたんぱく尿が軽度で、血圧正 常、腎機能正常、進行性の乏しい潜在型と、中等度以上のたんぱく尿、(1.0g/日以上)、高血圧、腎機能障害を 示し、進行性の進行型とに分類される。また病型が病理学的に分類される。(微小変化型、IgA 腎症、膜性腎症、 巣状糸球体硬化症、膜性増殖性糸球体腎炎など) 【症状】 慢性糸球体腎炎では典型例では、高血圧、浮腫、血尿の所見が見られるが病型によって症状の発現が異なる。 潜在型では血尿やたんぱく尿が持続しているが、一般に腎機能は保たれている。進行型ではたんぱく尿、高血 圧、腎機能障害を示し、進行すると腎不全となる。【診断】 慢性糸球体腎炎ではたんぱく尿や、血尿の所見を認める。腎機能検査において尿素窒素やクレアチニンの上昇 がみられ糸球体濾過量が低下する。 【治療】 慢性糸球体腎炎では、食事療法と薬物療法がおこなわれる。進行すると腎不全に陥る。潜在型では原則として 経過観察し、薬物治療は必要ない。 進行型では腎機能に応じて生活規制が必要である。中等度以上のたんぱく尿に対して抗血小板薬、抗凝固薬に 加え、副腎皮質ステロイド、免疫抑制薬が用いられることがある。 高血圧に対して高圧薬(Ca 拮抗薬、ACE 阻害薬など)が用いられ、利尿薬としてループ利尿薬が使用される。
b.
ネフローゼ症候群
栄養治療
エネルギー (kcal/kg/日) タンパク質 (g/kg/日) 食塩 (g/日) カリウム (mg/日) 水分 治療反応性良好な 微小変化型 35 1.0~1.1 0~7 血清カリウム値による 制限なし※ 微小変化型以外 35 0.8 5 血清カリウム値による 制限なし※ ※高度の浮腫の場合は制限 (新臨床栄養学Ⅱ,光生館,2004) 微小変化型では、腎機能は正常であることが多いためタンパク質制限は行わない。食塩は浮腫が 高度なときは 0~4g/日とするが、改善してくれば 5~7g/日に緩和してよい。 微小変化型以外では、タンパク質は 0.8g/kg/日に制限し、食塩は 5g/日から始めて浮腫や血圧に 応じて増減する。病態生理
【定義】 様々な原因により腎糸球体基底膜の透過性が亢進し、多量のタンパク尿と低タンパク血症、浮腫を おこす疾患。 【原因】 ネフローゼ症候群は原因疾患により、一次性糸球体疾患による一次性ネフローゼ症候群と、糖尿病 など他疾患による二次性ネフローゼ症候群に分類される。一次性ネフローゼ症候群 二次性ネフローゼ症候群 微小変化型ネフローゼ症候群 膜性腎症 巣状糸球体硬化症 増殖性糸球体腎炎(メサンギウム増殖性糸球体腎炎、膜性増 殖性糸球体腎炎、半月体形成性糸球体腎炎) 全身性疾患(糖尿病、全身性エリテマトーデス、アミロイド ーシスなど) 慢性感染症(梅毒、マラリア、住血吸虫症など) 悪性腫瘍 薬物・化学物質(金、水銀、ペニシラミンなど) その他(妊娠高血圧症候群など) *微小変化型ネフローゼ症候群:小児に多い。急に全身の浮腫が出現するなど急性発症が特徴である。光 学顕微鏡では糸球体にほとんど変化が見られない。アルブミンが尿中に漏出する(アルブミン選択性)。 ステロイドがよく効くが、再発することが多い。 *膜性腎症:成人に多く、徐々に発症する。糸球体基底膜がびまん性に肥厚する。ステロイドは効かない 場合が多い。アルブミン以外のタンパク質も尿中に漏れ出る。 【病態】 ・たんぱく尿:糸球体基底膜の障害が原因で、3.5g/日以上のたんぱく質が尿とともに排泄される。 ・低たんぱく質血症、低アルブミン血症:アルブミンなどのたんぱく質が尿中に排泄されることが原因 ・浮腫:膠質浸透圧の低下が原因 ・脂質異常症:リポたんぱく質合成が亢進されることが原因 【診断】 診断基準(成人) ①尿タンパク 3.5g /日≦が持続 ②血清総タンパク ≦6.0g/dl または血清アルブミン≦3g/dl ③血清総コレステロール 250ml/dl≦ ④浮腫 ※ ①,②は必須条件 (厚生省研究班)
c.慢性腎不全
栄養治療
①慢性腎臓病(CKD)、糖尿病性腎症に対する食事療法基準 慢性腎臓病(CKD) 糖尿病性腎症 エネル ギー (kcal/k g/日) たんぱく 質(g/kg/ 日) 食塩(g/日) カリウム (mg/日) ス テ ー ジ GFR 尿タンパク量 病期 尿 タ ン パ ク量 GFR 1 ≧90 0.5g/日未満 第 1 期 正常 正常 27~39 10 未満 0.5g/日以上 0.8~1.0 6 未満 2 60~89 0.5g/日未満 第 2 期 微量アル ブミン尿 正常 10 未満(*) 0.5g/日以上 0.8~1.0 6 未満 3 30~59 0.5g/日未満 第 3 期 A 持続的た んぱく尿 ほぼ 正常 0.8~1.0 3 以上 6 未満 ※ 糖 尿 病 性 腎 症 は 3 期 A、B 共 に 7~8g/日 2000 以下 ※ 糖尿病性腎 症 A:制限なし B:軽度制限 (浮腫、心 不全の有無 に よ り 判 断) 第 3 期 B 低下 0.5g/日以上 0.6~0.8 4 15~29 第 4 期 持続的た んぱく質 著明 低下 0.6~0.8 3 以上 6 未満 1500 以下 5 <15 0.6~0.8 3 以上 6 未満 1500 以下 5 D 透析患者の食事療法 参照 第 5 期 透析患者の食事療法参照 *高血圧の場合は 6g未満。 *慢性腎不全の場合、腎機能が回復することはないので、それ以上腎機能が低下しないよう に保護することが重要である。(1)たんぱく質制限 たんぱく質の過剰摂取は腎臓に負担をかけ腎機能を悪化させる。 たんぱく質を制限するので、エネルギー不足に注意が必要である。 (2)食塩制限 血圧を下げるために食塩制限が設けられている。 腎機能障害は合併症として高血圧を引き起こし、腎臓の機能をさらに傷害してしまうので血 圧コントロールをする必要がある。 (3)カリウム制限 腎機能が低下するとカリウムを尿中に排泄しにくくなるため、高カリウム血症になりやす い。 高カリウム血症(5.5mEq/L<K)では筋力低下、心臓伝導障害、心室細動、心停止をおこす ので非常に危険である。高カリウム血症を防ぐためカリウム制限を行う。 ② 血液浄化療法中の栄養治療 総エネルギー (kcal/kg/日) たんぱく質 (g/kg/日) 食塩 (g/日) カリウム (mg/日) 水分 (mL/日) リン (mg/日) 血液透析(週 3 回) 27~39 1.0~1.2 6 未満 2000 以下 15mL/kgDW/day 以下 たんぱく質 (g)×15 以下 腹膜透析 1.1~1.3 制限なし(*) 尿量+除水量 * 高カリウム血症のときは血液透析と同様にカリウムを 2000 ㎎/日以下にする。 (病態栄養専門師のための病態栄養ガイドブック,メディカルビュー社,2008) 保存期と透析中の相違点 (1)たんぱく質制限 保存期までは低たんぱく質食で腎機能を保存するが、透析が開始されるとタンパク制限は ゆるくなる。 (2)カリウム制限 高カリウム血症を防ぐために設定されていた“1500mg/日以下“のカリウム制限は、透析が 開始されると”2000mg/日以下“あるいは”制限なし“に変わる。 血液透析と腹膜透析で制限の仕方が異なる。血液透析は週に 3 回しか行わないため、高カリ ウム血症にならないようある程度の制限が必要だが、腹膜透析は毎日行うので制限をしなく てもよい。 (3)水分制限 腎機能が低下すると尿量が減り、透析期にはほとんど尿が出ない状態になっている。このた め、透析開始後は水分制限が加わり、15ml/kg ドライウェイト/日以下とされている。
Ⅱ 慢性腎不全と透析
病 態 生 理
【定義】 腎臓の機能が高度に低下した(正常の 30%以下)状態。体内代謝産物や不要物の排出が困難 となり、体内に蓄積し悪影響を及ぼす。また、水・電解質や酸塩基平衡のバランスが崩れる と共に、腎でのホルモンや生理活性物質の産生が阻害される。 【原因】 ・ 慢性糸球体腎炎 ・ 糖尿病性腎症 ・ 腎硬化症(動脈硬化症) ・ 膠原性腎症 ・ 多発性のう胞腎 ・ 通風腎 ・ 腎盂腎炎 【症状】 ・ 体液、電解質異常→代謝性アシドーシス、高カリウム血症 ・ 体液貯留→全身性浮腫、肺水腫 ・ 循環器症状→心不全、高血圧、網膜浮腫・出血 ・ 消化器症状→悪心、嘔吐、食欲不振、下痢 ・ 血液障害→腎性貧血、出血傾向、易感染性 ・ 神経障害→末梢および中枢神経症状 ・ 骨・関節障害→透析アミロイドーシス、腎性骨異栄養症 【検査項目】 ・ 尿素窒素(BUN)↑ ・ 血清クレアチニン↑ ・ 血清カリウム↑ ・ 尿酸値↑ ・ クレアチニン・クリアランス↓ 更に末期腎不全では、高カリウム、高リン、低カルシウム血症など。d.糖尿病性腎症
e.慢性腎臓病
栄養治療
糖尿病性腎症の食事療法では、糖尿病食の内容と腎臓病食の内容を上手く融合させることが大切である。 まずは、糖尿病食の一般的原則を引き続き踏襲していく必要があり、これは糖尿病性腎症のどのような病期 においても変わる事はない。その上で、腎疾患一般に対する食事療法の原則を適宜追加していくこととなる。 糖尿病性腎症の食事療法 ① 第1期 通常の糖尿病患者における食事療法を行い、血糖のコントロールに努める。 ② 2期 通常の糖尿病患者における食事療法を行うが、たんぱく質摂取量は糸球体の負荷とならないように 1.0 ~1.2kcal/kg/日と制限を加える。 ※第1~2期においては、高血圧の合併症がなくても、10g/日以下にすることがのぞましいが、高血圧 の合併症があれば、7~8g/日に制限する。 病期 総エネルギー (kcal/kg/day ) たんぱく (g/kg/day) 食塩 (g/day) カリウム (g/day) 備考 第1期: 腎症前期 25~30 制限せず※ 制限せず 糖尿病食を基本とし、 血糖コントロールに努める。 たんぱく質の過剰摂取は好ましくな い。 第2期: 早期腎症 25~30 1.0~1.2 制限せず※ 制限せず 第3期: 顕性腎症期 -A 25~30 0.8~1.0 7~8 制限せず 第3期: 顕性腎症期 -B 30~35 0.8~1.0 7~8 軽度制限 浮腫の程度、心不全の有無により水分 を適宜制限する。 第4期: 腎不全期 30~35 0.6~0.8 5~7 1.5 第5期: 透析療法期 維持透析患者の食事療法に準ずる。③第3期 たんぱく質制限を進め、0.8~1.0g/kg/日とし、食塩摂取量は高血圧の合併症の有無にかかわらず、7~8g/ 日に制限する。高血圧や浮腫の程度によっては、より強い食塩制限を行う。 腎機能の低下を認めるようになった後期には、たんぱく制限に加えカリウム制限も行う。エネルギー摂取 量は、たんぱく質節約効果が得られるよう 30~35kcal/kg/日に増量する。 ③ 第4期 たんぱく質摂取量は腎機能の低下の程度に応じて 0.6~0.8 g/kg/日とし、食塩摂取量は 5~7g/日に、カ リウム摂取量も 1.5g/日以下に制限する。 第3期後期及び第4期では、浮腫の程度や心不全の有無により水分制限も行う。 ④ 5期 維持透析患者の食事療法に準ずる。
病態生理
【定義】 糖尿病性腎症とは、糖尿病特有の合併症である細小血管症の現れとして、腎臓の糸球体や輸出入細 動脈に硬化性の病変を生じる。そして更に、尿細管・間質の線維化に伴って、これらが、腎機能低 下と密接に関連してくる。 糖尿病性腎症は、近年増加し、日本人の血液透析導入原因疾患の第1位となっている。 【分類】 糖尿病性腎症は、たんぱく尿の出現で始まり、高度となると、腎不全に移行し、透析療法を必要 とすることになる。糖尿病性腎症の病気期分類は、以下の通りである。 病期 臨床的特徴 備考(提唱されている治療法) 第1期:腎症前期 微量アルブミン量陰性 血糖コントロール 第2期:早期腎症 微量アルブミン量陽性 厳格な血糖コントロール 降圧治療 第3期:顕性腎症期 持続性たんぱく尿 厳格な血糖コントロール 降圧治療 低たんぱく質食 第4期:腎不全期 持続性たんぱく尿 腎機能が低下して血清クレアチニン値の上昇 降圧治療 低たんぱく質食 第5期:透析療法期 持続性たんぱく尿 慢性腎不全の進行により慢性透析に導入 透析治療 腎移植 (病態栄養専門師のための病態栄養ガイドブック,メディカルビュー社,2008) ・CKD のステージと糖尿病性腎症病期の対比 糖尿病性腎症は、慢性腎臓病(CKD)の代表疾患の1つであり、CKD のステージ分類と 糖尿病 性腎症の対比は以下に示す。 CKD ステージ GFR 糖尿病性病期 第1期:GFR 正常または上昇 90 以上 第1期:腎症前期 第2期:GFR 軽度低下 60~89 第2期:早期腎症 第3期:GFR 中等度低下 30~59 第3期:顕性腎症期 第4期:GFR 高度低下 15~29 第4期:腎不全期 第5期:腎不全 15 未満 第5期:透析療法期 (病態栄養専門師のための病態栄養ガイドブック,メディカルビュー社,2008)血糖コントロール 指標 コントロールの評価とその範囲 優 良 可 不可 不十分 不良 HbA₁C 値 5.8 未満 5.8~6.5 未満 6.5~7.0 未満 80~100 未満 80 以上 空腹時血糖値(mg/dl) 80~100 未満 110~130 未満 130~160 未満 160 以上 食後2時間血糖値(mg/dl) 80~140 未満 140~180 未満 180~220 未満 220 以上 (病態栄養専門師のための病態栄養ガイドブック,メディカルビュー社,2008) 【診断】 1.早期診断 試験紙法で尿たんぱくが要請となる時期には、 糖尿病性腎症の病変はすでにかなり進行している ことが多いため、さらに早期での診断が必要である。早期診断には、尿中微量アルブミンの排泄増 加を捉えることによりなされる方法が一般化している。 糖尿病腎臓病早期診断基準 試験紙法などで尿たんぱく陰性の糖尿病症例を対象とする 1.腎臓早期診断に必須である微量アルブミン尿の基準を下記のとおりとする 1)スクリーニング 来院時尿(随時尿)を用い、市販のスクリーニング用キットで測定する。 2)上記スクリーニングで陽性の場合、あるいは初めから時間尿を採取し、以下の基準に従う。 夜間尿 10μg/分以上 24時間尿 15μg/分以上 昼間(安静時)尿 20μg/分以上 3)注意事項 ①1)2)の両者とも、日差変動が大きいため、複数回の採取を行い判定する ②試験紙法で尿たんぱく軽度陽性の場合でも、尿中アルブミン測定が望ましい なお、微量アルブミン尿の上限は約200μg/分とされている ③以下の場合は判定が紛らわしい場合があるので検査を避ける 1.高度の希釈尿 2.妊娠中・生理中の女性 3.過激な運動後,過労,感冒など 2.除外診断 1)非糖尿病 2)尿路系異常と感染症 3)うっ血性心不全 4)良性腎硬化症 (厚生労働省糖尿病調査研究合併症班腎症班,1991)
〔尿中アルブミン排泄量の測定による糖尿病性腎症の早期診断基順〕 随時尿にてアルブミン(mg)/クレアチニン(g)の測定を 3~6 ヶ月に 1 回、定期的に行い、 微量アルブミン尿を捉えることにより、糖尿病性腎症を早期診断できる。 正常尿 < 30mg/g クレアチニン 微量アルブミン尿 30~300mg/g クレアチニン たんぱく尿 >300mg/g クレアチニン 2.確定診断 糖尿病性腎症は、糖尿病を長期にわたって罹患中の患者の検尿で、たんぱく質が陽性であることに より診断できる。しかし、糖尿病患者で検尿の異常を認めても、以下の場合は腎疾患の可能性があ るので、腎生検による病理組織学的診断が必要である。 ① 突然の多量のたんぱく尿出現 ② 血尿を伴う場合 ③ 糖尿病性網膜症がない ④ 急速な腎機能低下