日本認知・行動療法学会 第44回大会 116
-慢性化した嘔吐恐怖と強迫症を呈する男児への行動療法
○牧野 拓也、上村 拓、鈴木 太、森本 武志、友田 明美 福井大学子どものこころの発達研究センター 【問題と目的】 児童青年期の強迫症は,学習や対人関係に大きなダ メージを与えるため,速やかに適切な介入が必要であ る。 し か し 子 ど も は 自 分 の 強 迫 症 状 を 隠 し た が り (March, Mulle 2006)評価は困難である。また強迫症 状は家族によって維持・強化されていることがあり, 家族の疲弊に配慮しながらの援助も要する(山下, 青 木 2012)。こうした特徴は,強迫症のみならず児童青 年期の臨床に広く認められる特徴でもある。本事例で 扱 う 嘔 吐 恐 怖 は 様 々 な 不 安 症 や 強 迫 症 が 併 存 し (Sykes et al.,2016),中核には回避が存在するため (APA 2013)この対応を要する。 提示する事例は,小学校入学ごろから嘔吐恐怖が起 こり,続けて強迫症を呈した男児 A である。 A への介 入にあたり症状評価,心理教育,介入のいずれにおい ても工夫を要した。発表では,これらの工夫について 検討したい。なお事例の発表にあたり対象者および保 護者から口頭および書面にて同意を得ている。 【事例概要】初診時小学校中学年男児 A [初診時主訴]不登校,吐気,嘔吐[家族歴]特記 すべき精神医学的既往歴なし [生活歴・現病歴]同胞 2 名中第 2 子として出生。 母からの報告では,有意味語の出現は24カ月だが,乳 幼児健診での特記すべき異常の指摘はなかった。小学 校入学後,給食中に嘔吐したことから「学校で嘔吐す るのでは」と考え,また 1 カ月ほどの間実際に嘔吐し た。これは徐々に軽快したが,クラス替えを契機に腹 痛・下痢が出現,登校中・全校集会の際に嘔吐・下痢 を起こすのではと不安になった。ここから登校頻度が 低下し,長期休みを経て全く登校できなくなった。こ れらを訴え B クリニックを受診したところ不安症およ び過敏性腸症候群と診断され,さらに専門的な治療を 求め X 年 9 月 C 病院児童精神科を受診した。 [行動療法開始までの経過] C 病院を受診すると下 痢症状は改善し保健室登校を始めたが,同時に「自分 で決めているルールがあり,それに従わないと気が済 まない」「宿題を気が済むまで何度も書き直してしま う」ようになったことが報告される。ここから D 心理 士による箱庭療法を開始したところ徐々に登校時間が 増えていった。しかし X + 1 年11月に D 心理士の退職 が伝えられたこと,適応指導教室を勧められたことに 激昂し「登校しない」と宣言した。このころ母から強 迫症ではないかと申し出がありFluvoxamine 25mgが開 始,50mgまで増量する。 E 心理士により箱庭療法が継 続されたが「死ね」と言わないと気が済まないと訴え, また頻回の手洗いを認めた。このため F 心理士に引き 継ぎ,自動思考と行動に関する検討が行われ,さらに Fluvoxamineを75mgまで増量した(後に薬効感じられ ずFluvoxamineを中止)。 X + 3 年10月から介入を開始 した G 心理士は「確認行動をすることで一時的に不安 が収まるが,それもまた出てきてしまう」と説明する が, 4 回で介入は中止された。 X + 4 年10月,不安か ら登校頻度が低下しAripiprazole 1.5mgを開始するが 著効せず,認知行動療法を母が希望したため演者によ る介入を行うこととなった。 【面接経過】 (以下,演者をTh.とする)#1「人がいると吐きそ うになるから給食が食べられない」ことを訴えた。こ れは不安を伴い,給食を減らす・残す・ゆっくり食べ る・一度に口に入れる量を減らすといった方法で回避 されていた。同席した母は「学校の帰り道で石を蹴る と,その石で誰かが怪我をするのではと落ち着かず, 一度家に帰った後でも石を戻しにいく」と報告, A の 頻回の確認に巻き込まれ疲弊していると苦笑した。 Th.から「苦手な食べ物(あるいは状況・気分・認知・ 身体反応)は,それを食べてみること(体験してみる) ことが大事」「水で流し込んだり,鼻をつまんで工夫 するのではなく味わうこと(回避せず体験すること) が大事」と説明した。セッション内曝露として人が嘔 吐する動画を視聴,これが給食と似た身体反応を引き 起こすことを確認し,繰り返し視聴したところ 6 回程 度でSUDsが低下することが確認できた。ホームワーク は母子で協力して家族に対する確認をカウントするこ とにした。#2ホームワークから 1 日平均42回,最大 1 日85回 の 確 認 が 行 わ れ て い る こ と が わ か っ た。 Children's Yale-Brown Obsessive Compulsive Scale (CY-BOCS)を実施すると強迫観念 9 点/強迫行為 9 点/ 合計18点であったが,拒否的態度であり信頼性は低い ものと判断した。ここからアウトカムは家族に対する 確認行動を主たるものとすることとした。給食につい ては「 1 日前より早く食べる」ことを課題とし,不安 と回避について教員に説明しつつ全量摂取にかかった 時間を記録してもらうよう依頼した。#3本人および 母からの申し出から手洗いをテーマにすることとし た。 A は不潔,特に「大腸菌」に対する恐怖が強く, 手を洗わないと腹痛が出現しそうであり,頻回に手洗 ケーススタディ 2日本認知・行動療法学会 第44回大会 117 -いが行われていた。ここから外来にある便器の中の水 をTh.とともに触り,手を洗わずにきれいにしておき たい服で拭いた。一時的に腹痛が出現するかもと訴え るが不快感は低下し,セッション最後には自ら「お風 呂掃除をする」とホームワークを設定した。#4飼っ ているインコのかごの掃除や草むしりもしてみたが, 汚れを気にせず取り組めたと報告する。今度は「道路 の石」に挑戦したいと意欲を見せたため病院敷地内の 歩道まで出向きTh.とともに石を転がした。一時的に 「人が死ぬのでは」と考えはじめるが,院内にある色 を数えながら後ろを振り返ることもなく面接室まで戻 ることができた。給食については正確な時間計測がで きなかったが「嫌な感覚も吐きそうな感じもなくなっ た」と話し,以降もこれは持続した。家族への確認は 「 1 桁までもっていきたい」と目標を設定した。登下 校時に各 5 つの石を蹴りながら帰ることをホームワー クとした。#5ホームワークに取り組んだ A は「歩く のが楽になった」と話し,母は「効果てきめん」と評 価する。残りの課題として,頻繁に何かを盗んだよう な気がするため,出先であろうとかまわず母に「盗ん でない?」と確認していることが報告された。スマホ アプリのガチャや,お店で商品に体が触れたときに 「盗んだ」と思っていたため院内のコンビニに出かけ て商品を入れ替える課題に挑戦する。#6母から「確 認は目に見えて減った。私も聞き流せるようになっ た」と報告され,確認は一桁で過ごすことができる日 も出てきた。#7「楽になったから服薬をやめてしま い,不安が強くなった」と報告する。服薬中断前には 確認が平均8.6回まで低下した週もあり服薬について 主治医と話すよう促す。ここで実施したCY-BOCSは強 迫観念 8 点/強迫行為 8 点/合計16点であった。 【考察】 A の心理療法過程は,異動等により心理士の継続し た治療が困難であったこと,母が巻き込まれていたこ とから長期化していた。 A は心理療法に対する不信感 をもち拒否的態度を示したことから#2に行ったCY-BOCSは信頼できるものではなかった。ここからTh.は 家族への確認という行動をカウントすることで A の症 状を測定することにした。これを測定することは,頻 回の確認に巻き込まれている母や家族への介入という 側面もある。今回の介入においては,段階的曝露を行 わず, A や母から出てきた課題を一つずつ扱うという 形式をとった。強迫症に対する行動療法において段階 的に進めることが推奨されることが多いが,子どもた ちは全体的な見通しを立てにくく, 1 度立てた階層表 も型通りには進まないことが多い。このため本事例の ように子どもから出てきた訴えをその場ですぐに扱う 必要があるだろう。一方で本事例では嘔吐恐怖に対す る介入は十分なアセスメントが行われないままに行わ れており,改善できる点である。一応の改善はみたも のの,摂取に要した時間を正確に測定するなどの工夫 が考えられるだろう。 【引用文献】 A m e r i c a n P s y c h i a t r i c A s s o c i a t i o n . (2 0 1 3) Diagnostic and Statistical Manual of Mental D i s o r d e r s : D s m - 5 . A m e r i c a n P s y c h i a t r i c Publishing, Washington, DC
John S March, Karen Mulle (2006) OCD in Children and Adolescents A Cognitive-Behavioral Treatment Manual 2nd Edition. Guilford Press, New York. 原 井宏明, 岡嶋美代 (訳)(2008). 認知行動療法による 子どもの強迫性障害治療プログラム-OCDをやっつけ ろ! -. 岩崎学術出版, 東京.
S y k e s M , B o s c h e n M J , C o n l o n E G . (2 0 1 6) Comorbidity in Emetophobia (Specific Phobia of Vomiting). Clin Psychol Psychother. 23( 4 ):363-7.
山下陽子, 青木省三. 家族支援. 齋藤万比古, 金生由 紀子 (編) (2012) 子どもの強迫性障害診断・治療ガ イドライン pp220-228. 星和書店, 東京