中1ギャップに関する研究‐小中連携・一貫教育のあり方を中心にして‐
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(2) I.論文題目. 中1ギャップに関する研究 _小中連携・. 貢教育のあり方を中心にして一. 1I.論文目次. 序章. 本研究の課題. 1∼3. 1 問題の所在 2 先行研究の検討と本研究の特色 3 論文構成. 第1章中1ギャップと学校不適応 第1節中1ギャップとは. 4∼7. 第2節 学校不適応とストレス. 8∼10. 第3節 社会的不適応と教育問題. 10∼18. 第1項 いじめ 第2項 不登校. 第2章 6・3・3制と子どもの発達速度のギャップ. 第1節 6・3・3制の理念と展開 第2節 加速する子どもの発達と6・3・3制のギャップ. 19∼22. 23∼26. 第3章 小中連携・一貫教育の展開 第1節 小中連携・一貫教育の理念. 27∼33. 第1項異校種間接続問題と連携・一貫教育 第2項 小中連携・一貫教育における対立軸 第3項 小中連携・一貫教育の目的とメリット. 第4項新しい教育への保護者の期待 第2節 小中連携・一貫教育の実際と課題. 33∼48. 第1項 小中連携教育の取り組み 第2項 小申一貫教育の取り組み 第3項 小中連携・一貫教育の問題点と課題 終章. 中1ギャップに対する小中連携・一貫教育の取り組みの可能性. 第1節 晒にらみ」の小中連携・一貫教育へ 第2節 小中連携・一貫教育のこれから <引用・参考文献一覧>. 49∼50 51∼52.
(3) 序章,本研究の課題 1,問題の所在 1970年代以降、いじめや不登校といった学校教育における生徒指導上の諸問題がマ スコミを賑わせてきた。生徒指導上の問題と関連して学校不適応の問題があるが、小学. 校1年生から中学校3年生までの9年間の義務教育の中で、児童・生徒が最も学校不適 応を起こしやすいのは中学校1年生の時期とされている。文部科学省の調査1によれば、. 中学校1年生の不登校発生件数は小学校6年生と比べて3倍近く増加している。いじめ についても、中学校1年生での認知件数が、9年間の義務教育期間を通して最も多くな っており、全体の発生件数の約3割を占めている。これらは、小学校から中学校に大き く環境が変化する過程で、多くの児童・生徒が生活環境、授業の形式や内容、学習の方 法にギャップを感じ、不登校、いじめ、学習意欲の低下などの不適応現象を引き起こし ていることを意味している。この中学入学時の適応の問題が、「中1ギャップ」と命名 されたことで、早急に対応すべき教育問題として注目されるようになってきた。. では、何故「中1ギャップ」という現象が現在取り上げられているのだろうか。それ は、小学校と中学校の間には、事実として大きな段差があり、小学校から中学校へのス ムーズな移行を難しくしているからである。例えば、学習面では、小学校と中学校の授 業形態に大きな違いがあり、各教科の授業内容も中学入学時に急に難しくなる。また、 生活面でも、複数の小学校から集まった新しいクラスメートとの関係や部活内での人間 関係など、新入生が抱えるギャップとストレスは大きい。しかし、中学校と小学校の間 には、児童・生徒に対する指導観や関わり方において段差が生じているのが現状である。. 近年では、従来からの研究開発学校に加えて、2003年度より構造改革特区の動きが活 発化している。2004年度より徐々に教育特区の申請も増加し、中1ギャップ解消(また は緩和)を目的とした小中一貫教育などを主課題に申請を行う自治体も増えてきている。. 2,先行研究の検討と本研究の特色 今日、教育界において「連携」という言葉がキーワードとなっている。特に、異校種 間連携は現実に、制度化や施策化が行なわれ、各地でその取り組みが展開されつつある。. 現在では、幼稚園と小学校、小学校と中学校、中学校と高等学校のそれぞれの段階で連 携や一貫教育が注目されている。この異校種間の連携や一貫教育が注目されている背景 として、学校段階間のギャップを縮小し、スムーズな接続関係を築こうとする流れの展 開が挙げられる。異校種間連携のうち、現在学校として制度化されているのは申・高レ ベルの中等教育学校だけである(佐藤,2009)。その後、「小1プロブレム」が問題視さ. 1文部科学省『平成19年度生徒指導上の諾問題の現状について』(2008).
(4) れ、幼稚園と小学校の連携の必要性が指摘されるようになった。さらに、近年では「中 1ギャップ」が問題視されるようになったことから、小中連携教育が注目されるように なった。また、研究開発学校に加えて2004年度より徐々に教育特区の申請が増え始め、. 小中一貫教育を行なう自治体も増えてきている。最近では、神戸市が市立の全小中学校 で2011年度より小申一貫教育を実施する方針を決定している2。また、同じく大阪市も. 2011年度より、横浜市が2012年度より小中一貫教育の導入を予定しており、小中一貫 教育の導入は全国的な流れになってきている。しかし、小中連携・一貴教育は、前述の 中高一貫校や中高連携などに比べると、まだまだ模索の段階であり、中1ギャップ解消 (または緩和)に向けた小申連携・一貫教育について全国的な動向をくまなく調査したも のは見当たらない。. そこで本研究では、「中1ギャップ」の解消(または緩和)を目的とし、まず中1ギャ ップの問題について整理することにする。そして、中1ギャップ解消(または緩和)に向. けて行われている小中連携・一貫教育の現状と課題を検討し、小中連携・一貫教育とは どのような取り組みが求められているのか、そのあり方を探求することにする。. 3,論文構成 本研究では次のような論文構成を採ることにする。まず、第1章「申!ギャップと学. 校不適応」では、学校不適応における中1ギャップの問題についてrいじめ」とr不登 校」の二つの教育問題に焦点を当てながら整理する。中1ギャップと命名された中学入 学時の環境への適応の問題は、どのような観点からアプローチされているのだろうか。 また、「いじめ」「不登校」の現状における中1ギャップは、どういった点で表れている のかを明らかにする。. 第2章「6・3・3制と子どもの発達速度のギャップ」では、6・3・3制が日本に 導入された経緯や理念をまとめ、中1ギャップにおける学校段階区分のあり方について. 論じる。現在の日本の義務教育は小学校6年間と中学校3年間の「6・3」で区切りが 設けられている。安彦(2007)によれば、中!ギャップの背景として子どもの発達速度と 現行の義務教育の区分が合っていない側面があるとしている。では、6・3の区切りは、. どのような意図や経緯で日本に導入されたのだろうか。また、学校段階区分を変更する としても、どのような区切り方が望ましいのかも明らかにする。. 第3章「小中連携・一貫教育の展開」では、中1ギャップの解消(または緩和)を目指 して取り組みが進められている小中連携・一貫教育の成果と課題をまとめ、中1ギャッ プの解消(または緩和)を目的とした小中連携・一貴教育のあり方を探求する。まず、小. 中連携・一貫教育の理念と目的を明らかにし、「連携」と「一貫」それぞれの具体的な. 取り組みを紹介する。そして、紹介した取り組みから見えてくる課題を検討し、中1ギ. 2 「全校で小中一貫教育神戸市教委、11年度から」神戸新聞2009年4月11日朝刊社会面.
(5) ヤップの解消(または緩和)に向けた小中連携・一貫教育とはどのような取り組みが求め られているのか明らかにする。. 小中連携・一貫教育の取り組みは、中1ギャップの解消(または緩和)に向けて一定の. 成果が見られた。しかし、現在の小中連携・一貫教育の大半が小・中間の障壁(ギャッ プ)をなくす内容の取り組みであり、自立や社会性の発達が未熟な現在の子どもたちに は、不十分な取り組みといえる。したがって、現代の教育には、小・中間の障壁をなく すスムーズな接続に加えて、その障壁を乗り越える力(社会倒をつける「両にらみ」の 連携・一貫教育が求められている。. 以上の内容を通して終章「中1ギャップに対する小中連携・一貫教育の取り組みの可 能性」では、中1ギャップにおける社会性の育成を視野に入れた小中連携・一貫教育と は、どのようなものが考えられるのかを探っていく。.
(6) 第1章,中1ギャップと学校不適応 第1節,中1ギャップとは 今日、子どもの成長の過程で大きく二つのギャップの存在が指摘されて問題になって. いる。一つは、「小1プロブレム」の存在である。小1プロブレムは、小学校に入学す る時に子どもに大きな段差や壁が出現し、子どもが苦しみ、教室内が混乱する現象のこ とである(児島,2006)。集団行動の規制、自由な活動から机や椅子に座った集中・緊張. 型への行動など家庭や幼稚園とは全く異なった学校生活に子どもたちは戸惑いを見せ る。もう一つは、「中1ギャップ」の存在である。中1ギャップは「小学生から中学生 になり、中学校の学習や生活の変化になじめず、不登校やいじめが激増する現象のこと. 3」である。例えば、2007年度の文部科学省の調査4によれば、不登校の発生件数が小. 学校6年生から中学校1年生への間に約3倍増加する。いじめについても、小学校6年 生から中学校1年生にかけて数値が約2倍増加している。これらの調査結果から、現代 の学校教育と今日の子どもの育ち方や成長の過程の間に大きな段差や壁が生じている ことが読み取れる。また、中央教育審議会では、2005年10月に出された答申『新しい 時代の義務教育を創造する』において、中1ギャップの問題に着目し、学校種間の連携・. 接続をめぐる改革・改善の在り方について「小中]貫教育などの取り組みの成果を踏ま えつつ十分に検討する必要がある」と提言している。この答申は、義務教育制度の改革 まで視野に入れた、踏み込んだ提案を行なっていることから、小学校6年生から中学校 1年生にかけての段差の大きさ、その問題の深さが示唆されている。 東京家政学院中・高校長の佐野金吾は、『学校改革選書5中!ギャップの克服プログ. ラム(明治図書2006)』の第3章「中1ギャップ克服・学校体制改善のプログラム」の 中で新しい中学校生活が始まった新入生の様子と学校内の様子を記している。以下はそ の要約である。. 3嶋崎政男「中1ギャップの克服と小・中の連携・一貫教育」教育開発研究所『幼・小・中・高の連携・. 一貫教育の展開』200937頁 4文部科学省r平成19年度生徒指導上の諸問題の現状について」2008.
(7) 春4月、新入生を迎える中学校では、ある種の緊張感とともに華やいだ雰囲気が感じら れ、教師の誰もが新鮮な気持ちで対応している。特に新入生の担任に当たる教師は、生徒 との出会いの緊張感とともに、新しい学級づくりに期待を込めて臨む。対する新入生も、. 中学校への入学、新しい学校生活、新しい先生、新しい友達など中学校の生活に様々な夢 や希望を抱いて入学してくる。. 新学期4月は、1年生が新しい生活に適応しようとして夢中で過ぎてゆく。学校側も4 月当初は1年生受け入れのための体制が整っているので学校をあげて組織的に対応してい る。まず、ガイダンスやオリエンテーションが一通り終了すると時間割が準備され、各教. 科の授業が始まる。生徒会総会も4月の下旬には行なわれ、5月の連休明けから1年生も 委員会に加わった活動が開始される。部活動も4月中に部員の募集や体験入部がひと段落 して本格的に活動が開始される。そして、このころから1年生へのかかわりは学校体制か ら離れて、1学年の担当者にシフトされる。. 5月の連休明けごろから、1年生の中に遅刻、早退、欠席、あるいは学校生活に見られ る言動に気になる生徒が目に付くようになる。当該生徒の学級担任は、遅刻のたびに家庭. に連絡しているし、体調が悪く早退を申し出た生徒については養護教諭と相談の上で家庭 に連絡してから帰すようにしている。遅刻、早退などから休みがちな傾向を示す生徒がみ られるのも5月の中旬または下旬頃からである。こうした生徒への対応の殆とが学級担任 一人で行なっているのが現状である。また、5月下旬の定期考査期間が終わる頃から、学 校生活や行動などに気になる生徒が見られるようになる。学級内では、自己中心的な行動 を受け入れてもらえずに学級になじめない生徒、学習規律の乱れから授業に集中できない 生徒、校外で万引きなどの問題行動を起こす生徒などが現れ、いじめの問題もこの頃から 多くみられるようになる。. 中学校に入学して約2ヶ月、一部の生徒は入学当初に示した中学校生活への夢や希望を. 失い、学校生活への意欲的な態度がみられなくなる。中学生の5月病、中1ギャップはこ の頃がピークを迎える。 (児島邦宏・佐藤金吾『中1ギャップの克服プログラム』明治図書200626頁∼30頁より要約). 以上は、中学校生活に夢や希望を抱いて入学してきた新入生が、大きな壁や段差を感 じ取り、5月頃から徐々に中学校生活への不適応症状を見せる様子を示したもので一ある。. では、現代の学校教育と今日の子どもの育ち方、成長の過程の間の段差や壁とは、具体 的にどのような問題なのだろうか。. まず大きくは、rカリキュラム上の問題」あるいはr教育活動上の問題」があげられ る。第一に各教科の指導内容の重複、飛躍の問題がある。現在の指導内容では、小学校. で学んだ内容に少し応用を加えて再び中学校で学ぶといった内容の重複がみられる一. 方で、指導内容の飛躍という面もある。指導内容の重複や飛躍の問題について児島 (2006)は、読み、書き、計算や教科等の基礎・基本が小学校の段階で重点化されて、し. っかり身に付いていないと中学校で新しい学習内容を習得することや、自ら探求してゆ 5.
(8) くことは難しいと指摘している。9年間というスパンの中で、重複や飛躍の部分を削っ たり埋めたりしつつ、滑らかな教育課程の展開を図っていくことが求められている(児 島,2006)。第二に選択履修をめぐる問題がある。中学生がどのような理由で教科を選 択するかは、「好きな教科だから仲はしだい」「仲の良い友人と一緒に勉強したいから」. rどれでもいい」など様々であるが、問題はrどれでもいい」という生徒である。「ど れでもいい」という生徒には、「どれを選択したらいいかわからない」という本音が隠 されており、選ぶ主体である自分自身についての理解や認識が出来ないため、教科を選 択することは不可能である(児島,2006)。つまり、学習の対象を選択するときには「自. 己理解」や「メタ認知」と呼ばれる自分を見る眼の成長が重要となっているが、これら 二つが育っていないと選択能力が欠けて「何でもいい」ということになり、選択履修の もつ意義が失われてしまう。第三に中学校から始まる新しい教科や活動への対応の問題 である。小学校から中学校へと進学する新入生にとって新しい物との対面が次々にやっ てくる。例えば、新しい教科、部活動などの新しい活動、自分とは違う出身小学校のク ラスメートとの出会い、定期考査や受験、先輩との上下関係などは新入生が対面する新 しい物である。新入生は、こうした環境の変化に全て適応していかなければならず、適 応できない場合は学校不適応状態に陥?てしまう可能性がある(児島,2006)。特に英語. や部活動は、「中学生になった」証として期待や希望も膨らんでいるだけに、この期待 や希望をどう受け止めて大きくしていくかが、中学校1年生への指導の課題であると言 える。. 次に、指導法上の問題である。授業を中心とした指導法、指導体制についても、小学 校から中学校への急激な変化により、大きなギャップを生み出す要因となっている。そ の第一として、学級担任制から教科担任制へという指導体制の変化があげられる。この 変化は、教科指導法の問題というより、生徒指導法上の問題と深く関わっている。毎時 間指導を行なう教師が変わるということは、生徒にとって教師をよく理解し、コミュニ ケーションがとれるようになるまで時間がかかり、戸惑いが生じる。また、学級担任制 のような密着した関係が薄れ、生徒から見て中学校での担任教師は「遠い」存在になっ てしまう。つまり、担任教師と子どもの関係が疎遠になり、小学校のように授業から日 常生活全般に及ぶまで全て担任教師が子どもの面倒を見る関係は失われてしまう。教科 担任制は、専門1性の高い内容の授業ができるという長所があるが、一方で担任教師と子. どもの関係が疎遠になり、生徒指導をめぐる問題が発生しやすくなるという欠点も抱え ている(児島,2006)。第二に、授業のスピ」ドの速さや教室移動などの学校生活全体の. 慌しさである。小学校の学校生活とは、活動内容や進度の速さも異なる様々な中学校の 活動に戸惑いを感じている生徒は多い。佐野(2006)は、「最近の新入生に接して特に感. じることは自己中心的な傾向が強く、対人関係をつくることに不得手であるばかりでな く人間関係の構築に無関心を示す生徒が増えていることである。5」と新入生の変化を. 5佐野金吾「中1ギャップ克服・学校体制改善のプログラムー学年まかせ、担任まかせという従来型の思.
(9) 感じている。また、学力や体力に不安を感じていながらも小学校時代にはある程度自分 のぺ一スでの生活が認められていたが、中学校では全く許されず学校生活になじめない 生徒が多くなっている。児島(2006)によると、小学校6年生が試験的に中学校で一ヶ月. 間学校生活を送った中で、小学6年生から最も多かった訴えは「授業のスピードについ て行けなかった」ことと「移動教室の大変さ」であったという。特に、移動教室は「10 分間の休みに次の教室に荷物を持って移動しなければならず、その間にトイレも済ませ なければならない」と常に中学校での生活に慌しさを感じていたようである。小学校に は小学校の、中学校には中学校の独特のしきたりや物の考え方といったものがあるが、 それは学校文化と呼ばれ目に見えないものが多い。佐野(2006)は、中1ギャップの背景. には小学校と中学校の学校生活の質の違いとともに、子どもたちのソーシャルスキルの 未熟さ、社会体験をはじめとして様々な体験の少なさなどもあると指摘している。この 活動内容や進度の速さの違いは、小学校と中学校の文化の違いと言ってしまえばそれま でであるが、この慌しさに適応するために子どもは相当の努力を強いられているのは確 かなことである。. こうした指導法上の問題とも関連して、生徒指導を巡る問題がある。その一つは、入 学直後の新1年生の扱いを巡ってである。小学校の場合は、学校生活に適応するために、. ゆっくりと「慣らし運転」を行なって学校生活に馴染ませていくことが多い。しかし、 中学校の場合は「慣らし運転」の時間が十分に設けられておらず、入学式や説明会を済 ませると早速授業が始まっていくことが殆どである。授業のスピ』ドも小学校から入っ できたばかりの子どもにとってはハイスピードで、授業についていけない子どもが出て きてしまう。もう一つは、教師と生徒との関係を巡る問題である。小学校は学級担任制 で、担任教師と子どもが接する機会が豊富にあるが、中学校では教科担任制で教科によ っては自分の学級担任と1週間に数回しか接する機会が無い。中学校での担任教師は、 朝は部活動の朝練や打ち合わせ、放課後は部活動や委員会活動の顧問で忙しく小学校の ように密着した関係は弱まってしまう。さらに、小学校とは異なり中学校は「もう中学 生なのだから」と子どもを大人扱いする。子どもは、中学生になったからといって、突 然大人になるわけではない。安彦(2007)は、今日の子どもは、かつての子どもとは異な り、身体こそ成長が加速したものの、心は逆に幼稚化し未熟で「大人になれない子ども」. が増加していると述べて中学校1年生に対する配慮の必要性を論じている。 小学校と中学校との間には、既に見てきたように様々な段差がある。中でも小学校6. 年生と中学校1年生との間に大きな段差があり、それが「中1ギャップ」といわれる現 象となって現れている。この段差を特に問題とせずに飛び越していく子どももいるが、 この段差に戸惑い、苦しみ、乗り越えられない子どももいる。それが不登校の急増、勉 強嫌い、学校離れといった不適応現象となって現れてくるのである。. 考では乗り切れない一」明治図書『中1ギャップの克服プログラム』200632頁 7.
(10) 第2節,学校不適応とストレス 今日の学校教育において、子どもの心理問題や問題行動は非常に注目されている。こ うした問題は、「不適応」という言葉で表現される。学校という環境の中で児童・生徒 が何らかの事情により自己実現に失敗するとき、不適応が生ずる。心理学において不適 応とは、「生体が自然的環境、社会的環境あるいは自分自身の精神内界に対して、適合 する行動を十分にとれず、本人または社会にとって何らかの不利益を招いている状態6」. である。つまり、子どもが現在の生活環境や自分の気持ちに合った行動が出来ず、本人 ならびに周囲の人が苦しんでいる状態である。学校不適応という概念については、一般 的には登校拒否や無気力などの非社会的行動、校内暴力や非行などの反社会的行動のよ うに、心理的要因に起因し、正常な学校生活を妨げる問題行動を総称する言葉7として 用いられることが多い。これを広義に解釈すれば、学校生活における様々な心理的スト レスに起因する心身症、さらには問題行動や身体症状として発現していなくても、日常. の学校生活において慢性的な苦痛や不快感を覚える状態も学校不適応であると考えら れる。また、坂野(1994)によれば、行動の頻度や強度が逸脱している場合、学年や年齢、. 社会ルールから逸脱している場合は学校不適応に陥っていると判断できる8としている。 人間は、目覚的に環境の困難に直面する。そして、この環境の課題を解決し、困難な 障壁を乗り越えていく。しかし、学校不適応は、その環境と不調和なまま調整できず、 不適応を引き起こしている状態である(坂野,1994)。子どもは、自分の望ましい姿をめ ざして成長しようとするが、その子どもが学校での集団生活で自らを発見し高めていく. には、学校という環境に適応し、個性や能力を生き生きと発揮できる状態にあることが 必要である。多くの子どもはそうした状態を求め、自分を学校という環境に適応させよ うとしたり、自分が適応できるように学校という環境を変えようとする。しかし、これ らが上手くいかずに子どもと学校という環境の間に、何らかの緊張や葛藤が生まれたと. き、様々な問題行動が発生しやすい状態となる。学校不適応は、違った見方をすれば、 個人と環境との関係が悪いという意味である。関係が悪いとは、「個人が環境に合わな い」という意味を持つが、同時にそれは「環境が個人に合わない」という意味も持つ。 つまり、学校不適応は「子どもが学校に合わない」との側面がある一方で、「学校が子 どもに合わない」との側面が同時にあると理解できる。. 子安増生(2003)によれば、学校不適応は、様々な形態で表れる9としている。学校不. 適応の第一の形態は学業成績の低下や低迷である。学校での勉学にとってマイナスとな る心身の障害があるわけではないのに、学業成績が低迷することを学業不振というが、 6小林正幸「不適応」有斐閣『心理学辞典』1999 7岡崎孝弘「学校ストレスと学校不適応」ナガニシヤ出版『生徒指導と学校カウンセリング』199476頁. 一88頁 8坂野雄二「児童生徒の学校不適応」ナガニシヤ出版『生徒指導と学校カウンセリング』199489貫一99 頁. 9子安増生『教育心理学〔新版〕』有斐閣 200359貫一60頁.
(11) 学業不振の原因には、身体の不調、学習意欲の低下、基礎学力の欠如、教師への不信感、. 家庭内の事情など多くの要因が考えられる。特定の原因がはっきりしているときには、. 学校や家庭が原因を取り除く努力をすることによって学業成績が改善する場合もある が、様々な原因が複雑に絡まっている場合には解決が困難である。学校不適応の第二の 形態は、不登校である。不登校は、児童・生徒が「学校に行っても面白くない」「勉強. が嫌い」などの理由で意図的に登校しなくなる不登校と、本人にr学校に行かなければ ならない」という気持ちがありながら、長期にわたって登校できない不登校の大きく二 つに分類できる。学校不適応の第三の形態は、心理的不適応がいじめや非行などの様々 な反社会的行為に結びつくものである。. これらの知見を総合すると、子どもがストレスブルな状態におかれているときには、 学校不適応状態にあると考えることができる。したがって、学校不適応を防ぐためには、. その重要な一側面として、子ども遠の学校ストレスの軽減、すなわちストレスマネジメ ントを考えなければならない。心理学にとってストレスとは、「心身の適応能力に課せ られる要求、およびその要求によって引き起こされる心身の緊張状態を包括的に表す概 念工O」である。ストレスは、欲求不満(フラストレーション)とも関係が深く、それらを 含むより包括的な概念である。ストレスを引き起こすものを「ストレッサー」というが、. ストレッサーの要因となるものには、人間関係の問題、身近な人の死、転校などの生活 環境の急激な変化、学業や部活動などの失敗がある。そして、ストレッサーによって引 き起こされた心身の反応を「ストレス反応」と呼ぶ。ストレス反応には、頭痛、腹痛、 肩こり、倦怠感などの身体的反応と、落ち込み、いらだち、無気力などの心理的反応に 分類することができる。ストレスは、神経症や心身症、不登校、いじめといった様々な 問題の原因にもなり、結果として表れることもある。また、非常に強いストレッサーで も、ストレス反応を示さずに平気な人もいる。逆に、比較的軽いストレッサーであって も、過剰なストレス反応を示す人もいる。このようにストレッサーの強さが、単純にス トレス反応を規定するわけではなくて、ストレッサーとストレス反応を媒介するものと して、主に対処能力とソーシャルサポートが考えられている。. 対処能力とは、ストレッサーに関わる問題を解決したり、その影響を低減したりする 能力である。対処能力には、ストレッサーに関わる問題を解決しようと積極的に働きか. ける問題焦点型対処とストレッサー自体が制御不可能な場合に自分の感情や考え方を 変化させて対処する情動焦点形対処などがある。ストレスに対しては古くから、無意識 に心理的な安定を取り戻し、維持しようとする心理的機能が存在すると考えられており、 そのようなメカニズムを「適応規制」という(自我を守る意味が強い場合は「防衛機制」 ともいう)。苦しくてつらい現実から一時的に逃れる「逃避」、実現困難な欲求や苦痛な. 体験などを押さえ込んで忘れようとする吻圧」、以前の未熟な段階の行動に逆戻りす る「退行」などが適応機制の一例である。適応機制は、誰もが無意識に用いる方法で、. 10小林正幸「ストレス」有斐閣『心理学辞典』1999. 9.
(12) 適応規制自体は必ずしも問題ではないが、柔軟性を欠いたり、頻度が極端に多くなると 様々な心理的問題に発展することがある。また、ソーシャルサポ」トとは、簡潔には「社. 会的な支え」である。ソーシャルサポートを受けている人やソーシャルサポートをいつ でも受けられると感じている人は、ストレス反応が低減されると考えられている。近年 ではストレスに関する問題を効果的に予防しようとする試みで「ストレスマネジメント 教育」が考案され、学校教育にも導入されつつある(子安,2003)。. 第3節,社会的不適応と教育問題 不適応の申で、とくに社会性に焦点を当てた用語として「社会的不適応」がある。「社. 会的不適応」とは「人と適切に関わる、社会的ルールに従うなどの、社会的環境に適合 するために必要な行動を十分にとれず、本人または社会にとって何らかの不利益を招い ている状態工1」と定義される。社会的不適応には、「反社会的問題」と「非社会的問題」. の2つに分類される。「反社会的問題」は、攻撃的行動、暴力、非行など他者の権利を 侵害したり、社会の秩序や規則を乱すような問題である。「非社会的問題」は、引っ込 み思案、孤立、引きこもりなど他者との関わりを回避したり、人間関係を形成・維持す るために必要な行動を行わない問題である。本節では、中1ギャップと関連が深い問題 として、いじめ、不登校についてふれる。. 第3節_①,いじめ いじめは、2006年度に文部科学省が示した定義によると「児童・生徒が、一定の人 間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じ ているもの。12」とされている。具体的には、身体的な暴力、言葉による攻撃、無視す る、噂を流す、所有物にいたずらをするなどである。また、近年ではインターネットや. 携帯電話を使用した新しい形のいじめが大きな問題となっている。いじめは、1980年 代に入った頃から顕在化した教育問題である。いじめが問題化する少し前の1970年代 後半から校内暴力が問題化しているが、これは1980年代半ばまでに概ね沈静化してい た。そして、あたかも校内暴力と入れ替わるように問題化していったのがいじめ問題で ある。校内暴力の問題化については、学校という場で生徒が教師に暴力を振るう、学校 の備品や設備を破壊するといった行為がマスコミに大きく報道されて、従来自明視され ていた学校の秩序や教師の権威は失われたという見方があった(伊藤,2007)。また、こ. の時期の校内暴力は集団的な様相が顕著に表れており、そういった意味で「派手な」非 常に目立っ教育問題であったと言える。これに対して学校や社会は、徹底した管理や体. 11松尾直博附会的不適応児に対する支援」北大路書房『子どものパーソナリティと社会性の発達』2000. 12文部科学省『平成19年度文部科学自書』文部科学省2008 10.
(13) 罰も含む強硬な手段で押さえ込んでいき、ひとまずの「沈静化」に繋がった。いじめと いう問題はこれと対照的で、森口ヨ・清水(1986)は、いじめの特徴として可視性が非常に. 低いことであるとしている。校内暴力と違い、教師をはじめ大人の目が届きにくい形で いじめは行なわれた。校内暴力が抑え込まれたことへの反動とも考えられる形で、見え にくい「陰湿な」いじめが蔓延することになった。見えにくい「陰湿な」現象であるい じめが問題化したのは、いじめが理由とされる自殺事件がきっかけであった。いじめを 受けていたことを遺書に書き残した自殺や、逆にいじめの報復を受けて自殺するといっ. たケースが1980年頃からマスコミで報道されるようになり、「いじめが子どもの死の 原因になる」といった認識が社会全体に生まれた(伊藤,2006)。こうして、いじめに注 目が向けられるようになり、結果的に校内暴力と入れ替わるような形になったのである。. 現在なら「いじめ」と呼ばれる現象があることを人々は昔から認識し、子どもの世界 でしばしば起きる問題であることも知られている。しかし、自殺の報道をきっかけにし. た1980年代頃の問題化によって、この現象の意味は大きく転換した。この大きな転換 を端的に表しているのが、「いじめ」という名詞の誕生であり、これにより1980年代 半ばに「校内いじめ」という言葉が使われ始め、やがて普通名詞として定着していった。. この変化を伊藤(2007)は、1980年代以前の「いじめ」的な関係性とは、とりたてて問. 題とするまでもないトラブルといった程度に認識されていたが、1980年代以降の「い じめ」的な関係性は、非常に問題性をはらみ、社会としての対策が不可欠な社会問題と 位置づけされたと分析している。. 1980年代から社会問題化されたいじめ問題であるが、その後も1985年頃から約10 年周期でマスコミにクローズアップされ、その度に社会問題化されてきた。近年では、 2005年頃から、いじめにより児童・生徒が自ら命を絶つという痛ましい事件が相次い で発生したことをきっかけに、いじめ問題が再び社会問題となった。文部科学省では、 2006年10月に、いじめは決して許されないこと、いじめが生じた際には問題を隠さず、 学校と教育委員会、家庭や地域が連携して対処してゆくべきことなどにっいて「いじめ の問題への取組の徹底について」(2006年10月ユ9目,初等中等教育局長通知)を発出 した。さらに、同年11月には、「文部科学大臣からのお願い」を発表し、子どもたちと. 保護者や地域の方々に対し、いじめ問題について広く呼びかけを行い、各教育委員会や 学校の実践例をまとめた「いじめ問題に関する取組事例集」を全国の小・申・高等学校 に配布し、特色ある取組を紹介した。また、「子どもを守.り育てる体制づくりのための. 有識者会議」を設置し、2007年2月にはrいじめを早期に発見し、適切に対応できる 体制づくり一ぬくもりのある学校・地域社会をめざして一」が取りまとめられた。2007. 年5月、6月には、この有識者会議においてF『いじめをなくそう』子ども会議」を開 催し、いじめに対して自主的・自発的に生徒間で取り組みを進めている申・高校生や、 いじめを受けた経験を持つ中・高・大学生といじめ問題に関する意見交換が行なわれた。. こうした取り組みに加えて、インターネットや携帯電話を利用した新しい形のいじめが. 大きな問題となっているため、2007年9月から「子どもを守り育てる体制づくりのた 11.
(14) めの有識者会議」において審議を行い、2008年6月にはr『ネット上のいじめ』から子 どもたちを守るために一見直そう!ケータイ・ネットの利用の在り方を一」が取りまと. められ、学校・家庭・行政・関連企業が取るべき対応を提言している。なお、子どもの 携帯電話をめぐる問題については、r学校における携帯電話等の取扱いについて」(2009. 年1月30日,初等中等教育局長通知)を発出し、小・中学校への携帯電話の原則持込み 禁止、高等学校の校内での使用制限等の指針を示し、学校・教育委員会の取り組みの充 実や家庭・地域へ働きかけを促している。. 2007年度の文部科学省の調査13によると、全国の小・中学校でのいじめの認知件数 は92401件となっている。いじめの態様として最も多いのは、「冷やかしやからかい、. 悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」で60171件、2番目にr仲間はずれ、集団に よる無視をされる」で21385件である。そして、3番目にr軽くぶつかられたり、遊 ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする」で17100件が続いており、上位三つで全 体の約79パーセントを占めている。次に、全国小・中学校の学年別いじめの認知件数(図. 1)を見ると、小学校の段階では5年生から6年生にかけて僅かに減少しているものの、 全体的に見て右肩上がりに認知件数が上昇している。中学校の段階では、逆に右肩下が. りに認知件数が減少している。この図1にて、最も注目するべき点は中学校1年生の数 値である。中学校1年生のいじめ認知件数は、9年間の義務教育期間を通して最も多く. なっている。さらに、小学校6年生の認知件数が9903件であるのに対して中学校1年. 生は21077件で、小学校6年生から中学校1年生にかけて数値が2倍近く急激に増加 している。. 1(件). 125000 L 20000. 21077 L. 14872. 15000. 9903 990;. 1037699038784 1L一. 10000. 76696799. 5365 5000. 0. η. ?A ..1..... ⊥. _一一___⊥__. 小1 小2 小3 小4 小5 ∫1,6 中1 中2 中3 . 図12007年度全国小中学校学年別いじめ認知件勢_. ...j. 出所:文部科学省初等中等教育局「平成19年度生徒指導上の諸問題の現状1こついて」を基1こ作成. I3文部科学省r平成19年度生徒指導上の諸問題の現状について」2008 12.
(15) いじめには、いじめる者、いじめられる者という当事者以外に、それを許容して、傍 観したりはやしたてたりする子どもたちが存在する。したがって、いじめ問題にはクラ ス全体に対する働きがけが必要かつ有効になる(子安,2003)。まず、クラス全体のス トレスが攻撃性を引き出している可能性があるため、クラス全体がストレスを感じてい. ると思われる場合には、そこを修正する必要がある。また、集団のメンバーの社会性が 十分でないために、本来は子どもたち同士の話し合いや注意で解決できることが、いじ めに繋がっていることもある。その場合は、教師が援助しながら人間関係の問題をいじ. めという方法を使わずに解決する社会性を育成する必要がある(子安,2003)。松尾 (2002)は、クラス全体が、「いじめはいけない」という雰囲気に変化すれば、いじめを. 行なっているグループの求心力は弱まっていくだろうと述べている。いじめの再発を防 ぐうえでも、集団に対する働きかけは非常に重要である。 いじめられた子どもは、「いじめに対して自分のカで解決できなかった」「自分の悪い ところや劣っているところがあるからいじめられたのだ」という具合に、ひどく傷つき、. 自尊心が低下してしまうことが多い。桜井茂男(2000)は、いじめられたり暴力を振る. われる子どもたちは、「自分はダメな人間ではないかという不安」と「まわりの人達か ら受容されていないのではないかという不安」を抱えている子どもが多いとしている。 さらに、こうした心理状態のときに相談した相手から、「いじめられたあなたが悪い」 「そのくらいのことは、自分で解決しないとこれから生きていけない」などと言われ、. 精神的に追い詰められる場合もある。いじめられた子どもから相談を受けたときの原則 は、いじめに苦しめられてきた子どもの辛さに、受容的・共感的に反応することである。. 自分の辛さを共感的に理解してもらうことにより、感情が解放され、苦しかった経験や 心情を話しやすくなる。いじめられた経験が長期にわたる心理的問題にならないように するためにも、安心・信頼できる人に自分の苦しかった経験を話し、感情を解放するこ とが重要である(桜井,2000)。いじめは、いじめられた人の安心して楽しく生活を送る. 権利を奪う、許されない行為であり、いじめた者に対してはこのことをしっかり理解さ せなければならない(子安,2003)。. しかし、いじめ問題の背景として、いじめる子どもの心理的な不安定さがあり、それ がいじめに繋がっている場合もある。いじめる側の心理として、「自分が他者や集団に 対して影響力のある存在であることを示したい」「自分が誰かに嫌な目に合わされてい るめで、憂さ晴らししたい」などが背景にあることも少なくない。桜井(2000)は、「「ま. わりの人達から受容されていないのではないかという不安」と同様に、「いじめないと いじめられるかもしれない不安」も、いじめや暴力行為を生み出したり、助長したりし ている重要な不安と考えられる。14」といじめや暴力行為を行う子どもが持つ不安を述 べている。このような場合は、いじめについて注意することに加えて、背景にある心理 をくみ取り、それが解消できるように援助することが不可欠である。. 14桜井茂男『問題行動の底にあるもの一子どもの不安とその克服一』教育出版200023頁. 13.
(16) 第3節一②,不登校 不登校は、文部科学省の調査では、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会. 的要因・背景により登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30 日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」と定義されてい. る。不登校も1980年代以降一貫して重要な教育問題の一つと位置づけられてきた。い じめは、ある時期に急速に社会的な注目を浴びて問題化し、その位置づけがその後もあ まり変化しなかったのに対して、不登校は、より古くから問題とされて歴史があり、そ. の位置づけと呼称が何度も変化してきたという点で異なる。子どもが学校に行かない (行けない)という現象は、学校教育の歴史においては珍しいことではない。いつの時代 にも学校に行かない(行けない)子どもは少なからず存在していた(伊藤,2007)。時代を. 通じて比較的変動の少ない身体的疾患によるものを除いて考えると、以前は学校に行か ない(行けない)原因として経済的理由などが卓越していたが、やがてそれは減少し、「病. 気や経済的理由でもなく」学校に行かない(行けない)子どもが目立つようになった。. 1960年代に「学校恐怖症」という病名がつけられたが、定着しなかったこの種の学校 に行かない(行けない)子どもは、1970年代にr登校拒否」という名前を与えられ、社会 的にも認知されるようになった。1970年代半ばから文部省(現:文部科学省)の公式統計 における発生数が一貴して増加する中で、学校に行かない(行けない)子どもの存在が教. 育問題として社会的な関心を集めるようになった。それは、校内暴力やいじめ、さらに は管理教育や体罰など「普通の学校」の日常で起こっている様々な事象が問題として注 目されるようになるのと並行してであった。従来、「病気や経済的理由でもなく」学校 に行かない(行けない)子どもは、いかなる原因であっても学校に行かない(行けない)こ. と自体が何らかの「病気」であり、何らかの方法で治療することが必要であるという前 提があった。したがって、「学校恐怖症」は学校に行かない(行けない)ことを明確に病 気であるという位置づけを示しているし、「登校拒否」もそのニュアンスを含んでいた。 そして学校に行かない(行けない)ことが病気である以上、その治療法は再び学校に行く (行ける)ようにすることで、すなわち「再登校」が治癒とされてきたのである(伊藤,2007)。. しかし、学校の日常が問題化し、「教育の荒廃」が叫ばれる中で、この前提に対して「学. 校に行かない(行けない)こと自体が病気なのではなく、むしろ問題なのは暴力やいじめ や体罰などが横行する学校であり、そのような学校に行かないのは正常な反応である。」. という主張が登校拒否の子どもを持っ親の台や、彼らが中心になって広がったフリース. クールによって申し立てられるようになった。こうした主張は、教育問題が続出する中 で高まってきた学校批判、教師批判の論調とも整合し、マスコミなどでも広く流布され ることになった。このように、学校に行かない(行けない)ことの位置づけが変化する申. で、その呼称も変化する。1990年代に入って使われるようになり、登校拒否に取って 代わった「不登校」という呼称は、こρ変化を反映しているといえる。不登校とは、子 どもが学校に行かない(行けない)という事実だけを記述したニュートラルな表現であ り、従来の呼称にあった「病気」や「拒否」というネガティブなニュアンスを脱色して. 14.
(17) いる(同上,2007)。また、これは学校に行かない(行けない)子どもたちの「共通するの. は学校に行っていないという一点しか無い」という多様性も表している。1990年代以 降、従来のギ学校に行かない(行けない)ことが病気である」という意味と、次第に影響. 力を持ってきた「病気ではない」という意味が並行するようになっており、それを反映 した呼称が「不登校」であると見ることができる。. 不登校は、2006年度には、中学校で在籍生徒数に占める不登校生徒数の割合が、現 行の定義で調査を開始して以来、過去最高となるなど教育上の大きな課題となっている。. 文部科学省では、2007年度から「問題を抱える子ども等の自立支援事業」によって、 不登校などの未然防止、早期発見・早期対応など児童生徒の支援を行なうため、教育委 員会が設置・運営し、不登校児童・生徒の指導・支援を行なう教育支援センター(適応 指導教室)を活用した取組などを支援するとともに、2005年度からも「不登校への対応. におけるNP0等の活用に関する実践研究事業」において、不登校児童・生徒の実態に 応じた効果的な活動プログラムの開発などを委託している。. 2007年度の文部科学省の調査15によると、全国の小・中学校での不登校児童・生徒. 数は129254人となっている。過去5年間の全国小中学校の不登校児童・生徒数の推移 (図2)を見てみると、2003年度から2005年度までの3年間は不登校児童・生徒数は右 肩下がりに減少している。しかし、2006年度からは不登校児童・生徒数は右肩上がり. に上昇しており、過去5年間で最も不登校児童・生徒数が少なかった2005年度を最後 に不登校児童・生徒数は2007年度までで2年連続上昇している。これを踏まえて、全 国小・中学校で過去5年間不登校児童生徒が各校種の全体の何パーセントを示している かをまとめたグラフ(図3)を見ると、小学校では5年間を通して不登校児童数が占める 割合は0.32パ」セントからO.34パーセントの間でほぼ横這いであった。一方、中学校 では、5年間を通して不登校生徒数が占める割合は、右肩上がりに上昇している。特に、. 2006年度と2007年度では、文部科学省が年間30目以上の欠席者を統計し始めた1991 年度以降では2年連続で過去最高の割合を示している。また、文部科学省では、不登校 となった原因を校種別に「学校生活」「家庭生活」「本人の問題」「その他・不明」の大. きく4つに分類している。2007年度の調査(図4)では、不登校となった原因で最も多か ったのは、小中学校共に「本人の問題(病気による欠席、その他本人に関わる問題)」で. あるが、次に多かった原因は、小学校の「家庭生活(家庭生活の急激な変化、親子関係 をめぐる問題、家庭内の不和など)」の34.5パーセントであ’るのに対して、中学校では. 「学校生活(いじめ、いじめを除く友人関係をめぐる問題、学業の不振、クラブや部活 動への不適応、入学や進級時の不適応など)」の45.6パ」セント(小学校では28.9パー. セントで第3位)だった。この結果から、不登校の問題は、主に小学校では「家庭生活 に起因するもの」として、中学校では「学校生活に起因するもの」として考えることが 出来る。次に、2007年度の全国小・中学校の学年別不登校児童・生徒数(図5)を見ると、. 15文部科学省r平成19年度生徒指導上の諸問題の現状について」2008. 15.
(18) 小・中学校の9年間全体を通して不登校の児童・生徒数は、学年が上がるごとに右肩上. がりに増加し、最も数値が高いのは中学校3年生の42494人である。注目するべき点 は、小学校6年生から中学校1年生になると不登校の児童・生徒数が急増することであ. る。小学校6年生の不登校の児童数は8145人であるのに対して、中学校1年生の不登. 校の生徒数は25120人であり、小学校6年生に比べて中学校1年生の不登校生徒数は 約3倍になっている。不登校児童・生徒数の推移、不登校となった原因、学年別不登校 児童・生徒数と文部科学省の調査結果を見てきたが、これらの結果から、現状の中学校 生活、小学校から中学校への移行する過程で何らかの事情により児童・生徒への負担が 増加しているものと考えられる。. (人). 129254. 130000 128000. 126894. 126226 126000. 123358. 124000. 122287. 122000 120000. 11800ガ. 一_...」. 2003年度. 2004年度. 2005年度. 2006年度. 2007年度. 8小中学校不登校児童生徒教の推移 図2全国小中学校不登校児童生徒教の推移 (%). 3,5. 2,73. 3. 2,73. 2,86 2.75. 2,91. 斗一一一一■. 2,5. 1. 1;蟻. 2 1.5 1. 1 0.5. 0,33. 0,32. 0 L________. 2003年度. .. 2004年度. 0,32. _. 0,33. __⊥. 0.34. __」. 2005年度 2006年度 2007年度. 図3全国小中学校不登校児童生徒数の全体の割合. L_一一一一一一一一一一一一一…一一一一一一一 16.
(19) 60.0% ・. 50.0% 40.0%. 1国小学生1. 48.4%. 458%. 45.6%. 1. !. L,庁宇牛.」. 34.5%. 30.0%. 192%. 20.0%. 15.8%. 10.0%. ⊥. 0.0%. 学校生活. 家庭生活. 本人. その他・不明. 図42007年度全国小中学校不登校のきっかけ別児童生徒の 割合. (件). 42494. 45000 40000 35000 30000 25000. 37714. 圭^ 」. 25120. 20000 −. 15000 10000 ケ2,口.ロー..」、 5000 ト讐・、1讐二音二管上。口 0 8145. 5980. 」. 小1 小2 小3 小4 小5 ’1・6 中1 中2 中3 図52007年度全里小中学校学年別不登校発生件竿.. 」. 出所:文部科学省初等中等教育局「平成19年度生徒指導上の諸問題の現状1こついて」を基に作成. 不登校状態にある子ども遠の中には、学校の先生や友達との関わりを一切拒絶し、家 から出ようとしなかったり、極端な場合、家族との関わりも拒絶し、一歩たりとも自分 の部屋から出なくなってしまう子どもがいる(子安,2003)。このような現象は、一般に. は「ひきこもり」現象と呼ばれる。「ひきこもり」現象は、不登校状態の途中で一時的 に現れる場合もあるが、なかには何年間も自分の部屋などに閉じこもったままで、成人 に達しても「ひきこもり」状態が続く重い症状を示すケースもある。松尾(2004)は、不. 登校状態にある子どものうち、心理的な理由で登校していない子ども達は、比較的共通 して学校、あるいは学級という集団の中では自分らしさが保てないという特徴が見られ ると述べている。さらに松尾(2004)は、多くの不登校状態にある子ども達は、「自信の. I7.
(20) 無さ」と教師や大人全般、同級生などの他者に対する不信感を訴えているのではないか と推察している。. 不登校は、「単なる怠けではない」という考え方が学校や家庭に浸透していくと同時 に、「登校刺激はとにかくいけない」という意見が一般化し、「不登校はとにかく自然な 回復を待つしかない」という風潮が一都にある(伊藤,2007)。対照的に、「学校へ行け. ないという行動が問題であり、その他の問題は学校へ行かないことによる付随的なこと である」さらに「学校へ行かないことが続くことによって、学習面などさらに悪い状況 が進んでいく」とされ、r学校へ行かせることが先決である」という考え方もある。ま た、最近は「学校に復帰させることが問題解決の唯一の方法ではない」という考え方も 徐々に浸透し始めている。この考え方は、規制や制約が多く、個性を発揮しにくい環境 に無理に復帰させるより、自分らしさを生かせる別の環境で成長させたほうが良いとい う考え方で、フリースクールなどの選択肢も拡大し、不登校になったことをきっかけに 公教育以外の場で成長し、個性を伸ばしている子ども達もいる。. 不登校の子どもへの対応で難しいのは、一人一人の子どもによって最適な方法が異な り、どの時期にどのような働きかけをすれぱよいかも異なっていることである(子安,. 2003)。例えば、本人が混乱していて、学校に対する嫌悪感も強い場合に登校刺激を与 えるのは、問題を悪化させてしまうことが多い。逆に、本人が心理的葛藤をある程度解 決し、「学校に行きたい」という気持ちが出てきている場合に、学校から登校の誘いが 一切無かったり、「無理して学校に来なくても良い」と言われると「学校は自分を見放 している」「自分が学校に来ないほうが良いと思っている」などと解釈し、登校刺激が ないことによって状態が長引くこともある。状態が落ち着いてくると、多くの不登校状 態にある子どもは、自分の今後のことについて考えることが多いが、不登校状態にある 子どもに将来の話、進路の話をするのは将来に対する不安を高めることもあり、かえっ て本人の混乱を大きくし、状態が悪くなる場合もある。しかし、「将来のために何かを しなければいけないと思いつつ、何をやってよいかわからない」という状態になること. も多い不登校の子どもが、自分の将来像について意識し、明確な目標を持つことができ れば、問題を解決する上で強い推進力になる。文部科学省も、「今後の不登校への対応 の在り方について(報告)」(2003年4月11目発出)の中で、不登校を「進路形成の問題」. との捉え方も示しており、不登校状態の子どもに対するキャリア・カウンセリングは非 常に重要であると思われる。. 18.
(21) 第2章,6・3・3制と子どもの発達速度のギャップ 第1節,6・313制の理念と展開 第1章では、中1ギャップの問題と学校不適応の問題についてrいじめ」とr不登校」 の二つの教育問題に焦点を当てながら論じてきた。特に第1節では、中1ギャップとは どのような問題として捉えられ、中1ギャップによって現在の小学校と中学校の間には どのような観点での問題が指摘されているのかについて論じてきた。まず、小学校と中 学校との間には「カリキュラムおよび教育活動上の問題」「指導法上の問題」「生徒指導. をめぐる問題」の大きく三つの問題が指摘されている。カリキュラム・教育活動上の問. 題には、r指導内容の重複や飛躍」r選択履修」r中学校からの新しい活動」といった小 中の壁が指摘されている。指導法上の問題でも「教科担任制への変化」「授業や学校生 活のスピードの速さ」が指摘され、生徒指導でも「入学直後の新入生の扱い」「教師と 生徒の関係」といった小中の壁が指摘された。このように、小学校と中学校との間には、. 様々な段差があり、中でも小学校6年生と中学校1年生との間に大きな段差が存在する。. それが「中1ギャップ」といわれる現象となって現れており、この段差に戸惑い、苦し み、乗り越えられない子どもが不適応現象を起こしているのである。段差を生じさせた 原因は、多くの要因が絡んでおり、それだけに対応も難しい。したがって、様々な面か ら小学校と中学校の間の「つなぎ」を検討し、新たな連携・接続の在り方が模索されて いるO巳島,2006)。佐野(2006)は、小学校と中学校の連携や接続が模索されている背景. を「社会の変化とともに子どもたちの心身の大きな変化は、小学校を卒業し中学校への. 入学・進学することを成長の節目としている6・3制の義務教育の見直しを問いかけて いるように思われるI6」として現行の学校体系見直しの必要性を示している。では現行. の6・3・3制は、どのような経緯で日本に導入されたのだろうか。そして、小・中の 連携・一貫において必要とされる学校体系とはどのようなものなのだろうか。本章では、. 6・3・3制の理念と小申の連携・一貫における学校体系の在り方を論じることとする。. 6・3制という用語は、6年制の小学校から3年制の中学校が設けられるという戦後 の日本での学校段階区分・修業年限区分として捉えられる。また高等学校の区分まで含. めて論じる場合には、6・3・3制という用語が使用される。学校段階区分の歴史的経 緯や理念は、性質上義務教育の在り方という視点ではなく、初等・中等教育の在り方と. いう視点で語られることが多いので本節では以後「6・3・3制」という用語で統一し て論述することとする。新制学校制度の誕生から今日まで、6・3・3制に対して批判 が無かったわけではなく、逆に6・3・3制スタート直後から、変更すべきという批判 を浴び続けてきた。そして、この間に数多くの改革論が提示されてきた(浦野東洋一,. 2003)。例えば、1950年末頃から、中学校に3年間子どもを通わせる経済力が無い家族 16佐野金再伸1ギャップ克服・学校体制改善のプログラムー学年まかせ、担任まかせという従来型の思 考では乗り切れない一j明治図書『中1ギャップの克服プ1コグラム』2006 27頁. 19.
(22) が少なくないことを理由に、中学校を2年制に短縮するべきとの声が高まった。また、. 最近では2004年8月に当時の河村文部科学大臣が小・中学校の区分の弾力化を視野に 入れた「義務教育改革案」を発表し注目を集めた。数々の改革論のうち、1962年に設. 置された5年制の高等専門学校や1999年から導入された6年制の中等教育学校など、 いくつかは制度化され運用もされている。しかし、運用されている学校は、学校の数や 在籍児童・生徒数においても少数派でしかない。筑波大学大学院の藤田晃之(2007)は「日. 本の学校制度は、r6・3・3」という学校段階区分を圧倒的なメインストリームとし て、過去60年にもわたって保持してきたといえるだろう。17」と述べている。では、. なぜ6・3・3制は深く根を下ろしてきたのだろうか。 戦後の日本が占領から解放を経て現代に至るまで、占領期に制度化されたものに対し ては、「日本人による日本人のための制度作り」などのスロ㎞ガンを伴って、常に見直. しを求める声が出されてきた。教育の領域も例外ではなく、6・3・3制に対しても同 様の傾向が見られる(藤田,2007)。この点について、土持ゲーリー法一(1992)の『六・. 三制教育の誕生一戦後教育の原点』によると、日本におけるアメリカの占領期教育改革 の勧告をまとめた『第一次アメリカ教育使節団報告書』(1946年4月公表)の草案では、. 6・3・3制ではなく6・5制による戦後の学校制度の再建計画が盛り込まれていた。 しかし、公表された報告書には6・3・3制の学校制度改革が提言されていた。鈴木英 一(1985)や三羽光彦(1999)らの文献でも同様のことが記されており、6・3・3制はア. メリカ側に強制された制度ではないという事実を確認することができる。日本側が6・ 5制を採用しなかった理由として三羽(1992)は、制度改革の実現性が文部省とアメリカ. 軍の調査で裏付けられていたこと、一つの学校の中に義務と非義務が混在する制度運用. の経験が日本には存在しなかったことの二つを指摘している。報告書の草案では6・5. 制が提言されていたにもかかわらず、公表された報告書では6・3・3制が提言されて いたのは、6・3・3制による学校制度改革を日本側が強く申し入れた結果である(土 持ゲーリー,1992)。日本側は、アメリカ教育使節団が来日する以前の1946年1月に、 戦後あるべき学校教育制度として6年制の「小学校」、3年制の「中学校」、3年制の「高 等学校」の構想が教育刷新委員会の前身である教育家委員会によってまとめられていた。. そして、教育家委員会がアメリカ教育使節団に積極的に働きかけた結果、日本人の手に よる6・3・3制構想が使節団報告書に盛り込まれたのだった(同上,1992)。. 藤田(2007)によると、日本側が6・3・3制の導入を求めてきた背景には、教育学研 究者らによって大正期から続けられてきた、非階層的・民主的な教育制度導入に向けた. 研究蓄積と熱意があったという。例えば、野口授太郎という人物は、1925年の自身の 著書の中でアメリカのジュニア・ハイスクール運動を中心に取り上げて、当時アメリカ で普及が目指されていた6・3・3制の在り方を紹介している(土持ゲーリー,1992)。. その後も、何人かの研究者が6・3・3制に向けた提言をしているようであるが、戦前 17藤田晃之「「6・3・3」制の60年一その理念と展開を間い直す一」Benesse教育研究開発センター『BERD』. 20072頁 20.
(23) に最も6・3・3制を推進していたのは阿部重孝であるといわれている18。三羽(1992). は、阿部が1923年に開催され仁サンフランシスコ万国教育会議に日本代表で参加し、 その後文部省にアメリカ留学を命じられていることから、阿部の改革論のモデルにはア メリカの6・3・3制があったとし、阿部の提言のインパクトの大きさを推察している。 昭和初期の日本では、中等教育を経て高等教育に至ることの出来る一部のエリートと、. そうでない大衆とを早期から分離する教育制度を根本的に改革しようという機運が高 まっていた。そこでは、教育を受ける機会の平等を保障するための「単線型」の教育制 度の導入が目指され、そのモデルとして当時アメリカで提口昌されていた6・3・3制が 位置づけられた(藤田,2007)。. 戦後目本の6・3・3制は、日本人自らの手によって単線型学校制度を実現する方策 として導入された。そしてそれは、1920年代からアメリカ国内で提唱され、進展を見 せていたジュニア・ハイスクール運動が目指した学校段階区分に強い影響を受けて構想. されたという経緯がある。では日本がr手本」とした6・3・3制は、現在のアメリカ でも保持されているのだろうか。アメリカにおける学校段階区分は、学校区と呼ばれる 地方教育委員会所掌地区ごとに自律的に決定・運用されている。しかし、学校区の物理. 的範囲や区画は市町村と必ずしも同一ではなく、全米では約15000の学校区が設けら れ、学校段階区分においては30種類以上のパターンが存在する(同上,2007)。1920年 代のアメリカでは、8年制の小学校、それに続く4年制のハイスクールという8・4制 の教育を受ける子ども達が全体の約8割を占めていたが、野口授太郎が日本に紹介した. ジュニア・ハイスクール運動が全米的に展開した結果、1960年代には6・3・3制の 学校に通う子ども達が全体の8割を占めるようになった(同上,2007)。ところが、その. 6・3・3制も1960年代半ばになると、ジュニア・ハイスクールに代わるミドル・ス クールが全米的に浸透し始め、6・3・3制は必ずしも多数派とは言えなくなった(安 彦,1989)。矢野(1989)によると、ジュニア・ハイスクールは、日本でいう教科担任制. を軸として、授業は教科ごとに異なる専門教室で受講する文字通りハイスクールのジュ ニア版であったのに対して、ミドル・スクールは、教科横断的な指導を含んだ柔軟な時 間割に基づき、複数担任制によるチームティーチングも積極的に活用しながら、小学校. からハイスクールベの移行をよりスムーズにする役割を担っている。そして、1965年 に成立したアメリカ政府の初等中等教育法が、連邦補助金の支出枠組みとして8学年ま. でを初等教育、9学年から12学年までを中等教育とする規定を導入したことにより、 ミドル・スクールの普及は後押しを受けることになった(藤田,2007)。よってアメリカ. では、ミドル・スクールという言葉は、小学校教育と9学年から始まる中等教育との中 間に位置する制度上の特徴を示すものとして理解できる。藤田(2007)によると、現在の. アメリカの学校段階区分は、初等教育段階では5年制の小学校が最も多く、6年生の小. 学校がそれに続いている。一方で中等教育段階では、9年生から12年生を対象にした. 18三羽光彦『六・三・三制の成立』法律文化杜1992. 21.
(24) 4年制ハイスクールが全体の6割以上を占めている。つまり、現在のアメリカで多く採. 用されている学校段階区分は5・3制と現行の高校の段階も一部視野に入れた6・2・ 4制である。6・3・3制は現在のアメリカにおいて決して主流であるとは言えないの である(藤田,2007)。. このようなアメリカの現状を踏まえた場合、 「本家」で既に主流ではない6・3・3 制を日本で大事に温存する必要性があるのかという疑問が湧いてくる。しかし、留意し. なければならないのは、アメリカでは現在主流である5・3・4制もかつての多数派6・ 3・3制も、確立した単線型の学校制度の中での変容である点である。アメリカにおけ る義務教育完了年齢の設定は州の権限で設定されるため、ばらっきがあるが17歳とす るケースが多く、公立学校の無償制は義務教育完了年齢にかかわらずハイスクール卒業 までの全学校・全学年に適用される。また、入学者選抜はいずれの段階においても実施 されず、アメリカではハイスクールまでが義務教育機関であるといえるだろう(藤田,. 2007)。したがって、アメリカでの5・3・4で学校段階を区切るか、6・3・3にす るかという議論は、どの学年で通う学校を変えるかという議論であり、入試や授業料の 有無、教員の人事権や給与体系の違い等の問題を一切伴わないのである(同上,2007)。. 一方日本では、戦前まで続いた性別や階層によって子どもたちを早期から分断する制度. を抜本的に改める制度として6・3・3制が採用されたのである。藤田(2007)は、日. 本における6・3・3の登場はr6・3・3という学校段階の区分よりむしろ、単線型 学校体系として本質的な転換を遂げたことそのものが重要な変革であった。19」と述べ. ている。アメリカで6・3・3制が学校段階区分として提唱され始めてから約90年間 経過している。その間、子どもたちの成長・発達の速度も、社会の在り方も、当時とは. 大幅に異なっている。そして、6・3・3という区分そのものは、教育を受ける機会の 平等を保障するための単線型学校制度導入が目的であり、日本の子どもたちの学びや成 長を支援する上での教育的配慮に基づいて設けられたものではないという歴史的事実 がある。これをうけて藤田(2007)はr r6・3・3」という段階区分自体に固執する 理由はもはや見つからないといえるのではないだろうか。㍉と述べて今後の学校段階 区分の改善の必要性を示した。. 19藤田晃之「「6・3・3」制の60年一その理念と展開を間い直す一」Ben⑤sse教育研究開発センター. 『B瓦RD』2007 6頁 20同上 7頁. 22.
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