非ST上昇型急性冠症候群の診療に関するガ
イドライン
(2012年改訂版)
Guidelines for Management of Acute Coronary Syndrome without Persistent ST Segment Elevation(JCS 2012)
合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本冠疾患学会,日本胸部外科学会,日本集中治療医学会, 日本心血管インターベンション治療学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会 班 長 木 村 剛 京都大学大学院医学研究科循環器内科学 班 員 一 色 高 明 帝京大学医学部内科 大 野 貴 之 三井記念病院心臓血管外科 小 川 久 雄 熊本大学大学院生命科学研究部循環 器内科学 木 村 一 雄 横浜市立大学附属市民総合医療セン ター心臓血管センター 坂 田 隆 造 京都大学医学部心臓血管外科 住 吉 徹 哉 榊原記念病院循環器内科 高 梨 秀一郎 榊原記念病院心臓血管外科 茅 野 眞 男 国立病院機構東京病院循環器科 筒 井 裕 之 北海道大学大学院医学研究科循環病 態内科学 中 尾 浩 一 済生会熊本病院心臓血管センター 中 川 義 久 公益財団法人天理よろづ相談所病院 循環器内科 中 村 正 人 東邦大学医療センター大橋病院循環 器内科 野々木 宏 静岡県立総合病院 平 山 治 雄 名古屋第二赤十字病院循環器センタ ー内科 幕 内 晴 朗 聖マリアンナ医科大学心臓血管外科 水 野 杏 一 日本医科大学内科学講座(循環器・ 肝臓・老年総合病態部門) 光 藤 和 明 財団法人倉敷中央病院循環器内科 夜 久 均 京都府立医科大学大学院医学研究科 心臓血管外科学 山 科 章 東京医科大学第二内科 協力員 浅 野 竜 太 榊原記念病院循環器内科 石 井 克 尚 関西電力病院循環器内科 石 原 正 治 国立循環器病研究センター心臓内科 海 北 幸 一 熊本大学大学院生命科学研究部循環 器内科学 門 田 一 繁 財団法人倉敷中央病院循環器内科 小 菅 雅 美 横浜市立大学附属市民総合医療セン ター心臓血管センター 榊 原 守 北海道大学大学院医学研究科循環器 病態内科学 上 妻 謙 帝京大学医学部内科 小 林 俊 也 聖マリアンナ医科大学心臓血管外科 白 木 裕 人 稲城市立病院循環器科 高 山 守 正 榊原記念病院循環器内科 寺 岡 邦 彦 東京医科大学八王子医療センター循 環器内科 七 里 守 名古屋第二赤十字病院循環器内科 持 田 泰 行 日本赤十字社東京都支部大森赤十字 病院循環器科 山 口 敦 司 自治医科大学附属さいたま医療セン ター心臓血管外科 外部評価委員 赤 阪 隆 史 和歌山県立医科大学医学部循環器内科 川 副 浩 平 聖路加国際病院ハートセンター 代 田 浩 之 順天堂大学医学部循環器内科学 平 山 篤 志 日本大学医学部内科学講座循環器内 科部門 山 崎 力 東京大学医学部附属病院臨床疫学シ ステム講座 (構成員の所属は2012年8月現在)
目 次
改訂にあたって……… 2 Ⅰ.総論……… 3 1. ガイドラインの背景と目的 ……… 3 2. ガイドラインの対象 ……… 3 3. 本ガイドラインで使用した略語 ……… 4 Ⅱ.診断およびリスク評価……… 4 1. 病歴と身体所見 ……… 4 2. 鑑別すべき疾患 ……… 73. 非観血的検査 ……… 7 4. 血液生化学検査 ………18 5. 観血的検査 ………19 6. リスク評価と院内および短期予後 ………22 Ⅲ.治療………27 1. リスク評価に基づいた治療指針 ………27 2. 緊急入院と転院 ………32 3. 初期治療 ………33 4. 薬物治療 ………34 5. 薬物治療抵抗性狭心症 ………39 6. 補助循環 ………40 7. 血行再建治療 ………40 8. 特殊な病態への対応 ………48 Ⅳ.退院後管理………49 1. 退院準備 ………49 2. 退院後のモニタリングと検査 ………50 3. 薬物治療と冠危険因子の管理 ………50 4. 治療後の長期予後 ………54 Ⅴ.医療費に関する考察………54 Ⅵ.今後の課題………54 文 献………56 (無断転載を禁ずる) 「非
ST
上昇型急性冠症候群の診療に関するガイドライ ン」作成班は,非ST
上昇型急性冠症候群の診断,治療 に関する指針作成のため,日本心臓病学会,日本心血管 インターベンション治療学会,日本冠疾患学会,日本胸 部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本集中治療医学 会に協力を要請し,指名された内科医,外科医がガイド ライン作成班に参加した. 英語,日本語で発表された1990
年以降の研究論文に ついてコンピュータによる文献検索を2000
年に行い, 選択された論文を批判的に吟味し,エビデンスに基づい て指針を作成,クラス分けを行い2002
年に最初のガイ ドラインが作成された.2005
年にガイドライン改定の要否が検討され,部分 改定を行うこととなり2006
年に改訂版作成班が発足し た.改訂版作成班は新たに2006
年3
月末までの新たな 文献,エビデンスについて吟味し,必要に応じて改訂を 加えた.主な改訂点には,CT
,MRI
による診断,抗血 小板薬,スタチンなどの新たな薬剤に関する記載,薬剤 溶出型ステントに関する記載,早期侵襲的治療に関する 記載が含まれる.なお,作成班内における討議の結果で 意見の一致をみた点についても指針として加えた.2010
年に再度,ガイドライン改定の要否が検討され, 部分改定を行うこととなり2011
年に改訂版作成班が発 足した.今回の改訂では2011
年8
月末までの新たな文献, エビデンスについて吟味し,必要に応じて改訂を加えた. この間の進歩が著しい非侵襲的診断法である冠動脈CT
, 抗血小板療法,薬剤溶出型ステントなどを主な改訂点と した.また基本的な診断技術の重要性を強調し,最も重 要な診断法である心電図診断について詳細な記載を行っ た.急性冠症候群が疑われる患者の初期診療においては,1
回の評価で急性冠症候群を否定してしまうのではな く,救急室に一定時間患者を留まらせることや緊急入院 の閾値を低くすることの重要性を強調した. 原則としてガイドラインは,1
)クラス分けした指針 およびそのエビデンスレベル,2
)ガイドラインの根拠 と解説,の順で記載した. エビデンスと専門家の意見を集約した指針はクラス Ⅰ,Ⅱ,Ⅲの形で呈示した. クラスⅠ:手技,治療が有効,有用であるというエビ デンスがあるか,あるいは見解が広く一致 している クラスⅡ:手技,治療の有効性,有用性に関するエビ デンスあるいは見解が一致していない クラスⅡa
:エビデンス,見解から有用,有効である 可能性が高い クラスⅡa
’:エビデンスは不十分であるが,手技, 治療が有効,有用であることに我が国 の専門医の見解が一致している クラスⅡb
:エビデンス,見解から有用性,有効性が それほど確立されていない クラスⅢ:手技,治療が有効,有用でなく,ときに有 害であるというエビデンスがあるか,ある いは見解が広く一致している エビデンスとなる臨床試験成績は不十分であるが,我 が国では広く専門家の意見が一致しているものは,クラ スⅡa
’として指針に入れた.我が国で未だ使用できな い手技,治療法,治療薬で,有効性,有用性について十 分なエビデンスがあるか,見解が広く一致しているもの については,指針解説の末尾に別途に記載した.また我 が国の保険医療で認められていない適応や用法,用量に改訂にあたって
Ⅰ
総 論
1
ガイドラインの背景と目的
循環器疾患の病態解明は急速に進歩しており,それに 伴って治療法も大きく変化してきている.しかし最新の 情報を主治医が逐次収集して自分の患者に速やかに適用 していくことは容易ではない.そこで,疾患の診断,治 療,管理に関するデータを専門家が厳しく評価,分析し, まとめた情報から指針を作成して公表することは,我が 国の医療レベルを向上させ,患者の治療成績,予後を改 善することに大きく寄与するものと考えられる. 日本循環器学会は,1998
年から心臓血管系疾患の診 断,治療に関するガイドライン作成のために研究班を編 成し,関連学会と合同でガイドライン作成に取り組んで きた.その一環として2000
年に「急性冠症候群の診療 に関するガイドライン」作成班が発足した.急性冠症候 群は冠動脈粥腫破綻,血栓形成を基盤として急性心筋虚 血を呈する臨床症候群であるが,急性心筋梗塞,不安定 狭心症から心臓急死までを包括する広範な疾患概念であ る.急性心筋梗塞に関しては,平成11
年度厚生科学研 究費補助金による医療技術評価総合研究事業(主任研究 者:上松瀬勝男日本大学教授)として「急性心筋梗塞の 診療エビデンス集─EBM
より作成したガイドライン」 が既に発表されている.したがって本合同研究班の対象 は,ST
の持続的上昇を示さない非ST
上昇型急性冠症候 群である.今回2011
年の改訂にあたりガイドラインの 名称を「非ST
上昇型急性冠症候群の診療に関するガイ ドライン」に変更した.この病態における心筋虚血は, 破綻した粥腫と非閉塞性血栓による冠動脈狭窄が酸素供 給減少の主因であり,また冠動脈トーヌスの亢進も酸素 供給の減少の一因となり得る.急性期治療の主な目的は, 急性心筋梗塞への移行防止と心筋虚血の軽減による短期 的な予後の改善である. 本ガイドラインの目指すところは,本疾患群の診断, 治療,管理に関して一般に容認された方法をまとめ,医 師が臨床上の決定を行うのに役立つ診療指針を作成し, 根拠に基づく医療(EBM: Evidence-Based Medicine
)を 推進することにある.本ガイドラインは多くの状況下で, 種々の患者に対応し得る普遍的な診療指針を作成するこ とを目指している.しかし,個々の患者における最終判 断は,当該患者の状況を最もよく知る担当医師と患者の 双方により総合的に下されるべきもので,本診療ガイド ラインはそれを支援するものである.2
ガイドラインの対象
本ガイドラインは,急性冠症候群のうち,心電図ST
の持続的上昇を認めない非ST
上昇型急性冠症候群の成 人患者,あるいはその疑いのある患者を対象とする.急 性期の診断,短期的ならびに長期的なリスク評価,急性 ついても解説の中で言及した. 各ガイドラインについてはエビデンスのレベル(以下 レベル)も明示した.以下の3
レベルに分類した. レベルA
:400
例以上の症例を対象とした複数の多施 設無作為介入臨床試験で実証された,ある いはメタ解析で実証されたもの レベルB
:400
例以下の症例を対象とした多施設無作 為介入臨床試験,良くデザインされた比較 検討試験,大規模コホート試験などで実証 されたもの レベルC
:無作為介入試験はないが,専門医の意見が 一致したもの 本ガイドライン改訂版は外部評価委員による評価を受 けた,日本循環器学会および合同研究班参加学会の承認 を得て,日本循環器学会のインターネット版でホームペ ージ上にのみ公表される.改訂版のダイジェスト版は作 成されない. 本ガイドラインは多くの臨床試験のエビデンスに基づ いているが,ほとんどの優れた臨床比較試験は欧米人を 対象として行われたものである.また特定の限定された 患者群を対象としたものであり,我が国の日常診療で遭 遇する臨床例と異なる可能性を否定できない.またこの 分野は新たな知見により病態,診断,治療に関する知識 が急速に変化しつつある点も忘れてはならない.したが って,明らかに変更すべき点が生じた場合は年単位で改 訂してホームページ上に示し,原則として本ガイドライ ン発表3
年毎に内容の全面的な見直し改訂が必要と考え る.Ⅱ
診断およびリスク評価
1
病歴と身体所見
1
病 歴
急性冠症候群を疑う患者においては詳細な病歴聴取が 非常に大切である.特に胸痛の部位,性質,誘因,持続 時間,経時的変化,消失,随伴症状などに注意する.胸 痛だけでなく,既往歴,冠危険因子や家族歴についても 聴取する.①胸 痛
急性冠症候群における胸痛の性質は,重苦しい,圧迫 される,締め付けられる,息がつまる,焼けるようなと いう表現が多く,痛みというより不快感として訴えるこ ともある.刺されるような痛みやチクチクする痛み,触 って痛むものは狭心痛ではないことが多く,呼吸や咳, 体位変換の影響を受けない.しかしながら非定型的な症 状や非常に軽微な症状が重篤な急性冠症候群の表現形で あることもまれではなく,症状の性状のみからの判断で 急性冠症候群を除外してはならない. ①胸痛の部位は前胸部,胸骨後部が多く,放散痛は下顎, 頸部,左肩ないし両肩,左腕,心窩部に出現する. ②胸痛の持続時間は数分程度が多く,長くても15
~20
分である.30
分以上持続する場合は重症の急性冠症 候群を考える.胸痛の持続が20
秒以下のときは狭心 痛の可能性は低くなる. ③胸痛の誘因としては急ぎ,昇段,重いものを持つなど の労作中のみでなく,安静時にも出現する.精神的興 奮や食事でも起こる.早朝は胸痛の閾値が低く,発作 が出現しやすい.安静狭心症では夜間睡眠中に起こる ことが多い. ④胸痛の経時的変化から安静時狭心症,新規発症型狭心 症,増悪型狭心症かを区別する. ⑤胸痛が安静およびニトログリセリンで1
~5
分で消失 する場合は狭心症のことが多い.症状の消失に10
分 以上かかる場合には,非心臓性胸痛か,逆に重症の急 性冠症候群を考えなければならない. ⑥随伴症状として呼吸困難,めまい,意識消失,吐き気, 嘔吐,冷汗を伴うときは重症であり,心筋梗塞を考慮 しなければならない.発熱を伴うときは肺炎,胸膜炎, 期不安定期の治療,安定後の亜急性期治療などが本ガイ ドラインの対象範囲であり,病態安定後の慢性期の患者 は本ガイドラインの対象ではない.急性冠症候群の疑い がある患者も,評価の結果により虚血性心疾患である可 能性が低く,非心臓性の原因が考えられる場合はガイド ラインの対象外となる. 持続性のST
上昇を示す急性心筋梗塞患者は対象外で ある.前述の「急性心筋梗塞の診療エビデンス集─EBM
より作成したガイドライン」を参照されたい(2006
年から高野照夫日本医科大学教授を班長とする「急性心 筋梗塞の診療ガイドライン」作成班により改訂作業が始 まっている).しかし,急性心筋梗塞後に狭心症発作を 有する患者は本ガイドラインの対象とする.安定労作狭 心症は対象外であるが,急性冠症候群が疑われるが入院 治療の必要がないと考えられる低リスク例は,安定狭心 症との区別がしばしば困難であり,このような患者は本 ガイドラインの範囲に含めた.冠動脈血行再建法としての
PCI
とCABG
の選択につい ては,別のガイドラインとして日本循環器学会「安定冠 動脈疾患における待機的PCI
のガイドライン」ならびに 「虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の 選択ガイドライン」があり,本ガイドラインにおける取 り扱いは最小限にとどめた.3
本ガイドラインで使用した略語
本文中に用いられる略語は以下の通りである.ACC: American College of Cardiology
AHA: American Heart Association
BMS: bare-metal stent
CABG: coronary artery bypass grafting
CCU: coronary care unit
CT: computer tomography
DES: drug-eluting stent
DAPT: dual anti-platelet therapy
MACE: major adverse cardiac event
MDCT: multi-detector computed tomography
MRI: magnetic resonance imaging
PCI: percutaneous coronary intervention
心膜炎などを考慮する. ⑦虚血性心疾患の明らかな既往があり,その症状に類似 するか,より症状が強い場合は急性冠症候群の可能性 が高い.
②既往歴
同様の症状は過去にないか,心筋梗塞の既往や冠動脈 造影を受けたことはないか,脳血管障害,末梢血管疾患 はないか,他医の診断,治療は受けていないか,などを 聴取する.③家族歴
親,兄弟に心臓病はいないか.若年発症の冠動脈疾患 の家族歴は重要である.家系内に突然死,急死はないか, その死因は何かなどを聴取する.④冠危険因子
3
つ以上の危険因子(年齢,男性,喫煙,高脂血症, 糖尿病,高血圧)がある場合は可能性が高くなる.2
身体所見
急性冠症候群では身体所見が必ずしも診断確定に有用 ではないが,注意深い診察が虚血性心疾患に伴う合併症 の発見,胸痛を起こす他疾患との鑑別に役立つ.以下の 項目は特に確認が必要. ①顔色と意識:苦悶様かどうか,チアノーゼ,冷汗,質 問への応答,精神状態. ②血圧:ショック状態,血圧上昇,血圧の左右差. ③脈拍:徐脈,頻脈,脈不整,脈の大きさ,緊張度,四 肢の脈の触知(緊急カテーテルなど動脈アクセスの確 保のためにも重要). ④呼吸:呼吸数,呼吸の深さ,速さ,呼吸が楽な体位, 湿性ラ音,特に背側面の湿性ラ音. ⑤心音,心雑音:Ⅲ音,Ⅳ音,Ⅱ音の奇異性分裂,Ⅱp
の亢進,収縮期雑音,拡張期雑音.特に乳頭筋不全症 候群を示す僧帽弁逆流雑音の有無は重要. ⑥頸部:頸静脈の怒張,頸動脈の血管雑音,甲状腺腫. ⑦末梢循環と皮膚:眼瞼結膜,上肢,下肢,手指の色, 温かさ,チアノーゼの有無,下肢,臀部の浮腫. ⑧腹部と鼠径部:拍動性腫瘤(大動脈瘤),血管雑音, 肝腫大の有無,腸蠕動音. 急性冠症候群の身体所見には,胸部所見,聴診所見, 脈拍数や血圧などを含めても特異的なものはない.胸痛 がおさまると消失するⅢ音・Ⅳ音または奔馬調律,両肺 野のラ音などは発作中の左室収縮能の低下を反映する. また消長する僧帽弁逆流雑音は乳頭筋機能不全を示唆し ている.高血圧,黄色腫,アキレス腱の肥厚などは冠動 脈疾患の危険因子の存在を示しており,頸動脈や大腿動 脈の雑音,足背動脈の脈拍減弱などは非冠動脈性ではあ るが粥状硬化症の存在を示唆している.大動脈弁狭窄症 でも狭心症と同様の症状が見られることがあり,収縮期 雑音も必ず確認する.虚血性心疾患を疑わせる胸部症状 を有し,頻脈,収縮期血圧の低下,肺野の湿性ラ音のあ る患者は入院72
時間以内の致死的合併症の発生率が高 く,十分に注意する必要がある.3
病歴と身体所見からみたリスク評価
我が国では不安定狭心症の分類として旧来から新規労 作,増悪型労作,新規安静の3
型とする1975
年のAHA
の分類(表1)が使用されてきた1).しかし,狭心症発 作の様式からのみでは予後判定は困難であり,1989
年 に,重症度,臨床像,治療の状況を加味してBraunwald
が新しい分類(表2)を提唱した2).この分類は予後の 予測に有用であり,治療戦略の決定に寄与するとの報告 が多数ある3),4).さらに,Ahmed
らはこの分類が冠動脈 造影所見ともよく一致していることを報告している5). 我が国でもこの分類を使用することが一般的になってい る.それを展開して,急性冠症候群の可能性を3
段階に 評価する方法がAHA/ACC2002
年のガイドラインに示 されている.また,不安定狭心症患者の死亡あるいは非 致死的心筋梗塞発症の短期リスクの把握については,The Agency for Health Care Policy and Research
(
AHCPR
)による不安定狭心症の診断・治療に関するガ イ ド ラ イ ン6)に 示 さ れ て い た が, こ ち ら もAHA/
ACC2007
年のガイドラインで改定された(表3)7). 非ST
上昇急性冠症候群のリスク評価についていくつ かの報告がある.しばしば用いられているTIMI
⊖リスク 表 1 不安定狭心症の分類(AHA,1975 年)TypeⅠ 新規労作狭心症(new angina of effort)
新たに発生した労作狭心症,あるいは少なくとも6か月 以上発作のなかったものが再発したもの.
TypeⅡ 増悪型労作狭心症(angina of effort with changing pattern) 労作狭心症の発作の頻度の増加,持続時間の延長,疼痛
および放散痛の増強,軽度の労作でも生じやすく,ニト ログリセリン舌下錠の効果が悪くなったもの. TypeⅢ 新規安静狭心症(new angina at rest)
安静時に発作を生じ,15分以上持続しニトログリセリ ンに反応しにくい場合であり,ST上昇ないし下降,T波 の陰転を認めるもの.
スコアは,①年齢(
65
歳以上),②三つ以上の冠危険因 子(家族歴,高血圧,高脂血症,糖尿病,喫煙),③既 知の冠動脈有意(>50
%)狭窄,④心電図における0.5mm
以上のST
偏位の存在,⑤24
時間以内に2
回以上 の狭心症状の存在,⑥7
日間以内のアスピリンの服用, ⑦心筋障害マーカーの上昇,の要素によって算出される.2
週間以内の主要心血管合併症発生頻度はスコアが増加 するごとに相乗的に高くなる8).PURSUIT
試験9)では20
項目以上の予後予測因子が認められたが,最も重要 な因子は,①年齢,②心拍数,③過去6
週間における狭 心症のうち最も重症のCCS
分類程度,④収縮期血圧, ⑤ST
低下の存在,⑥心不全の所見であり30
日間のイベ ント発症率はこれらの要因の有無から推定できると報告 している.このように急性冠症候群の診断あるいは重症 度評価,予後予測は,病歴,簡単な診察および検査から 得られるものであり,正確な病歴,身体所見の把握が重 要である. しかし,急性冠症候群においては非定型的な症状も稀 ではなく,無症状のこともある.43
万人あまりの急性 心筋梗塞を登録した米国の研究では,急性心筋梗塞の 表 2 不安定狭心症の分類(Braunwald,1989) 〈重症度〉 ClassⅠ:新規発症の重症または増悪型狭心症 ・最近 2 か月以内に発症した狭心症 ・ 1日に 3 回以上発作が頻発するか,軽労作にても発 作が起きる増悪型労作狭心症.安静狭心症は認めな い. ClassⅡ:亜急性安静狭心症 ・ 最近1 か月以内に1 回以上の安静狭心症があるが, 48時間以内に発作を認めない. ClassⅢ:急性安静狭心症 ・ 48 時間以内に1 回以上の安静時発作を認める. 〈臨床状況〉 Class A: 2次性不安定狭心症(貧血,発熱,低血圧,頻脈な どの心外因子により出現)Class B: 1次性不安定狭心症(Class Aに示すような心外因 子のないもの) Class C: 梗塞後不安定狭心症(心筋梗塞発症後2週間以内の 不安定狭心症) 〈治療状況〉 1)未治療もしくは最小限の狭心症治療中 2) 一般的な安定狭心症の治療中(通常量のβ遮断薬,長時 間持続硝酸薬,Ca 拮抗薬) 3) ニトログリセリン静注を含む最大限の抗狭心症薬による 治療中 表 3 急性冠症候群(非 ST 上昇型急性心筋梗塞,不安定狭心症)における短期リスク評価 評価項目 高リスク (少なくとも下記項目のうち 1つが存在 する場合) 中等度リスク (高リスクの所見がなく,少なくとも下 項目のうちどれか1つが存在する場合) 低リスク (高あるいは中等度リスク の所見がなく,下記項目の どれかが存在する場合) 病歴 ■先行する 48時間中に急激に進行し ている ■ 心筋梗塞,末梢血管疾患,脳血管障害,冠動脈バイパス手術の既往 ■アスピリン服用歴 胸痛の特徴 ■安静時胸痛の遷延性持続(> 20分) ■ 遷延性(>20分)安静時狭心症があ ったが現在は消退しており,冠動脈 疾患の可能性が中等度~高度である ■夜間狭心症 ■ 安静時狭心症(<20分または安静か ニトログリセリン舌下により寛解) ■ 安静時狭心症(>20分)はなく過去2 週間にCCSクラスⅢまたはⅣの狭心症 の新規発症または増悪があり,冠動脈 疾患の可能性が中等度~高度である ■ 持続時間,頻度,強度が 増悪している狭心症 ■ より低い閾値で生じる狭 心症 ■ 過去2週間~2か月以内 の新規発症の狭心症 臨床所見 ■おそらく虚血と関連する肺水腫 ■新規または増悪する僧帽弁逆流音 ■Ⅲ音または新規または増悪するラ音 ■低血圧,徐脈,頻脈 ■年齢> 75歳 ■年齢> 70歳 心電図 ■ 一過性のST変化(>0.05mV)を伴 う安静時狭心症 ■新規または新規と思われる脚ブロック ■持続性心室頻拍 ■ T波の変化 ■異常 Q波または安静時心電図で多く の誘導(前胸部,下壁,側壁誘導)に おける ST下降(<0.1mV) ■正常または変化なし 心筋マーカー ■心筋トロポニンT(TnT),I(TnI)の上 昇(>0.1ng/mL),またはCK-MBの上昇 ■ TnT,TnIの軽度上昇(0.01~0.1ng/mL),CK-MBの上昇 ■正常 ACC/AHA2007ガイドラインより引用改変
ACC/AHA 2007 Guidelines for the management of patients with unstable angina/non-ST-segment elevation myocardial infarction. Circulation 2007; 116: e148-e304.
33
%は来院時に胸痛がなく,無胸痛群は胸痛群と比べ て,高齢(74
歳vs 67
歳),女性(49
%vs 38
%),糖尿 病(33
%vs 25
%),心不全の既往(26
%vs 12
%)のあ る患者で多い10).胸痛を伴わない急性心筋梗塞患者は病 院受診までの時間も長く,診断も遅れやすく,適切な治 療,再灌流療法の施行率も低いため院内死亡率も2.21
倍と高く,注意が必要である.2
鑑別すべき疾患
病歴ならびに身体所見から急性冠症候群とその他の疾 患を鑑別しなければならない.特に注意が必要なものと して1
)胸痛発作を伴う例,2
)心電図異常が見られる 例がある.また鑑別すべきものとして3
)胸痛に類似し た症状を呈する疾患,4
)心筋虚血を誘発する病態があ る.問診により,胸痛が起こる状況や胸痛の放散部位を 詳細に聴取することは重要である.感冒様症状や発熱な どその他の臨床症状により鑑別診断が容易になることも ある.心電図検査,胸部X
線写真,血液生化学検査は鑑 別診断には必須である.また心エコー図検査は有用であ る.さらに確定診断にはCT
,MRI
,肺血流シンチグラム, 冠動脈造影まで必要なことも多い. 急性冠症候群と鑑別する必要のある疾患(胸痛発作を 伴う患者あるいは心電図異常が見られる患者)には以下 が挙げられる. ①冠動脈疾患:労作狭心症 ②心筋疾患:急性心筋炎,肥大型心筋症,拡張型心筋症, たこつぼ型心筋症 ③心膜疾患:急性心膜炎 ④大動脈疾患:急性大動脈解離,大動脈瘤破裂(急性大 動脈症候群) ⑤弁膜疾患:大動脈弁狭窄症 ⑥肺疾患:肺血栓塞栓症,胸膜炎,気胸,肺炎 ⑦消化器疾患:急性腹症(急性膵炎,胆石症,胃十二指 腸潰瘍穿孔など) ⑧皮膚骨格疾患:帯状疱疹,肋間神経痛,肋骨骨折 ⑨脳血管障害:クモ膜下出血 ⑩心因性:心臓神経症,パニック障害,そのほか 急性冠症候群の鑑別診断においては特に重篤な疾患を 見逃さないことが重要であり,その意味で肺血栓塞栓症 ならびに急性大動脈症候群が最も重要である. その他に急性冠症候群と鑑別する必要のある心筋虚血 を誘発する病態としては,1
)酸素需要を増加させる疾 患,2
)酸素供給を減少させる疾患なども挙げられる. 冠動脈疾患がなくてもこれらの病態に陥ると,狭心症と 同様の症状が出現するようになるので注意が必要であ る.また,安定狭心症もこれらの病態を合併すると発作 を生じやすくなり,不安定狭心症の状態となる. ①酸素需要を増加させる疾患:高体温,甲状腺機能亢進 症,管理不良の高血圧症,持続性頻拍(上室性,心室 性) ②酸素供給を減少させる疾患:貧血,肺疾患,血液粘度 の増加3
非観血的検査
1
胸部 X 線検査と心電図検査
①胸部X線
クラスⅠ1
.心臓疾患(うっ血性心不全,心臓弁膜症,虚血性 心疾患)および心膜疾患,または大動脈疾患(解離 性大動脈瘤)の徴候・症状のある患者で胸部X
線検 査を行う.(レベルB
) クラスⅡa
1
.肺・胸膜疾患および縦隔疾患の徴候・症状のある 患者で胸部X
線検査を行う.(レベルB
) クラスⅡb
1
.すべての胸痛患者で胸部X
線検査を行う.(レベルC
) 急性冠症候群の診断における胸部X
線検査は,鑑別診 断と重症度評価の上で重要と考えられる.心拡大,肺う っ血,肺水腫,胸水の有無を客観的に評価する上で胸部 単純X
線検査は重要である.心拡大は,心筋梗塞既往, 急性左心不全,心膜液貯留,大動脈弁または僧帽弁閉鎖 不全に伴う左室容量負荷が存在することを示す.鑑別診 断の対象には胸痛を来たす疾患すべてが含まれる.胸部X
線検査は,肋骨疾患,肺・胸膜疾患,縦隔疾患,心臓 および心膜疾患,肺・体血管疾患の形態的診断には有用 である.特に,診断確定に急を要する重要な鑑別疾患と しては,『急性大動脈症候群』と『急性肺血栓塞栓症』 がある.上行大動脈解離では冠動脈を巻き込んで急性心 筋梗塞を合併することもあり,診断に苦慮する場合も多 い.したがって,胸部X線検査で上縦隔陰影の拡大,二 重陰影,大動脈壁内膜石灰化の偏位を認める場合は『急 性大動脈症候群』を疑い,超音波検査,造影CT
検査, 造影MRI
検査を施行して鑑別する必要がある.また,肺動脈の途絶,遮断,区域性乏血が認められた場合は,『急 性肺血栓塞栓症』を疑い,超音波検査,造影
CT
検査な どを行う必要がある.また呼吸困難や低酸素血症を認め るにもかかわらず胸部X
線写真で異常所見を認めない 場合にも『急性肺塞栓症』を疑う. 胸部X
線写真を評価する際には,常に撮影体位や撮影 条件について確認する必要がある.救急患者や重症例で はポータブル撮影,特に臥位で撮影されることが多く, 十分な吸気止めもできないことが多い.このような条件 下では胸部X
線写真所見は過小あるいは過大評価され る可能性があることを念頭に置く.②安静時心電図検査
クラスI
1
.胸部症状を訴える患者や他の症状でも急性冠症候 群が疑われる患者ではただちに(10
分以内に)12
誘導心電図を記録する.(レベルB
)また受診時に 症状がない患者でも病歴から急性冠症候群が疑われ る場合には速やかに12
誘導心電図を記録する.(レ ベルC
)2
.初回心電図で診断できない場合でも症状が持続し 急性冠症候群が強く疑われる患者には経時的に(15
~30
分ごとに)12
誘導心電図を記録する.(レベルB
) クラスIIa
1
.胸部症状を認めるすべての患者で12
誘導心電図を 記録する.(レベルC
)2
.急性冠症候群が疑われる患者に病院収容前に救急 車内で12
誘導心電図を記録する.(レベルB
)3
.12
誘導心電図で診断できない場合に急性後壁梗塞 を除外するために背側部誘導(V7-9
誘導)を記録 する.(レベルB
) 1)心電図検査の意義 急性冠症候群では発症早期の的確な診断が重要であ る.各種画像診断が飛躍的に進歩した現在においても, 心電図は非侵襲的で普遍性のある簡便な検査法であり診 断の基本であることに変わりはない.心電図は診断のみ ならず重症度評価,治療方針の決定に中心的役割を担い, また予後予測に重要な情報を提供する1).ただし,心電 図に異常がないという理由で急性冠症候群の可能性を否 定することはできない.1
枚の心電図診断には限界があ る.診断には来院時の心電図所見とその推移が重要であ る.発症から極めて早期の場合には,胸痛があっても心 電図変化がまだ出現していない場合や,非発作時には心 電図が正常な場合も少なくない10).したがって,本症が 疑われる場合は一回の心電図検査だけで判断せず,15
~30
分程度の間隔で,時間を置いて繰り返し記録する こと,比較することが重要である.ニトログリセリン投 与前後の心電図を比較するのも有用である.また,その 患者の以前に記録された心電図が入手可能な場合,比較 することによって診断の精度は大きく上昇する.一見, 心電図に異常がないようでも以前の心電図と比べると変 化を認めたり,受診時の精神的緊張や検査室への歩行な ど軽度の負荷で陰転したT
波が陽転化し,正常と間違わ れることもある.またプレホスピタルでの12
誘導心電 図の記録は,現場および病院内でのより早い診断・治療 を可能にする.また,病院到着時には既に症状が軽減あ るいは消失している例もあり,救急外来の心電図と比較 することで診断精度はより向上する. 実際には,急性冠症候群を疑わせる胸痛を有する患者 が来院した場合は,ただちに12
誘導心電図を記録し,ST-T
変化,Q
波あるいは陰性U
波の有無をチェックす る.隣接する2
誘導以上における0.1mV
以上のST
上昇 は,通常ST
上昇型心筋梗塞を示唆する所見であり,再 灌流療法の適応を検討する.ST
部分の低下が認められ る患者では,不安定狭心症か,あるいは非ST
上昇型心 筋梗塞の可能性が考えられるが,最終的に両者の鑑別は, 心筋障害の生化学的マーカーが検出されるか否かによ る.Ⅲ誘導における孤立性のQ
波やV1
・V2
誘導におけ るQS
パターンは正常例でも認められ,他の所見を参考 にする必要がある.ただし,胸痛を訴えている患者の心 電図所見が完全に正常であっても急性冠症候群の可能性 を否定はできない.そのような患者の1
~6
%は急性心 筋梗塞(定義上,非ST
上昇型心筋梗塞)であり,4
%以 上が不安定狭心症であることが報告されている. 2)心筋虚血の心電図所見 ①ST変化ST
変化は心筋虚血の心電図変化の中で最も重要な所 見である.非貫璧性(心内膜下)虚血の場合はST
下降を, 貫壁性虚血の場合はST
上昇と対側の誘導でST
下降(対 側性変化:reciprocal change
)を認める. ◆ST上昇ST
上昇の存在は再灌流療法の施行を決定する重要な 所見である.12
誘導心電図でST
上昇を認めない場合に 見逃してならないのが左回旋枝閉塞による純後壁梗塞で ある.12
誘導心電図では左室後壁に面する誘導がない ため後壁梗塞の診断が難しい.12
誘導心電図に加え, 背側部誘導(V7-9
誘導:V7-9
誘導はV4
誘導と同じ高 さで,V7
誘導は後腋下線との交点,V8
誘導は左肩甲骨 中線との交点,V9
誘導は脊椎左縁との交点に付ける)を記録することで左室後壁の虚血診断が可能となる2) (図1).正常では背側部誘導で
1mm
以上のST
上昇を認 めるのは1
%以下とされている3).急性心筋梗塞患者の 約3
~4
%は背側部誘導でのみST
上昇を認めるとされ, 背側部誘導のST
上昇を認めればST
上昇型急性心筋梗塞 症として再灌流療法の適応となる4).診断,治療を誤ら ないためにも背側部誘導の記録が推奨される. ◆ST下降 入院時ST
下降は,その程度がたとえ軽度(0.05mV
) で あ っ て も 予 後 不 良 の 強 力 な 予 測 因 子 と さ れ て い る5)-11).一般的に,ST
下降は虚血責任冠動脈にかかわ らずV4-6
誘導を中心に認めるため,ST
上昇とは異なりST
下降から虚血の部位診断をするのは難しい.しかし,ST
下降が高度なほど,ST
下降を認める誘導数が多いほ ど,高度な虚血を反映し予後は不良である.このような ハイリスク例では早期侵襲的治療を選択することによる 予後改善効果が大きいことが示されている7),8).また. 症状出現9)や薬物治療開始後10)6
時間以上経過してもST
下降が遷延する例は重症冠動脈病変が高率で予後不 良であると報告されている.ST
下降の有無だけでなく, その程度・範囲・時間的な変化も考慮することでさらな るリスク評価が可能となる. “非ST
上昇型”急性冠症候群の定義は,心電図でST
上昇を認めないことである.しかし,これにはaVR
誘 導が考慮されていない.左主幹部や多枝病変の重症冠動 脈 病 変 例 の 診 断 に は,aVR
誘 導 のST
上 昇 が 有 用 で,aVR
誘導のST
上昇は他の誘導のST
下降よりも強力な予 後不良の予測因子であることが報告されている12)-18).aVR
誘導は右肩の方向から左室内腔を覗き込む誘導で あり,左室心内膜側の非貫壁性虚血を反映する19(図) 2)20).左主幹部や多枝病変例では左室心内膜側に広範 に虚血を生じ,これは12
誘導心電図には広範なST
下降 として反映される一方で,aVR
誘導には直接ST
上昇と して反映される(図3).心電図は,aVR
誘導を除いた11
誘導で診断されることが多いが,aVR
誘導も含めた “12
誘導”で診断することにより,その有用性を最大限 に発揮できる. 前胸部誘導でST
下降を認める場合に,それが対側性 変化によるもので実際にはST
上昇型急性心筋梗塞症の ことがあり注意を要する.急性下壁梗塞で肢誘導が低電 位な例では,II
,III
,aVF
誘導のST
上昇が軽微で見落 とされやすく,むしろ対側性変化としての前胸部誘導で のST
下降が目立つことがある.また純後壁梗塞の場合 は12
誘導心電図ではST
上昇は認めず,対側性変化とし ての前胸部誘導のST
下降しか認めない.心内膜下虚血 によるST
下降は前述のようにV4-6
誘導を中心に認める が,このような対側性変化としてのST
下降はV2-3
誘導 を中心に認めるので,このST
下降パターンの違いが両 者の鑑別に役立つ21),22). ②T波の変化T
波の変化は重要である.左右対称性のT
波の増高, 尖鋭化(hyperacute T wave
)は急性心筋梗塞の初期変化 図 1 背側部誘導(V7-9 誘導) V7-9 誘導は V4 誘導と同じ高さで,V7 誘導は後腋下線との交点,V8 誘導は左肩甲骨中線との交点,V9 誘導は脊椎左縁との 交点につける.(文献 2:Am J Cardiol 1999; 83: 323 より改変引用)でもあり,経時的に心電図を取りながら典型的心筋梗塞 の心電図へ変化して行くか否かを観察する.同様の変化 は冠攣縮性狭心症でも認められる場合があり,鑑別を要 する.陰性
T
波は急性冠症候群においてはしばしば認め られる所見であり,心筋虚血領域の再分極の異常を反映 していると考えられている.Hanies
らは,不安定狭心症 において新たに陰性T
波が出現した場合は,重症冠動脈 狭窄病変が存在すると報告している23),24).陰性T
波を 認める例の予後はST
下降を認める例に比べ良好とされ ているが25),陰性T
波を広範に6
誘導以上で認める例は 予後不良であることが報告されている11),26).一般的に 貫壁性虚血発作ではST
が上昇した誘導で陰性T
波が出 現するので27),陰性T
波からも虚血部位を診断できる. 前胸部誘導の陰性T波:不安定狭心症患者で前胸部 誘導に陰性T
波を認める例は左前下行枝病変が高率で, 特に陰性T
波が持続する例では冠インターベンション後 に左室前壁の壁運動異常が改善することが報告されてお り,気絶心筋や交感神経の除神経との関連が示唆されて いる28),29). 鑑別すべき疾患:前胸部誘導で陰性T
波を認める場合 に,治療方針を決定する上でも鑑別すべき重要な疾患と して,急性肺塞栓症とたこつぼ型心筋症があげられる. 下記に3
者の代表例の心電図を提示し概説するが,陰性T
波 の 違 い を 明 ら か に す る た め に 肢 誘 導 をCabrera
sequence
にした場合の心電図も示した19),27).Cabrera
sequence
(図2)にすると肢誘導は心臓に面する順に配 列し直され,陰性T
波が各疾患の病態を反映し異なる分 布を示していることが理解でき鑑別診断に役立つ. ◇左前下行枝病変の急性冠症候群:陰性T
波の分布は左 前下行枝の灌流域を反映し,前胸部誘導では前壁中隔に 面するV2-4
誘導を中心に,肢誘導では側壁誘導を中心 に認める30(図4).) ◇急性肺塞栓症:右心負荷による心電図異常を示すのは 重症例に限られ,その頻度は少ない.しかし心電図異常 図 2 肢誘導と心臓の位置関係 (文献 20:Heart 2000; 83: 657 より改変引用)肢誘導は,aVL 誘導,Ⅰ誘導,- aVR 誘導,Ⅱ誘導,aVF 誘導,Ⅲ誘導の順(Cabrera sequence)に配列し直すと心臓と の位置関係を反映し理解しやすくなる19). aVL 誘導は上位側壁,Ⅰ誘導は下位側壁,Ⅱ誘導は左側寄りの下壁,Ⅲ誘導は右
側寄りの下壁に面する.aVR 誘導は上下反転させると,Ⅰ誘導とⅡ誘導との間,つまり左室心尖部領域に面する誘導 (- aVR 誘導)となる.
aVR 誘導は心臓と特殊な位置関係にあり,非 ST 上昇型急性冠症候群の場合には右肩の方向から左室内腔を覗き込む誘導で あり,左室心内膜側の虚血を反映するとされている.
を示す場合には重症例であり,軽度の心電図異常でも見 落さないように注意する.急性肺塞栓症の心電図所見と して,洞性頻脈,右脚ブロック,右軸偏位,肺性
P
波,S
1Q
3T
3パターン,低電位,時計方向回転などが知られて いるが31),32),最も高率かつ長期間にわたり認める心電 図異常は前胸部誘導の陰性T
波である.陰性T
波は急激 な右室圧負荷と体血圧低下による右室の貫壁性虚血後の 変化と推測される.急激な右室圧負荷により右室は心尖 部が挙上するような形で左方へと拡張し,陰性T
波を認 める誘導に反映される.右室拡張が高度になるほど,陰 性T
波の分布は前胸部誘導ではV1
誘導からV6
誘導の方 向に,肢誘導ではIII
誘導→aVF
誘導→II
誘導の方向へ と及ぶ33).急性肺塞栓症では,陰性T
波を右室下面に面 するIII
誘導と右室前面に面するV1
誘導で高率に認める のが特徴である34
)(図5). ◇たこつぼ型心筋症:心電図は,心尖部を中心とした壁 運動異常を反映し,心尖部領域に面する-aVR
誘導を 中心に変化する30),35).急性前壁梗塞でも再灌流後にはST
上昇を認めた前胸部誘導を中心に陰性T
波を認める. しかし,たこつぼ型心筋症のほうがQT
延長を伴った深 い陰性T
波を,心尖部さらには前壁,下壁に面する誘導 で広範に認め,1
本の冠動脈の支配領域では説明できな いことが多い.-aVR
誘導の陰性T
波は,12
誘導心電 図では対側性変化としてaVR
誘導の陽性T
波として反 映され,たこつぼ型心筋症の特徴的な所見である.また 一方で,心室中隔上部・右室前面に面するV1
誘導では 急性期に陰性T
波を認めないことが多い30(図6).) ③QRS波の変化 心筋虚血によりPurkinje
線維,Purkinje
・筋接合部, 心室筋線維の伝導速度は遅くなり,12
誘導心電図にはQRS
幅の延長として反映される.QRS
幅の延長は,ST
偏位よりも鋭敏な心筋虚血の指標であり36),37),左主幹 部や多枝病変の重症冠動脈病変例の診断にも有用である と報告されている38(図3).) ④U波の変化 陰性U
波は虚血発作時や運動負荷試験時にしばしば 認め,高度虚血の存在を示唆する39).陰性U
波は,実験 的には虚血部位に面した誘導で出現するとされ,虚血部 位の診断に有用である.しかし,U
波はT
波に続く小さ な波であるために実際に認識できる頻度が高いのは前胸 部誘導であり,V3-5
誘導を中心に認める陰性U
波は左 前下行枝病変による高度虚血を示唆する(図7).ただし, 陰性U
波は高血圧,大動脈弁閉鎖不全症,心房中隔欠損 症,心筋症など様々な疾患でも認めるため,病歴や臨床 所見などを考慮し診断する必要がある.また後壁虚血に よる陰性U
波は,対側性変化として前胸部誘導(V2-4
誘導)に陽性U
波の増高として反映される40). ■心電図で心筋虚血の診断が難しい場合 心電図のST-T
部分は心筋虚血だけでなく,心肥大, 心室内伝導障害,心筋疾患,電解質異常,ジギタリスな どの薬剤使用,自律神経緊張など様々な病態で変化を認 める.これらの変化と心筋虚血との鑑別はしばしば困難 であり,虚血に由来するかどうかの診断は病歴や臨床所 見,他の検査結果等とあわせて評価する.また以前の心 電図との比較や時間経過による変化をみることで診断精 図 3 重症 3 枝病変例の心電図 入院時心電図では,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,aVF 誘導および V2-6 誘導 で広範に ST 下降を認め,aVR 誘導で ST 上昇を認める. また QRS 幅の延長を認める.冠動脈造影検査では,右冠動 脈近位部の完全閉塞,左前下行枝近位部の 90%狭窄,左回 旋枝近位部の 75%狭窄を認めた.図 4 急性冠症候群の心電図 左前下行枝近位部に 90%狭窄を認めた急性冠症候群の心電図.陰性 T 波は,前胸部誘導では V2-4 誘導を中心に,肢誘導で は上位側壁に面する aVL 誘導で認める.陰性 T 波の分布は,虚血責任血管である左前下行枝の灌流域を反映すると考えら れる. 図 5 急性肺塞栓症の心電図 右心不全を合併した重症急性肺塞栓症の心電図.陰性 T 波は,前胸部誘導では V1-3 誘導を中心に V4 誘導まで認める.肢誘 導の陰性 T 波は,通常の配列だと連続性がなく分かりにくいが,Cabrera sequence にするとⅢ誘導を中心に,aVF,Ⅱ誘 導の下壁誘導で認めることが分かる。陰性 T 波を広範に認めるほど,右室拡張が高度であったと考えられる.
図 6 たこつぼ型心筋症の心電図
発症 2 日後のたこつぼ型心筋症の心電図.QT 延長を伴った深い陰性 T 波を広範に認める.陰性 T 波は,前胸部誘導では V2-6 誘導で認めるが,V1 誘導には認めない.肢誘導では,通常の配列だと分かりにくいが,Cabrera sequence にすると aVL 誘導以外のすべての誘導で認めていることが分かる(aVR 誘導の陽性 T 波は,上下を反転させると- aVR 誘導の陰性 T 波になる).陰性 T 波の分布と壁運動異常の拡がりとの関連が示唆される.
図 7 前胸部誘導の陰性 U 波
左前下行枝近位部に高度狭窄を有する例の発作時(左)と症状消失後(右)の心電図.発作時に V3-6 誘導で陰性 U 波(図 中矢印)を認める.
度は向上する. 急性心筋梗塞患者のうち,約
7
%が新規左脚ブロック を呈すると言われている.しかし,もともと脚ブロック を呈している例や心室ペーシング植込み患者が心筋梗塞 を併発した場合には,ST-T
変化を含めた心電図診断が 困難なことが多い.また左脚ブロックを呈する急性心筋 梗塞患者の約半数は,胸痛を認めないとの問題も報告さ れており,診断が困難な場合も少なくない41).このため, このような心電図異常が認められる場合には,急性心筋 梗塞を念頭に置きつつ,臨床症状や心筋逸脱酵素の経時 的変化をあわせて総合的に診断することが必要である.③運動負荷心電図検査
クラスⅠ1
.治療により症状が安定し運動負荷が可能な患者で, 運動負荷心電図検査を行う(負荷前よりST
変化の あるもの,左脚ブロック,左室肥大,早期興奮症候 群,ジギタリス投与時,ペーシング調律の患者を除 く).(レベルC
) クラスⅢ1
.病状が安定していない時期に運動負荷心電図検査 を行う.(レベルA
) 運動負荷心電図検査の適応には制限があり,運動負荷 が可能で,検査により心筋虚血の判定が可能であること を確認する必要がある.安静時心電図所見(0.1mV
以上 のST
下降,完全左脚ブロック,早期興奮(WPW
)症候 群,心室ペーシングなど)や投与中の薬剤(特にジギタ リス)の影響で判定が難しい場合には運動負荷心電図以 外の検査法を考慮する.また,すべての運動負荷試験は 急性冠症候群が安定した後に行われるべきである.検査 を行う際には必ず病状が安定していて症状がないこと, また検査前の心電図に新たな虚血性変化がないこと(急 性冠症候群では無症候性虚血発作を起こしている例もあ るため)を確認する必要がある.近年のAHA
のガイド ラインでは,低リスクあるいは中等度リスクの患者にお いては,運動負荷試験が適応となる場合があるとされて いるが,我が国では早期に冠動脈造影あるいは冠動脈CT
を施行されることが多く,必ずしも実情にそぐわな いと考えられる.同症を疑う症例に対する運動負荷心電 図検査の適応については他の診断法の可否など施設の特 性も含めて検討した上で慎重に判断すべきである42)-44). 早期侵襲的治療が選択された場合の運動負荷心電図検査 の意義は主として,急性冠症候群責任病変治療後の残存 虚血評価となる.多枝疾患において,PCI
の標的病変を 適切に選択することは予後に影響を及ぼすと報告されて おり,急性冠症候群責任病変治療後の残存虚血評価は重 要である.虚血評価に基づいて急性冠症候群責任病変以 外の残存病変に対して,PCI
あるいはCABG
の適応を検 討することが重要である45).2
心エコー図検査
クラスⅠ1
.急性冠症候群の患者に心エコー図検査を行う.(レ ベルB
)2
.治療により安定した急性冠症候群の患者で,心電 図による評価が困難な患者に運動負荷あるいは薬剤 負荷心エコー図検査を行う.(レベルB
) クラスⅡa
1
.胸部症状が存在するとき,心電図で異常が明らか でない急性冠症候群の疑いのある患者に心エコー図 検査を行う.(レベルB
)2
.急性冠症候群が明らかで冠動脈造影と左室造影を 行う予定がない患者において左室機能を評価するた めに心エコー図検査を行う.(レベルB
) 胸痛を訴え,救急外来を受診する患者の診断とリスク の層別化にベッドサイドの心エコー図検査は有用であ る.心エコー図検査は胸痛患者の診療において救急室で 繰り返し施行でき,しかもその場で診断できる利点があ る.心エコー図検査を用いた急性冠症候群の診断として,1
)責任冠動脈病変の診断,2
)心筋虚血範囲と程度の 同定,3
)左室機能の評価が可能である.また,心筋虚 血以外の胸痛疾患,すなわち1
)急性解離性大動脈瘤,2
) 急性肺血栓塞栓症,3
)心外膜炎,4
)大動脈弁狭窄症,5
) 肥大型心筋症などの鑑別にも非常に有益である.①心エコー図法を用いた胸痛患者のトリアージ
急性冠症候群では冠動脈病変の著しい狭窄のため胸部 症状(胸痛,胸部絞扼感など),心電図変化が出現する. 注意深い病歴の聴取および心電図の経時的変化により診 断がつけられることが多いが,病歴や心電図変化が明ら かでない場合には,胸部症状の出現時に心エコー図検査 により左室壁運動異常が観察され,かつ胸部症状が改善 した後に壁運動異常が消失するような可逆的変化をとら えられれば急性心筋虚血と診断できる.その壁運動異常 の出現部位や範囲から責任冠動脈の推察が可能であ る46),50).Horowitz
らの心エコー図検査を用いた胸痛患 者の研究では,臨床的に心筋梗塞と診断し得た患者群に おいて左室局所壁運動異常から見た診断感度は94
%,特異度
84
%であったが,発症早期の心電図では45
%, 血液マーカ(CK-MB
)では52
%であったと報告してい る51).またSabia
らは胸痛患者において明らかな壁運動 異常を認めない群では入院率,入院期間および入院費を それぞれ32
%,23
%,24
%減少させたと報告してい る52).さらに持続する胸痛を訴え心電図変化が典型的で ない患者の鑑別として左室壁運動スコア(wall motion
score index: WMSI
)を算出して評価することができる.WMSI
が1.7
を超える症例では心筋灌流異常が20
%以 上であり,再還流療法後に左室収縮運動が改善しても心 筋梗塞再発作,心不全,重篤な不整脈などの合併症が高 率であることが報告されている53)-55).不安定狭心症で 入院した患者に対する72
時間以内の心エコー図検査に おいて,左室壁運動スコア(WMSI
).駆出率.僧帽弁 逆流を指標に用い.この3
指標が一定の基準を上回り正 常と判断されれば.入院中の心事故発症率は陰性予測値 が100
%と判断できると報告されている56).②負荷心エコー図法
胸痛患者の鑑別方法として救急室での数時間の観察期 間後に,運動負荷心エコー図法46),57)-60)やドブタミン61) およびジピリダモール62)負荷心エコー図法を用いたアル ゴリズムの有用性が報告されている.Gibler
らは運動負 荷心エコー図を用いたアルゴリズムにより救急室を受診 した患者の82.1
%が安全に帰宅し得たと報告してい る57).またBholasingh
らは救急室を受診した低リスク 胸痛患者で,心電図変化が典型的でなくトロポニンT
陰 性患者を対象にドブタミン負荷心エコーの有用性を検討 し,ドブタミン負荷心エコー陰性症例では有意にその後 の心血管イベント発生率が低いことを報告している61). いずれの報告においても救急室での負荷心エコー図法 の簡便さ,安全性そして非常に高い陰性適中率が示され ている49),57)-65).さらにConti
らは救急室での負荷心エ コー図検査は負荷心筋シンチグラフィーと同等の予後診 断能であることを報告している59).救急室を受診する患 者で,すでに冠動脈病変を有し負荷心エコー図検査陽性 の場合はCCU
に入院させることが必要である.この負 荷心エコー図法を用いたアルゴリズムに関しては,3
か 国,6
施設で500
名以上の患者を用いたSPEED
トライア ルにおいて,救急室における負荷心エコー図法の陰性適中 率は99
%でありその安全性と有用性が証明されている62).③心筋コントラストエコー図法
心筋梗塞に陥った領域は心筋細胞とともに冠微小循環 系も障害を受け,心筋血流が減少する.これは主に,冠 血管床の減少による心筋血液量の低下によるものであ り,心筋コントラストエコー法を用いることにより心筋 染影性の低下あるいはコントラスト欠損として描出され る66).Kang
らは心電図上,明らかなST
上昇や異常Q
波 を伴わない労作性もしくは安静時胸痛を訴える患者に心 筋コントラストエコー法を用いた急性心筋梗塞の診断感 度は93
%,特異度63
%であり,不安定狭心症の診断感 度は59
%特異度96
%と報告している.彼らの検討では 急性冠症候群の診断として心筋コントラスト法は心電 図,トロポニンあるいは左室壁運動異常のみを用いた場 合よりすぐれていた67).またTong
らは救急室での心筋 コントラストエコー法は,胸痛患者においてバイオマー カーの異常が検出されるより早く,短期および長期予後 の推定に有用であることを報告している68).④ 虚血メモリー(Diastolic stunning)を用いた胸
痛診断
近年,虚血発作後に心筋内に虚血メモリーが遷延する ことが報告されている.Dilsizian
らは心筋脂肪酸代謝ト レーサであるBMIPP
心筋シンチ検査を用い,運動負荷 後に左室虚血部位の脂肪酸代謝異常が30
時間以上にわ たり持続していることを報告し69),Ishii
らは冠攣縮性狭 心症患者において,胸痛発作回復後も拡張運動遅延が遷 延することを報告している70).このように一過性の心筋 虚血後に収縮運動が回復後も持続する拡張機能障害がdiastolic stunning
であり,虚血メモリーの機序と考えら れている.また心エコー技術の進歩により組織ドプラ 法71)や2
次元および3
次元スペックル・トラッキング法 を用いた心筋局所のストレイン評価が可能となり,虚血 メモリーの検出がさらに容易になってきている72)-75).Asanuma
らは組織ドプラ法を用いた動物実験において 再灌流後にpostsystolicthickening
が遷延することを報告 し虚血メモリーの存在を証明した76).Onishi
らは虚血心筋において等容拡張期に
positive myocardial velocity
が 観察され,これを応用したパラメトリック・イメージが 胸痛患者の鑑別に有用であることを報告している77),78).Liang
らは2
次元スペックル・トラッキング法を用い,冠動脈に
70
%以上の高度狭窄を有する領域では安静時においても拡張早期の
longitudinal strain rate
が低下して いることを報告している79).またIshii
らは2
次元スペッ クル・トラッキング法を用い50
%以上の有意狭窄領域 に お い て ト レ ッ ド ミ ル 運 動 負 荷10
分 後 に お い て もdiastolic stunning
が観察可能であることを報告し80),さ らに虚血が示された病変においては,PCI
にて虚血が解 除された24
時間後もその支配領域でdiastolic stunning
が観察されることを報告している81).このように急性冠症 候群では責任冠動脈領域において高頻度に