不安定狭心症の薬物治療は,冠動脈狭窄による心筋虚 血に対する治療と冠動脈血栓に対する治療に分けられ る.前者には抗狭心症薬であるβ遮断薬,硝酸薬,カ ルシウム拮抗薬などが使用され,後者にはアスピリンや ヘパリンなどの抗血栓薬が用いられる.血栓が関与する にもかかわらず血栓溶解療法は推奨されない.
1 抗狭心症薬
①β遮断薬 クラスⅠ
1.使用禁忌のない症例に対して,可及的早期にβ遮 断薬の経口投与を開始する
.
(レベルB
)クラスⅢ
1.房室伝導に障害のある患者,最近喘息発作を起こ した既往のある患者,急性の左室機能不全のある患 者にβ遮断薬を投与する.(レベル
C
)不安定狭心症患者におけるβ遮断薬の有用性は,主 にβ1受容体を遮断することで心筋酸素消費量を減少さ せ,虚血状態を寛解させることにある.急性冠症候群に 対するβ遮断薬の有効性については,大規模臨床試験 は少なく小規模臨床試験のみであるが306)-310),
Yusuf
ら のメタ解析では心筋梗塞への移行が13%減少したと報 告されている311).胸痛が持続する患者では,脈拍と血 圧を頻回に測定し心電図を持続的に観察しながらのβ遮断薬の静脈内投与が有効である.ただし,冠攣縮性狭 心症に対するβ遮断薬の投与には注意を要する.
②硝酸薬 クラスⅠ
1.狭心症発作時に硝酸薬を舌下または噴霧投与する.
(レベル
B
)2.硝酸薬の舌下または噴霧でも症状の改善が見られ ない患者に,硝酸薬を24時間以内で静脈内投与す る.(レベル
B
)クラスⅡ
b
1.胸痛が持続している患者に硝酸薬を24時間以上静 脈内投与し,その後に経口投与する.(レベル
C
) クラスⅢ1.シルデナフィル(バイアグラ)やバルデナフィル(レ ピトラ)使用24時間以内の患者に硝酸薬を投与す る.(レベル
C
)2.収縮期血圧90
mmHg
未満の患者に硝酸薬を投与す る.(レベルC
)硝酸薬は狭心症発作時に舌下または噴霧(スプレー)
投与する薬剤である.それでも症状の寛解が得られなけ れば,硝酸薬を静脈内投与するべきであり,その有効性 は認められている312),313).しかし,24時間以上持続投与 する場合には,血行動態効果に対する耐性出現が問題と なる.24時間を超えて静脈内持続投与が必要な患者で は,効果を維持するためには投与量を定期的に増量する 必要がある.一方,経口投与については間欠投与により 耐性を作らないよう努力をすべきである.
シルデナフィル(バイアグラ)やバルデナフィルは,
硝酸薬の舌下あるいは経口投与との併用により,血圧低 下作用を著しく増強するため,これらの薬剤服用例にお ける硝酸薬投与は禁忌である314).投与にあたってはこ れらの薬剤服用の有無を確認しておく必要がある.
③ニコランジル クラスⅡ
a
’1.硝酸薬の代替薬としてニコランジルを静脈内投与 する.(レベル
B
)我が国では,不安定狭心症患者に対して,硝酸薬の静 脈内投与と同様にニコランジルを点滴静注することがあ り,大規模臨床試験の成績はないが,少数例の臨床試験 で硝酸薬と同等の効果を示すとの報告がある315),316).
④カルシウム拮抗薬 クラスⅠ
1.冠攣縮性狭心症の患者にカルシウム拮抗薬を投与 する.(レベル
C
)クラスⅡ
a
1.硝酸薬とβ遮断薬が禁忌,または硝酸薬とβ遮断 薬を十分量投与しているにもかかわらず心筋虚血が 持続あるいは頻回に繰り返す患者に,非ジヒドロピ リジン系カルシウム拮抗薬(ベラパミルやジルチア ゼム)を投与する.(レベル
B
)クラスⅡ
b
1.β遮断薬投与下にジヒドロピリジン系カルシウム 拮抗薬を投与する.(レベル
B
)クラスⅢ
1.短時間作用型ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗 薬を投与する.(レベル
B
)2.左心機能不全を有する患者,および房室伝導障害 を有する患者に心機能あるいは房室伝導を抑制する カルシウム拮抗薬を投与する.(レベル
C
)カルシウム拮抗薬にはジヒドロピリジン系,ベンゾジ アゼピン系,フェニルアラニン系の3つの異なった種類 があるが,不安定狭心症患者にβ遮断薬の併用なしに ニフェジピンを投与した場合,48時間以内の虚血発作 の再発,心筋梗塞の発症といった心事故の相対危険率は 1
.
51(95%信頼限界0.
87~2.
74)となり,ニフェジピン は状態を悪化させる可能性があることをHINT
試験は報 告している317).したがって短時間作用型ジヒドロピリ ジン系カルシウム拮抗薬の不安定狭心症に対する単独投 与は避けなければならない.しかし,十分量の硝酸薬と β遮断薬をすでに投与しているにもかかわらず虚血症状 が持続する患者や,硝酸薬とβ遮断薬を十分量投与で きない患者に対しては,β遮断薬の代用薬としてベン ゾジアゼピン系またはフェニルアラニン系のカルシウム 拮抗薬を用いてもよい318),319).また,冠攣縮型狭心症の 中には,短時間作用型カルシウム拮抗薬が狭心症症状コ ントロールに著効を示すこともある.一方,我が国で多 く観察される異型狭心症の患者に対しては,虚血発作予 防にカルシウム拮抗薬が有効である320).我が国におけ る急性心筋梗塞後の心血管系イベント抑制効果をβ遮 断薬と長時間作用型カルシウム拮抗薬にて比較検討したJBCMI
研究では,対象は主としてSTEMI
であるが急性 心筋梗塞後の予後はカルシウム拮抗薬投与群とβ遮断 薬群とで同等であり,冠攣縮による不安定狭心症や心不全の発症はカルシウム拮抗薬群で有意に少なかった321). これらの結果より,特に我が国の急性冠症候群患者にお けるカルシウム拮抗薬の使用は,急性冠症候群の2次予 防に有用であると考えられる.
2 抗血栓薬
①抗血小板薬 クラスⅠ
1.アスピリン162~325mgを速やかに咀嚼服用させ,
その後に81~162mgを長期投与する.(レベル
A
) 2.アスピリン使用が困難な患者にクロピドグレルを 投与する.クロピドグレルが投与できない場合にチ クロピジンを投与する.
(レベルB
)3.ステント留置が計画されている患者に対し,アス ピリンに加えクロピドグレル(300~600
mg
)を投 与(ローディング)したのち,75mg
を継続する.(レ ベルA
)4.ステント留置が計画されている患者に対し,クロ ピドグレルが投与できない場合にチクロピジン
(200
mg
)を投与する(レベルA
) クラスⅡb
1.アスピリン,チクロピジン,クロピドグレルを投 与できない患者にシロスタゾールを投与する.(レ ベル
C
)クラスⅢ
1.アスピリン喘息の患者にアスピリンを投与する.
(レベル
C
)2.活動性の出血性疾患を有する患者に抗血小板薬を 投与する.(レベル
C
)アスピリンはシクロオキシゲナーゼを阻害し,トロン ボキサン
A
2の生成を遮断することで血小板凝集を抑制 し,不安定狭心症に対して有効とされる薬物で,162~325mgのアスピリン咀嚼服用で敏速かつほぼ完全にト
ロンボキサン
A
2の生成を阻害することが知られている.不安定狭心症患者1
,
266例をアスピリン投与群と偽薬投 与群に分けて12週間観察した比較試験の結果では,死 亡または心筋梗塞の発症率はアスピリン群が偽薬群に比 べて51%減少し,かつ消化器症状の出現や出血性合併 症には差はなかった322).しかし,アスピリンには少な いながら禁忌があり,アスピリンアレルギーである喘息 や活動性の出血性疾患を有する患者への投与は避けるべ きである.初回の緊急投与時には吸収促進のため咀嚼投 与が推奨されており,162~325mg
の用量でトロンボキサン
A2
の産生を迅速に阻害することが必要である.我 が国では,初期投与量162~330mg/
日,維持量81~ 162mg/
日を推奨している,ただ,2007年のAHA/ACC
ガイドラインでは,急性期の冠動脈ステント治療後には,冠動脈血栓閉塞抑制のため,アスピリン初期投与量をベ アメタルステントでは少なくとも1か月間,シロリムス 溶出性ステントでは3か月間,パクリタクセル溶出性ス テントでは6か月間使用後,維持用量に移行することが 推奨されている323).
チクロピジンに関する臨床試験である
STAI
試験で は,不安定狭心症が疑われる652例を通常の治療のコン トロール群とチクロピジンを追加したチクロピジン群で 比較し,心事故(心血管性死亡および致死性心筋梗塞)発生率がチクロピジン群で有意に少なかったとしてい る286).したがって,チクロピジンは少なくともアスピ リンと同程度に2次予防に有用な抗血小板薬と考えら れ,アスピリンに過敏性がある場合や,アスピリンが投 与できない不安定狭心症患者には適応がある.我が国で は,急性冠症候群に対するチクロピジンの保険適用は認 可されていないが,冠動脈ステント留置後のステント血 栓症予防のため,アスピリンとチクロピジン200
mg/
日 の併用療法が推奨され,ベアメタルステントで2~4週 間,薬剤溶出性ステントの場合は,3~6か月間,さら に遅発性ステント血栓症防止目的のため,1年以上の使 用も勧告されている324),325).しかし,チクロピジン使用 の際,低率ではあるが,白血球減少,肝機能障害,血栓 性血小板減少性紫斑病等の副作用も報告されており,特 に投与開始2~3か月間は2週ごとの血液検査による経 過観察が必要となる.欧米でのガイドラインでは,このようなチクロピジン 服薬による合併症回避のため,チクロピジンの代替薬と してクロピドグレルの使用を推奨している287),323),326),327). 急性期血行再建を予定しない場合,アスピリンとクロピ
ドグレル75mg/日を少なくとも1か月間以上併用するこ
とが推奨され323),328),冠動脈ステント留置が予定されて いる場合は治療前より,初期投与量300~600
mg/
日の後,75
mg/
日の維持量へ移行するものとしている.ステント 後の投与期間は,ベアメタルステントで1か月間,薬剤 溶出性ステントでは少なくとも1年間の投与が勧告され ているが,我が国におけるエビデンスは十分ではない.クロピドグレル内服の合併症の頻度は,チクロピジンよ り低率であるが,まれに血栓性血小板減少性紫斑病が発 生するため,投与初期には定期的な血液検査が必要であ る
.
また,クロピドグレルには反応性に個体差があり,