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地 域 社 会 の 二 重 構 造 と 都 市 町 内 会

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(1)地域社会の二重構造と都市町内会. 高度成長期を経て安定成長の時代を迎えた今口においても︑町内全 ないしそれに類する地域集団が未だに各地において新たに︑再生産され. 田 攻. 戦後の日本社全の急激な変動は︑産業構造︑都市への人口集巾とそ. 長. 町内全という地域集団の基本的特質を改めて確認すること︑ならぴに. れにともなう過疎化をうながし︑社全構造のレベルにおいてもきわめ. 一︑町内会をめぐる間題. 現代社全におけるその新たな装いと意昧を探ることは︑それを械極的. て急激な変容をもたらしてきた︒そして当然ながら︑その影響は地域. ている現実を蹄まえるなら︑依然として変わらずに引き継がれている. に評価するか否かはひとまずおいても︑今後予想される高齢化社全を. に生活する人ぴとの生活環境を著しく変えてきている︒その過程の中. れた︒その初期の議論の中では町内全組織の前近代性を批判したリ︑. 前にして︑地域ぐるみの教育︑余暇︑福祉などを正面に据えた地域社. ここでは郁市の町内全の基本的特質を︑地域白治ないし地城社全の. 都市化とともに衰退するものとする診断が目立ったが︑その後の都市. で一度廃止されたはずの町内金と呼ぱれる地域の近隣組織が新たに復. 二重構造という側面に注目しつつ︑とくに地域社全の生活秋序とのか. 化の過程の巾でさらに命脈を保ち︑束京のような大都市の中で根強い. 全の仕組みを考えていくさいにも︑決して兄過ごすことのできない課. かわリ︑ならぴにその歴史的な変化の文脈において︑具体的な瑛例研. 自生力をもって︑再生し続けている町内全の存在に目をすえて︑その性. 活してきている現実を前にして︑当時の学全では多くの議論が交わさ. 究において探っていくための準備作業として︑町内全をめぐる従来の. 格と背後にある都市住民の要求を明らかにすることによって︑町内会. 魎であると思われる︒. とらえ方のなかにみられるいくつかのの争点を簡単に整理し︑そのい. の戦後の復活の謎を解明する︑という問魎提起から戦後の町内全研究 ^1︺. くつかについて検討を加えることによって︑諏者なリの今後の実証的. は着手された︒. 五七. 研究の指針をうることを狙いとする︒ 地城社会の二兎構遣と都市町内全.

(2) たる地縁集団は衰退して︑種々の関心に基づくゲゼルシャフト的な機. 内全が文化型であるとすれぱ︑何故︑文化型として多機能性︑地域網. 他方︑菊池美代志は従来の町内全論のいくつかの論点を整理し︑﹁町. 五八. 能集団が発達する﹂というのが定説であるにもかかわらず︑束京のよ. 羅性といった特異な性格をもつ集団が成立したのかが次の段階で明ら. い重要な論点が存在しているように思われる︒. うな大都市においても﹁大部分の地区に根強い自生力をもってこれが. かにされねぱならない﹂とし︑それを地域権力構造論の視覚からのみ. 近江哲甥は︑﹁都市化の進行に伴い︑ゲマインシャフト的な基礎集団. 復活している﹂謎を解明しようとして︑結局のところ町内全の集団特. 必要性を訴えた︒そして鈴木栄太郎︑有賀喜左衛門らの地域集団を生. なかに求め︑地域集団と地城生活との結合の様態を分析する﹂ことの. ^4︺. 徴を︑日本人の集団原理の一つすなわち﹁文化の型﹂として把握する. 間題にするのではなく︑﹁こうした集団の成立基盤を住民の生活構造の ^5−. ^2一. ことを提案したのであった︒. 中村八朗は︑町内全の性格についての識論を集約して︑①加入単位. あったのではないかという疑問を提示している︒そして町内全という. にこれらの5点の閉には和互に内的関連があるという無意識の前提が. 例からとくに④︑⑤に妥当しない町内全が多く現れていること︑さら. なっていること︑の5つを挙げる︒そして巾村自身は︑自らの調査薬. 完作川をなしている︑⑤旧中間層の支配する保守的伝統の温存基盤と. 括多目的︑複合機能的︑多機能的一︑④地方行政における末端事務の補. 制的︵ないし自動的一であること︑③機能的に未分化であること︵包. こにみられる町内全地方自治体論は︑行政学者の間では目新しいもの. 結局のところ地方自治の二重構造を生み出しているとする︒そしてこ. も︑近代的自治制度の不行き届きな側面を補完しつつ根強く生き統け︑. 度とは相い容れない性質をもつがゆえに﹁私生児扱い﹂を受けながら. としてとらえ直すことにある﹂としている︒それは近代的地方自治制. 答の鍵は﹁町内全を単なる地域集団と考えるのではなく︑地方自治体. うな特殊な文化様式が成立した根拠は何かという問題提起に対する回. これに対して安田三郎は︑菊池美代志の指摘を受けて︑町内全のよ. 活集団とみなす見解を重視する︒. 集団形式︵すなわち文化型︶が保守的伝統の維持という結果を必然的. ではないにもかかわらず︑社会学者が兄落としていた理曲は︑町内会. は個人でなく世帯であること︑②加入は一定地区居住に伴ない︑半強. にもたらすとする暗黙の前提を疑う必要性を訴え︑むしろ町内全構成. ^6︺. 員の意識や態度を独立変数として町内全の結果的に果たす機能を解釈. を地域集団としてとらえるに終始していことと︑社全学者の近代主義. さらにこれらすべての議論の底流となっているのは︑町内会の起源. ^7−. 的先入観であるとしている︒. 主張するように圧力団本機彪を果たす多くの町内全ないし自治全がみ. は何であリ︑いつ頃から存在するのかという問題であリ︑それらは時. ^3−. すべきであることを主張したのであった︒また︑④に関しては︑中村の. られ︑ここにも今日の町内全閉魑を論じるさいに通らなけれぱならな.

(3) かといった︑歴史と地域差の問魎である︒これらについての閑心は︑. 代とともにどのように変遷し︑地城的にどのような相連がみられるの. 振n・返るならぱ︑ある意昧では当然のことであろう︒. が名実ともに国家行政の末端機構として法制化されるに至った経緯を. る時期をむかえるが︑高度経済成長がスタートし始めるこの時期に都. その後一九五〇年代末から六〇年代に入り︑町内全研究が本格化す. 以上みたような︑今日の町内全に関するいくつかの争点のうち︑と. 市化・産業化の進腰がめざましく︑とくに都市地域において新しい生. 血纈− 近年になっても衰えない︒. くに重要だと思われるものを︑町内全文化型論︑行政と町内全の関係. 町内全︑地域社全の生活秋序と地域集団という観点から順次取リ上げ︑. る一方︑この過程に対応して町内会は社全的存在基盤を徐々に喪失し. 多くの自発的・多元的な機能集団の結成とそれらへの参加が期待され. 活様式を希求する多様な住民の生活欲求と利害意識の分化に応じて︑. 地域社会の二重構造という視覚からみた地域集団論についての今後の. 漸次崩壊・解体するという兄方もあったが︑現実には多くのぱあい新. ︵行政末端機構論対圧力団体論︑地域自治の二重構造論︶︑町内社全と. 研究の方向性について検討することにしたい︒. たにつくられた機能集団は結局のところ町内全に吸収ないしは一元化. され︑その下部組織となることによリ︑逆に町内会が再生産されてき. 戦後まもなく占領軍GHQの強い要請の下で︑政令一五号︵一九四. る旧中間層による階屑的支配の構造を温在せしめるものとなっている. 成が以前の旧名望家地主屑にかわn・自営業主︑中小企業主を中心とす. 二︑前近代的集団論と文化型論. 七年︶によって町内全等の隣保組織は法令の上で廃止されるが︑その. ことが次々と指摘され︑戦後の町内全研究の基本的潮流は︑こうした. ているという事態が現実化することとなった︒さらには︑その内部構. 三カ月以内には八割近くの組織が名称を変えるなどして事実上復活し︑. 町内金の現実を日本の民主化を阻害するものとしてとらえる見解を一. 復活を民主化およぴ都市化に逆行するものとしてこれに批判的な反応. いても町内全が東京のような大都市においても依然として命脈を保ち︑. しかしながら他方では︑戦後一〇年から二〇年を経過した当時にお. ^H−. 同政令が一九五二年に失効すると︑町内全は全国各地で公然と活動を. 貫して支持してきたといえよう︒. を示した︒それは昭和一五年︵一九四〇年︶の内務訓令一七号﹁部落会. その勢いを決して弱めていないことは︑古典的都市化理論︵とくにR・. 一〇︺. 開始し始めた︒しかし当時の日本の社全学者たちは︑総じて町内全の. 町内会等整備要.項﹂による戦時下での国民統制と戦時事務の徹底化を. ワース流の都市化第一理論︶への反証として受け止められたぱかりで. ^10−. はかるために︑町内全が全国的に整備されるとともに大政翼賛会の傘. なく︑町内全問題を都市化・産業化といった歴史的流れにおいて眺め. 五九. 下に入リ︑昭和一八年^一九四三年︶の市町村制改正によリ︑町内全 地域社全の二巫構造と都市町内全.

(4) る視点から日本文化の特異性という視点への転換を促してきたことは. かに暫時凍結してしまったという感は否めない︒. 六〇. たしうる構造が他にあリうるのに︑日本ではとリわけ町内全という構. ところで中村八期も︑ある機能︵たとえぱ行政への要求集約︶を果. 近江哲男の町内全文化型論はこのような背景から生まれ︑この兄解. 造が広く採用される事実は構造機能主義では説明がつかず︑文化の型. 重要である︒. は広く支持されてきた︒近江は︑町内全が①情誼に基づき近隣の親睦. の閉題であるとして文化型論に荷担する︒中村はその文化の差を﹁昧. 張しているところから︑同じ︵味暗汁型︶の町内全形式をとっても行. 和合︑連帯梱扶をはかるゲマインシャフト的な基礎集団︑②地域にお. 都市では地縁が衰退し近隣集団は⁝朋壊するいう定説にもかかわらず︑. 政に協力的な町内全もあれぱ逆に行政に対抗的な町内全もあるとし︑. 晧汁とスープの違い﹂と表現しているが︑自らあげた上の五点のうち. わが国の大都市に町内全が未だに根強く広範に存在している理山は何. 結局のところ文化型の違いよリもそれを支える意識や態度の方が重挽. ける生活上の便宜を目的とする機能集団︑③地方自治の協力機閑︑と. であるか︑という問題に対して仮説を提出してみたい﹂として︑﹁結論. されねぱならないことを主張する︒すなわち郁市化によって人ぴとの. ①−③の要素には当てはまるが④と⑤に妥当しない町内会の出現を主. 的にいえぱ︑これはわが国民のもつ基本的な集団の型の一つであリ︑. 意識や態度は変化しうるのであリ︑同じ町内全形式をとりながら行政. いう少なくとも3つの惟格を合わせもつことを指摘した︒そして﹁大. 人ぴとが集団を結成し維持していく際の原理をこの﹃原型﹄に求める. 対抗的であったリ︑必ずしも旧巾㎜⁝棚の支配や保守的伝統の温存に結. ではあるまいか﹂としたのである︒しかし︑日本人の特殊な集団原理と. は遺制としてよリも︑文化の型の問題としてとらえる方が︑よリ適切. リ︑集団そのものの内在的要素となっているものである﹂とし︑﹁これ. るかもしれないが︑﹁集団原理として現実に生きて働いているものであ. そしてこのような原型はある意味では前近代的なものの遺制といえ. のいう意識や態度が①−③までの性格と分離しうるのか︑またもし分. 化を兄失う恐れはないか︑などの疑問が提示されている︒つまリ巾村. らの性格を固定的なものと兄なすことによって︑町内全それ白体の変. 切1︺放しうるものなのか︑またもしそれが可能であるとしても︑それ. しかしながらこれに対しては︑本当に①−③までの性格が④や⑤と. ぴつくとは限らないような紐織が生まれうることを示唆したのである︒. 一ロー. ためである﹂と述べた︒. いう重要な指摘を行い︑町内全のゲマインシャフト的基礎集団︑生活. 離しうるとしてもそれが①−③までの性格そのものを変化させていく. もちろん中村の指摘するように︑現代の町内全が圧力団体化するこ. 一H一. 上の便宜を目的とする機能集団という梱い容れない性格の共存や︑行. 可能性はないのかという問題である︒. ^H︺. 政への協力機閑という基本的な側面を指摘したにもかかわらず︑近江 哲男は結局のところ︑それらの理曲の説明を文化の型という概念のな.

(5) とによって械極的に行政補完機能を果たす側面を見落としてはならな である︒. の関係はいわぱ必然的であったことをみておかなけれぱならないから. 三︑地方自治行政と町内会. いとともに︑その意昧では︑行政従属的であるとか圧力団体的である. とかの性格とは別の次元において︑基本的に行政補完的であるところ 一帖︺ に町内全の文化型としての側而があるとみなしうるようにも思える︒ この点は後に取リ上げることにして︑にもかかわらず︑文化型として. この争点について検討するためには︑明治期の地方自治制度の成立. の歴史に簡単に触れておかなけれぱならない︒. の側面よリも人ぴとの意識や態度の方に力点を置こうとする考え方の. 背後には︑意識や態度を文化型から切リ放しうるし切リ放すぺきであ. ω. ぴとの意識や態度のなかにある文化レペルでの価位観そのものを和対. 理由が何であるかを探るところにあるとすれば︑その集団を支える人. と同時に︑その集団形式が現代の社全にも部分的にせよ適合的である. 団原理や集団の基本的性格が何に根ざすのかを明らかにしていくこと. 考えることはできないであろうか︒文化型論の意義は︑この特殊な集. に前近代的集団論と同様の︑近代主義的価値観がひそんでいないかと. 論の械極的な意義を見失うことにはならないかという点にある︒そこ. 文化型を支える意識や態度を重視しようとすることによって︑文化型. ここでの問題は︑中村にしてもその批判者にしても︑文化型よリも. されて行くが︑その余リにも人工的な計画は実際の村落構造と著しく. 副戸長と改められ︑これらを準官吏とする行政末端機構として再編成. 大区・小区に分類され︑庄屋︑名主︑組頭︑年寄等の名称が︑戸長︑. まず最初に大区小区制︵明治四年︶において︑旧来の藩制村の組織は. ならしめるための装置として︑地方自治体を構想することであった︒. の政治構造上の基本的特質は︑官僚的支配における権力の浸透を円滑. 年の府県制郡制などをもってその地歩を固めて行くことになるが︑そ. 町村編成法による郡町村の復活︑一九八八年の市制町村制︑一八九九. の試みは︑一九七一年の大区小区制の失敗を経て︑一八七九年の郡区. 明治政府の徹底した中央集権志向による西欧的な地方自治制度形成. 明治期の地方自治制度の形成と地域社全. るという前提が存在することは明かである︒. 化し︑その集団原理との閑係を明らかにしていくことこそが必要なの. の円滑化などを背景として旧来の町村を再確認するとともにそれらと. 矛盾を来し︑郡区町村編成法︵明治二二年︶において︑地租改正事業. ところでこの点をさらに深めるためにその前提として︑地方自治行. 県をつなぐ官僚機閑として郡役所をおくにいたり︑ここに自治的な地. ではあるまいか︒. 政と町内会との関係についてみておくことにしよう︒それは町内全が. 方自治制度の骨格が形成される︒その後の市制町村制︵明治二一年︶. 六一. もともと自治組織としての側而をもっていたこと︑したがって行政と 地域社会の二重構造と都市町内全.

(6) においては︑町村行政の徹底化をめざして︑旧来の村落共同体末端組 になる︒. られ︑昭和一〇年代には︑戦時体制に法制上組み入れられていくこと. 六二. 織としての集落組織が﹁区﹂としての位置づけを与えられ︑行政の補 ②. このような経緯を経て︑戦後復活した町内全が法制上は任意団体と. 行政末端機構説と圧力団体説. 助機関としての機能を期待されることになる︒ここに至って旧来の集 落秩序をそのまま温存しつつ︑町村の側から区長を任命して行政の末. なリ公的行政からは制度的に切リ放されることになったにもかかわら. 町村合併を推進し行政効率を高める努力をする一方︑拡大する行政嬰. 端機構として位置づけられる﹁区﹂の原型が明確な姿を現わすことに. 歴史的にみれば︑明治政府は日本の地方自治制度の形成に当たリ︑. 務の処理と地域住民との媒介装置の必要から︑町内全・部落全への依. ず︑行政の側では戦後の経済復興と急激な産業化・都市化に対応して. 旧来の名望家−地主層の階層的支配構造をそのまま承認し温存せしめ. 存をますます高めていったことも箏実であリ︑現実にほとんどの町内. なる︒. ると同時に︑神社の再編成を櫛極的に押し進める︑この上に町村制の. 全が行政の補完事務を代行している︒. てきた﹂ことも斑実として認めなけれぱならない︒上からの改革によ. が︑﹁同時に地方名望家層の勢力培養の基盤としての役割をもたらされ. がゆえに︑明治期の地方自治制度の確立の過程のなかで成立した﹁区﹂. 相違を無視して︑日本の土壌の上に西欧近代化を目指したものである. しているとともに︑事実上他の自発的意思に基づいた地域集団の生成. 主化への障害としてとらえる立場からは︑町内全が行政の末端機構化. る︒このような事態に対して︑町内全・部落全を近代化・都市化・民. 慣例が定着しておリ︑相互の依存関係が躯実上確立しているともいえ. しかもこのような補完事務に対して行政は補助金を支出するという. ^帖︺. 補強を企てたことは周知のとうりである︒明治政府の政策が西欧との. ってこのような接き木が行なわれ︑地方の自治的支配機構が温存され. を阻害し︑住民の利害の自由な発露の遣を閉ざしているという非難が. ^π︺. たのである︒そのことによって︑旧来の共同体的秩序を基盤とする﹁区﹂. 集中する︒. ことは︑以上のような明治政府の上からの西欧近代型地方自治制度形. 町内会の間題がつねに地方自治行政との関連の中で論議されてきた. 低い地域の町内全・自治全では︑環境整備・公害阻止などの生活防衛. 内全を住民自治組織と兄る兄方がある︒たとえぱ行政サービス水準の. 的機能を果たす例がかなリ兄られることも指摘され︑このことから町. これに対して︑町内全が地城の利害を代表し行政に対して圧力団体. が︑﹁地域住民の日常生活と自治体とを媒介する装舐としての機能を負 ^㎜−. 成の歴史的経緯からして当然ことである︒町内全・部落全の原型とな. を目的として行動することが広くみられ︑そのような見方を褒付. わされてきた﹂のであ る ︒. る﹁区﹂は︑行政の末端箏務を受け持つ公的機関としての資格を与え.

(7) け躯 巾村八朗の談論には︑文化型論に立ちながらここで旧いタイプの町. れ行政舖完的機能を果たすのであリ︑そこにこそ目を向けなけれぱな. らないことを示している︒すなわち町内全の文化的特質に焦点を合わ. せようとするかぎリ︑ここでの問魍は新しいタイプと旧いタイプの区. ところで町内会が行政補完的機能を果たすことは︑巾村のいうよう. 内全と新しいタイプの組繊とを区別する惹図がみられる︒すなわち︑. 端機能を果たすような構造を持っているのに対し︑新しいタイプの組. に文化の次元の問魎なのであろうか︒この点については少々検討が必. 別ではなく︑むしろ町内全がなぜ行政とかくも深いかかわりをもつの. 織は︑世俳加入で企戸加入であリ行政榊完機能を果たすが︑行政に従. 要であろう︒この㎜魎は町内会という集団の性格を説閉する根拠を︑. 旧いタイプの町内全は︑旧巾⁝⁝胴による支配︑談決の方法をめぐる非. 属的ではなく圧力団体機能をもち︑旧巾㎜屑の伝統的支配からも解放. 集団の成リ立ちのなかに探っていく必要を感じさせる︒というのは︑. かという閉魎である︒その根拠を堆に地方白治行政制度形成の歴史に. され︑白山な意兄と民主的な謙決機閑をもつような機構を伽えている. 行政舖完的であるという性質は︑文化の⁝題であるよりは町内会とい. 民主的な仕組み︑さらには政治的集票マシーンであるとか行政との補. ような組繊であるということになろう︒しかしながらこのような議論. う集団の一般的機能にかかわる閉魎であるように思われるからである︒. 求めるだけでは不十分である︒. は︑ときにそれが圧力団体化することがあリうるとしても︑それが町. そこで次に町内全と行政との閑係に閑するもう一つの重婁な争点に触. 助金などを迦じた癒着などの問魎があリ︑旧町内全は基木的に行政末. 内全であるかぎリ個人のo発性に基づいた近代的集団の要件を術えた. れておかなけれぱならない︒. における議論に転換してしまうことはやはリ文化型論の重要な意義を. ところで町内全と行政の閑係の閉題を︑人ぴとの意識や態度の次元. かという主張がある︒町内社全が︑戦後においてすら名望家層に代わ. とは︑それ自体が地方白治体としての性格をもっているからではない. 町内全が行政協力的であると同時に圧力団体的機能を果たしうるこ. 一㎜−. 圧力団体とはほど遠い︑という批判と典っ向からぷつかることとなろ. 欄なうことになリかねない︒すなわちこの論点に閑して注意すべき点. って旧中閉屑の支配を含んでいたとしても︑その内部に国家や地方自. 地方白治の二重構造論と町内全. は︑町内全が行政末端機能と圧力団体機能のいずれを果たしうるかと. 治体の権力灼支配の浸透をある程度まで免れた自治的生活秋序が存在. ㈹. いうことよリは︑現実の町内全の多くが両方の機能を果たしていると. していたことは十分に予想できる︒それが上からの近代化であったこ. ・つ︒. いうことであリ︑両者を二者択一的にとらえるべきではないことであ. とから︑旧来の生活共同体的自治機構を温存させつつそれを巾央集権. 六三. る︒そのことは︑巾村のいうように町内全は受動的であれ能動的であ 地域社全の二重概造と郁市町内全.

(8) れた行政組織としての地方自治体と︑町内の生み出した地域集団とし. 構造化の契機をはらむことになったのである︒すなわち上からつくら. 二兀化されたかにみえる官治的支配機構の内部に︑いわば自治の二重. 的な新たな地方自治機構のもとに組み込もうとしたことによリ︑一兄. あリ︑その異質性にこそ前者の日本的特殊性という文化型の問題が探. 会の自治と地方公共団体の白治の性格の異質性をこそ閉題にすべきで. かに二兀化されずに二重構造化するのかが問われねぱならない︒町内. が地方自治体であるとしても︑それがなぜ上からの地方自治制度のな. 理に基づくからこそ特殊な自治体的集団が生まれるのである︒町内全. 六四. ての自治組織の共存である︒. られなければならない︒. 半強制的に全戸加入﹂であること︑第三の﹁機能的に未分化であるこ. あってみれば︑巾村八朗のあげる第二の特質すなわち﹁自動的ないし. する疑閉は永解するという﹃たとえぱ︑このような自治的生活集団で. と考えれぱ︑町内全の特殊な集団性格︵文化型としての特殊性︶に関. ともに衰退するどころか﹁民主化とともにかえって強化される側面を ^ − もつことを︑社全学者は忘れがちである﹂として︑町内全を地方自治体. 優越している﹂ことに同時に目を向けなければならない︒すなわち文. 妙にも﹁ゲゼルシャフト的機能よリもゲマインシャフト的機能の方が. のではなく︑安囲自身が指摘しているように︑地方白治体にしては奇. う︒そして町内全が自治的組織であるとしても行政機能のみを果たす. よリは集団の基本的機能に関わる間題としてとらえておくぺきであろ. て町内会がもともと行政補完機能をもつことは︑文化型の問題である. 殊な集団の特質ではなく︑むしろ地方自治体の性格である︒したがっ. 安田三郎は︑地縁的基礎集団の典型である地方自治体は︑都市化と. と﹂︑そして第四の﹁地方行政箏務の末端協力機構である﹂ことは︑む. 化型の根拠は︑白治体的機能を果たすことやゲマインシャフト的機能. 地域網羅性︑多機能性といった性質は︑それらだけでは何も日本特. しろ当然のことであるということになる︒さらに倉沢進の付け加える ^蜆︺ もう一つの特質︑すなわち﹁一つの地域には一つの町内全しかない﹂点. を果たすことのいずれかに求めるのではなく︑その両方を同時に果た. ^四−. を併わせ考えるならぱ︑町内全は基本的に地方自治体的組織であると. 求めることには少々閉魑があるように思われる︒この議論は転倒して. 根拠ないし手がかリを︑町内全が基本的に地方自治体であるところに. しかしながら安田三郎のように︑町内全の文化型としての特殊性の. めるとともに︑他方ではそのために﹁目に見える範囲をもって基本的. の状況に合わせた調和を乱さないようにするという﹁秩序感覚﹂に求. 通の信条と﹁契約の論理﹂に基づく自治とは対照的に︑その場その場. 巾川剛は︑一方で︑日本人の自治感覚の基礎を︑欧米人のような共. すことのなかに求められねぱならない︒. いるといわざるをえないからである︒自治体的機能を果たすから町内. 生活の場としてきた﹂とし︑日本人にあった自治の適正規模が町内全. ^ − いう主張が生じても決して不思議ではない︒. 全のような日本特殊な集団原理が生まれるのではなく︑日本的集団原.

(9) 地方公共団体の規模は大きくなる一方であリ︑結局のところ町内全と. 規模で考えることが困難である﹂にもかかわらず︑町村合併によって. 人の場合︑﹁欧米のコミュニティにあたるものを︑国や地方公共団体の. 的には人㎜関係の場がそこに成立していなければならないとし︑日本. であったとしている︒つまリ巾川は︑地域に自治が成立するには基本. 包摂的な関係を考えるとき︑それが村落を出自とする人ぴとの漂流と. や内部の諸集団との脚にとリもつ︑対抗的関係を含みながらも柔軟で. ここで論ずる用意はない︒しかしながら日本の地域社全が︑外部社会. 同体独自の文化の基屑を兇ようとしている︒このような兄方の当否を. 全の一員として包摂するような柳田國男の神観念のなかに︑日本の共. 松平誠は︑自然の力に宿る神を祖先と同一視することによって地域社. からのみ兄る場合の限界である︒それは町内全を︑町内社全と呼ぱれ. こにみられるのは︑町内全を自治的組織あるいは地域権力構造の祝党. の町内全の特色﹂が認められることに注目しておく必要があろう︒こ. の共同を軸として存立した村落共同体とは異なり︑生産のための共同. 市に固布な性格とを合わせもつことになる︒しかしながら生産のため. してその生活秋序を築いたとすれぱ︑その生活秩序は村落共同体と都. 村落共同体は出白とする都市住民が部分的に村落共同体をモデルに. このような仮説は十分検討に値するように思われる︒. 一珊︸. 地方公共団体との間の自治の二重構造が生じているという議論を展閑. 定着の繰リ返しのなかで歴史的に構成され再構成されてきたとする︑. ^加−. するのである︒. ここに﹁単なる政治集団ないし権力集団とは異なる生活集団として. る生活共同体ないし生活集団を基礎とした地域集団という面から改め. のない都市地域においてはそれに固布の秩序を生み出す必要があった︒. 一肺−. て 兄 直 す 必 要 性 を 訴える︒. 松平誠は︑農村の生活様式の背後にある生活集団の複合体を村落共同. 体とするならぱ町には町の生活様式を支える独自のカタチがあるとし. 明治以降の地方自治制度の成立過程において︑それ以前から藩制村. 詳細に分析している︒. 日本独白の都市社会であるとし︑その形成過程と変容過程を実証的に. で区別している︒それは閉治半ぱから大正はじめに至って完成された. 四︑町内祉会およぴ制度化された地域集団としての町内会. 体制の巾で形成されていた町内紐織がどのように変容していったかに. 町内全の問題を考える場合︑このような生活集団ないし生活共同体. て︑日本の都市の生活集団からなる社全を﹁町内︵まちうち︶﹂と呼ん. ついてここで閉らかにすることはできない︒ここでは松平誠のいう閑 ^〃一 東の ﹁ 町 内 ﹂ の 仮 説 を 参 考 に し て 考 え て み よ う ︒. としての町内社全を背批とし︑それとの関連のなかでしかも歴史的な. 一犯︺. 日本においては︑地域社会の原型を神への信仰を巾心とし坐産と生. 視野においてとらえねぱならないであろう︒菊地芙代志によると町内. 六五. 活の共同によって生み出された村落共同体に求める兄方が布力である︒ 地域社全の二重構造と都市町内全.

(10) 機能︑概睦などの表肚的機能︑さらには町内の統合・調整機能の一切﹂. 全は︑﹁伝統的に町結合が果たしてきた防火・防犯・衡生などの川具的. 歴史的に詳細に検討することによって︑現代の町内全の文化的特質が. まってくるのか︒これらについて︑具体的地域社全の生活共同体を︑. ない生活上の要求は︑どのように生み咄されその範囲はどのように決. 六六. が都市のなかにある生活共同体によリ委譲されることによって成立し. 解叩される方向が兄いだされるにちがいない︒. ている︒その組がよリ制度化された集団へと転化した場合︑町内全の. としても︑その形態は歴史的にみれぱ大きく変貌している︒江戸時代. 町内全が町内という生活共同体を基礎とした白治灼地域集団である. 五︑地域集団の基礎としての近隣結合. たという︒町結合とは︑個々の家がもつ個別の生活要求を巾心に白然 に形成された近隣数戸による生活雌位である近隣結合とは異なリ︑ア モルフな広がリをもつ町部のなかで︑同族団や小組では処理しきれな. ような地城集団が成立するというのである︒それは必ずしも共同体的. から閉治にかけ分権的秋序から巾央集権灼秩庁へとマクロな権力構造. い生活上の要求を満たすために形成された組の紡合によって成リ立っ. 基礎を必要とせず︑閉示された規約と機構をもつ制度化の度合いの荷. 合の3つの結合枠から把握する試みである︒町内社全はーつの整然と. それは町内と呼ばれる地城社全を︑近隣結合︑町結合︑地域集団結. い 集 団 で あ る と さ れる︒. し︑さらに︑戦後の民主化によリ地域社全の構造白体が変化していく. 地主支配屑が没落し︑新たに山現した旧巾閥層へとその担い手は交替. て温存されたのに対して︑経済変動や産業構造の変動の巾で名望家−. が変化した巾で︑地域社全レベルで名望家支配胴が政府の政策によっ. ^⁝一. した境㎜介をもつ単一体ではなく︑その歴史的変遷のなかで町結合や地. 過程においてその自治の構造は形骸化したリ︑よリ民主化したものに. しかしそうした地城白治の構遊や形態の変化にもかかわらず︑︑ミク. 域集団結合のそれぞれのレペルでさまざまなズレや重なリを経験して. 係システムとして把握することが必要であるが︑それだけにその巾心. ロなレベルでは︑地縁に基づく自衡と柵互扶肋の秩序が存統し統けて. 変化してきている場合もみられる︒. と町内の統合を確保するための白治的仕組みが必要であるにちがいな. いるといえるのではあるまいか︒巾川剛のいうように︑刎治の地方自. きている︒したがって特定の地域に依拠しながらも閑かれた複合的閑. い︒それは︑生産のための共同を媒介とせずに地縁的な生活共同体を. 庶民の活動は軽視される﹂ことになったことに注意を向けなければな. ^訓一. 治制度の成立が上からの改革であったがゆえに﹁権カにつながらない. それが基本的に自治的集団であるとするなら︑町内の中心や自治の. らない︒それは︑明治政府の試みが旧くからの共同体的秩庁の再編成. 構成する必要から︑白治的集団であらざるをえなかったといえよう︒. 範城はどのように決定されてくるのか︒同族団や小組では処理しきれ.

(11) このことが箏実とするならぱ︑町内全の社全学的ならぴ現代におけ. パターンは︑日本人の多くに共有された﹁文化型﹂を構成し︑どこに. が平均化されておリ︑したがってその巾で培われた秋序感党や儀礼の. に︑この地緑的秋序は特定のイデオロギーによって形成されたもので. る意義について考察するためには一上からの白治制度形成を可能にし. いっても通川する一秘の言語的機能を果たしうるということである︒. を伴なうものであったとしても︑権力的支配に組み入れられていった. こ札に支配されていった町内金の側面から少し目を転じて︑むしろ庶. 村落共同体をはじめ町内全の基底には︑このような近隣結合のなか. はなく︑それだけに外部からの影響に対しては無防術であn・その作用. 民の日常生活の秋序そのもののなかにある︑共質なものを包摂しなが. で培われた生活秩序感覚が存在していたことは認めてもよいように思. 側面をのぞけば︑その秩序を支えその内部に維持されてきた︑白衡と. ら全体としての統合を果たしうるような特殊な紅織原理をこそ探って. われる︒しかしながら︑町内全が五人組制度を起源とするという説に. を受けやすい︒この無性各性こそ︑異質な支配を支えうる根拠となっ. いくべきではないかと思われる︒すなわち︑庶民の生活の秋序は︑名. は近江哲刎をはじめほとんどの社全学者が否定的である︒それは︑町. 柵互扶助を巾心とする庶民の生活の秩序そのものには大きな変更が加. 望家支配屑による支配をも支えうると同時にきわめて近代的・民主的. 内社全が近隣紬合とは異なるレペルでの町結合およぴ地域集団結合の. ている︒また第四の特微は︑その規模が比鞍的小さくその組織や機能. な合法的支配をも支える弾力的な秋庁であリ︑それゆえに時代状況に. 母胎となっていると考えられるからである︒それは同じ五人組のあっ. えられることがなかったのである︒. 応じた柔軟な適応によって存続し続けるきわめて特殊な組織原理であ. た村落共同体とは異なリ︑家厘の連担を特微とするアモルフな広がリ. は︑軒並や姑寄リをもって決められた地縁によるものあることで. われた生活秋庁の特徴の第一は︑それが血縁に基づくものであるよリ. 団であることを考えると︑町内全を単なる白治組繊ないしアソシエー. を重祝した生活共胴体ないしは生活集団から派生した自治体的地域集. それにもかかわらず︑町内会が︑一定の居住地区を前提とする地縁. である︒. 一別一. をもつ町部での住民の共同欲求の充足のための必要から生まれたもの. ると考えられるのである︒. 巾川剛によれぱ︑その秋序感覚はすでに五人組を推末端とする地域 一珊−. ある︒したがって欧米の近隣社全と連って︑宗教︑信条︑さらには階級. ションとして︑基底にある生活秩序およびその文化的特質と切n・放し. 社全のうちに蓄えられていたという︒そのような近隣結合のなかで培. や職業が雑多である︒しかしその速いが人㎜閑係の場に持ち込まれな. て考えるのではなく︑その基底の上にどのように成立しているかが同. 一珊−. いところに第二の特微がある︒すなわち宗教や信条の違いよりも︑場. 時に閉われなけれぱならないであろう︒. 六七. または状況の調和を乱すことの方が罪深いのである︒したがって第三 地城祉全の二重榊造と郁市町内全.

(12) 町内金を白治組織としてのみ兄ようとすると︑親睦を巾心とした機. な社全の変動のなかで︑いかなる基本的性格を維持しいかなる変容を. 域集団である町内全が︑明治期︑犬正・昭和初期︑そして戦後の急激. 六八. 能を果たし商齢者の堆まリであるような大都市地域での町内全は︑衰. それではそのような生活共同体の分析次元としてどのようなものが. とげたのかが︑各地域での各時代状況のなかでの生活共同体とのかか. もと近隣結合のなかで培われ蓄絞された生活秩序感党が地域集団レベ. 考察されねばならないであろうか︒これにはまず①近隣結合︑②町結. 退の一途をたどる不活発な面のみが印象づけられることになるかもし. ルの町内全に反映されたものであるとも考えられ︑これは本来︑近代. 合︑③地域集団結合という3つの結合原理のレベルを区別した菊池美. わりのなかで︑詳細に観察され検討されねぱならない︒. 的な地方自治体としての含理的側面とは柵い容れないものである︒し. 代志の枠組がある︒町結含が現代においても広くみられるかどうかは. れない︒しかしながら︑親睦などのゲマインシャフト的機能は︑もと. たがって近代的官製自治体がゲゼルシャフト的機能を引き受けるよう. 疑間であるが︑近隣結合と地城集団結合は今日の町内社全をみていく. 係^集団間の所属関係など︶︑人的所属経験からみた関係︑財政的依存. さいにも重要であろう︒その場合に地域社全は︑近隣結合を基礎とし. 由に操作される側面のみが強調されるか単に無視されるにとどまリ︑. 閑係︑活動上の棚互依存関係などからなっている︒これらの関係が︑. になれぱなるほど︑ゲマインシャフト的機能が町内全独特の集団原理 ^肪− の一側面として存続していくこととなったとしても不思議ではない︒. その原理そのものの解明に十分な努力が払われてきたとはいえない︒. 特定の地域空問に依存した地域諦集団の複合的関係のネットワークを. た地域諾集団の複合体として把握できよう︒それは︑組繊形態上の関. 地域社全の二重構造は︑その意味では権力支配の二重構造とは別の︑. 構成しているという意昧で︑地域社全の骨組みをなしているといえる︒. 従来このような庶民の日常生活の原理は︑上からの支配のもとで自. 近代合理的社全秩序と庶民の生活秩序という社全秩序次元での二重構. それらの結合を規定する諦次元として十分に注意が払われねぱなら. するメカニズムを制度化している︒. 地域に居住する住民をその空間的配置︑居住歴︑威信に応じて組織化. して地域依存的諸次元であろう︒各種の地城集団とその複合関係は︑. 組︑地域集団間の棚互の社全的威信の認知^社全的次元︶など︑主と. ②各家︑近隣関係︑集団関係の歴史的持続性一時間次元一︑③各家︑. ないのは︑①遭路︑各家の隣接閑係︑集団の空間的配置一空間次元一︑. 造を含んでいるのであリ︑前者はむしろ後者の基盤の上に成立してい るということができよう︒. 六︑地域集団研究の今後の指針と方向性. 町内社全そのものの起源については諸説があり︑今後の地遭な研究 に待たなけれぱならない︒しかし以上のような基本的性格をもった地.

(13) 譜関係や社会的威信の和逮がその空㎜的配置を左右することもあろう. たがどのように変化したかが閉われなけれぱならない︒各家の間の系. 地理的範域にそれがどのように依存しているかが︑またその依存しか. 町内全が地域集団であリ地域集団が地域に依存するかぎリ︑一定の. た疑似合理的社全秋序の基本的な二重構造をなしておリ︑今後もそれ. は︑庶民の生活秩序と地域集団レペルの基礎の上に人工的に形成され. によって変容を余儀なくされる︒しかしそれでも地域社全の秩序構成. その序列的秩序は︑内部の緊張やそれに影響を与える外部からの圧力. これらはそこに居住する住民が自らの所属する地域社全の時空を共. らが急速に一元化することはないであろう︒. 関係や居住歴が︑社全的威信や序列閑係を生み山す場合もあろう︒そ. 同で意昧づけ秋序づけている営みを︑地域集団の観点から観察したも. し︑現代の新興住宅地域のように移リ住んできた人ぴとの空間的隣按. 九らの規定要因閉の柵亙の閑係は︑産業・就業構造の変化︑人口・世. ターンに注目するとともに︑そのパターン自体の存続可能性や現代日. のにほかならない︒外部社全およぴ内部の変動要囚にも関わらずその. また以上に加えて︑地域諸集団の複合的関係はまた︑周期的な時間. 本の都市地域社全おける布効性について考察することが必要であろう︒. 帯構成の変化などといった社全の変動要囚との閑係のなかで大きく変. 秩序をなしている︒各地域集団の活動は地域社全の年間行箏のなかに. 最後に今後の問題に触れるならぱ︑戦後の産業構造の変化により︑. ような地域集団の複合的関係の形成や維持を規定している基本的なパ. 他の集団の活動と時間的に調整されて配箭されておリ︑各種集団のそ. 地域の人びとの生活は︑・生産のための共同を地域に依存する度合いを. わってくるにちがいない︒. のような時閉的秋序は外部からの膨響に対してある種の祇抗力をもつ. ますます減少せしめてきている︒とくに大都市における生活は住生活. 被らないという保証はない︒地城集団襖合を支えている価値観にして. 的には反映していようし︑もちろん文化型であるからといって変化を. ろう︒これらはおそらく︑地方自治体組織のような官製組繊にも部分. みられる特殊日本的性格は︑文化型としてさらに深められる必要があ. 団結合の各レペルで概察される︑生活秋序感覚およぴ集団形成原理に. そしてそれらの各地城社全の班例研究を通して︑近隣結合︑地域集. 期の価位観にとらわれているといわれてもしかたがない︒そこにそれ. の共同がないからといってこれを地域社全の空洞化とみるは高度成長. 化と考えるきらいがあった︒しかし松平誠のいうように︑生産のため. 的非生産者層を巾心としたものになっていく傾向を︑地域社会の空洞. 卒していない人ぴとである︒従来とかく︑地域社全がこのような経済. 業主を別とすれぱ︑主婦︑子供︑高齢者など︑一般に経済的生産に従. を中心としたものになってきておリ︑その主体は︑商店主などの自営. ^珊−. のである︒. も必ずしもつねに首尾一貫したものであるとはいえず︑世代や集団そ. らの生活者を中心とした新たな生活の可能性を模索するなかで︑町内. 六九. ^肝一. のものの性格によってズレを生じることは避けられない︒したがって 地城祉全の二重維造と郡市町内全.

(14) 一珊︺. 会と呼ぱれる地城集団の生活秩序と集団原理を見血し︑﹁表屑のまち﹂ の下にある﹁深屑のまち﹂に︑今後予想される時代の変化に合わせた新. 二二五−二二七頁. 一八. たな自治と生活の実質を与えていくことができるか否かが問われなけ れぱ な ら な い で あ ろ う ︒. 注. 同論文. 第五号︑一九六五. ^1︶近江哲勿﹁都巾の地城集団﹂﹃祉全科学討究 第3巻第−号L一九五八年 一−二三〇︑頁. ^2︶近江哲刎. 年︑六九︑頁. ^3︶巾村八朗﹁郁市町全論の桝検討﹂︑﹃都市間魎﹄第五六巻. 九七三年︑東京大箏出版全. 一四八頁. −口本祉全論ノート^5︶﹂︑﹃現代社△︑ム学﹄7︑一. 前拙苫. ^4︶菊池芙代志︑﹁鵬住空閉と地域集団﹂倉沢進編﹃社会学講座5︑郁市祉全学﹄一. ^5︶菊池美代志︑同上 ^6︶安四二郎﹁町内全について. 同論文. 一七六−一七七︑頁. 九七七牢 諦談祉 一七︑五︑頁. 一7一安旧三郎. 内全の研究L お茶の水苫︑肪︑ 一九八九年. 一8︶たとえぱ︑⁝石崎信彦︑鯵坂学︑上⁝川惟一︑廿⁝木正期︑広︑原盛州︑吉原血樹編﹃町. ^9︶⁝行岬信彦︑鰺坂学︑上川推一︑廿⁝木正螂︑広原椛明︑吉︑原帆樹細︑同許︑第一. 部第三章﹁概後における町内全復興の過程﹂にその⁝⁝の硲悩は詐しい︒ ^10︶束京市政調査全﹃椰市閉魎Lが一九五三年に縦んだ特集﹁市民組織の閉魍﹂に. 寄稿した︑奥介復太郎﹁近隣社全の組織化﹂︑鈴木栄太郎﹁近代化と市民意. 清明﹃u木官僚制の研究﹄︑一九六九年︑二≡丁ニニ六頁. 識﹂︑廿⁝m保蝸﹁市民舳織に閑する私兇﹂などを参照のこと︒. ^11︶辻. ^ 1 2 ︶ 近 江 哲 刎 ︑ 前 悩論文︑二二五頁. ^13一同上. 一九六六年 前拠論文︑七九.頁. 川島苫店. 七〇. ^14︶奥田道大﹁地城生活の構造的特質とその変化﹂松原治郎・副㎜義也編﹃福祉祉. 全学﹄. ^15︶巾村八期. 同詐︑二二八頁. 実﹃村落祭祀と国家統制﹄︑お茶の水書肪︑一九七七年︑三八五頁. ^17一秋元体郎. ^16︶米地. ^19︶ここに町内Aムの存在理山を行政の貧困に求める説が根拠を持ってくるが︑巾村. ^18︶秋元枠郎﹃現代都市の権力椛造﹄︑脊木苫店︑一九七一年︑二二八頁. 八朗のいうように︑行政の貧困はつねに恒常的なものとして意識されることが. 予想され︑今日においても行政と町内全の兆木的閑係は変化していない︒した. =二頁. 町内. の貧困が改善されたからといって町内全の存在理山が縮小すると考えること. がって行政貧困説を一概に退けることはできないが︑文化型論にたてぱ︑行政. も困難である︒ ^20︶秋元律郎︑前掲苫. ^21︶安凶二郎︑前掲論文︑一七六頁. ^22︺倉沢進﹁町内くムと日木の地域祉全﹂︑地域祉全研究所﹃コミュニティ79. 全﹂六頁. ^23︶この観点からすれぱ︑﹁町内全は地方n治作である﹂とする安m三郎の主張もう. なずける︒安㎜三郎︑前掲論文︑一七三−一八三頁︒. ^24︶安凶二郎︑同論文︑一七九頁目安㎜はその説明原理を︑日木社全論によくでて. 前掲苫. 二二九頁. 都市がつくる生活文化のかたち﹄. 一九八三年︑有斐. 剛﹃町内全﹄︑巾央公論祉︑一九八○年︑八七−一一一頁. くる集団止義と情縦主雅の結合に求めようとしている︒ 一25︶巾川. 誠. 一〇−二八頁︒. 誠﹃察リの文化. ^26︶菊池美代志︑前拙苫. 閑︑. 一27一松平. ︵28︶松平. ^29一松平によれぱ︑江戸の地同リ維済が確立し︑江戸とそこへ逝じる諸衡遭の宿場. や落の城下町が有機灼な純済ネットワークを形成して南品流通圏ができあが.

(15) るほど︑ケマインシャフト的機能が町内全に集約されてくることも耶実であろ. ^36︶地城集団は︑地域に旭住する人ぴとを雛成員とする点を共通属性とする︒山石崎. った文化・文政期に︑村落共阿体に⁝川−をもつ人ぴとを小心に︑市を通じて外. 信彦は︑町内全をマッキーバーのコミュニティ論に依拠しつつ﹁住緑アソシエ. う︒. ﹁町内﹂であリ︑それは﹁u本の近世における南品化産とその流逝が在来雁葉. ーション﹂と規定する︒⁝石崎信彦︑鰺坂学︑上m惟一︑高木正朗︑広原盗明︑. 部経済とつながり急成長した独向の生沽様式をもつ坐活集団からなる祉全が. 年代から大正初期にかけて﹂完成したとされる︒しかしその町内も時代ととも. 剛︑前拙苫︑一四九︑頁. 七一. の基盤の上で︑国の経済の規模において︑もっとも大きく発展をとげた刎治30. 誠︑前拙苦︑二七五−二七六.頁. 吉原眈樹編︑前悩書︑一九八九年︑八−一一頁 ^37一松平. 剛︑前悩書︑一八八−二〇八頁. に変質を遂げていく︒まず一九三〇年代のH本の維済の重工業化の彫響を受け て︑とくに納の扱いによって成長した大店の衰退と新たな商人たちの興隆︑さ. ^38︶巾川. 手の交代がおこリ︑その様刷は大きく変わっていく︒また収後の一九六〇年代. らには工場坐産の導入によって壷場した新たなリーダーなどにより︑その拠い. 葉構造を著しく変化させるとともに町の机い手を変化させ︑その後の町内の様. の廿⁝度維済成長の影響も︑地城への新たな︑工場誘致策などを迦じて人ぴとの就. 柵を大きく変えていった︒松平誠︑同苫︑二八−二九︑頁︒. 一31一巾川. ^30︶菊池英代志 前拠論文︑二二二︑頁. 剛は︑﹁治安保持という上からの政策に発するものであったが︑百姓町人. にとっては︑地緑祉全の秋庁を保持する訓紳場となリ︑坐沽保証の機構ともな. ︵32︶巾川. 一四七︑頁. った︒この意昧で︑五人舳を蝋なる抑圧の道具と見ることは当を得ていないだ ろう﹂と述ぺている︒小川 剛︑前悩沓︑. は︑氏神が血緑集団の守リ神ではなくなリ︑土地の神である産上神と混同さ. ^33︶﹁日木では血緑集団の力が早い時期に弱まり︑地緑集団の力が強まったこと. 二二〇−二一二頁. 剛︑前拠詐︑一四七︑頁. れ︑さらに出坐とも閑係のない釧守と榊然となってしまった経緯にもうかがう ことができる﹂︒巾川 一34一菊池美代志︑前個苫. ︵35︶安川三郎は前掲論文二八○頁︶において︑次のように述べている︒﹁元来悩緒. 主義的色彩を多分にもつ日本の地城祉全が︑近代化の過程で市町村と町内全の. 後者は縮小する沽鋤範囲のなかでゲマインシャフト的性格のみを破存させる. 二元概造に分化し︑前者が汰第にゲゼルシャフト的機能を充実させるに伴い︑. 結果となった﹂︒官製的n治機概がゲゼルシャフト的機能を肩代わリすれぱす. 地城祉全の二兎概造と榔市町内全.

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