はじめに
Parkinson病(Parkinson’s disease:PD)の救 急診療は,あまり注目されている分野ではな い.発症早期のPD患者において救急受診は少な いが,運動合併症が出現する中期以降の患者に おいてあらゆるタイプの救急受診が増加し,PD の病期分類で使用されるHoehn & Yahr分類で は,中期を示すIII度以上になると,入院を要す る状態を来たすことが増えてくる1,2).その原因 は多彩で,全身状態の変化,外傷あるいは不規 則な内服などが原因で急な運動症状の悪化など でPD患者は救急外来を受診することになる.そ の際に専門医が不在でPDの薬物療法に対する 理解が不十分な場合には,治療内容によっては かえって重篤な状態に陥る可能性がある3).仮 に回復した場合にも療養期間において廃用症候 群や無動の悪化を呈し,元の生活レベルを維持 できないことが多い.リハビリテーションを行 えない療養期間による廃用症候群は,薬の中断 とともに,PD患者にとって深刻な影響を及ぼ す.したがって,神経内科医,救急医はPDの救 急診療について習熟しておくことが望まれる (表 1). また,PD患者が合併症により外科的手術が必 要な際も,PD患者の特殊性を十分理解した管理 が必要になるため,専門医の関与が望ましい. その理由として,これまでの研究でも,PD患者Parkinson病の救急診療と
周術期管理
要 旨 坪井 義夫 藤岡 伸助 Parkinson病(Parkinson’s disease:PD)患者は中期から進行期にか けて救急受診,入院加療の頻度が増加する.原因は全身合併症,外傷ある いはPD症状の悪化など様々であるが,薬物療法の理解が不十分な場合に, 重篤な状態に陥る可能性がある.手術の必要な場合,周術期にも合併症や PD症状の悪化を呈する頻度が高い.特にドパミン系治療の急な中断によ る悪性症候群類似のParkinsonism-hyperpyrexia syndromeは重症化し やすく,早期の診断,対処が必要である.神経内科医,救急医はPDの救 急診療,周術期管理に習熟しておくことが望まれる. 〔日内会誌 104:1578~1584,2015〕Key words Parkinson病の救急診療,周術期管理,Parkinsonism-hyperpyrexia syndrome,急性運動合 併症,急性精神症状
福岡大学神経内科学教室
Treatments for Parkinson’s Disease―Essential Knowledge for General Physicians―. Topics:VI. Emergency and perioperative management of the Parkinson’s disease patients.
は術後合併症,転倒,入院期間延長などの危険 を有していることが指摘されており,周術期は 特にドパミン補充療法が不十分になったり,経 口内服が行えなかったりする場合も多い.この 間のパーキンソニズムの悪化や,悪性症候群の 発症予防のために,代替治療が不十分にならな いような配慮が必要である.
1.神経内科救急の実際
PDは慢性経過をたどる神経変性疾患である が,その早期はドパミン補充療法が効果を示 し,日常生活に問題は生じない.しかし,進行 期には時に救急処置を要する状態に陥ることが ある1).PD患者の多くは外来で神経内科医の診 療を受けるが,救急外来の場ではしばしば非専 門医が診察を対応することになる.その場合に 合併症対策に関心が集まり,PDに対する薬物コ ントロールが不適切になる場合が多い.また, PD救急の標準化がなされているかといえば必 ずしもそうではなく,経験による判断で診療が 行われている場合がほとんどである4).実際に PD治療ガイドライン 20115)でも救急医学に関 する記載は乏しい.「CQ1―12 悪性症候群の予 防・治療はどうするか」「CQ1―13外科手術など で絶食しなければならないときどう対処する か」の項で触れられているに過ぎない.その合 併症治療により,原疾患であるPDの進行が急速 になることが多い. 実際にPD患者の救急受診の内容を検討する と,PDに関連した症状よりも合併症が多い.頻 度からは転倒,誤嚥性肺炎などの感染症,急性 精神症状,睡眠障害,腹部症状,あるいは心血 管疾患,脳血管疾患が多いが,これらは一般の 高齢者でも起こし得る疾患でもある.PD患者の 表1 Parkinson病の救急診療における問題点 PD入院は重症化・入院期間の長期化 標準化された治療ガイドラインがない 専門医以外が対応 抗Parkinson病薬の不適切使用 入院による廃用症候群が症状を進行させ,病期が進む 表2 PDで救急診療が必要となる原因疾患について検討した過去の報告6~11) Woodford2005 Temlett 2006 Guneysel 2008 Klein 2009 Vossius 2010 Braga 2014
対象者 367 例 761 例 76 例 143 例 108 例 295 例 PDに関連した運動合併症 8% 37% 転倒/骨折 18% 13% 27.5% 24% 18.6% 肺炎 11% 12% 11.8% 6% 16.2% その他の肺疾患 6% 5.4% 心血管疾患/失神 18% 16% 14.4% 1% 12.5% 泌尿生殖器疾患 9% 11% 19.7% 4% 3.7% 消化器疾患 3% 11% 7.8% 5.4% 脳症/薬剤誘発性の精神症状 7% 29% 悪性腫瘍 10% 7% 5.4% 脳血管疾患 2% 4% 11.8% 2% 4% 認知症(精神症状を伴うもしくは伴わない) 8% 3% 待機手術(深部脳刺激術を含む) 4% その他の一般内科的疾患 6.5% 14% 22.4% 運動および精神合併症の両者を伴う状態 25% 6.1% その他 20%
救急疾患別の頻度を検討した代表的論文を表 2 に示す6~11).いずれも病院の性質あるいは分類 に違いがあり,PD関連症状を入れない論文も含 まれる.総じて一般高齢者に比べて頻度が高い のは骨折・外傷,肺炎,心疾患・失神,尿路感 染症などである11).
2.Parkinson病固有の救急疾患
1)悪性症候群・Parkinsonism-hyperpyrexia syndrome悪性症候群は元来,neuroleptic malignant syn-dromeとして 1960 年にDelayらにより報告され た症候群12)で,抗精神病薬の副作用で主要徴候 として発熱,筋強剛,自律神経症状,意識の変 容,高creatine kinase(CK)血症がみられる. 筋強剛は重篤で無動を伴い,患者は動くことが できない.強い強剛のため,横紋筋融解や腎不 全を伴うことがある.発語はなく,嚥下も障害 され,誤嚥性肺炎の併発も多い.発熱,発汗, 頻脈,血圧変動などの自律神経症状も出現す る.この重篤な合併症は非定型抗精神病薬の出 現でその頻度は低くなっている13). これと同様の症状がPD患者のドパミン治療 の急激な中断で起こることが知られている.こ れは悪性症候群と区別してParkinsonism-hyper-pyrexia syndrome(PHS)と呼ばれることが多 い14).L-dopa,ドパミンアゴニストなどのドパ ミン系薬剤の急激な中断で起こることが多い が,アマンタジンや抗コリン剤も原因になるこ と が 知 ら れ て い る15).1980 年 代 に 行 わ れ た l-dopa関連の運動合併症の治療として行われた drug holiday療法はPHSを誘発する可能性があ り,現在は勧められていない16).脳深部刺激術 後に内服薬を減量することもあるが,DBS(deep brain stimulation)はドパミン治療の代わりには ならず,PHSを誘導する可能性があることを認 識すべきである17).また,ドパミン治療中でも 脱水,電解質異常などの全身状態が悪化した際 にPHSを誘発することがある. PHSの治療はドパミン系薬剤を再開して,全 身管理が中心となるが,改善に数週間かかるこ ともある.PHSには嚥下障害を伴うことが多く, ドパミン系薬剤の投与経路に工夫が必要であ り,l-dopaの点滴注射あるいは経鼻胃管からの 投与が一般的であるが,アポモルヒネの皮下注 射や最近ではロチゴチンの貼付剤を使用するこ とがある.ブロモクリプチンとダントロレンの 使用が古くから勧められており,ステロイドが 効果的との報告もあるが,エビデンスが少な く,ガイドラインでも勧められていない.また, 急性腎不全,誤嚥性肺炎,深部静脈血栓などの 合併症を呈することもあり,これらの早期診 断,全身管理も大事である.死亡率は必ずしも 高くないが,後遺症の頻度は 3 割の患者に診ら れる18) .軽症のPHSも報告されており,Parkin-son症候の急激な悪化に際して常にPHSの可能 性を考慮すべきである. Dyskinesia-hyperpyrexia syndromeは不随意運 動であるジスキネジアが激しく出現し,高熱, 高CK血症を呈して一部PHSと症候がオーバー ラップする19).セロトニン症候群もPHSとの鑑 別が重要であり,モノアミン酸化酵素阻害薬と 三環系抗うつ剤,あるいは選択的セロトニン再 吸収阻害薬の併用で起こりやすいとされてい る20).PHSと同じ筋強剛,自律神経症状,意識 の変容を来たし鑑別が難しいが,背景となる薬 剤の服用歴とミオクローヌスや腱反射の亢進が みられやすいことで鑑別を行う.ドパミンに対 してセロトニン過剰による症状と考えられ,治 療が異なるので注意が必要である. 2)急性運動合併症 ウェアリング・オフ,ジスキネジアなどの運 動合併症はPD患者に高頻度でみられ,危険なも のではない.しかし,時にこれが理由で救急外 来に駆け込むことがある.オフ時の筋強剛,無 動により日常生活動作障害が急に出現したり,
うつ,不安,パニック発作が出やすくなり,動 悸,息苦しさ,血圧の変動なども伴い,受診す る場合が多い1).また,初めて経験するすくみ 足などでも来院する場合がある.担当医はその 原因を精査して再発を予防する必要があるが, 抗Parkinson病薬を時間通り内服したか,感染 症,下痢,脱水,不眠などの全身症状がないか, また,ドパミン遮断薬を服用していないかの確 認,さらに最近の転倒,頭部打撲など(慢性硬 膜下血腫の可能性)に関する問診が大切であ り,これらに問題があるときは適正内服の指導 を行うことで対応する. PD患者に治療に伴う不随意運動のジスキネ ジアはこれも頻度が高く,危険なものではない が,激しく出現したときに救急受診をする場合 がある.再発の予防に内服歴の問診が重要であ るが,時に呼吸困難を訴える場合や,先述の dyskinesia-hyperpyrexia syndromeの可能性があ る場合に動脈血液ガスや血中CKなどの血液検 査の必要な場合がある. 3)急性精神症状 急性の精神症状は救急受診の割合が多い.幻 視が最も多く,通常見ず知らずの人が見えるこ とが多く,動物,虫も頻度が高いが,通常恐怖 感を伴わない21).しかし,幻視に伴い,パラノ イア的妄想が出現するときに救急対応が必要に なる.急性精神症状を診る際に,内服薬の過剰 摂取や直前の変更などに関して問診が必要にな る.感染症,下痢,脱水,不眠などの問題や転 倒,頭部打撲などの問診も欠かせない.L-dopa 以外の内服薬の減量,中止を考慮し,抗精神病 薬としては比較的ドパミン遮断作用の弱いクエ チアピンを使用する場合もあるが,高血糖の副 作用があるので糖尿病の既往に注意する.帰宅 が困難な場合は入院を考慮する.
3.Parkinson病患者における周術期管理
1)PDと手術 PD患者が合併症による手術を施行する場合 に,周術期管理はその後の予後に影響を与える ので,PD専門医が関与することが望ましい.小 手術で内服を定期的に行い,術後の安静期間も 短い場合はほぼ問題が生じないが,一般に大手 術の場合,PD患者は一般人より術後合併症を生 じやすく,入院期間が長く,死亡率が高い傾向 にある22).合併症で有意に多いものは尿路感染 症,誤嚥性肺炎,低血圧,術後せん妄であった. また術後も転倒も多いので注意すべきである. 2)周術期管理の注意点 手術前後で急なドパミン系治療の中止はPHS あるいは急性の運動症状を誘発する可能性があ る.また,ドパミン系治療を継続中であっても, 脱水,感染症により同様の症状悪化を来たし得 るので,輸液管理,感染症対策に関してより注 意を払い,PHSの予防を試みる.また,PHSの早 期診断,早期対策が必要で,先述のように38℃ 以上の発熱,筋強剛の増悪,発熱,発汗,頻脈, 血圧変動などの自律神経症状,意識の変容など の徴候に注意を払う.血液検査ではCKの上昇, 炎症反応,代謝性アシドーシス,電解質異常を 含め,異常値の変動に注意する.合併症は横紋 筋融解症,急性腎不全,誤嚥性肺炎,深部静脈 血栓症などに注意を払い,徴候があれば適切に 対処する.患者の不安はせん妄のリスクにつな がるため,可能な限り専門医が術前ラウンドを 行い,患者への説明を十分行うことが望ましい. 3)ドパミン系治療薬の注意点 周術期の内服薬は通常通りが望ましいことを 外科医に伝え,可能な限り通常の量を使用する が,どうしても内服ができない場合は点滴ある い は 経 鼻 胃 管 に よ るl-dopaの 補 充 を 行 う.Parkinson病治療ガイドラインによれば「朝1回 L-DOPA/carbidopa 100 mgに対して50~100 mg を経静脈内に点滴する」との記載があるが,こ れに関するエビデンスは乏しく,l-dopaの半減 期やPHS予防を考慮して内服と同じ量を1日3回 投与する方が望ましいと考える.ドパミンアゴ ニストは経鼻胃管あるいはロチゴチンの貼付薬 をこれまでの使用薬剤換算量を使用する.抗コ リン薬,アマンタジン,エンタカポンはなるべ く継続することとして,ゾニサミド,イストラ デフィリンは一時的であれば中断可能であると 思われる. オピオイドや鎮痛薬であるペチジンあるいは トラマドール,本邦では未発売であるが,メタ ドン,プロポキシフェンや鎮咳去痰剤のデキス トロメトルファンなどは弱いセロトニン再取り 込み阻害作用があり, モノアミン酸化酵素B 阻害薬(monoamine oxidase type B inhibitor: MAOBI)と併用するとセロトニン症候群の可能 性があることが指摘されており,注意を要す る23).MAOBIであるセレギリンは半減期が長い ため,上記鎮痛剤の投与が考えられる場合は 2 週間前から中止することが望ましい. 4)術後の注意点 PHSの徴候に注意しつつ,問題がなければな るべく早期にこれまでの内服薬を再開する.術 後鎮痛薬としてトラマドールなどのオピオイド を使用するときは,そのセロトニン症候群に注 意する.リハビリテーションをなるべく早期に 開始することで廃用症候群を防ぐ. PD患者では術後せん妄を生じやすいため,記 憶欠損,失見当識,まとまりのない言語,注意 力の日内変動に注意する.また,幻視,睡眠・ 覚醒のリズム障害が多くみられ,時に精神興奮 を伴うので,術後管理が難しい場合がある.外 科的侵襲がストレスになると思われるが,電解 質異常,血糖変化,感染症の併発などに注意す る.いずれの場合もせん妄の原因除去が優先さ れる.さらに,過活動型せん妄に対しては,必 要であればクエチアピンなどの非定型抗精神病 薬を使用するが,先述のように高血糖に注意す る.低活動型せん妄は自発性に乏しく,廃用症 候群に移行しやすいので,早期離床を促す必要 がある.
おわりに
PD患者の救急医療はガイドラインの整備が 不十分である.PD患者が入院したらなるべく早 期に専門医のコンサルトを行うことで予期せぬ 症状の悪化を予防する.救急には外傷,肺炎な どの感染症によるものと,PD症状に関連するも のに大きく分かれる. PDで合併しやすい肺炎,尿路感染,褥瘡に対 する感染管理,深部静脈血栓・肺塞栓予防,リ ハビリテーションの必要性と誤嚥性肺炎予防, 早期離床・嚥下評価,嚥下リハビリが必要な場 合もある.術後転倒予防,廃用性萎縮予防のた め,早期のリハビリを開始する. PDの急性増悪を防ぐ 3 つのステップは,①急 性増悪の予知・患者教育,②急性増悪の早期発 見,③PD専門医の早期介入・治療である.ま た,ドパミン系治療の急な中断によるPHSに関 しては,早期の対応がなされないと予後が不良 になる.晩期になれば高次脳機能障害を高率に 合併してくることから,患者本人から変調を訴 えることが少なくなり,またそれにより,日常 診療において患者の症状の変容を見逃すこと可 能性が出てくる.そこで,介護者が受ける印象 に耳を傾けることも非常に大事となる. PD患者の手術は,術後合併症,転倒,入院期 間延長の危険因子を有する.周術期管理は外科 と専門医の協力が必要で,術前・術中・術後管 理としてそれぞれ注意すべき点がある.入院中 の不十分な薬剤投与量は,入院中の死亡率およ び症状の悪化に結びつく24).また,周術期のド パミン系治療の急な中断によるPHSを回避するために,周術期の内服薬の代替薬を十分量投与 することが必要である. PD患者に費やされる医療費の大半は薬剤費 と入院にかかる費用である25).入院費用に関し て は, 年 齢 お よ び 病 期 の 進 行 に 伴 っ て 上 昇 し26),病中期以降,施設で生活するPD患者が増 えてくる27).PDの進行に伴う薬剤費と介護量の 増加,入院にかかる費用,入院による症状の進 行,そして最終的に施設へ入所せざるを得なく なる現状が,医療費をさらに高騰させる.PD患 者および介護者への教育,適切な薬物治療,状 態に合わせた適切なリハビリテーション,適切 な周術期管理を行うことで,PD患者の状態悪化 と病気の不必要な進行を防ぐだけではなく,最 終的には医療費の削減にもつながることにな る.神経内科医はPD患者の健康の維持と合併症 予防のために最適な総合的治療を心がけるだけ ではなく,専門医として,様々な合併症に対し て他科の医師と協力し,総合的にPD患者の診療 にあたる必要がある. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし
文 献
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