質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの 検証 : 有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」
を事例として
著者 齊木 千尋
雑誌名 評論・社会科学
号 107
ページ 21‑54
発行年 2014‑01‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013534
要約:従来の社会科授業分析の問題として,子どもの学習が軽視されていたということ,
子どもの学習に着目していても,授業中のみを対象とし,授業後の学習が見落とされてき ていたこと,が挙げられる。
そこで本研究は,量的研究と質的研究を手がかりとして,子どもの学習をノートや感想 文などの記録から分析し,それを量的に転換する授業分析の枠組みを提示した。
事例分析によって授業分析の枠組みの検証を行なった結果,本研究の授業分析の枠組み は,授業構成等の有効性を実証するだけではなく,授業の成果から授業理論仮説の生成に 利用可能であることが明らかになった。本研究の授業分析の枠組みは,質的研究要素と量 的研究要素を併せ持つと言える。
キーワード:社会科,授業理論,授業分析,量的研究,質的研究,
目次 1.問題意識 2.研究方法
3.量的研究と質的研究の定義
3−1.社会科教育学における量的研究と質的研究の手がかりとなる心理学の研究方法 3−2.社会科教育学における量的研究と質的研究
3−3.量的研究と質的研究の有効性
4.量的研究と質的研究を取り入れた授業分析の枠組み 4−1.概念の変容から捉えた学習の過程
4−2.授業分析枠組みの提案
5.量的研究と質的研究を取り入れた授業分析の方法 5−1.授業分析の方法
5−2.事例分析−有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」を例に−
5−3.理論仮説の抽出
6.授業分析枠組みの検証−有効性と今後の課題−
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科博士後期課程
*2013年6月13日受付,査読審査を経て2014年1月22日掲載決定
論文
質的研究と量的研究を取り入れた 授業分析枠組みの検証
──有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」を事例として──
齊木千尋
†21
1.問題意識
従来の授業分析の問題の
1
つとして,子どもの学習の面を見落としていたことが挙げ られる。どのような学習が子どもに有効かという教師・研究者側からのトップダウン的 な視点にとらわれていたために,個々の子どもがどのように学習をしたのかを見落とし てきてしまった。追試が行われるような有名な授業に関しても,研究者や実践者はその 授業の有効性を自明の理としてしまい,なぜ有効なのか,どの点で有効なのか,どの点 で有効でないのか,という子どもの学習の面を軽視してしまう傾向にあった。つまり,従来の授業分析は,その授業構成や教材の性質や有意性を示すための研究になりがちで あった(1)。また,事例をできるだけ多く集め,授業構成や教材等の類型をはかる研究も なされてきた。確かに,授業構成や教材等の性質を分析することは,授業設計や教材開 発にとって重要である。しかし,子どもの学習と関連させて,どのような子どもに,ど のような授業構成や教材が有効であるのかに触れられることは少ない。多くの授業を取 り上げて類型化をはかり,性質を明らかにすることはできるが,それを実践の面でどの ように生かすかにまで掘り下げられていなかった(2)。これらの問題は,授業構成や教材 の有意性に対する仮説が先にある,また数量的に類型化をはかろうとする,量的研究の 課題であると言える。
そこで昨今は,量的研究だけではなく,質的研究が授業分析に取り込まれ始めてい る。数値的に授業を評価するのではなく,子どもの学習,反応を重視しようという傾向 が強まったためである。しかしながら質的研究の多くは,子どもの発言を見て,授業が 有効であったのかどうかを評価するにとどまっている(3)。数値的に授業を評価する量的 研究に対して,今なされている質的研究は子どもの発言の在り様によって授業を評価し ているにすぎず,なぜ有効なのか,どの点で有効なのか,どの点で有効でないのか,を 分析しきれていない。このような質的研究には,分析するための明確な基準がなく,分 析者の学習観によって,同じ授業でも異なる評価になる恐れがある。また,量的研究,
質的研究は明確な定義がなされておらず,明確な区別をしないまま研究が進められてし まっている。授業分析において,量的研究には子どもの学習が軽視されているという問 題が存在し,質的研究には子どもの反応を分析する明確な枠組みがないという問題が存 在する。
さらに,量的研究から質的研究へ転換しようとしていること自体にも問題はある。な ぜなら,量的研究には量的研究の良さがあり,質的研究にも質的研究の良さがあるから だ。安易に質的研究に転換をするのではなく,量的研究と質的研究の双方の良さを生か す必要がある。また今までの量的研究と質的研究は,全体の数値から授業を評価するの
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 22
か,個々の子どもの発言から授業を評価するのかという方法が違うだけで,結果として 両者とも授業の有効性を証明する研究になっている。研究者のバイアスをできるだけ排 除して子どもの学習から授業を分析・評価し,なぜ有効なのか,どの点が有効なのかを 考察する授業分析が必要である。
今後の授業分析において,量的研究と質的研究の良さを取り入れ,子どもの学習(反 応)から数値化できるような授業分析の枠組みを作成していかなければならない。そこ で本研究は,量的研究と質的研究の定義を行なうこと,量的研究と質的研究を取り入れ た授業分析枠組みを開発すること,の
2
つの目的を設定する。2.研究方法
まず,質的研究が教育学よりも先行している心理学の研究を参考にし,社会科教育学 における量的研究と質的研究の定義を試みる。次に,量的研究と質的研究を取り入れた 授業分析枠組みを開発し,有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」の事例分析を行な う。最後に,事例分析の結果をもとに,授業分析枠組みの可能性ついて検証する。
3.量的研究と質的研究の定義
社会科教育学における質的研究の定義はあまり明確に示されていない。そこで本章で は,量的研究と質的研究が教育学よりも先行している心理学の研究方法を手がかりとし て,社会科教育学における量的研究と質的研究のあり方の定義を試みる。
3−1.社会科教育学における量的研究と質的研究の手がかりとなる心理学の研究方法 心理学における量的研究は,「対象とする事象を数量(量的データ)として把握し
(知能検査や性格検査の得点のように),それを統計的に処理して予め立てた仮説の正し さや理論の普遍性を検証する研究」(秋田,能智,遠藤,坂上
2007 : 49−50)である。
質的研究とは,「数値化あるいは記号化といった一連の処理が施されていない,言語或 いは映像といった生の,あるいは可能な限りそれに近い形のデータが,本然的に有して い る 意 味 に,比 較 的,直 接 的 に 関 心 を 向 け て い く も の」(秋 田,能 智,遠 藤,坂 上
2007 : 4)であり,「対象とする人々や事象を言語記録(質的データ)としてとらえ,
人々に生きられた経験や人々の意味づけ過程を解釈によって探究する研究」(秋田,能 智,遠藤,坂上
2007 : 50)である。これらのことから質的研究は,個人のふるまいな
どの質的データを集積することによって,その全体的な意味をボトムアップ的に拾い上 げ,新たな仮説や理論を生成していくものと言える。質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 23
遠藤利彦(秋田,能智,遠藤,坂上
2007 : 1−19)は,今改めて質的研究が注目され
る理由を量的方法の不徹底からだけではなく,質的研究方法の特質自体に求めている。第
1
の理由として,発達の日常的実態を知ることが挙げられている。仮説先にありきの 実験による結果は,明解でインパクトがある反面,実験そのものが作り上げた虚構であ るという可能性を残している。故に実験の結果を日常のふるまいに戻して見直す必要が あると指摘している。第2
の理由として,発達の個別性や状況文脈性を踏まえることが 挙げられている。量的研究は,人間の複雑多様な現象を単純化して示すことに意義があ るが,質的研究は,普遍性をいたずらに極めようとせずに,個別性や状況文脈に特化し たデータの収集や,それにもとづいた理論の生成を目指すことに意義を見出すことが出 来る。第3
の理由として,発達の主観的側面を掬うことが挙げられている。量的な研究 では,既存の理論や仮説からトップダウン的に人の心に絡むデータ収集を行い,さらに そのデータを,理論を背負った研究者の術語であらわす。しかし,人のふるまいなどに はその人固有の主観的な意味付けがなされており,質的研究ではこの主観的な意味づけ をも重要視する。3−2.社会科教育学における量的研究と質的研究
心理学の分野における質的研究の再評価の理由は,教科教育学の分野にも当てはま る。心理学における量的研究と質的研究の観点を踏まえると,社会科教育学の授業研究 における量的研究と質的研究は,以下のように分けて捉えることが出来る。
社会科教育学の授業研究における量的研究とは,知能検査などによって子どもの知識 の定着レベルや認識レベルを統計的にはかり(量的データの収集),社会科授業構成や 内容構成の仮説の正しさや理論の普遍性を立証する(仮説の立証)研究である。仮説や 理論が先にあることから,トップダウン的な研究であると言える。
質的研究とは,子どもの学習記録などに目を向け(質的データの収集),子ども一人 ひとりの学習の仕方や知識の定着の仕方の過程を解釈することによって,社会科授業構 成や内容構成の仮説や理論を生成する(仮説の生成)研究である。個々のデータを集積 し仮説や理論を生成することから,ボトムアップ的な研究であると言える。質的研究 は,子どもの学習を単なる結果として捉え,どれだけの知識や概念が子どもに定着をし たかをはかるだけではなく,学習の過程をも重視する必要がある。この質的研究は子ど もの学習の定着の仕方や子どもの思考の変容の仕方を見るものであるため,授業構成の 仕方や授業方法と子どもの学習の関連性を捉える上でも意義がある。
3−3.量的研究と質的研究の有効性
質的研究の重要性が意識し始められているが,量的研究が不必要であるというわけで
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 24
はない。量的研究の流行は心理学の動向と同様に行動主義の表れであると考えられる。
しかし,量的研究をする際にも,個々のデータの集積による質的研究の成果であるピア ジェの発達理論が度々引用されている(秋田,能智,遠藤,坂上
2007 : 6)。つまりど
ちらか一方が優れているのではなく,量的研究は量的研究の,質的研究は質的研究の,それぞれの長所を生かして相互補完的に授業を分析する必要がある。ここでは,量的研 究と質的研究の有効性を考察する。
まず,量的研究はトップダウンの授業理論の効果をはかるために有効であると言え る。例えば,事前に準備された社会事象に対する知識の構造図と実際の授業の知識習得 の成果を照らし合わせることによって,どの程度の事実的知識を習得したのか,またそ れらを統合して概念的知識を習得できたのか,を考察することが可能であろう。
次に,質的研究はボトムアップの授業理論を生成するために有効であると言える。例 えば,子どもの知識の発展のさせ方,子どもの学習(思考)の仕方をはかることによっ て,子どもの学習の視点から授業を考察することが可能であろう。
また量的研究は授業を受けている子どもの全体の学習成果を捉えるための有効であ り,質的研究は一人ひとり個人の学習の質や発展のさせ方を捉えるために有効であると 言える。授業研究をする際,量的研究と質的研究とを相互補完的に用いることによっ て,全体と個とを含めた理論の生成が可能になる。
しかし加藤秀朗(社会教育認識学会
2012)も,心理的な授業構成理論研究の問題と
して,内的メカニズムを客観的実証的に把握する方法論が少ないことを挙げているよう に,質的研究の重要性は意識し始められているものの,授業分析に関する質的研究の方 法はまだ開発の余地が残されている。4.量的研究と質的研究を取り入れた授業分析の枠組み
本章では,量的研究と質的研究を取り入れた授業分析の枠組みを提案する。まず,枠 組みの基盤である学習の過程について説明し,子どもの授業前,授業終結段階,授業後 の学習を踏まえた授業分析枠組みついて説明をする。ここで示す枠組みは,子どもの学 習をノートや感想文などの記録から捉え(質的研究),それらを数値化する(量的研究)
ことを試みたものである。
4−1.概念の変容から捉えた学習の過程
授業構成の理論研究の基盤となる学習の過程を概念の変容という視点から捉え,授業 中と授業後を含めた学習の過程を図で示す。また,地球温暖化の概念を例として学習の 過程を説明していく。
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 25
「①概念の構成」は,子どもが授業開始前に持っている社会的事象に対する事実認識,
概念認識,価値認識を構造化し,社会的事象に対する認識や社会的事象間の関連性を認 識する段階である。一つ一つの単語が社会的事象に関わる意味を有するとともに,単語 が複数つながることによって意味を有する。それらの単語が事実的,概念的,価値的知 識として,社会的事象に対する知識を構造化している。そして,複数の知識の関連性を 認識することによって,知識が個別で存在するのではなく,概念として成立する。
例えば,まず「地球温暖化」という社会的事象に対して,「気候の変化」「京都議定 書」「海面上昇」「CO 2」「温室効果ガス」などの地球温暖化にかかわる単語を連想する。
図1 「学習の過程」(筆者作成)
図2 「学習の過程(例:地球温暖化)」(筆者作成)
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 26
次に,それらの単語を知識として構造化する。「地球温暖化とは,大気や海洋の平均温 度が上昇していることをいう。」「地球温暖化対策として京都議定書が策定されたが,離 脱している国もある。」(事実的知識),「地球温暖化の原因として,CO 2の排出による 温室効果ガスが考えられる。」「地球温暖化を原因として海面上昇が問題とされ,温暖化 が生態系や環境に悪影響を及ぼしている。」(概念的知識),「省エネの製品や再利用を心 がける必要がある。」「地球温暖化をもっと問題視する必要がある。」(価値的知識)この 例のように,地球温暖化に関わる単語を連想し,それらを関係づけることによって地球 温暖化に対する知識を構造化する。最後に,地球温暖化という社会的事象と異なる事象 との関連性を認識する。例えば,「先進国と開発途上国とでは,京都議定書における
CO 2
排出の責任が違う。」というように,地球温暖化と政治や経済の問題との関連性を認 識し,地球温暖化だけの知識にとどまらず,異なる事象と関連付けた概念化をはかって いく。「②概念の共有」は主に授業中の学習であり,社会的事象に対する新しい知識,概念,
価値観の刺激を受ける段階である。教師は発問や教材によって,子どもに知ってほしい 知識や学習の仕方を教授する。また子どもは意見を言い合うことによって,自らが情報 の発信者ともなるし,取得者ともなる。この時点ではまだ情報は知識の構造の中に組み 込まれておらず,分離した状態である。
例えば,「温暖化が生態系や環境に悪影響を及ぼしているという考えもあるが,温暖 化は海面上昇の直接的な原因ではないという見解もある。」「地球温暖化対策である京都 議定書において離脱している国としてアメリカやカナダが挙げられる。」という情報を 取得する。また自分が知っている知識や価値観を発信することもある。
「③概念の再構成」は授業終結段階または授業後の学習であり,授業開始前に持って いた社会的事象に対する事実認識,概念認識,価値認識と,新しく刺激を受けた認識と を折り合わせて再構造化し,新たな概念化をはかる段階である。この時点で必要な情報 を取捨選択し,既存の知識の構造の中に組み込む。これを知識の再構造化と呼ぶ。そし て知識を再構造化していく段階で,異なる事象との関連性を認識していく。
例えば,概念の共有段階で得た情報を組み込み,「地球温暖化を原因として海面上昇 が問題とされ,温暖化が生態系や環境に悪影響を及ぼしているという見解と,温暖化は 海面上昇の直接的な原因ではないという見解がある。地球温暖化対策である京都議定書 において先進国の中でも離脱国が存在している。」という地球温暖化に対する認識が生 まれる。そして,「地球温暖化問題を解決する必要があるが,政治的問題,経済的問題 が絡むと容易には答えが出せない。地球温暖化対策の問題を考えるために,政治と経済 について調べる必要がある。」というように,政治や経済との関連性を認識していく。
概念の構成段階では,個人の中で,社会的事象に対する事実的,概念的,価値的知識
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 27
を持ち,それらの知識を構造化している。そして,概念の共有段階で子ども同士によっ て,または教師の発問や教材によって,自分の持っている社会的事象に対する概念と他 者が持っている社会的事象に対する概念を共有する。最後に,他者が持っていた社会的 事象に対する情報を取捨選択し,改めて社会的事象に対する知識を構造化し,概念を形 成する。またその際に,社会科の学習では,社会的事象
1
つだけではなく,異なる事象 との関連性を認識する。この社会的事象間の関連性に関する社会的認識に社会科の特殊 性があると考えられる。学習は,「概念の構成」,「概念の共有」,「概念の再構成」とい う繰り返しによって成立していると考えられる。また①〜③の学習の仕方,認知の仕方 を自分で省察することを本研究ではメタ認知(4)と呼ぶ。この学習の過程における量的研 究と質的研究の研究方法を示す。4−1−(a).学習の過程における量的研究
概念の変容から見た学習過程の授業分析を量的研究として行う場合,事前に計画され た知識や認識レベルと授業後の子どもの知識や認識レベルとの齟齬を分析することによ って授業の効果を考察することができる。例えば,教師の計画した知識の構造の有効性 を立証する場合,量的研究が可能である。図
1
における「知識の構造化」,「知識の再構 造化」の部分では,授業前と授業後の知識の構造の変容を分析することによって,授業 開始前に持っていた子どもの知識の構造が授業後どのように変化をしたのか,またはど のような知識が追加されたのか,を見て取れる。この概念の変容と教師が計画した知識 の構造を照らし合わせることによって,クラス全体における授業内容や方法の有効性を 考察することができる。4−1−(b).学習の過程における質的研究
概念の変容から見た学習過程の授業分析を質的研究として行う場合,授業前と授業後 の認識レベルにおける個人の変容の仕方を捉えることによって,授業構成の理論の仮説 を生成することができる。例えば,子ども一人ひとりの知識の構造化の変化から授業の 形態を捉えようとする場合,質的研究が可能である。子ども一人ひとりがどのように知 識の構造を変容させたのかを分析することによって,その授業がどのような形態であっ たのか,どのような知識を重視していたのか,を考察することができる。
4−2.授業分析枠組みの提案
前節では,授業分析枠組みの前提となる学習の過程を図とともに説明した。本節で は,この学習の過程をもととした授業分析の枠組みを示す。
4−2−(a).子どもに到達させたい認識レベルと教材・発問の仮説設定 教材と発問の有効性をはかるための図を提示する。
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 28
授業の最もコアとなる教材や発問の具 体性と,子どもに到達してほしい社会的 事象に対する認識レベルの関係性を捉え
る。図
3「認識レベルと発問・教材の具
体性」は主に量的研究における仮説設定 の段階である。この図を以降に示す図と 比較することによって授業構成の性質や 有効性を判断する研究の分析枠組みの基 準となる。この基準と学習後の結果を照 らし合わせることによって,授業におけ
る教材と発問の有効性や認識レベルから見た授業構成の有効性を考察できると考えられ る。
4−2−(b).授業導入時と授業後の概念の抽象度の変化 授業で扱う社会的事象の授業導入時と
授業後の抽象度の変化を分析するための 図を提示する。
図
4「授業導入時と授業後の概念の抽
象 度 の 変 化」と 図
3「認 識 レ ベ ル と 発
問・教材の具体性」によって,概念の抽 象度の構成の仕方や教材・発問の機能の 影響を考察することが出来るとともに,図
4「授業導入時と授業後の概念の抽象
度の変化」を基準として授業における概 念の抽象度の変化と思考レベルや認識レ ベルとの対応を考察することができる。
4−2−(c).授業終結段階と授業後の社会 的事象に対する認識レベルの 変化
授業終結段階と授業後の認識のレベル の変化を捉えるための図を提示する。
図
3「認識レベルと発問・教材の具体
性」の教材と発問の具体性と比較をした
り,図
4「授業導入時と授業後の概念の
抽象度の変化」の概念の抽象度の変化と
図3 「認識レベルと発問・教材の具体性」(筆者作成)
図4 「授業導入時と授業後の概念の抽象度の変化」
(筆者作成)
図5 「授業終結段階と授業後の認識レベルの変化」
(筆者作成)
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 29
比較をすることによって,授業後の認識レベルの変化に与えるそれらの影響を捉えるこ とができる。またここでは授業中と授業後の認識レベルに差がないものをクローズドエ ンド型授業とし,授業中と授業後の認識レベルに差があるものをオープンエンド型授業 とする。
4−2−(d).メタ認知の発達
図
1「学習の過程」における①「概念の構成」から③「概念の再構成」に至るまでに
は,教材や発問,授業中の指導などの教師(他者)からの働きかけがある。しかし,学 年段階が上がると,自分自身で自分の学習を管理することが可能になってくる。しか し,自主学習への移行は単なる学年の問題だけではなく,他者からの働きかけ方による ところもあると考えられる。
岡本真彦(井上,岡本,北神
2007 : 98−99)は,自主的学習の指導のポイントとし
て,他者制御から自己制御へ,領域普遍から領域固有へ,の2
つの方向を示した。学年 が上がるにつれて,他者の援助を利用する学習から自分で学習する段階へ,大事 なところに線を引くなどの一般的学習か ら教科個別的学習段階へと向かうように 指導の仕方が展開されると考えられてい る。ここでは,岡本が提起した学年段階 や教科内容(他者からの援助)とメタ認 知の発達との関係を考察するための図を 提示する。概念(知識)や認識の獲得だ けではなく,授業の構成は子どもの自己 学習などの領域にも影響を与えると考え られる。
4−2−(e).授業前と授業後のイメージの変化
岳野公人(岳野
2005)は,中学校技術科の実証的研究を行ない,生徒の全体的な心
理的側面をイメージとしてとらえ,ものづくり学習に対する多様な生徒のイメージを明 らかにすることを目的として,ものづくり学習に対する生徒の思考過程を把握するため に生徒が抱く意識やイメージに対しての概念的枠組みについて検討をした。その際のイ メージの種類を社会科に応用し,社会的事象に対する子どものイメージの変化を捉え る。感覚的イメージとは,知覚したものに対して粗野な象徴,及び表面的なものであり,
感覚的で主観的なイメージである。感情的イメージとは,個人の感情を表現したもので あり,深層で形成された感情の表面的な表現である。知的イメージとは,個人の知識を
図6 「メタ認知」(岡本作成)
井上智義,岡本真彦,北神慎司(2007)『教育の方 法 心理学を生かした指導のポイント』樹村房,pp.98
−99参照
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 30
表したものでる。制御・評価的イメージとは,メタ認知的な働きをするイメージである
(岳野
2005 : 37−39)。
ここでは,感覚的イメージと感情的イ メージのように社会的事象や学習の仕方 に対して主観的な意識が働いているもの や興味関心に重きが置かれているものを
1
つのまとまりとして考え,知的イメー ジや制御・評価的イメージのように社会 的事象や学習の仕方に対して客観的な意 識が働いているものや自己学習の方法に 重きが置かれているものを1
つのまとま りとして考えた図を提示する。図
7「授業前と授業後のイメージの変化」の A
は,授業前も授業後も感覚感情的イメージのままであることを示し,Bは,知的評価的イメージから感覚感情的イメージヘ と変化していることを示し,Cは,感覚感情的イメージから知的評価的イメージへと変 化していることを示し,Dは,知的評価的イメージのままであることを示している。
4−2−(f).授業終結段階と授業後の思考の変容
授業前の思考レベルと授業後の思考レベルの対応を分析するとともに,思考レベルと 認識レベルの対応をも分析することによって,授業中の教材や発問がどのように思考に はたらきかけ,どのような認識レベルに到達したのかを考察するための図を提示する。
図
8「授業終結段階と授業後の思考の変容」は今までの図 3「認識レベルと発問・教
材の具体性」から図
7「授業前と授業後のイメージの変化」で示してきた概念(知識)
や認識の獲得,イメージやメタ認知などの学習過程に通じる枠組みであり,授業全体を 総括するのに役立つと考えられる。その際に,ブルームの
6
つのカテゴリーを参考にす表1 「社会科における情報処理層(意識層)内の4つのイメージ」(岳野参考に筆者作成)
情 報 処 理 層
イメージの種類 説明 社会科における発話の例
感覚的イメージ
知覚したものに対して粗野な象徴,及び表 面的なものであり,感覚的で主観的なイメ ージである。
なんとなく,だいたいで
感情的イメージ 個人の感情を表現したものであり,深層で
形成された感情の表面的な表現である。 おもしろい,満足している 知的イメージ 個人の知識を表したものである。 〜という理由で…という結 果になる,見たことがある 制御・評価的イメージ 制御・評価的イメージとは,メタ認知的働
きをするイメージである。
図の見方がわかった,〜の 面を見落としていた 岳野公人(2005)『ものづくり学習の構想設計における生徒の思考過程』風間書房,pp.37−39参照
図7 「授業前と授業後のイメージの変化」(筆者作成)
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 31
る(バドラー
2011 : 84)。
評価,統合,分析,応用,理解,知識 という
6
つのカテゴリーは,「評価」に 近づけば近づくほど高次の難しい思考と なり,「知識」に近づけば近づくほど低 次のやさしい思考となる。図8「授業終
結段階と授業後の思考の変容」は,量的 研究として立証できなかった知識の構造 化の問題点を子どもの思考の点から考察 する場合に有効は質的研究として用いることができる。図
5「授業終結段階と授業後の認識レベルの変化」と対応させて思考レ
ベルにおける授業の形態を考えた場合,授業前と授業後の思考レベルに差がないものを クローズドエンド型授業とし,授業前と授業後の思考のレベルに差があるものをオープ ンエンド型授業とする。図8 「授業終結段階と授業後の思考の変容」(筆者 作成)
表2 「思考の程度」(バドラー作成)
思考の程度 カテゴリー 内容
最高次 の思考
(難しい)
最低次 の思考
(やさしい)
評価
教材や考えに対し,評価を下す。
(通知する,比較する,結論づける,対比する,批判する,非難する,正当化する,
説明づける,差別化する,評価する,解釈する,擁護する,関連づける,要約す る,指示するなど)
統合
部分を組み合わせて,新しい意味や構造を作り出す。
(分類する,結びつける,編集する,創造する,多様化する,デザイン化する,説 明する,生み出す,修正する,組織化する,計画する,再整理する,再構築する,
再構成する,裏返す,書き直す,要約する,書く,話すなど)
分析
教材や概念を部分に分けることで,その組織がどのようになっているかを理解しや すいようにする。事実と推測を区別する。
(分析する,比較する,対比する,図表化する,脱構築する,差別化する,識別す る,同定する,推測する,関連づける,選択する,分離する,調査する,概説する など)
応用
学習した概念を新しい状況で使用する。
(応用する,計算する,構築する,導く,発見する,巧みに操る,準備する,生産 する,関連させる,示す,解決する,修正する,操作する,管理するなど)
理解
意味を理解し,自分のことばで言い換える。手順や問題を解釈したり,問題を自ら のことばで表現したりする。
(変える,区別する,予想する,変換する,正当化する,説明する,解釈する,言 い換える,見積もる,書き直す,主要なポイントを言い当てる,翻譯する,例を挙 げるなど)
知識
学習した内容を記憶する,再生する。
(引用する,定義する,記述する,再生する,認識する,述べる,リストを作るな ど)
バドラー後藤裕子(2011)『学習言語とは何か 教科学習に必要な言語能力』三省堂,p.84参照 質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証
32
5.量的研究と質的研究を取り入れた授業分析
本章では,前章で示した,図
3「認識レベルと発問・教材の具体性」,図 4「授業導入
時と授業後の概念の抽象度の変化」,図5「授業終結段階と授業後の認識レベル」,図 6
「メタ認知」,図
7「授業前と授業後のイメージの変化」,図 8「授業終結段階と授業後の
思考の変容」をもとに,有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」の実践事例を分析す る。本章の目的は,実践事例の分析をすることによって,実践事例の分析から新たな理 論仮説を抽出することである。量的研究として授業の有効性を示すのではなく,質的研 究として,子どもの反応から授業構成や教材の理論仮説の抽出を試みる。まず,前章で示した図をもとに,授業分析の方法を示す。次にこれらの枠組みを用い て,有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」の授業実践の分析をし,理論仮説を抽出 する。
5−1.授業分析の方法
ここでは,授業記録の整理の仕方と図を用いた分析の方法(1)〜(9)を示す。
(1)授業記録の整理をする。教師の発問・教材と子どもの発言を整理し,メインとなる 発問と教材を明らかにする。
(2)子どもの記録の整理をする。授業開始前,授業終結段階,授業後の子どもの記録を 整理し,認識レベルとイメージの種類,思考の程度を明らかにする。
まず,表
3「認識レベルに対応した問い(基本的 5 W 1 H)の説明と性質」を授業分
析に用いる。
認識レベルは,事実認識,概念認識,価値認識の
3
つに区別して考えられる(岩田1994,森分 1978)。5 W 1 H
に関して,事実認識にはWhat, When, Who, Where
が当て はめられ,概念認識にはHow, Why
が当てはめられ,価値認識に関してはWhich
が当 てはめられる。ここに概念認識に関わる研究の1
つの限界があると言える。まず,認識 を5 W 1 H
で捉えようとしていた点である。5 W 1 Hは1
つの基準となり得るが,万能 的な基準ではない。次に,5 W 1 Hの区別の仕方である。例えば,HowはHow
の次に 来る言葉によって問う内容が異なる。How longのように数量や程度の具体的な内容を問う
How, How to
のように方法・手段・過程を問うHow,状態を問う How,理由を問
う
How
などがある。またHow
は過去・現在を指向するものと,未来を指向するもの があると考えられる。故に,5 W 1 H を安易に認識レベルに当てはめることはできな い。しかしながら,発問と教材の性質と5 W 1 H
は関連させて分析しやすいため,やはり
5 W 1 H
は認識レベルをはかる1
つの基準となり得ることは否めない。そこで本研究質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 33
では認識レベルを,表
3「認識レベルに対応した問い(基本 5 W 1 H)の説明と性質」
のように区別して捉えることとする。
①は
What, When, Who, Where, How(数量・程度)のように具体的な問いによって具
体的内容を問う問いである。①の例としては,「奈良の大仏は誰が作らせたの?」とい う問いと「聖武天皇」という答えが挙げられる。「奈良の大仏は○○が作らせた。」とい う事実に対して,「○○」の部分を聞いている。①は質問に対して,たいてい1
つの答 えしか存在しない。①は具体的な内容を一問一答型で問う問いであり,事実認識に関わ る。②−1は,Howのような抽象的な問いによって事実の背景(方法,手段,過程,状 況)を問う問いである。②−1の例としては,「どういう経緯で,奈良の大仏は作られ たの?」という問いと「聖武天皇が大仏像顕の詔を出し,約
260
万人の人々によって作 られた。」「・・・の工程で作成した。」という人物,コト,過程,方法に対する答えが 挙げられる。「奈良の大仏が作られた」という事実に対して,この事実に関わる人物,コト,過程,方法,手段,状況等の事実の背景となる内容を聞いている。②−1は具体 的内容を問う問いであるが,1つの質問に対して複数の答えが可能であり,この点で一 問一答型の①のタイプと異なっている。②−1は事実の背景を問う問いであり,事実認 識に関わる。
②−2は,Howのような抽象的な問いによって事実と事実の因果関係(方法,手段,
過程,状態)を問う問いである。②−2の例としては,「どのような国の状態を見て,
聖武天皇は国を立て直そうとしたのか?」という問いと「疫病や飢饉,乱などで苦しむ 国を見て,聖武天皇は国を立て直そうとした。」という状態,人,過程に対する答えが 挙げられる。「聖武天皇は国を立て直そうとした。」という問いの中にある事実に対し
表3 「認識レベルに対応した問い(基本的5 W 1 H)の説明と性質」(筆者作成)
認識レベル 基本的5 W 1 H 説明 性質
事実的認識
①What, When, Who, Where, How
(数量・程度) ①具体的な内容を問う。
具体的 静的 個別的
⇔
抽象的 動的 包括的
②How
②−1事 実 の 背 景 を 問 う。(方 法,手 段,
過程,状態)
概念的認識
②−2事実と事実の因果関係を問う。(方 法,手段,過程,状態)
③Why, How(理由) ③事実と事実の因果関係を問う。(理由)
価値的認識
④Which(good or not, need or not,
should or not . . .), How ④価値判断を問う。現在の可能性を問う。 現実指向
⇔
未来指向
⑤Want to do ⑤主体的行動を問う。
⑥How ⑥事実に基づいて,未来の可能性を問う。
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 34
て,この事実が引き起こされた要因である国の状況を聞いている。「聖武天皇が国を立 て直そうとした。」という事実と「当時の国の状況が疫病や飢饉,乱などで苦しかっ た。」という事実とを関係づける概念的内容を問う問いである。②−1は問われた事実 の背景を聞いているのに対し,②−2は問われた事実と関連のある事実とを関係づける ことが求められ,関係づけ方は多様に存在する。この点で,②−1と②−2はタイプが 異なっている。②−2は問う範囲を限定して事実と事実の因果関係を問う問いであり,
概念認識に関わる。
③は
Why, How(理由)のような抽象的な問いによって概念的内容を問う問いであ
る。③の例としては,「なぜ奈良の大仏を建てる必要があったの?」という問いと「聖 武天皇が国を立て直そうとしたから。」「疫病や飢饉,乱などで国が混乱していたか ら。」という答えや,「なんとなく。」「国民が求めていたから。」という答えも挙げられ る。「奈良の大仏が建てられた。」という事実に対して,その事実が引き起こされた理由 を聞いている。③は問われた事実と関連のある事実とを関係づけることが求められ,関 係づけ方は多様に存在する。しかし,②−2は答える範囲が国の状況のように限定され ているのに対し,③は答える範囲が限定されていない。そのため,「なんとなく。」や
「国民が求めていたから。」という答えも想定される。この点で,②−2と③はタイプが 異なっている。③は問う範囲を限定せずに事実と事実の因果関係を問う問いであり,概 念認識に関わる。また,①に近づけば近づくほど,内容は具体的,静的,個別的にな り,③に近づけば近づくほど,抽象的,動的,包括的になると考えられる。
④は
Which(good or not, need or not, should or not . . .),How
のような問いによって 価値判断を問う問いであり,現実の可能性を問う問いである。④の例としては,「ゴミ が川にたくさん捨てられることについてどう思うか?」という問いと「よくないことだ と思う。」「ゴミがなくなればいいと思う。」という答えが挙げられる。「ゴミが川にたく さん捨てられている。」という事実に対しての個人の価値判断を聞いている。またほか の例としては,「ゴミが川に捨てられていることを地域の人はどう思っているでしょう か。」という問いと,「いやだと思っている。」という答えが挙げられる。「ゴミが川に捨 てられている」という事実に対して地域の人がどのように思っているかを予想させてい る。④は社会的事象に対する価値判断を問う問い,社会的事象に対する他人の考えを予 想させる問いであり,価値認識に関わる。⑤は主体的行動を問う問いであり,答えの形式としては
Want to do
が考えられる。⑤の例としては,「ゴミを減らすために何をあなたはしますか?」という問いと「リサ イクルに取り組む。」という答えが挙げられる。「ゴミを減らす」という目的に対しての 個人の行動を聞いている。「地域がリサイクルに取り組むべきだ。」という答えは⑤には 含まず,④に含める。なぜなら,主体が「地域」という外部のものであるからだ。④の
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 35
主体は外部にあるのに対して,⑤の主体は本人である。この点で,④と⑤はタイプが異 なっている。⑤は社会的事象の目的に対する個人の行動を問う問いであり,価値認識に 関わる。
⑥は
How
のような問いによって,社会的事象の未来の可能性を問う問いである。⑥ の例としては,「これから川はどうなると思いますか?」という問いと「ゴミが捨てら れているから,水質汚濁がひどくなるだろう。」「地域の環境が悪くなるだろう。」とい う答えが挙げられる。「川にゴミが捨てられている。」という事実に基づいて,未来の可 能性を聞いている。⑥は事実に基づいて未来の可能性を問う問いであり,価値認識に関 わる。価値認識は事実認識や概念認識と異なり,「〜だと思う。」という予想,予測が答えと して用いられる。また,④に近づけば近づくほど,現在を指向し,⑥に近づけば近づく ほど,未来を指向していると考えられる。
以上に例を挙げたように,認識レベルに関わる①〜⑥の基本的
5 W 1 H
の問いと答え を基準として授業を分析する。次に,図
7「授業前と授業後のイメージの変化」で示した分析枠である表 1「社会科
における情報処理層(意識層)内の
4
つのイメージ」を授業分析に用いる。最後に,図8「授業終結段階と授業後の思考の変容」で用いた分析枠である表 2「思考の程度」を
授業分析に用いる。
(3)図
3「認識レベルと発問・教材の具体性」に当てはめて,本授業でねらいとしてい
た認識レベルと発問・教材の具体性を整理する。授業記録の中のメイン・クエスチ ョンとなったと考えられる発問・教材がどの認識レベルをねらいとし,また具体的 であるのか抽象的であるのかを記す。その際,発問・教材が示された順番や関係性 を明らかにしておく。この作業により,発問・教材と認識レベルに関わる授業構成 が明らかとなる。またこれを基準とし,以下に示す図と比較することによって,授 業構成の効果を考察することができる。
(4)図
4「授業導入時と授業後の概念の抽象度の変化」に当てはめて,本授業の概念の
抽象度の変化を整理する。授業記録を参考にして導入時の発問・教材の抽象度を記 し,子どもの授業後の記録を参考にして授業後の概念の抽象度を記す。この作業に より,授業後の学習をも含めて,本授業が帰納的(原則・法則から個別的事象を考 える)か演繹的(個別的事象から原則・法則を考える)かを考察することができる。
(5)図
5「授業終結段階と授業後の認識レベルの変化」に当てはめて,本授業の授業終
結段階と授業後の認識レベルを整理する。授業記録の中の授業終結段階及び授業直 後の記録を参考にして授業終結段階の認識レベルを記し,子どもの授業後の記録を 参考にして授業後の認識レベルを記す。この作業により,授業中と授業後を含めた
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 36
授業構成が事実認識重視なのか,概念化重視なのか,価値判断重視なのか,または 授業中と授業後には異なる認識レベルに達しさせるオープンエンド型授業なのかを 考察することができる。
(6)図
6「メタ認知」に当てはめて,本授業のメタ認知への影響を整理する。授業記録
を参考にして制御の主体と領域固有性を記す。この作業により,低学年向けか,中 学年向けか,高学年向けかを考察することができる。
(7)図
7「授業前と授業後のイメージの変化」に当てはめて,授業前と授業後のイメー
ジの変化を整理する。授業開始前の子どもの記録を参考にして授業前のイメージを 記し,授業後の子どもの記録を参考にして授業後のイメージを記す。この作業によ り,本授業がどのようなイメージの変化をもたらすのかを考察することができる。
(8)図
8「授業終結段階と授業後の思考の変容」に当てはめて,授業終結段階と授業後
の思考の変容を整理する。授業記録を参考にして授業終結段階の子どもの思考レベ ルを記し,授業後の子どもの記録を参考にして授業後の思考レベルを記す。この作 業により,授業後の学習の思考レベルに変容を与える刺激が本授業に存在したのか を考察することができる。
(9)図
3「認識レベルと発問・教材の具体性」で明らかにした発問・教材の具体性やね
らいとする認識レベル等からわかる授業構成が,概念の抽象度の変化,授業後の認 識レベル,メタ認知,イメージの変化,授業後の思考の変容に対してどのような影 響をもたらすのかを考察する。この作業により,発問・教材自体の理論仮説や授業 構成の理論仮説を抽出することができる。
5−2.事例分析−有田和正「「駅弁包装紙」で戦争の授業」を例に−
本節では有田和正による「「駅弁包装紙」で戦争の授業」の授業事例を前節で示した 方法をもとに分析を行なう。有田和正の授業記録を中心に,子どもの感想文やノートに 着目して子どもの変化を捉え,実践された戦争の授業における理論仮説を抽出すること を目的とする。
有田は戦争の授業を歴史の問題と同時に時事問題としても取り扱っている。それは実 践当時,イラク戦争が勃発していたからである。有田は時事問題の注意点として,片寄 りのないように,できる限りのデータと資料を提供し,子ども自身に判断させることを 挙げている(有田
1991 : 1−2)。
また戦争を取り上げたきっかけは,沖縄で行なった十五年戦争の授業において戦争に 賛成する子ども,戦争の傷跡に気づいていない子どもへの危機感をであった(有田
1991 : 14)。そこで有田は戦争授業を構想する。まず,駅弁包装紙によって導入をはか
り,空白の天気図,憲法第九条,湾岸戦争,憲法九条の解釈,国際連合をとりあげ,戦質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 37
争はなくなるかを考えさせるように単元が構成されている。単元だけを見ると,導入を はかり,戦争に関係する知識を追究させ,戦争に関する価値判断をさせる構成になって いる(有田
1991 : 19)。
本節では戦争の授業の第一次を取り上げる。まず,それぞれの授業記録を簡略化した ものと,授業開始前,授業終結段階,授業終了後の子どもの記録を示す。次に,授業実 践を授業分析枠組みに当てはめた結果を示す。最後に,抽出された理論仮説を示す。
5−2−(a).授業記録
ここでは有田の授業記録をもとに筆者が簡略化した授業記録を示す。MQ.(数字)は 筆者によるものであり,で囲まれているものは,有田によるものである(有田
1991 : 24
−49)。
授業記録:「駅弁包装紙」で戦争の授業(1991年1月30日(水)/2月1日(金)実施)
教師 子ども 発問の5 W 1 H
MQ 1.これは何でしょう?
(駅弁包装紙の絵:(A)(B)(C))
***********
Q.切手,五目飯の広告…さて,何かわからな い?
「「敵は我が本土を狙ってゐる備へはよいか!」
というものね。」
3つのマークの確認→「この三つは…三木君 は,なんていった?」
Q.年表で調べたの?
栗原の説明の確認
(内田)今の漢字ではない。戦争を表している。
(井口)お金の単位が書いてある。
(野口)お寺のマーク→お礼か何か。
(吉本)「五目飯」「金三十銭」→広告
(山川)切手
******************
(相原)軍人が何かを狙っている。戦争に関係がありそう。
(徳田)イタリア・ドイツ・日本の旗→三国同盟
(鈴木)飛んでいる鳥=飛行機,大きい丸=ピストル
(三木)イタリア,ドイツの旗=日独伊三国同盟
(C)日独伊三国同盟
(C)一九四〇年だ!
(栗原)日独伊三国同盟を結んだ背景の説明
(中村)太平洋戦争の頃だと思う。敵が日本の本土を狙う
=日本が負けそうなとき。
(平田)(C)は日本が負けそうなとき,(A)は戦争がこれ から起こりそうなとき。
What 資料の読み取り
******
What 資料の読み取り
メタ認知 学習の仕方
MQ 2.とすると,この絵は明治時代ではない な。いつですか?
Q.昭和のいつごろだ?
「一九四〇年というのは,昭和十五年ですね。」
Q.満州というのはどこでわかる?
「万里の長城は中国にある。このころ日本は中 国に進攻。」
(C)昭和だ。
(C)初期! 前期!
(中村)(B)は日華事変のときの満州。
(中村)万里の長城
When 資料の読み取り When
Where 読み取りの根拠 質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証
38
Q.はい,この字は何と読むでしょう?
「今の字に書き直すと…おべんとうと読むんだ よ。それにこれは「駅弁の包装紙」なんだよ。」
***********
MQ 3.何で駅弁の包装紙に,こんなものが出 てくるんだよ。
「内田さんは,戦争に関係あるんじゃないかと いった。吉本さんは,広告に関係あるんじゃな いかといった。」
五目飯と三十銭を確認。
「イラクのフセイン大統領は今でも勝つ勝つと 言っているね。」
Q.国家総動員法って何だ?
「みんなに関心を持たせる。今のイラクと同じ だ!」
Q.今,配給になっているのはどこ?
「ソ連。イラクもそうだ。」
「総動員法はこれに近いね。」
疎開…こういう時代でした。(時代の大変さを 確認)
(磯野)(藤原)(荻野)わからない。
(C)信じられない。
******************
(岡本)戦争の時に,国民全体が戦争に勝とうとしなきゃ いけないわけだから,…お弁当にも,戦争に勝とうという 気持ちを表していると思う。
(吉本)(A)の絵のところに,「国民精神なんとか」と書 いてある。…国民精神っていうのを辞書で引いたら…「兵 隊ガンバレ」という気持ちを表すためじゃないかと思う。
(野口)戦争のときは,ラジオとかで,絶対に「日本は勝 つ」っていう。
(中村)国家総動員法っていうのができて,みんなで頑張 ろうって…。
(中村)説明
(鈴木)国民に戦争に関心を持ってもらおうとしたのだと 思う。
(豊泉)さっき吉本さんが言ったことなんだけど,総動員 っているのを辞書で引いたら,「全員を動かす」って書い ていたから,国民に精神をいきわたらせることだと思う。
(吉本)「○公」と書いてあって,辞書で調べたら…みんなで 頑張らなきゃいけないことを表している。
(高木)公=国 →国が作った弁当
(栗原)国家総動員法は1938年にできた。(三国同盟の1940 年)までに配給制になった。
C.ソ連?
(野口)疎開…小学生,中学生,高校生以上 働きにいくと,お弁当になる。だから見る。
What 資料の読み取り
******
Why 資料の追究
What 言葉の確認
Where 現在と過去の連 結
MQ 4.それでは,この包装紙は,昭和何年か な?時代順はどうかな?
Q.1945年。いいところにきましたね。満州事
変は何年ごろ?
「1930年。これが,1940年。これが1945年じ ゃないかと三木君が言っています。」
C.真ん中が一番。真ん中(B),左(A),右(C)
(三木)1番はB…満州事変。2番はA…日独伊三国同盟。
3番はC…戦争に負けそう。1945年。
C.1932年。1931年。1930年。
C.1932年。1931年。1930年。
(藤原)(B)はその時の満州事変のことを,包み紙にかい ている。2番は日独伊三国同盟…ハト(平和の象徴)がこ
When 資料の読み取り
When 事実の確認 質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 39
5−2−(b).子どもの記録
子どもの記録を基本的
5 W 1 H
と認識レベル,イメージの種類,思考の程度から分析 する。授業開始以前,有田は子どもに「湾岸戦争はどうなるかなあ?」「昨日の,戦争 の具合は?」など,戦争に関する問いかけをしていた。それを受けて子どもは授業以前 に戦争に関する学習を進めている。Q.戦争が終わったのは,1945年。終戦より前
かあとか?
***********
MQ 5.なんでこれだけ小さいの?
Q.量も減ったのか,紙だけ小さくなったの か。
***********
Q.茶碗一杯のごはん,パン一枚,コーヒー一 杯,お茶一杯,オロナミンCでどれが一番高 いか?(5年生の学習の確認)
Q.安かったのは?
「今読んだところにちゃんと印をつけておきな さい。」
Q.(C)が半分になったのは,ご飯が足りなく なったか,紙が足りなくなったか?中身は同じ くらいだけれども,面積が狭くなったか。
帰ったら,おじいちゃんおばあちゃんに聞いて みて。
「その時代にふさわしい色をつけてきなさい。」
わい顔をしている。3番は戦争に負けそうなとき,1945年 ごろ。
(河西)『社会科資料集』…米のデモ→1946年
C.前。
(岡本)年表…イタリアのファシスト党が1943年に解体。
→日独伊三国同盟は1940年に締結。駅弁の包装紙(A)
には3国が描かれているから,1940〜1942年くらいまで。
(岡本)「1944年にアメリカB 29による本土爆撃が激化 し,竹槍訓練実施」→この頃ではないか?
(鈴木)(C)は日本が負けそう,食料不足。お弁当が小さ くなってきた。→こういう状況になっていることを表して いる。
********************
C.物価の問題?
(平田)物価が高くなったって書いてある。…量は半分に なったのに,値段は同じだから。
C.中身。
(井口)弁当だけいっぱいご飯を食べたら,ほかの人に分 け与えられなくなる。
********************
C.コーヒー
C.お米
(藤原)配給制→自由に食べられない。
農家の人手不足→食糧不足→配給制にしないと全国にいき わたらない。
(豊泉)教科書…人手不足,食料不足。税金の増加の表。
→五目飯=1944年
When
******
Why 資料の追究
******
Which 復習
メタ認知 学習の仕方 Which Whyに 対 す る 予想
質的研究と量的研究を取り入れた授業分析枠組みの検証 40