• 検索結果がありません。

雑誌名 評論・社会科学

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "雑誌名 評論・社会科学"

Copied!
33
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の 一考察 : 「楊沫事件」「史可事件」を中心に

著者 韓 景芳

雑誌名 評論・社会科学

号 69

ページ 1‑32

発行年 2003‑01‑25

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004272

(2)

︹論文︺

中国の有名人報道における

プライバシー侵害問題の一考察

││﹁楊沫事件﹂﹁史可事件﹂を中心に││

韓 景 芳

︵文学研究科新聞学専攻博士課程後期︶

はじめに

︵1︶二〇〇〇年四月に中国で﹃世論監督与新聞糾紛﹄と題した本

が出版された

︒ 同書は全三九八頁

︑﹁ 上

篇﹂と﹁下篇﹂

の二部構成である︒﹁上篇﹂では︑六〇頁をさいて︑理論的な内容が述べられているが︑﹁下篇﹂では三〇〇余頁を使っ

て︑六二件の報道による事例を紹介している︒それらの事例は一九八〇年以降の約二〇年間の︑中国ですでに判決が確

︵2︶定した大量の事例から選ばれたのである︒これらの事例は︑﹃

人民日報

﹄︑

﹃ 光明日報

﹄︑

﹃ 中国青年報

﹄︑

﹃ 農民日報

﹄︑

︵3︶﹃法制日報﹄など二〇以上の省レベ

ルの新聞と一部の有力な市

︑ 区の新聞の協力で集められたものである

︒ この研究

は︑元中国新聞出版署副署長の王強華をはじめ︑中国新聞法研究センター︑中国社会科学院新聞研究所︑上海社会科学

院新聞研究所などの研究員六人によって︑国家社会科学基金の支援を得て︑一九九三年にスタートし︑一九九六年に完

成した︒中国におけるのメディアの実践︑メディアの管理とメディアの法制についての初めての系統的な研究であり︑

― 1 ―

(3)

︵4︶高い学術的価値があり︑大きな意義がある︑と専門家に評価された︒筆者は同書で紹介されている大量の事例を読み︑

一九七八年に改革開放政策が実施されてからの二〇数年の間に︑中国のメディアに大きな変化が起こった︑という感を

強くした︒非常に実証的︑信憑性が高い研究である︒

改革期に入ってからの中国メディアの変化と現状を説明するため︑法学博士︵政治学︶︑現在横浜市立大学国際文化

学部助教授唐亮の著書﹃変貌する中国政治︱漸進路線と民主化﹄を紹介させていただく︒同書では︑彼は改革開放後の

中国メディアの取材についてこのように書いている︒﹁近年︑新聞競争が激化する中で︑各新聞は優位に立つために︑

現場の取材を強化し︑第一報道︑スクープ︑単独報道︑独自の報道に力を入れている︒現在︑国内外の重大事件︑重大

な政策発表は新華社の配信記事を使う場合が多いが︑それ以外の報道記事は各社の独自取材に基づくもの︵本報訊︶が

︵5︶増えてきた﹂︒中国メディアにおける報道の自由について︑彼は次のように述べている︒﹁従来︑社会報道︑暴露報道お

よび政策批判は新聞報道と新聞言論のタブーとされていたが︑改革期に入り︑政治環境の改善と新聞競争の激化を背景

に︑報道自由は次第に拡大してきた﹂︑﹁社会報道は必ずしも政治批判を意味しないが︑事件︑事故︑犯罪および社会問

題などを報道すると︑当局が宣伝しようとした社会主義の﹁輝かしいイメージ﹂に傷をつけることになる︒改革以前︑

社会報道は極めて少なかった﹂︑﹁改革期に入り︑社会報道は以下の要因で次第に増えてきた︒まず第一の要因は報道自

由の拡大である︒当局側にとって︑社会報道︑特に事件︑事故などの報道は権力批判と違い︑比較的に容認できる︒ま

た︑その容認度は時間が経つに連れて高くなってきた︒第二の要因は読者構成の変化である︒所得水準

の向上によっ

て︑一般市民は幹部︑知識人などに代わって読者の主体を構成するようになった︒エリート出身の読者と違い︑市民出

身の読者は堅い政治記事を敬遠し︑新聞に﹁娯楽﹂︑﹁面白さ﹂を求める︒彼らにとって︑政治文書︑宣伝記事より︑社

会報道のほうが面白くて︑読み応えがある︒第三の要因は︑新聞の市場経済化である︒新聞側にとって︑読者の獲得は

新聞競争の行方︑新聞の経営状況を左右する以上︑読者のニーズに応えなければならない︒社会報道はまさに読者を引

― 2 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(4)

︵6︶き付ける﹁売りポイント﹂︵売点︶である﹂︒

筆者も改革期に入ってからの中国メディアの変化は非常に大きいと思う︒今でも中国メディアにおける報道の自由

は︑特に国際ニュース︑重大な国内ニュース︑政治批判などの分野での報道は依然として厳しく規制されているという

ことは事実である︒だが︑中国メディアは企業化され︑市場経済への適応に努めるようになり︑政府のメディアに対す

る管理も次第に緩和されるようになり︑メディアは報道の自由︑特に一般的な社会問題を報道する自由を獲得しつつあ

ると思われる︒中国メディアにおける社会面の報道は資本主義国家の報道とほとんど違いがない︒改革期に

入ってか

ら︑報道の形式は多様化が進み︑内容的にも飛躍的に発展し︑向上してきた︒メディアの伝えた情報を通じて︑人々が

以前より情報と知識を多く獲得し︑教養を豊かにし︑娯楽も享有できるようになってきた︒中国メディアの民主化は確

実に進んでおり︑この傾向は継続していくと考えられる︒しかし︑メディアが情報を伝達するときに︑意識的あるいは

無意識的に報道される当事者の名誉・プライバシーを侵害する事実も発生している︒

一九八七年一月から中国では民法が施行され︑初めて名誉毀損の条文が法律によって定められた︒その後︑市民の名

誉・プライバシーが侵害され︑メディアを裁判に訴える事件が出現するようになってきた︒﹃世論監督与新聞糾紛﹄に

おいて公開された資料によると︑一九四九年に中華人民共和国が成立してから︑一九八〇年に刑法が頒布︑施行される

まで︑メディアが提訴された事例は一つもなかった︒一九八〇年から一九八七年︵民法は一九八六年に頒布され︑一九

八七年に施行された︶までの間も︑名誉毀損事例は少なく︑ほとんどが刑事訴訟事例であった︒

︵7︶ところが︑一九八七年以降︑民事訴訟事例が急速に増えてきた︒また︑﹁記者が訴えられる﹂という社会現象が全中

国で目立つようになっている︑とメディア学者の黄瑚が﹃新聞法規与新聞職業道徳﹄に書いている︒同書では︑中国に

おける報道による事例に基づき︑メディアをめぐる訴訟をいくつかの段階に分けている︒つまり︑一九八八年まで第一

段階では︑原告の多くは普通の市民であった︒一九八九年以降︑提訴する事例が減ったが︑一九九二年と一九九三年の

― 3 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(5)

間には︑提訴する事例がまた増えてきた︒この段階では原告はほとんどが俳優︑作家︑歌手︑

監督など有名人であっ

︵8︶た︒メディアが提訴される理由は多様ではあるが︑プライバシー侵害が一つの重要な原因となっている︒

衆知のように︑マス・メディアの登場によって︑民主的社会において︑人々の間に幅広い情報伝達が可能となり︑情

報は今日︑電子メディアの力で瞬時に世界各地に伝えられていく︒人々はメディアによって知識を獲得し︑世界を理解

し︑人類と社会はメディアの発展につれて進歩してきた︒そのため︑人民はメディアに報道の自由を与え︑メディアは

自由に報道し︑議論することができる︒また︑社会の発展に貢献し︑社会の不正を批判する︒メディアは公正に真実を

報道しなければならない︒しかし︑いまのメディアは受け手の好奇心を満足するため︑有名人をはじめとして︑一般市

民のプライバシーをしばしば暴きたててきた︒メディア報道の速度の速さと範囲の広さのため︑プライバシー侵害問題

が一旦発生した場合︑その影響は極めて大きく︑被害はもっと大きい︒

一般市民は報道被害を受けても泣き寝入ることが多いが︑有名人はメディアに反撃して闘うことができるために︑報

道によるプライバシー侵害問題の中では︑有名人に対する報道上の問題が顕著である︒しかし︑メディアの報道が娯楽

化する過程で︑有名人のプライバシーをどこまで報道すべきかという倫理基準を確立するのは簡単ではない︒したがっ

て︑理論だけではなく︑事例を通して︑議論するほうがわかりやすい︒小稿は著書﹃世論監督与新聞糾紛﹄︑法律普及

︵9︶のため作られた評価の高い雑誌﹃民主与法制﹄︑といくつかの人民法院︵中国の裁判所︶の判例を対象として︑中国に

おける有名人報道︑特に︑有名人の名誉・プライバシー侵害事例を検討する︒事例を収集し︑分析することを通して︑

中国における有名人に対する報道の状況を明らかにしたい︒日本における有名人報道による名誉・プライバシー事例︑

現在の状況を比較しながら︑中国における報道上の倫理問題の解決について筆者なりに提言できたらと考えている︒

― 4 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(6)

一︑有名人とプライバシー

1︑有名人のプライバシー権

まず︑有名人とは何か︒﹃現代漢語詞典﹄では︑﹁名がよく知られている﹂と定義がなされている︒山川洋一郎・山田

卓生が書いた﹃有名人とプライバシー﹄では︑有名人とは︑メディアを通じて︑相当名の通っている人々を対象として

いる︒この本の中では︑﹁有名人﹂を二つのグループに分けている︒一つは︑本人が意識的に︑メディアを通して︑自

分を露出して︑名前が多くの人に知られた人々である︒もう一つは︑自分を露出することを望んでいないにもかかわら

ず︑事件などに巻き込まれて︑名前が知られるようになった人々である︒このような考え方に基づけば︑﹁有名人﹂と

は政治家

芸能人

スポーツ選手

官界・実業界の人物

著述家・教育者

社交界の人物などが挙げられ

る︒﹁有名人にプライバシーはない﹂というのが一部のメディアの考え方のようであり︑現実に確かに週刊誌︑写真誌

などは有名人のスキャンダルや私行に関する記事が満ちている︒しかし︑有名人が一般人よりプライベートな部分が制

限されているとはいえるが︑だが︑プライベートがまったくないとは言えない︒

浅野健一は著書﹃新・犯罪報道の犯罪﹄の中で︑公人の範囲について次のように定義している︒﹁﹁公人﹂概念は︑プ

ライバシーが一定の範囲で制限され︑名誉毀損罪の免責対象にもなるという重大な制約を受けるものとして︑それに相

応した厳密さで規定されるべきである﹂︑﹁顕名報道の対象としての﹁公人﹂を大きく二つに分けて例示してみたい︵組

織も含む︶︒︹A公人︺直接的に権力を行使する立場にある存在=国・都道府県・市町村政担当者︵首長︶それを補佐す

る公務員︵行政権力︶︑選挙によって選ばれる議員︵立法権力︶︑警察官︑検察官︑

裁判官その他

︑ 海上保安庁

︑ 国 税

庁︑厚生省麻薬取締官など捜査権をもつ公務員︵司法権力︶︑自衛隊︒︹B公人︺その行動が公共の利害︑公益にかかわ

― 5 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(7)

って国の政策決定などに大きな影響を及ぼし得る立場にある存在=企業︑財界団体︑政党︑労働組合︑学術・文化・医

療︵医師会︑公的大病院︶・法曹関係などの各種団体︑教育機関︑教育団体︵学校︑教育委員会など︶︑マスコミ︑宗教

団体││などの代表的幹部︑役員﹂︒

国によって︑その歴史︑政治︑経済体制などが異なるため︑﹁有名人﹂という概念にも差異がある︒中国では︑政治

家は有名人であるという考え方が稀薄である︒日本では選挙を通じて政治家・議員が選ばれるため︑新聞︑テレビ︑雑

誌を応じて︑自己の宣伝に務めている︒また︑選挙運動で︑政治家は宣伝用の車で街に出て︑市民に自分の意見を表明

し︑国民の好感を獲得するように自己を売り込んでいる︒一方︑中国の政治家も普通の市民と意見交換を行い︑交流に

務めているが︑その形式が異なる︒政治家は政府の代表者︑国家のリーダーというイメージを国民に与えている︒中国

の政治家とは︑官僚政治家であり︑日本の政治家ほどには自己宣伝を必要としないのである︒したがって︑小稿では︑

政治家を﹁有名人﹂の範疇から除外することとし︑小稿で論ずる﹁有名人﹂は芸能人︑スポーツ選手︑作家︑歌手︑ス

ポーツ試合の審判などを対象とし︑政治家については別の論文で議論する︒

次に︑プライバシーについて議論する︒プライバシーという言葉は︑今日では人々がよく耳にし︑口にする言葉であ

る︒中国では︑プライバシーという概念が最近二十年のことに属する︒すなわち︑この概念は中国が改革開放時期に入

ってから人々に受け入れてきた概念なのである︒プライバシーは中国ではどのように解釈されているのか︒﹁プライバ

シー﹂は中国語では︑﹁隠私﹂と訳される︒中国のメディア法学者魏永征によれば︑﹁隠私﹂すなわちプライバシーとい

う概念には二つの意味が含まれる︒すなわち︑一つは﹁私﹂︑つまり一般市民の権益と関係ない私事である︒もし一般

市民の権益と関係をもつ︑あるいは一般市民の権益を損なうならば︑完全な個人の行為であっても︑私

事とはいえな

い︒もう一つは﹁隠﹂︑つ

まり本人が他人に知られたくない

︑ あるいは他人に干渉されたくないことである

︒ もちろ

ん︑本人が自ら公開したいことは︑﹁隠私﹂︑つまりプライバシーにならない︒何がプライバシーに属するかについて︑

― 6 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(8)

ある学説では一〇項目ぐらいを列挙している︒例えば︑﹁市民の住宅は不法侵入︑邪魔されないこと﹂︑﹁個人の生活が

監視され︑覗かれないこと﹂︑﹁夫婦の性生活と婚姻外の性生活︵同棲︑結婚前の性生活︑不倫︶が調査︑公開されない

こと﹂︑﹁市民が公開されたくない︑まったく個人的な過去︑あるいは現在の状況︵失恋︑強姦されたこと︑ある種の病

気等︶﹂などが挙げられており︑これらの権利は侵害してはならないとしている︒

法律上︑一九八七年一月に施行された中国の民法にはプライバシー権が明記されていないが︑プライバシー権は法律

上認められていないわけではない︒憲法第三八条は﹁中華人民共和国公民の人格の尊厳は︑侵されない︒いかなる方法

にせよ︑公民を侮辱し︑誹謗し︑誣告することは︑これを禁止する﹂と規定している︒民法第一〇一条は﹁公民・法人

は名誉権を有し︑侮辱・誹謗などによって︑公民・法人の名誉を侵害することを禁止する﹂と規定している︒人格の尊

厳が一つの基本的な権利であり︑人々の名誉・プライバシーの権利が含まれていると解される︒

一方︑日本では最初のプライバシーをめぐる判例は人格権に基づいて判決が下ろされたものであった︒多数の名誉毀

損事例が出現してから︑中国最高人民法院は一九八八年に﹁︿中華人民共和国民法通則﹀若干の問題に関する意見﹂を

公表し︑その第一四〇条では︑﹁書面︑口頭の形式で他人のプライバシーを公開︑あるいは事実を捏造し︑他人の人格

を侵害︑また侮辱︑誹謗等の方式で他人の名誉を損ない︑一定の影響をもたらす行為は︑名誉の侵害にあたる﹂と定め

ている︒また︑一九九三年に最高人民法院が﹁名誉毀損事例の審理に関する若干の問題の解答﹂を公表し︑﹁他者の承

認もなく︑勝手に他者のプライバシーを公開し︑書面あるいは口頭で他者のプライバシーを公開し︑他者の名誉を侵害

した場合︑名誉の侵害にあたる﹂と定めている︒民法にはプライバシー権が規定されていないが︑この﹁意見﹂はその

不備を埋めるものである︒また︑この﹁解答﹂は﹁意見﹂より厳密にプライバシーを規定している︒

以上の法律整備の過程を見ると︑一九八七年に民法が施行されてから︑プライバシーについて︑最高人民法院は裁判

の経験を積んで︑﹁解答﹂﹁意見﹂などの形で各地の裁判所の審理を指導してきた︒経済の高度成長に伴い︑市民が個人

― 7 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(9)

の利益を追求・獲得できるようになり︑文化水準が向上すると同時に︑市民のプライバシー意識も高まってきた︒こう

してプライバシーに関する法律の整備が不可避となってきたのである︒

では︑有名人がプライバシーを享有できるのか︒メディアは報道するときに︑すべての人に均等なプライバシー権を

与えることができない︒例えば︑国家と社会に一定の影響力を与える仕事をしている人々に対して︑彼らのプライバシ

ー権の範囲は一般の人よりも狭い︒一般の人にとっては︑プライバシーに属することでも︑有名人であれば︑それらの

プライバシーを犠牲しなければならないこともありうる︒だが︑実際には︑とりわけ週刊雑誌と新聞で行われている有

名人についての報道はあまりにも常軌を逸しているといわざるを得ない︒確かに︑一般の人と比べ︑有名人が一部のプ

ライバシー権を失ってしまうのは事実であり︑合理的な根拠が認められている︒しかし︑有名人であるので︑すべての

プライバシー権が否定されてしまうのは明らかに行きすぎである︒有名人はプライバシーについてはある程度制限され

てもやむをえないと考えられているが︑無制限なものではない︒一般的に言うと︑有名人︑特に俳優︑歌手など芸能人

にとっては︑注目されること︑高い人気が死活的な意味をもつ︒自らのプライバシーをメディアに売り込むことも︑知

名度を上げるための一つの手段である︒しかし︑個人のことについて︑どこまで知られるべきか︑その範囲は一般市民

の権益︑すなわち知る権利などとの関係とその社会の文化︑市民の一般的な価値観によって定められる︒

2︑有名人のプライバシーと市民の﹁知る権利﹂

テレビのコマーシャルには︑有名な俳優︑歌手︑スポーツ選手が出演するケースが多い︒有名人がコマーシャルに出

演すれば︑多くの人がそのコマーシャルをみる︒そのため︑商品が良く売れる可能性も高くなる︒また︑まだ有名にな

っていない新人たちにとっては︑コマーシャルに出演することは名を売る絶好のチャンスである︒メディアは普通の人

を有名な人にさせることができるからである︒その一方︑メディアは有名人・芸能人を使うことで︑多くの読者・視聴

― 8 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(10)

者を獲得し︑売り上げを伸ばすことができる︒名を売るために︑自己のプライバシーを公衆にさらす人

も珍しくはな

い︒売名のためのプライバシーの公開は本人の自由ではあるが︑自分がプライバシーを公開したいから︑彼らは文句を

言わない︒

メディアが市民のプライバシーを侵害して︑市民から抗議を受けた時に︑メディアは報道の自由を有しており︑メデ

ィアは市民の知る権利を守る責任と義務があるなどの理由によって︑自己弁明に務める姿がよく見られる︒確かに市民

には自分が住んでいる世界の中の出来事を知る権利があるが︑他人のプライバシーをも含めて全てのことを知る権利が

あるとまではいえない︒有名人も時と場によっては︑一市民と言うこともできるのではないのか︒

﹁知る権利﹂と﹁人々の好奇心︑興味に応える﹂ことは同義ではない︒デニス・マクウェールの﹃マス・コミュニケ

ーションの理論﹄︵竹内郁夫・竹下俊夫ら訳︶の中には︑﹁ニュースがまじめな情報と関連しているのに対し︑﹁人間的

興味﹂というのはそれ以外のもの││おそらく娯楽的で︑人格的で︑扇情的なものと関連しているのである︒だが実際

には両者を区別することは困難であろうし︑また両者とも新聞が最初に登場して以来ずっと存在し続けてきたものであ

る﹂︑と述べている︒﹁人間的興味﹂と﹁知る権利﹂が混同されたら︑読者が知りたいことと有名人のプライバシーの間

に明確な一線を画しにくくなるだろう︒メディアが取材︑報道︑議論するべき公的な部分と個人や家族や友人などの生

活上の私的な部分を区別しなければならない︒﹁一般市民の権益﹂︵パブリック・インタリスト︶に密接した関係のない

私的な部分にメディアは踏み込んではいけない︒私的な部分は完全に個人のことで︑一般市民の権益と無関係な部分で

ある︒従って︑メディアは一般市民の権益と無関係な市民の私的な部分︑すなわち市民のプライバシーを公開してはい

けない︒

― 9 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(11)

二︑中国における有名人についての報道

1︑一九八〇年代初期の有名人についての報道

中国における報道の背景を理解するには︑中国の政治制度︑社会構造を知る必要がある︒

唐亮が次のように述べている︒﹁国家の規模と民間部門が存在しうる空間︑経済発展と個人の経済地位は社会自立の度

合いに大きな意義を有する︒一般的に言えば︑公的領域は広く︑国有部門の規模が大きく︑政府の統制が厳しければ︑

私的領域は狭く︑個人と社会の活動自由は少なく︑国家に対する従属性が強くなる︒逆に︑公的領域は狭く︑国有部門

の規模が小さく︑政府の規制が少なければ︑民間部門の活動空間が広く︑社会の自立性が強くなる︒一方︑経済が発展

すればするほど︑人々の経済地位︑生活水準および教育水準が向上︑情報へのアクセスが容易になり︑政治参加の意識

と法的権利意識が高くなる﹂︒改革前の中国では政府の領域は広く︑民間の領域は狭く︑政府の規制が厳しかった︒個

人の自由は少なかった︒社会主義体制をとり︑個人の利益は国家利益に服するという理念は人々に認められていた︒

個人の問題は親戚の有力者と勤め先の労働組合に関心を持ってもらい︑解決してもらうのが普通であった︒例えば︑

中国社会では︑家庭構造は大家族のほうが多い︒個人の問題であれ︑家庭の問題であれ︑大家族で議論され︑解決され

るケースは多い︒大家族で解決できない問題は︑勤め先の共産党書記と労働組合に報告し︑解決してもらうケースは珍

しくなかった︒このような社会意識の上にたって︑メディアは家庭問題を取り上げ︑市民に知らせ︑多くの人の意見を

伝える︒報道する側であれ︑報道された側であれ︑市民のプライバシーという概念自体が稀薄である︒

一つの例をあげる︒ある有名な俳優の家庭にトラブルが起こり︑一九八二年六月一一日に︑上海の有力紙﹃文報﹄

はその﹁道徳法廷﹂欄に﹁映画俳優Z氏家庭内のこと﹂と題する記事を掲載し︑報道した︒彼は前の妻が病死した後再 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 10 ―

(12)

婚したが︑再婚後︑住宅と経済的なことで娘たち︵すでに三〇代と四〇代である︶とトラブルがおこった︒記事では︑

この俳優の再婚してからの家庭トラブルが報道され︑特にこの俳優の娘たちに対する冷たさについて批判的に述べられ

ていた︒例えば︑長女は寧波から上海に帰って︑Zは︑﹁⁝⁝お母さんは静かに暮らしたいので︑あなたはここで住ま

ないでほしい︒今後上海に来たら︑同僚の家あるいはホテルで泊まってください﹂と言った︒次女と三女に対しても︑

Zは冷たいことを言った︒なぜこの新聞はZの家庭のトラブルを報道したのか︒﹁編集者の話﹂には︑﹁我々は社会主義

の新しい家庭関係を提唱する︒父母と子供の間で︑お互いに関心を払い︑愛情を払い︑助け合うべきである﹂︑﹁Zの子

供たちは父親の再婚を反対︑阻止しなかった︒しかし︑Zは再婚後︑父親の責任を忘れ︑無情に子供たちを家に来ない

よう要求した﹂と書かれた︒この俳優は強い心理的な圧力を感じ︑﹃民主与法制﹄へ二回にわたって投書した︒これら

の投書はいずれも新聞に載せた記事について︑彼の意見を表明するものであった︒その中で︑彼は中華人民共和国が成

立した前に生まれた孤児であって︑共産党のおかげで俳優になり︑誠心誠意人民のために︑力を尽くそうと考えている

と︑強調した︒また︑家庭内のトラブルについては︑彼と妻には誤りがあるが︑

子供たちにも誤りがある

︒ しかし

﹃文報﹄の記事は彼ら夫婦二人しかを批判していなかった︑と書いた︒﹃民主与法制﹄雑誌はこの二通の手紙を載せ︑

読者にこの俳優の家庭状況についての議論を呼びかけた︒この新聞と雑誌は︑いずれも家庭内のトラブルを取り上げる

ことで︑市民を教育し︑社会の道徳の向上を図ろうとしたのであり︑今のメディアのようにセンセーショナルに報じて

読者を獲得し︑売り上げをあげるためではなかった︒

当時の中国は文化大革命が終わったばかりの時で︑メディアの役割は政府の方針を報道し︑市民を教育することにあ

った︒法律違反の行為は裁判所で判決を下すことができるが︑法律違反にあたらない問題はメディアで報道され︑メデ

ィアの﹁道徳法廷﹂で社会的制裁が加えられるべきだと考えられていた︒それがメディアの役割の一つだと考えられて

いたのである︒家庭内のトラブルであっても︑メディアが報道すれば︑読者の注意を喚起し︑メディアによって︑市民

― 11 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(13)

を教育することができれば︑他の家庭のトラブルを減らすことができるかもしれない︒このような報道は社会に対して

有益な良い報道だと︑多くの人は思っていた︒このような考え方が一般的であったのは︑中国は経済成長が始まったば

かりで︑個人の利益は絶対的に国家の利益に服従するべきであるという理念がまだ人々の頭に強く残っていたからであ

る︒つまり︑よりよい社会を作り︑道徳的に優れた市民を育てるためならば︑個人のこと︑家

庭内のことを報道して

も︑市民のプライバシーを侵害したと解釈されなかった︒当時中国ではプライバシーという言葉は市民の間にも︑メデ

ィアの中にもまだなかったのである︒経済的な発展が遅れ︑まだ民主化が進んでいない国では︑プライバシーという概

念は十分に発達していない傾向にあるといえるのではないか︒

2︑一九八〇年代後期からの有名人報道によるトラブル

八〇年代には︑中国のメディアは国家の経済成長とともに飛躍的に発展した︒メディアの種類と報道量も増加し︑内

容的にも面白さを重視するようになった︒一般的な社会情報の報道も増えてきた︒その理由の一つは政府のメディアに

対する管理と規制がゆるくなってきたからである︒一方︑メディアが報道の面白さを追究する同時に︑市民の名誉・プ

ライバシーを侵害する事例が目立つようになり︑名誉毀損事例が八十年代以降の新しい社会現象として現れる︒多くの

事例の発生は︑メディアと社会に大きな衝撃を与えた︒これらの事例の原因は何であるのか︑これから中国のメディア

がどうするべきか︑などについては既にいくつかの研究がなされている︒それらの先行研究に基づいて︑

筆者は雑誌

﹃民主与法制﹄と最高人民法院の判例集などに基づいてすでに結審した有名人に関する事例の主要なケースを以下のよ

うに整理した︒

以上の事例によれば︑中国のメディアが有名人を報道し︑彼や彼女らの名誉を毀損したことが原因で︑有名人がメデ

ィアを訴える事例が少なくないと言えるだろう︒その中には︑メディアが有名人同士の間のトラブルを報道し︑議論し 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 12 ―

(14)

結審年月原告職業被告裁判所出典 一九八七楊沫作家雑誌﹃小説林﹄

行政手段﹃民主与法制﹄︑一九八七年第三︑四号

一九八七楊在葆俳優雑誌﹃啄木鳥﹄北京中級人民法院﹃民主与法制﹄︑一九八七年第一〇号

一九八八・一徐良歌手新聞﹃上海文化芸術報﹄上海市静安区人民法院﹃中華人民共和国司法解釈総覧﹄︑北京市通県華龍印刷︑一九九六年一〇月

一九八八・七游本昌俳優新聞﹃毎週電視広播報﹄上海市中級人民法院﹃有名な弁護士が有名な事例を話す﹄︑上海社会科学院出版社︑一九九九年七月

一九九〇・六遅志強俳優新聞﹃温州日報﹄福建省温州市中級人民法院 ﹃人身権法︱典型判例研究﹄︑人民法院出版社︑二〇〇二年一月 一九九〇・六劉暁慶俳優新聞﹃家庭与生活報﹄四川省成都市中級人民法院 ﹃精神損害賠償︱案例評解与研究﹄︑人民法院出版社︑二〇〇一年一月 一九九〇・一一劉詩昆ピアニスト雑誌﹃花地﹄広東省広州市中級人民法院 ﹃輿論監督与新聞糾紛﹄︑復旦大学出版社︑二〇〇〇年四月

一九九一・二陳佩斯俳優新聞﹃湖南広播電視報﹄湖南省高級人民法院﹃精神損害賠償︱案例評解与研究﹄︑人民法院出版社︑二〇〇〇年一月

一九九二・一李谷一歌手新聞﹃声晩報﹄河南省南陽地区中級人民法院 ﹃人民法院案例選﹄︑人民法院出版社︑一九九七年四月 一九九八・一二史可俳優

社︑二〇〇〇年四月 諾貝広告公司北京分公司北京市朝陽区人民法院﹃世論監督与新聞紛糾﹄︑復旦大学出版

一九九九・九陸俊サッカー審判 新聞﹃羊城体育﹄北京市第一中級人民法院﹃世論監督与新聞紛糾﹄︑復旦大学出版社︑二〇〇〇年四月

― 13 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(15)

たので︑批判された有名人が自分の名誉が侵害されたと思い︑メディアを訴えた事例がある︒一本の電話から情報を得

て︑確認もしないまま報道したので︑事実ではないと有名人がメディアを訴えた事例もある︒また︑プライバシーが不

当に報道され︑名誉が侵害されたとして︑有名人がメディアを訴えた事例もある︒訴えられたメディアの中で︑省レベ

ルの政治︑経済情報︑政府の政策などを中心とする共産党機関誌はきわめて少なく︑ほとんどが社会情

報中心の週刊

誌︑月刊誌︑娯楽情報紙などである︒それら訴えられたもののほとんどはまじめなメディアであった︒しかし︑有名人

に関する報道は売り上げと関わるので︑メディアは読者獲得のため有名人への報道が過熱するあまり︑報道倫理低下の

問題も深刻化してきている︒

これらの事件の中には︑小稿が分析を試みるのは一九八六年年末の﹁作家楊沫事件﹂と一九九八年﹁女優史可事件﹂

である︒この二つの事例はいずれも中国におけるメディアによる有名人のプライバシーに関する報道に重要な意義があ

るからである︒﹁

楊沫事件

﹂ で は

︑ 作家楊沫のプライバシーがノンフィクション小説

﹁ 楊沫の初恋

﹂ に不当に公開さ

れ︑名誉が侵害された︒この小説の内容が猥褻であり︑また楊沫の家族関係が事実ではないように書かれている︒楊沫

は法的な手段でなく︑行政手段でこの小説を掲載した雑誌﹃小説林﹄と交渉した︒その約十年後に起きた﹁史可事件﹂

では︑俳優の史可は出演に関することで︑諾貝広告公司とのトラブルで裁判を起こした︒諾貝

公司は史可の

﹁ 妊娠中

絶﹂というプライバシーを公開した︒﹁妊娠中絶﹂が中国ではまだ公開されたくないことと考えられていたので︑この

プライバシーを公開されてはならない︑と裁判の判決が下された︒この二つの事件は中国では大きな波紋を引き起こし

た︒

中国は八〇年代から政治・経済の改革が推進され︑変貌しつつある︒メディアも市民も次第に成熟してきた︒プライ

バシーの概念がなかった時代は過去のものとなりつつあり︑経済の発展と対外的な開放に伴って︑市民の間にプライバ

シー概念が築かれ︑浸透しつつある︒日常生活においても︑多くの市民はプライバシーの問題には敏感になっている︒ 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 14 ―

(16)

上記の二つの事件を通し︑八六年以降中国のプライバシー問題がどのようにメディアに扱わされてきたのか︑そしてど

のように裁判に審理されたのか︑などの問題が見えてくるだろう︒

三︑二つの事件紹介

1︑作家楊沫をモデルにしたノンフィクション小説

事件が発生した一九八六年︑楊沫は七二歳であった︒楊沫は小説﹃青春の歌﹄の作者として︑有名な女性である︒こ

の小説は︑三︑四十年代の知識青年たちが共産党の指導を受け︑国家︑人民の前途は自分の責任として国家︑人民のた

めに頑張っている姿を描き︑映画化もされ︑毛沢東時代の中国青年に大きな影響を与えた︒楊沫は社会主義作家として

有名で︑しかも多くの人々に尊敬される人物である︒﹁楊沫事件﹂は当時中国で大きな波紋を広げた︒その理由は二つ

ある︒第一に︑楊沫が多くの中国人に進歩的で︑清潔な作家であると広く認められていたからである︒三︑四十年代に

は彼女は多くの進歩的な青年と同様に︑自己の利益を捨てて︑国家︑人民のために奮闘した若者であった︑と多くの読

者が信じていた︒第二に︑問題になった小説﹁楊沫の初恋﹂の内容が猥褻であり︑また彼女の家族関係が事実ではない

ように書かれていたので︑楊沫は裁判に訴えることなく︑行政手段という方法を用いて︑抗議したからである︒当時中

国の有名人は自己の名誉・プライバシーが侵害されれば︑今日の有名人のように︑法的手段を用いて︑裁判に訴えるの

ではなかった︒楊沫は中国作家協会︑中国共産党宣伝部などの上級機関に告発し善処を求めた︒だが︑このようなやり

方は当時の社会・法律の実情に見合うものであった︒この事件を通じて︑一九八七年前後︑つまり中国の改革開放の初

期に︑メディアはどのように有名人のプライバシーを報道したのか︑プライバシーという問題を知識人たちがどのよう

に認識したのかなどが見えてくるだろう︒

― 15 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(17)

﹁楊沫事件﹂の事実関係:

中国では︑﹃民主与法制﹄の記事に基づいて︑﹁楊沫事件﹂の事実関係を紹介する︒﹃民主与法制﹄一九八七年第三号

によると︑一九八六年一二月七日に︑ある人が楊沫に黒竜江省ハルピン市の雑誌﹃小説林﹄一九八七年第一号に﹁楊沫

の初恋﹂という小説が掲載されるという情報を伝えた︒そのノンフィクション小説は︑猥褻な描写が多くて︑楊沫が性

的に開放的な女性として描かれており︑楊沫は自分の人格と人間としての尊厳がおかされたと感じた︒また︑小説の中

には︑楊沫の兄と兄嫁は楊沫が困難な時期に︑経済的な負担を嫌うため︑妹としての楊沫に冷たかったという描写もあ

る︒小説の最後のところには︑楊沫本人以外のところから入手した楊沫の写真と署名も掲げられていた︒

ノンフィクション小説で︑しかも実名がそのまま使われているにもかかわらず︑楊沫本人が小説の執筆と掲載をまっ

たく知らなかった︒楊沫はこのことを聞いて︑ショックを受け︑﹃小説林﹄側に抗議を行い︑すぐにその小説の発表を

差し止めるよう強く要求し︑さもなくは︑法的責任を追及すると言明した︒しかし︑楊沫の抗議は無視され︑﹃小説林﹄

は二︑三日後には中国全国各地に郵送された︒発行部数は三十万部であった︒楊沫氏はこのことを上級

の各機関に訴

え︑行政手段による解決を求めた︒上級の各機関もこの問題を重視し︑この小説を載った雑誌﹃小説林﹄をしばらく流

通停止にし︑地方に郵送された分も販売停止するようにと命じたが︑﹃小説林﹄側はこの命令に従わなかった︒

﹁楊沫の初恋﹂というノンフィクション小説の作者︵ペンネーム・紅舒︶は︑中学校の教員である︒楊沫が︑ある地

方の共産党の歴史研究グループと革命闘争時期の体験を紹介した時に︑当時楊沫はある男性と一緒に生活したことがあ

ると語った︒このとき︑その席にいた紅舒はその後︑楊沫が一緒に同棲したことのある男性を訪ねて︑話を聴いた︒紅

舒はそれらのことを材料として小説を書いたが︑楊沫に知らせなかった︒意見も聞かなかった︒

﹃民主与法制﹄一九八七年第三号に楊沫と楊沫の娘である徐然の投稿が載った︒その事件について︑いくつかの点を

楊沫が主張した

︒ 第一に

︑﹁ 楊沫の初恋

﹂ の序文には大きな問題がある

︒ 序文には以下のように

︑﹁

﹃ 青春の歌

﹄ の 読

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 16 ―

(18)

者︑とりわけ思想の活発な青年たちと思春期の少女たちは︑小説中のヒロインとその男性の恋愛は︑作家楊沫自身の経

験ではないか︑と考え︑事実を知りたく思っていることだろう︒このノンフィクション小説は絶対の信頼と権威をもっ

て︑あなたの疑問に答える﹂と書かれた︒楊沫は︑﹃青春の歌﹄のヒロインの恋愛がすなわち楊沫自身の初恋という言

い方はおかしい︒そしてこのノンフィクション小説を楊沫は事前に見たこともなく︑楊沫にインタービューしたことも

ないのに︑﹁権威ある回答﹂などというのは読者をだますものだ︑と意見を表明した︒第二に︑楊沫は困難な時期にそ

の兄と兄嫁が経済的な負担を嫌って楊沫に冷たかった︑と小説では書かれている︒﹁兄と兄嫁の冷たい顔﹂︑﹁窒息する

ような兄の家に住みたくない﹂などの表現は事実無根で︑兄と兄嫁に対する誹謗︑中傷である︑と楊沫が反論した︒第

三に︑猥褻な表現があって︑楊沫は性的に開放的な女として書かれた︒楊沫はそれが事実ではなく︑自分のイメージが

傷つけられ︑自分の初恋が歪曲され︑しかも全国に伝えられたのは許されない︑と抗議した︒最後に︑小説の末尾に用

いられている楊沫の写真と署名は筆者が楊沫本人以外のところから入手したものであり︑それを利用したのは筆者と編

集者が読者の信用を得るために︑肖像権を侵害し署名を盗む違法行為であったと主張した︒

しかし︑﹃小説林﹄側は︑この小説は楊沫を誉めこそすれ︑けなす意図は全くなく︑その描写はけっして猥褻ではな

いと強調し︑雑誌を一時販売停止にするよう求めた黒竜江省共産党委員会の意見を聞かず︑楊沫の抗議を無視し︑その

雑誌を全国で販売した︒楊沫は裁判に訴えることなく︑メディアで声明文を出したり︑上級の行政機関に訴えたりした

ので︑中国宣伝部の注目を引き起こした︒最後に中国作家権益保護委員会の調停で︑双方が和解した︒その結果は﹃小

説林﹄側が記者会見の席上で楊沫に謝った︒楊沫も﹃小説林﹄側の謝罪を受けいれた︒また﹃小説林﹄側が楊沫氏の人

格の尊厳を侵害したことについて楊沫に経済的な賠償を行うことに同意し︑事件は解決された︒

― 17 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(19)

事件の意義:

事件は一九八六年の年末に発生した︒この一九八六年という年は︑中国の民法の施行が始まった年であった︒民法の

中には︑名誉権が規定されているが︑プライバシー権に関する条文はなかった︒一九八七年一月から民

法が施行され

た︒市民の名誉が侵害されれば︑裁判所が民法に定められている条文によって審理することができる︒楊沫の写真が無

断で使われたことについては︑民法一〇〇条に市民の肖像権に関する規定がある︒名誉・プライバシーについては︑民

法一〇一条と一二〇条に規定がある︒民法一二〇条によって︑楊沫は侵害の停止︑名誉の回復︑影響の除去︑および謝

罪と損害賠償を要求する権利がある︒しかし︑七二歳になる楊沫は裁判を起こせず︑時間︑精力がかかる︑などの問題

を考慮した上で︑裁判に訴えなかった︒その代わりに上級機関に行政手段によって問題を解決するように求めた︒もし

楊沫が裁判に提訴したとすれば︑この雑誌の差し止めが命ぜられる可能性があったと思われる︒この点について︑当時

の雑誌においても︑このような楊沫のやり方に対しては︑読者からの批判が掲載された︒当時民法が施行されたばかり

で︑人々の法律の知識と権利の意識がメディア︑市民両方ともに不足しており︑楊沫の事件も当時の中国知識人の民主

主義についての意識水準を反映しているともいえよう︒

もちろん最も反省を求められるべきは﹃小説林﹄雑誌社であった︒﹃小説林﹄側はこの小説が楊沫を肯定的に描写し

たもので︑中傷するものではないと強弁した︒肯定的に記述するのであれば︑何を書いても良いということではないだ

ろう︒この雑誌社の市民の名誉・プライバシーに対する認識に問題があった︒このような認識は法的にも︑また報道の

倫理においても少なからぬ問題があるように思われる︒この小説の採用が決まってからも︑記述の対象である本人に知

らせることなく︑この小説を読ませていなかった︒雑誌社はこの小説を出版すれば︑楊沫にどのような損害を与えるの

かが明白にわかっていたはずだった︒そうでなければ︑事前に楊沫に連絡したはずである︒また︑この事件を解決する

過程において︑﹃小説林﹄側は上級機関からの圧力を感じて︑楊沫にこの問題について﹃人民日報﹄の広告欄に謝罪広 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 18 ―

(20)

告を出すという約束をし︑署名もしていたのにもかかわらず︑その後︑謝罪広告を出すことを拒否したこともあった︒

最終的に﹃小説林﹄側は上級機関の指導と勧告を受け︑楊沫に謝罪した︒もし上級機関の干渉がなかったら︑楊沫個人

の力でこの問題を解決しえたであろうか︒

当時の一部のメディアは女優や女流作家の私生活を報道したり︑本人の許可も得ずに︑その写真を掲載したりしてい

た︒それらのメディアの目的は売り上げを伸ばすためである︒もちろん報道倫理の点において問題があったのは﹃小説

林﹄だけではなかった︒最高人民法院もメディアのこの現象を重視した︒最高人民法院は一九八八年に﹁︿中華人民共

和国民法通則﹀若干問題の意見﹂を出し︑名誉・プライバシー権について︑規定をしている︒書面︑口頭の形式で他人

のプライバシーを公開し︑あるいは事実を捏造し︑他人の人格を侵害し︑また侮辱︑誹謗等の方式で他人の名誉を損な

うことが許されないことが︑明白に定められた︒

日本でも︑﹁楊沫事件﹂と類似した事件があった︒一九六九年一二月に東京高等裁判所が判決を言い渡した事例であ

る︒﹃判例時報﹄第五三七号と第五八二号を参考し︑この事件を紹介していく︒原告俳優︑加藤剛は劇団﹁俳優座﹂の

正座員で︑舞台のみならず︑映画テレビなどで活躍していた︒いずれも清廉︑真摯な青年像を演じてきた俳優で︑正義

感をもったまじめな青年であるというイメージをファンに与えている︒同じ原告である加藤氏の妻加藤牧子は劇団﹁三

十人会﹂の幹部で︑主としてNHK関係の子供向け放送番組に出演する︑まじめな礼儀正しい人と知られている︒被告

は書籍雑誌などの出版ならびに販売を目的とする会社・ジャーナルプレス新社で︑雑誌﹁週刊実話﹂を発行している︒

裁判になった原因はその会社の雑誌﹃週刊実話﹄が一九六四年一〇月二日号に︑﹁︿

話題の焦点

﹀ 加藤剛の

婚前同棲

を心配する母親﹂と題する記事を掲載したことであった︒会社以外には︑同誌の編集委員とほかの二人の記者も被

告になった︒問題になった記事は︑そのタイトル以外に︑その前文には︑﹁しかもこのところ同棲生活に入っていたと

いうから︑ファンは少なからず唖然とさせられたようだ︒⁝⁝はぎれのいい剣さばき︑すがすがしい正義感をもった彼

― 19 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(21)

のイメージとはおよそちがっ

た加藤の私生活であった

︒﹂ という内容があった

︒ 本文は

﹁ だが二人とも若い男女であ

る︒⁝⁝母親をハラハラさせるような

事態

が起こっていたとしてもなんの不思議はない﹂という内容があった︒そ

の次に︑加藤の﹁婚前同棲﹂を説明するために︑加藤の借りたマンションの間取りをも記述された︒加藤夫婦は慰謝料

および謝罪広告の掲載を請求した︒一審で加藤夫婦が勝訴し︑被告が控訴した︒最後に︑被告らは

謝罪広告を掲載し

た︒

この記事による名誉毀損の成立の理由について︑﹃判例時報﹄第五三七号には︑次のよ

うに書かれている

︒﹁ 一般人

は︑結婚前の同棲生活を常態とみなすほどには結婚生活に入るための結婚式その他のこれを社会的に宣言する行為を軽

視してはおらず︑かかる行為以前に男女が同棲しているという事実を不道徳なものとみなしている︒従ってこのような

行為をしていることが流布されると︑その者の社会的評価は︑当然低下することを否めない﹂︒この記事の違法性につ

いて︑﹃判例時報﹄第五三七号には次のように書かれている︒﹁俳優などの芸能人が週刊誌などのマス・メディアを媒介

一つの媒介として︑民衆の間に人気を形成しているという職業上の特質を考慮に入れれば︑これら芸能人がマス・メデ

ィアの上で保護されるプライバシーの権利は︑他の一般人と比してある程度限定的に解されるかもしれない﹂︑﹁本来こ

のようなことは私生活に属することで︑みだりに公開されないという法的保障を有する︒本件記事は︑この法的保障す

るものである︒芸能人であっても︑商業主義的興味本位の犠牲に供されてはならないのであって︑氾濫するプライバシ

ーの侵害を甘受しなければならない理由は全くない﹂︒

六〇年代に日本は経済高度成長初期であり︑八〇年代に中国も経済高度成長初期であった︒この二つの事件はいずれ

もメディアが有名人の私生活を暴いたことであった︒日本では戦後占領期中に新憲法が制定され︑実施された︒三島由

紀夫のモデル小説﹃宴のあと﹄が有名人のプライバシー権利を侵害したと︑一九六四年九月に東京地方裁判所で認定さ

れた事件から︑﹁プライバシー﹂

という概念が日本社会に受け入れられた

︒ 市民の名誉

・ プライバシーが侵害された

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 20 ―

(22)

ら︑法律で自分を守るのはほとんどであった︒だが︑中国では一九八七年に民法が実施され︑当時法律で自分の利益を

保護する意識が人々に浸透されていなかった︒また中国では毛沢東思想を受け︑自己利益を主張することが恥ずかしい

ことだと見なされ︑さらに経済的な利益でもない︑名誉・プライバシーのことだけで裁判を起こすことが少なかった︒

しかも中国では︑特に毛沢東時代に政府の政策を宣伝するのがメディアの主な役割であった︒メディアを提訴するのは

政府を提訴すると同じであった︒以上の比較は︑国家の政治体制と歴史過程と経済発展はその国のメディアの報道︑市

民の民主主義についての意識水準と関わることの証明になるだろう︒

2︑女優史可の妊娠中絶記事

民法が施行され始まった一九八七年から︑特に八〇年代末から︑メディアが市民の名誉・プライバシーを侵害したと

いう理由で提訴される事件が増えてきた︒次に紹介したいのは一九九八年に起きたある女優に関する事件である︒この

事件は﹁楊沫事件﹂と比べ十数年後のことであった︒当時名誉・プライバシー侵害で提訴される事件はすでに珍しいこ

とではなかった︒十数年を経って︑中国の経済は飛躍に発展し︑文化上は海外との交流が多くなって︑人々の思想が開

放されてきた︒メディアのことを言うと︑改革開放前に中国のメディアは有名人を報道するときにはまだ保守︑慎重︑

真面目のほうであった︒一九九八年には十年前と比べたら︑より面白いかもしれないが︑操作され︑扇情的になった︒

一方︑市民の自己利益を保護する意識も高まってきた︒法律の普及教育も知識界から普通の市民まで浸透することにな

ってきた︒

ここで女優史可の妊娠中絶というプライバシーが公開された事件を紹介しよう︒一九九七年四月に諾貝広告公司は北

京市文化局の許可を得て︑演劇﹃綺麗な女性﹄を投資した︒公演中︑女優史可は妊娠中絶をしてもらうなどの理由で演

劇﹃綺麗な女性﹄の演出に行けなかった︒当時演劇のチケットはすでに販売された︒この演劇を投資し︑史可と契約し

― 21 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(23)

たの諾貝公司が史可とこのことについて揉めた後︑多数の新聞社を対象にして記者会見をした︒記者会見の時に諾貝公

司は史可が一方的に契約を破ったと指摘し︑史可の妊娠中絶のことを公表した︒史可が諾貝公司との契約を破った原因

は彼女がテレビドラマに出演するためであった︑と諾貝公司は新聞社に伝え︑史可が演劇に参加しなかったことは無責

任な行為だと批判した︒多くの新聞社がこのことを報道し︑史可がテレビドラマに出演できるように勝手に演劇に行か

なかったことは職業道徳上問題がある︑と報道した︒このことが市民の中で大きな波紋を広げた︒

﹁史可事件﹂の事実関係:

北京市朝陽区人民法院はこのことについて詳しい調査をした︒この事件を見ると︑史可には誤りがある︒しかし︑史

可の演劇に出演しなかった主な原因は諾貝公司にある︒諾貝公司は全部の経過を公開せず︑その一部︑特に史可の間違

った部分だけを記者会見の時に公開した︒諾貝公司が記者会見で事実でないことを公開したので︑史可の名誉を侵害し

た︑と裁判所が意見を出した︒信頼性が高い著作﹃世論監督与新聞糾紛﹄によると︑一九九七年四月に諾貝公司は女優

の史可と演劇﹃綺麗な女性﹄の公演の契約を結んだ︒第一回の公演は順調であった︒第二回の公演が始まった後︑一九

九七年九月の始めに︑史可が妊娠と診断され︑九月八日に妊娠中絶をしてもらうと病院側に予約した︒しかし︑その時

九月一〇日から九月一四日まで五日間の演劇のチケットはすでに発売された︒諾貝公司は史可の休暇を拒否し︑妊娠中

絶手術を一四日後にすると要求した︒史可は体調が良くないので出演ができないと言った︒九月一〇日︑一一日に演劇

を見る観客のために︑﹃綺麗な女性﹄の女性脚本家が史可の代わりに出演した︒手術後︑史可が九月一二日から演劇に

出演した︒

史可︑もともとはフリーの女優であったが︑一九九七年八月から中央演劇学院に加盟した︒このことについて史可は

諾貝公司に言わなかった︒中央演劇学院は史可の﹃綺麗な女性﹄の出演があることを知らなかったので︑史可をテレビ 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 22 ―

(24)

ドラマの﹃天国伝奇﹄の出演に行かせたかった︒その後︑中央演劇学院と諾貝公司は話し合った︒その話し合いの結果

は﹃綺麗な女性﹄への出演は優先させるとのことであった︒これで︑諾貝公司と史可のトラブルが解決されたはずであ

る︒しかし︑一九九七年九月二六日に諾貝公司が四〇あまりのメディアに﹁史可が契約を破った﹂

という記者会見し

た︒諾貝公司が史可の妊娠中絶を公開した︒また︑史可的妊娠中絶はテレビドラマ出演できるようになるためであり︑

更に彼女は﹃綺麗な女性﹄第三回の出演に行けるかどうかについて疑問を持っている︑と指摘した︒しかし︑諾貝公司

は中央演劇学院との相談結果をメディアに公開しなかった︒各メディアはこの記者会見に基づいて︑史可を批判する記

事を報道した︒多くメディアに不公正に批判され︑しかも自己の妊娠中絶の私事が勝手に公開されたので︑史可は名誉

が侵害されたと思い︑諾貝公司を訴えた︒裁判所は史可の主張を認めた︒史可は自分の名誉・プライバシーを侵害した

一番大きい原因は諾貝公司にあると思い︑事実でないことを報道し︑かつ不公正に彼女を批判したメディアの責任を追

及しなかった︒

判決を議論する意義:

裁判は史可と諾貝広告公司の契約のことを調査し︑諾貝公司が史可の名誉を侵害したと判明し︑史可が勝訴するとい

う判決を言い渡した︒

本論文は諾貝公司と史可の契約についての判決を議論するつもりがなく︑判決文の中に女優の妊娠と妊娠中絶を報道

するのはプライバシー侵害になったことについて論じたい︒判決文の中には︑﹁我が国では現段階では︑妊娠︑妊娠中

絶のことは市民が公開しない︑他人に知らせたくないプライバシーに属するので︑諾貝公司がこのことを公開し︑史可

の人格尊厳を侵害した﹂というくだりがあった︒この判決文が出る前に︑メディアが市民のプライバシーを侵害したか

どうか自体は特に問題とされず︑その人のプライバシーが公開されることによってその人の名誉が侵害されたかどうか

― 23 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(25)

がもっぱら問題とされた︒要するに︑その人のプライバシーが公開されても︑名誉が侵害されなければ︑その人の権利

が損害されないと見なす傾向があった︒

プライバシー権利侵害という言い方が法律上存在せず︑その代わりに名誉権という概念によって市民の権利を保護し

ようとしていたのであった︒この判決は中国の法律におけるプライバシー権のあり方を是正する重大な意義をもつもの

であった︒史可が諾貝公司を提訴したが︑この判決文は特に事実を詳しく調べもせず︑諾貝公司が公開したことだけを

報道したメディアにとって教訓になるだろう︒一般市民の場合は︑メディアは普通︑その病気︑妊娠などを公開すべき

ではない︒この点について異議がないだろう︒有名人の場合は︑その人の病気︑妊娠などは市民の知る権利の対象にな

るのか︒史可は妊娠中絶を受けた三日後演劇に出演し始めた︒このことが市民に知られたら︑同情されると思われる︒

彼女のイメージを壊されないかもしれない︒問題は史可本人がこのことを公開されたくないなら︑諾貝公司であれ︑他

のメディア機関であれ︑このことを公開してはいけない︒芸能人の私事が社会の一般市民の権益に影響がないなら︑市

民の知る権利に属するわけではない︒メディアがこのことを報道するかどうか︑その俳優の考え方を考慮しなければな

らない︒自分の私事を知られたくない芸能人がいるかもしれない︒公開されたら本人にとって迷惑をかけられ︑とても

困るかもしれない︒裁判の判決文によると︑この事件を審判されるときに︑妊娠中絶ということについて︑有名人が普

通の市民と同じようにそのプライバシー権利を享有すると判断された︒多くの学者たちはこの判決に賛成した︒ただ︑

有名人の妊娠中絶のようなプライバシーを今後どのように報道することについて︑もっと議論する必要があると思う︒

一般市民の権益と関わるなら︑今後もメディアが報道するべきである︒注意しなければならないのはメディアが報道す

る時に︑必ず公正︑公平に報道するべきである︒

裁判の法的基準が厳しくなってきたにもかかわらず︑現在中国の報道は八〇年代とかなり変わった︒メディアは社会

道徳・教育レベルを向上するよう︑真面目な報道を続けながら︑読者の多様な要求を満足させるため︑報道の内容が豊 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 24 ―

(26)

富︑多様になってきた︒一方︑有名人のプライバシーを公開する報道︑犯罪報道︑猥褻で品のない報道は前より多くな

ってきた︒中国には内陸のほうがまだ貧しいし︑メディアの開放度がまだ低い︒にもかかわらず︑先進諸国に存在する

問題が中国にも出現してきた︒プライバシーの侵害の状況は特に有名人に対する報道の中に存在している︒二︑三年前

にある男性歌手が同性愛者であるという噂が報道され︑中国全土に流された︒この歌手の名誉は低下し︑人気度も大い

に落とされた︒また︑最近のニュース︑あるスポーツ選手が婚姻前に妊娠してからの結婚もメディアに報道された︒こ

のスポーツ選手は水泳の世界チャンピオンであったが︑現在学生として大学で勉強しながら︑よくコマーシャルに出演

している︒彼女の妊娠のことは彼女の私事であり︑婚姻前に妊娠したか︑その後に妊娠したかは︑他人と関係ないだろ

う︒以前報道しなかったことをメディアは報道するようになってきた︒有名人のプライバシー公開のような報道に対す

る不満が︑インターネットでは流されたこともある︒

八〇年代は今より経済上貧困で思想上閉鎖されていた時期であったからこそ︑中国が改革・開放しなけ

ればならな

い︑と人々は切迫感を感じていた︒メディアも同じように︑報道の自由を獲得しなければならないと思われた︒市民の

知る権利を満足させ︑より良い社会を作るのはメディアの責任である︒しかし︑新聞・雑誌の部数を拡大する同時に︑

有名人を始め︑市民の名誉・プライバシー問題も重視しなければならない︒だから︑先進国の報道による名誉・プライ

バシー問題を研究すれば︑発展途上国の問題を防ぐ可能性が出てくるかもしれない︒この考え方で︑日本の報道現状と

事例を見てみよう︒日本では芸能人が笑顔で記者のインタビューに応じ︑妊娠したから結婚を決意した︑とテレビで告

白するのは珍しくないシーンである︒中国では新聞であろうと︑テレビであろうと︑どんなメディアもこのような報道

を行うことがない︒日本では芸能人であれば︑その人の結婚︑離婚︑妊娠︑家族の揉め事などのことを報道するのは普

通である︒

今の日本メディアは六〇年代と違って︑非常に娯楽化するようになった︒市民に娯楽を提供するのはメディアの社会

― 25 ―

中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

(27)

に対して一つの果たすべき機能である︒しかし︑市民の娯楽はイコール有名人のプライバシー権利の喪失ではない︒報

道された芸能人たちが本当に困らないのか︑という疑問が浮かんできた︒この問題をよく知るために︑東京都人権擁護

委員会のアンケートを参照した︒一九六六年秋のことだが︑当時マスコミ関係者の行き過ぎた取材と報道について︑識

者と市民から強い批判があったので︑東京都人権擁護委員連合会では︑東京法務局と共同で有名人を対象に﹁マスコミ

によるプライバシー侵害﹂の被害実態調査を実施した︒二十年後報道上の報道倫理問題がひどくなってきた︒一九八四

年に東京都人権擁護委員会は俳優︑歌手︑放送芸能人︑寄席芸能人︑作曲家︑演奏家とプロスポーツ選手を対象として

アンケート調査をした︒アンケート調査によると︑マスコミによってプライバシーをあばかれたことがあると答えた者

が六五パーセントであった︒被害の回数について︑二回以上と答えた者が八三パーセントであった︒週刊誌︵写真誌を

含む︶︑スポーツ新聞とテレビのワイドショウの問題が一番大きいという結果が出た︒あばかれた私事はどのようなも

のであるのかについて︑一番多かったのは︑異性との交友に関すること︑次に︑性格と人格に関すること︑夫婦に関す

ること︑生活に関することなどであった︒あばかれた私事の真実性について︑四〇・八八パーセント多くの人が﹁事実

がかなり誇張され︑あるいは面白く作り変えられる﹂︑と答えた︒

筆者は﹃判例時報﹄を参考にし︑日本の名誉毀損事例を調べた︒一九六九年に東京高等裁判所で﹃週刊実話﹄による

俳優加藤剛事件︑一九八七年に東京地方裁判所で﹃フライデー﹄によるタレントビートたけし事件と二〇〇一年に東京

高等裁判所で﹃女性自身﹄による俳優大原麗子事件などの判決が下されたが︑そのうち︑多くは週刊誌を訴えたもので

あった︒

日本のメディアにおける報道上の倫理観が問題視されてきたため︑一九九六年に放送界は﹃放送倫理基本綱領﹄を制

定し︑一九九七年に新聞労連は﹃新聞人の良心宣言﹄を発表し︑記者は取材と報道する時にメディアの倫理を重視する

ように呼びかけた︒二〇〇〇年六月に日本新聞協会が一九四六年に制定された﹃新聞倫理綱領﹄を改正し︑特に報道人 中国の有名人報道におけるプライバシー侵害問題の一考察

― 26 ―

参照

関連したドキュメント

熊 EL-57m 本坑の6.8,,730mx1条 -0.3% 防波堤 -- ̄ --- -8.0% 80N 111. x2条 24m

(2006) .A comparative of peer and teacher feedback in a Chinese EFL writing class. ( 2001 ) .Interaction and feedback in mixed peer response

オリコン年間ランキングからは『その年のヒット曲」を振り返ることができた。80年代も90年

父母は70歳代である。b氏も2010年まで結婚して

[r]

mentofintercostalmuscle,andl5%inthepatientswiththeinvolvementofribormore(parietal

90年代に入ってから,クラブをめぐって新たな動きがみられるようになっている。それは,従来の

昨年の2016年を代表する日本映画には、新海誠監督作品『君の名は。」と庵野秀明監督作品『シ