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Field+ 2013 07 no.10日本~カリマンタン内陸部 夏、日本からインドネシアのジャ カルタにつくと乾いた風を感じる。
ジャカルタから1時間ほど飛行機に のって、カリマンタンに到着する。
カリマンタンでは、いっせいの野焼 きで(写真1)、昼間でもなぜか薄暗 く、視界も悪い。ジメジメした日本 と、煙たくてカラカラに乾いたカリ マンタンは対照的だ。
私はカリマンタンで話されている 数々のことば、とくにバリト諸語に 興味をもっていて、そのフィールド ワークをするために、カリマンタン の内陸部によく行く。バリト諸語の 話者はもともと狩猟採集民で、豊か な山・森・川でさまざまな食べ物を 探すのだが、稲作もしている。
昔はモーターボートにのって川を さかのぼる以外に内陸部へむかう方 法が無かった。ボートにのり、内陸 部にむかうにつれ、ある種の「濃さ」
が増幅していくのが感じられる。川 では、水浴びや洗濯をする人びと、
投げ捨てられた果物の皮などのあら ゆる生ごみ、舟着き場の便所や家畜 小屋から流れにのる汚物、中国製エ ンジンの爆発ともいえる駆動音な ど、日本などではフタをされておお いかくされてしまっている「不快」
がダイレクトに感じられる。もっと も現在では、燃料の値段が上がり、
道路が整備されたので、残念ながら 多くの地域でモーターボートにのる 機会は無くなってしまった。
挨拶~安眠
移動している(ように見える)人 にたいする挨拶は「どちらへ?」あ るいは「どちらから?」である。イ ンドネシアの各地でよくみられる挨 拶だ。都会ではなんらかの場所「ど こそこ」をこたえて、簡単な会話に いたる。私のフィールドでは、ドホ イ語で「クモッコリッ?」(あんた どちらへ)あるいは「クモッ?」(ど ちらへ)との挨拶にたいし、「クジュ オイ」(村内の川上へ)か「クボオイ」
(川下へ)などと方向をこたえるこ とが多い。歩いている方向をみれば わかりきったことなのに、わざわざ 目的地の方向をつたえるところが挨 拶らしくて気にいっている。
別の挨拶に「ジャディ・モンドゥ イ?」(水浴びしたか)がある。水 浴びをすでにしたのであれば「ジャ ディ」、まだなら「ジャハム」とこ たえる。水浴びは、川岸のイカダの 近くでおこなう。このイカダ(写真 2)には、舟着き場、洗濯場所、便 所など多くの役割がある。イカダに 1メートルほどの高さの木箱が付い ていて、その中に入り、イカダの丸 太と丸太の間、すなわち川に用を足 すのである。
水浴び(モンドゥイ)をしていると、
しばしば水面をプカプカと大便がた だよう。さらに、川の水の色は、あ ちこちでの金採掘により、泥砂まじ りの黄土色だ。このような水浴びに、
誰もが多かれ少なかれ不快感をおぼ えるかもしれないが、少なくとも水 浴びは身体を冷やす快適な時間だ。
宿泊は、たいてい民家だ。内陸部 の小さな村に宿泊施設はふつう無 い。個人宅に数週間宿泊しても毎日 泊まる家を替えても問題ない。ただ、
泊まると決まれば、何よりもまずし なければならないことがある。蚊帳 を張るのである。熱帯、亜熱帯での フィールドではおなじみだが、マラ リア対策のひとつとして、就寝時の 蚊帳、すくなくとも蚊取り線香は必 須アイテムだ。これらが無いと、お ぞましい一夜をすごすことになる。
また、カティッ・カラ(サソリ)な どの危険な生き物が家の中まで入っ てくる場合もある(写真3)。そのた め、寝床に蚊帳を張るだけでこのう えない安堵感につつまれるのであ フィールドワークをしていると、学術的なたのしみだけではなく、
ささいなことに衝撃をうけたり、みずからをかえりみたり……。
カリマンタン(ボルネオ島のインドネシア領部分)の 内陸部にある小さな村でのフィールドワークの体験から その一部を切りとってみたい。
フ ィ ー ル ド ノ ー ト
カリマンタンのくらし
稲垣和也
いながき かずや/ 日本学術振興会特別研究員(京都大学)写真1 野焼きのようす。
写真2
イカダの近くで水浴び。箱のようなものが便所。
カリマンタン 調査地
イ ン ド ネ シ ア
ボ ル ネ オ 島
ジャカルタ
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Field+ 2013 07 no.10 る。ところで、森での狩猟採集で一夜をすごすさいには、人びとは何か を燃やし、その煙で蚊などから安眠 を守るのだそうだ。
狩猟採集
狩猟採集では川魚がよくとられ る。手釣りや毒流しもおこなわれる ようだが、捕獲罠(写真4)や投網 によることが多い。電気ショック漁 法は魚がとれすぎるということで問 題になったことがあるそうだ。とき に、上流での雨によって水位が増す と、さっそく例の便所のあるイカダ と岸の間の水につかり、ザルをしず め、そこにあつまっている小魚や小 エビをすくう。そして、たいてい油 で揚げて食べる。とれた場所を忘れ ているあいだは、これらはたいへん 美味である。
大型の獲物がとれると村の中で分 配される。「カヴッ」とよばれるオ オトカゲ(写真5)を見たときはさ すがに食べたいとは思わなかった が、「バヴイ」とよばれるイノシシ
(写真6)はすこしいただいた。彼ら の台所は、日本でくらす人びとに とって、魚をさばくところまでは同 じ「台所」かもしれないが、生きた ニワトリ、カヴッ、バヴイをさばく という点をかんがえると、小さな解 体所を兼ねているように見えるかも しれない。
「ルキッ・カハッ」とよばれる緑色 のセミはタンパク源としてこのんで 食される。このセミは夜に明かりの ある室内にまぎれこんでくる。手で つかまえ、羽をちぎってカマドで焼 くこともあるが、そのままライター の直火であぶって食べることもある。
よく食卓にのぼる自然のめぐみは 野菜である。雨のあとはかならずタ ケノコやキャッサバの若葉をとりに いく。とりわけ、にがい食べものが 体を強くするとかんがえる人もお り、アクをじゅうぶんにはぬかず、
にがいまま野菜を調理して食す家族 もある。野菜でにがいものといえば、
「シカッ」とよばれる、茎の芯の部 分がある。さまざまな植物のシカッ が食用だ。たいていかなりにがい。
ただし、「ノサッ・シカッ」とよば れる芯のさらに芯の部分はみずみず しく甘い。不思議なものだ。
その他の食べもの
口に入る頻度がもっともたかいの はインスタント・ラーメンだろう。
ほかのアジア諸国同様、インドネシ アでもこのんで食されている。種類 も多く、近隣諸国に輸出されている。
村での食べ方としては、通常の野菜 スープを作り、そこに単なる食材と して加えることが多い。これは、日 本でいえば、ワンタンのような食材 といえるかもしれない。ただ、最近 ではインスタント・ラーメンが主役 の料理もよく見る。また、インスタ ント・ラーメンそのものを食べる場
合は、独特の調理法がある。袋をあ けるまえに中の麺をくだき、最小限 に袋をあけて粉末スープや調味油を とりだし、そこに湯をそそいで、麺 と湯でパンパンにふくれた袋の口を ねじり一定時間待つ。それを皿にだ して味をつけるのである。意外にも しっかり調理されていて、鍋でつく るのと大差ない。これも不思議だ。
かならず食卓にのぼるのはコメで ある。稲穂が実る時季には地元で収 穫したコメが食される。炊き方の優 劣によって味がちがうので一概には いえないが、コメにうるさい日本人
の口にもあうと思う。しかし、現地 の人びとの稲作の方法を知ると、き めこまやかな日本人はきっと驚愕す ることだろう。まず森の中の丘を切 りひらき、木々を焼く。まるで荒ら されたかのような灰と倒木だらけの 丘を、棒をもつ者が地面に10セン チ弱の深さの穴をあけながら歩きま わる。その穴に5~8粒の籾をまく 者がつづく(写真7)。籾の穴はとく にふさがず、自然にまかせて稲がそ だつのをまつ。雑然、混沌、放任と しかいいようがないかもしれない が、できたコメはうまいのである。
写真3 カティッ・カラ(kahtip kala:サソリ)。 写真4 ブヴ(buwu)とよばれる捕獲罠にナマズやカニがかかっていた。
写真5 カヴッ(kawuk:オオトカゲ)。
写真6 バヴイ(bawuy:イノシシ)の頭部をさばく。
写真7 野焼きで荒地となった 森の中の丘で籾をまく。