九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
健常有歯顎者と片側臼歯部欠損患者における偏咀嚼 の客観的評価
山﨑, 陽
九州大学大学院歯学府
https://doi.org/10.15017/26333
健常有歯顎者と片側臼歯部欠損患者における 偏咀嚼の客観的評価
2012 年
九州大学大学院歯学府
口腔機能修復学講座 インプラント・義歯補綴学分野
山﨑 陽
指導:古谷野 潔 教授
Objective assessment of the mastication predominance for healthy dentate subjects and patients with missing teeth in the
unilateral posterior region
Yo Yamasaki
Section of Implant and Rehabilitative Dentistry Division of Oral Rehabilitation
Graduate School of Dental Science, Kyushu University Director: Prof. Kiyoshi Koyano
対象論文
Author: Yo Yamasaki, Rika Kuwatsuru, Yoshihiro Tsukiyama, Kiyoshi Koyano
Title: Objective Assessment of the Mastication Predominance for Healthy Subjects and Patients with Missing Teeth in the Unilateral Molar Region
Journal: The International Journal of Prosthodontics (submitted)
目次
要旨
第1章 緒言
第2章 両側咬筋筋電図測定による咀嚼側の客観的判定(実験Ⅰ)
Ⅰ. 背景・目的 Ⅱ. 材料・方法 Ⅲ. 結果 Ⅳ. 考察 Ⅴ. 小括
第3章 健常有歯顎者における偏咀嚼の調査(実験Ⅱ)
Ⅰ. 背景・目的 Ⅱ. 材料・方法 Ⅲ. 結果 Ⅳ. 考察 Ⅴ. 小括
・・・ 1
・・・ 4
・・・ 9
・・・ 9
・・・ 14
・・・ 17
・・・ 20
・・・ 21
・・・ 21
・・・ 24
・・・ 37
・・・ 40
第4章 片側臼歯部欠損患者と健常有歯顎者の偏咀嚼の比較(実験Ⅲ) Ⅰ. 背景・目的
Ⅱ. 材料・方法 Ⅲ. 結果
Ⅳ. 考察 Ⅴ. 小括
第5 片側臼歯部欠損患者への欠損補綴治療が偏咀嚼 に与える影響(実験Ⅳ)
Ⅰ. 背景・目的 Ⅱ. 材料・方法 Ⅲ. 結果
Ⅳ. 考察 Ⅴ. 小括
第6章 総括
謝辞
参考文献
・・・ 41
・・・ 42
・・・ 45
・・・ 71
・・・ 75
・・・ 76
・・・ 77
・・・ 78
・・・ 89
・・・ 92
・・・ 93
・・・ 95
・・・ 96
要旨
片 側 臼 歯 部 欠 損 が 偏 咀 嚼 に ど の よ う な 影 響 を 与 え る か を 科 学 的 に 調 査 し た 報 告 は 過 去 に な く 、 健 常 有 歯 顎 者 と 比 較 し て 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 の 偏 咀 嚼 の 程 度 が ど の よ う に 異 な る か を 評 価 す る こ と は 欠 損 補 綴 治 療 の 効 果 を 知 る 上 で 重 要 な 事 項 で あ る 。 そ こ で 本 研 究 で は 、 健 常 有 歯 顎 者 お よ び 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 に お け る 偏 咀 嚼 の 程 度 に つ い て 比 較 し た 。 ま た 、 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 へ の欠 損 補 綴 治療 が偏 咀嚼 に与え る影 響を 検討 した 。
本 研 究 で は 、 ま ず 第 2 章 に お い て 九 州 大 学 職 員 か ら な る 健 常 有 歯 顎 者 30 名 を 対 象 に 、 ピ ー ナ ッ ツ 、 ビ ー フ ジ ャ ー キ ー 、 チ ュ ー イ ン ガ ム を 咀 嚼 側 を 指 示 し て 咀 嚼 さ せ 、 そ の 時 の 両 側 咬 筋 筋 活 動 を 携 帯 型 筋 電 図 測 定 装 置 を 用 い て 日 を 分 け て 2 回 測 定 し 、 筋 電 図 に よ り 咀 嚼 側 を 判 定 で き る か ど う か 検 討 を 行 っ た 。 そ の 結 果 、 指 示 し た 咀 嚼 側 と 筋 電 図 か ら 判 定 し た 咀 嚼 側 の 一 致 率 の 平 均 値は 、1 回 目の 測定 では ピ ーナ ッツ:98.3%、ビー フジ ャー キー:95.3%、
チ ュー イ ン ガ ム 97.0% 、 2 回 目 の 測 定 で は ピー ナッツ :96.8%、 ビー フジ ャ ー キ ー :93.7% 、 チ ュ ー イ ン ガ ム :96.0% と 高 い 一 致 率 を 認 め 、 両 側 咬 筋 筋 電 図測 定 に よ り咀 嚼側 の判 定を行 うこ とが 可能 であ ること が 示唆 され た。
第 3 章 では 、 健常 有 歯 顎 者 50 名 を 対 象と し、ピ ー ナッツ 、 ビーフジ ャ ー キ ー 、 チ ュ ー イ ン ガ ム 自 由 咀 嚼 時 の 両 側 咬 筋 筋 電 図 よ り 、 左 右 側 そ れ ぞ れ の 咀 嚼 回 数 を 計 測 し 、 偏 咀 嚼 値 [{ (右 側 咀 嚼 回 数 −左 側 咀 嚼 回 数 )/総 咀 嚼 回 数 }
×100 (%)]お よ び 偏 咀 嚼 指 数 (偏 咀 嚼 値 の 絶 対 値 )を 算 出 す る こ と で 、 偏 咀 嚼 の 程度 を 客 観 的に 評価 した 。ま た、偏 咀嚼 に関 する VAS によ り主 観的 な偏 咀 嚼 の 程 度 も 評 価 し た 。 そ の 結 果 、 偏 咀 嚼 値 に は 正 規 性 が 認 め ら れ た 。 各 被 験 食 品に お け る 偏咀 嚼指 数( 中 央値[最小 値、最 大値 ])はそ れぞれ ピーナ ッツ:
38.0[3.0、100.0]、ビ ー フ ジ ャ ー キ ー:30.5[0、100.0]、チ ュ ー イ ン ガ ム : 19.5[0、85.0] と な っ た 。 ま た 、 偏 咀 嚼 指 数 を 20% 毎 に 集 計 し 偏 咀 嚼 指 数
の 分布 を 調 べ たと ころ 、偏 咀 嚼指 数が 40% 未 満の者 が健 常 有歯 顎 者に 占め る 割 合は 、ピ ー ナ ッツ:56% 、ビ ー フ ジャ ーキ ー:62%、チュ ーイ ンガム:82%
と な り 、 健 常 有 歯 顎 者 は 比 較 的 両 側 で 咀 嚼 す る 者 が 多 い こ と が 明 ら か と な っ た 。 ま た 、 偏 咀 嚼 指 数 を 各 被 験 食 品 毎 に 比 較 し た と こ ろ 、 ピ ー ナ ッ ツ と チ ュ ー イ ン ガ ム 間 お よ び ビ ー フ ジ ャ ー キ ー と チ ュ ー イ ン ガ ム 間 の 偏 咀 嚼 指 数 に は 統 計 学 的 な 有 意 差 ( P<0.05) が 認 め ら れ 、 食 品 の 性 状 が 硬 い ほ ど 偏 咀 嚼 の 程 度 が 大 き く な る こ と が 示 さ れ た 。 偏 咀 嚼 の 認 識 度 (VAS) に よ る 偏 咀 嚼 の 主 観 的 評 価 は ビ ー フ ジ ャ ー キ ー お よ び チ ュ ー イ ン ガ ム に お い て 弱 い 相 関 が 認 め ら れた 。こ のこ とか ら 、VAS に よ っ て 偏咀 嚼の程 度 を評価 する ことは 困難 で あ り 、正確 に 評 価 す るに は客 観 的な 評価 法を用 い る必要 があ ると考 えら れた。
第 4 章 では 、 当院 を 受 診 し た 片側 臼 歯 部 欠 損患 者 30 名を 対象 とし て、 偏 咀 嚼 値 お よ び 偏 咀 嚼 指 数 、 偏 咀 嚼 の 認 識 度 (VAS) を 測 定 し た 。 そ の 結 果 、 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 に お け る 偏 咀 嚼 値 に は 正 規 性 が 認 め ら れ ず 、 被 験 食 品 間 で の 偏 咀 嚼 指 数 に は 有 意 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 ま た 、 各 被 験 食 品 に お け る 偏 咀嚼 指 数( 中 央値[最 小値 、最大 値])は そ れぞれ ピー ナッツ:93.5[37.0、 100.0]、ビー フジ ャ ー キ ー:100.0[71.0、100.0]、チュ ーイ ンガム:89.0[7.0、 100.0]であることから、片側臼歯部欠損患者は偏咀嚼の程度が大きいと考え ら れた 。
片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 を 欠 損 側 の 咬 合 支 持 歯 数 よ り 求 め ら れ る occlusal unit 数( 以下 欠 損 側 OU数 と す る )毎 に 分 類し 、欠損 側 OU 数と 偏咀 嚼指 数 と の 相 関 を 調 べ た と こ ろ 、 す べ て の 被 験 食 品 に お い て 負 の 相 関 が 認 め ら れ
(P<0.05)、 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 は 欠 損 歯 数 が 多 い ほ ど 偏 咀 嚼 と な る こ と が 示 唆さ れ た 。
分 布は 両 者 間 で有 意差 が認 められ(P<0.001)、片側 臼歯 部欠損 患 者は健 常 有 歯 顎 者 と 比 べ て 非 欠 損 側 に 咀 嚼 側 が 偏 る こ と が 明 ら か と な り 、 片 側 臼 歯 部 欠 損 は偏 咀 嚼 を 惹起 する こと が示唆 され た。
第 5 章 で は 、 第 4 章 で 対 象 と し た 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 の う ち 、 可 撤 性 部 分 床 義歯 に よ る 欠損 補綴 治療 を選択 した 患者 10名に 対し て、欠損 補綴 治療 前後 の 偏 咀 嚼 値 お よ び 偏 咀 嚼 指 数 、 偏 咀 嚼 の 認 識 度 (VAS) を 測 定 し 、 欠 損 補 綴 治 療前 後 に お ける 主観 的お よび客 観的 な偏 咀嚼 の程 度の変 化を比 較し た。
偏 咀 嚼 指 数 に つ い て 、 片 側 臼 歯 部 欠 損 患 者 の ビ ー フ ジ ャ ー キ ー に お け る 偏 咀 嚼指 数 に 有 意差 が認 めら れた(P=0.018)。欠損 様式 につ いて 、遊離端欠 損 の ビ ー フ ジ ャ ー キ ー に お け る 偏 咀 嚼 指 数 に 有 意 差 が 認 め ら れ た (P=0.043)。
ま た、 欠 損 側 OU 数 に つ いて は、 欠 損 側 OU2の ビー フジ ャーキ ー におけ る 偏 咀 嚼 指 数 に 有 意 差 が 認 め ら れ た 。 こ の こ と よ り 、 可 撤 性 部 分 床 義 歯 に よ る 欠 損 補 綴 治 療 は 硬 性 食 品 に お い て 偏 咀 嚼 の 程 度 を 減 少 さ せ る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た。
偏 咀 嚼 の 認 識 度 (VAS) の 変 化 は 欠 損 補 綴 治 療 前 後 に お い て 有 意 差 は 認 め ら れ ず 、 偏 咀 嚼 に 対 す る 意 識 は 可 撤 性 部 分 床 義 歯 に よ る 欠 損 補 綴 治 療 で は 変 化 しに く い こ とが 分か った 。
片 側 臼 歯部 欠 損患 者 の 欠 損 補 綴治 療 後 の 偏 咀嚼 値 と偏咀嚼 の認識度(VAS) と の 間 に は ピ ー ナ ッ ツ と ビ ー フ ジ ャ ー キ ー に お い て 相 関 が 認 め ら れ た
(P<0.05)が、チューインガムとの間には相関は認められず、ピーナッツや
ビ ー フ ジ ャ ー キ ー の よ う な 硬 性 食 品 は 偏 咀 嚼 の 程 度 を 認 識 し や す い こ と が 明 ら かと な っ た 。
以 上 よ り 、 片 側 臼 歯 部 欠 損 は 偏 咀 嚼 の 原 因 と な り 、 偏 咀 嚼 の 程 度 に も 大 き な影 響 を 与 え るこ とが 示唆 された 。また 、可撤 性部分 床義 歯に よる 欠損補 綴 治療 に よ り 偏 咀嚼 の程 度を 減 少 さ せる 可能 性が示 唆 された。
第 1 章 緒言
ヒトは咀嚼を行う際、左右側のうちよく噛む側あるいは噛みやすい側が存在し、
それを習慣性咀嚼側、主咀嚼側などと呼ぶ。また、片側でよく噛むという動作・習 慣を偏咀嚼、片側咀嚼などと呼ぶ。本研究では、口の中にものを入れたときに噛む 側を「咀嚼側」、偏った側で咀嚼することを「偏咀嚼」、右側か左側かのうちよく噛 む側を「習慣性咀嚼側」と定義した。
偏咀嚼は広範な齲蝕、歯痛、歯の欠損などの後天的な要因により生じる可能性が 報告されている[1,2]。偏咀嚼の持続は、咀嚼運動経路[3,4]や筋の活動様相[5-8]、咀 嚼運動リズム、咬合力、咀嚼能率、咀嚼筋の発達等の顎口腔機能[2,4,9,10]に左右差 が生じることや、頭蓋顔面の骨格、顔貌等の左右非対称などの顎顔面形態[10-14]、 さらに姿勢、身体の重心[9,10]に影響を与えることなどが報告されてきた。また、
偏咀嚼の持続が脳に与える影響に関する報告[15]もあり、臨床的には歯の咬耗や破 折[16]、顎関節症などの顎機能障害[17]の原因の一つにも挙げられている。このよ うな影響を避けるために、咀嚼運動は可及的に左右側均等な頻度であることが望ま しく、原因が明らかな咀嚼の偏りについては治療が必要であると考えられる。逆に、
咀嚼時の咀嚼の偏りの程度を知ることで、これらのリスクを事前に評価することが できる。
しかしながら、習慣性咀嚼側と咀嚼リズムに関する研究[4,18,19]、習慣性咀嚼側 と咀嚼筋力に関する研究[7,18-21]、習慣性咀嚼側と咬合力や咬合接触面積に関する
研究[22,23]など、右左側のどちらか一方に習慣性咀嚼側が存在するという前提に基
づく報告はみられるが、どの程度偏って咀嚼しているかを客観的に評価したものは
調査し、比較検討することは、咀嚼の実態をより詳しく把握することができると考 えられる。
臼歯部欠損患者
臼歯部での咬合支持を失った臼歯部欠損患者は、咀嚼効率や咬合力、咬合接触 面積が減少し、咀嚼機能が低下することが報告されてきた[24-27]。一方、日常臨 床では、顎口腔系の失われた機能と形態を回復させるために、臼歯部欠損患者に 対して可徹性部分床義歯やインプラント固定性補綴装置による欠損補綴治療が 行われている。これらの欠損補綴治療後の機能回復の程度を客観的に評価するた めに、これまで咀嚼能率の測定[24-31]、下顎運動経路の分析[32-35]、咀嚼筋筋 活動の分析[32-35]、嚥下までの咀嚼回数や咀嚼時間の測定[27]、咬合力測定
[24-26,32,36]などの多くの研究がなされてきた。
可撤性部分床義歯では義歯の装着により、咀嚼能率や最大咬合力が増加し、咀 嚼能力が改善したとする報告がある[28,30]が、反対に咀嚼能力に改善が認められ なかったという報告もある[24,31]。また、可撤性部分床義歯の装着は齲蝕や歯周 疾患など残存組織へのリスクとなること[24,37]、短縮歯列のままでも患者自身の 咀嚼能力への不満はないとする報告[31,38-40]などから、可撤性部分床義歯はオ ーバートリートメントではないかという指摘[41]もある。一方、金田ら[27]は義 歯装着により固有口腔を確立することで、粉砕食物の歯列の舌側への集積能力が 向上し、咀嚼効率が改善したことを報告した。また、インプラント固定性補綴装 置による欠損補綴治療については、最大咬合力や咀嚼能力は大きく向上し、咀嚼 機能、咀嚼筋活動、顎運動機能は健常有歯顎者に近づくことが報告されている [33-35,42]。
偏咀嚼については、Käyser ら[40]は臼歯部欠損により短縮歯列となっている 者は後方歯が多い側に咀嚼側が偏ることを報告した。しかし、片側臼歯部欠損が 偏咀嚼にどのような影響を与えるかを科学的に調査した報告はなく、片側臼歯部 欠損患者の偏咀嚼の程度が健常有歯顎者と比較してどのように異なるかを評価
することは、欠損補綴治療の効果を知る上で重要な事項である。また、これらの 患者に対して欠損補綴治療の種類、すなわち、インプラント固定性補綴装置かも しくは可撤性部分床義歯かが偏咀嚼の程度にどのような影響を与えるかも評価 すべき事項と考えられる。
そのためには、まず咀嚼の偏りについて把握、評価する手段が必要である。
偏咀嚼の判定法
これまでの研究において、右側か左側かのうちよく噛む側の習慣性咀嚼側の判定 方法がいくつか報告されてきた。
主観的な方法としては、問診およびアンケートによる方法が用いられてきた [9,43-48]。問診は最も簡便な方法であり過去より多くの論文で用いられているが、
被験者の主観によるため、正確な情報が得られているかどうかについての確証がな いことや、「分からない」という回答がありうるという欠点がある。
一方、客観的に習慣性咀嚼側を判定する方法として、咀嚼運動の第1ストローク 咀嚼側による方法[20,47,49,50]、筋電図による咀嚼リズムによる方法[4,18,19]、咬 合力と咬合接触面積による方法[22,23]、さらには左右側それぞれの咀嚼経路の形態、
安定性等を考慮した判別関数による方法[51]等が用いられてきた。咀嚼運動の第 1 ストローク側による方法は簡便かつ客観的に習慣性咀嚼側を判定できるが、習慣性 咀嚼側が「ない」という者を抽出することができない。その他の客観的な習慣性咀 嚼側判定法に関しても、見解の一致が得られず、習慣性咀嚼側との関連が裏付けら れていないものが多く、ゴールドスタンダードとなる方法が確立されていないのが 現状である。また、これらは右側か左側かの習慣性咀嚼側の判定法であり、これら の手法を用いてどの程度偏って咀嚼しているかとする偏咀嚼を正確に評価するこ
を判定し、左右側それぞれの咀嚼ストローク数の割合を算出した指数である。また、
椿本ら[54]は同様の方法を用いて、食品の硬性が偏咀嚼に影響を与える可能性を報 告した。しかしながら、顎運動測定装置は高い精度での咀嚼側の判定が可能である が、装置が大きく利便性に欠けるため、外来での使用が困難である。また、顎運動 測定装置は口腔内に専用のセンサーを取り付けるため、自然な咀嚼ができない可能 性がある。このため、より簡便かつ正確に測定できる新しい測定方法を開発する必 要がある。
被験食品
咀嚼機能や偏咀嚼の程度を評価する場合、主にチューインガムが被験食品として 用いられてきた[2,10,14,52,53]。被験食品の量、大きさ、硬さ、弾力性、凝集性、
付着性などの性状および咀嚼の進行による性状の変化により、咀嚼運動経路、咀嚼 リズム等が変化することがわかっている[55,56]が、チューインガムは咀嚼の進行に 伴う大きさや性状の変化がほとんどなく、咀嚼運動の安定性の分析に適した食品 [57]とされている。しかし、実際の食事の際に摂取する食品は大きさや性状が変化 するため、偏咀嚼の程度を評価するためには複数の食品を用いる必要がある。
Delport[58]らは健常有歯顎者に非習慣性咀嚼側に様々な硬さの食品を咀嚼させ たところ、食品が硬いほど非習慣性咀嚼側では噛みにくいと訴えたと報告した。ま
た、Paphangkorakit ら[59]はアスパラガス、ポークジャーキー、アーモンドを、
椿本ら[54]はチューインガム、カマボコ、グミゼリー、たくあん、ピーナッツ、ジ ャイアントコーン、するめなど性状の異なる複数の食品を用いて健常有歯顎者の偏 咀嚼の程度を評価し、食品の硬さが咀嚼の偏りの程度に影響を与えると報告した。
しかし、豆腐のようにさらに軟らかい食品では咀嚼回数が少なく、嚥下するまでの 時間が早い[60]という報告があり、アメのように高度に硬い食品では咀嚼運動が安 定しにくいため、偏咀嚼の程度を評価するには過度に軟らかい食品や硬い食品は不 適当であると考えられた。
そこで、本研究では過去の研究で多く用いられ、かつ食品形態、重量の規格、衛
生管理の面から、軟らかくて安定性のあるチューインガム、中程度の硬さで粉砕性 のあるピーナッツ、硬性食品としてビーフジャーキーを被験食品として選択し、食 品の硬性の変化による偏咀嚼の程度がどのように異なるのかも評価すべき事項と考 えた。
本研究の目的
本研究では、第2章で咀嚼側を判定するための新たな測定方法を開発するために、
携帯型筋電図測定装置を用いた両側咬筋筋活動測定により客観的に咀嚼側を判定 できるかどうか検討を行った。次に第3章で、健常有歯顎者の偏咀嚼の実態を調査 するために、被験食品自由咀嚼時の左右側の咀嚼回数より偏咀嚼値および偏咀嚼指 数を算出し、偏咀嚼の調査を行った。第4章では、片側臼歯部欠損患者における偏 咀嚼の実態を調査するために、片側臼歯部欠損患者の偏咀嚼についての調査を行い、
健常有歯顎者との比較を行った。第5章では、可撤性部分床義歯による欠損補綴治 療が片側臼歯部欠損患者の偏咀嚼に与える影響を検討するために、欠損補綴治療前 後の偏咀嚼の変化を比較検討した。
なお、本研究は九州大学病院臨床試験倫理審査委員会による審査を受け、承認を 得た上で実施した。(承認番号23034)
第 2 章 両側咬筋筋電図測定による咀嚼側の 客観的判定(実験Ⅰ)
I. 背景・目的
偏咀嚼の程度を評価するには、顎運動測定装置を用いて咀嚼時の下顎運動経路 を計測し、左右側それぞれのストローク数から判定する方法[52,53,61]が報告され ている。顎運動測定装置は高い精度での咀嚼側の判定が可能であるが、装置が大 きく利便性に欠けるため、外来での使用が困難である。また、口腔内に顎運動を 測定するためのセンサーを装着するため、センサーの位置によっては自然な咀嚼 が行われにくい点がある。このため、より簡便で、正確に測定できる新しい測定 方法を開発する必要がある。
一方、近年、チェアーサイドで簡便に様々な生体計測ができる携帯型測定装置 が開発され、その中でも携帯型筋電計は、測定精度が向上し、安定した測定が可 能である。
そこで本章における研究の目的は、携帯型筋電図測定装置を用いて被験食品咀 嚼時の両側咬筋の筋電図を測定することで、咀嚼側を客観的に判定することの妥 当性を検討することである。
II. 材料・方法
1. 被験者
被験者は、本研究の目的および実験内容について説明を受け、参加の同意が得 られた九州大学職員 30 名(男性 18 名、女性 12 名、平均年齢 30.0 歳;23〜42 歳)で、以下の基準を満たす者とした。
選択基準
(1) 20歳以上の健常有歯顎者
(2) 第3大臼歯を除いて歯の欠損がない者
除外基準
(1) 咀嚼運動に影響を及ぼす全身的もしくは歯科的疾患を有する者 (2) 認知症など、本研究の理解を得られない者
(3) 矯正治療中である者
2. 筋電図測定装置
実験では、被験食品咀嚼時の筋活動を観察するために携帯型筋電図測定装置
(ProComp INFINITI,Thought Technology,Montreal,Canada)(図2−1) を用いた。筋電図の導出には、ディスポーザブルAg/AgCl電極(図2−2)の電極 間距離は20mmとし、両側咬筋中央部で筋線維の走行方向と平行となるように貼 付した。導出された筋電活動は、サンプリング周波数2048Hzで128サンプル毎 に平均化した。携帯型筋電図測定装置はPersonal Computer(以下PCする)に 光ファイバーケーブルにて接続し、導出された筋電図をPCに出力した(図2−3, 2−4)。
図 2−1,2−2 携帯 型筋電 図測定 装置(左)、デ ィスポ ーザブ ル Ag/Agcl 電極(右 )
① 被験者
② 表面電極
③ 携 帯 型 筋 電 図 測定装置
④ 光 フ ァ イ バ ー ケーブル
⑤ TT-USB
⑥ USBケーブル
⑦ PC
図 2−3,2−4 携帯 型筋電 図測定 装置と 記録シ ステム(左)、測 定装置 のブロ ック図( 右)
3. 被験食品
市販されている硬さの異なる3種の食品を被験食品とした(図2−5)。
(1) ピーナッツ(株式会社でん六K)
(2) ビーフジャーキー(20×20×2mm大にカット)(株式会社でん六K)
(3) チューインガム(フリーゾーン、株式会社ロッテA)
図 2−5 被験 食品:
ピーナッツ(左上) ビーフジャーキー(右上) チューインガム(下)
4. 測定手順
被験者は、フランクフルト平面が水平となるように頭部を固定せずにリラック スした状態で歯科用チェアに座らせ、両側咬筋中央部にAg/AgCl電極を貼付した。
ピーナッツ1個、ビーフジャーキー1片をそれぞれ右側で10回、左側で10回咀 嚼させた。チューインガムについては1枚を 1分間咀嚼させ軟化させた状態で、
右側で10回、左側で10回咀嚼させた。その後、随意性最大咬みしめ(約3秒間、
3 回)を行わせた。咀嚼運動時および随意性最大咬みしめ時の筋電図を携帯型筋 電図測定装置で測定し、得られたデータは直接PC上に収録した。
上記の手順について、日を改めて2回行った。
5. データ解析
解析1 被験食品咀嚼時の咀嚼側の一致率(P14)
得られた筋電図原波形のデータをRoot mean square(RMS)変換し(RMS波 形)、解析ソフト(Biograph infiniti version 5.1.2,Thought Technology, Montreal,Canada)を用いて解析した(図2−6)。
(1) 随 意 性 最 大 咬 み し め に お け る 筋 活 動 の 最 大 振 幅 の 平 均 値 を 100%MVC
(maximum voluntary contraction)とした。
(2) 被験食品咀嚼時における1ストローク毎の左右側それぞれの筋活動率を算出し た(図2−7)。
(3) 求めた左右側それぞれの筋活動率のうち、値の大きい側を咀嚼側と判定した。
(4) 各被験者および被験食品毎に「指示した咀嚼側」と「筋活動率より判定した咀 嚼側」との一致率を求めた。
右側咀嚼時 左側咀嚼時 ピー ナッツ 咀嚼時 の RMS波形
図 ピー ナッツ 咀嚼時の RMS 波形
右側咀嚼時 左側咀嚼時
ビー フジャ ーキー 咀嚼時 の RMS波形
右側咀嚼時 左側咀嚼時 チュ ーイン ガム咀 嚼時の RMS波形
(青線が左側咬筋、緑線が右側咬筋の波形)
図 2−6 最大 咬みし め時のRMS 波形 と各被 験食品 におけ る 右側 咀嚼時 および 左側咀 嚼時の RMS 波形
最大 咬みし め時の RMS 波形
約3秒間 約3秒間 約3秒間
筋活動率:100%MVC に対する被験食品咀嚼時の 1 ストロークにより得られた筋 活動の最大振幅の割合
1 ストロークにより得られた筋活動の最大振幅 1 100%MVC
100 (%) 図 2−7 筋活 動率の 定義
解析2 各被験食品間における測定結果の差の比較(P16)
Kruskal-Wallisの一元配置分散分析を行った。
III. 結果
解析 1 被験食品咀嚼時の咀嚼側の一致率
被験者の各被験食品咀嚼時の「指示した咀嚼側」と「筋活動率より判定した咀 嚼側」との一致率および1回目と2回目の一致率を示した(表2−1および図2−8)。 なお、表2−1中の赤の塗りつぶしは一致率が70%未満のもの、黄色の塗りつぶし は70%代のものを示す。
ほとんどの被験者で、「指示した咀嚼側」と「筋活動率より判定した咀嚼側」は 1回目も2回目もともに高い一致率を認めた。しかし、被験者の中には2回とも 一致率が60%程度の者が認められた。
(赤 の塗り つぶし :一致 率が 60%未満 、 黄色 の塗り つぶし :一致 率が 70%代 ) 表 2−1 「指 示した 咀嚼側 」と「 筋活動 率より 判定し た咀嚼 側」と の一致 率
被験者 番号
1回目 2 回目
ピーナッツ ビーフジャ
ーキー
チューイン
ガム ピーナッツ ビーフジャ
ーキー
チューイン ガム
1 100 100 100 100 100 100
2 100 100 80 100 100 90
3 100 100 100 100 100 100
4 100 100 100 100 100 95
5 90 100 100 100 100 100
6 100 100 100 100 100 100
7 100 100 90 100 100 100
8 100 100 100 100 100 100
9 100 100 100 100 100 100
10 100 60 100 100 95 100
11 100 100 100 100 100 100
12 100 100 100 100 100 100
13 100 100 100 70 100 100
14 95 100 100 100 100 95
15 100 100 100 100 80 95
16 100 100 100 100 100 100
17 100 95 100 100 70 100
18 100 100 100 100 100 100
19 95 100 100 100 100 100
20 95 100 90 90 75 90
21 100 100 95 95 90 90
22 95 65 90 80 70 70
23 95 100 100 100 100 100
24 100 100 100 100 100 100
25 95 95 90 100 80 95
26 100 95 100 100 95 100
27 100 100 100 100 100 100
28 95 90 100 100 100 100
29 95 65 80 85 65 60
30 100 95 95 85 90 100
平均値 98.3 95.3 97.0 96.8 93.7 96.0
0 20 40 60 80 100
0 20 40 60 80 100
ピーナッツ
0 20 40 60 80 100
0 20 40 60 80 100
チューインガム
解析2 各被験食品における測定結果の比較
各被験食品間での測定結果に統計学的な有意差は認められなかった(P>0.05: Kruskal-Walllisの一元配置分散分析)(表2−2)。
0 20 40 60 80 100
0 20 40 60 80 100
ビーフジャーキー
(横軸:1回目の結果 、 縦軸:2回目の結果)
2 2
図 2−8 筋電 図測定 による 咀嚼側 判定の 1回目 と2回 目の結 果(散 布図)
IV.考察
本研究は、携帯型筋電図測定装置を用いて食品咀嚼時における咀嚼側の客観的 な判定を試みた最初の研究であり、この点に過去の他の研究にはない新規性があ る。
過去の研究では、咀嚼側の客観的な判定を行う手法として、Sirognathograph 等の下顎運動記録装置を用いて顎運動を測定する方法が用いられたが、口腔内に 小さな装置を設置する必要があり、それが咀嚼運動に何らかの影響を与える可能 性がある。そのため本研究では、できる限り日常の食事と同等な自然の状態を観 察するため、電極を口腔外に装着する筋電図を用いた。過去にも、筋電図を用い た咀嚼リズムによって習慣性咀嚼側を判定する方法[4,18,19]を始めとして、筋電 図を用いた方法が多数報告されている。
被験筋は咀嚼筋の中で最も大きな筋肉で、電極を貼付しやすい咬筋とした。咬 筋は食物を粉砕する時、力を出すために最も関係する筋であり、咀嚼を客観的に 評価するには適していると考えられた。
被験食品について
被験食品の量、大きさ、硬さ、弾力性、凝集性、付着性などの性状や咀嚼の進 行による性状の変化に伴い、咀嚼運動経路や咀嚼リズム、筋活動量等が変化する ことが報告されている[55,56]。このため咀嚼機能を評価するための被検食品には、
主にチューインガムが用いられてきた。チューインガムは咀嚼中の性状がほとん ど変化せず、安定した咀嚼パターンを得ることができ、咀嚼運動経路、咀嚼筋活 動の評価に適している[55,57]とされている。しかし、日常的に摂取する食品は、
咀嚼により粉砕されることで物理的形状が変化するものが大半を占めており、食 品の摂取、咬断、臼摩、食塊形成、嚥下という咀嚼過程全体をチューインガムに より評価することは困難である。また被験食品の大きさや性状の違いが、咀嚼運 動経路、咀嚼リズム等に影響を与える[55,56]ことから、日常生活における本来の 咀嚼の側性を評価するには、被験食品の検討が必要不可欠である。
本研究の被験食品は、軟性粘着性を有するチューインガム、硬性粉砕性を有す るピーナッツ、ピーナッツよりも硬く硬性繊維性を有するビーフジャーキーを用 いた。咀嚼に関与する食品の力学的性質は硬さ、弾力性、凝集性、付着性とされ ている[62]。椿本ら[54]や Paphangkorakit ら[59]は食品の硬さが咀嚼の偏りの程 度に影響を与えると報告した。また、豆腐やプリンのように極度に軟らかい食品 は咀嚼回数が少なく、嚥下するまでの時間が短いため[63]、咀嚼側が咀嚼開始側 のみに偏ることが考えられた。また、アメのように高度に硬い食品では咀嚼運動 が安定しにくいため、過度に軟らかい食品や硬い食品は偏咀嚼の評価には不適当 であると考えられた。硬さや咀嚼時間、咀嚼運動の安定性の面から考慮すると、
本研究で用いた3種の被験食品は妥当な選択であったと考えられた。
食品の量について、両側での咀嚼をできる限り避けるため、ピーナッツは1個 とした。また、ビーフジャーキーは日常生活において口にできる大きさに調整し た。田中ら[64]は咀嚼運動のEMG検査においてピーナッツ3g、ビーフジャーキ ー1.0〜1.5gが適量としており、その量を下回るが、咀嚼運動が生理的範囲内で遂 行可能であると考えられた。
両側咬筋筋電図測定による咀嚼側の客観的評価について
「指示した咀嚼側」と「筋活動率より求めた咀嚼側」は各被験食品において高 い一致率を認めた(表2-1)。また、1回目、2回目ともに高い一致率が認められ、
日を改めて測定する場合でも、本手法により咀嚼側の判定を行うことが可能と考 えられた。さらに、同一被験者間において1回目と2回目のそれぞれの測定にお ける各被験食品間の測定結果に統計学的な有意差は認められなかった(表 2-2)。 つまり、健常有歯顎者を対象に両側咬筋筋電図測定により咀嚼側を判定する方法
が60%程度であり、特に最も硬いビーフジャーキーでは数名の被験者において 一致率が70%程度であった(表 2-1)。下顎運動において左右の閉口筋群および 開口筋群が共同しており、食品咀嚼時にも両側の咀嚼筋群は機能している。咀嚼 筋の中で、咬筋や内側翼突筋は食物を粉砕する際に咬合力を発揮するための筋で あり、側頭筋は一定の顎位を維持する筋であると考えられている[65]。また、非 作業側の咬筋は顎位を維持するためにも作用することが報告されている[66]。柏 木ら[67]は習慣性咀嚼側および非習慣性咀嚼側におけるチューインガム咀嚼時の 咬筋および側頭筋等の咀嚼筋活動パターンを測定したところ、非習慣性咀嚼側で の咀嚼時に、不得手な咀嚼運動を遂行するために非作業側(習慣性咀嚼側)の咬 筋 が 他 の 咀 嚼 筋 と 同 期 し て 働 く と 報 告 し た 。 ま た 、 咀 嚼 時 の 顎 運 動 経 路 が
Choppingタイプの者とGrinding タイプの者ではGrinding タイプの者の方が咀
嚼運動時の側方偏位量や平衡側の咬筋筋活動量が大きく、Choppingタイプの者に 平衡側に咬頭干渉を与えた場合、Grindingタイプの者と顎運動や筋活動の様相が 類似すると報告されている[66]。これらより、顎運動経路の違い、平衡側臼歯部 の咬合接触の有無などにより、非作業側の筋活動量が増大した可能性がある。さ らには、硬い被験食品ほど咀嚼時の筋活動量は大きくなること[29,68-73]や食品の 性状の変化が筋電図にも影響を与えること[55,56]が報告されており、本研究の結 果においても、硬い被験食品において非作業側の咬筋が動員されやすくなった可 能性があると考えられた。また、随意性最大咬みしめは口腔内に何もない状態で 行っているため、うまく咬合力を発揮させにくいことや歯根膜反射により本来の 咬合力よりも弱い力で咬んでいる可能性など、測定した100%MVCによる影響も 考えられた。
以上の理由により、咀嚼側の判定を行う際、100%MVCによる自動解析に加え て、咀嚼側を指示して咀嚼させた時の筋電図波形も併せて視診を行うことで、よ り判定精度が高くなる事が考えられた。また、顎運動測定を同時に行い、過去の 報告との検証を行うことも必要であると考えられた。
Ⅴ.小括
両側咬筋筋活動測定による咀嚼側の客観的評価を行ったところ、以下の結果を得 た。
1. ほとんどの被験者において、被験食品咀嚼時の「指示した咀嚼側」と「筋 活動率より求めた咀嚼側」は高い一致率を認めた。
2. 同一被験者間での1回目と2回目の測定結果には有意差は認められなかっ た。
3. 各被験食品の測定結果に有意差は認められなかった。
第 3 章 健常有歯顎者における偏咀嚼の調査(実験Ⅱ)
I. 背景・目的
健常有歯顎者の偏咀嚼については、Wilding[52]らや倉知ら[53]が健常有歯顎者に おけるチューインガム自由咀嚼時の左右側それぞれの咀嚼ストローク数より
Preference index(PI)や偏側咀嚼指数を算出し、偏咀嚼の程度を定量的に評価し
た。また、倉知ら[53]、椿本ら[74]は、顎運動測定装置を用いて健常有歯顎者にお ける偏咀嚼の程度の分布を報告している。倉知ら[53]は偏側咀嚼の程度が大きい者 と小さい者はほぼ均等に分布していたと報告したが、椿本ら[74]は両側均等に咀 嚼する者が約6割を占めたと報告しており、偏咀嚼の程度の分布は見解が一致して おらず、健常有歯顎者の偏咀嚼に関連した報告も少ない。このため、客観的に偏咀 嚼を判定する手法を用いたより多くの研究が必要である。
そこで本研究では、実験Ⅰで有用性を示唆した携帯型筋電図測定装置を用いた両 側咬筋筋活動測定による咀嚼側の客観的な判定法により、健常有歯顎者を対象に偏咀 嚼の程度の評価を行った。
II. 方法
1. 被験者
被験者は、九州大学職員50名(男性29名、女性21名、平均年齢28.7歳;23〜 42歳)で、実験Ⅰと同じ基準を満たすものとした。
2. 測定手順
(1)被験食品自由咀嚼時の筋電図測定
実験Ⅰと同様の携帯型筋電図測定装置および被験食品を用いた。
被験者にピーナッツ1個、ビーフジャーキー1片をそれぞれ自由に咀嚼し、嚥下を
あなたは右と左のうち、どちらか咬みやすい方がありますか?
あるいは決まってよく噛む方がありますか? ある ない
あると答えた方へ
それは右ですか、左ですか。 右 左
左右で咬む割合はどのくらいですか。例えば、右のみで咬むならば、右端 に縦線を引き、左右同程度ならば真ん中付近に縦線を引いてください。
左 右
するよう指示した。なお、咀嚼開始前には被験食品を舌背中央部に乗せた状態で下顎 安静位をとらせ、咀嚼開始の合図で嚥下するまで自由咀嚼させた。また、チューイン ガムは1枚を予め均等に4分割し重ね合わせ、咀嚼開始の合図で60秒間の自由咀嚼 を行わせた。
その後、両側咬筋随意性最大咬みしめ(3 秒間、3 回)を行うよう指示し、それぞ れの筋電図を測定した。
(2)偏咀嚼に関する質問およびVAS(Visual Analog Scale)
被験食品自由咀嚼時後に、図3−1に示す質問事項を回答させ、偏咀嚼の程度を数 値化するために、図3−2に示すVASに記入させた。
(3) 質問紙法による主観的口腔関連QoL評価
口腔関連の支障度を評価するために、OHIP-J;Japanese version of the Oral Health Impact Profile質問紙に記入させた。
図 3−1 習慣 性咀嚼 側判定 のため の質問 票
図 3−2 偏咀 嚼の認 識度のVisual Analog Scale(VAS)
3. データ解析
解析1 偏咀嚼の程度に関する解析
(1) ピーナッツおよびビーフジャーキーの咀嚼時間(P24)
ピーナッツおよびビーフジャーキーの咀嚼開始から嚥下までの平均咀嚼時間を 算出し、両者間に差がないかをMann-WhitneyのU検定で検討した。
(2) 偏咀嚼値および偏咀嚼指数(P24)
実験Ⅰの解析1と同様の方法で筋活動率より被験食品咀嚼時の各ストロークに おける咀嚼側を判定し、各被験食品咀嚼時の左側および右側ストローク数を算出し、
以下の式により偏咀嚼値および偏咀嚼指数を求めた。
(3) 偏咀嚼値および偏咀嚼指数の分布(P27)
各被験食品における偏咀嚼値および偏咀嚼指数の箱ひげ図を作成し、偏咀嚼値お よび偏咀嚼指数を 20%毎に集計し、その分布をヒストグラムにて描記した。
(4) 偏咀嚼値の正規性の評価(P31)
偏咀嚼値の正規性の有無を確認するために、Shapiro-Wilk 検定による統計解析を 行った。
(5) 食品が偏咀嚼指数に与える影響(P31)
食品の違いが偏咀嚼指数に与える影響を検討するために、Kruskal-Wallis の一元 配置分散分析を行い、多重比較には Bonferroni 検定を行った。
右側ストローク数+左側ストローク数 右側ストローク数̶左側ストローク数
100 (%)
偏咀嚼値=
偏咀嚼指数=|偏咀嚼値|
※ -100 (偏咀嚼値) +100
-100 は左側のみで咀嚼、+100 は右側のみで咀嚼していることを示す。
※ 0 (偏咀嚼指数) 100
0 は両側均等に咀嚼していることを、100 は左右側どちらかに偏って咀嚼して いることを示す。
解析 2 偏咀嚼値と偏咀嚼の認識度(VAS)の関連(P32) 散布図を描記し、Pearson の相関分析を行った。
解析3 偏咀嚼指数とOHIP-Jの関連(P35)
Spearmanの相関分析を行った。
III. 結果
解析1 偏咀嚼の程度
(1) ピーナッツおよびビーフジャーキーの咀嚼時間
表3-1にピーナッツとビーフジャーキーの平均咀嚼時間を示した。
ピーナッツとビーフジャーキーの咀嚼時間をMann-WhitneyのU検定にて比較 したところ、統計学的な有意差が認められた(P<0.01;Mann-Whitney U test)(表 3-1)。
(2) 偏咀嚼値および偏咀嚼指数
表3-2、3-3に健常有歯顎者の各被験食品における偏咀嚼値および偏咀嚼指数を 示した。
ピーナッツ ビーフジャーキー 咀嚼時間 (秒) 17.4 ± 6.2 24.3 ± 9.4
P値 0.000**
Values given are mean ± s.d. ; Mann-Whitney U test; **P<0.01 表 3−1 健常 有歯顎 者のピ ーナッ ツとビ ーフジ ャーキ ーにお ける咀 嚼時間 の比 較
被験者 番号
ピーナッ ツ
ビーフジ ャーキー
チューイ ンガム
1 100 2 -21
2 8 52 42
3 55 -5 21
4 100 100 48
5 -3 -38 -28
6 24 0 -3
7 40 75 50
8 47 69 6
9 -40 -44 -4
10 20 39 -29
11 10 2 31
12 -93 -74 -54
13 -33 -31 -39
14 22 -30 -4
15 3 64 -24
16 100 23 31
17 8 66 -6
18 -79 -100 -25
19 95 82 85
20 -36 -62 -65
21 -20 -18 -19
22 -19 -1 20
23 -78 31 32
24 -10 74 5
25 -47 -21 -31
26 -16 -40 -44
27 43 42 4
28 -49 -9 -20
29 15 23 11
30 44 33 12
31 -11 18 -2
32 7 -14 10
33 57 6 13
34 100 100 56
35 57 25 9
36 -4 0 -25
37 19 16 12
38 -12 45 13
39 24 -13 -3
40 -40 -6 8
41 -100 -73 19
42 32 0 0
43 -46 -5 -2
44 -10 -14 8
45 -60 -68 -23
46 17 15 -10
47 -100 -95 -13
48 -43 -44 20
49 -9 9 8
50 41 -7 39
表 3-2 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼値 (%)
被験者 番号
ピーナッ ツ
ビーフジ ャーキー
チューイ ンガム
1 100 2 21
2 8 52 42
3 55 5 21
4 100 100 48
5 3 38 28
6 24 0 3
7 40 75 50
8 47 69 6
9 40 44 4
10 20 39 29
11 10 2 31
12 93 74 54
13 33 31 39
14 22 30 4
15 3 64 24
16 100 23 31
17 8 66 6
18 79 100 25
19 95 82 85
20 36 62 65
21 20 18 19
22 19 1 20
25 47 21 31
26 16 40 44
27 43 42 4
28 49 9 20
29 15 23 11
30 44 33 12
31 11 18 2
32 7 14 10
33 57 6 13
34 100 100 56
35 57 25 9
36 4 0 25
37 19 16 12
38 12 45 13
39 24 13 3
40 40 6 8
41 100 73 19
42 32 0 0
43 46 5 2
44 10 14 8
45 60 68 23
46 17 15 10
47 100 95 13
48 43 44 20
表 3-3 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼指 数(% )
(3) 偏咀嚼値および偏咀嚼指数の分布
図3-3、3-4に健常有歯顎者の偏咀嚼値の分布を示し、図3-5、3-6に偏咀嚼指数
の分布を示した。
健常有歯顎者の各被験食品における偏咀嚼値の中央値は、ピーナッツで5.0%、
ビーフジャーキーで0%、チューインガムで4.5%であった(図3-3)。偏咀嚼指数 の中央値は、ピーナッツで38.0%、ビーフジャーキーで30.5%、チューインガムで 19.5%であった(図3-5)。また、全被験者のうち偏咀嚼指数が0〜40%の被験者が 占める割合はピーナッツで56%、ビーフジャーキーで62%、チューインガムで82%
であった(図3-6)。
ピーナッツ 中央値:5.0 最大値:100 最小値:-100 ビーフジャーキー 中央値: 0 最大値:100 最小値:-100 チューインガム 中央値:4.5 最大値:56 最小値:-65
(正の値は右側に偏位、負の値は左側に偏位をそれぞれ示す)
図 3-3 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼値 の箱ひ げ図
偏 咀 嚼 値
ピーナッツ ビーフジャーキー チューインガム
被験食品
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
6 8 10 12 14 16 18 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
チューインガム
(人)
-100 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 (%)
ビーフジャーキー
(人)
-100 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 (%)
ピーナッツ
(人)
図 3-4 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼値 の分布 (ヒス トグラ ム)
ピーナッツ 中央値:38.0 最大値:100 最小値:3 ビーフジャーキー 中央値:30.5 最大値:100 最小値:0 チューインガム 中央値:19.5 最大値: 69 最小値:0
図 3-5 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼指 数の箱 ひげ図
偏 咀 嚼 指 数
ピーナッツ ビーフジャーキー チューインガム
被験食品
0 5 10 15 20 25 30
0 5 10 15 20 25 30
0 5 10 15 20 25 30
0 20 40 60 80 100 (%) (人) ビーフジャーキー
0 20 40 60 80 100 (%) (人) チューインガム
縦軸:被験者数 横軸:偏咀嚼指数
0 20 40 60 80 100 (%)
図 3-6 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼指 数の分 布(ヒ ストグ ラム)
ピーナッツ
(人)
(4) 偏咀嚼値の正規性の評価
各被験食品における偏咀嚼値について、正規性の検討を行ったところ、すべての 被験食品において正規性が認められた(P=0.839;Shapiro-Wilk test)(表3-4)。
(5) 食品が偏咀嚼指数に与える影響
一元配置分散分析の結果、被験食品間の偏咀嚼指数に有意差が認められた
(P<0.01;Kruskal-Wallis test)(表3-5)。
また、多重比較検定の結果、ビーフジャーキー - チューインガム間(P=0.031)お よびチューインガム – ピーナッツ間(P=0.002)の偏咀嚼指数に有意差が認められ た。しかし、ピーナッツ − ビーフジャーキー間 (P=1.000)の偏咀嚼指数において は有意差はみられなかった(Bonferroni’s multiple comparison test)(表3-6)。
ピーナッツ ビーフジャーキー チューインガム
P-value 0.312 0.550 0.839
偏咀嚼指数
P-value 0.008**
被験食品 有意確率
ピーナッツ – ビーフジャーキー 1.000 ビーフジャーキー – チューインガム 0.031*
チューインガム – ピーナッツ 0.002**
Kruskal-Wallis one-way analysis of variance **P < 0.01
Bonferroni’s multiple comparison test **P < 0.01
表 3-4 偏咀 嚼値の 正規性 の評価
Shapiro-Wilk test
表 3-5 Kruskal-Wallis の一 元配置 分散分 析の結 果
表 3-6 多重 比較の 結果
表 3-7 各被 験食品 におけ る偏咀 嚼値と 偏咀嚼 の認 識度(VAS)
解析2 偏咀嚼値と偏咀嚼の認識度(VAS)の関連
表3-7に偏咀嚼値と偏咀嚼の認識度(VAS)の値を示した。被験者の実際の偏咀 嚼の程度と偏咀嚼の程度の自覚の関連を検討するために、偏咀嚼値と偏咀嚼の認識 度(VAS)の散布図(図 3-7)を描記し相関分析および回帰分析を行った。その結 果、ビーフジャーキーおよびチューインガムの偏咀嚼値と偏咀嚼の認識度(VAS)
との間に弱い相関が認められた(Pearson’s correlation analysis)(表3-8)。
被験者 番号
VAS 偏咀嚼値
① ② ③
1 -48 100 2 -21
2 13 8 52 42
3 -34 55 -5 21
4 3 100 -100 48
5 -36 -3 -38 -28
6 12 24 0 -3
7 76 40 75 50
8 18 47 69 6
9 -74 -40 -44 -4
10 0 20 39 -29
11 -38 10 2 31
15 -44 3 64 -24
16 26 100 23 31
17 46 8 66 -6
18 10 -79 -100 -25
19 96 95 82 85
20 18 -36 -62 -65
21 -70 -20 -18 -19
22 42 -19 -1 20
23 0 -78 31 32
24 18 -10 74 5
25 0 -47 -21 -31
26 18 -16 -40 -44
27 -50 43 42 4
① ピー ナッツ ②ビ ーフジ ャーキ ー ③チ ューイ ンガム
31 -30 -11 18 -2
32 34 7 -14 10
33 16 57 6 13
34 52 100 100 56
35 52 57 25 9
36 18 -4 0 -25
37 16 19 16 12
38 52 -12 45 13
39 31 24 -13 -3
40 -15 -40 -6 8
41 -39 -100 -73 19
42 -79 32 0 0
43 34 -46 -5 -2
44 46 -10 -14 8
45 -48 -60 -68 -23
46 10 17 15 -10
47 -31 -100 -95 -13
48 -30 -43 -44 20
49 6 -9 9 8
50 0 41 -7 39
ピーナッツ ビーフジャーキー チューインガム
R値 0.268 0.413 0.394
P値 0.060 0.003** 0.005**
Pearson’s correlation analysis **P < 0.01 ; N=50
表 3-8 各被 験食品 におけ る偏咀 嚼値と 偏咀嚼の認 識度(VAS)の相 関
-100 -50 0 50 100
-100 -50 0 50 100
ピーナッツ
-100 -50 0 50 100
-100 -50 0 50 100
ビーフジャーキー
-100 -50 0 50 100
-100 -50 0 50 100
チューインガム
rs=0.268 P=0.060
rs=0.413 P=0.003
rs=0.394 P=0.005
図 3-7 健常 有歯顎 者にお ける偏 咀嚼値 と偏咀 嚼の認 識度(VAS)(散布 図)
解析3 偏咀嚼指数と OHIP-J の関連
表3-9に健常有歯顎者におけるOHIP-Jの各項目における平均値を示した。偏咀 嚼の程度と口腔関連QOL の関連を検討するため、偏咀嚼指数とOHIP-J との間で 相関分析を行ったところ、両者間に相関は認められなかった(P>0.05; Spearman’s rank correlation analysis)(表3-10)。
Mean ± S.D.
機能の制限 3.1 ± 3.2 痛み 3.2 ± 3.5 心理的不快感 1.3 ± 1.9 身体的障害 0.6 ± 2.0 心理的障害 0.4 ± 1.5 社会的障害 0.3 ± 1.1 ハンディキャップ 0.4 ± 1.6
Additional Japanese items
0.7 ± 1.6
合計 9.4 ± 12.9
Values given are mean ± s.d.
OHIP-J= Oral Health Impact Profile Japanese version 表 3-9 健常 有歯顎 者にお ける OHIP-Jの結 果
ピーナッツ ビーフジャーキー チューインガム 機能の制限 n.s. n.s. n.s.
痛み n.s. n.s. n.s.
心理的不快感 n.s. n.s. n.s.
身体的障害 n.s. n.s. n.s.
心理的障害 n.s. n.s. n.s.
社会的障害 n.s. n.s. n.s.
ハンディキャップ n.s. n.s. n.s.
Additional Japanese items
n.s. n.s. n.s.
合計 n.s. n.s. n.s.
Spearman’s rank correlation analysis; n.s.= not significant 表 3-10 健常 有歯顎 者の各 被験食 品にお ける偏 咀嚼指 数とOHIP-J の相 関