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ケアサービスにおけるケアワーカーと利用者による 価値と知識の共創

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Academic year: 2022

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JAIST Repository

https://dspace.jaist.ac.jp/

Title

ケアサービスにおけるケアワーカーと利用者による価 値と知識の共創―社会福祉法人ラルシュかなの家にお ける事例研究―

Author(s) 村本, 徹也

Citation

Issue Date 2018‑03

Type Thesis or Dissertation Text version ETD

URL http://hdl.handle.net/10119/15312 Rights

Description Supervisor:小坂 滿隆, 知識科学研究科, 博士

(2)

博士論文

ケアサービスにおけるケアワーカーと利用者による 価値と知識の共創

−社会福祉法人ラルシュかなの家における事例研究−

村本 徹也

主指導教員 小坂 満隆

北陸先端科学技術大学院大学

知識科学研究科

(3)

Abstract

In this thesis, we discuss research on reciprocal value and knowledge co-creation in care services between caregivers and care receivers. We also aim to make practical proposals for “making workplaces more attractive”, where not only care receivers but care workers also enjoy value through care services.

L’Arche Kananoie Social Welfare Corporation, a care services provider for intellectually disabled is analyzed in detail as a case of successful reciprocal value and knowledge co-creation. We then elucidate what value and knowledge are being co-created and how, as well as clarifying the primary factors behind the promotion of reciprocal co-creation. A theoretical model, the “Dynamic Model of Value and Knowledge Co-creation” is proposed and is used for this case analysis.

Based on the care analysis, we identify 3 well-being-oriented values: “a place to belong,” “human growth,” and “a connection to society” that caregivers and care receivers co-create and mutually benefit from. In addition, we confirm that care providers and care receivers co-create knowledge assets such as “a sense of unity and energy,” “the brand equity of L’Arche,” “management practice reflecting one’s values,” and “a daily routine including meals, prayer, and sharing” and then put these into practical use in order to create mutual value.

In addition, we show that “sharing values” and “setting up a good ‘ba’” are involved as primary factors in the reciprocal co-creation of this value and knowledge. “Shared feeling of ‘ba’” and

“heterogeneous knowledge obtained by care receivers” are found to be playing vital role for forming a good ‘ba.’

The originality and availability of this thesis in particular are expected to contribute to knowledge and service sciences.

As for the originality of this thesis, from the perspectives of both knowledge science and service science, no empirical or theoretical research has clarified the process of value and knowledge co- creation in care services, and this would promote the academic understanding of care services. In particular, there is no research on the value that caregivers themselves obtain through the provision of their services; this is thus an original aspect of this thesis.

Regarding the availability of this thesis, we make practical proposals such as “occasions for caregivers and care receivers spending time together should be embedded into the organizational routine” for making more attractive workplaces. In addition, understanding the detailed structure of value and knowledge co-creation in care services makes possible service design and management that enhance the value for both caregivers and care receivers, which is expected to contribute to the enhancement of the quality of care services.

Keywords

Care services, Care worker, Reciprocal value co-creation, Knowledge co-creation, Well-being

(4)

要旨

本論文は、ケアサービスにおいてケアワーカーと利用者の間に存在する互恵的な価値と知 識の共創に関する研究である。そして、利用者だけでなく、職員もケアサービスの提供を通 じて価値を享受する「魅力ある職場作り」のための実務提言を行う研究である。

互恵的な価値と知識の共創の成功事例として、知的障がいを持つ人にケアサービスを提供 する「社会福祉法人ラルシュかなの家」を詳細に分析し、どのような価値と知識がいかに共 創されているかを明らかにするとともに、互恵的共創の促進要因を明らかにした。分析に当 たっては、理論的モデルとして「価値と知識のダイナミック共創モデル」を提案し、事例分 析に用いた。

事例組織においては、ウェルビーイングに資する価値として「自分の居場所」、「人間的成 長・自己実現」、「社会とのつながり」の3つの価値をケアワーカーと利用者が共創し、お互 いが享受していることを確認した。また、知識資産として「場の一体感やエネルギー」、「ラ ルシュのブランド・エクイティ」、「理念を反映した事業運営」、そして「食事やお祈り・分か ち合いなどの日常のルーティン」などをケアワーカーと利用者が共創し、それらをお互いが 価値創造のために活用していることを確認した。

また、これら価値と知識の互恵的共創を実現するには、「価値観の共有」と「よい場の形成」

が促進要因として重要であることを見出した。そして、よい場の形成においては、「場の共有 感覚」と利用者の持つ「異質な知」の存在が重要な役割を果たしていることを見いだした。

本研究は、特に新規性及び有用性において知識科学及びサービス科学に貢献できる。

新規性については、知識科学とサービス科学の両方の観点からケアサービスの価値と知識 の共創プロセスを明らかにした実証的理論的な研究はなく、ケアサービスの学術的理解の促 進に役立つと考える。特に、ケアワーカー自身がケアサービスの提供を通じて享受する価値 に関する研究はなく、新規性がある。

有用性については、実務的提言として「ケアワーカーと利用者が共に過ごす機会を組織ル ーティンに埋め込む」ことなどを提言し、互恵的な価値共創を実現する「魅力的な職場作り」

に貢献できる。また、ケアサービスの価値と知識の共創の仕組みを詳細に理解することによ り、利用者に対する価値を高めるのみならず、ケアワーカーに対する価値も高めるサービス デザイン、サービス運営が可能になり、ケアサービスの質の向上に寄与するものと考える。

キーワード

ケアサービス、ケアワーカー、互恵的価値共創、知識共創、ウェルビーイング

(5)

目次

第 1 章 序論 ... 11

1.1. 研究の動機 ... 11

1.2. 研究の背景 ... 12

1.2.1. 現状の課題 ... 12

1.2.2. 人材確保への取り組み ... 14

1.2.3. 魅力ある職場づくりへの取り組み ... 15

1.3. 研究の目的とリサーチ・クエスチョン ... 17

1.4. 研究の対象と方法 ... 18

1.5. 用語の定義 ... 19

1.6. 本論文の構成... 22

第 2 章 先行研究のレビュー ... 23

2.1. はじめに ... 23

2.2. サービス科学における価値と価値共創 ... 24

2.2.1. サービスにおける価値 ... 24

2.2.2. サービス価値の共創プロセス ... 27

2.2.3. サービスの互恵性 ... 29

2.2.4. Transformative Service Research ... 30

2.2.5. 価値のスペクトル ... 32

2.2.6. まとめ ... 33

2.3. 知識科学における知識創造プロセスと場の役割 ... 35

2.3.1. 知識とは何か ... 35

2.3.2. 資源としての知識 ... 35

2.3.3. 知識創造プロセス ... 36

2.3.4. 知識創造の促進要因 ... 37

2.3.5. まとめ ... 40

2.4. ケアサービスが共創する知識と価値 ... 41

2.4.1. ケアとは何か ... 41

2.4.2. ケアサービスとは何か ... 46

2.4.3. ケアサービスが提供する価値 ... 49

2.4.4. ケアワークとケアワーカー ... 49

2.4.5. ケアワーカーの従業員満足 ... 51

2.4.6. ケアサービスにおける知識創造 ... 53

2.4.7. まとめ ... 54

(6)

2.5. ラルシュの理念 ... 56

2.5.1. ラルシュとは ... 56

2.5.1. ラルシュのミッション ... 58

2.5.2. ラルシュのコミュニティー ... 59

2.5.3. まとめ ... 61

2.6. 先行文献レビューのまとめ... 61

2.6.1. ケアサービスにおける価値創造 ... 62

2.6.2. ケアサービスにおける知識創造 ... 62

2.6.3. ケアサービスにおける知識と価値の共創 ... 62

第 3 章 “かなの家”の事例分析 ... 63

3.1. はじめに ... 63

3.2. “かなの家”の概要 ... 63

3.2.1. “かなの家”の歴史 ... 63

3.2.2. “かなの家”の理念 ... 64

3.2.3. “かなの家”のサービス内容 ... 65

3.2.4. 共同生活援助 かなのすまい ... 70

3.3. “かなの家”における互恵的価値の共創に関する仮説 ... 72

3.3.1. “かなの家”が共創する価値 ... 72

3.3.2. WVの増大に資する知識資産 ... 74

3.3.3. 事例分析モデルの構築 ... 76

3.3.4. KV・WV共創の促進要因 ... 79

3.4. 分析の方法 ... 80

3.5. “かなの家”におけるWVの共創 ... 83

3.5.1. 「自分の居場所」 ... 84

3.5.2. 「人間的成長・自己実現」 ... 87

3.5.3. 「社会とのつながり」 ... 90

3.5.4. まとめ ... 92

3.6. WVの増大に資するKV ... 92

3.6.1. 「感覚知識資産」 ... 93

3.6.2. 「コンセプト知識資産」 ... 95

3.6.3. 「システム知識資産」 ... 97

3.6.4. 「ルーティン知識資産」 ... 100

3.6.5. まとめ ... 102

3.7. WV共創の促進要因 ... 102

(7)

3.7.1. 共有された価値観:Shared Values ... 103

3.7.2. 「良い場」の条件:⑵場の共有感覚 ... 108

3.7.3. 「良い場」の条件:⑶異質な知 ... 108

3.7.4. まとめ ... 110

3.8. 事例分析のまとめ ... 110

3.8.1. “かなの家”で共創されている互恵的価値 ... 110

3.8.2. WVの増大に資するKV ... 111

3.8.3. WV共創の促進要因 ... 111

第 4 章 事例分析にもとづく考察 ... 112

4.1. はじめに ... 112

4.2. 仮説モデルの検証 ... 112

4.2.1. “かなの家”におけるWV共創 ... 113

4.2.2. “かなの家”におけるKV共創 ... 115

4.2.3. KVとWVの相互関係... 115

4.2.4. KVとWV共創の促進要因 ... 116

4.3. 「職場の魅力」を高めるための知見 ... 118

4.4. おわりに ... 119

第 5 章 結論 ... 120

5.1. はじめに ... 120

5.2. リサーチ・クエスチョンへの回答 ... 120

5.2.1. SQR1の答え ... 120

5.2.2. SQR2の答え ... 121

5.2.3. SQR3の答え ... 121

5.2.4. MRQの答え ... 121

5.3. 理論的含意 ... 122

5.4. 実務的含意 ... 122

5.5. 本研究の限界と将来研究への示唆 ... 122

5.5.1. 本研究の限界 ... 122

5.5.2. 将来研究への示唆 ... 123

5.6. おわりに ... 124

参考文献 ... 126

本論文の骨格となる研究業績リスト ... 134

謝辞 ... 135

(8)

付録1 AHP質問紙 ... 136

付録2 なかまから学ぶ ... 137

付録3 “かなの家”の食卓 ... 138

付録4 ラルシュの祈り ... 139

付録5 資料のコード化結果 ... 140

付録6 インタビューのコード化結果 ... 145

(9)

図目次

図 1-1 仕事をやめた理由 (介護労働安定センター, 2017) ... 13

図 1-2 労働条件等の悩み、不安、不満等 (介護労働安定センター, 2017) ... 14

図 1-3 2025 年に向けた介護人材の構造転換(イメージ) (厚生労働省, 2015d) ... 15

図 1-4 職場の「働きやすさ」の5条件(安倍, 2012a) ... 17

図 2-1 サービスの時系列価値共創の概念図 (近藤, 2017) ... 25

図 2-2 ITソリューションサービスにおけるバリューチェイン (Nishioka & Kosaka, 2013) ... 26

図 2-3 FKE-Value model (Toya, 2014) ... 27

図 2-4 KIKIプロセス (小坂, et al, 2012) ... 28

図 2-5 媒介手段はサービスとサービスの交換という本質を見えなくしてしまう (Lusch & Vargo, 2016) ... 30

図 2-6 TSR entities and outcomes framework (Anderson,et al., 2012) ... 32

図 2-7 価値のスペクトル ... 33

図 2-8 知識資産のカテゴリー (野中, 遠山, 平田, 2007) ... 36

図 2-9 SECIモデル (野中, 遠山, 平田, 2007)... 37

図 2-10 知識創造動態モデル (野中, 遠山, 平田, 2007) ... 37

図 2-11 マッキンゼーの7Sフレームワーク (Waterman , 1980) ... 38

図 2-12「いま・ここ」の経験の共有が場の基礎 (野中, 遠山, 平田, 2007) ... 39

図 2-13 社会的交換理論の視野 (八木, 2010) ... 44

図 2-14 介護サービスのSPC (川原, 2002; 太田, 1989) ... 51

図 2-15 Interactive knowledge-creating モデル (中山, 2004) ... 54

図 2-16 創立当初のラルシュの様子 (Association Jean Vanier, 2016) ... 57

図 2-17 世界のラルシュ・コミュニティー (L'Arche International, 2017c) ... 57

図 3-1 “かなの家”の基本理念 (かなの家, 2017c) ... 65

図 3-2 「まどい作業所」の外観 (かなの家, 2017d) ... 67

図 3-3 昼食の様子 (かなの家, 2015b) ... 68

図 3-4 絵画教室の様子 (かなの家, 2017d) ... 68

図 3-5 石鹸工場の様子 (かなの家, 2017e)... 69

図 3-6 “かなの家”の製品 (かなの家, 2017e) ... 69

図 3-7 農作業の様子 (かなの家, 2017f) ... 70

図 3-8 「かなのすまい」の共同住居「つどい」の外観 (かなの家, 2014) ... 71

図 3-9 かなのすまいの様子 (かなの家, 2015a) ... 71

図 3-10 “かなの家”の時間割 (ドン・ボスコ社, 2016) ... 72

(10)

図 3-11 “かなの家”におけるWVとKVの関係モデル(野中ら, 2007)に加筆 ... 76

図 3-12 ケアサービスの定義 (小坂, 白肌, 薮谷, 2012)をもとに著者作成 ... 76

図 3-13 互恵的価値共創モデル (村本, 2015) ... 77

図 3-14 KVとWVのダイナミック共創モデル (村本, 2017a)をもとに作成 ... 78

図 3-15 『十九の折り鶴』の一コマ (L'Arche International, 2017f) ... 97

図 3-16 社会福祉法人ラルシュかなの家 定款 (かなの家, 2017j)(下線は筆者) ... 98

図 3-17 “かなの家”のマンデイト (かなの家, 2017c) ... 99

図 3-18 価値の階層図 ... 104

図 3-19 アシスタントの考える価値の重要度 ... 105

図 3-20 各国のなかま、アシスタント、理事ら (L'Arche International, 2017b) ... 107

図 3-21 サイン式で作成されるサイン集 (かなの家, 2017i) ... 108

図 4-1 仮説モデルの検証 ... 112

図 4-2 確認された仮説モデルのWV共創 ... 113

図 4-3 ケアワーカーのSPCモデル (川原, 2002)再掲 ... 114

図 4-4 確認された仮説モデルのKV共創 ... 115

図 4-5 確認されたKVとWVの相互関係 ... 116

図 5-1 将来研究の広がり ... 123

(11)

表目次

表 2-1 公表されている介護サービス (厚生労働省, 2017a) ... 47

表 2-2 障害者総合支援法のサービス (厚生労働省, 2017b) ... 48

表 2-3 心理的ウェルビーイングの6要素 (Ryff, 1989) ... 53

表 3-1 「多機能型まどい」の利用状況 (かなの家, 2017b) ... 66

表 3-2 アシスタントの配置状況 (かなの家, 2017b) ... 66

表 3-3 利用状況 (かなの家, 2017b) ... 70

表 3-4 アシスタント配置状況 (かなの家, 2017b) ... 71

表 3-5 “かなの家”の価値の整理... 74

表 3-6 インタビュー対象者の属性 ... 80

表 3-7 インタビューの質問文 ... 80

表 3-8 受益者アクターのコード体系 ... 81

表 3-9 価値のコード体系 ... 82

表 3-10 促進要因のコード体系 ... 82

表 3-11 資料調査のコーディング例 ... 82

表 3-12 インタビュー結果のコーディング例 ... 82

表 3-13 受益者アクターとWVのクロス集計表 ... 83

表 3-14 インタビュー回答者とWVのクロス集計 ... 83

表 3-15 WVごとの事象の内訳 ... 84

表 3-16 なかまの「自分の居場所」 ... 84

表 3-17 アシスタントにとっての「自分の居場所」 ... 85

表 3-18 なかまとアシスタントが価値を共創している事象 ... 86

表 3-19 なかまにとっての「人間的成長・自己実現」に関する事象 ... 87

表 3-20 アシスタントにとっての「人間的成長・自己実現」に関する事象 ... 89

表 3-21 「社会とのつながり」について、主な事象 ... 90

表 3-22 WVとKVのクロス集計 ... 93

表 3-23 事象の内訳 ... 93

表 3-24 「感覚知識資産」が「自分の居場所」に貢献している事象 ... 94

表 3-25 「感覚知識資産」が「人間的成長・自己実現」に貢献している事象 ... 95

表 3-26 「コンセプト知識資産」が「人間的成長・自己実現」に貢献している事象... 96

表 3-27 基本理念がWVの増大に貢献している ... 97

表 3-28 食事に関する「ルーティン知識資産」 ... 101

表 3-29 祈りに関する「ルーティン知識資産」 ... 101

表 3-30 分かち合いの実施状況 (かなの家, 2017b) ... 102

(12)

表 3-31 WVと促進要因のクロス集計 ... 103

表 3-32 事象の内訳 ... 103

表 3-33 内部研修の実施状況 (かなの家, 2017b) ... 106

表 3-34 「異質な知」「自己実現・人間的成長」と受益者アクター ... 109

表 3-35 「異質な知」「自己実現・人間的成長」の事象例 ... 110

(13)

第1章 序論

1.1. 研究の動機

高齢者や障がい者に対する介護などのケアサービスは、人が人をケアするサービスで あるがゆえの特性を有する。メイヤロフ (Mayeroff, 1987)は、「一人の人格をケアすると は、最も深い意味で、その人が成長すること、自己実現することを助けることである」

としており、ケアサービスとは、人と人とが長期にわたり全人格的な信頼関係を構築し ながら、利用者が「よりよく生きること(ウェルビーイング)」を支援するサービスと言 える。

メイヤロフはまた、「他の人々をケアすることを通して、他の人々に役立つことによっ て、ケアする人は自身の生の意味を生きているのである。それは支配したり、説明した り、評価しているからではなく、ケアし、かつケアされているからなのである。」とも語 り、ケアすることがケアを提供する側もよりよく生きることにつながるという互恵性を 有していることを示唆している。つまりケアサービスとは、利用者に対する価値創造ば かりではなく、サービスを提供する側も「よりよく生きる」という価値をもたらす特性 を持ったサービスと言える。

一方で、ケアサービスを提供するケアワーカーは、人手不足が大きな問題となってい る。その背景には低賃金や仕事の大変さがある。また、ケアワーカーによる利用者の虐 待などの事件もあとを絶たない。障がいのある人も、そうでない人も等しく幸せに生き ることができる社会を実現するには、ケアワーカー側の価値にも光を当て、職場の魅力 を高め、ケアワーカーの働きがい、職務満足の向上を図ることが重要である。

このような状況に鑑み、ケアサービスの特性をサービス科学と知識科学の視点から分 析・理解し、ケアワーカーに対する価値をどのように高めていくかを研究することは、

ケアサービスを始めとする福祉サービスの質の向上、ひいては社会全体の福祉の向上に 寄与するものと考える。

本研究で事例研究の対象として採択した「社会福祉法人ラルシュかなの家(以下、“か なの家”という)」は、ケアワーカー側の価値についてユニークな考えを持つケアサービ ス事業者である。

“かなの家”は、知的障がいを持つ人と持たない人が共に暮らすコミュニティーを作る 活動を展開しているラルシュ・インターナショナルという NGO に加盟しており、「(知 的障がいを持つ人と持たない人が)互いに関わり成長していく過程で見出される、知的 障がいのある人の賜物を世界に広める」ことを使命としている (かなの家, 2017c)。“か なの家”を含むラルシュのコミュニティーでは、知的障がいを持つ人と暮らす中で知的 障がいのある人の価値に触れ、ケアワーカーも成長し、自己実現を果たしていく様子が

(14)

しばしば観察される (Vanier, 1996)。これは、ケアサービスにおけるケアワーカー側の価 値を高める一つの成功事例と考えられる。

ラルシュはフランスで生まれ、キリスト教の伝統の中で発展してきた。キリスト教文 化圏では一定の知名度があり、ラルシュを紹介する著作物も多い。ラルシュは自分たち の活動の成果や意義をキリスト教の文脈で語ることは得意であるが、それだけではキリ スト教文化圏外への展開は難しい。本研究は、サービス科学と知識科学という「科学の 文脈」でラルシュの活動を理解し、「神さま抜き」でラルシュの取り組みを説明すること でキリスト教文化圏を超え、より広い対象にラルシュの持つ知見を伝える試みでもある。

1.2. 研究の背景

ここでは、本研究の背景となるケアサービスの現状の課題と取り組みについて概観す る。

1.2.1. 現状の課題

ケアサービスの最も大きな課題は、人手不足である。介護サービス事業者が挙げる運 営上の課題として「良質な人材の確保が難しい(55.3%, n=8,907)」、「今の介護報酬では人 材確保・定着のために十分な賃金を払えない(50.5%, n=8,907)」と、多くの事業者が人材 確保を運営上の課題の第一に挙げている (介護労働安定センター, 2017)。その背景には、

介護職の低賃金、過重労働などがあるとされている。

介護職員の数は、介護保険制度が施行された 2000 年度の55万人から 2013年には3 倍の171万人に増加している (厚生労働省, 2015a)。にもかかわらず、厚生労働省は、2025 年度に介護職員が全国で約 38 万人不足するという推計を発表している (厚生労働省, 2015b)。これは、主には高齢化の進展による老人介護需要の急激な増加によるものであ るが、ケアワーカーのなり手不足、離職率の高さも指摘されている。

ケアワーカーの人手不足の実態を見ると、介護分野の有効求人倍率は、2014年で2.68%

と全産業の 0.93%に対して高い水準で推移している。また、せっかく介護職に就いたケ アワーカーも、離職する率が高い。施設等で働くケアワーカーの離職率は、常勤職員で

16.7%、非常勤職員で21.3%となっている (厚生労働省, 2015c)。ケアサービスの人手不足

は老人介護に限らず、障がい者向けのケアサービス事業でも深刻である。“かなの家”で も慢性的な人手不足にあり、ハローワークなどで求人しても応募はほとんどない状況で ある。

人手不足の背景の一つに、低賃金があるのはすでに述べた通りである。厚生労働省 (厚

生労働省, 2015c)によると、介護職員の賃金は、「平均年齢・勤続年数に違いがあり、単

純な比較はできないが、介護職員の平均賃金の水準は産業計と比較して低い傾向にあ

(15)

額)で、社会保険・社会福祉・介護事業全体(同238.4千円)に比べて20千円ほど少なく、

サービス業全体(同273.6千円)と比べると50千円も少ない。この額にはボーナスは含ま れていないが、ボーナスを考慮しても年収は300万円台で、若者が将来家庭を持って家 族を養っていくには不安を感じる水準である。図 1-1に示す介護職員が退職する理由で も、「将来の見込みが立たなかった(16.0%)」、「収入が少なかった(12.2%)」と収入面で の不満が大きいことが見て取れる (介護労働安定センター, 2017)。また、このような賃 金水準では、景気が回復し他のサービス業の需要が増加すると、人材が他のサービス業 に流れやすい状況であるとも言える。

図 1-1 仕事をやめた理由 (介護労働安定センター, 2017)

人手不足のもう一つの背景として語られているのが、仕事の大変さである。身体介助 にともなう腰痛、夜間勤務、介護に伴う精神的ストレス、そして人手不足が仕事の大変 さの要因としてあげられている。労働条件等の悩み・不安・不満等として、「人手が足り ない(53.2%)」、「仕事の内容の割に賃金が安い(41.5%)」、「有給休暇が取りにくい(34.9%)」、

「身体的負担が大きい(29.9%)」、「精神的にきつい(28.1%)」など、多くのケアワーカーが 仕事の大変さを感じていることがわかる(図 1-2)(介護労働安定センター, 2017)。

また、ケアワーカーには、絶え間ないストレスが持続するために仕事への意欲をなく してしまうバーンアウト症候群が多く発生するとして、問題視されている (介護労働安 定センター, 2004)。また、バーンアウトが離職の最大の要因であるとの研究もある (黒 田 & 張, 2011)。心理臨床家であり医療人類学者でもあるクラインマンは、ケアの大変さ

(16)

について以下のように述べている。

わたしは、ケアすることを、理想化してロマンチックに言いたくはありません。

ケアをすることは本当にむずかしいことです。失敗はいつもつきまといます。ケ アをすることに関する暗い側面もあります。ケアをする人に恨みや怒りの感情が 生まれる時には、虐待が起こったり、その場を放棄して逃避したりすることも起 こり得ます。ケアをする人も受ける人もバーンアウトすることだってあります。

これらは、大変重大な問題です。実際、ケアをすることは、私たちが生きていく 上でもっともむずかしいことがらのひとつなのです (Kleiman, 皆藤, 江口, 2015)

図 1-2 労働条件等の悩み、不安、不満等 (介護労働安定センター, 2017)

1.2.2. 人材確保への取り組み

このような課題に対して、現在、政府や地方自治体・介護業界・事業者ではさまざま な取り組みが行われている。厚生労働省は、介護人材確保の取り組みは、「(1) 持続的 な人材確保サイクルの確立」、「(2)介護人材の構造転換」、「(3) 地域の全ての関係主体 が連携し、介護人材を育む体制の整備」、「(4)中長期的視点に立った計画の策定」の四 つの基本的な考え方に立って進めることが必要であると述べている。その中でも、「(2) 介護人材の構造転換(「まんじゅう型」から「富士山型」へ)」(図 1-3)として、「本人の能

(17)

着促進を図る」などの取り組みが謳われている (厚生労働省, 2015d)。

図 1-3 2025 年に向けた介護人材の構造転換(イメージ) (厚生労働省, 2015d)

1.2.3. 魅力ある職場づくりへの取り組み

人材確保の取り組みの中でも、魅力ある職場作り(動機付け要因)についてはまだ取 り組みが不足しているとの指摘もある。

介護事業者においては、これまで処遇改善交付金等による賃金面等(衛生要因)

での改善策が講じられてきた一方、職員の意欲や自己効力感の向上、自己実現の 達成、そのための褒賞制度や研修、勤務環境の整備といった「職場の魅力」(動 機づけ要因)の向上に関する取り組みは十分でない。

今後、わが国の労働力人口が減少する中、介護職にはこれまで以上に高い資質 が期待されていることを踏まえると、「職場の魅力」の向上を推進することが喫 緊の課題である。 (日本総合研究所, 2014)

このような状況にかんがみ、厚生労働省は 2016 年に「介護のシゴト 魅力向上懇談 会」を立ち上げ、有識者と意見を交わしている(厚生労働省, 2016a)。この懇談会の議論の まとめとして、「魅力ある職場づくりの実践」には大きく三つの方策があるとしている。

一つ目は、「業務の生産性と効率性の向上」で、ICTやロボットの活用、業務の分析・標 準化・改善を通じて業務の生産性と効率を上げるものである。二つ目は、「資質向上・キ

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ャリアアップの実現と専門性の確保」で、人材育成や人事管理・キャリアパスの開発な どに関するものである。そして三つ目の方策は「利用者本位の仕事観」として、「利用者 の笑顔が見られるサービス」、「地域で生活を続けられるための支援・事故防止」、「確固 とした経営者の理念・組織の風土」などを通じて「利用者に感謝される (対人サービス ゆえの喜びの実感)」職場を目指すというものである。懇談会では、それぞれの方策につ いて先進事例が報告されている。

これらの中で、例えば「利用者の笑顔が見られるサービス」の実践としては以下のよ うなまとめがされている。

• 介護リフトによる「持ち上げない介護」により、利用者とのアイコンタクトがとれ、

利用者の表情が明るくなる

• 「良い介護ができている」実感が職場定着の重要な要素

• 利用者の状態の基本的な評価を多職種間で共有することで、皆が効果を実感

• 介護職員の自立支援を通じた自己実現と成果の実感、それに基づく学習の循環が重 要

「確固とした経営者の理念・組織の風土」については、以下のようなまとめがされて いる。

• シゴトのやり方を変えて介護サービスを魅力あるものにすることを目指し、事業主 自身が自助努力することが肝要。制度による支援は事業主のやる気を後押し

• 事業主の視点と従事者の視点が一致・統合されることにより、組織として力を発揮で きる

また、安倍(2012b)は老人介護施設について職場の魅力要因の調査を行い、職場の働き やすさは①理念、②リーダーシップ、③チームワーク、④権限委譲、⑤人材育成の五つ の条件によって構成されることを見出している(図 1-4)。

安倍は、ケアサービス事業者においてこれら5条件に対してさまざまな取り組みが行 われていることを見出している。例えば、「人材育成」では、キャリアパスの作成やチュ ーター制度の導入、権限委譲では自発的な提案制度、リーダーシップでは、「職員に仕え るリーダーシップ像」を掲げる、などの取り組みが行われている。

(19)

図 1-4 職場の「働きやすさ」の5条件(安倍, 2012a)

“かなの家”は、「知的障がいを持つ人と暮らす中で知的障がいのある人の価値に触れ、

ケアワーカーも成長し、自己実現を果たしていく」という理念を特徴とし、ケアワーカ ーの成長・自己実現による職場の魅力づくりを目指し、それに成功しているサービス事 業者である。このような職場の魅力づくりの方策は、上記のどれにもあてはまらず、「利 用者に感謝される喜び」とはまた違う、「利用者だけでなく、職員も価値を享受する」職 場の魅力を見出していると考えられる。

1.3. 研究の目的とリサーチ・クエスチョン

本研究の目的は、次の2点である。

① 理論的モデルを構築し、ケアサービスにおける価値と知識の共創のメカニズムを 知識科学とサービス科学の視点から明らかにし、知識科学とサービス科学に貢献 する。

② 「職場の魅力」すなわち「ケアワーカー側が享受する価値」を高めるための知見 を得、より良いケアサービスの提供に向けた実務的提言を行うことで社会福祉に 貢献する。

本研究で明らかにするメジャーリサーチクエスチョン(MRQ)とサブシディアリー・ク エスチョン(SRQ)は、以下のとおりである。

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MRQ: ケアサービスにおいて、ケアワーカーと利用者の間でどのような価値と知識が いかに共創されているか?

SRQ1: ケアサービスにおいて、どのような価値がいかに共創されているか?

SRQ2: ケアサービスにおいて、どのような知識がいかに共創されているか?

SRQ3: ケアサービスにおいて、価値と知識の共創関係が成立し促進される要因は

何か?

以上の問いに対し、「利用者だけでなく、職員も価値を享受する職場」に関し、これま でケアサービスの領域で議論・研究されてきたさまざまな研究成果を元に、サービス科 学と知識科学の視点を加え、ケアサービスにおける価値と知識共創のメカニズムを探る ものである。

1.4. 研究の対象と方法

第2章の先行研究のレビューで見るように、ケアサービスをサービス科学と知識科学 の両面から解析した研究はなく、そのため本研究の方法は、探索的なモデル構築型の事 例研究とする。

分析対象事例としては、先に述べたとおり、「利用者だけでなく、職員も価値を享受す る」職場づくり、ケアワーカー側の価値向上に成功していると考えられる“かなの家”

を対象とする。

野中ら (2007)は、知識を継続的に創造している組織に関する調査には、事例研究が最

適な手法だとしている。その理由として、具体的な言葉を用いて物事の変化をつなぎ合 わせ、過去からの流れを示す「物語(ナラティブ)」としての意義があり、「なぜ」だけ でなく「いかにして」というプロセスを知ることができるからであるとしている。

本研究では、探索的な研究として“かなの家”という豊かな内容を持つ単一の成功事 例を深く掘り下げることで、事例の背後にある構造を浮き上がらせ、「いかにして知識と 価値が共創されているのか」「それはなぜ起きているのか」を明らかにしていく手法をと る。

主なデータ収集手法としては、以下の四つの手法を用いる。収集したデータは、コー ド化し分析する。

① インタビュー:ケアワーカーがケアの現場でどのような体験をし、それに対しど のように考えているかを明らかにするため、半構造化インタビューを実施する。

② アンケート:ケアワーカーがケアサービスの価値についてどのような認識を持っ

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ケートを実施する。

③ 資料調査:“かなの家”の価値と知識創造の取り組みやそれに対するケアワーカ ーや利用者の反応を確認するため、“かなの家”が公開している事業報告・ブロ グ・ホームページや文献を分析する。

なお、筆者は本研究の事例である “かなの家”の理事・評議員を10年以上にわたり 務め、“かなの家”を事業運営面で支援している。またラルシュ・インターナショナルの 国際理事を務めた経験もある。このため、インタビューに際して回答者にある種の同調 圧力や回答内容にバイアスがかかることが懸念された。そのため、インタビューに際し ては「回答者が体験した事実」と「その事実に対する考え・感情」を対にして聞き出す ことでバイアスがかかる懸念を避け、客観性を担保するよう努めた。

また、ケアサービスを研究する際には、ケアする側がケアを受ける側の利益だとして 本人の意思を問わずに支援する、いわゆるパターナリズムの問題に配慮する必要がある。

本研究においては、利用者側の価値について調査を行う必要があり、その際「これは利 用者にとってよいことのはずだ」という予見が入り込む懸念があった。本来は利用者に 直接確認すべきところであるが、本研究の対象である知的障がいを持つ人に対しては、

インタビューやアンケートなどにより正確なデータ収集をすることは困難が予想され た。そのため、参加あるいは参与観察でしか得られない現場の観察とその客観的材料と して写真やビデオを用いて研究を行うこととした。

1.5. 用語の定義

第2章の文献レビューに基づき、本研究における重要な概念を以下のように定義する。

サービス

サービス・ドミナント・ロジック(以下SDLと記す)によると、「サービスとは、他 のアクターあるいは自身のベネフィットのために資源を適用すること」としている

(Lusch & Vargo, 2016)。また、「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照

基準 サービス学分野 (日本学術会議, 2017)」では、「サービスとは提供者と受容者が価 値を共創する行為である。サービスは人間を含むシステムにおいて持続的かつダイナミ ックに生産・提供・消費される」と定義している。この二つの定義は矛盾するものでは なく、むしろ補完しあっている。本研究では、これら二つの定義を採用する。

アクター

SDLによると、「アクターとは、エージェンシーを保持するエンティティ」と定義され ている。エージェンシーとは、「目的を持って行動する能力」のこととされる (Lusch &

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Vargo, 2016)。つまり、あるサービスの提供プロセスに参加するエンティティ(人やその 集合体としての組織、ロボットや人工知能)は全てアクターである。サービスの提供者 も利用者もアクターである。

資源(オペランド資源・オペラント資源)

SDL によると、「アクターが支援を頼るものはどんなものであれ資源となる」として いる。オペランド資源とは、「ベネフィットを提供するにはそれらに行為を施す別の資源 を必要とする(潜在能力のある)資源」のことで「静的で、多くは天然資源のような有 形なものである」としている。一方、オペラント資源とは、「ベネフィットを創造するた めに他の(潜在能力のある)資源に行為を施す能力を秘めている資源」であり、「人間の スキルやケイパビリティ」がその例であるとしている (Lusch & Vargo, 2016)。

価値・価値提案

SDL では、「価値とはベネフィットのことであり、またそれはある特定のアクターの 福利の増大でもある」としている。また、「価値はあるアクターから別の受益者アクター に価値が提供されることはなく、価値は単に提案されるだけである」としている。この 考えから、価値提案とは、「あるアクターが受益者アクターとの価値創造にどのように積 極的に参画するのか」を表現したものと定義される (Lusch & Vargo, 2016)。

価値の分類

本研究では、価値の分類として戸谷の FKE value modelの三つの価値に「ウェルビー イングに資する価値」を加えた、以下の四つの価値分類を用いる。

基本機能価値(Fundamental Value:FV)、知識価値(Knowledge Value:KV)、感情価値

(Emotional Value:EV)、ウェルビーイング実現に資する価値(Well-being oriented Value: WV)

互恵的価値共創

サービスを受ける人だけでなく、サービスを提供する人も享受する価値(特に、基本 機能価値FV以外の価値)をサービス提供の過程で共創すること。

ウェルビーイング

一般的な意味は、「よりよく生きる」ことを指す。より詳しくは、「現代的ソーシャル・

サービスの達成目標として、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会 的に良好な状態にあることを意味する概念 (中谷茂一, 2007)」と定義される。国際連合 などの国際機関や欧米諸国では、救貧的・慈恵的な思想を背景とする「ウェルフェア」

に代えて、「より積極的に人権を尊重し、自己実現を保証する」概念として定着している

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知識

野中らは知識を「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」

と定義している (野中, 遠山, 平田, 2007)。知識はモノやカネのような静的な資源ではな く、常に動いているプロセスである。そして知識は、社会すなわち人と人との関係性(文 脈)の中で正当化されるものである。また、SDL (Lusch & Vargo, 2016)の視点から知識を 見ると、知識はオペラント資源の一種であり、「ベネフィットを創造するために他の(潜 在能力のある)資源に行為を施す能力を秘めている資源」と言える。そして、戸谷によ ると知識も価値の一種である。

本研究では、このように知識をプロセスであり、資源であり、価値であると捉える。

野中らは場の定義として、「知識が共有され、活用される共有された動的文脈」である と定義している。この定義からわかるように、場とは物理的な空間だけを意味するので はなく、心理的・仮想的な空間も場である。このような場の中で人と人との対話と実践 による総合作用により知識が継続的に創造されていく (野中, 遠山, 平田, 2007)。 ケア

本論文では、ケアを「依存的な存在である成人または子どもの身体的かつ情緒的な要 求を、それが担われ遂行される規範的・経済的・社会的枠組のもとにおいて、満たすこ とに関わる行為と関係 (Daly, 2001)。」とするデイリーのケアの定義を採用する。

この定義は、ケアをアクター間の相互作用であるという立場を取るため (上野, 2011)、 サービス科学におけるSDLの考え方、知識科学における知識創造の考え方とも親和性が 高いと考えられる。

ケアの互恵性

ケアの互恵性とは、ケアという行為がケアを受ける側に価値を提供するだけでなく、

ケアをする側も価値(特に、基本機能価値 FV 以外の価値)を享受することをいう。つ まり、ケアをし、ケアを受けるという相互関係の中から、ケアを受ける側・する側双方 への価値が共創されている状態を指す。

ケアサービス

ケアには元来サービスの概念が含まれているが、特に事業としてケアを提供すること を明示的に示す場合に「ケアサービス」という言葉が使われることがわかる。そこで、

本論文では、ケアサービスを、「事業としてケアを提供すること」と定義する。

ケアワーカー

本論文では、ケアワーカーを「専門的知識及び技術をもつてケアサービスに従事し、

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直接的・間接的にケアを提供する人」と定義する。

なかまの人、コアメンバー、アシスタント、支援者

“かなの家”では、ケアサービスの利用者のことを「なかまの人」または「なかま」

と呼んでいる。これは、知的障がいを持つ人は単なるサービスの利用者ではなく、「“か なの家”で一緒に暮らすなかま」であるという意味が込められている。ケアワーカーは

「アシスタント:assistant」と呼ぶ。なお、ラルシュではコミュニティーで暮らす知的障 がいを持った人をコアメンバー:core memberと呼んでいる。これは、知的障がいを持っ た人がコミュニティーの中核:coreであるとの認識を反映している。

「支援者」とは、“かなの家”の製品の購入や寄付などを通じて“かなの家”の活動を 外部から支援する人々のことを指す。

1.6. 本論文の構成

本第1章において、本研究の背景、目的、研究の方法や対象について述べた。これら を踏まえ、本論文は以下のような構成となっている。

第2章では、研究目的に従って、関連するケアサービスとサービス科学・知識科学の 先行研究をレビューする。着目するのは、ケアサービスにおける価値と知識とは何か、

それがどのように創造されているのか、についての研究成果である。また、ケアワーカ ーの職務満足に関する研究についてもレビューする。さらに、サービス科学において、

サービスの価値がどのように生み出され、価値創造を促進するには何が必要なのかにつ いてレビューする。同じく、知識科学において、知識はどのように創造され、知識創造 を促進する要因は何かについてもレビューする。さらに、本研究の事例組織である“か なの家”が標榜する「ラルシュの理念」についてもレビューし、ラルシュの理念の構造 を明らかにする。

第3章では、“かなの家”の事例分析を行う。分析に当たっては、先行研究レビューに 基づいてケアサービスへのサービス科学・知識科学的アプローチの適用を検討し、「KV とWVのダイナミック共創モデル」仮説を用いて“かなの家”の知識と価値の共創活動 を詳細に解析する。また、共創活動の促進要因についても分析を行う。

第 4 章では、“かなの家”の事例から得られた知見を仮説モデルに沿って整理した上 で、“かなの家”で KV とWV がどのように共創されており、どのような要因によって いかに価値共創が促進されているかを考察する。そして、「KVとWVのダイナミック共 創モデル」の検証とさらなる精緻化を試みる。さらに、本研究のもう一つの目的である、

ケアワーカーにとって「職場の魅力」を高めるための知見についてまとめる。

最後に第5章では、結論として本研究のまとめを行い、理論的含意と実務的含意を述

(25)

第2章 先行研究のレビュー

2.1. はじめに

本章では、第1章で述べた研究目的に従って、サービス科学、知識科学及びケアサー ビスの三つの領域において、先行研究をレビューする。

まず、ケアサービスをサービス科学の視点ではどのように捉えることができるのかを 探るため、サービス科学の領域においては以下の点に着目しレビューを行う。

① サービスの価値

② サービス価値の共創プロセス

③ サービス価値の互恵性

④ Transformative Service Research

サービス科学の領域では、まずサービスが提供する価値についての議論を整理した上 で、サービス価値を共創するプロセスについてレビューする。さらに、「個人やコミュニ ティーそして生態系に至るまで、消費に関わる主体のウェルビーイングに改善や良い変 化をもたらすための研究 (Anderson,et al., 2012)」と定義される、Transformative Service

Research: TSRについてもレビューする。

次に、知識とは何か、それはどのように促進されるのかを探るため知識科学の領域に おいては、以下の点に着目する。

① 資源または資産としての知識

② 知識創造プロセスとその促進要因

③ 知識創造における場の役割

知識科学の領域では、知識とは何かについて確認した上で、知識創造プロセスについ て SECI モデルを取り上げる。そして、ケアサービスの知識創造の促進に重要な役割を 果たすと考えられる「場」についてレビューする。

ケアサービスの領域においては、以下の点に着目する。

① ケアとは何か

② ケアの贈与交換的側面と互恵性

③ ケアサービスが提供する価値とウェルビーイング

④ ケアワーカーの職務満足に影響を及ぼす要素

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⑤ ケアサービスで創造される知識

ケアサービスの領域では、ケアサービスが提供する価値と知識についてレビューする。

特に、ケアサービスが提供するウェルビーイングについて先行研究を確認する。そして、

ケアサービスの特徴と考えられる互恵性について社会的交換理論などの見地からレビ ューを行う。さらに、ケアワーカーの職務満足に影響を及ぼす要素についてインターナ ルマーティングやサービスプロフィットチェーンなども考慮しつつレビューを行う。最 後に、ケアサービスにおける互恵的価値共創が先行研究でどのように捉えられているか を確認する。

最後に、本研究の事例組織である“かなの家”が標榜する「ラルシュの理念」につい てもレビューする。

2.2. サービス科学における価値と価値共創

2.2.1. サービスにおける価値

ここではサービスにおける価値と何かについてレビューする。SDL では、「価値とは ベネフィットのことであり、またそれはある特定のアクターの福利の増大でもある」と している。何をベネフィットと捉えるかはアクター一人ひとりの文脈によって異なるた め、サービスの価値は受益者の経験的な概念である。このことから、サービス提供者か ら受益者に価値が提供されることはなく、価値は単に提案されるに過ぎない、という価 値提案の考え方が導かれる。提案された価値をサービス提供者と受益者が共創し、受益 者がそれをベネフィットと捉えて初めて価値が生まれる、というのがSDLの価値の捉え 方である (Lusch & Vargo, 2016)。

価値については、古くから哲学・心理学・経済学などの分野でさまざまな分類が行わ れてきている。以下に示すように、サービスに限っても多くの分類軸や視座が提案され ている。

交換価値と使用価値

従来のグッズ・ドミナント・ロジック(GDL)では、価値は交換対象となるモノの価 値を貨幣という中間媒体で定量化し表現している。しかし、サービスの価値は受益者ア クターの主観的な経験を通じて創造されるため、サービス購入前に確定する交換価値価 値(すなわち価格)ではサービスの価値を議論するのには不十分である。そのため、SDL では、サービスを受けた後の価値である使用価値(Value in use)やアクター間の長期的 な関係性継続性の価値が重要視されている (Grönroos, 2014)。関係性継続性の価値として

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に分類でき、総体として「顧客共感価値」がある (Kumar, 2010)。近藤 (2017)はこのよう な価値をサービス提供の時系列にまとめている(図 2-1)。ただし、関係継続性の価値に ついては、サービス提供者の視点のみを扱っており、アクターとしてのエンティティ、

すなわち従業員や事業主あるいは社会などの他の視点が欠けているとの批判もある (Toya, 2014)。

図 2-1 サービスの時系列価値共創の概念図 (近藤, 2017)

機能的価値と目的価値

西岡ら (Nishioka & Kosaka, 2013)はITソリューションサービスでは2種類の価値があ

るとしている。一つは、「目的価値(Objective Value)」で、これはITソリューションサー ビスを利用して顧客が最終目的を達成するという価値である。もう一つは、「機能的価値

(Functional Value)」であり、これはITや関係するサービスが提供する機能がもたらす価

値であるとする。図 2-2は、ITソリューションサービスを例に目的価値と機能的価値の 関係を示したものである。複数の機能的価値が統合され目的価値が実現される様子が見 て取れる。

機能的価値と目的価値という分類は、ITソリューションサービスに限らず、どのよう なサービスにも当てはまる汎用的な分類軸だと考えられる。

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図 2-2 ITソリューションサービスにおけるバリューチェイン (Nishioka & Kosaka, 2013) 基本的機能価値、知識価値、感情価値

戸谷 (Toya, 2014)は、サービスに関わるステークホルダーのそれぞれの視点からサー ビス価値を検討するための分類として、「基本機能価値:Fundamental Value: FV」「知識価 値:Knowledge Value: KV」「感情価値:Emotional Value: EV」の三つを提唱している。

FVとは、「企業が顧客に販売する前に約束する基本的なサービスの価値」としている。

それは明示的な価値で、コアサービスとも言え、容易に可視化でき金銭的手段によって 計測可能である。企業も従業員も顧客もそれぞれのFVを提供する。

KVとは、「価値の共創に貢献する共創者間に蓄積された知識」であるとしており、さ らに知識には、プロセス知識:process knowledgeと宣言的知識:declared knowledgeに分 類される。プロセス知識とは、サービスの提供プロセスに関わる知識である。宣言的知 識とは、経験や出来事に関係した知識:episode knowledgeと「ブランドA は機能B を 持っている」というような概念に関係した知識:concept knowledgeに分類される。

EVは、サービスに参加するアクターの肯定的な感情をさらに強め、否定的な感情は弱 める働きをする。プルーチック (Plutchik, 2003)は、感情には、恐れ・怒り・喜び・悲し み・受容・嫌い・期待・驚きがあるとしている。戸谷はこれらの感情に加え、顧客と従 業員の間に生まれる喜びや興奮といった短期的感情、また、顧客が企業に対して抱く信 頼感というような長期的感情も加えている。ただし、法人:regal entityには感情がない

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2.2.2. サービス価値の共創プロセス

次に、サービス価値の共創プロセスについてレビューする。

FKE-Value model

戸谷 (Toya, 2014)は、企業・従業員・顧客という主要なステークホルダー間の相互作用 による価値共創(FV, KV, EV)をモデル化したFKE-Value model(図 2-3)を提案している。

図 2-3 FKE-Value model (Toya, 2014)

FVは価値共創の重要な要素ではあるが、それが全てではない。FVを補完する要素と してKVやEVがある。KVやEVはサービスの提供者と受益者間の相互作用によって増 大する。増大したKVやEVは、将来の価値共創サイクルにおいてオペラント資源とし て機能し、最終的にはFVを創造する。KVやEVがFVに転換するまでの期間は不確定 で、結局FVにならない場合もある。

戸谷はこのモデルには四つの特徴があるとしている。一つ目は、サービスにおける三 つの主要なステークホルダーである企業・従業員・顧客に加え社会を含むモデルである こと。二つ目は、共創される価値をFV・KV・EVの三つとしたこと。三つ目は、この三 つの価値は長期的視点で測定されるべきであるとしたこと。四つ目は、ステークホルダ ー間のバランスを保つことが重要であることを示したことである。

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サービス場と KIKI model

小坂ら (2012)は、サービスの価値は、提供されるサービスの内容が同じでも、それを

受ける人や時間、そしてその場の状況によって大きく異なるという考えに基づき、電磁 気学における「場」の考え方を応用し、「サービス場」という概念を提案した。そして、

この「サービス場」の概念は、SDLでいうところの使用価値(Value in use)の重要性を説 明できるとしている。すなわち、SDLではサービスがどのような状況において利用され るかが重要であるとしており、「サービス場」の考えと一致する。さらに、小坂らは、「サ ービス場」において、必要性の高いサービスは高い価値を生むことから、「サービス場」

を分析・同定することの重要性を指摘している。

そして、その「サービス場」の概念をもとに、企業間のサービス共創を理解するため の プ ロ セ ス モ デ ル と し て 、KIKI モ デ ル(Knowledge sharing related to service system, Identification of service field, Knowledge creation for new service idea, Implementation of service idea)(図 2-4)を提案している。このモデルは、共創の目的の達成に対して、どのようなサ ービスが有効かを明らかにし、そのサービスを提供するまでのプロセスを表現している。

図 2-4 KIKIプロセス (小坂, et al, 2012)

KIKIモデルは四つのステップからなる。

① ステップ1(Knowledge sharing related to service system):

双方の共創者が、共創の目的や環境条件を認識し、「サービス場」 同定に必要な

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② ステップ2 (Identification of service field):

「サービス場」を同定し、必要度の高いサービスは何かを評価する。

③ ステップ3(Knowledge creation for new service idea):

ステップ2で示された必要とされるサービスをいかに提供するかを検討する。

④ ステップ4(Implementation of service idea):

ステップ3で考案したサービスアイディアを顧客に提供する。提供したサービス が相手側の企業内部に取り込まれ、共創活動の目的が達成できる。

以上の四つのステップを1サイクルとして繰り返すことで、サービス場の状況が変化 し、それに応じて共創活動の目的も変化していく。また、共創者はお互いに「サービス 場」の状況について理解を深め、そこで必要とされるサービスが何かを容易に明らかに することができるようになっていく。そして徐々にサービス場の状況とそこで提供され るサービスの適合性が高まっていき、最終的に共創の目的を達成することが可能になる。

これらのステップからわかる通り、このプロセスにおいて重要なことは「サービス場(技 術ニーズやシーズ、企業のニーズなど)」をよく認識することである。小坂は、これを「サ ービス場の同定」と呼んでいる。

このKIKI model は、企業間のサービス共創を前提に提案されているが、SDLのアク

ターという概念に従えば、企業も従業員も顧客もサービス共創に参加するエンティティ としては同じであるため、KIKI modelは従業員と顧客との価値共創、企業と従業員との 価値共創なども説明できると考えられる。

2.2.3. サービスの互恵性

SDL の公理1及び基本的前提1は、「サービスが交換の基本的基盤である」というも のである (Lusch & Vargo, 2016)。アクターは身体的スキルと知的スキルという二つの基 本的なオペラント資源を持っており、それを材料などのオペランド資源に適用すること で有益な効果、すなわち価値を創造している。この、アクターの持つオペラント資源の オペランド資源への適用がサービスである。通常、一人のアクターがあらゆるスキルや 知識を持っているわけではないので、自身のシステムの存在可能性を高めるためには、

他のアクターのサービスに頼る部分が出てくる。これが相互ベネフィットのためのサー ビスの交換である。このように、サービスはアクター間のお互いのベネフィットのため、

という互恵性を本質的に持っていると考えられる。

SDL の基本的前提 2 は、「間接的交換は交換の基本的基盤を見えなくしてしまう」と いうものである。先に述べたように、サービスの交換は本質的にはお互いのベネフィッ トのために行われる。しかしながら、古代の物々交換が貨幣を媒介とした間接的交換に 置き換わっていったように、サービスも現在では貨幣を介在させない個人対個人での直

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接交換は少なくなってきている。例えば、ある顧客アクターがレストランで食事をする 場合、顧客はそこで受けたサービスに対して自分ができる直接のサービス(例えば皿洗 いなど)を提供する代わりに代金を支払う。レストランは代金を受けとり、材料の仕入 れサービスや厨房設備保守サービスなど、レストランを維持していくのに必要な他のサ ービスを受けるのに利用する。

また、組織の中でもサービスの間接的交換が行われている。顧客が払った代金は、チ ップなどの場合を除いて、ウェイターやシェフに直接支払われるのではなく、レストラ ンという組織に対して支払われるのが一般的である。その場合、レストランは顧客から の売り上げを給料という形でシェフやウェイターに配分する。また、シェフのサービス

(調理技術を食材に適用して料理を作ること)は、料理というグッズを媒介として顧客 に届けられる。このように、間接的交換は、貨幣以外にもモノや組織を媒介として行わ れることもある。このように、現在のビジネスにおけるサービスでは間接的交換が何重 にも行われているため、アクターたちはサービスとサービスが交換されているという本 質を見失うことがある、とラッシュらは述べている(図 2-5) (Lusch & Vargo, 2016)。

図 2-5 媒介手段はサービスとサービスの交換という本質を見えなくしてしまう (Lusch

& Vargo, 2016)

2.2.4. Transformative Service Research

最後に、サービス提供者と利用者相互の互恵的関係を社会や地球環境にまで広がる視 座で議論するTransformative Service Research: TSRについてレビューする。

メトカルフ (Metcalf, 2010)が相互共生という言葉を用いて価値共創を説明しているこ とにも象徴されるように、サービスは提供者と利用者がwin-winの関係であることが価 値創造プロセスの質を高め、より良い結果を形成する上で望ましい。しかしながら、サ

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きなくなったり、あるいはどちらかの利益が損なわれてしまったりするであろう。これ

は、Value in Useの議論を超えて、特に人間の幸福や生活の質向上といったウェルビーイ

ングに影響を与える (白肌, Fisk, 2013)。例えば、ホー (Ho, 2013)は、公共交通機関が不 十分な地域の高齢者は、自ら自由に買い物に行くことが難しくなると、商店とのサービ ス関係を維持するのが困難になり、商店から受け取る食材の調理法や話し相手という価 値が得られなくなり、彼らの生活に不自由をもたらし、ウェルビーイングが損なわれる ことを見出している。

こうした問題意識をもとに、現在世界規模で推進が始まっているサービス研究領域が TSR である。TSR は、「個人やコミュニティーそして生態系に至るまで、消費に関わる 主体のウェルビーイングに改善や良い変化をもたらすための研究 (Anderson,et al., 2012)」 と定義される。この研究対象には、例えば自然環境の保全を意識した消費者行動を促す ためにどのような戦略が行政・企業・NPOなどに求められるか、などが含まれる。TSR は今までのサービス研究では明示的に扱われてこなかった、人間のウェルビーイングに 関する課題に焦点を当てていることが特徴である。

図 2-6は、TSRが扱うエンティティの関係を示したフレームワークである。このフレ ームワークは、サービス提供主体:Service entityと消費者主体:Consumer entityがマク ロ環境の中でいかに相互作用を行うかが両者のウェルビーイングの結果に影響を及ぼ すことを示している。サービス提供主体には、サービス従業員、サービスプロセスまた はサービス内容、組織または業界がある。消費者主体には、個人、集団、エコシステム がある。そしてこれらの相互作用を通じて多様なウェルビーイングの成果(ウェルビー イングを増大させるサービスにアクセスする権利または能力、社会的に構築されたシン ボルやテキストを解釈しコミュニケーションする能力、格差の解消、健康、幸福など)

が生まれる可能性がある。

また、ウェルビーイングは、身体的、精神的、社会的な良い状態を示す集合的な価値 概念であるため、一つの価値でウェルビーイングを満たすことはできない。ホーら (Ho

& Shirahada, 2016)が、ウェルビーイングの実現に資する価値という意味で、Well-being

oriented value:WVという言葉を用いているのはそのためであろう。またWVは、戸谷

のFKE value modelのどれにも属さない価値だと考えられる。

(34)

図 2-6 TSR entities and outcomes framework (Anderson,et al., 2012)

アンダーソンら (Anderson,et al., 2012)は、サービスがウェルビーイングに与える影響 例として、幸福に関して「肯定的な顧客とサービス従業員間の相互作用が顧客と従業員 の日々の活性度、感情的健康、そして自己肯定感に貢献する」という例を挙げている。

さらに、将来のTSRのリサーチ・クエスチョンとしてソーシャル・サービスに関して 以下のような例を挙げている。

• ソーシャル・サービスを提供中に行われる対話的プロセスのどの側面が利用者と従 業員のウェルビーイングを促進または阻害するか?

• サービスをよりよくし、ひいては利用者のウェルビーイングを増大させるために、ソ ーシャル・サービスはいかに従業員のウェルビーイングを増大させることができる か?

これらの問いは、本論文で答えようとしているリサーチ・クエスチョンに非常に近い ことがわかる。また、TSRではウェルビーイングは、サービス提供主体と消費者主体と の相互作用により互恵的に創造されていると考えていることがわかる。

2.2.5. 価値のスペクトル

以上見てきたように、価値は戸谷のFV、EV、KVに加えWVという四つの種類に分

参照

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