博 士 ( 農 学 ) シ モ ニ マ タ ー ア ル ト エ 学 位 論 文 題 名
. A Study on Sustainable Rural Development and Institutional Support in Brazil : The Case of Small Soybean Farmers in the State of Rio Grande do Sul
(ブラジルにおける持続的農村発展と公的支援に関する研究 一リオ・グランデ・ド・スル州の小規模大豆作農家を事例に―)
学位論文内容の要旨
本研 究では,輸出志向型の農業近 代化路線を歩んできたブラ ジルの大豆生産に焦点を当てなが ら,生 産の中心的担い手であった最 南部Rio Grande do Sul(以 下,RS)州の中小家族経営が,ま すます 強まる農業・食料システムの 工業化・グローバル化の流 れのなかで,いかなる状況に追い 込まれ ,生き残りのためにいかなる 対応を模索しているのか,明らかにしようとするものである。
この課 題に接近するため,本研究で は,先進国を事例とした農 村社会学的研究が注目するような
「農民 の自己組織化と農村の内発的 発展」が生まれる余地は限 られており,中小家族経営と農村 地域の 持続的発展を実現するために は何らかの公的・制度的な 支援組織の介在が不可欠であると の仮説 を立て,以下の手順で考察を 行った。
第1に ,ブラジルの農業開発(輸 出志向型農業近代化路線)の変遷を歴史的に振り返りながら,
今日の グローバリゼーション下にお けるブラジル農業の位置と 性格を措定するとともに,小規模 家族農 業と農村地域をとり,まく社 会経済的状況を構造的に把握することに努めた。そして,ブラ ジル農 業が輸出市場へ過度に依存し てきた結果,数々の構造的 脆弱性を抱えていること;膨張す る対外 債務を償還するために輸出志 向型農業近代化を一層強め ,社会経済的・環境的な弊害を蓄 積する という悪循環を繰り返してき たこと;農業開発モデルの 歴史構造的性格ゆえに,2003年に 誕生し た中道左派政権もまた,抜本 的な路線転換に苦慮してい ることが明かとなった。さらに,
その典 型である大豆生産のさらなる 工業化・グローゾくル化の要請にしたがって,担い手層の大規 模 化・ 集 約化と主 産地の中西部Cerrado地帯へ の移動が進められ,南部諸 州の小規模家族農業の 疎外と 農村地域の疲弊が進行してい ることが明らかとなった。
第2に, 小規模 家族農業と農村地域が輸出志 向型の農業近代化路線から 脱却し,新たな持続的 発 展の 道 を模 索す るた めの 様 々な 地域的対応 を,Parana州とRS州で実施 したフイールド調査も 踏 まえ な がら分析 的に紹介した。具体的には 次の4事例である。@Parana州北部を拠点とする大 規模農 協Integradaによる,輸出志 向型大豆生産の継続的追求に地域利益を見出そうとする事例;
◎Rs州 北 部の 農協C冊inlaioに よる , 有機 大豆 およ び非GM大豆の生産と ,ヨーロッパの生協向 け 輸出 に オル タナ ティ ブな 市 場機 会を見出そ うとする事例;◎Parana州 などを拠点に活動する NGO,AS‐PTAによ る, 環境 保 全型 農業の導入 と普及を通じてオルタナテ ィブな持続的発展の道 を 見出 そ うと する 事例 ;@RS州の ある 教会 組織 を 中心 とす る地域プロジ ェクトnり汾毋ぴmWロ 一l109−
による,環境保全 型農業の実践と地場市場を通 じた消費者との提携にオル タナティブな持続的発 展の道を見出そう とする事例。以上の事例から 明らかになったことは,単 に経営レベルでの市場 機会の開拓や持続 的農業の実践だけではなく, 地域的ネットワークの再構 築による農村レベルで の持続的発展が試 みられていることの重要性で ある。同時に,各事例が抱えている諸制約Iを具に 分析することによ って,農協やNGO,教会,学 校等の地域組織が,くD持続 的農村発展を目指した ネッ卜ワークに結 集するとともに,◎それが地 域全体を包含するほどの面 的広がりをもち,◎財 政的にも持続性を もちうるためには,何らかの 制度的な支援体制が不可欠 であることもまた明か となった。
第3に ,農 業・農村の持続 的発展に向けた地域的対応の ネットワーク化に促進的役 割を果たし てい る 公的 支援組織として,‑ RS州の農業普及機関であ るEMATER/RSに注目し,その 実際的な活 動と役割を,州北 部Santa Rosa地域で実施したフイールド調査に基づぃて実証的に明らかにした。
具体 的 には ,(DTucunduva地 区の小規模農家が商業的大豆 作経営から環境保全的な有 畜複合経営 への転換を図って きた事例;◎1、resdeMaio地 区における前記C0廿ぬaio農協とも連携した有機大 豆生 産 の普 及に向けた取り組 み;◎DeZesseisdeNovembro地区における学校,教会組 織,農村労 働者 , 農民 組織 など が連 携 した 農村 地域 コ ミュ ニテ ィ再 生に 向けた取り組み;@Salvadordas Miss琵s地区の小規 模農家が地場作物の栽培と それを利用した伝統食の加工,さらに地場市場での 販売 に 取り 組ん でい る事 例 ,を 考察 した。いずれにおい ても,EMATE薑VRSの地域ス タッフが,
州レベルの方針で あるアグロエコロジー運動の 普及に努めながら,農業近 代化過程でお互い疎外 された状況に長ら く置かれていた中小農民と農 村地域コミュニティとの対 話と協働を媒介・促進 し,地域の自律的 ・内発的な発展を制度的に支援する役割を果たしていることが明らかとなった。
第4に ,持 続 的な 農業 ・農 村発 展 に果 たす べきEM觚ER爪Sの 役 割を 制約 して いる 構 造的諸要 因に つ いて 言及 した 。EMAlEWRSなど の公 的 農業 普及 機関 は, 長 らく 続い た農 業近 代 化の過程 で連邦政府や州政 府の開発モデルをトップダウ ン式に地域に「普及」する 活動に終始してきたた め,地域農民と農 村コミュニティの協働を通じ た内発的発展を媒介的に促 進する活動に転換して いく 上 で多 くの困難を伴って いる。S孤ぬRo鉛地域のよう な成功事例も少なくないが ,そうした 地域的対応を阻害 することなく,そこで生まれた経験と教訓を地域を超えて広げていくためには,
EMATE肌Sと 州・ 連邦 政府 に 根深 く浸 透し て いる 農村 開発 の意 識 を抜 本的 に転 換す る 必要があ る。
以上の考察から ,次の諸点を結論的に要約で きる。すなわち,◎環境的 ・社会的・経済的に持 続的な農業・農村 の発展を実現するためには, 従来から踏襲されてきた輸 出依存型の農業近代化 路線からの脱却が 必要であること;◎そのため の地域的対応が多様な形態 をとりながら模索され ていること;◎そ れらの地域的対応が面的広が りと持続的な財政基盤を獲 得しうるためには,中 小農 民 ,農 協,地域組織,NGO等による自発性に依拠する だけでなく,むしろ広い視 野と長期的 展望を備えた支援 組織の公的・制度的な介在が 不可欠であること;@しか し,その適役であり,
各地 で 数々 の成 功事 例を 生 み出 して きたEMAlER丿RSもま た,政府の開発姿勢や政策 動向の変化 に直接的な影響を 受けやすい公的機関としての 諸制約を抱えており,何ら かの改革が急務となっ ていること,以上 である。従来,欧米における 農村社会学的研究や途上国 における開発社会学的 研究は,各国で強 められている新自由主義的制 度改革への批判的視点と農 民の自己組織化と農村 地域の自律的・内 発的発展を最重視する立場か ら,農業普及機関・研究機 関などの公的支援組織 による制度的介入 に否定的な傾向があっ・た。本研究は,そうした理論的枠組みに対する修正の必 要性を示唆してい る。同時に,歴史的・構造的 に規定された公的支援組織 の諸制約を乗り越え,
各地で実践されている新しい持続的農村発展の芽を大切に育てていくために,連邦政府や地方政 府に求められている政策的転換の方向性にも示唆を与えている。本研究はこのように,理論と実 践の両面からブラジルの農村発展に貢献するものである。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教授 三 島徳 三 副 査 教授 坂 下明 彦 副 査 助教 授 飯澤 理一 郎
副 査 准教授 Raymond A. Jussaune , Jr ( ワ シ ン ト ン 州 立 大 学 )
学位論文題名
A Study on Sustainable Rural Development and Institutional Support in Brazil: The Case of Small Soybean Farmers in the State of Rio Grande do Sul
(ブラ ジルにおけ る持続的農村発展と公的支援に関する研究 一リオ・グランデ・ド・スル州の小規模大豆作農家を事例に―)
本研究は、輸出志向型の農業近代化を進めてきたブラジルの大豆生産に焦点を当てながら、
生産の中心的担い手であった最南部Rio Grande do・sul(以下、RS)州の中小家族経営を対象 に、農業・食料システムの工業化・グローバル化の下での状態と対応を実証的に明らかにし ている。得られた知見を要約すると、以下の通りである。
第1に、ブラジルの農業開発の変遷を歴史的に振り返りながら、今日のグローバリゼーシ ヨン下におけるプラジル農業の位置と性格を措定するとともに、小規模家族農業と農村地域 をとりまく社会経済的状況を構造的に明らかにした。とくに、ブラジル農業が輸出市場ヘ過 度に依存してきた結果、数々の構造的脆弱性を抱えていること、膨張する対外債務を償還す るために輸出志向型農業近代化を一層強め、社会経済的・環境的な弊害を蓄積するという悪 循環を繰り返してきたこと、などが明らかにされた。
第2に、小規模家族農業と農村地域が輸出志向型の農業近代化路線から脱却し、新たな持 続的発展 の道を模索するための様々な地域的対応を、Parana州とRS州で実施した4事例の 実態調査を踏まえながら分析的に紹介した。以上の事例から、単に経営レベルでの市場機会 の開拓や持続的農業の実践だけではなく、地域的ネットワークの再構築による農村レベルで の持続的 発展が試みられていることを明らかにした。また、農臓やNGO、教会、学校等の地 域組織が、持続的農村発展を目指したネットワークに結集することの重要性を指摘し、それ が地域全体を包含するほどの面的広がりをもち、財政的にも持続性をもちう.るためには、何 らかの制度的な支援体制が不可欠であるとの知見を得ている。
第3に、農業・農村の持続的発展に向けた地域的対応のネットワーク化に促進的役割を果 たしてい る公的支援組織として、RS州の農業普及機関であるEMATER/RSに注目し、その実
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際的な活動と役割を、州北部Santa Rosa地域で実施した実態調査に基づいて明らかにした。
取り 上げた活 動事例 は4っ である が、いず れにおい てもEMATER/RSの地域スタッフが、ア グロエコロジー運動の普及に努めながら、農業近代化過程で長い問疎外された状況に置かれ てきた中小農民と農村地域コミュニティとの対話と協働を媒介・促進し、地域の自律的・内 発 的 な 発 展 を 制 度 的 に 支 援 す る 役 割 を 果 た し て い る こ と を 明 ら か に で き た 。 第4に、持 続的な農業・農村発展に果たすべきEMAI.ER/RSの役割を制約している構造的 諸要 因につい て考察 した。EMATER/RSなどの公的農業普及機関は、農業近代化の過程で連 邦政府や州政府の開発モデルをトップダウン式に地域に「普及」する活動に終始してきたた め、地域農民と農村コミュニティの協働を通じた内発的発展を媒介的に促進する活動に転換 していく上で多くの困難を伴っている。少数ながら成功事例も存在するが、全体として地域 的対応を阻害することなく、各地で生まれた経験と教訓を広げていくためには、EIVfAl'ER/RS と州・連邦政府に根深く浸透している農村開発の意識を抜本的に転換する必要があると指摘 している。
以上の分析と考察から、次のような要約と結論が導き出されている。@環境的・社会的・
経済的に持続的な農業・農村の発展を実現するためには、従来から踏襲されてきた輸出依存 型の農業近代化路線からの脱却が必要であること、◎そのための地域的対応が多様な形態を とりながら模索されていること、◎それらの地域的対応が面的広がりと持続的な財政基盤を 獲得しうるためには、中小農民、農協、地域組織、NGO等による自発性に依拠するだけでな く、むしろ広い視野と長期的展望を備えた支援組織の公的・制度的な介在が不可欠であるこ と、 @しかし 、その モデルと して、 各地で数々の成功事例を生み出してきたEMATER/RSも また、政府の開発姿勢や政策動向の変化に直接的な影響を受けやすい公的機関としての諸制 約 を 抱 え て お り 、 何 ら か の 改 革 が 急 務 と な っ て い る こ と 、 以 上 で あ る 。 従来、欧米における農村社会学的研究や途上国における開発社会学的研究は、各国で強め られている新自由主義的制度改革への批判的視点と農民の自己組織化と農村地域の自律的・
内発的発展を最重視する立場から、農業普及機関・研究機関などの公的支援組織による制度 的介入に否定的な傾向があった。こうした中で、本論文は、輸出志向型の農業近代化の道を 歩んできたブラジルの南部大豆生産地帯を事例に、中小家族経営によるオルタナテイブな農 業発展・農村開発の試みとそれを支援する公的・制度的組織の役割の重要性を実証的に明ら かにすると同時に、持続的農村発展を支援するための、連邦政府と地方政府の政策転換の方 向性に示唆を与えている。これらの知見は学術的に有用であり、ブラジルの農村・農業の発 展 に も貢 献 す るも の で ある 。 よって 審査員一 同は、 シモニマ ターアル トエが 博士(農 学)の学位を受けるのに十分な資格を有するものと認めた。
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