博 士 ( 農 学 ) サ ン ギ ー タ ジ ョ ー ダ ン
学位論文題名
A Comparison of the Conventionalisation Processes in the Japanese and Australian Organic Sectors (日本とオーストラリアの有機部門におけるコンベンショナル化の 過程に関する比較研究)
学位論文内容の要旨
社 会的 ・ 環境 的に 持続可能な農業 生産システムとして構想さ れた有機農業は、農産物・食 品市場で もそ の位 置 づけ をし だいに高め、国 家規格等の制度化が進めら れてきた。農業経済学におい ても市場 制度 的側 面 や経 営的 側面に関する研 究、農業・農村発展への影 響や農民運動的側面に関する 研究が進 めら れて い る。 とく に農業社会学・ 農業政治経済学の分野で国 際的に多くの論争を呼んでき たのが、
有機 農業 の 発展 過程 に見 られ る 「コ ンベ ンシ ョナル化(conventionalisation)」傾向ないし 「二極化 (bifurcation)」傾向の 評価である。本研究はくこのコンベンショナル化論争の嚆矢となったBuck et al.
(1997)お よ ぴGuthman (2004の研 究成 果 を踏 まえ なが ら、 農 外ア グリ ビジ ネス 資 本の 有機 農業 部門 への 参入 が 有機 農業 のあり方に及ば している影響の程度と形態 について、その生成・発展過 程で産消 提携 など 社 会運 動的 な有機農業実践 が重要な役割を果たしてき た日本の事例と、その多くが 輸出市場 向け に生 産 され 、流 通・加工過程で 農外アグリビジネス資本が 大きな役割を果たしているオ ーストラ リアの事例とを比較しながら明らかにすることを課題としている。
Bu出ら に よれ ば、 コン ベン シ ョナ ル化 は以 下の過程を含むも のとして整理されている。 第1に、も とも と農 場 に属 して いた生産や加工 の諸段階が農外資本に領有 され、農業生産がそれらへの 原料供給 段階として再編されて いく過程(appropria虹oめ、 および非農産物原料の利用や工業的手法による代替 品の 開発 を 通じ て農 業生産様式がし だいに工業的生産様式に置 き換えちれ、流通・加工段階 の付加価 値が商品価値に占める 割合が増大していく過程(substitutioめという、いわゆ る「農業の工業化」に 共通 して み られ る過 程で ある 。 その 上で 第2に、例えば栽培方 法ではなく代替投入財に依存 した有機 農業 を容 認 する 規格 認証制度の導入 ・普及を通じて、慣行農業 から差別化していた有機農業 の諸特徴 が弱められていく過程 =アグロエコロジカル的要素の後退過程(agro.ecolo呂icalenfeeblement)、第3 に、 農外 ア グリ ビジ ネス資本の直営 農場での雇用関係や契約生 産方式を通じて、資本主義的 な慣行農 業に 特有 の 社会 的諸 関係が有機農業 部門でも同様に再生産され ていく過程:社会実践的要素 の後退過 程(socio.poHticaユeIlfeebleme11t)である。本研究では、このようなコンベンショナル化概念を踏まえ、
より具体的には以下の諸課題を検討した。
第1に、産消提携や( ;SA(地域支援農業)のよ うに消費者提携型の小規模生 産を志向する有機農業 と、主流販路向けの専 門的大規模生産を志向する有 機農業との間の二極化が見 られるのかどうか。第2 に、 有機 農 業生 産者 のアグロエコロ ジカル実践の程度と内容が 、生産規模や販売形態と関連 している のかどうか。第3に、有 機農業生産者の雇用慣行が 、生産規模や販売形態と関連 しているのかどうか。
第4に 、農 外 アグ リビ ジネ ス資 本 が、 例え ぱ生 産 者価 格の 下方 圧カ を強め、 農業生産者に栽培作物の 絞 り 込み 、代 替投 入 財依 存型 の「 薄め ら れた」 アグロエコロジカル実践、コ スト削減の農場労働者へ の 転 嫁を 余儀 なく さ せる など 、有 機農 業 部門 にい かな る影 響 を及 ばしてい るのか。そして第5に、有 機JASのよ う な国 家規 格認 証を 通 じた 有機 農業 の 制度 化が コン ベン ショナル 化にいかに作用している の か 。以 上の 論点 に つい て、 日本 とオ ー ストラ リア両国の有機農業部門に関 する文献資料・統計デー タ に 加え 、第1に 、2006 ‑2008年 に日 本国 内で 実 施し た、 @産 消提 携に取り 組む有機農業生産者、◎
農 外から有機農業部門に参入 している外食企業(ワタミフ ードサービス社)、◎同社 の直営農場(ワタ ミ フ ァ ー ム ) 生 産 者や 契約 生 産者 に対 する イ ンタ ビュ ー、 第2に、2005年 と2007年 にオ ース ト ラリ ア の クィ ーン ズラ ン ド州 およ びビ クト リ ア州で 実施した有機農業生産者や有 機農業専門流通加工業者 に 対するインタビューに基づ ぃて、実証的な考察を行った 。
本 研究 の構 成は 次 の通 りで ある 。第1章 で問 題 意識 と諸 概念 を整 理し、本 論文の課題を設定したあ と 、 第2章 で は 戦 後 日 本農 業の 発展 過 程を 、Friedmann (1993)らの 諸概 念 ―マ ーカ ンタ イル ・ イン ダ ストリアル・フードレジー ムおよびグリーン・キャピタ リスト・フードレジーム― を用いナょがら整 理 し 、有 機農 業部 門 の成 長な らぴ に農 外 アグリ ビジネス資本の有機農業部門 への参入を歴史的に位置 づ け た。 第3章で は、 日本 にお け る有 機農 業の 展 開過 程と 制度 化の 状況を概 観した上で、産消提携に 取 り 組ん でき た有 機 農業 生産 者に 関す る3つの ケ ース スタ ディ を扱 った。そ の際、各事例のアグロエ コ ロジカル実践(agro‑ecological practice)、雇用労働力利用などの労働慣行(labour practi・ce)、有機 農 産 物の 販路 ・販 売 形態(marketingpractice) などの評価基準にしたがって 、コンベンショナル化の 状 況 と到 達点 を検 証 した 。第4章 では 、日 本に お ける 有機 農業 部門 へのアグ リビジネス資本の参入状 況 と その 影響 を明 ら かに する ため に、 ワ タミフ ードサービス社を事例に、同 社外食部門向けに有機野 菜 を生産する直営農場(ワタ ミファーム)生産者および契 約生産者に関するケースス タディを扱った。
こ こ でも 、各 事例 の アグ ロエ コロ ジカ ル 実践、 労働慣行、販売形態を中心に コンベンショナル化の状 況 と到達点を検証した。
次 に、 第5章と 第6章で はオ ース トラ リ アの 有機 農業 部門 と その コン ベン シ ョナ ル化 に関 するケー ス ス タデ ィを 扱っ た 。ま ず第5章 では 、ク ィー ン ズラ ンド 州ダ ーリ ングダウ ンズ地域における有機穀 物 ・ 豆類 専門 の流 通 加工 業者 、お よぴ 同 社と契 約している有機農業生産者を 取り上げた。穀物‐豆類 部 門 は、 流通 ・加 工 過程 が農 外ア グリ ビ ジネス 資本の影響下にあり、輸出市 場に直結しているのに対 し て 、有 機野 菜部 門 では 農外 資本 の影 響 が小 さい 。そ こで 、 第6章 ではビク トリア州の有機野菜生産 者3事 例を 取 り上 げ、 日本 の事 例 と同 様に 、ア グ ロエ コロ ジカ ル実 践、労働 慣行、販売形態の評価基 準 にしたがって、コンベンシ ョナル化の状況と到達点を検 証した。
第7章で は 、以 上の ケー スス タ ディ の検 証結 果 を整 理し 、参 入時 期、生産 規模、アグロエコロジカ ル 実 践、 有畜 複合 経 営、 労働 慣行 、販 売 形態、 農外資本との関係、販売収入 と生産費、有機農業実践 の 動 機、 生産 規模 拡 大へ の意 思と いっ た 評価項 目に基づぃて、日本とオース トラリアの有機農業部門 の コ ンベ ンシ ョナ ル 化お よぴ 二極 化の 状 況と到 達点を総括した。分析の結果 、日本では生産者と消費 者 の 提携 ネッ トワ ー クが 機能 して いる か ぎり、 有機農業部門が農外アグリピ ジネス資本からの影響を 免 れ 、よ り多 様な 作 付体 系を 維持 し、 パ ートタ イム労働や農場外の代替投入 財への依存を小さくし、
総 販 売額 は相 対的 に 小さ いな がら も生 産 費用を 抑えることで相応の農業純収 入を確保していることが 明 ら かと なっ た。 同 時に 、そ の日 本で も 、一方 で産消提携の停滞、他方で有 機恥LS規格の導入・普及 が 農 外ア グリ ビジ ネ ス資 本の 参入 を誘 発 してお り、先行研究における諸外国 の事例や本研究における オ ー スト ラリ アの 事 例と 同様 に、 契約 栽 培方式 や有機代替投入財の供給、生 産者価格と小売価格の下 方 圧 カを 通じ て、 有 機農 業部 門の 方向 性 が流通 ・加工段階の農外アグリビジ ネス資本によって強く規
‑ 1298ー
定され、コンベンショナル化の特徴が各所に現象しつっあることが明らかとなった。だが、その詳細 は両国問で一様ではない。そこでく第8章では、農業部門の国内経済における位置、有機農業部門の 展開経路、有機農業を取り巻く市場・制度環境などの相違が、日本とオーストラリアの有機農業部門 のコンベンショナル化およぴ二極化の状況にいかに反映しているかを確認した。このように、本研究 は コ ン ベ ン シ ョ ナ ル 化 論 争 に 実 証 面 か ら 示 唆 を 与 え る も の と な っ て い る 。
―1299ー
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 飯 塚 理 一 郎 副 査 教 授 長 南 史 男 副 査 准 教 授 坂 爪 浩 史
副 査 准 教 授 久 野 秀 二 ( 京 都 大 学大 学 院
経済学研究科)
学位論文題名
A Comparison of the Conventionalisation Processes in the Japanese and Australian Organic Sectors
(日本とオーストラリアの有機部門におけるコンベンショナル化の 過程に関する比較研究)
本 論 文 は8章 か ら な り 、 表88、 文 献144を 含 む 頁 数167の 英 文 論 文 で あ り 、 別 に 参 考 論 文1編 が 添 え ら れ て い る 。
社 会 的 ・ 環境 的 に 持 続可 能 な 農 業生 産 シ ス テム と し て 構想 さ れ た 有機 農 業 は 農産 物 ・ 食 品 市 場 で も そ の位 置 づ け をし だ い に 高め 、 国 家 規格 等 の 制 度化 が 進 め られ て き た 。農 業 経 済 学 に お い て も市 場 制 度 的側 面 や 経 営的 側 面 に 関す る 研 究 、農 業 ・ 農 村発 展 へ の 影響 や 農 民 運 動 的 側 面 に関 す る 研 究が 進 め ら れて い る 。 とく に 農 業 社会 学 ・ 農 業政 治 経 済 学の 分 野 で 国 際 的 に 多 くの 論 争 を 呼ん で き た のが 、 有 機 農業 の 発 展 過程 に 見 ら れる 「 コ ン ベン シ ョ ナ ル 化 」 傾 向 ない し 「 二 極化 」 傾 向 の評 価 で あ る。 本 研 究 は、 こ の コ ンベ ン シ ョ ナル 化 論 争 の 嚆 矢 と な っ たBuck et al.(1997)お よ ぴGuthman(2004)の 研究 成 果 を 踏ま え な が ら、
農 外 ア グ リ ビ ジ ネ ス 資 本 の 有 機 農 業 部 門 へ の 参 入 が 有 機 農 業 の あ り 方に 及 ば し てい る 影 響 の 程 度 と 形 態に つ い て 、産 消 提 携 など 社 会 運 動的 な 有 機 農業 実 践 が 重要 な 役 割 を果 た し て き た 日 本 の 事例 と 流 通 ・加 工 過 程 で農 外 ア グ リビ ジ ネ ス 資本 が 大 き な役 割 を 果 たし て い る オ ー ス ト ラ リ ア の 事 例 と を 比 較 し な が ら 明 ら か に す る こ と を 課 題 とし た も の であ る 。 本 研 究 の 構 成 は 次 の 通 り で あ る 。 第1章 で 本 論 文 の 課 題 が設 定 さ れ たあ と 、 第2章 で 戦 後 日 本 農 業 の 発 展 過 程 を 、Friedmann(1993)ら の 諸 概 念 ー マ ーカ ン タ イ ル・ イ ン ダ スト リ ア ル ・ フ ー ドレ ジ ー ム およ び グ リ ーン ・ キ ャ ピタ リ ス ト ・フ ー ド レ ジー ム ー を 用い な が ら 整 理 し 、 有 機農 業 部 門 の成 長 な ら ぴに 農 外 ア グリ ビ ジ ネ ス資 本 の 有 機農 業 部 門 への 参 入 を 歴 史 的 に 位 置 づ け て い る 。 第3章 では 、 日 本 にお け る 有 機農 業 の 展 開過 程 と 制 度化 の 状 祝 を 概 観 し た 上 で 、 産 消 提 携 に 取 り 組 ん で きた 有 機 農 業生 産 者 に 関す る3つ の ケ ース ス タ デ ィ が 扱 わ れ てい る 。 そ の際 、 各 事 例の ア グ ロ エコ ロ ジ カ ル実 践 、 雇 用労 働 力 利 用な ど の
―1300−
労 働慣行、有機農産物の販路・販売形態などの評価基準にしたがって、コンベンショナル 化 の状況と 到達点が 検証さ れている。第4章では、日本における有機農業部門へのアグリ ビ ジネス資 本の参入 状況と その影響 を明ら かにする ためにワタミフードサービス社の直 営 農場生産者およぴ契約生産者に関するケーススタディが扱われ、コンベンショナル化の 到達点が検証されている。
続 く第5章と第6章で はオース トラリ アの有機 農業部門 が取り 扱われて いる。 まず第5 章 ではクイーンズランド州ダーリングダウンズ地域における有機穀物・豆類専門の流通加 工 業者およ び同社と 契約し ている有機農業生産者が、第6章ではビクトリア州の有機野菜 生 産者3事例が取 り上げ られ、日本の事例と同様にアグロエコロジカル実践、労働慣行、
販売形態の評価基準にしたがって、コンベンショナル化の状況と到達点が検証されている。
第7章で は以上の ケース スタディの検証結果が整理され、参入時期、生産規模、アグロ エ コロジカル実践、有畜複合経営、労働慣行、販売形態、農外資本との関係、販売収入と 生 産費、有機農業実践の動機、生産規模拡大への意思といった評価項目に基づぃて日本と オ ーストラリアの有機農業部門のコンベンショナル化および二極化の状況と到達点が総括 さ れている。日本では生産者と消費者の提携ネットワークが機能しているかぎり、有機農 業 部門が農外アグリビジネス資本からの影響を免れ、より多様な作付体系を維持し、パー ト タイム労働や農場外の代替投入財への依存を小さくし、総販売額は相対的に小さいなが らも生産費用を抑えることで相応の農業純収入を確保していることが明らかにされている。
同 時に、そ の日本で も、一 方で産消提携の停滞、他方で有機JAS規格の導入・普及が農外 ア グリビジネス資本の参入を誘発しており、先行研究における諸外国の事例や本研究にお け るオーストラリアの事例と同様に、契約栽培方式や有機代替投入財の供給、生産者価格 と 小売価格の下方圧カを通じて、有機農業部門の方向性が流通・加工段階の農外アグリビ ジ ネス資本によって強く規定され、コンベンショナル化の特徴が各所に現象しつっあるこ と が明らかにされている。しかし、その詳細は両国間で一様ではない。その解明のために 第8章が 設けられ 、農業 部門の国内経済における位置、有機農業部門の展開経路、有機農 業 を取り巻く市場・制度環境などの相違が、日本とオーストラリアの有機農業部門のコン ベ ンショナル化およぴ二極化のあり様に大きな影響を与えていることが確認されている。
このように、本研究は、各国の実証的研究に基づきながら国際的な論争が展開されてい る コンベンショナル化論争に、日本とオーストラリアとの比較検討を通じて大きな示唆を 与えるものであり、実証的な研究として高く評価される。
よ って、審 査員一 同、サン ギータジ ョーダ ンが博士(農学)の学位を受けるのに十分 な資格を有するものと認めた。
―1301―