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日本佛教學協會年報 第9号 003龍山章眞「「實義要集・我論批判」の研究」-正理派・勝論派の章-

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(1)

日 本 悌 歎 息 。 協 令 年 報 ︵ 第 九 年 L 四 l

| | 正 理 涙 ・ 勝 論 一 蹴 の 宣 ・ ー ー ー

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﹁ 賓 義 要 集 ﹂ の 著 者 貫 義 要 集 ハ 叶 出 門

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弘 明 白 ﹃ 白 ︶ の 著 者 は 寂 護 ︵ 叫

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吉︶にして、その生存年代は西紀第八世紀と見 ら れ る 。 林 凡 文 出 版 幸 一 臼 へ の B ・ バ ッ タ ー チ ャ l ル ヤ の 解 説 ︵ H M− M H ぐ ー ︶ に よ れ ば 、 西 紀 七

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五 | | 七 六 二 ︵ 五 十 八 歳 妓 ︶ と推定されてゐるが、此を以て確定年代とは錯し難い。彼の俸記は、漢課俸にはその名すら俸へられぬから勿論 鷲 見 さ れ ぬ が ‘ 両 親 俸 の 悌 救 史 に の み 俸 へ ら れ て ゐ る 。 的 ち プ ・ ト ン の 傍 歌 史 ︵ 同 一 団 門 auNO ﹃吋

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間 出 品 件 。

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吋同・︶に比較的詳細に彼の俸記が載せられてゐるが、その記遁は紳秘的事 項に富み、史貫として採りうる部分は少ない。而して彼の﹁寂護﹂といふ名は、一二回示されてゐるに過ぎす,殆 出 品 々 日 間 。 門 同 区 間 同 片 付 J d といふ名栴によって彼ぞ指してゐる貼は並立すべきである。是の如く一般名詞が 一に彼が両親悌款に於て非常な章敬を受け且つ親しまれてゐた ん

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常 に 特に彼を指す固有名詞として用ひらるることは、

(2)

設践であらう。タ 1 4 プ ナ l タ の 仰 救 出 先 ︵ 山 岳 山 内

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にも簡単に彼に就て記ずか、体記と栴すべき程の も の で は な い 。 彼

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個 人 的 体 記 に 就 て 弘 、 既 に 党 文 出 版 滑 な へ μ B − バ ッ タ ー チ ャ 1 ル ヤ の 解 一 説 中 旬 ・ 川 内

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に杭て、前述の プ a トンの所保全英課し、其他の体誌や研究守ち参閉山して述べられてゐるから、今此慮に繰返す必要守見ない。 唯 簡 山 地 に 日 立 貼 い み そ 示 せ ば , 彼 は 両 紀 第 八 世 紀 の 初 め ︵ 七

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五\ 、 へ ン が ル 地 方 に 生 れ 、 長 じ て 後 長 ら く ナ ! ラ ン ダ皐院

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首 座 の 埠 十 流 と し て 諸 の 哲 準 思 想 に 精 通 し に . が 、 四 十 歳 池 ぎ ︵ 七 四 二 一 頃 ︶ に 阿 蔵 め ず ” ス ロ ン ・ デ ゆ ヅ ア ン ︵ 同 日 戸 平 均 C 出 ’ E O a 寸 宮 山 口 ︶ 王 に 招 か れ て 入 戒 し も 初 め て 仰 救 ぞ 正 し く 一 両 戒 に 俸 へ 仁 。 彼 の 侍 へ 仁 悌 教 は プ ・ ト ン に 依 れ ば 、 十 善 ・ 十 八 界 @ 十 二 国 縁 の 款 と い は れ て ゐ る 。 其 後 阿 械 の 悪 神 ︵ 印 ち 在 来 の 宗 教 ︶ の 邪 魔 に 命 日 う て 一 度 、 斗 パ l ル へ 蹄 つ

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か‘再び入蔵して、今度はパドマサムパグ ︵ H i E ︵ 日 目

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︶ と 協 力 し て サ ム @ エ ︵

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︶ に 成 大 な る 寺院ぞ建て、像を遣り、叉入聞の式を改め、保教の体播に力仕掛し、 七人の両親人の教法俸持者を養成したと俸 ?られる。叉其後悌時間の融課事業在開始し、文典・辞典宇も遣られ、論議も行はれた。而して更に聖典の日銀及び 巷数ん同教の目録も作られたといふ。かくの如く阿戒に仰殺を移植するに成功したる彼は、最後じ不幸なる死に見 舞はれて命終したと俸へられてゐる。 彼が中観汲・市伽行汲のいづれに同期したかは決定的には述べがたい。侍読によれば中観波中の一波たる中観珠 伽 汲 ︵ 昌 也 ﹃ 吉 宮 山

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︶に属したとせられる。此の俸設は、同じく中間瑞伽波に届しにと見らるる畳賢︵吋 C E

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︶ の 智 心 集 疏 ︵ ]

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一 口 問 丘 ・ ︶ に 山 山 づ る 所 に し て . 中 期 珠 伽 祇 と

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清 耕 等 の ∞ ぺ

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三 門 店 戸 に 瑞 伽 行 汲 の 阜 、 詑 伝 導 入 し た る も の と 言 は れ る υ 6ヲ ω ︷ 賀 義 要 集 ・ 我 論 批 列 ﹂ の 研 究 五

(3)

日 本 傍 殺 風 下 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 一 六 ・1・ ,O 人 1 論じたる中己於ても一九

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備 ・ 一 九 二 伺 の 諸 疏 に 於 て 、 唯 識 波 ︵ 丘 一 副 P32 包 一 口 ︶ な る 語 を 出 し て そ の 教 設 を 承 認 したる如く見られ、叉葉習設を出せるが如き勲一より見る時、此の俸設を裏付けるものと見られる。故にしばらく 中観瑞伽汲に属したる人と見て可いであらう。 智 心 集 疏 に 於 け る 寂 護 へ の 闘 設 に 就 て は 、 山 口 盆 救 援 よ り 御 教 一 不 を 得 た も の で あ る o 向 本 文 第 一 章 の 猫 謀 者 は 、 . 寂 議 は J 1 c r z 号 制 色 白 で あ る が 、 2 p g R E E 百 四 ν S E に 属 す る か に 属 す る か 確 か で な い ︵ ∞ ・ ω C ︶ と い ふ も . 此 説 の 根 擦 が 不 明 に し て 、 そ の 意 味 も 判 然 し な い 。 叉其の著書に就て見るに、漢語誠経中には彼の著作は一部も俸へられてゐない。党支に於ては本稿がそれに基 く突の出版本が一部存する。 叶 え 7 d 目 白 p m 守 山 y u 己 主 z S E r

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由 。 。 B E g g q o 市岡山 B 白F 2 p 白 ︵ 戸 寸 可 同 ・ 開 門

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− 円 ﹁ 同 門 苫 ・ M N S F − H J h q O ︹ HPS 呂 ・ ︵ ︵ U R r d − 包 a 目 。 ユ 巾 三 白 一 ∞ m H 山 内 田 ・ 2 2 ・ M M V F M 内 リ ハ リ ロ ︶ 語 ︵ I U 2 p け ど 民 E ’g M 品 − q E M 一 宮 而して叉両競大城経旬丹殊爾部中じ以、寂護なる人の著書として傍ふるものが棉

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て十種存する%然し此等十 種が棉て今論十る寂護の著作とは矯しがたい。その理由は、︵一︶此等の作品の門容は大韓三種に分たれ‘或もの は律部に或ものは崎密部に或るものはた乗論部に属するから、同一人の作となすよりも同名異人の作と属す方が 安蛍であり、更に此の推定を支ふるものは、︵二︶その著名刊名が二種は

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といふ党語名で出され、他の 八種は虫干

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宮 山 7 0 と い ふ 西 蔵 語 名 で 山 川

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る る 黙 と 、 ︵ 一 二 ︶ タ l − プ ナ l タに律師の寂護と論師の寂護とそ恒別す る黙とである口従って十種中左れ花けが八 1 論十る寂護の作品なるかは他の明誼なきかぎり断定しがたい。 帝 大 編 、 同 減 目 録 索 引 、 ゆ 間 三 一

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宮 山 70 の項を参照せよ o ︶ ﹁ 費 義 要 集 ﹂ の 内 容 ︵ 東 北 へ 一 一 ︶

(4)

本論の名稽なる寸皇

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即 日 目 明 白 ﹃ 臼 は 種 々 に 課 さ れ て ゐ る 。 郎 ち ﹁ 同 県 理 要 一 集 ﹂ ︵ 宇 井 氏 ︶ . ﹁ 踊 異 性 唄 ﹂ ︵ 束 北 帝 大 西 蔵 日 銭 ︶ 、 ﹁ 昆 貫 義 略 ﹂ ︵ 呂 激 、 同 蔵 備 陣 一 e原論︶等であるが、今は﹁質義要集﹂と課した。何れにするも大先無きもの と m ω ふ 。 さて本論は全篇偶組より成り、綿じて三六四六附引を有する版大なる作品にして.此そ三十一章に分つ。︵党支 出版本は六種の我論の批判ぞ一孝に蹄めるから五章守減じて二十六章となすも.両賦課

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分挙法に依れば此等は 各 猫 立 の ’ 羊 と 見 る 方 が 安 仲 間 で あ る か ら 、 全 部 は 三 十 一 章 と な る 。 ︶ そ の 内 容 は 、 常 時 に 於 け る 持 皐 思 想

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殆 ん h c 綿 てを網羅し・著者の立場より此等の皐説冶批判し‘其等の矛盾せる貼そ指摘するものである。その破斥の針象と な れ る 皐 汲 は 、 教 諭 汲 @ 勝 論 汲 @ 正 理 汲 ・ 1 !?l ン サ l 汲 @ ど ダ i ン タ 汲 ・ 脅 那 教 ︵ 塞 衣 汲

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順世汲等に瓦り、特に 勝論波の六何義はその一一に就て批判し、 i ! ? l ン サ l 汲の聾論も長く論じられ、量設は三章に於て、我論は 六章に於て批判せられてゐる。 一般に論部の外教批判に於て詑意すべきことは、破斥の針象は所破の聞学汲の全曲学設に瓦ることなく箪に一問題 のみに局限せられて居り、然も破斥の結論に合致するが如ぎ設のみを取り来るか、或は破斥の結論に合致するが 如く提示せられてゐる貼である。かかる方法は外教の側に於て悌殺そ批評する際にも用ひられてをり、結局互ひ に敵者の串設の核心を衝くことにはならぬ場合が多い。此の如品川、破斥は、第一に相互の思想的立場の相建及び用 語の概念の相蓮に由来する場合が多く‘或は叉敵者の救説の誤解及び曲解に基く貼もあり、更にその破斥方法が 内容的に非すして形式的乃至は論式的である黙等が、著しい特徴である。 4 今寂護め場合に於ても右

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一 一 般 牲 は 此 に 品 目 田 山 散 る が 、 被 は 相 手 の 撃 波 の 中 心 的 核 心 を 捕 へ る に は 非 常 に 正 確 で あ ﹁ 貴 義 要 性 指 ・ 我 論 批 舛 ﹂ の 研 究 七

(5)

って、やや敵

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牙城守衝くの趣があ w Q C 摘 し

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一 理 い は 譜 樹 品 川 音

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如き濁創性はなく‘叉止規 8 陳那

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如き統一性 も な か っ に が 、 彼 は や 旧 時 の 各 種 の 思 想 心 通 じ 七 九 一 大 島 一 者 で あ り 、 相 手 そ 論 理 的 矛 盾 じ 追 込 む 術 に は 巧 み で あ っ た と見られる。多種の事就に遁かることは、宛かも二批紀梓遅れて現はれた正統波のず l チ 7 スパティーシュラ ︵ ぐ 門 戸 内 山 泊 三 円 一 旦 出 店 ︶ に も 比 肩 す べ 品 川 、 大 事 匠 で あ ら 、 フ 。 ﹁ 寅 義 要 集 ﹂ に 関 す る 研 究 文 献 と し て は 僅 か に 火 の 致 篇 を 数 ふ る に 止 る 。 ロ ・ 出 ︸ M h 伊 丹 F F ︽ L E q h w 一 ] [ 1 C 5 司 O H b Z 己見切 h H E m 内 己 門 間 L X E P 出己 O L F r 岡 市 ﹄ N 小 ・ ∞ − ∞ n r h q q h H U E 乙 h w h H r w ω 同 一 門 戸 E r L o m ] ι ロ 中 日 1 u S L − u へ の ﹃ 口 E 叩 門 N 口 口 向 山 口 同 Jーと ω 同 日 ︶ 戸 円 円 H Z 門 E h T 官 E H r S ︶ 円 d J v d J s u u − J J 1 ・ ド 目 。 σ o ロ h r 己 一 ω h w r ︸ 仏 ミ p 山 口 巳 q H ︶ 号 泣 乙 ︸ 戸 出 向 明 。 ︷ 口 口 円 σ 口 品 L r r z R r o ロ ︷ W O 間 口 2 ︵ ロ − o 司g r t r 日 出 ユ ︸ 内 4 J E H E 5 2 0 ロ ︼ = 一 門 戸 2 H ν 丸 山 r r 伊 仏 巾 叫 ] 市 内 h H E P F L H F ロ ぴ 耳 切 印 円 N 庁 ロ ロ L P 5 2 r

r r z z 門 司 円 。 門 戸 。 ぇ ︶ ∞ 店 同 信 号 門 目 出 口 ZE ・ 3 ω 十 ロ 担 問 毛 宮 山 口 一 切 門 o q 3 ﹁ H H H L 一 E 百 三 塁 。 古 ︸ ︼ ア ペ o − 戸 甘 同 コ

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同 ∞ 中 ︵ c u r E E − 2 庄 内 一 吉 凶 ω O 司 E E P E r d E Z L H P M S F 訟 与 の 日 己 σ 江 巳 ぬ っ e H 中 ω ω リ 内 ・ ロ ロ FFLU 口 出 Z E − − 口 日 ︸

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2 a q ・ J F J 日 ︶ ・ ∞ ロ ﹃ 吋 ・ ︵ 円 ﹁ ・ 円 一 の ﹃ g p p f M 山 ・ N P K F コ ヨ ゾ 戸 () 日 本 側 致 問 中 協 命 日 年 報 注 射 九 年 ︶ A 語: む: t.:i ト~ \』J 、、J 、、ノ 保温. 、ーノ

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\ノ ︵ 三 ︶ 蓮華戒の註程 山 一 巡 禁 戒 ︵ 同 州 出 H H 岡 山 ︸ 白 山 凶 一 白 ︶ は寂護

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直接

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弟 子 で あ し M o r b −略同時代の人であり、師と同じく阿減じ入 h て 悌 款 を 完布してゐる。そ

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傍 詰 い い プ ・ ト ン

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仰 救 出 九 ︵ 英 早 M t 第二時 8 J 九二頁以下︶に記載せらる。それによれば、師の寂 護の死後同戒に以出

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ロ︵和向︶凶徒が勢な得て、意識の停止な以て畑山壌と錯す論等が行はれにから、蓮華戒 は招かれて入蔵し、王前に於て彼等守論破し.路樹の殺や弘宣した。然るに不幸にも先きの論破を恨みし支那人 の階段者によって殺されたと俸へられる。

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寂護の本唄そのもりは極めて歴縮されたも

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で あ る か ら . 蓮 華 戒 の 註 雌 守 山 判 官 庁 仰 ︶ 無 し に は 理 解 し が た い 場 所 が多い。此

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註雌は時に冗長に渇ぐるも‘信頼、すべきものである。叉師が僅かに一端を A 不 せ た に 過 ぎ ぬ 曲 学 説 に 就 て、敵者

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名冶曲準けその作品より引用せること、叉其等の中には従来知られぎる思想家

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名が多く見出さるるこ と‘更に師の論破より一歩生進めて昨宜に論式に依って敵者ぞ論破せること、及び多。の哲勝一上の術語の定義を 奥ふること、此等

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貼は非常に童話なる寄奥伝矯すものであり、叉同時に彼が如何に優れし皐匠なりしかを物語 っ て ゐ る 。 ︵ 四 ︶ 西議謹の債値 筆 者 が 使 用 せ る 本 論 の 両 賦 課 川 勺 大 谷 大 島 ナ 闘 書 館 蔵 北 京 亦 字 版 、 丹 殊 一 術 部 後 篇 、 第 一 一 一 ニ ll 四函所牧のものに し て 、 所 論 の 場 所 は 一 一 一 二 一 曲 中 に 存 し 、 本 桜 井 一 註 疏 と は 別 々 に 纏 め ら れ て ゐ る 。 ︵ 同 包

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∞ 弓 店 三 一 回 品 込 山 w M 宅 !日品叶 σ 凶一円﹃・同 ω ・ 円 。 吋 ︵ 同 一 白 ♂ ] [ 円 H U H︶・品印∞︶ 党文は本章

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註 雌

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初め、一七一|一七六備の註陥に古る場所を快き、此の快如を西蔵諜によって補ひ得たこ とは誠に幸都合であっーに。しかし是の如き偶然的債値以外に、西蔵諜の優値は誠に甚大であり、党支解護の際に 奥へられたる便宜は敷ふるに遣がない。西蔵課丸信参照して刊行の究文を更に訂正することは慣値ある勢作である が ‘ 八 ー は か か る 企 て そ 錯 す に は 至 ら な か っ た 。 向 車 に 前 一 辺

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棋如せる場所の補充と党支解讃の頼 h り と 筆 寝 印 刷 の 聞 の党支の諜りぞ数度訂正したるに過ぎない。

﹁ 賞 義 要 集 ・ 我 論 批 判 乃 ﹂ の 研 究 九

(7)

日 本 側 品 抗 感 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ gtj 0 7 一 章 の 組 織 一章の組織は大睦初めに敵者の主張を示して‘後に立者の側より之を論破する形態な取ってゐる。論破の方法 は敵者を論理的矛盾に陥らしめて之を捨遣するものにして.しば/\ h 因明の能破の法式に従ふ。さて此一章は大 韓三段に分たれる。最初に正理汲・勝論汲の我論を出し、突にアヰッダカルナ︵﹀三円

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門 官 ﹀ 、 シ ャ ン カ ラ ス グ 1 2 ン ︵ 伊 ロ

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︶ 、 ワ ッ ド ィ ヨ l タカラ︵

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ろの我論を出して︵一七一 ll 一 入 七 嗣 ︶ 、 共 で 此 等 の 主張をそれぞれに論破するこ八八|一一一一侭︶。その聞には必要に鹿じて種々なる蝕論も挿入されてゐる。以上 が第一声段にして主要部分を錯す。第二段にはウッドィヨ 1 タ カ ラ 及 び パ 1 ヰ ヰ ク タ ︵ 目

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︶ の 我 論 を 出 し て ︵ 一 一 一 一 一 偶 ﹀ 之 を 破 し ︵ 一 二 三 一 一 一 六 伺 ︶ 、 弐 に 悌 教 の 白 宗 治 二 不 す ︵ 一 一 一 七 l 九 偶 ︶ O 第 三 段 に は ク ッ ド ィ ヨ

1

タカラの ︵ 一 ︶ ﹁ 正 理 評 樺 ﹂ に 於 け る 悌 救 無 我 論 の 破 斥 守 採 り 来 っ て 、 そ の 所 設 に 矛 盾 あ る こ と を 指 摘 し て 之 を 破 し ︵ 一 一 一 一 O 備三 最 後 に 我 の 作 用 そ 遮 す ︵ 一 一 一 一 一 伺 ︶ 0 以上が本章の大轄の組織にして、表示すれば究の如くである。 ‘1 我の存在ぜろこと

2我は知ら慢性とぜず 我 踊 線 説 田 吋 同 ︼ 吋 申 傷 口 H ? υ 我は常住なり

4 我日遍在なり f o 我口和合図なり ロ 凶 1 l u 業 の 作 者 及 び 業 岡 市 の 一 受 者 な リ ロト!日生・死・命の一意義 ロ 品 釦 ゲ 殺 申 告 白 の 意 味 ロ 明 白 ι ︵ 所 説 不 明 瞭 ︶ 我 論 香 説 −

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| 岡 田 吋 備 ① 我 論 の 制 副 総 − g l M 回 目 偏 H44KM 己 注 目

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の 我 の 存 柱 の 論 詮 : : j i − − : ・ j i − − − H E i 巴 C H 叶 寸 た 被 す fHSlH き は 一 特 に 喰 ル 被 す ︶ RGll 己中戸 H E 2 5 E E の立 j J F在 の 本 間 仕 L ・ ﹁ H G H l H G U H 4 ∞与た破す

L 1 一−一uhji−−・;−・・:・七三口∞口た破す ① ①

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(195 19¥l 180 181 Uddyolakara 0 正手 G 提起守 l 倍程…...・ H ・....・ H ・ ・・・1200-201 1 白 2 3 2 -<~~ヰ 耳 Lよ 4 同紙 01 や~穏・....・ H ・- ………… ・・ 202-203 LA s:-<0 制約制

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E Z ロ LZ 回 一 − v 出 口 弘 ・ ぇ ・ 勝論波の我論に針する仰救側よりの批判は種々なる論書に現はれ‘一つの批判の照史ぞ形成する程である。印 ち倶合論破我口問守初めとし‘成賓論、中論及びその註糟書、提婆の百論。康百論、無着・世観の作品と其の註糟書‘ 瑞伽行汲

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陳 那 ・ 護 法 等

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作品.中観汲

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清排

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諸作、或は入蒋提行疏等には、それん\ E 庚略の別は存するも‘有 我設の破斥に鯖れざるはなき賦憩である。しかし其等

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考察は嘗面

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問題ではないから此を省略することとし、 直 ち に 賢 義 要 集 の 本 文 研 究 に 唯 一 み た い と 思 ふ 。 一 七 一 一 偽 他者は叉此慮に、我が欲等

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所 依 に し て 、 一 七 二 倍 更 に 常 住 に し て 一 遍 在 し . 本 来 非 知 の 性 な る ぞ 許 す 。 ︵ 我 は ︶ 浮 @ 不 浄

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作者、及びその果

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受 者 に し て . 思と結合すゐが故に思となり‘自性としてには非令。 一 七 三 骨 そ れ が 知 と 勤 等 白 井 一 結 合 せ る が 、 作 者 性 と 呼 ば れ , 叉 柴 半 日 等

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知費と和合せるが、受者性となる。 来躍と.特妹にして先に無き諸費と諸受と 一 七 四 億 一 七 五 倍 相曾するが、まさしくそ

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牛 . 主 呼 ば る 。 而 し て 先 に 得 に る ︵ 此 等 ︶ よ り 離 る る が 、 死 な り 。 叉法・非法が造作されしに鹿じて‘有身が立と結合せるが命なりの

(10)

一 七 六 億 身 ・ 眼 等 リ 佐 山 初 ぐ る が 故 に . 彼 じ 貸 す る 杏 と 考 ? り る 。 か く

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如 く . 民 一 我 は 常 化 な る も そ

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働 さ は 無 町 と 詐 さ る 。 以 上

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六 備 は 一 昨 ’ と し て 出 さ れ ら 。 此 等 に よ っ て 正 理 汲 ・ 勝 論 汲

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我 論 の 大 要 を 一 不 す も

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で あ る 。 俗 の ﹁ 他 者 ﹂ と は 正 理 汲 ︵ 宮 山 戸

3

1

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︶ と 勝 論 汲 ︵ ぐ &

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持白︶とにして、此等の二汲を一纏めとして出すは、全く 同一の我論 uぜ有するが故であゐ。しかしそ

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我論は本来勝論経の所設が基礎となるも

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で、後に多少獲化せる貼 も認めらゐるが、大倍以此経的所誌が中心である。故に正理汲としては我に関する所設は勝論汲から借り来った も の と 認 め ら れ る 。 一般に正理・勝論雨減の関係守見るに‘勝論経は西紀五

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の 聞 に 製 作 さ れ 、 此 の 中 の 所 説 は 龍 樹 ・ 提 婆 ・ 青日・婆薮によって批評せられてゐる。而して此等の批評の刺戟によって勝論皐設は幾分の護展盤更必見るに至 つに。同時に正理由学徒は官時未古白波の経を有せ今、主として勝論経の所設そ奉じてゐ十円から.此によってその 皐説の再検討や錯すべく儲儀なくせられ、その結果白波の正理経 ψ信製作するに至つにのである。而して正理経は 論理読な以て自家特有の敬訪となし、十六諦中の所量諸に含まるる説印ち自然哲皐に闘する部分は、前遁の如き 歴史的経過によって勝論設を採用せるものである。従って今問題とせらるる﹁我﹂も所量諦中の第一に位し‘勝論 経の我論が基となって後世幾分の建克そ受けにるものと見るべきであるじかくして雨波の我論が一纏めとしては 安官であると見られる。 10 さ て 一 七 一 備 の 註 疏 に 日 く ︵ 沈 詐 ね ︶ . ﹁ ︹ 我 と 稽 せ ら る る 貰 韓 日 い 、 身 瞳 と 諸 根 と 諸 費 と よ り 別 な る も の に し て ‘ 欲 ・ 嘆 ・ 勤 ・ 柴 ・ 苦 ・ 知 ・ 法 ・ 非 法 ・ 諸 行 の 所 依 で あ り ‘ 和 合 因 で あ り 、 知 ︵ 口 一 円 ︶ を 躍 と せ 歩 、 不 壊 な る も の で あ り 、 ﹁ 究 議 要 集 ・ 我 論 批 列 ﹂ の 研 究 四

(11)

日 本 悌 数 態 協 ム 明 日 年 報 ︵ 炉 原 九 年 ︶ 四 回 11 切 慮 に 趣 く も の ︵

1

遍 在 ︶ で あ る o ︺ ﹂ 此 の 所 設 を 偶 に よ っ て 分 解 す れ ば ‘ ︵ 一 ︶ 我 は 欲 等 の 所 依 な る こ と ‘ ︵ 二 ︶ 我 は 知 を 瞳 と せ ず る こ と 、 合 一 ︶ 我 は 常 住 な る こ と 、 ︵ 四 ︶ 我 は 遍 在 な る こ と 、 の 四 項 と な り 、 ︵ 五 ︶ 我 は 和 合 固 な る こ と の一一項は備には存しない。今此等の所設の論擦を正理・勝論耐汲の典籍によって検出すれば共の如くである。 ︵ 一 ︶ 我 は 欲 等 の 所 依 な る こ と 。 此 設 は 正 理 経 ・ 一 ・ 一 ・ 一

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に 、 ﹁ 敬 ・ 嘆 ・ 勤 ・ 柴 ・ 苦 ・ 知 は 我 の 誼 相 な り J ﹂ E 一 円 門 戸 H 一 戸 E 門H J N O 山 田 ・ ・ ︻ ︶ H 白 山 て 伊 丹 ロ h w ・ ・ 出 口 r r 白 a 戸 σ r F 回 目 ︺ 印 刷 口 開 口 ︺ ﹃ 凶 門 口 J H h w c t p m H 包 円 ︼ ・ 3 と出すものと全く合致す。而して正理粧の此経は遡って勝論経に基けるものであるつ印ち勝論経.コ一・二・四に 日 ﹁ 呼 息 ・ 吸 息 ・ 関 目 ・ 開 目 ・ 寄 命 ・ 意 の 動 き ・ 他 根 に 於 け る 襲 化 及 び 柴 土 ? 欲 。 同 映 ・ 勤 は 我 の 設 相 な り 。 ﹂ 士宮山恒在留守口

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ロ B3 白 ム 芝 山 口 守 日 目 。 民 主 ロ ︵

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ロ S 5 1 5 H 凶 qEry 白 ム ロ c r v p 己 品 目 色 SMPE 空 白 百 円 品 恥 九 割 宮 出 山 口 。 M ・ ・ 1 ・ 3 = ロ m m Hロ ﹁ 此の勝論粧の我存十代の説明は極めて有名なもので、龍樹・提婆その他によって批評せられしことは一般に認め られてゐる。而して此経は内容上前後の二部に分たれ、前半即ち他根に於ける建化迄は生者と死者との差別から 考へたもので、我の存在の論誼としては後牟のみで充分である。後半印ち柴・苦以下に於ては費︵百円]門 H F O を 快 くも、本来之主すべきことは宇井博士の説くが如く︵珊議容・︶、猫先に出せる説経・

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に比較して も 、 そ

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﹁ 知 ﹂ に 蛍 る 語 が 無 ぎ 粘 か ら も 推 定 せ ら れ る 。 故 に 正 瑚 粧 の 論 詮 は 勝 論 粧 の 設 を そ の ま 誌 に ︵ 或 は ず 己 ︵

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更 に 正 理 経 に 於 て は 、 ゆ 信 一

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と挫へて︶採り来つ仁ものである。 二 −

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− | 二 五 に 於 て 身 醐 平 根 ・ 意 よ り 別 な

(12)

ゐ 戎 の ド 仔 在 の 論 泣 ケ 帰 す 。 し か し 此 は 要 す る に 前 読 み − 論 難 往 復 の 彩 に 掘 閉 め た も の で あ る 。 か く し て 一 七 一 倍 の 所 況の第一項は全く正理。勝論財経

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設 と 合 致 し . も 根 本 た る も の で あ る 。 ﹁ 我 の ふ 仔 在 ﹂ が 詐 さ る る か J A口かに関する論議にして‘本問題の最 。 一 ︶ 我 は 知 を 韓 と せ ざ る こ と 。 之 に 就 て は 勝 論 経 ・ 三 ・ 了 一 八 に 日 く ‘ ﹁我と根と境と的接燭より生するも

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は ︵ 我 よ り ︶ 別 な る も

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︵ H U 矧 ︶ な り 己 主 苦 言 巾 ロ 仏 江 志 ユ ゲ 守 回 目 ロ ロ 一 片 山 門 リ 山 色 苫 ロ ロ 一 叫 円 ︸ 包 ︸

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仏 山 口 ︸ え − u u 印ち知なるものは我より別なるものにして、而も我・根・境の接摘しにる時生予るものである。従って他面より 立へば、我は知より別なるものであり、又知十倍主要なる機能となす心より別なるものである。此故に我は矧を躍 とせずゐ貫瞳にして、その属性は知︵ U 畳︶”欲鼠?勤ふ十苦である。故に此設は勝論粧の所設を正しく設けゐも のと見られる。向此問題に就ては勝論経二二時二”一も同趣立そ示してゐる。此の考へ方は正統婆羅門教が我山 W 本 質は識であるとなすのと全く反動の所設である。 ︵ 三 一 J 我 は 常 住 な る こ と ︵ 註 雌 で は 不 ﹂ 援 な る こ と ︶ 。 此 設 に 闘 し て は 勝 論 経 ・ 三 伸 二 二 五 及 び 正 理 経 ・ 三 ” 了 間 に 明 記 せ ら れ る 。 郎 ち も 勝 論 経 ・ 三 ・ 二 ・ 五 に 日 く ・ ﹁ 此

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︵ 我 の ザ 貫 な る こ と と 常 住 な る こ と と は . 印 刷 に 就 て の 如 く ‘ 述 べ ら る 。 ー 一 z

E ∞ 可 山 門 同 円 山 4 ︺T d 7 w E H 戸 山 門 同 白 H J 1 白 J 6 M F ︺ ﹃ ロ ロ m H ︿ 河 内 w r r 吋 伊 丹 角 川 ・ 3 12 叉 正 理 経 ・ 三 ・ 一 ・ 四 に 日 く ・ ﹁ 内 瞳 な 焼 く こ と に 於 て 罪 無 き が 故 に 。 ﹂ ﹁ 貿 義 市 文 集 ・ 我 諭 批 判 刈 ﹂ の 研 究 四 五

(13)

日 本 傍 数 感 協 合 年 報 ﹁ 壮 烈 九 年 ︶ 四 六 13 EUP ﹃ U 1 h T ︻ ︼ m p r m ] ︶m H ↓ f m H ] 竹 山 σ r m F ︿ 回 一 ド ・ 3 勝論経

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﹁風に就ての如く述べらゐ o ﹂とは、同経・二 e 了 一 一 l i − − 一 三

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三 経 に 於 て 風 の 常 住 そ 論 説 せ る 場 所 占 化 指す。印ち先、つ風、か貫たることな設し、従って風は貫それ自らとしては常住でなければならぬとなす。今我に就 ても同様に、我が貰たることが詮せられにる以上、賓としての我は常住でなければならぬ J 共に正理経の所誌は、直接に我の常住守論詮するものではないが、我の存する印ち生命あゐ身臨守殺すことは 罪であるに反し、我の無き印ち生命無き身陸必害しても罪とはならぬ、故に身睦より別に我の存すること在謹し 得となすもので、従ってかかる我は何人によっても殺されざるものであり‘常刊でなければならぬ。此の設は知日 度 論 巻 二 一 ︵ 4 配 転

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︶にも開設せらるる説で‘我の常住を表はす設である。 ︵ 四 ︶ 我 は 遍 在 な る こ と 。 此 設 は 勝 論 経 ・ 七 @ 一 ・ 二 二 に 出 さ る 。 郎 ち 、 ﹁鹿空は普遍にして大なり、我も亦然り O L

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吉 宮 山 何 回 目 詳 訟

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悼 の 唱 川 伊 丹 白 川 w ・ 3 とある所誌に合す。勝論説では多我そ許すも、必?しも多我誕のみ冶採ら歩、一我設をも許すから、従って かかる根本的の一我に就ていへば遍十代するものと認められる︾我の遍在説は智度論容七

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良 川 町 一 ﹂ 日 日 ︶ 及 び 百 論 婆 厳 理 会 時 一

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︶ 砂 子 に も 引 用 せ ら れ て ゐ る 。 ︵五︶我は和合悶なること。此設は仰には出さざるも

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で あ る ο 勝論粧の宜何義の特質や説く経︵︿デゲア

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︶ によれば‘買は作用と徳と d q 有し和合同にることと一不ざるるから、我が宜 Eと し て 許 ざ る る 以 上 、 山 町 田 然 和 合 同 と な る

ω

である。和合困と拡昼間的因果関係に於ける因にして‘困仁る貫一か主となり中心とな一って‘他のものか之に

(14)

依 存 し て 存 す る 航 態 を 困 果 と 呼 ん に の で あ る か ら 、 我 が 欲 ・ 眠 @ 脚 本 向 苦 ” 勤 @ 蹴 克 的 所 依 た る こ と を 一 不 す に 外 な ら な い 。 従って第一一項に説いたところを他面より設いにも

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と見られる。かくして我論

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主張は此等

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五項目となすべき で あ り . 印 ち ︵ 一 ︶ 我 の 存 在 性 、 合 己 我 は 知 冶 瞳 と せ ざ る こ と 、 合 一 ︶ 我 の 常 化 仏 性 、 ︵ 四 ︶ 我 の 一 遍 在 性 、 ︵ 五 ︶ 我 は 和 合 国 大 る こ と 、 m w 五項目守以て我論の根本的主張と見倣すべきである。 共

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一 七 二 他 市 一 七 三 備 に は 、 我 、 が 業

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作者にること、及び業果の受者たること守設く。其中先づ一七二倍 a b には業の作者及ひ業果め受者は同一一

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我なること伝説く。此誌の典撲を検するに、置にる我が業の作者及び業果 の受者六ること以、勝論経に宜

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特質として.﹁作用と徳とを有す﹂︵

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自 己 ︿ ∞ ・ ︼ −

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印 ︶ と 説 か る る 貼 よ り 明らかである 3 此 姑 に 闘 す る 一 七 二 侶 a d の 註 疏 の 文 は 、 先 文 を 敏 く が 故 に 、 西 蹴 課 よ り 露 出 し て 次 に 示 し て お く 。 ﹁ ︹ ︵ 我 は ︶ 浄 と 不 浄 と の 種 々 な る 楽 の 作 者 で あ り 、 愛 と 非 愛 と の 果 の 受 者 で あ る o か く の 如 く に あ ら ず し て 、 若 し 我 が 無 と な る な ら ば 、 そ の 時 は 死 後 楽 果 を 受 く る 者 は 誰 ぞ や 。 甲 に よ っ て 話 さ れ し こ と を 乙 が 受 く る こ と は な し o か く の 如 く な ら ば 賞 に 所 作 と 離 る る 過 失 と な る 、 作 者 に 非 ざ る 者 が ま さ に 果 を 具 す る が 故 に o 叉 所 作 が 牽 く る こ と と な る 、 作 者 が 果 を 具 す る も の に 非 ざ る が 故 に 。 然 も か く の 如 く は 許 さ れ ず 。 此 故 に 決 定 し て 、 唯 作 者 た る 者 こ そ 受 者 と し て 許 さ れ る ο か ︿ 彼 等 ︵ 正 理 ・ 勝 論 の 徒 ︶ は 思 量 す 。 ざ れ ば 作 者 と 受 者 と で あ る 者 が ま さ し ︿ 我 で 為 る O ︺ ﹂ 共に一七二偶 cd は、我は知そ龍、とせざる時知の性ではないから、如何にして作者及び受者となりうるや、と いふ問題を設けて、之に答ふるものである。印ち我は本来知を簡とせずるも思と結合するが故に心的なる作用を 錯しうるに至ると説く。此慮に﹁岡山と結合するが故に﹂︵

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ロ ザ 苦 肉 伊 丹 ︶ と 説 く チ ェ l タナ!なる諾は勝論経中に は存せざるも、勝論説に於て我と結合して知守起すも

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といへば郎ち立︵

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︶に外ならぬから、ここのチエ 司 王 宮 語 一 一 14 ﹁ 安 義 要 集 ・ 我 論 批 判 吋 ﹂ の 研 究 四 七

(15)

日 本 悌 致 事 協 品 昨 年 報 ︵ 第 九 年 J 凶 入 15 ータナ l は意に古るべきものであらう J E孟 一 七 二 偏 c d の 註 疏 は 次 の 知 し ω ﹁ ︹ 復 弐 に 、 ﹃ 若 し 此 が 知 を 瞳 と し な い な ら ば 、 此 賭 よ り 、 如 何 に し て 知 に 非 る も の が 作 者 た り う る か ﹄ と い は ば 、 ﹃ 岡 山 と 結 合 す る | 剖 胡 叫 ﹄ 云 云 と 言 ふ 。 此 ︵ 我 ︶ は 思 と 結 合 す る が 故 に 知 を 行 ふ も の で あ る か ら 、 知 と な る o 知 の 盟 な る も の が あ る か ら 、 カ ピ ラ の 徒 が 紳 我 の 睦 は 心 的 な る も の な り と 述 べ た る が 如 含 か か る 睦 で は な い の で あ る 。 ど 突の一七三備に於ける問題は、常住唯一なる我が如何にして現象的な作者として作用を錯しうるかといふ酷に ある。元来勝論汲め我とは自意識そのものを抽象して一つの賓睦と考へたものであるから.かかる抽象されたる 概念は常住・唯一のも

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であるが、それが各個人に於て働く際には多我となって現はれる。かかる多くの個々の我 は知を瞳とせずるが故にそれ自身のみにては精紳活動そ鍔さぬが、蝿冗・欲・勤等と結合せる時諸の精神活動を鋳す ぞ得て、作者性ぞ有するのである J 叉 同 様 じ 山 山 本 ・ 苦 等 の 経 験 と 和 合 せ る 時 、 受 者 性 そ 有 す る の で あ る 。 一 七 三 仰 の 註 疏 に 日 く 、 ﹁ ︹ 又 若 し 、 此 の 常 住 な る も の は 如 何 に し て 作 者 と 受 者 と な り 、 叉 如 何 に し て そ れ の 生 や 死 が あ り 、 命 が 壊 す る や 。 此 等 す べ て は 常 住 に し て 唯 一 な る 践 に 於 て は あ り え ざ る が 故 に o ’ 堅 へ ば 虚 本 一 等 の 如 し ο と い は ば 、 ﹃ 矧 剖 劃 割 削 紺 創 制 引 制 ﹂ 一 式 一 一 A と 言 ふ U 智 と 勤 と 欲 等 が 、 此 の 我 に 和 合 せ る も の が a貨 に 作 者 で あ る Q ︵ 苦 ・ ﹀ 策 等 の 経 験 と 和 合 せ る も の が 寅 に 受 者 で あ る O ︺ ﹂ E孟 共の一七四・一七五備は生と死と命と

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意義を説く。郎ち若し我が常住・唯一ならば個人の生死は如何にしてあ りうるやといふ問題そ取扱ふのが此

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二俗である。ここに衆瞳︵ロ停寄るといふは説一切有部の衆同分︵巳広苫・

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封印釘︶と同じき概念と見られる ο 此め﹁生一に就ては正理経註・一・一・二の下に、﹁生とは身と棋と畳との特 殊 な る 楽 酬 胞 が 現 守 る こ と で あ る よ ︵ 一 言 自 白 山 自 尽 旦 江 古 ’

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司 守 丸 山 一 三 与 ウ ロ 含 ﹃

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・ 与 ・ ワ ・ 店 ︶ と 言 へ る

(16)

に全く合致す。究に死に就ては同じく正理経註・一・了一九に死後の存在郎ち輪廻を説く下に於て.死を詑きて‘ ﹁ 呼 息 ︵ 等 ︶ 冶 持 て る 楽 韓 中 に 存 す る ︵ 我 ︶ が . 先 に 得 た る 身 等 必 捨 て . そ れ を 離 ゐ ﹂ ︵ 官 制 恒 同

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﹃35 山 口 与 問 ︸ 同 門 志 向 ︶

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ロ ︻ H o y d 合 同 す 広 江 S 仲 H u s 民 ・ 円 ︶ ・ ω 印 i ⑤ ︶ と 表 現 せ る も 的 と 一 致 す る と 見 ら れ る 。 共 に 命 ︵ ︸ 4 4 自 由 ︶ と は 内 躍 的生命にして‘法と非法との所遣の業に従ひて‘有身印ち一我が意と結合せるものである o かかる命の説明法は勝 論・正理雨経及び註樺中には見出されない。勝論経・三。二・四に於ける]

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の諾の註稗は、成長・傷害の快癒 等を命の現はれと錆し︵句

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− H ω M W J 1 ω C ・ 日 ︶ ・

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.今の場合に合致しない。 詰 一 七 四 二 七 五 備 に 濁 す る 註 疏 は 次 の 如 し 。 ﹁ ︹ 特 性 附 け ら れ し 楽 障 が 、 先 に 無 全 身 と 板 と 覧 と 受 と 結 合 せ る も の が 、 寅 に そ の 我 の 生 な り と い は る ο 楽 践 と は 天 ・ 人 等 の 差 別 で あ る υ ︵ 中 略 ν ︶ こ L に 身 と 援 と を ま さ し く 具 す る 柑 が そ れ と の 結 合 で あ り 、 諸 の 畳 と 受 と は 和 合 せ る 相 で ら 記 ︵ 以 上 一 七 四 備 ︶ 0 先 に 得 、 先 に 具 へ た る 身 と 根 と 覧 と 受 と よ り 離 る 与 が 震 に そ の 死 な り と い は る 。 そ の 命 は 身 を 具 し 、 ︵ 我 が ︶ 法 ・ 非 法 に 随 ひ て 意 と 結 合 せ る も の で あ る J ﹂ 向 此 の 註 疏 中 西 蔵 文 は ︵ 1 ︶ の 弐 に 一 文 を 有 す る も 意 味 通 じ が た く 、 恐 ら く 何 か 川 、 課 入 し た る も の と 見 ら れ る 。 最 後

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一 七 六 偶 a b に於ては、我が常住・唯一のものならば個々の内韓を害しても我を害しえぎるが故に何等 の罪無きこととなるではないか、といふ問難に封して答ふるものである。此設は正理経・三・一・四ーー六に出づる 論議にして、内睦以外に我の存在そ論説する経である。而して註疏中にまさしく正理経二二・一・六に古る一経を 引用せる酷からも、正理粧の此の場所に開設せることが知られる。此等の三粧の意義は大韓究の如くである。先 づ三・一・四に於て白波の主張として‘我なき﹁肉鰹のみぞ焼くとも罪無く﹂、之に反して我の住する肉鰹を焼く時 は罪あるが故に‘内睦以外に我あり.と主張す。之に封して三・一・五には反封説として‘﹁我そ具する︵内韓︶そ 16 ﹁ 安 義 市 宮 集 ・ 我 論 批 列 ﹂ の 研 究 四 九

(17)

日 本 側 款 問 学 協 令 年 報 ︵ 第 九 年 ﹀ 五

17 焼くとも罪は無い、︵汝

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設によれば﹀我は常住であるから。﹂と難そ出し、究に三・了六に於て之に封する反答と して、﹁然らナ,︵我を具する肉睦ぞ殺せば罪あり、その故は我の︶所作の所依と作者とを妨ぐるが故に 01 一 と 示 す も の で あ る 。 一 七 六 偏 a b の 註 疏 に 日 く 、 ﹁ ︹ 殺 害 は 身 と 眼 等 と に 於 て 描 ぐ る が 故 に 、 . 此 の 我 に 於 て 殺 害 あ り と 考 へ ら る O ︹ 中 略 ︶ 同 様 に 又 ﹁ 果 の 所 依 と 作 者 と に 於 ℃ 劫 ぐ る が 殺 害 な り 0 ﹄ と い ふ 極 ︵ 此 は 疋 理 経 ・ 一 二 ・ 了 六 を 指 す ︶ も 存 ず る 。 果 の 所 依 と は 身 陸 で あ る 、 柴 ・ 苦 等 の 果 の 所 伎 で あ る か ら 。 又 作 者 と は 諸 根 で 為 る 、 境 の 認 知 の 作 者 で φ る か ら 0 ︺ ﹂ 一 七 六 倍 c d に就ては註疏は一言も述べ今、その意味は陵昧である。莫我︵宮島田︶は常住なるも働品

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︶ を有すといふ考へ方は、勝論波の一我と多我とを共に許すといふ貼を持来れば説明せられぬこともないが、矢張 h り明瞭でない。而してその働舎が無垢なりとは如何なる意味か、 Aーその典操を見出しえなかった。因みに以上の 綿設の部分は、註疏の党支を快くが故に、西蔵課のみに依れるものである。 ︵三︶正理涙・勝晴海の我論︵各思想家の説。一七七

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一 八 七 億 ︶ 以 上 に 於 一 九 我 論 の 棉 設 そ 終 り . 此 よ れ り 種 々 な る 思 想 家 の 主 張 を 列 曲 唱 す る 。 第 一 に は ア ザ 寸 ッ ダ カ ル ナ ︵ ﹀ 己 円

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ちるの主張冶出す。それは﹁如何にして此の我が有性と知らるるや。﹂といふ聞に答ふ るもので、印ち我の存在性︵

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有 性 白 山 門 円 J d︶を主張するも

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で あ る 。 語 鼠 ︵ 1 ︶ E E E F Z a 宮 を 版 本 は 列 EE ﹃ 辛 口 問 ・ 官 と な し て 、 音 節 聞 の チ ェ ク ︵ 門 m r a ︶ を 敏 い て ゐ た た め に 、 相 常 せ る 強 文 を 飲 ︿ 場 所 で あ る か ら 、 如 何 な る 原 名 か を 接 見 す る に 苦 心 し た 。 而 も チ ヤ ジ ド ラ ・ ダ ー ス の 臓 英 酔 典 ︵ 七 六 二 頁 最 初 ︶ に 於 て も 同 様 に 誤 り て 、 問 EE ’ Z 口 問 目 宮 恒 常 ロ σ 4 E p p f と 出 し 、 此 は マ ガ タ に お け る 外 道 の 一 況 の 教 理 書 に し て 、 m E H D a z a , 官 に よ り て 脅 か れ し も の と 、 同 ソ F a a E n r c m E え w M M 1 3 な る 書 に 基 い て 解 説 し て ゐ る 。 此 の 謀 れ る 解 説 の 矯 に

(18)

一 層 訟 は さ れ た が 、 結 局 、 下 の 一 入 五 仰 の 註 疏 中 に 於 け る 焚 名 と 西 蔵 認 と 釣 照 さ れ う る 場 所 に よ っ て 、 共 の 原 名 を 確 か め 得 た 。 さてアザッダカルナ

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主 張 は 究 め 如 く 註 疏 に 設 か れ る 。 ﹁ ︵ 宗 ︶ ︹ 吾 等 に は い 有 等 の ︵ 六 に 封 し て ︶ 尭 別 無 く 境 た る も 仏 ︵ 郎 ち 賢 ・ 徳 ’ 業 ︶ ム 一 境 に 非 ざ る も 恥 ︵ 印 ち 同 ・ 異 ・ 和 合 ︶ と 仏 一 隅 つ を 障 と せ る 所 知 に 闘 す る も 現 量 ・ 比 量 ・ 盟 百 味 量 ・ 邸 中 一 教 量 ん 憶 念 ” 認 知 ・ ︺ 成 見 ・ 聖 典 智 ・ 疑 惑 ・ 倒 見 ・ ︹ 不 定 ・ ︺ 夢 ・ 夢 識 と い ふ 種 々 な る 智 慧 は 、 予

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身 醐 問 中 ザ よ り 別 な る 知 資者に闘して認めらるるものなり。︵因︶白困に依れる生を具する性と、岡兵を具する性と、知費︵

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ど を 睦 とせる性と、極認に壊する性と、行︵

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遺 作 ︶ に 法 り て 生 す る 牲 と 、 観 念 性 ︵ ℃ 円 白 件 当 苫 門 戸 と と な る が 故 に 。 ︵ 職 ︶ 他 人に闘する概念の如し。兵法︵喰︶によりでは、壊したる瓶ル如しり﹂向究に、﹁有等﹂其他の言葉

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説 明 を 出 す が 、 此 慮 に は 一 々 か コ 不 す 必 要 は な い か ら 省 略 す る 。 話 ︵ 1 ︶ ﹁ 有 等 ﹂ ︵ m 包 ’ 包 戸 ︶ と は 勝 論 程 ・ 一 ・ 了 入 の 所 設 を 指 す 。 ﹁ 有 と 、 無 常 と 、 賓 を 具 す る こ と と 、 果 な る こ と と 、 因 な る こ と と 、 同 異 を 具 す る こ と と は 、 出 貝 ・ 徳 ・ 業 に 無 差 別 な り 0 ﹂ よ え 吉 広 三 島 門 − 24 哲 三 宮 内 三 島 E E H M P H V m μ E U ロ ヨ = Z 4 2 E E ︽ ] g d p m E Z

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g は 解 し が た し 。 今 目 ず ・ 岳 山 間 ・ 宮 に 侠 れ り 。 ︵ ヨ ︶ 此 の ア ヰ ッ グ カ ル ナ の 所 設 奇 論 式 ︵ 宮 山 同 呂 田 ︶ の 形 に 要 約 し て 、 我に闘する観念は、身鰹等より別なる 一 七 七 備 に 示 す 。 一 七 七 倍 知質者に関して認めらる。観念性なるが故に。其他の如し。 註疏によれば、﹁身睦等﹂とは身魯苧根・受冶指し、叉﹁観念性なるが故に。﹂とは諸相官官

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白 ︶ に し て、前述せる所設中の﹁白因に依れる生を具する牲と、因果を具する性﹂等冶含むものとせられる。 18 ﹁ 賛 義 要 集 ・ 我 諭 批 列 ﹂ の 研 究 五

(19)

日 本 悌 品 抗 議 e 協 A W U 年 報 バ 第 九 年 ゾ 五 19 詰 ﹁ 1 J ﹁ 身 陸 ﹂ と 議 し た る は

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と あ る も の 、 目 r ・ 7 3 と せ る に 従 へ り 。 警 へ ば 記 ヨ 忌

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を ’ 身 と 謬 す が 知 、 雪 国 用 法 で あ ら う 。 さて此のアギッダカルナなる人物は、従来知られぎりし思想家にて、本舎には下の一八七備の下その他に開設 せられてゐる。彼に就て川ッタ 1 チヤ|ルヤは、大睡吠の如く述べてゐる。郎ち西紀七

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頃の正理汲の皐匠に して、彼には叫ピプ豆長伊なる作品が存したと俸?られるといふ。而して又西戒俸の

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円 Y o m − 日 仏 回 一 ︹ 同 ︵ 九 日 間 同 白 川 可 制 口 白 − h O 川 m r

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な る 書 に よ れ ば ‘ 彼 の 作 品 と し て 河 口 守 百 回 目 方

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す 自 己 岡 田 ぱ ︵ H H 4 日 円

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となるものが存したと俸∼られるが‘内容は不明である。 盟 ︵ 1 ︶ 国 − H 凶 ﹃ え ロ 円 ︸ ︼ 凶 ミ タ 明 , c Z 。 三 宮 子 。

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円 山 門 何 ︽ ] 町 一 o p 司 ・ 円 MMFM 内 同 一 戸 2 5 2 ι ヨ ロ ヨ 一 ゴ ヴ − E一 3 4 悶 ・ 口 一 門 戸 一 己 コ ミ 予 ヲ 叶 か り ・ 共に出す思想家はシャンカラスグ 12 ン ︵

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﹃ 言 台 H H Z W 4 5 出 合 ’

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白 咋 ち る で あ る 。 彼 は 陳 那 の 弟 子 に 語 ︵ 2 ︶ して入正理論の作者なる商掲羅主とは全く別人にして‘正理汲の皐匠であり、之も従来全く知られぎりし人物で ある。バッターチャ l ルヤは同じく西紀七

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以 前 の 頃 の 人 と な し 、 ウ ッ ド ィ ヨ l タカラよりは以前の人にして、 恐らくクッドィヨ 1 タカラの名穫の震に其名守抹消されたのであらうと遁べてゐる︵胤時 Y Y 彼の主張として此慮 ﹁欲等は何物かに依れるものなり。宜物性ある時果性あるが故に。色等 に出すは同じく我の存在の主張にして‘ の 如 し o ﹂ と 示 さ る 。 此 の 意 趣 を 一 七 八 ・ 一 七 九 備 に 説 く 。 一 七 八 億 あらゆる欲等は何物かに依れるものなり。 置物性ある時田市性あるが故じ。色の如し。そは吾等の我なの。

(20)

一 七 九 億 貨 物 牲 と い ふ 言 葉 の 故 に 、 此 ︵ 我 ︶ は 壌 に 於 て も 雑 範 あ る も の に あ ら ? 。 有因性なる時にも、壊には質物性無きが故に。 右の二倍中‘初めの備は我論の線設中の第一なる、我が欲等の所依なりとなす設と同意にして、正理経・了一・ 一

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及 び 勝 論 経 ニ ニ ・ 二 ・ 四 の 設 で あ る 。 ﹁ 劃 明 世 ﹂ と は 昼 間 的 因 果 関 係 に 於 て 和 合 図 と な る 賓 躍 に し て 、 今 は 我 を 指す。故にかかる和合国大る我がある時、之に欲等が結合したる時、具韓的なる個々の人が呆として現はれる課 である。突に一七九備の意味は判然せ歩、註疏も充分でないが、大躍は共の如くであらう。我は和合凶にして賓 物にるものであるから,身韓等、か壊する時にも何等の影響そ受け歩、従って雑範あることなし。その壌が何かの 因によって起れる時にも、壊そのものには貰開が存しないから‘我に影響そ輿ふることはない。大韓以上の如く 解 せ ら れ や う 。 突 に 有 名 な る ﹁ 正 理 評 稗 ﹂ ︵

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苫 ぷ 円 円 円 安 何 回 ︶ の 作 者 . ウ ァ ド ィ ヨ 1 タカラ︵d 仏 身

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﹀ ロ ・ 印 印 GI き 。 ︶ の 設 を 出 す 。 此 は 大 障 問 書 三 ・ 二 ・ 一 四 の 下 所 設 と 合 致 す 。 今 註 疏 に 引 用 せ る 設 そ 示 せ ば 究 の 如 し 。 ﹁ ︵ 宗 ︶ J ア l グ ダ ッ タ の 色 @ 味 ・ 香 ・ 鮪 の 観 念 は 一 と 多 と の 因 を も っ 。 ︵ 因 ︶ ﹁ 我 に よ り て ﹂ と い ふ 観 念 に よ り て 結 合 せ ら れ 居 る が 故 に 。 ︵ 聡 ︶ 約 定 が 錆 さ れ し 時 、 踊 子 の 眉 が 一 つ 動 ︵ 阿 波

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包 − H︶ ・ 土 ∞ 一 切 一 σ ・

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− 同 ︶ ・ 色 H ︶に出づる く時同時に多くの人人の観念あるが如し OL 此の中鳴の部分ぞ正理評糟に於ては、﹁約定が鴛されし時、多くの︵人 人︶に現在の一利那に種々なる識あるが如し o ﹂と出してゐる。此の主張の意義を註疏は長く説いてゐるが、大韓 突 の 様 で あ る 。 20 す る 働 き 、 或人が色・味・香@鮪等の外境を知費する時、それらの外境は多の因であり、それらの知賢を統費 印ち我なる本膳が一の困であわ J , 此 等 の 一 と 多 と の 困 に よ り て 色 ・ 味 ・ 香 ・ 鮪 等 の 観 念 が 生 じ う る c 警 ﹁ 貸 議 要 集 ・ 我 論 批 剣 ﹂ の 研 究 玉

(21)

日 本 悌 欲 的 情 協 令 年 ・ 報 へ 第 九 年 ︶ 五 [l_ff 21 へば踊子の眉が動く時衣必投ゆるニとを約し﹃に人人が、踊子の眉の動きそ眼根じよりて知費したる時、我は衣を 投けねばならぬといふ観念が各人に生宇るが如くである。此の働ぎな錯しうるためには‘それん\ h の知費な司る 諸担以外に諸般伝統率する我なる本館、が不可棋であると主張する。此の主張は正理経では三・了一の所設に合す る と 見 ら れ 、 此 を 侶 一 唄 に 纏 め て 共 の 二 倍 と な す 。 色等の観念は絶て一と多と

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因 を も っ 。 一 八

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骨 ﹁ 我 に よ り て ﹂ と の 観 念 に よ り て 、 此 等 の 結 合 あ る が 故 に 。 ﹂ 一 八 一 倍 踊子の店が動く時、多くの人の観念あるが如し。 然らかして、因無くしては結合は起ら守口 さて共には別の問題に移りて、﹁我﹂といふ語は畳・棋等より全く別個の表示たることを主張する。 ば﹁我﹂が濁立の語なるニとが承認せらるれば、勝論汲の立場に於ては此の語に封属する我なる宜物が存すること は自明であるからである。之を説くが究の二俗である。 我といふ語は、費・根等より別なる表示なり。 ︵ 1 v 極成されたる同義語より別なる性ある時、 一 − 句 と 認 め ら る る が 故 に つ か く ︵ 一 句

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性 L r ?決定されしも

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は 、 何故なれ 一 八 二 倍 一 八 三 億 所詮

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如き法と結合せらる。瓶

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語 の 如 し 。 発 文 は 此 句 と 弐 句 と を 前 後 せ る も 、 西 賊 諜 及 び 意 義 上 よ り か く の 如 く な せ り 。 此 を 論 式 に 纏 め る と 究 の 如 く に な る 。 ﹁ ︵ 宗 ︶ 我 と い ふ 句 は 身 ・ 棋 ・ 意 ・ 費 ・ 受 の 莱 よ り 別 な る 諾 な り 。 ︵ 困 ︶ 極 成 さ 誼 ︵ 1 ︶

(22)

一 句 の 性 な る が 故 に 。 ︵ 喰 ︶ 瓶 等

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語 の 如 し 。 ﹂ 此 説 は 前 説 に 鑓 い て 同 じ く ウ ッ ド ィ ヨ l タ カ ラ

ω

主張として出すものか、向車に正理・勝論雨波の主張たるものか判然せぬが、突の一八四備の所 設が彼の主張主見られ、且一八二備

ω

破斥の中に彼の名が出づるから、恐らく彼の主張と見るべきであらう。然 し 此 の 主 張 は 己 に 勝 論 経 に 出 づ る も の で 、 同 経 ・ 一 二 ・ 二 ・ 九 の 所 設 と 合 す 。 印 ち 、 ﹁予といふ諾は別なるが故に、吠陀により J て 知 ら る る も の に あ ら 歩 。 ﹂ れたる同義語より別なる性ある時、 E 白 ﹃ 白 同

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山 山

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白 血 苫 弓 山 氏

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ロロザ向山

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− − w 此経は現量による我の存在

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論 誼 J M U錦すものである。その前に六八の三経に於て、 t ! ? l ンサ l 汲が我は 現量でないから可見的設相なく、叉我は共通に見らるるから無匝別であり、此故に吠陀によりて知らるるもので あ る 、 ’ h 一反針設を出せるに針して、我は賓句義中の一の猫立せる何義であるから、我といふ何︵宮ふとが認めら るる以上それに封臆する賓在︵

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︶が存せざるべから歩と主張するものである。卸ち勝論汲の自然青島・に基げ る 我 の 現 量 得 の 論 謹 で あ る 口 更に績いて同じくウッドィヨ l タカラの主張として無我設の否定読を出す。卸ち註疏に日く、 成予る鴛に否定の困冶結合した。部ち﹁︵宗︶此の生命ある身睦は無我にあら歩。︵困︶呼息等の不具足性の過失と な る が 故 に 。 ︵ 喰 ︶ 拭 等 の 如 し 。 ﹄ と o ﹂ 此

ω

意義を一八四備に説きて日く、 一八四億此の生命ある身睦は呼息等ぞ離れしものとなるべし。 無我性なるが故に。瓶の如し。彼には無我性は無し。 ﹁ 彼 は 置 に 我 を 22 第四勾 m w ﹁ 彼 に は ﹂ ! と は 、 ﹁ 生 命 あ る 身 睦 に は よ 或 は ﹁ 我 に 以 、 ﹂ 無 我 性

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無きことを百ふと註せられてゐる。此の ﹁ 賛 義 要 集 ・ 我 論 批 判 刈 ﹂ の 研 究 五 五

(23)

日 本 傍 敬 摩 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 五 六 23 設は正理評稗一・一・三五の下に於て、否定的比量の例として‘五分作法の形で設かれてゐる。卸ち﹁此の生命あ る身睦は無我にあら歩。呼息等の不具足牲の過失となるが故に。雨者の宗に由 hりて呼息等の不具足と認められし ものは、経験上無我なり。︵誓へば瓶等の如し。︶而して此︵の生命ある身煙︶は呼息等の不具足にあらす。此故に 此 ︵ の 生 命 あ る 身 障 ︶ は 無 我 に あ ら 歩 。 ﹂ ︵ 閃 凶 ・ 由 主 包 ・ 同 ︸ ・ ︼ 日 ω 一 一 回 σ −

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円 四 ・ 包 − H︶ ・

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と蓮べられしものと合致する。 而して明らかに此設は悌教の無我設の否定であるが、無我設の破斥は下の二二

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侶に於てもウッドィヨ

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タ カ ラ の所設そ引きて長く示されてゐる。 以上に於てアヰッダカルナ・シャンカラスグ l t ン ・ ク ッ ド ィ ヨ l タカラの三人の所設そ出して、我の存在位の 主張巻示した。更に共の二倍に於てはアザッグカルナの設によって我の常住性ル一一遍在性とを出してゐる。先づ註 疏によって常住牲に闘する其主張を示せば、﹁︵宗︶母胎冶出でたる後の時に、それに非ぎる時の我に闘する観念 は、我に闘する最初の観念を知脅したる者によりて知費せらる。︵因︶︵同一︶の我に関する概念なるが故に η ︵ 戦 ︶ 最初の我に闘する観念

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如 し ょ と あ る 。 叉 遍 在 牲 に 就 て は 、 ﹁ ︵ 宗 ︶ 地 ・ 水 ・ 火 a 風:怠は理解冶離れたる封境の航態 に入り、械めて遠く存するも、予の我と結合せらる。︵因︶形態そ具する性と勢力を具する性と他牲と非他性と相 互 に 合 離 す る 性 と の 故 に 。 ︵ 喰 ︶ 予 の 身 睦 の 如 し o ﹂ と 出 さ る 。 此 等 守 備 に 纏 め て 、 二 倍 と な す 。 後のあらゆる観念は、生れたての最初白観念の 一 八 五 億 一 八 六 偏 知費者によりてまさに知費せらる。︵同一︶の我の観念なるが故に。その最初の加し。 泣き場所に存するものも、予 m w 我 と 結 合 せ る も の な れ ノ O 地 等

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形態そ具する性等め故に。予の身惜

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如 し D

(24)

睦 ︵ 1 ︶ 一 入 六 似 の 第 三 句 に 蛍 る も の 、 西 蹴 謹 は 之 を 飲 く 。 大睦以上に於て我論の主張ぞ出し終ったので‘究の一八七偶に於ては此等会睦を纏めて、 か く の 如 く 、 我 の 存 在 性 ・ 常 住 性 ・ 遍 在 牲 が 決定したる時、一切法は無我なりとは建立せられす。 一 八 七 億 と 結 ん で ゐ る 。 ︵ 四 ︶ 我 論 の 劃 破 ︵ 一 八 八 | 一 一 一 一 個 ︶ さてこれよりまさしく我論の針破に入るのであるが、その封破は前越の我論の中棉設の部分に述べたる設には 一言も欄れ今、其共に出せる三人の思想家の設に封して主として破斥ぞ行ってゐる。勿論所設の内容を比較すれ ば綿設に出せる思想そ彼等思想家が主張しにものが多いから、思想的には其等も破斥せらるることとなる課であ るが、賢際には封破は共に示す如く内容的よりも寧ろ形式的であり.敵者の所説の矛盾を指摘するものが多いか ら、綿設に出せる思想には卦破せられぬものも残る謀である。 先づアヰッダカルナの主張たる一七七備の針破は一八八|一九

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の三備に於て鴛される。先づ初めに、 此虚に先づ最初の能立に於ては、己成所立性あり。 汝 の 観 念 は 、 一 八 八 億 一 切 智 等 と し て 認 め ら る と 考 へ ら る る が 故 に 。 最初の能立とは一七七備の主張にして、その主張は、予とか汝とかいふ観念が存するが、これは予或は汝の身 膿・諸根・諸受等に闘してではなく、此等より別なる或る賓瞳即ち我に闘して言ふものである。故にかかる観念が 存する以上、此の観念に封臆する貰境大る我の躍も存しなければならぬ、と言ふものであつに。寂護の艶破は唯 24 ﹁ 寅 義 要 集 ・ 我 諭 批 列 ﹂ の 研 究 五 七

(25)

日 本 傍 致 事 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 五 八 25 識無境

ω

立場より之を破するものにして、汝が﹁観念性なるが故に、﹂といふ因を拳け、それに封摩する賓境が存 す る と 一 一 首 ふ も 、 此 の 困 は 五 口 に 於 て は 許 さ れ て ゐ な い か ら 、 汝 が 己 成 と し て 立 つ る 説 自 身 が 更 に 改 め て 所 立 と し て 論 誼 せ ら れ る こ と ぞ 要 す る 。 印 ち 己 成 が 更 に 立 せ ら る べ き そ 要 す る 貼 ︵ 出 丘 門 伊 国 由 主 ﹃ 百 円 山 ︶ は 汝 の 過 失 と な る 。 然 ら ば何故に此的困を五日は認めぬかといはば、汝に闘する観念が存するからとて必ら守しも汝の身樫等より別なる、 我なる賓躍な立つることは出来ぬからである。印ち﹁汝に闘する観念が存する時、汝の身韓等より別なる一切智・ 聾間・濁畳・及び其他的他心智として認むることが、我等によって許さるるからである o ﹂故に必十しも我の存在そ 論謹するものとはならない。 叉 観 念 性 以 外 一

ω

諸 凶 に 就 て も 同 様 に 一 一 月 ひ 、 ヲ る 。 か く し て 汝 め 主 張 に は 過 失 ぞ 含 ん で ゐ る の で あ る 。 突の一八九|一九

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二 偶 は 、

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敵者

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論式の中、特に鳴に就て批評し、先づ初の備では此の同法時は所立 不 具 な り と 示 す の で あ る 。 一 八 九 倍 他 ︵ 人 ︶

ω

概念も亦同じく、願はす者に依ら守して、 自ら知る性として起る。故に喰は所立を快く。 敵者の同法輪は﹁他人に闘する観念

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如 し 口 ﹂ と あ る か ら 、 今 そ 山 り 峨 睦 を 示 せ − ぜ も ﹁ 観 念 性 な る も の は 、 置 に 出 向 身 睦等より別なる知質者に閲して認めらるるものなり。﹂となる。然るに他人といふ観念は、外境に宜花する他人そ のものに依って顕はさるる諜ではなく‘白ら知る性・として、換言すれば白詮さるる内容として存するに外ならぬ。 従 っ て ﹁ 他 人 印 観 念 ﹂ な る 時 依 に は 、 宗

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賓 酔

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﹁身障等より別なる知費者に闘して認めらるるもの﹂といふ性質が 快如してゐる。印ち正理門論と入正理論では似岡山帆

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第二、所立法不成、正理一滴では同似戦九種の第一、所立

(26)

不 具 ︵ 叩 向 島 ︸ 戸 苫 E Jム

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一 口 ︶ の 過 失 と な る 課 で あ る 。 然しながら惟ふに此

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破斥は仰殺の無境論的立場から嬬されたもので、正理・勝論汲の貴在論的立場の否認ぞ 先行傑件とするも

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で あ る カ ら 、 主 ︿ 破 は 敵 者

ω

認むゐ所とはなりえないのではなからうか。かくして相互に敵者 の思想的立場を斥けて、自己

ω

立場より敵者の主艇を遮することとなる。故に畢克自宗の立場に於て敵者の所設 が遮せられるニとを言ひうる

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みで、敵者自らがその主張を捨つる迄には至らないのではなからうか。しかし破 斥は常にかかる範固に於て行はるるに外ならぬのである。 共に或は敵者が反動することあらむ。﹁他人に闘する心︵

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観念︶のみが喰性として許されるのではなくして、 その封境に就て執じられたる其の行相を持てる識︵ H H 観 念 ︶ が 牛 一 歩 る 時 、 か の ︵ 封 境 ︶ が 此 慮 に は 除 性 と し て 考 へ ら れ る o ﹂と。此は賓在論的立場より悌教の無境の立場に反針した誇で、聡牲として立てらるるは‘観念にあらホし てまさしく賓在する他人そのものであると言ふ。此に封して突の備が説かれる。 か の 行 相 が 影 響 さ れ た る 、 他 ︵ 人 ︶ と し て 認 め ら る る も の に 、 除性ありとも‘まさにその他︵人︶といふ貼に関して猶諜あるべし。

一 九

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倍 保令汝が此慮に時性として立つるは貫在する他人そのも

ω

であると言ふとも、知は自ら知る性にして‘他の知 の認識を離れて生十るから,此貼に闘して猫額か存する、印ち苔と汝との聞に共許とならない。故に先に汝が立 て た る 因 は 不 定 で あ る 。 26 若し汝が、此

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知は自己より別なる知費者に閲して認められ、生滅の性を具へ、所量の性にして、記憶せらる と い ふ 理 由 に よ っ て 、 ﹁ 封 境 の 如 し 。 ﹂ と 考 へ る か も し れ ぬ が 、 此 に 就 て も 亦 汝 の 所 立 と 反 艶 な る 五 日 の 設 に 就 て 五 日 ﹁ 賞 義 要 集 ・ 我 諭 批 列 ﹂ の 研 究 五 九

(27)

日 本 側 教 車 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 六

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27 の設を排除することは無いから、吾の設の否定令官民

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︶ は 決 定 さ れ な い 。 叉かかる知の存在を謹するに就て、一の知は他の知によって詮せられ、その後者は叉他の知によって誼せられ ねばならぬから‘かくして弐突の知を要するから建に無窮の過失となる。何故なれば不明瞭なる貼ぞ有する明瞭 にされたるものは艶象として在りえないから、かくして一の知を封象として立する矯めには、知の蓮績に従事す る者の人需の限りに至らねばならぬこととなる。 叉此の無窮を怖るる貼より、或る知が自ら認知さるる性としてのみ起るといはば、かくても亦かかる知は一生 滅の性そ具するが故に o ﹂等の汝の因は不定となる。かくして他人に闘する知も認知者の知の内容として起るもの であるといふ吾の所設に何の過失があらうか。 叉その知が認知され−ざる性として汝に許さるるならば、而しでかかる知が不成なる時は、 一 切 の 前 の 知 の 不 成 となる。明瞭ならぬ貼を有する明瞭にされたるものとなるから。︵しかもかかるものは在りえない。︶かくしてか か る 知 は 艶 象 と し て 成 ぜ ら れ ぬ 。 かくの如く敵者の所設に含まるる矛盾を指摘したる後、唯識汲の宗として‘﹁貰に一切の知は所取能取を離る るが故に、自らにしてまさに顕はる。他の知によりて認めらるるにあら歩。﹂と示す。而して此設に封して、汝の 鳴は所立不具の失あることは不壊である。 叉 先 き に ︵ ι 足 首 ︶ ﹁ 有 等 ﹂ 云 云 と 言 へ る 主 張 の 主 辞 に る も の も 全 く 無 意 義 で あ る 。 此 の 所 立 ︵ 日 宗 ︶ を 成 歩 べ き 因 ・ 鴎

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二分が上惑の如くに遮せられたから。かくして﹁我に闘する現量等による観念は我の身樺智子より別なる知費 者に闘して認めらる o ﹂といふこれ記けによっては、何物も理解せられぬ。叉その主僻の種々なる先別も無意義で

(28)

あ る 。 ﹁ 我 に 闘 す る 観 念 ﹂ と い ふ 、 た け が 理 解 せ ら れ た に 過 ぎ ぬ か ら 。 えかくして敵者には宗主鮮が成ぜられぬから、諸の困の所依︵ H H 主 辞 ︶ も 不 成 と な る 。 大 醐 値 上 の 如 く ア ヰ ッ ダ カ ル ナ の 主 張 を 遮 遣 し 終 っ た 。 究 に 一 九 一 ー ー 一 九 四 の 四 倍 は シ ャ ン カ ラ ス グ l i ンの設を破す。その中初めの三倍は、欲等の所依となるもの に 就 て 考 察 す る 。 印 ち 、 一 九 一 骨 若し欲等に就て、何等か所依たるものが成立せらるる時、 一 九 二 傷 其 中 先 づ 、 若 し 所 依 は 困 に 外 な ら 令 ノ と 蓮 べ ら る る な ら ば 、 所詐の能立となる。叉若し所依はその保持者なりと汝が設かば、 かくては動無きものの保持者を考ふるは無意義なり。 先にシャンカラスグ l t ンの設は、﹁あらゆる欲等は何物かに依れるものなり。﹂といふ主張であった。その欲 等が何等かの所依を有することを立する時、その所依とは如何なるものであるか。此に二つの意義そ分別して、 そのいづれの場合にも正理でないことぞ蓮べて、敵者の設を破するのである。先づ初めに所依とは困に外ならやノ ︵

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︶と分別さるるならば‘其時

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成 能 立 性 ︵ ∞ 一

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︶の過失となる。何故なれば悌教側に 於ても﹁聞によりて心心所あり。﹂といひて、欲等の心所が無因なりとは許さぬ、郎ち欲等は何等かの所依そ有す と許すから、仰救説 E F 一同意趣となり、立敵に共許せる設な能立せるに外ならぬから、敵者に封して論誼の意義を なさ歩、過失に陪ることとなる。従ってかくの如く所依は因に外なら?と分別されし時は、汝の主張は無意義と 28 な り 、 破 斥 せ ら る 。 ﹁ 費 義 要 集 ・ 我 諭 批 舛 ﹂ の 研 究 ム ノ、

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