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ナ ポ レオ ン帝政 と近代 フ ラ ンス 国 家 の形 成

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7S

説 〉

ナ ポ レオ ン帝政 と近代 フ ラ ンス 国 家 の形 成 高 村 忠 成

1.は じ め に

2.ナ ポ レ オ ン1世 の 生 涯 3.フ ラ ン ス 革 命 と ナ ポ レ オ ン1世 4.ナ ポ レ オ ン1世 の 業 績 5.ナ ポ レ オ ンlL後 の 世 界 6.ナ ポ レ オ ン1世 の 目標 7.ナ ポ レ オ ン1世 の 遺 訓 8.ナ ポ レ オ ンm世 の 生 涯 9.2月 革 命 と ナ ポ レ オ ンIII世 10.ナ ポ レ オ ンHI世 の 業 績

ll.ナ ポ レ オ ン1世 か ら受 け 継 い だ も の 12.む す び に

1.は じ め に

本 稿 で 論 じ る 問 題 は 、 ナ ポ レ オ ン 帝 政 が 近 代 フ ラ ン ス 国 家 の 形 成 に ど の よ う な 影 響 を 与 え た か 、 と い う こ と で す 。 そ の 際 、 特 に こ こ で い う ナ ポ レ オ ン 帝 政 と は 、 ナ ポ レ オ ン1世(1769‑1821)に よ る 第 一 帝 政(1804‑1815)と 、 ナ ポ レ オ ンm世(1808‑1873)に よ る 第 二 帝 政(1852‑1870)の 両 方 を 指 し ま す 。 こ の 2つ の 帝 政 に よ る 統 治 体 制 、 理 念 、 構 造 な ど を 指 し て ボ ナ パ ル テ ィ ズ ム (bonapartisme)と 呼 ぶ こ と は 、 よ く 知 ら れ て い る と こ ろ で す 。

ナ ポ レ オ ン 帝 政 と い う と す ぐ に 軍 事 体 制 、 独 裁 政 治 で あ っ た と い う こ と が 想

起 さ れ 、 批 判 の 対 象 と な る こ と が 多 く あ り ま す 。 特 に 、 フ ラ ン ス 革 命 以 来 の 民

主 政 の 流 れ を 遮 断 し 、 そ れ を 後 退 さ せ た と 弾 呵 さ れ 、 そ の 反 動 的 性 格 が 指 摘 さ

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れ て い ま す。 そ う した 面 が あ っ た こ とは 否 定 で きな い か も しれ ませ ん が 、 しか し、 また ナ ポ レオ ン帝 政 が 革 命 の 原 理 を守 り、 新 しい 国家 体 制 を築 い た こ とも 無 視 で き ませ ん 。 そ の た め 、 私 が こ こで論 じ よ う とす る こ とは、 ナ ポ レオ ン帝 政 が フ ラ ンス 革 命 の原 理 を守 護 し、 そ れ に も とず い て フ ラ ンス の 近 代 国 家 形 成 に影 響 を 与 えた 。 否 、 ナ ポ レオ ン帝 政 が な け れ ば 、 フ ラ ンス 革 命 は失 敗 に帰 し、

保 守 反 動 の体 制 は もっ と加 速 した で あ ろ う、 とい う こ とで す 。 換 言 す れ ば、 フ ラ ンス 帝 政 の 、 革 命 の 原 理 に立 脚 した近 代 国 家 形 成 に 果 た した 役 割 を 分 析 、 考 察 して み よ う と い うの が 本 稿 の 目的 で す。

そ の 際 、 特 に、 ナ ポ レオ ン1世 とナ ポ レオ ンIII世の 関 係 に も焦 点 を 当 て ま し た。 ナ ポ レオ ンIII世は 突 然 現 れ て き た わ け で は あ りませ ん 。 彼 自身 の 帝 政 復 活 に か け る意 欲 、 大 志 、 夢 の 現 実 が 第 二 帝 政 で あ っ た の で す 。 ナ ポ レオ ンHI世 は どの よ うに して ナ ポ レオ ン1世 の 意 思 を受 け継 い で い っ た の か 、 に も考 察 の メ

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ス を 入 れ て い き ま す。

通 常 ナ ポ レオ ン とい う と、 フ ラ ンス 革 命 後 の 混 乱 した 時 代 を 平 定 した ナ ポ レ オ ン1世 の こ とを指 し ます 。彼 に よ って 、 第 一 帝 政 とい う時 代 が 開 か れ ま した 。

しか し、 ナ ポ レオ ンを考 え る場 合 、 大 切 な こ とは 、彼 の 時 代 だ け で、 「ナ ポ レオ ンの 時 代 」 は 終 わ りを と げた とい うわ け で は な い とい うこ とで す 。

ナ ポ レ オ ン1世 の志 は 、 あ る意 味 で は夢 半 ば で途 絶 えて し ま っ た とい っ て よ い か も しれ ませ ん 。 そ の ナ ポ レオ ン1世 の 理 想 を受 け 継 ぎ 、彼 の 事 業 を完 成 さ せ よ う とい う人 物 が い ま した。 そ れ が ナ ポ レオ ン1世 の 甥 で あ る ナ ポ レ オ ンlll 世 な の で す 。 この 人 の 力 に よ って 、 フ ラ ン ス第 二 帝 政 が 開 か れ ま した 。 そ して 、 彼 は ナ ポ レオ ン1世 以 上 の 業 績 を あ げ た 、 と い わ れ て い ま す。 した が って 、 ナ ポ レオ ン1世 の 時 代 とナ ポ レオ ンIII世の 時 代 を あ わ せ て 「ナ ポ レオ ン帝 政 」 と

こ こで は呼 ぶ こ とに し ます 。

この 時 代 に 、 フ ラ ンス は近 代 国 家 の 基 盤 を築 く こ とが で きた の で す 。 逆 に い う と、2人 の 「ナ ポ レオ ン」 が 出 現 しな か った な らば 、 フ ラ ンス は 、近 代 国 家 と して の 力 を つ け る の が 少 々 遅 れ て い た か も しれ ませ ん 。2人 の ナ ポ レオ ン の 存 在 は、 近 代 フ ラ ン ス 国 家 の 形 成 に とっ て 、 じつ に 大 き な もの が あ っ た とい っ て よい で し ょ う。2人 の ナ ポ レオ ン は新 時 代 を開 くた め に挑 戦 を重 ね て い っ た 人 物 な の で す 。 高 い志 を も ち 、理 想 実 現 の 夢 に燃 え 、 不 断 の 努 力 を 怠 ら な か っ

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ナ ポ レオ ン帝 政 と近 代 フ ラ ンス国 家 の形 成 77

た、 執 念 の 人 で あ っ た の で す 。 以 下 、 本 稿 で この 点 を論 証 して い き ます 。

2.ナ ポ レオ ン1世 の 生 涯

ま ず 、 ナ ポ レ オ ン1世 の 生 涯 を 簡 単 に み て お く こ と か ら始 め た い と思 い ま す 。 1769年 に ナ ポ レ オ ン は コ ル シ カ 島 に 生 ま れ ま した 。 ナ ポ レ オ ン が20歳 の 時 、 す な わ ち1789年 に フ ラ ン ス 革 命 が 勃 発 を し ま し た 。1799年 、 フ ラ ン ス 革 命 か ら10 年 経 っ て ナ ポ レ オ ン は ク ー デ タ ー を 起 こ し ま す 。 こ れ を 「ブ リ ュ メ ー ル18日 の ク ー デ タ 」 と言 い ま す 。 彼 は 政 治 の 実 権 を 奪 い ま す 。 第 一 統 領 と い う今 日 で い う大 統 領 職 に 就 任 し ま す 。 そ の5年 後 、1804年 に 彼 は 皇 帝 に 就 任 し、 新 た な 体 制 を 開 き ま す 。 こ れ を 「 第 一 帝 政 」 と い い ま す 。 そ れ か ら10年 、 ナ ポ レ オ ン は 皇 帝 の 地 位 に お り ま した が 、1814年 、 彼 は 「 諸 国 民 の 戦 争 」 と い う戦 争 に 敗 れ 、 皇 帝 を 退 位 し ま す 。 そ し て エ ル バ 島 と い う 島 に 流 さ れ る の で す が 、 そ の 島 か ら 再 び 兵 を 起 こ し、 翌 年1815年 に 皇 帝 に 復 位 し ま す 。 だ が 「ワ ー テ ル ロ ー の 戦 い 」 イ ギ リ ス や プ ロ イ セ ン な ど 対 仏 同 盟 国 を 相 手 に 戦 い 、 ま た も 敗 れ ま した 。 そ の 結 果 、 大 西 洋 上 の 絶 海 の 孤 島 、 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 へ 流 さ れ て し ま い ま す 。 そ れ か ら6年 後 、1821年 、 こ の 島 で 死 去 し ま す 。 享 年51歳 で し た 。

3.フ ラ ン ス 革 命 と ナ ポ レ オ ン1世

z)

つ ぎ に 、 ナ ポ レオ ン とフ ラ ンス革 命 の 関 係 につ いて み て お きた い と思 い ます 。 ナ ポ レオ ン は コル シ カ 島 に 生 まれ ま した 。 父 は弁 護 士 で 、貧 乏 貴 族 で した。 こ の 時 代 、 貧 乏 貴 族 が 出 世 す る に は軍 人 に な る の が 早 道 で した 。 父 は ナ ポ レオ ン を フ ラ ンス の ブ リエ ン ヌ とい う と ころ に あ る幼 年 学 校 に入 れ ます 。 この 幼 年 学 校 は将 来 の 軍 人 を 作 る学 校 で す が 、 軍 事 の 勉 強 ば か りを や っ て い る わ けで あ り

ませ ん 。 歴 史 、数 学 、 地 理 、 国 語 、 文 学 、 あ らゆ る学 問 を 叩 き込 まれ るの で す 。 ナ ポ レオ ン は幼 年 学 校 時 代 、 苛 め られ っ子 で 、 フ ラ ン ス語 も あ ま りよ く出来 ませ ん。 こ う い う境 遇 に あ っ た た めか 、 図 書 館 に 閉 じ こ もっ て 本 ば か り読 ん で い ま した。 その 結 果 、 ナ ポ レオ ン は確 か に 当 初 は フ ラ ン ス語 が あ ま りよ くで き ませ ん で した が 、 猛 烈 な努 力 の 結 果 、 ギ リシ ャ ・ロー マ時 代 の 古 典 か ら フ ラ ン

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ス 近 代 啓 蒙 時 代 の ジ ャ ン ・ジ ャ ッ ク ・ル ソー な どの 本 まで 、読 破 して い き ま し た 。

ち な み に、 当 時 の 軍 人 とい うの は い うま で も な く、 国 王 の も とで の 、 国 王 の た め の 軍 人 で す 。 す な わ ち、 王 政 を支 え るた め の支 柱 なわ け で す 。 と こ ろが 軍 人 ナ ポ レオ ン に大 きな 転 機 が お とつ れ ま した。それ が1789年 の フ ラ ンス革 命 だ っ た の で す 。

フ ラ ンス 革 命 とい うの は 、 それ まで の 国王 中心 の社 会 、 す な わ ち 国 王 が いて 、 そ の 下 に僧 侶 、 貴 族 が い て 、 平 民 が い る とい う厳 格 な 身 分 体 制 、 封 建 的 な絶 対 王 政 とい う体 制 に異 論 を 唱 え た もの で す。 第 三 階級 と い う ブル ジ ョア 階 級 が 立 ち上 が っ て王 政 を転 覆 させ て し ま う。 す な わ ち、 これ か らは 国 王 が 中 心 で は な く、 人 間 は生 まれ な が ら に して 自 由で あ り、 平 等 で あ り、 友 愛 の 理 念 を も ち 、 人 権 とい う感 覚 を もっ て いか な けれ ば い け な い と主 張 す る の で す 。 そ の 結 果 、 国王 が 支 配 す る とい う よ うな ピ ラ ミ ッ ド型 の 、 い わ ゆ る 「封 建 支 配 体 制 」、 ア ン シ ャ ン ・レジ ー ム は もは や 時 代 遅 れ で あ る と否 定 し、 王 政 を 倒 して し ま っ た の で す 。 これ が フ ラ ン ス 革 命 で す 。

フ ラ ン ス 革 命 が 起 こ っ た時 、 ナ ポ レオ ン は軍 人 で す か ら、本 来 は 、 王 政 を 支 持 す る立 場 だ っ た の で す 。 しか し、 フ ラ ンス 革 命 勃 発 と と も に軍 人 の 中 も二 つ に 分 か れ て しま い ま す 。 王 政 を支 持 す る派 と、 王 政 は古 い 、 体 制 を 変 え よ う と い う派 に分 か れ て し ま うの で す 。 ナ ポ レオ ン は どち ら を選 ん だ の か 。 彼 は迷 う こ とな く、後 者 を選 び ま した 。 ナ ポ レオ ン は、 啓 蒙 思 想 の 影 響 を強 く受 け て い た の で す 。 そ の た め 、 王 政 は も う古 い 、 これ か らは 「自 由」 「平 等 」 「友 愛 」 「 権 」 とい う理 念 に 立 脚 した 国 を作 るべ きで あ る と い うわ け で す 。 ナ ポ レオ ンは 王 政 の も との 軍 人 で あ りな が ら、 革 命 派 の 軍 人 に な っ て しま うの で す 。 これ が

ナ ポ レオ ンの 人 生 の 道 を大 き く分 け て しま う こ と に な りま した。

した が って 、 も し フ ラ ンス 革 命 が な けれ ば 、 ナ ポ レオ ン は平 々 凡 々 た る王 政 の な か の 一 軍 人 と して 終 わ っ て し まっ た か も しれ ませ ん 。 と こ ろが フ ラ ンス 革 命 が 起 こ って 、 革 命 派 に つ い た た め 、 その 革 命 派 の 中 で 、 た ち まち 主 導 権 を握 る軍 人 へ とな っ て い くの で す 。 もち ろん 、 そ の 間 、 さ ま ざ ま な 事 情 が 働 い て い ま した が 、 こ こで は 詳 細 は 割 愛 し ます 。

1789年 に フ ラ ン ス革 命 が勃 発 した後 、1799年 の 「ブ リュ メ ー ル18日 の ク ー デ

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ナポ レオ ン帝 政 と近 代 フ ラ ンス国 家 の 形成

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タ 」 まで 、 ナ ポ レオ ン は10年 間 の 時 間 を必 要 と しま す。 これ は 何 を意 味 して い るか とい う と、 フ ラ ンス 革 命 に よ って 王 政 を倒 し、 「自 由」 「平 等 」 「友 愛 」 「 権 」 の 理 念 に基 づ い た新 しい国 家 を 作 る とい っ て も、 そ う簡 単 に は いか な か っ

た の で す 。

な ん だ か ん だ い って も、 王 政 が長 期 間 続 い て きた わ け で す か ら、 その 王 政 を 倒 し、.国王 の 首 を 切 っ た か ら とい っ て 、 す ぐに 新 しい政 治 、 社 会 の安 定 、 経 済 の 発 展 が見 られ た わ けで は あ り ませ ん。 革命 を起 こ した側 もい ろい ろ と分 裂 し、

も っ と急 進 的 に革 命 を推 進 し よ う とか 、 あ る い は も っ とゆ っ く りや ろ う とか 、 いや そ の 申 間 で い い の だ とか 、 革 命 側 が 各 派 に分 裂 して し ま うの で す。 い わ ゆ る 「急 進 派 」、 「穏 健 派 」、 「中 道 派 」 で す 。 そ の た め 、 フ ラ ンス 革 命 後 の 社 会 は 大 混 乱 に 陥 って し まい ま す。 王 政 は悪 か っ た が 、 あ る意 味 で は 、 王 政 を 倒 した フ ラ ン ス革 命 後 の 時代 の ほ うが 、 も っ と悪 くな っ て しま っ た 、 とい う声 が あが るほ どで した 。

軍 人 ナ ポ レオ ン は こ う した社 会 の 動 向 を ず っ と見 て い て 、 これ で は ダ メ だ 。 も う フ ラ ンス 革 命 を起 こ した政 治 家 た ち に政 治 の 実 権 を 預 け て お くわ け に は い か な い 。 「自分 が や ろ う。 自分 が 立 つ しか な い」、 とナ ポ レオ ンは 決 意 し ます 。 そ して、 「ブ リュ メ ール18日 の クー デ タ」を起 こ して、そ れ ま で政 治 の 実 権 を握 っ て い た 革 命 派 の 政 治 家 た ち か らそ の 権 力 を奪 い 取 っ て し ま い ま す 。 そ して 自 ら が 第 一 統 領 、 す なわ ち大 統 領 とい う地 位 に つ いて 、 フ ラン ス革 命 の 原 理 を守 り、

それ に 立 脚 しな が ら社 会 を 安 定 させ 、 国 家 を発 展 させ て い くた め に全 力 を あ げ よ う とす るの で す 。 フ ラ ンス 革 命 とナ ポ レオ ン とい うの は こ うい う関 係 に な っ

3)

て い る の で す 。

した が っ て 、 繰 り返 しま す が 、 も し フ ラ ン ス革 命 が 起 こ らな か っ た な ら ば ナ ポ レオ ン は王 政 派 の 目立 た な い、 一 介 の軍 人 で 終 わ っ て しま っ たか も しれ な い 。 しか し、 も しナ ポ レオ ンが い な けれ ば、 フ ラ ン ス革 命 は 失 敗 して い た か も しれ ませ ん 。 政 治 ・社 会 の秩 序 が 乱 れ 、 経 済 が混 乱 し、再 び 昔 の 王 政 の 時 代 に 戻 っ て しま っ た か も しれ な い の で す。 そ れ ほ ど フ ラ ン ス革 命 は ナ ポ レオ ン に よ って 守 られ 、 革 命 が 成 功 した 、 と言 っ て も過 言 で は な い の で す 。

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4.ナ ポ レオ ン1世 の 業 績

ナ ポ レオ ン は、1799年 に 政権 を奪 取 した後 、 どの よ うな業 績 を あ げ た の で し ょ うか 、 主 な もの を見 て い くこ とに し ま す。

第1に 、 「社 会 的 な 融 和 」 を図 りま す。 す な わ ち、 革 命 は社 会 に 大 き な亀 裂 を 招 い て しま い ま した。 ブル ジ ョ ア階 級 が立 ち あが っ て 、 僧 侶 や 貴 族 を 弾 圧 し、

農 民 に僧 侶 や 貴 族 の 土 地 を分 け 与 え て し まい ま した 。 王 政 時代 に は 、 国 王 、 僧 侶 、 貴 族 、 ブル ジ ョ ア とい う階 級 間 の 身分 差 別 は あ りま した が 、 各 身 分 間 で そ れ ほ ど激 しい対 立 は あ りませ ん で した。 階層 的 身 分 秩 序 が 固 定 して い た の で す 。 と こ ろ が 、 フ ラ ンス 革 命 は 、 この 身分 秩 序 を打 破 す る と と も に、 階 級 間 に激 し い対 立 を も た ら して しま い ま した。 ナ ポ レオ ンは 、 革 命 に よ っ て 人 々 が お 互 い に疑 心 暗 鬼 とな って 対 立 ・抗 争 を 招 く とい う状 況 に終 止 符 を打 ち ま した。 新 し い社 会 秩 序 を構 築 した の で す 。、 人 材 の登 用 に あ た って も、 名 門 とか貴 族 の 出 で あ る とか 、 大 ブル ジ ョア ジー の子 ど もで あ る とか 、 そ う い う身 分 、 出 自で 判 断 す るの で は な く、 あ く まで も能 力 主 義 、 功 績 主 義 で人 を用 い ま した 。

第2に 、 ナ ポ レオ ンは 「社 会 の 安 定 」 を 図 りま す 。 前 述 した とお り、 フ ラ ン ス 革 命 に よ って 社 会 は 大 混 乱 して しま い ます 。 そ の 混 乱 した社 会 体 制 、 政 治体 制 、 経 済 体 制 を ナ ポ レオ ン は安 定 させ るの で す。 ナ ポ レオ ン は 「独 裁 者 」 で あ る と批 判 さ れ ま す。 そ れ に対 して 、 ナ ポ レオ ン は次 の よ うに反 論 し ます 。 「世 の 人 々 は 私 の こ とを独 裁 者 とい うで あ ろ う。 で も、 も し私 が こ こで 強 い 権 力 を発 動 しな けれ ば、 世 の 中 は 混乱 し、 革 命 は 失 敗 に 終 わ る。 旧 時 代 に 戻 っ て し ま う で あ ろ う。 した が っ て、 政 治 権 力 は 、 今 は、 強 くな け れ ば な らな いの で あ る」、

と言 い ます 。 た しか に、 ナ ポ レオ ンが 権 力 を握 っ た 当初 は 、 革 命 が 王 政 を倒 し、

しか も倒 した 革 命 派 が 分 裂 して 、 「急 進 派」 「穏 健 派 」 「中道 派 」 に 分 か れ 、 世 の 中 は バ ラバ ラで した。 そ う した 混 乱 の 世 の 中 を立 て 直 す た め に は、 あ る程 度 、 政 治権 力 は 強 固 で あ る必 要 が あ った ので す 。

第3に 、 「宗 教 政 策 」 で す。 ナ ポ レオ ン は高 い理 想 を掲 げ て お りま したが 、 打 つ 手 は非 常 に 現 実 的 で した 。 フ ラ ン ス の ブル ボ ン王 朝 時 代 、 農 民 の75パ ー セ ン トは カ ト リッ ク教 徒 で した 。 そ して カ ト リ ック教 会 と王 政 が 結 び つ い て い た の で す 。 「国 王 に 忠 誠 を尽 くす こ とが 神 に救 わ れ る こ とで あ る」、 と教 え て い た わ

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ナ ポ レオ ン帝 政 と近代 フ ラ ンス 国家 の形成 8i

けで す。 そ れ に対 して 、 フ ラ ンス 革 命 の 革 命 派 の人 々 は、 そ ん な こ とは な い、

国 王 に忠 誠 を尽 くす か ら救 わ れ る な ど とい う こ とは あ りえ な い 、 と言 って 王 政 を否 定 す る と と もに カ トリ ッ ク教 会 を も拒 否 して しま っ た の で す 。 カ ト リ ック の信 仰 さ え も と りあ げ よ う と しま した 。

こ う した 事 態 に ナ ポ レオ ンは考 え ます 。農 民 の75パ ーセ ン トが 敬慶 な カ トリ ッ ク教 徒 で あ る。 この農 民 に 「カ トリ ッ クの信 仰 を捨 て よ」 「キ リス ト教 を信 じ る な」、 とい う こ とはむ しろ非 現 実 的 で あ る。 ナ ポ レオ ンは 自 らは 信 仰 は もっ て お りませ ん 。 無 神 論 者 で した。 しか し彼 は 、 宗 教 とい う もの が 人 心 や 社 会 を安 定 させ る うえ で 、非 常 に 璽 要 な も の で あ る とい う こ と は認 識 して お りま した 。 「 教 は 、魂 の休 息 で あ り、希 望 で あ り、不 幸 な人 々 の 頼 み の 綱 で あ る」、 と言 って 、

ナ ポ レオ ン は カ トリ ッ ク の信 仰 を して い る人 の信 教 の 自 由 を 認 め た の で す。

た だ し、 ブ ル ボ ン王 朝 時 代 とは違 っ て 、 カ トリ ッ ク は 「国 教 」 とは しな い。

「フ ラ ンス 人 の 大 多 数 の 宗 教 」 で あ る とい うよ うに位 置 づ け ま した。 国 教 で は な い、 と した の で す 。 こ う して フ ラ ンス 人 が キ リス ト教 を信 ず る こ と、 しか も当 時 ま だ 少 数 派 で あ っ た イ ス ラ ム教 を信 ず る こ と、 ユ ダ ヤ教 を信 ず る こ と、 あ ら ゆ る宗 教 を信 ず る こ とを ナ ポ レオ ンは 認 め た の で す 。 そ して 、 カ トリ ッ ク を信 ず る こ と を認 め るか ら、 ロー マ 法 王 は ナ ポ レオ ンの 共 和 国 を正 式 に 国 家 と して 承 認 して も らい た い と要 求 しま した。 これ を 「宗 教 協 約 」 とい い ます 。 こ れ に よ り、人 々 の 精 神 的 安 定 と統 一 が は か られ ま した 。 さ らに 、 ナ ポ レオ ン の政 治 と宗 教 を 分 け る措 置 に よ っ て 、 フ ラ ンス に お け る政 教 分 離 の 考 え方 の 基 礎 が 作 られ 、 そ れ は近 代 国 家 の 基 本 原 則 へ と発 展 して い った の で す 。

第4に 、 「民法 典 の編 纂 」 で す。 民 法 は私 た ち の 生 活 に とっ て重 要 な法 律 で す。

財 産 関係 、 親 子 ・親 族 関 係 な ど、 私 た ち の 私 人 間 の 契 約 を 決 め る法 律 が 民 法 で あ り、 民 法 が きち っ と定 ま っ て い な い と人 々 の 社 会 生 活 は混 乱 して しま い ます 。 ナ ポ レオ ンの 時代 以 前 に も民 法 は あ りま した が 、 地 域 に よ っ て まち ま ちで した 。 その 内容 も非 常 に 封 建 的 な 、 古 い もの で した。 ナ ポ レオ ン は、 人 々 の 人 間 関 係 を安 定 させ る こ とが 社 会 に秩 序 を もた らす こ とに な る。 そ の た め に は 、 フ ラ ン ス 革 命 の 「自 由」 「平 等 」 「人 権 」 とい う理 念 に 基 づ い た新 しい民 法 典 を編 纂 す

る こ とが 急 務 で あ る、 と言 っ て こ の事 業 に取 り組 み ま す。

民 法 典 が完 成 す る ま で に102回 の 審 議 が 行 わ れ ま した 。 ナ ポ レオ ンは 、57回 、

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その 審 議 の 会 議 に 出席 して 、2281条 か らな る 「フ ラ ンス 人 の 民 法 典 」 とい う民 法 典 を制 定 し ます 。 「宗 教 協 約 」 に よ って 人 々 の精 神 面 の 安 定 を 図 り、 「民 法典 」 に よ って 人 々 の世 俗 面 で の 生 活 の安 定 を 図 りま した 。 「宗 教 協約 」 と 「民 法 典 の 編 纂 」 は 、 ナ ポ レオ ンの 業 績 の 中 で も特 に光 を 放 って い る もの で す 。

ち な み に 、 フ ラ ンス 民 法 典 は世 界 に 大 き な影 響 を与 え ま した 。 イ タ リァ 、 オ ラ ン ダな どヨ ー ロ ッパ35力 国 に 、 また 中南 米 の35力 国 の 民 法 に、 合 計70力 国 の 民 法 に この 民 法 典 は 影 響 を与 えた の で す 。 日本 で は 法 律 の 文 章 とい う と読 み づ らい で す が 、 ナ ポ レオ ン の 民 法 典 は非 常 に名 文 で して 、 文 豪 ス タ ンダ ー ル は 、 民 法 典 をE1々 数 ヵ条 ず つ 読 み 、 暗 記 して お りま した 。 自分 の 文 体 の 手 本 に した と言 わ れ て お り ます。 それ 程 、 こ の 民法 典 は 各条 文 が 名 文 で で きて い るの で す 。

第5に 、 「行 政 機構 の 整 備 」 で す。 ナ ポ レオ ン は 、不 可分 の 単 一 国 家 、 フ ラ ン ス の 新 しい 国 民 共 同体 、 これ を 作 る に は行 政 ・官 僚 機 構 を きち っ と整 備 す る必 要 が あ る とい うを痛 感 して お りま した。 この 行 政 ・官 僚 機 構 の なか に は 、 警 察 機 構 の 強 化 も含 ま れ ます 。 ナ ポ レオ ン は 「近 代 官 僚 制 国 家 の 生 み の親 」 と も言 わ れ て お りま す。 「ナ ポ レオ ン時 代 ほ ど行 政 が 強 力 で 、仕 事 に 熱 心 な 時代 は な か っ

た」、 とい う評価 が 与 え られ るほ どス ム ー ズ に 国 の行 政 が な され て い っ た ので す 。 第6に 、 「公 教 育 の 充 実 」 で す 。 王 政 時 代 の教 育 は 、 キ リス ト教 と結 び つ き、

キ リス ト教 の 教 義 、教 え を授 け る とい うの が そ の 中 身 で した 。 王 政 時 代 の教 育 は 、 宗 教 教 育 と い っ て よ いで し ょ う。 ナ ポ レオ ン は この 教 育 か らい わ ゆ る宗 教 的 な 内 容 を弱 め、 新 た な共 和 主 義 的 な 「公 民 教 育 」 を行 うの で す。 そ の 中 味 は、

人 間 の 「自由 」、 「平 等 」、 「友 愛 」、 「人 権 」 と い う理 念 を基 に した もの で す。 特 に 、 国 家 を強 固 に す るた め、 有 能 な人 材 を 育 成 す る こ とに主 眼 を そ そ ぎ ま す。

公 教 育施 設 と して 小 学 校 を 作 り、 特 に 中等 教 育 、 エ リー ト教 育 に 力 を 入 れ ます 。 今 日で も フ ラ ン ス とい う と、 エ リー ト教 育 の 国 と して 有 名 で すが 、 そ の基 盤 は 、 革 命 時代 か ら は じ ま りナ ポ レオ ン に よ っ て強 化 され ます 。 「国家 を担 い、 国 家 を 発 展 させ る碁 盤 は人 材 で あ る」、 とい うの が 、 ナ ポ レオ ンの 信 条 で した 。

第7に 、 「経 済発 展 」 が あ げ られ ます 。 「経 済 発 展 」 とい っ て も、 ナ ポ レ オ ン に は順 序 が あ りま した 。 ど うす れ ば 経 済 発 展 す るか 。 まず 国 家 の 「財 政jが しっ か り して い る こ と。 国 の 財 政 基 盤 が 確 立 して い な い と経 済 発 展 の 土 台 が も ろ く な る。 そ して 、 国 の財 政 を安 定 させ る た め に は、 金 融 が しっ か り して い な くて

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ナポ レオ ン帝 政 と近 代 フ ラ ンス国 家 の形 成 83

は な らな い。 そ の た め に は 、 中央 銀 行 とい う銀 行 を作 る必 要 が あ る。 中央 銀 行 を作 っ て 金 融 政 策 を確 立 し、 そ の 上 に国 の財 政 基 盤 を安 定 させ る こ とが 肝要 で あ る。 そ の た め に 大 事 な の が 「税 制 」 で す 。 革 命 は ほ とん どが税 金 を め ぐ る争 い が原 因 とな っ て い ま した 。 ナ ポ レオ ン は公 平 な税 金 の 徴 収 の方 法 が 人 々 に 不 満 を抱 か せ な い 重 要 な ポ イ ン トで あ る と して 、 税 制 の整 備 を しっ か り とは か り ま す。 この よ うに 国 の 財 政 ・税 制 制 度 の 整 備 、 中 央 銀 行 の 確 立 を 行 な っ た う え で 、 産 業 の 発 展 に 力 を入 れ ます 。

新 規 聖 業 に は助 成 金 を与 え、 税 金 を還 付 し ます 。 ナ ポ レオ ン の 時 代 に は 「 業 」 が 、 い ろ い ろ 生 ま れ ま した 。 た と えば 「瓶 詰 め 」、 「電 池 」、 「鉛 箪 」 らは ナ ポ レオ ンが 発 明 させ た もの で す 。 特 に 新 しい発 明 に は賞 金 を惜 しみ な く与 え ま した。

こ う した うえ に 、 ナ ポ レオ ン は農 業 が 大 事 で あ り、 国 の 発 展 の基 盤 は農 業 に あ る と位 薗づ け ます 。 「農 業 、 そ れ は魂 で あ り、 帝 国 第一 の 基 礎 で あ る」 とい う

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の で す 。農 業 の 上 に 工 業 や 製 造 業 が あ り、 つ ぎ に 商 業 が あ る と し ま す 。 「 農 」 「 工 」

商 」 とい う順 番 をつ け た の で す8)

E1本 で も今 、 農 業 の 見 直 し と い う こ とが 盛 ん に い わ れ て お りま す。 日本 の場 合 は食 糧 自 給 率 が40パ ー セ ン ト位 しか あ りませ ん。 私 た ち は フ ラ ンス とい う と パ リ、 パ リが フ ラ ンス だ と思 っ て しま い ます が 、実 はパ リとい うのはあ る意味 で は フ ラ ンス で は な い の で す。 パ リか ら一 歩 外 に 出 ます と、 フ ラ ン ス は 大 農 業 地 帯 で す。 日本 の国 土 而 積 の1.5倍 くらい あ りま して 、 人 口 が 日本 の 約 半 分 で す 。

日本 の 人 口 は 約1億3千 万 人 、 フ ラ ン ス は約6千 万 人 で す。 日本 の 国 土 は ほ と ん どがLI」で す が 、 フ ラ ンス は大 部 分 が 平 地 で す 。 で す か ら 日本 とフ ラ ンス を農 地 利 用 とい う点 か ら比 べ る と段 違 い で す 。 食 糧 自給 率 で も フ ラ ンス は ほ ぼ100 パ ー セ ン トで す 。 む し ろ輸 出 して い る と言 っ て も過 言 で は あ り ませ ん 。 それ ほ

ど恵 まれ た 環 境 に あ る の で す 。 これ で も ナ ポ レオ ンは 、 「帝 国 第 一 の基 礎 は農 業 で あ る」 と力説 しま した 。

さ らに 、 ナ ポ レ オ ン は商 業 の発 展 を円 滑 に行 うた め に 、 い わ ゆ る 「イ ン フ ラ」

の 整 備 を は か ります 。 た と え ば道 路 を補 修 した り運 河 を 作 っ た り、 港 湾 を 整 え ま す。 商 業 発 展 の た め に必 要 な社 会 的 な 基 盤 整 備 を行 っ た の で す 。 そ う して ナ ポ レオ ン は完 全 雇 用 を達 成 しま す。 統 計 に よ り ます と、 フ ラ ン ス産 業 は ナ ポ レ

(10)

9)

オ ン の 時 代 に25パ ー セ ン ト成 長 した とい わ れ て お り ます 。 ナ ポ レオ ン は後 に誇

し  

ら しげ に、 「フ ラ ンス の 産 業 を 創 造 した の は 私 で あ る 」 と胸 を張 りま す。

第8に 、 「公 共 事業 の展 開 」 で す 。公 共 事 業 、 す な わ ち、 道 路 ・橋 を作 っ た り、

港 湾 を整 備 した り、 運 河 を開 い た り、 ま た 下 水 道 を設 け た りす る もの で す 。 ま た広 い意 味 で は 、 病 院 ・監 獄 とか い う もの の 改 善 を は か り ます 。 あ るデ ー タに よ る と、 ナ ポ レオ ン の 時 代14年 間 の 公 共 事 業 は、18世 紀100年 間 の そ れ を上 回 る、 とい う記 録 が あ りま す。 そ して 、 これ も一 種 の 公 共 事 業 とい え るか も しれ ませ ん が 、都 市 の整 備 、 美 化 に全 力 を あ げ る の で す 。

ナ ポ レオ ン は、 ギ リシ ャ ・ロー マ時 代 の 古 典 を読 み 漁 っ て お り ま した 。 ロー マ の 街 、 これ を世 界 で 最 も美 しい街 とナ ポ レオ ンは み て お り ま した 。 その た め 、 ナ ポ レ オ ン はパ リを ロー マ 以.ヒに美 しい 街 に し よ う とい う こ とで 、 パ リに記 念 碑 を建 て た り、 凱 旋 門 を作 ろ う と した り、 ヴ ァ ン ドー ム広 場 に戦 勝 の 記 念 柱 を

n)

建 て た り し ます 。 パ リを世 界 一 の 都 市 に す る とい うの が 、 彼 の 夢 で した。

ナ ポ レオ ンは 、 以 上 の よ うな事 業 を通 して 、 何 と言 っ て い た か と い い ま す と、

私 の政 策 は多 くの 人 々 が 望 む よ う に人 々 に奉 仕 す る こ とで あ る。 それ こそ が 人 民 主 権 の 何 た るか を 示 す 方 法 で あ る」、 と、 語 り ま した 。 す な わ ち、 フ ラ ンス 革 命 で は 「人 民 主 権 」、 「主 権 は 人 民 に あ る」 とい う こ とが さ け ば れ ま した。 この 人 民 主 権 は 一 体 何 を 意 味 す るか とい う と、 これ は 「多 くの 人 が 望 む よ うに 人 々 に奉 仕 す る こ とで あ る。 多 くの 人 々 の 期 待 に応 え る よ う に多 くの こ とを や って あ げ る こ とで あ る。 これ が 人 民 主 権 を 行使 す る とい う こ とで あ る」、 とナ ポ レオ

iz)

ン は言 っ て 、 今 、 の べ て きた よ うな さ ま ざ まな 事 業 を遂 行 して きた の で す 。 こ れ こそ 、 近 代 国 家形 成 の基 盤 に な る仕 事 だ っ た の で す 。

な お 、 こ こで は あ ま り触 れ られ ませ ん で した が 、 ナ ポ レ オ ン1世 は 、 エ ジ プ ト学 とい う学 問 を興 した り、 ル ー ブル 美 術 館 を整 備 した り、 チ ュ イ ル リー 宮 殿 を改 築 して 美 術 館 に た て か え た りと、 学 問 や 文 化 の発 展 に も大 き な寄 与 を して き た の で す 。

以 上 、 ナ ポ レオ ン が フ ラ ン ス 革 命 以 後 、 ど うい う こ とを や って 政 治 の 安 定 、 社 会 の 発 展 を期 した か 、 とい う こ とを述 べ て ま い り ま した が 、 これ だ けの 衷 業 を み て も お分 か りの よ う に、 彼 は 戦 争 を した 、 あ るい は独 裁 制 を しい た 、 とい うの は 、 あ くまで も一 つ の 側 面 で す 。 ナ ポ レ オ ン の 別 な面 は 、 そ う した 戦 争 と

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ナ ポ レオ ン帝 政 と近代 フラ ンス 国家 の形成 8S

か 独 裁 とか と い う側 面 よ り もは るか に大 き く、 世 の 中 を安 定 させ 、経 済 を大 き く発 展 させ た と こ ろに あ り ます 。 こち らの ほ うに彼 は全 力 を 注 い だ の で す。

ナポ レオ ンは フ ラ ンス 革命 の混 乱 の 中か ら大 き く飛 躍 し、 飛 翔 し、 そ して 「 の ナ ポ レオ ンが 」 と人 々 に 思 わ せ る よ うな 事 業 を次 ぎか ら次 ぎへ と行 っ て い っ た の で す。 しか も、彼 は子 ど も時 代 は病 弱 で した 。 その 病 弱 な ナ ポ レオ ン が青 年 か ら大 人 に な っ て い くに した が っ て 、 様 々 な仕 事 を して い くな か で 、 身 体 も だ ん だ ん と頑 健 に な っ て い き ます 。 フ ラ ン ス語 も話 せ な か っ た ナ ポ レオ ン は 、 書 物 を読 み 漁 り、 学 校 の成 績 は 良 くあ りませ ん で した が 、 勉 強 とい う面 で は誰 よ り も努 力 しま した 。 そ の 結 果 、 フ ラ ンス 人 以 上 に フ ラ ンス 語 を 上 手 に話 す よ う に な っ て い く。 また 、 フ ラ ン ス人 以 上 に フ ラ ンス とい う国 家 を愛 し、 フ ラ ン ス を近 代 国 家 に と した て あ げ て い き ます 。

ナ ポ レオ ン とい う人 を み て 、 意 外 だ と思 う こ とが3つ あ りま す。 一 つ は、 ナ ポ レ オ ンは 最 初 か ら偉 大 な 軍 人 や 政 治 家 で は な か っ た とい う こ と。 これ は じつ に意 外 で す 。 最 初 は苛 め られ っ子 で 、 目立 た な い 平 凡 な 軍 人 で した 。 二 つ に 、 ナ ポ レオ ンの 偉 大 な 業 績 は 何 百 年 、 何 千 年 もか けて 行 わ れ た わ け で は な か っ た とい う こ と。 わ ず か 十 数 年 間 の 仕 事 で あ っ た とい う こ とで す 。 これ はす ご い こ とだ と思 う ま す。 三 つ に 、 ナ ポ レオ ン を後 世 に まで 有 名 に して い るの は、 む し ろ戦 闘 や 独 裁 とい う こ と よ りも、 彼 の 前 述 した 数 々 の政 治 ・社 会 ・文 化 的業 績 が 後 々 まで 彼 の名 前 を残 して い っ た とい う こ とで す 。 この 点 を強 調 して お きた い と思 い ます 。 ナ ポ レ オ ン を単 な る軍 人 、 独 裁 者 と して 見 る見 方 は 誤 解 を招 く とい っ て よ い で し ょ う。 新 しい視 点 が 必 要 な の で す 。 そ れ は、 ナ ポ レオ ン1世 の 数 々 の 業 績 こそ 、 近 代 フ ラ ン ス 国 家形 成 の土 台 を築 い た とい え るの で す。

5.ナ ポ レオ ン1世 後 の 世 界

ナ ポ レオ ン1世 が イ ギ リス 、 プ ロシ ヤ との戦 争 に敗 れ 、 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 に 流 さ れ た あ と、 フ ラ ン ス の 政 治 は ど うな っ た の で し ょ うか 。 それ は 、 既 に知 ら れ て い る よ うに 王 政 が 復 活 した の で す。 復 古 王 政 、 七 月王 政 と続 き ます 。 だ が 、

フ ラ ンス 革 命 の残 した遺 産 は 消 え ず 、 再 び 王 政 が 倒 れ 、 共 和 政(第 二 共 和 政) が 誕 生 しま す。 しか し、 そ の 共 和 政 の 時 代 は短 く、1852年 に は帝 政(第 二 帝 政)

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が 出 現 し ます 。 この あ た りの 歴 史 の流 れ は、 絶 対 王 政 か らフ ラ ン ス革 命 、 第 一 共 和 政 、 そ して 第 一 帝 政 の誕 生 とい う過 程 と よ く似 て い ます 。 す な わ ち 、 フ ラ

ンス は 、王 政 、 共 和 政 、 帝 政 とい う政 治 体 制 の 変 化 を 同 じサ イ クル で 二 回 繰 り 返 す の で す 。

歴 史 の流 れ を な ぞ って み れ ば 、 以 上 の とお りで す が 、 しか し、 歴 史 を動 か す 主 体 は人 間 で あ る と い う観 点 か らみ る と、 この よ う な歴 史 の 歯 車 を 動 か す原 動 力 の ひ とつ に な っ て いた の は 、 ボ ナパ ル トー 族 で あ っ た とい う こ とが 見 て 取 れ ます 。 す な わ ち、 ボ ナパ ル ト家 の 再 興 を 願 うナ ポ レオ ン1世 の 甥 ル イ ・ナ ポ レ オ ン ・ボ ナ パ ル トの 意 思 が強 く動 い て い た の で す 。 何 と して も伯 父 で あ る ナ ポ レオ ン1世 の 夢 を再 現 して見 せ る。 帝 政 の 復 活 を 果 た す 、 との 彼 の 強 い執 念 が 歴 史 を大 き く動 か した の で す 。 そ して 、 そ れ は 実 現 し ま した 。1852年 、 フ ラ ン ス に第 二 帝 政 が 誕 生 した の で す 。

以 下 、 ナ ポ レオ ン1世 の夢 、 構 想 を再 現 した男 、 ル イ ・ナ ポ レオ ン ・ボ ナ パ ル ト(後 の ナ ポ レオ ンIII世)の 生 涯 、 業 績 に話 を 移 して い くこ とに します 。

6.ナ ポ レ オ ン1世 の 目 標

ナ ポ レオ ン1世 の 目標 、 夢 、 大 志 とは 、 何 だ っ た の で し ょ うか 。 この 点 を確 認 して お き た い と思 い ま す。

第1に 、 「政 治 の 安 定 と経 済 の発 展 」 で す 。 フ ラン ス革 命 後 の 混 乱 した政 治 を 安 定 させ 、 経 済 を発 展 させ る。 それ を、 革 命 の理 念 に立 脚 した うえ で な し とげ る。 特 に ナ ポ レ オ ンの 前 に は 、 イ ギ リス が 立 ち は だ か っ て お りま した 。 イ ギ リ ス は 、17世 紀 に は す で に産 業 革 命 に 成 功 し、 稀 に み る経 済 的 な発 展 を とげ て お り ま した 。 フ ラ ンス は そ れ か ら遅 れ る こ と約100年 。 なん とか イ ギ リス の経 済発 展 に 追 い つ き追 い越 せ とい う こ とで 、 ナ ポ レオ ン1世 は全 力 を あ げ るわ けで す 。 そ れ を彼 は フ ラ ン ス の政 治 を安 定 させ た う えで 行 な い 、 フ ラ ンス を近 代 的 な 国 民 国 家 へ と完 成 させ て い こ う とす る の で す 。 これ が ナ ポ レオ ン1世 の 第1の 標 で した 。

第2に 、 「ヨー ロ ッパ の 統 一 」 で す 。 ナ ポ レオ ン1世 に は 、子 供 の 頃 、 フ ラ ン ス語 が で き な い とい う コ ン プ レ ッ ク スが あ り、 そ れ だ け に彼 は図 書 館 に閉 じ こ

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ナ ポ レオ ン帝 政 と近 代 フ ラ ンス国 家 の形 成 87

も6て 古 今 東 西 の 、 特 に 古 典 を 読 み 漁 る の で した 。 そ の 結 果 ナ ポ レ オ ン に は 、 ハ ン ニ バ ル 、 ジ ュ リ ア ス ・シ ー ザ ー 、 ア レ キ サ ン ダ ー 、 フ リ ー ド リ ッ ヒ大 王 の こ と が 脳 裏 に 焼 き つ き ま す 。 こ れ ら の 人 々 は 、 言 う ま で も な く、 世 界 的 な 英 雄 で あ り、 世 界 を 一 つ に 統 一 し よ う と し た 人 た ち で し た 。 そ う し た 先 人 の 理 想 を 受 け 継 い で 、 ナ ポ レ オ ン1世 は 、 「ヨ ー ロ ッ パ が こ の よ う に 小 さ な 国 に 分 か れ て い て は 何 も偉 大 な こ と は で き な い 。 ヨ ー ロ ッ パ は 一 つ に な る べ き だ 。 一 つ の ヨ ー

ia)

ロ ッパ 帝 国 をつ く らな け れ ば な ら な い」、 こ う い う理 想 を抱 くよ うに な って ま い ります 。 彼 の 言 葉 を 聞 き ま す と、 た とえ ば 次 ぎ の よ う に言 っ て お りま す 。

私 は後 世 を 目指 して の み 生 きて い ます、基 礎 を築 くた め に努 力 して い ます 。 私 は一 つ の立 派 な 行 政 組 織 を打 ち立 て た い の で す 。 私 は確 信 して い ます が 、

14)

必 ず いつ の 日に か 、 『西 洋 帝 国』が ふ た た び生 まれ るの が 見 られ るで しょ う。」

こ の よ う に ナ ポ レオ ン は西 洋 帝 国 の建 設 とい う こ と を言 うの で す 。 また 彼 は 次 ぎの よ うに 言 い ます 。

私 は も っ と高 い思 想 に あ こが れ て いた 。私 は国内の諸 々の党派 を融和 させ て い た の と同 じ様 に、 ヨー ロ ッパ の諸 国 の 大 きな 利 害 の融 和 を準 備 しよ う

is>

と思 っ て い た 。」

ナ ポ レ オ ン は フ ラ ン ス 国 内 の い ろ い ろ な 党 派 を 融 和 さ せ 、 一 つ の 国 家 と し て ま と め よ う と し ま し た 。 そ れ と1司じ よ う に ヨ ー ロ ッ パ の い ろ い ろ な 国 々 を 統 一 し、 一 つ の ヨ ー ロ ッ パ と し て ま と め た い と い う理 想 を も っ て い た の で す 。 そ の ヨ ー ロ ッ パ に お い て 共 通 の 通 貨 、 共 通 の 度 量 衡 、 共 通 の 言 語 、 そ う い う も の が 用 い ら れ る な ら ば 、 ヨ ー ロ ッ パ は さ ら に 発 展 す る で あ ろ う と い う考 え を 懐 い て お り ま し た 。

ヨ ー ロ ッパ の 統 一 と い う 考 え 方 は 、 古 くは ジ ュ リ ア ス ・シ ー ザ ー の 時 代 に ロ ー マ 帝 国 が ヨ ー ロ ッ パ と い う地 域 を 手 中 に 収 め た 頃 か ら あ り 、 そ の 後 も 、 何 か の 折 に ヨ ー ロ ッパ を 一 つ の 国 家 に 、 と い う 理 想 は 消 え て は 現 わ れ 、 現 わ れ て は 消 え た り して お り ま した 。 ナ ポ レオ ン1世 も そ の 構 想 を 懐 い て い た 一 人 で し て 、 ヨ ー ロ ッ パ の 統 一 と い う こ と を 念 願 に して い ま し た 。

以 来 約200年 経 ち 、EUと い う ヨ ー ロ ッ パ 連 合 が 、27力 国 か ら な る 一 つ の 共 同 体 組 織 と して 完 成 しつ つ あ る こ と を 考 え る と 、 ナ ポ レ オ ン た ち の 夢 が 、 今 実 現

し よ う と して い る と い う思 い を 深 く致 し ま す 。

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第3に 、 ヨー ロ ッパ の統 一 だ け に と どま らず、 「東 西 両 文 明 の 融 合 」 とい う こ とを が あ げ られ ます 。 ア レ キ サ ン ダー 大 王 が 西 洋 と東 洋 の統 合 を な そ う と した よ うに 、 ナ ポ レオ ン1世 も ヨ ー ロ ッパ を統 一 した後 、 東 洋 と西 洋 を結 び つ け よ う とい う壮 大 な 計 画 を 練 っ て い た の で す。 この 点 に つ い て 、彼 の 言 葉 を 引 用 い た し ます と、 次 の よ うな も の が あ りま す。

「この ち っぽ け な ヨ ー ロ ッパ で は た い した 栄 光 は期 待 で きな い 。オ リエ ン ト

 の

に行 か な けれ ば い け な い。 オ リエ ン トこ そ、 あ らゆ る栄 光 の 源 泉 だ 。 ナ ポ レオ ンが い う 「オ リエ ン ト」 とは 、 現 在 で い え ば 中近 東 あ た りの こ とで あ ります が 、 彼 の 意 図 の な か に は 中近 東 を 越 え て 、 さ らに イ ン ド、 中 国 へ の道 とい う もの が あ っ た の で す 。 ナ ポ レオ ンは 、 セ ン ト ・ヘ レナ 島 に流 され て い た 時 、 お 付 きの 者 に 自分 の 人 生 の これ ま で を 振 り返 っ て 話 を い た しま す 。 そ の お 付 きの 人 は ナ ポ レオ ンの 話 を い わ ゆ る 口述 筆 記 して 残 しま す 。 そ の な か に次 ぎ の よ うな箇 所 が あ り ます 。

皇 帝 は 、特 にアジアに注 意を向 けられた。 ロシアの政 治状況や、 同国がイ ン ドや 中 国 に まで 企 て る こ との 容 易 さ。 そ れ に 関 して イ ギ リス 人 が 抱 い て い る に ち が い な い 不 安 。(中 略)皇 帝 は、 これ らの 点 の ほ とん どに関 し、 き

n)

わ め て貴 重 な詳 述 を加 え られ た 。」

この よ うに ナ ポ レオ ン に は、 オ リエ ン トか らイ ン ドへ 、 イ ン ドか ら中 国 へ と、

アジ アへ の 思 い を は せ る の で す 。 そ して 、 ア ジ ア と、 ヨー ロ ッパ を 結 び つ け る とい う構 想 を懐 くの で す。 また 付 き人 の 証 言 を 聞 い て み ま し ょ う。

っ い で 皇 帝 は、 そのシ リア遠征 に触れ、 そ してエ ジプ ト遠征 の主要 な 目的 と して 、 オ リエ ン トの全 局 面 を変 えイ ン ドに 新 しい 運 命 を与 え うる 革 命 を 導 きつ つ 、 世 界 の4つ の 部 分 で の イ ギ リス の 勢 力 を くじ く とい う こ とに 置

IS) か れ た 。」

こ の よ う に ナ ポ レ オ ン1世 は シ リ ア か ら エ ジ プ トへ と 思 い を 馳 せ ま す 。 そ の 目 的 は 何 か 。 エ ジ プ トの 先 に あ る イ ン ド ・中 国 、 こ う し た ア ジ ア の 地 域 と ヨ ー ロ ッパ を イ ギ リ ス に 先 駆 け て 結 び つ け る 。 こ う い う構 想 を 彼 は も っ て い た と、

セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 で 語 っ て い る の で す 。

こ の よ う に 「ナ ポ レ オ ン1世 の 目標 」 は 、 フ ラ ン ス の 政 治 の 安 定 と経 済 の 発

展 、 ま た 、 フ ラ ン ス ー 国 の こ と だ け で は な く ヨ ー ロ ッ パ の 統 一 、 さ ら に 、 ヨ ー

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ナ ポ レオ ン帝政 と近 代 フ ラン ス国 家 の形 成 89

ロ ッパ の こ と だ け で は な く、 東 西 両 文 明 を 融 合 さ せ る と い う 、 壮 大 な 夢 と も い うべ き も の と結 び 付 い て い た の で す 。

ナ ポ レ オ ン1世 は 、 ワ ー テ ル ロ ー の 戦 い に 破 れ 、 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 に 流 さ れ て か ら が 凄 い の で す 。 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 と い う 大 西 洋 の 絶 海 の 孤 島 で 、 イ ギ リ ス 軍 の 監 視 下 に 置 か れ ま す 。 そ れ で ナ ポ レ オ ン1世 は す べ て 負 け た わ け で は あ

り ま せ ん で し た 。 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 に 流 さ れ る 船 上 か ら 、 彼 は 自 分 自 身 の こ れ ま で の 人 生 を 振 り返 っ て 、 こ れ ま で 自 分 が や っ て き た こ と を 記 述 し 始 め ま す 。 そ し て 、 こ れ か ら 自 分 が や ろ う と す る 計 画 も語 っ て い く。 そ れ を ナ ポ レ オ ン の 付 き 人 、 ラ ス ・カ ー ズ と い う 人 が 、 筆 記 す る の で す 。 そ れ は 、 す ぐ に 本 に な っ て あ ら わ れ ま す 。 『セ ン トeヘ レ ナ 覚 書 』 と い う本 で す 。 ナ ポ レ オ ン が セ ン ト・

ヘ レ ナ に 流 さ れ て い る 時 か ら 、 そ の 本 は フ ラ ン ス や ヨ ー ロ ッ パ に 出 回 っ て い き ま す 。 そ れ を 読 ん だ 多 くの 人 は 、 「 ナ ポ レ オ ン は こ ん な こ と を 考 え て い た の か 」、

「こ の よ う な 理 想 を 懐 い て い た の か 」 と理 解 し

、 そ れ は や が て ナ ポ レ オ ン へ の 共 感 に 変 わ っ て い き ま す 。

こ の 『セ ン ト=ヘ レ ナ 覚 書 』 と い う 本 が べ 一 ス と な っ て 、 や が て 「 ナ ポ レ オ ン 伝 説 」 と い う も の が 生 ま れ ま す 。 そ して19世 紀 は 、 こ の 「ナ ポ レ オ ン 伝 説 」 が 全 ヨ ー ロ ッ パ に 広 ま り ま し て 、 特 に ス タ ン ダ ー ル とか ヴ ィ ク トル ・ユ ゴ ー と か 、 い う人 た ち が ナ ポ レ オ ン を 恋 い 慕 う の で す 。 「ナ ポ レ オ ン は 凄 か っ た 」、 「ナ ポ レ オ ン は 偉 大 で あ っ た 」、 「 ナ ポ レ オ ン は ロ マ ン で あ っ た 」 と絶 賛 し ま す 。 文 豪 た ち は ナ ポ レ オ ン を 偲 び 、 彼 を テ ー マ に 文 学 作 品 を 書 い て い き ま す 。 そ れ が 19世 紀 中 に 「ナ ポ レ オ ン 伝 説 」 に 輪 を か け 「 ナ ポ レ オ ン 、 恋 しや 」 との 人 々 の 気 分 を 高 揚 さ せ て い く の で す 。 こ う し た 時 代 の 気 風 が 、 後 に お 話 す る ナ ポ レ オ ンm世 の 台 頭 に 大 き な 影 響 を 与 え て ま い り ま す 。 強 い 基 盤 に な っ て い くの で す 。

こ う考 え る と 、 ナ ポ レ オ ン1世 の 戦 に は 刮 目 す べ き も の が あ り ま す 。 セ ン ト・

ヘ レ ナ 島 に 流 さ れ る ま で の 彼 の 戦 い に も 凄 い も の が あ り ま した が 、 流 され て か ら も な お す さ ま じ い 。 彼 は 、 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島 で じ っ と し て い た わ け で は な く、

口 述 筆 記 で 本 を 編 み 出 し、 そ れ を フ ラ ン ス を は じ め 全 ヨ ー ロ ッパ に 広 め て い く。

そ して 、 自分 の 思 想 で 世 界 を 席 巻 して い く。 こ う い う 戦 い を 展 開 し た の で す 。

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7.ナ ポ レ オ ン1世 の 遺 訓

こ う した な か で ナ ポ レ オ ン1世 が 後 世 の 人 に 残 した 遺 訓 、 と くに 自分 の後 を 継 ぐ人 の た め に ど う い う遺 訓 を託 した の か 。 これ に は、 大 き く3つ あ りま す 。

19)

第1に 、 「未 来 は知 性 で あ り、産 業 で あ り、 平 和 で あ る」 とい う こ とで す 。 こ れ は有 名 な 言 葉 で す 。 ナ ポ レオ ン1世 は、 確 か に 自分 の 時 代 は戦 争 で あ っ た 。 戦 い で あ っ た。 しか し、 これ か らの 時 代 とい うの は、 知 性 で あ り、 す な わ ち 学 問 で あ り、 文 化 で あ り、 そ して 産 業 で あ り、経 済 で あ り、 また 平 和 で あ る と。

これ が ナ ポ レオ ン1世 の 残 した第1の 遺 訓 で す 。 これ か ら は戦 争 を して は い け な い。 これ か ら大 事 な こ とは 知 性 で あ り、 学 問 が 大 事 で あ る。 また 産 業 を興 し て い く経 済 とい う も のが 人 間 の 生 活 の 一 切 の基 盤 で あ る。 そ して平 和 で あ る。

平 和 で あ る とい う こ とが 、 経 済 を発 展 させ る た め に も、学 問 を興 して い くた め に も不 可 決 の要 件 で あ る。 自分 の跡 を継 ぐ者 は 、 これ を 一 つ の大 き な命 題 にせ よ と、 ナ ポ レオ ン は遺 言 します 。

第2に 、 「イ ギ リス とは戦 わ な い 」 「イ ギ リス を敵 に して は い けな い」 と い う

こ と で す 。 ナ ポ レ オ ン の 生 涯 は 、 あ る 意 味 で は イ ギ リ ス との 競 争 で し た 。 イ ギ リ ス と の 戦 争 で した 。 イ ギ リ ス と の 覇 権 争 い で し た 。 イ ギ リ ス に 何 と し て も 負 け た くな い 。 イ ギ リ ス に 追 い つ き 追 い 越 し た い 。 こ れ が ナ ポ レ オ ン の 目 標 で し た 。 最 後 は 、 イ ギ リ ス に 、 ワ ー テ ル ロ ー の 戦 い で あ の ウ ェ リ ン トン 将 軍 に 敗 れ て し ま い ま す 。 ナ ポ レ オ ン は そ の 教 訓 か ら 、 「イ ギ リ ス と 戦 っ て は い け な い 」、

「 イ ギ リス は 絶 対 に 敵 に し て は い け な い 」、 とい うの で す。 彼 は次 ぎ の よ うに言 っ て お り ま す 。

「イ ギ リ ス と仲 よ くや っ て い く た め に は 、 どん な代 償 を 払 って もイ ギ リス の 商 業 上 の 利 益 を 促 進 し な け れ ば な ら な い 。 こ の 必 然 か ら は2つ の 結 果 が 出 て く る 、 す な わ ち 、 イ ギ リ ス と戦 う か 、 で な け れ ば 世 界 の 通 商 を イ ギ リ ス

'ti)

と共 有 す るか 。 今E1可 能 な の は この第2の 条 件 の み で あ る。」

これ か らの 時 代 は 、 イ ギ リス と通 商 上 の 利 益 を分 け合 わ な けれ ば な ら な い。

イ ギ リス と戦 うか 、 それ と も世 界 の通 商 を イ ギ リス と共 有 す るか 、 ど ち らか で あ る。 可 能 な の は イ ギ リス と通 商 上 の利 益 を共 有 す る こ とで あ る。 イ ギ リス と は共 存 す る。 これ が ナ ポ レオ ン1世 の2番 目 の遺 訓 で した 。

(17)

ナ ポ レオ ン帝政 と近 代 フ ラン ス国 家 の形 成 9i

第3番 に 、 「革 命 の原 理 を 守 れ 」 とい うこ とで す 。 フ ラ ンス 革 命 の原 理 で あ る

「自由 」 「平 等 」 「友 愛 」 「人 権 」、 この4つ を守 らな け れ ば い け な い とナ ポ レオ ン 1世 は強 調 す る の で す 。 彼 の 言 葉 を 引用 す る と、 次 ぎ の よ う に な ります 。

私 は死 に瀕 しつ つ あ っ た 革 命 を救 い、 革 命 の 罪悪 を 洗 い清 め 、 栄 光 に輝 く もの と して 革 命 を世 界 に 示 した。 私 は、 フ ラ ンス と ヨー ロ ッパ と に新 しい 思 想 を植 え つ け た 。 そ れ らの 思 想 は 到 底 あ とへ は 戻 らな い で あ ろ う。 私 の

'L't)

息 子 は 私 が 蒔 い た 一 切 の もの を花 咲 か せ ん こ と を。」

す な わ ち 、 「私 の 息 子 よ、 私 の 跡 を継 ぐ者 よ。 この革 命 の 原 理 、 そ して革 命 が もた ら した様 々 な罪 悪 を私 は 全 部 洗 い 清 め 、 守 っ た の だ 。 この フ ラ ンス 革 命 の 原 理 とい う もの は 、 これ か らの 時 代 の潮 流 で あ り、 絶 対 に後 戻 りさせ て は な ら な い」。 王 政 を復 活 させ た り、 封 建 制 度 を再 び 蘇 らせ た り、 人 権 を無 視 した り、

そ う い う こ とを して は な らな い 。 フ ラ ンス 革 命 の原 理 とい う もの を絶 対 に 守 っ て い け と、 ナ ポ レオ ン1世 は厳 命 す る の で す 。

ナ ポ レオ ン1世 の遺 訓 は い ろい ろ あ り ます が 、 主 要 な も の は この3つ で す 。 これ を後 に、 甥 の ナ ポ レオ ンIII世が 受 け継 いで い くこ と にな りま す。 「これ か ら の 時 代 は知 性 で あ り、産 業 で あ り、 平 和 で あ る」、 「イ ギ リス と は戦 っ て は い け な い 」、 そ して 「革 命 の原 理 を後 退 させ て は な らな い」 と、 ナ ポ レオ ン1世 は残 す の で す 。

な お 、 ナ ポ レオ ン1世 の 遺 訓 で 、 興 味 深 い もの を、 あ と3点 、 紹 介 して お き ま し ょ う。

第1に 、 「英語 を学 ば な けれ ば い け な い」 とい う こ とで す 。 ナ ポ レオ ンi世 は 、

英 語 を学 べ 」 とい う こ とを 強調 します。 彼 は セ ン ト ・ヘ レ ナ島 に流 さ れ て 、 そ こで 自分 の 人 生 を 見 つ め直 し考 え直 します が 、 そ の な か で 彼 は 「英 語 を学 ば な けれ ば い け な い」 と い う こ と を痛 感 します 。

ナ ポ レオ ン1世 は 、 ブ リエ ン ヌ の幼 年 学 校 時 代 、 陸 軍 士 官 学 校 時 代 、 青 年 期 を通 じて 懸 命 に勉 強 を しま す 。 特 に数 学 と地 理 は得 意 で した 。 しか し、 た だ や らな か っ た こ とは 英語 、 これ を学 ば なか った の で す 。 と言 い ます の は 、彼 に とっ て は、 ま ず 、 フ ラ ンス 語 を も の に す る こ とが第1で した し、 ま た、 当 時 、16世 紀 、17世 紀 、18世 紀 の 時 代 は ヨ ー ロ ッパ にお い て は フ ラ ン ス語 が公 用 語 と言 っ て も良 い く ら い、 フ ラ ン ス語 が 外 交 用 語 に な っ て お りま した。 フ ラ ンス 語 が 中

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心 だ っ た の で す 。 した が っ て 、 英 語 な ど は、 イ ギ リス 人 が 話 す 、 ち っ ぽ け な 島 国 の 言 語 で しか な か っ た の で す 。 で す か ら、 ナ ポ レオ ン1世 が その 絶 頂 期 を極 め て いた と き は英 語 を勉 強 し よ うな ど とは夢 に も考 え て お りま せ ん で した 。

しか し、 イ ギ リス と戦 っ て 、 イ ギ リス に敗 れ て 、 そ して セ ン ト ・ヘ レナ 島 に 流 され て 、 これ か らの 時 代 の 行 く末 を考 え る と、彼 は 「これ か らは英 語 で あ る」、

英 語 を 学 ば な け れ ば い け な い 」 とい うこ とに気 が つ き ます 。 その ことを 『セ ン ト=ヘ レナ 覚 書 』 か ら引用 して み ます 。

皇 帝 は、 きわめて規 則的に、 ご自分 の仕事 にかか って お られた。 英語 は彼

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に と っ て 重 要 な 事 柄 に な っ て い た 。」1816年1月28日 の 日 記 で す 。 ま た1月16日 付 け の 日 記 に は 、 ナ ポ レ オ ン が 次 ぎ の よ う に 言 っ た と書 か れ て お り ま す 。

「 皇 帝 は 、 不 意 に 、 英 語 が ま だ 読 め な い の は 恥 ず か し い 、 と 言 わ れ た 。(中

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略)数 学 は皇 帝 が とて もお 好 きな 領 域 で あ り、 お得 意 その もの で あ る。 さ らに1816年1月17日 の 日記 に は 、

今 日、皇帝 は最初 の英語の レッス ンを受 けられた。私 の第一 の 目的 は、彼

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(ナポ レオ ン)に 新 聞 を す みや か に読 め る よ う にな って い た だ く」こ とで あ っ た 、 と書 か れ て あ り ます 。 セ ン ト ・ヘ レナ 島 に流 され た と き、 ナ ポ レオ ン 1世 は、 「これ か らの 時 代 は 英 語 で あ る」、 「英 語 が で きな けれ ば だ め だ」、

と痛 切 に感 じ るの で す 。

第2に 、 「中 国 が 動 く時 、 世 界 は変 わ る」、 とナ ポ レオ ン1世 が 認 識 して い た こ とで す 。 人 類 の 文 明 は 、 い わ ゆ る黄 河 文 明 とか イ ン ダス 文 明 とか ナ イ ル 文 明 とか が あ ります が 、 中 国文 明 が もた ら した も の は非 常 に 大 き い も ので す。 火 薬 、 文 字 、 印 刷 術 、 羅 針 盤 を発 明 した の が 中 国 な の は有 名 な 話 で す 。 中 国 は も と も

と人 類 の 文 明 発 祥 の 重 要 な 地 だ っ た の で す 。

そ の後 中国 は 、 ヨ ー ロ ッパ の発 展 に遅 れ 、 近 代 に お いて は ヨー ロ ッパ 諸 国 に 攻 め られ て 、 「眠 れ る獅 子 」 と言 われ た清 国 が 敗 れ た り しま した 。 しか し、 も と も とは 、 中国 は 人 類 の 文 化 ・文 明 の 先 駆 を切 っ て い た の で す。 ナ ポ レオ ン1世 は、 古 今 東 西 の 文 献 を読 み 、 イ ン ド ・中 国 の 潜 在 力 を 見 ぬ い て い ま した 。 そ れ だ け に彼 は 、 「中 国 を 眠 らせ て お け。 目を 覚 ま した ら世 界 を震 憾 させ る はず だ か

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ら」 とい っ て お りま した 。 彼 は、 中 国 が世 界 を動 か す 時 が 再 び くる こ と を予 見

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