「文藝と思想」第 79 号 2015 年 2 月 (1) ~ (21) 頁
明治期日欧言語交流史の一研究
― 西山義行編『英和袖珍字彙』における訳語収載状況をめぐって ―
坂 本 浩 一
はじめに 近代日本語語彙において明治期に広まった漢語語彙の研究は重要な課題の 一つである。そして、当代の漢語の動向をうかがう上で、とりわけ対訳辞書・ 語彙集の資料群は貴重な情報を与えてくれる。 本稿は、坂本(2014)において研究対象とした『英和小字彙』の編者が先 行して出版している『英和袖珍字彙』を主たる調査対象資料として、当代に おける漢語語彙の分析考察を図るものである。 1 調査対象資料 1-1 『英和袖珍字彙』 所謂第二次英学書ブーム期において、西山義行は対訳辞書二種の編纂を手 がけている(注1) 。まず『英和袖珍字彙』が明治17年3月に刊行され、次いで 『英和小字彙』が20年5月に刊行されるといった具合である(注2) 。 近代デジタルライブラリーに公開するところでは、序文らしきものはなく 「FRAGS OF NATIONS クニグニノハタ」と題する1頁が最初に付されてい る。左上に「ニツポンノミカドノ」として日本の旗が挙げられたあと、全部 で24種が掲出される。この付録のもととなるものは定かではないが、西山義 行が明治18年に訳者として刊行する『万国史直訳』に記述される「エジプト」 「ギリシア」「イタリア」などの「クニノハタ」も含まれており、国際色を演出するものとして興味深い。
近代デジタルライブラリーにおいて公開されている『英和袖珍字彙』の辞書 本体部分は638頁、およそ3万弱の項目を抱える英和対訳の辞書資料である。 この本体部分のあと、44頁ほどにわたって付録として「不規則動詞表(TABLE OF IRREGULAR VERBS)」、「略語解(ABBREVIATIONS EXPLAINED)」、「象
形記号之解(ARBITRARY SIGNS)」、「略語之解(EXPLANATION OF
ABBRE-VIATIONS)」が掲載されている。『英和小字彙』は辞書本体部分358頁およそ 1万9千項目強、付録は「不規則動詞之表(LIST OF IRREGULAR VERBS)」 のみである。項目収載規模、付録の充実ぶりは『英和袖珍字彙』が『英和小 字彙』を凌いでいるように見える。 ただし、後に述べるように前者はカナ表示、後者は漢字表示を旨とするな どの相違点があり、語彙的な情報量についてみればその差において項目数ほ どの開きを感じさせない趣きがある。 1-2 『英和小字彙』との関係 坂本(2014)で扱った『英和小字彙』は英語見出しに対して漢字表示を基 本として対応する訳語を掲出して行く体裁をとるが、時期的に先行する『英 和袖珍字彙』はカタカナ表示で訳語記述を行っている。このことは、あたか も幕末期から明治初期にかけての対訳辞書における成長ぶりを見ているかの ようでもあり、注目できるところである。 例えば、両資料の「Society」の項目についての訳語記述部分を見てみると、 次のとおりである。 ◎【英和袖珍字彙】 ケウダイノヨシミ マジワリ カウサイ シヤチウ ◎【英和小字彙】 社会 公衆 つまり『英和袖珍字彙』は、「ケウダイノヨシミ」と句による説明的記述が 先んじて掲出され、語の掲出にしてもまず和語の「マジワリ」から挙げられる というような編集方針が明らかに見出せる。「カウサイ」・「シヤチウ」といっ た維新を感じさせはするものの幾分色褪せてきた漢語が挙げられる。しかも それは項目記述では後回しの下方に据え置かれるといった具合なのである。 一方で『英和小字彙』においては、「社会」・「公衆」と新時代の漢語と呼ぶ
べき語形がしっかりと掲出されている。 三年ほどの刊行時期の時間の流れが、同一編者においてかくも印象的な対 照をもたらすものかとも思えるほどに、この箇所については両書の違いが際 立っている。 句から語への訳語の成長は幕末維新期の対訳辞書世界においてしばしば観 察されることであるが、同一編者が三年という近接した期間においてその動 きを示したことは、当代を象徴する出来事であったと言える。こうした現象 の発現に大いに関心を寄せながら、果たして同一人が編者として関与した二 つの辞書においてどのような差異が、あるいは類似が見出せるものか、探っ て行きたいと思う。 2 調査方法 当代対訳辞書を対象として、これまでに積み重ねてきたデータとの照合分 析を行うため同様の調査方法を採用する。すなわち、『英語節用集』中の二字 漢字表記語と対応する477の英語見出し項目について『英和袖珍字彙』の立 項状況、また立項されている場合にはその収載掲出の有様を調査する(注3) 。 そうして得られたデータを当代明治期の対訳辞書群及び現代国語辞書のデー タを交えて対照しながら検討を加えることとする。 3 調査データの概要 主資料である『英和袖珍字彙』のデータに『英和小字彙』、『英語節用集』 のほか、比較対照するために以下の諸資料のデータを合わせて表1として示 す(注4) 。 ◎【第一次英学書ブーム期の対訳辞書資料】 『英和掌中字典』(明治6) ◎【第二次英学書ブーム期の対訳辞書資料】 『華英字典』(明治14)・『新撰初学英和辞書』(明治18)・『写真石版附音挿 図英和字彙』(明治18)・『英和小字彙』(明治20)
◎【明治20年代集成的大型対訳辞書資料】 『漢英対照いろは辞典』(明治21)・『漢語英訳辞典』(明治22~25)。 ◎【現代国語辞書資料】 『岩波国語辞典7版』(平成24)。 〔○〕型について見てみると、第二次英学書ブーム期における『英和袖珍字 彙』27.0%の数値は、中国系対訳辞書『華英字典』14.5%を上回っている。こ のことは、日本における対訳辞書刊行の初期段階において中国で先行して英 語ー中国語の対訳関係を漢字文化圏の利点を活かして中国語部分を漢字列の まま、あるいは訓読しながら便利に取り込んだ状況からの脱却を示すものと 考えてよいだろう。 一方で『新撰初学英和辞書』、『英和小字彙』の30.2%に及ばない点は、興 味深い。とりわけ『英和小字彙』は同一編者の成したものであるが、ここで の数値の差異にはどのような意味が見いだされようか。先にふれたように 『英和袖珍字彙』が見出しの英語に対するカナ書きによる平易な和語による 説明的態度であるのに対して、『英和小字彙』は漢字表記の対訳語掲出のスタ イルを採っている。その違いが漢語掲出において『英和袖珍字彙』の数値が 低くなった主因と見られる。 また、『英和小字彙』の編集方針として次の表示があることも考えあわせる べきであろう。
ALL THE WURDS OF THE MOST FREQUENT RECURRENCE IN
READERS, SCHOOL HISTORIES, etc., SO SELECTED AS TO MEET
THE WANTS OF OUR YOUNG BEGINNERS.
つまり、学校における英語学習の場面での英文和訳等においては日本語文 で訳文を作成することが求められることが当然必須となる。一方で『英和袖 珍字彙』の編者の言は特に示されていないが、カナ書きによる説明的記述は、 訳文を作成する段にいたる前の英語文章の読習者の個人内的な理解をのみ目 的としたものと考えて良いのではないか。 適切な訳語による訳文の作成を目指す上では、当時の欧文訓読方式が外語 単語に逐次的に漢語を与えて漢文訓読体で仕上げることが多かったことか ら、やはり冗漫な和語要素よりも漢語を対訳語として掲出する辞書が購入層 の学生らの要望に適うものであったと考える。 文意を個人内で読み解いていくだけであれば、生硬な漢語よりは和語を多
表1 宗哲 学術 宗応 人官 政法 政応 堂処 年歴 計 『 英 語 節 用 集 』 明 17 各所収部所属全項目数 135 61 284 160 123 93 40 18 914 上記各項目数の全体内比率 14.8% 6.7% 31.1% 17.5% 13.5% 10.2% 4.4% 2.0% 100.0% 各所収部内の二字漢字表 記語数 3 8 250 65 55 72 14 10 477 上記二字漢字表記語の当 該所収部内における比率 2.2% 13.1% 88.0% 40.6% 44.7% 77.4% 35.0% 55.6% 52.2% 第一次英学書ブーム期 『英和掌中字典』明 6 対応する〔〇型〕項目数 1 5 65 15 6 2 3 3 100 対応する〔〇型〕の二字 漢字表記語内比率 33.3% 62.5% 26.0% 23.1% 10.9% 2.8% 21.4% 30.0% 21.0% 対応する〔△型〕項目数 0 3 141 35 27 54 8 4 275 対応する〔△型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 37.5% 56.4% 53.8% 49.1% 75.0% 57.1% 40.0% 57.7% 対応する〔-型〕項目数 2 0 44 15 22 16 3 3 102 対応する〔-型〕の二字 漢字表記語内比率 66.7% 0.0% 17.6% 23.1% 40.0% 22.2% 21.4% 30.0% 21.4% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 第二次英学書ブーム期 『華英字典』明 14 対応する〔〇型〕項目数 1 5 35 13 5 6 2 2 69 対応する〔〇型〕の二字 漢字表記語内比率 33.3% 62.5% 14.0% 20.0% 9.1% 8.3% 14.3% 20.0% 14.5% 対応する〔△型〕項目数 0 2 151 37 21 40 9 4 264 対応する〔△型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 25.0% 60.4% 56.9% 38.2% 55.6% 64.3% 40.0% 55.3% 対応する〔-型〕項目数 2 1 64 15 29 26 3 4 144 対応する〔-型〕の二字 漢字表記語内比率 66.7% 12.5% 25.6% 23.1% 52.7% 36.1% 21.4% 40.0% 30.2% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 『英和袖珍字彙』明 17 対応する〔〇型〕項目数 1 5 79 19 14 4 4 3 129 対応する〔〇型〕の二字 漢字表記語内比率 33.3% 62.5% 31.6% 29.2% 25.5% 5.6% 28.6% 30.0% 27.0% 対応する〔△型〕項目数 0 3 131 34 24 54 7 4 257 対応する〔△型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 37.5% 52.4% 52.3% 43.6% 75.0% 50.0% 40.0% 53.9% 対応する〔-型〕項目数 2 0 40 12 17 14 3 3 91 対応する〔-型〕の二字 漢字表記語内比率 66.7% 0.0% 16.0% 18.5% 30.9% 19.4% 21.4% 30.0% 19.1% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 『新撰初学英和辞書』明 18 対応する〔〇型〕項目数 0 7 74 19 13 19 7 5 144 対応する〔〇型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 87.5% 29.6% 29.2% 23.6% 26.4% 50.0% 50.0% 30.2% 対応する〔△型〕項目数 0 0 121 28 16 37 3 2 207 対応する〔△型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 0.0% 48.4% 43.1% 29.1% 51.4% 21.4% 20.0% 43.4% 対応する〔-型〕項目数 3 1 55 18 26 16 4 3 126 対応する〔-型〕の二字 漢字表記語内比率 100.0% 12.5% 22.0% 27.7% 47.3% 22.2% 28.6% 30.0% 26.4% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477
宗哲 学術 宗応 人官 政法 政応 堂処 年歴 計 第二次英学書ブーム期 『 写 真 石 版 附 音 挿 図 英 和 字 彙 』 明 18 対応する〔〇型〕項目数 0 6 84 25 18 17 6 3 159 対応する〔〇型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 75.0% 33.6% 38.5% 32.7% 23.6% 42.9% 30.0% 33.3% 対応する〔△型〕項目数 1 2 134 29 20 46 7 6 245 対応する〔△型〕の二字 漢字表記語内比率 33.3% 25.0% 53.6% 44.6% 36.4% 63.9% 50.0% 60.0% 51.4% 対応する〔-型〕項目数 2 0 32 11 17 9 1 1 73 対応する〔-型〕の二字 漢字表記語内比率 66.7% 0.0% 12.8% 16.9% 30.9% 12.5% 7.1% 10.0% 15.3% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 『英和小字彙』明 20 対応する〔〇型〕項目数 0 7 73 20 12 20 6 6 144 対応する〔〇型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 87.5% 29.2% 30.8% 21.8% 27.8% 42.9% 60.0% 30.2% 対応する〔△型〕項目数 0 0 121 27 17 37 4 2 208 対応する〔△型〕の二字 漢字表記語内比率 0.0% 0.0% 48.4% 41.5% 30.9% 51.4% 28.6% 20.0% 43.6% 対応する〔-型〕項目数 3 1 56 18 26 15 4 2 125 対応する〔-型〕の二字 漢字表記語内比率 100.0% 12.5% 22.4% 27.7% 47.3% 20.8% 28.6% 20.0% 26.2% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 明治 20年代大型集成的対訳辞書 『漢英対照いろは辞典』明 21 対応する立項〔〇型〕項 目数 2 6 194 52 45 54 10 9 372 対応する立項〔〇型〕の 二字漢字表記語内比率 66.7% 75.0% 77.6% 80.0% 81.8% 75.0% 71.4% 90.0% 78.0% 対応する不立項〔-型〕 項目数 1 2 56 13 10 18 4 1 105 対応する不立項〔-型〕 の二字漢字表記語内比率 33.3% 25.0% 22.4% 20.0% 18.2% 25.0% 28.6% 10.0% 22.0% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 『漢語英訳辞典』明 22~ 25 対応する立項〔〇型〕項 目数 2 6 193 46 41 51 10 10 359 対応する立項〔〇型〕の 二字漢字表記語内比率 66.7% 75.0% 77.2% 70.8% 74.5% 70.8% 71.4% 100.0% 75.3% 対応する不立項〔-型〕 項目数 1 2 57 19 14 21 4 0 118 対応する不立項〔-型〕 の二字漢字表記語内比率 33.3% 25.0% 22.8% 29.2% 25.5% 29.2% 28.6% 0.0% 24.7% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477 現代通用辞書 『岩波国語辞典 7版』平 24 対応する立項〔〇型〕項 目数 3 8 219 58 40 62 12 10 412 対応する立項〔〇型〕の 二字漢字表記語内比率 100.0% 100.0% 87.6% 89.2% 72.7% 86.1% 85.7% 100.0% 86.4% 対応する不立項〔-型〕 項目数 0 0 31 7 15 10 2 0 65 対応する不立項〔-型〕 の二字漢字表記語内比率 0.0% 0.0% 12.4% 10.8% 27.3% 13.9% 14.3% 0.0% 13.6% 対応する二字漢字表記語 合計 3 8 250 65 55 72 14 10 477
く交えた『英和袖珍字彙』のような理解補助となる段に留まる対訳辞書で十 分であったはずである。 この違いが『英和小字彙』と『英和袖珍字彙』の数値の差異であったと解 釈したい。 なお、時期的には第二次英学書ブーム期に刊行されながら内実は第一次英 学書ブーム期のものと言ってよい『写真石版附音挿図英和字彙』が33.3%と 数値が高いのは、指標に用いた『英語節用集』あるいは『英語節用集』の成 立に強い影響を与えた『哲学字彙』との関係で追究されるべきものであるが、 その点については今後詳細を明らめたいと思う(注5) 。 4 収載対応型別の語彙リスト 以下に、明治17年『英和袖珍字彙』 ― 明治20年『英和小字彙』 ― 明治 22~25年『漢語英訳辞典』の三辞書資料との対照型別に整理することとす る(注6) 。 なお現代漢語語彙として通用のものであるかの指標として『岩波国語辞典 第7版』における立項の有無をうかがい、該辞書に項目のなかったものにつ いてはリスト中の漢字表記語に下線を付して示した。 4-1〔〇**〕型 『英和袖珍字彙』で掲出されるもの 4-1-1〔〇〇*〕型 『英和小字彙』でも掲出されるもの 〔〇〇〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【学術】数学 /Mathematics 語学 /Philology ← Phylology* 文学 /Literature 【宗応】地獄 /Hell 偶像 /Idol 性質 /Character 信用 /Belief 集会 /Assemble 記臆 /Memory 心痛 /Pang 不幸 /Unfortunate 自殺 /Suicide 洗礼 /Baptism 清浄 /Purity 神聖 /Holiness 発明 /Invention 正直 /Justness ← Jastness* 説法 /Preaching 魔法 /Incantation 狡猾 /Cunning 独立 /Independence 改 宗 /Convert 争論 /Contention 裁判 /Judicature 一般 /General 音楽 /Music 内部 /Interior 骸骨 /Skeleton 名誉 /Honor 関係 /Consequence 旅行 / Travel 教育 /Education 比較 /Compare 石碑 /Monument ← Manumend* 攻撃 /Attack 餓死 /Starve ← Staved* 戦争 /Warfare 自由 /Liberty 才智 / Intelligence 道理 /Reason 一揆 /Insurrection 世界 /World 混沌 /Chaos
【人官】商人 /Merchant 国民 /Nation 兵卒 /Soldier 奴隷 /Slave 兄弟 / Brother 姉妹 /Sister 叔父 /Uncle 女王 /Queen ← Qeen* 博士 /Professor 【政法】権利 /Right 民政 /Democracy 革命 /Revolution② 王国 /Kingdom
帝国 /Empire 内閣 /Cabinet 商議 /Negotiation 命令 /Order② 【政応】同 盟 /Alliance 特許 /Privilege ← Privilage* 規則 /Rule 【堂処】宮殿 /Palace 銀行 /Bank 病院 /Hospital 【年歴】歴史 /History 事実 /Fact 人種 /Race②
これらは『英和袖珍字彙』-『英和小字彙』と同一編者の手になる辞書2種 の中で安定的に見出だせた漢語訳語が、明治20年代前半の集成的対訳辞書 『漢語英訳辞典』の見出し項目としても取り立てられているものである。そし てこれらのほとんどはまた、「民政」を除けばすべてが『岩波国語辞典 第7 版』に立項されており、現代において通用の漢語語彙であるといえる。 〔〇〇-〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【学術】神学 /Theology 【宗応】楽園 /Paradise ← Paradice* 画像 /Portrait 不正 /Wrong 供物 /Sacrifice 神経 /Nerve 【堂処】墓地 /Church-yard
この語群は、『英和袖珍字彙』・『英和小字彙』の双方の訳語として掲出され ていながら『漢語英訳辞典』には立項されることのなかった漢語語形である。 しかしながら、いずれも『岩波国語辞典第7版』には掲出され現代通用の語 でもあることから、『漢語英訳辞典』の収載基準の性格をうかがう上で大いに 注目できる。 『漢語英訳辞典』編者ガビンスはその序文で自身が編纂にあたって参考に 用いた資料として、当代対訳辞書の中でも重要な位置を占めている『和英語 林集成』をはじめとして多くのものを挙げている。 その中には同時期の同じ集成的大型辞典『漢英対照いろは辞典』も挙げて あるのだが、当該漢語の見出し掲出状況を見てみると次のとおりである。 ◎『漢英対照いろは辞典』 見出しに掲出:神学 楽園 供物 神経 墓地 見出し不掲出:画像 不正 また、同じく『漢語英訳辞典』が参考にしたとしている当代語彙資料とし て重要な『和英語林集成』について第三版の掲出状況については次のように なっている。
◎『和英語林集成』第三版和英の部 ※ 原文アルファベット表示を漢字・カナに換えて示す。()内は和らげ表示 見出しに掲出:神学 楽園(タノシキソノ) 供物 神経 墓地(注7) 不正 見出し不掲出:画像(注8) これらからすれば、『漢語英訳辞典』にこれらの漢字表記語が掲出されてい ないことは意外であるように映る。 しかし一方で、『英語節用集』が成立する上で『哲学字彙』に大いに影響を 受けていることから、同書における上記の語の立項状況を確認すれば、次の 通りなのである。 ◎『哲学字彙』(初編) 訳語に掲出:神学 楽園 神経 不正 訳語不掲出:画像 供物 墓地 このように「画像・供物・墓地」は掲出されていないものの、「神学・楽 園・不正・神経」の掲出を確認することができるのであって、辞書の規模を 考慮する必要はあるが、掲出されないものが増えても来ることになる。 こうして資料をつき合わせてみれば、『漢語英訳辞典』の不立項も当代の動 揺する対訳辞書の訳語事情が背景にあることに十分留意して取り扱うことが 妥当であろう。 4-1-2〔〇△*〕型 『英和小字彙』では別語形を掲出するもの 〔〇 〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗応】慈悲 /Grace① 原因 /Cause 禁止 /Confinement 智慧 /Wisdom 議 論 /Debate 教会 /Congregation 慈悲 /Grace② 民情 /Nationality① 奇談 / Paradox② ← Pardox* 天命 /Providence 便利 /Convenient 一致 /Consort 改革 /Revolution① 和睦 /Concord 社中 /Company 編輯 /Compilation 公 会 /Parliament ← Partiament* 遺物 /Relics 抵抗 /Resist 驕慢 /Self-conceit 無形 /Spiritual 法則 /Method 支配 /Domination 死骸 /Corpse ← Corse* 【人官】天狗 /Cherubim 農民 /Peasant 官員 /Officer 医者 /Physician① 両
親 /Parent 【政法】政府 /Government 租税 /Taxation 民情 /Nationality② 規則 /Regulation① 【政応】反逆 /Rebellion
生じているものである。 例えば、「Resist」の項目について、『英和袖珍字彙』の「テイコウスル」に 対して『英和小字彙』が「抗抵スル」と字順転倒語形を挙げているのは、当 代における漢語語形の事情を窺い知ることができるところである。鈴木 (1981)が「抵抗」と「抗抵」の語形が明治の一時期に競合していた有様を 指摘されているように、漢語語彙の急激な増加の中で字順転倒語形のペアも また多く存在したことが、こうした事例を通しても確認できる。 そして上記語群においては、全てが『岩波国語辞典第7版』に掲出されて いる。『英和小字彙』の語形が『漢語英訳辞典』といった大型辞書や現代通用 の国語辞書とも異なるものであったことは該辞書の性格を考える上で非常に 興味深い。 〔〇 -〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【宗応】出板 /Edition 原素 /Elements 略説/Summary 【人官】諸生 /Scholar この群においては、資料によっては誤植といった可能性もあり得るが、現 代通用語形の漢字表示と一部異なる漢字が用いられているといった事情が窺 え、『岩波国語辞典第7版』での不掲出が目立つ。
4-1-3〔〇-*〕型 『英和小字彙』では項目がないもの
〔〇-〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗哲】仏教 /Buddhism 【宗応】不朽 /Perpetuity 理論 /Declamation 結合 /Coalescence 生活 /Life 葬礼 /Interment 異教 /Gentilism 【人官】隠者 / Eremite 巡査 /Policeman 子孫 /Offspring 【政法】国法 /Municipal-law
これらにおいては、『英和袖珍字彙』や『漢語英訳辞典』で立項される項目 そのものが、なぜ『英和小字彙』の編集作業において削除されているのかが 興味深い。あるいは先にふれたように、該書が学習用の辞書といった性格と 関わって、その目的に関わりの薄いと判断したものもあったかも知れない が、断定するには材料が未だ不十分である。 〔〇--〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【学術】詩学 /Poesy 【宗応】土葬 /Catacombs 【人官】幽霊 /Sprite 【政法】 性法 /Law of nature
この群も『英和小字彙』において学習に供するところ少なしといった判断 が編者にあったとも推測できるが、不分明な部分も残る。
4-2〔△**〕型 『英和袖珍字彙』で別訳語を掲出するもの 4-2-1〔△〇*〕型 『英和小字彙』は当該訳語を掲出するもの
〔 〇〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【学術】科学 /Science 哲学 /Philosophy ← Phylosophy* 化学 /Chemistry ← Chemistory* 【宗応】宗教 /Religion 誘惑 /Temptation 社会 /Society① 克己 /Self-denial 感覚 /Sensation 結果 /Effect 真理 /Truth 気力 /Vigour 憐愍 /Pity 熱心 /Zeal 利用 /Utility 空虚 /Vacuum 解釈 /Explanation 注意 /Attention 寺領 /Parish 嫉妬 /Jealousy 侵入 /Invasion ← Invation* 愛情 /Love 名声/Reputation 天使/Angel 創造/Creation 【人官】信者/Believer 紳士 /Gentle-man 貴族 /Noble-man 伶人 /Musician 囚人 /Prisoner 盲目 / Blind 医師 /Physician② 悪漢 /Wretch 主宰 /Ruler 【政法】市区 / Municipality 憲法 /Consti-tution 法律 /Law② 【政応】結合 /Combination 完全 /Complete 勢力 /Energy 無罪 /Inno-cence 教唆 /Instigation 服従 / Homage 交誼 /Friendship 主義 /Principle 問題 /Problem 会員 /Member② 隠遁 /Seclusion 撰択 /Selection 理論 /Theory 許容 /Toleration 【堂処】首 府 /Capital 旅館 /Hotel 【年歴】服従 /Subjection 社会 /Society②
この語群は『英和袖珍字彙』のみが訳語掲出を異にしているが、一つには 「Philosophy」に対して「リガクカクブツノガク」と説明的な句を以て表示す る傾向が強い点、もう一つには語による表示であっても「Reputation」に「メ イヨ ホマレ」といった和語を以て訳語掲出を行う傾向が強い点、これらが 影響しての事情であると考える。 いずれの語形も『岩波国語辞典第7版』に見出し立項されるものであるか ら、『英和袖珍字彙』の旧さと『英和小字彙』の新しさとして対照的に映る。 明治17年と20年という僅かな年月の間で急速に進む漢語の展開に同一の編 者が敏感に反応した結果と見てよいのだろう。 〔 〇-〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【宗応】預言 /Prophesy 演説 /Speech 進化 /Evolution 運命 /Destiny 殖民 /Settled 【政法】動議 /Motion 【政応】逆説 /Paradox① 種属 /Race① 同
情 /Sympathy これらにおいても、〔△〇〇〕型同様に『英和袖珍字彙』では「Sympathy」 に「カンズルコト ソクインノココロ」といった句による説明、「Speech」に 「ハナシ クニコトバ ノベタテ コウジヤウ」のような和語偏重の訳語掲 出が見られる。 4-2-2〔△△*〕型 『英和袖珍字彙』も別訳語を掲出するもの 〔 〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗応】天堂 /Heaven① 恭敬 /Worship 真実 /Real 正義 /Justice① 霊魂 / Soul 蘇生 /Revive 感動 /Impression 驕慢 /Pride 信仰 /Devotion 宗徒 / Apostle 道徳 /Morality 観念 /Idea 虚無 /Void 悲痛 /Lamentation 憂愁 / Sorrow 感応 /Feeling① 術数 /Policy① 方便 /Mean 偏執 /Bias 異説 / Dissent 讃美 /Approbation 題目 /Thesis 名辞 /Term 昌盛 /Prosperity ← Frosperity* 勳労 /Merit 名目 /Name 奇遇 /Accident 誠信 /Faith 驚 愕 /Wonder 門派 /System ← Sistem* 究竟 /Ultimate ← Ultimote* 真如 / Reality 上天 /Heaven② 絶対 /Absolute 刑罪 /Punishment 願望 / Requisition 講談 /Lecture ← Pecture* 差別 /Difference 平等 /Equality ← Eepuality* 帰服 /Obedience 会議 /Convention① 衰微 /Decline 外部 / Exterior 戒心 /Caution 単純 /Similar 妄想 /Fanciful 悦服 /Obey 習慣 / Custom① 堪忍 /Abstain 拝礼 /Supplication ← Spplication* 意思 /Will 有 形/Physical 愛情/Inclination 悔改 /Repentance 慣習/Habit 風俗/Manner 全能 /Almighty ← Almight* 情緒 /Emotion 非情 /Insensible 【人官】僧正 (邪教ノ)/Bishop 朋党 /Party① 平民 /Laity 長官 /President 出家 /Monk
眷属 /Kin 元祖 /Originator 法師 /Clerk 叔母 /Aunt 門徒 /Member① 【政 法】国家 /State 法制 /Law① 平安 /Peace① 管轄 /Govern 政法 /Policy② 布達 /Proclamation 広告 /Notification 指令 /Order① 建白 /Memorial 請願 /Petition 【政応】徒党 /Party② 補任 /Appoint-ment 律令 /Canon 約定 / Compact 連絡 /Connection 允許 /Consent 抑制 /Control 公会 / Convention② 独断 /Dogma 虚誉 /Vain-glory 結局 /Goal 正義 /Justice② 義気 /Patriotism 平安 /Peace② 償還 /Payment 堅忍 /Perseverance 口実 / Pretension 理由 /Rationale ← Rational* 駁撃 /Refutation 条例 / Regulation② 中裁 /Reconciliation 廉節 /Temperance 定論 /Theorem 弁
理 /Transaction 【堂処】市街 /Street 関税 /Custom② 【年歴】年代 /Age 闘 争 /Struggle② ← Straggle* この群が、実は477項目中107項目ともっとも多くを占めた。英単語自体が 立項なされる必要があったにも関わらず、『英和袖珍字彙』・『英和小字彙』と もに、訳語が全て『漢語英訳辞典』に立項されており、しかも下線を付した ものを除けば現代通用の語としても立項される漢語と異なるものを掲出して いることになる。明治初期における訳語の展開を窺う上で貴重な情報を与え るものと見てよい。 例えば、「Absolute」項目に関する両資料における記述は次のようになって いる。 ◎【英和袖珍字彙】 サダマレル ジユウナル ジウブンナル ジザイノ ◎【英和小字彙】 全キ 純粋ナル 「絶対」の漢語語形は訳語に挙げられることがないのだが、西山義行は『英 和袖珍字彙』に挙げていたものを全て取り換えて「純粋」の漢語語形を交え た訳語の掲出を行う。漢語「純粋」の語形自体は古くから見られる。当該の 辞書記述に文脈を欠くためその意味用法の指すところは定かではないが、明 治期には例えば『日本国語大辞典第二版』が明治期用例初出の用法を示すな ど、新時代の色合いを帯びた漢語であることは間違いない。同一編者による 訳語記述進展の様相が確認でき、当代の訳語事情を窺う際に貴重な情報を与 えてくれているのである。 〔 -〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【宗応】虚忘 /Absurd 怒恚 /Rage 味趣 /Taste 邪執 /Prejudice 謬信 / Superstition 崇奉 /Adulation ← Adration* 無常 /Changeable 偽計 /Deceite 布弘 /Propagation 信約 /Credit 固執 /Bigotry 執意 /Volition 無碍 / Unconditional ← Unconditioneal* 永存 /Persistence 輪廻 /Transmission 成 効 /Result 敬謹 /Respectful 天真 /Natural 廃滅 /Ruin 心意 /Mind 牢獄 / Jail 不能 /Impossible 推理 /Inference 激因 /Stimulus 智覚 /Feeling② 習 成 /Factitious 元始 /Beginning 理想 /Ideal 拝像 /Idolatry 【人官】外道 / Heresy 巫女 /Witch 悪魔 /Satan 詩家 /Poet 婦女 /Woman 弁者 /
Eloquent 歯医 /Dentist 教官 /Teacher 逸士 /Hermit 坊主 /Monastic 蕃 民 /Savageness 【政法】君政 /Monarchy 機制 /Mechanism 体制/Organization ← Ogani-zation* 【政応】内政 /Administ-ration 反情 /Antipathy 預察 / Presumption 非議 /Reproach 詭弁 /Sophism 競争 /Struggle① 逆理 / Unreasonable ← Anrea-sonable* 漸化 /Variation 発動 /Act 【堂処】貧院 / Alms 屋宇 /Edifice 『漢語英訳辞典』の見出し漢語として不掲出の語形を挙げるこの群である が、下線の付されたものすなわち『岩波国語辞典第7版』には掲出されない ことで現代においては通用の語彙とは言えないものが目立つ。明治20年代 『漢語英訳辞典』の選定基準にもれたものにはやはり現代に残ることがない ものが少なくはない点、ここに確認することができるのである。 4-2-3〔△-*〕型 『英和小字彙』に項目がないもの 〔 -〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗応】施物 /Almonry 金言 /Aphorism 瑞相 /Lucky-omen ← Luchy-omen* 浄土 /Purgatory 愚痴 /Obtuseness 高言 /Rant 行状 /Comportment 野蛮 / Barbaric 臆説 /Hypothetical 正教 /Orthodox 降生 /Incarnation 有情 / Sentient 【人官】皇族 /Royal-family 碩儒 /Polymathy 神仙 /Genii 【政法】 民法 /Civil-law 軍律 /Martial-law 国政 /Polity 参議 /Privy councillor 家政 /Economics 法式 /Modus 誤用 /Misuse 【政応】要路 /Compendium 節操 /Continence 遁辞 /Quibble 与論 /Public-opinion 【堂処】鐘楼 /Belfry
『英和小字彙』において不立項であるのは先述のとおり学習上収載基準に 至らなかったものと見ることもできる。また、該書において連語項目を見出 しもしくは小見出しに立てる方針が希薄な点も関わっていると考える。 〔 --〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【宗応】預知/Prescience ←Precience* 常住/Unchangeable 信心/Spirituality 有体 /Corporeal 定道 /Predestination 【人官】牧師/Pedagogue ←Pedagoge*
前群の漢語語形は『漢語英訳辞典』のふるいにかけられて収載にこぎつけ たのであるが、これらは『漢語英訳辞典』に立項されない事情をそれぞれに 孕むものであろう。ただし、下線の付されない現代通用の語形と見てよいも のも含まれており、個別に十分に事情を探求する必要がある。
4-3〔-**〕型 『英和袖珍字彙』で項目がないもの
4-3-1〔-〇*〕型『英和小字彙』に当該訳語が掲出されるもの
〔-〇〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗応】私慾 /Selfishness 自負 /Self-confidence 【人官】宰相 /Prime Minister ← Prim Minister* 【年歴】帰化 /Naturalization ← Naturali-gation*
収載項目の分量が少ない『英和小字彙』で立項されるのに、『英和袖珍字 彙』では立項されていない群である。漢語語形についてはいずれも現代通用 のものとなっている(注9) 。 〔-〇-〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの 【人官】邪蘇 /Christ 「Christ」項目を『英和小字彙』が挙げているのは、宗教上の関心からでは なく、編者が該書の用途に「SCHOOL HISTORIES」の学習を挙げている点が あるいは関与するかと思われる。 例えば、『英和小字彙』の「訂正」を行った棚橋一郎の講述した『史学 : 万 国史』中には、次のように「邪蘇」に関する記述が出て来る(注10) 。 【史学 : 万国史】 然レド邪蘇ノ死後其門弟子皆其教法ノ伝播ニ従事シ このことからしても、歴史教科書に載る語形という学習上の用途が、『英和 小字彙』においてのみ立項された理由であったと言えよう。 4-3-2〔-△*〕型 『英和小字彙』で別語形が掲出されるもの 〔- 〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗応】客舎 /Public-house 永続 /Continued 基礎 /Founded 文明 / Civilization 公平 /Conscientiously 【政応】贅言 /Redundancy
〔- -〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【宗応】強欲 /Lust 【政応】公準 /Postu-late 自護 /Self-defence
〔-△〇〕・〔-△-〕型の漢語の多くは『岩波国語辞典第7版』に立項され
る現代通用語形である。『英和袖珍字彙』においては英語項目自体が立てられ
ば「Civilization」などは歴史教科書絡みでの学習上の需要が考えられる。 「Civilization」 に 対 す る 訳 語 掲 出 に つ い て、『 英 和 小 字 彙 』 の 記 述 は 「Civilization 開化」である。『和英語林集成』は第二版英和の部で「Kai-kuwa」、同第三版で「Kaikwa Kyokwa」を挙げることから当代の英和対訳に おけるステレオタイプとして『英和小字彙』の有様を捉えるのが妥当と考え られる。これを『英和袖珍字彙』が扱っていないのは、動詞項目として 「Civilize クワイクワスル キヨウクワスル ヲシユル」、形容詞に通用す る項目として「Civilized クワイクワシタル カイセイシタル ブンメイナ ル」を挙げたことで名詞項目を辞書編纂上の経済原理から省いた事情が考え られようか。 4-3-3〔--*〕型 『英和小字彙』では項目がないもの 〔--〇〕型 『漢語英訳辞典』で立項されるもの
【宗哲】神道 /Shintoism 【宗応】良心 /Moral sense ← Moralsence* 現世 / Present-world 木像 /Wooden-idol 五官 /Five-senses 悪念 /Evil-thought 悪業 /Evil-deed 覚他 /Tolead consciousness of otherselves 除地 /A’llodium 寓言 /Phenakism 楽譜 /Music-book 改正 /Meliority 怠惰 /Neglectedness 故郷 /Native-place 練熟 /Masterliness 後悔 /Contriteness 落涙 /Shed-tear 守護 /Conservation 遍歴 /Extravagated 誘引 /Exticement 精進 /Religious-abstinence ← Religious-abstmence* 自滅 destruction 独学 /Self-educated 教化 /Humanization 天賦 /Implanted 【人官】化身 /Avatar 賢者 /Wise-man 学者 /Learned-man 老人 /Oldman 学士 /Scientist 聖人 /Holy-man 【政法】政権 /Political-right 刑法 /Criminal-law 政法 /Political-law 行 政 /Executive-power 立法 /Legislative-power 虐政 /Cruel-Government 県 令 /Governor of province ← Governor of provinc* 除籍 /Denationalization 【政応】黙許 /Tacit-consent 腕力 /Physical-force 全権 /Absolute-power 未
決 /Problematic 【堂処】本寺 /Mother-church 薬舗 /Apothecary-shop 【年 歴】建国 /Nationalization ← Nationali-gation* 総計 /Totality
この群は『英和袖珍字彙』『英和小字彙』ともに立項しないものの、漢語語 形は『漢語英訳辞典』に掲出されているものである。
「覚他 除地 練熟 政法」は『岩波国語辞典第7版』に立項されないもの であるが、例えば漢語「除地」は『和英語林集成』第三版で「amari no chi」
の和らげ付きで立項され、「練熟」についても『和英語林集成』においては第 一・二・三版ともに立項されるなど当代で働きのある語彙であったことは興 味深い。『漢語英訳辞典』がこれらを拾い集めて掲出していることには各々に 事情があると見た方が良いのであろう。他の諸語形についても、こうした対 訳辞書世界の動向を見据えた追究が求められることになる。 〔---〕型 『漢語英訳辞典』で立項されないもの
【宗哲】秘教 /Esotericism 【宗応】涅槃 /Nirvana ← Nivana* 自覚 /Self-consciousness 自利/Self-benefit 利他/Altruism 寺法 /Canon-law ←Conon-Law* 瑞夢 /Lucky-dream ← Luchy-dream* 後住(寺ノ)/Provisor 虚霊 / Spiritual existence 【人官】仏弟 /Buddhist 仏陀 /Buddha 演者 /Speech-man 審吏 /Justice of the peace 【政法】天権 /Natural-right 徳権 /Moral-right 法 権 /Legal-right 純権 /Absolute-right 大輔 /Vice-minister 少輔 /Assistant vice minister 知府 /Governor of department 用式 /Modus-ponens 廃式 / Modus-tollen 【政応】明許 /Express-consent 妄論 /Paralogism 大本 / Fundamental-principle 自制 control 自責 reproach 自決 /Self-determination 通理 /Universal-truth 【堂処】仏堂 /Budder
これらは、当代における働きが薄かった語群とも言える。『英語節用集』の 語彙収載事情の留意点として、その専門性と汎用性の両局面がある旨これま でに指摘したところである。ここにおいても、下線の引かれたものは現代通 用の語とは考えにくくその孤立的な専門性を窺わせる一方、下線が付されな い現代通用の語でありながら、『漢語英訳辞典』にも掲出が見られないことは 当代のこれら語群の動態を窺う上で大いに参照すべき情報となり得る。今後 の探究に活かして行きたい。 まとめ 前章の対応類型区分についてまとめると表2のようになる。 表2における対応型では、〔△△〇〕型が161項目と最も多くを占める結果 となっているのは、『英和袖珍字彙』・『英和小字彙』と『英語節用集』との間 で訳語不対応部分が多かったことを意味する。『英語節用集』は『哲学字彙』 に影響を受けている点が特徴的な資料であるが、このように周辺辞書との不
対応を示した領域が、ある意味『哲学字彙』において井上哲次郎が苦労し工 夫してあてがった訳語群の当代受容の実相を物語っていると考えてよいので はないか。 ただし、『漢語英訳辞典』がこれらを収集し掲載していることも一方で考慮 する必要もある。一定の使いでのある漢語であったこともまた確かなのであ る。片や、〔△△-〕型のように『英和袖珍字彙』・『英和小字彙』とも相性が 悪くかつ『漢語英訳辞典』に振り向かれることもなかった語群の勢力もまた 決して少ないものではない。 今は辞書収載の様相から当代漢語語彙の有様を窺うにとどまるが、例えば 歴史教科書・英語リーダー類と連携させた検討が有効である『英和小字彙』 のような対訳辞書の性格に応じた分析も、今後必要とされるであろう。 さらに調査を重ねて明治期漢語語彙の探索をつづけて行きたい。 ◎ 本稿は、平成23~25年度科学研究費補助金基盤研究(C):研究課題「福岡 表2 宗哲 学術 宗応 人官 政法 政応 堂処 年歴 計 4-1: 〔〇**〕型 4-1-1: 〔〇〇*〕型 〔〇〇〇〕型 3 40 9 8 3 3 3 69 76 129 〔〇〇-〕型 1 5 1 7 4-1-2: 〔〇△*〕型 〔〇△〇〕型 24 5 4 1 34 38 〔〇△-〕型 3 1 4 4-1-3: 〔〇-*〕型 〔〇-〇〕型 1 6 3 1 11 15 〔〇--〕型 1 1 1 1 4 4-2: 〔△**〕型 4-2-1: 〔△〇*〕型 〔△〇〇〕型 3 21 9 3 14 2 2 54 63 257 〔△〇-〕型 5 1 3 9 4-2-2: 〔△△*〕型 〔△△〇〕型 59 10 10 24 2 2 107 161 〔△△-〕型 29 11 3 9 2 54 4-2-3: 〔△-*〕型 〔△-〇〕型 12 3 7 4 1 27 33 〔△--〕型 5 1 6 4-3: 〔-**〕型 4-3-1: 〔-〇*〕型 〔-〇〇〕型 2 1 1 4 5 91 〔-〇-〕型 1 1 4-3-2: 〔-△*〕型 〔-△〇〕型 5 1 6 9 〔-△-〕型 1 2 3 4-3-3: 〔--*〕型 〔--〇〕型 1 24 6 8 4 2 2 47 77 〔---〕型 1 8 4 9 7 1 30 計 3 8 250 65 55 72 14 10 477
に残る洋学資料コレクション筑紫文庫資料を主対象とした近代日本語語彙 の基盤研究」の成果の一部である。 【注】 注1 屋名池(1991)は安政6年から明治6年までを第一次英学書ブーム期、明治15年以 降を第二次英学書ブーム期としている。 注2 『英和袖珍字彙』、『英和小字彙』ともに調査においては国立国会図書館が近代デジタ ルライブラリーにおいて公開している画像資料を対象テキストとしている。 注3 『英和袖珍字彙』及び『英和小字彙』については、〔〇〕は英語見出しに対する訳語 中に当該漢字表記語を掲出するもの、〔△〕は英語見出し項目は存するものの掲出訳語 中に当該漢字表記語を含まないもの、〔-〕は英語見出しそのものが存しないものであ る。『漢語英訳辞典』については、漢語見出し語形の掲出の有無で〔〇〕、〔-〕として いる。 『英語節用集』は次のとおり、辞書本体部分が8部構成となっており合計で914項目 となる(【 】は本稿における略称)。詳細は原口(1991)等を参照。 宗教及哲学論派名称【宗哲】: 135項目 学術名称【学術】: 61項目 宗教家応用語【宗応】: 284項目 人品及官位【人官】: 160項目 政治及法制【政法】: 123項目 政治家応用語【政応】: 93項目 堂屋及処名【堂処】: 40項目 年代及歴史【年歴】: 18項目 注4 調査に用いた明治期の各辞書資料に関する情報は次のとおり。 • 『英和掌中字典』:明治6年刊行。国立国会図書館近代デジタルライブラリーに公開 された画像テキストによる。 • 『華英字典』:明治14年刊行。永峰秀樹訓訳『華英字典』であり、内実は英語を見出 しとする英和対訳形式となっている。九州大学筑紫文庫収蔵本による。 • 『新撰初学英和辞書』:明治18年刊行。国立国会図書館近代デジタルライブラリーに 公開された画像テキストによる。 • 『写真石版附音挿図英和字彙』:明治18年刊行。家蔵本(『附音挿図英和字彙』初版の 縮刷写真版)による。 • 『漢英対照いろは辞典』:明治21年刊行。『明治期国語辞書大系[普2]漢英対照いろ は辞典』(1997 大空社 飛田良文ほか編)による。 • 『漢語英訳辞典』:明治22~25年刊行。九州大学筑紫文庫収蔵本による。 注5 『写真石版附音挿図英和字彙』については坂本(2008)において調査分析を行った。 また『英語節用集』に対する『哲学字彙』の影響については坂本(2006a)等でこれま でに検討を行っている。 注6 リストにおいて、/ の後に示す英語語形は『英語節用集』における掲出語形を示すも のだが、『英語節用集』にはスペルミスとおぼしきものも見られるため、それらについ ては*を付した本文原態の綴語形と訂正すべき綴形とを分かりやすく矢印を用いて示
している。漢字の字体や句読点記号類の一部については、論に差し障りのない範囲で 適宜改めた場合がある。 注7 『和英語林集成』において、「墓地」は「Hakachi」の漢字表記語として挙げられてお り、第一版には類義語表示はないが、第二・三版で「Syn. HAKABA HAKAWARA」 が挙げられる。『英和袖珍字彙』においては、「ハカシヨ ハカチ」の記述状況である。 字音語ということではないが、ここでは『和英語林集成』の扱いを参考にし、また『英 和小字彙』が「墓地」を掲出することから、ひとまず漢字表記語「墓地」の掲出とい うことで「○」扱いとしている。 注8 『和英語林集成』においては「Ezo ヱザウ 絵像」と第一・二・三版ともに漢字表記 は「絵像」となっている。『英和袖珍字彙』は「エゾウ」とあるが『英和小字彙』が 「画像〈ニガホ〉」表示であることから「○」扱いとしている。 注9 『岩波国語辞典第7版』における漢字表示は「私欲・私慾」と併記される形となって いる。 注10 同書118頁。国立国会図書館近代デジタルライブラリーによる。 【引用・参考文献】 坂本浩一(2000):明治期対訳辞書と漢語辞書をめぐる一考察 ― 『漢語英訳辞典』を中 心に ― (『香椎潟』46号) 坂本浩一(2006a):『英語節用集』をめぐって ― 周辺主要辞書との所収部別対照調査報 告 ― (国語語彙史研究会編 和泉書院刊『国語語彙史の研究 二十五』所収) 坂本浩一(2006b):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 『英語節用集』所収二字漢字表記 語の『漢英対照いろは辞典』および『漢語英訳辞典』における収載状況をめぐって ― (『香椎潟』52号) 坂本浩一(2007):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 『英語節用集』所収二字漢字表記 語の『漢語英訳辞典』における収載状況をめぐって ― (『文藝と思想』71号) 坂本浩一(2008):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 『英語節用集』所収二字漢字表記 語の『写真石版附音挿図英和字彙』における収載状況をめぐって ― (『文藝と思想』 72号) 坂本浩一(2009):明治時代第二次英学書ブーム期における対訳辞書資料の一検討 ― 『英語節用集』所載訳語の『訂増英華字典』における収載状況を中心とする周辺対訳辞 書資料数種を交えた語彙調査分析 ― (『香椎潟』55号) 坂本浩一(2010):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 『英語節用集』所収二字漢字表記 語の永峰秀樹訓訳『華英字典』における収載状況をめぐって ―(『文藝と思想』74号) 坂本浩一(2012):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 『英語節用集』所収二字漢字表記 語の『新撰初学英和辞書』における収載状況をめぐって ―(『香椎潟』56・57合併号) 坂本浩一(2013):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 青木輔清編『英和掌中字典』の訳 語収載状況をめぐって ― (『文藝と思想』77号) 坂本浩一(2014):明治期日欧言語交流史の一研究 ― 中村国太郎編『寸珍和英字彙』の
訳語収載状況をめぐって ― (『文藝と思想』78号) 鈴木丹士郎(1981):「抵抗」と「抗抵」 『国語語彙史の研究』二(1981 和泉書院) 豊田 実(1963):『日本英学史の研究』新訂初版 千城書房 原口 裕(1991):大阪女子大学附属図書館編『大阪女子大学蔵蘭学英学資料選』 第2章 「単語集・会話集」 飛田良文(2007) 『日本語学研究事典』(2007 明治書院)「英華・華英事典」項 森岡健二(1969):『近代語の成立 明治期語彙編』 明治書院 屋名池誠(1991):大阪女子大学附属図書館編『大阪女子大学蔵蘭学英学資料選』 第1章 「綴字書・運筆書・横文字紹介書」